わかちあいとは

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「わかちあい」「わかちあう」
   わかちあうってどんなこと?
 同じ悲しみ・同じ苦しみ・
 同じ楽しみ・同じ食べ物・同じ・・・・・・・

同じ・・・・・という言葉がそこには存在します

 では 愛する家族を亡くした悲しみを語る時間に
      誰も亡くしたことのない人が混じって    遺族の悲しみを分かち合えるのでしょうか
 
今生きている人全てが遺族ですが

   胸が張り裂けそうな 頭を割って胸を割ってしまいたくなるような
     悲しみ
 こころから愛する人の死を体験した人と

    そういえば祖父がそういえば90歳で・…という人と

     どのように 悲しみを分かち合えるのか  私は理解できない

   私は自死遺族でなければ 
   自死遺族のわかちあいはしない  出来ない

   祖父母が90歳で…という体験しかない私だったら
       子供が自死で・・・・親が・・・兄弟が…伴侶が・・・
   という深い悲しみをとても分かち合うなんて言えない

      法的な専門家としてや 仕事としてカウンセリング
         宗教者としての立場・・・なら
わかちあうのではなく、その道の専門家として相談には乗ると思う

       しかし 何の立場でもなく
    単なる主婦としてボランティアで 「わかちあう」ことはできない
 知り合いなら 友人・知人として話を聴くことはできると思うが・・・

    深い悲しみを体験したことがないとしたら
      深い悲しみを抱えた遺族に「わかちあい」をしませんか・・とは言えない
  わかちあう「かなしみ」が存在しないから・・

     「わかちあい」は 同じ・・・という何かがお互いに存在しないと成立しないように思う

    遺族とボランティア 
悲しみを抱えた遺族が一方的に悲しみを語るだけ

聴かされるだけのボランティアは しんどいから「自分のメンタルのケア」が必要だという
  そりゃそうだと思う
         悲しい苦しいという話を延々と聞かされるのは
           大変だと思う

      あなたと悲しみをわかちあいたい・・…ということは
     もしも遺族でなければおこがましくて言えない

     悲しいふりはできるかもしれない
         悲しいと思う  大変だと思う

     思うだけ  想像だけ   対岸の火事    

  他人事です

                 
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