遺族の言動で死にたくなります・…・自死遺族の皆さんそれでいいんですか

thK2MC6J48.jpg

保健師さんが主催の会は
 税金を使い、仕事で遺族の話を聞く・・・
 だからもちろん
        上司に報告書はあげる

   支援団体の人が講師できていても
       主催が保健所
(名称は地域によって様々・・・・仙台ははーとぽーと  ・・・・・宮城県は保健所は開催していません)

  要するに保健師さんが参加しているかどうかです

     それは 県や市・町・村・
    
  税金で仕事で遺族の会を開催しているということです


   自助グループは

     税金ではなく  自分のお金で開催している場合が多くあります

例えばです   田中幸子が田中幸子のお金で
(藍の会は税金で開催しています)    

会場費を払い電気料を払い

    お茶も買い  お菓子も買って 遺族に提供しているのが 自助グループです

      そんな中で  税金で 会場費は負担しますよ・・・というところもありますが

      多くの自助グループは 代表が負担しています(宮城県は補助金を認めてくれています)

    そのかわり

   参加している遺族の報告はしなくてもいいのです

       仕事で会の開催をしている場合は  遺族の詳細を報告します

   それは税金を使い 仕事だからです

       自助グループでも  仙台の現在の藍の会のように
      税金で開催している場合は

     何人参加しましました

      という  報告書は提出しています

      だから 代表の金で開催している場合は  文句を言う以前に

   参加費が高ければ 参加しなければいいだけです


    税金を使って開催している会は   参加費をもらう必要はないはずです

  でも 行政主催でも 参加費を徴収している会もあるようですが
       ::::::

        税金での開催だから  報告義務があるのです

     こんな

普通の  当たり前の  常識のことを 説明しなければ理解できない
     人たち

がいることが  理解できません

    自助グループの意味も
   行政の意味も
       
税金の意味も

        わからないのでしょうか

          わからない人が   批判をするのはどうなのでしょう
     理解されていない人が
       文句を言うのはどうなのでしょう

  批判や意見文句を言うには    学びが必要です

 

  勉強してから  批判をしてほしい

      


      自分で何もアクションを起こさず
    
          遺族の批判ばかりしている遺族をみると なんで?と・・・

         

    亡くなった人を悲しんでいたら   楽に生きたいと思わないと思うのですが

         ;;;;;;;

   残念な人たちです

    最近こんなこと多く書くのは

   これから 会を開催しようと  頑張っている遺族に  ひどいコメントがあるからです
       
      私にも「死ね」とかのコメントはありますが
       いつものことなので
         大丈夫ですが
    やっとの思いで 会をやろうとしている遺族に まだ参加もしていないのに
     あれこれ いうのはどうなのかな・・・・・と
    私がイラついているだけです


  行政が主催の会には  何も言わず

  同じ遺族が開催している会に文句を言うということが
        理解できません

  自分と同じ悲しみを抱えた遺族が 

      頑張ろうとしているのです

 応援をしなくていいですから   そっとしておいてほしい

       迷惑をかけているわけではないのですから
  
          なにも ひどい言葉を浴びせる必要もないのでは・・・

  
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

行政が関わると、様々なしがらみできることは仕方ないことでもあると思います。
だって私たちも税金がどのように使われているのかを、気にするじゃないですか~
まだ自死問題が社会から偏見(言葉思いかなくて・・)ある以上、行政も動きにくいのも、
なんとなく理解できました。
だからと行政がされているものがダメとういうわけでもないと思います。
いろんなものがあってこそ、選ぶことができるんですから。
またその時の気分にもよりますから、
いろんなものがあり、どこへ行こうと自由であることが素晴らしいと思います。
田中さんが、なぜ自助グループを立ち上げたのかを思うと、
行政やボランティアがいる会しかなくて、
それでは話しにくいという遺族のことも考えてのことかなあ~
と、勝手に推察しました。
田中さんがそう感じ、行動してくれなければ、
今も自助というものが広まらず、知ることもなく、
遺族はただただあるものの中から選ぶしかなかったことを思うと、
感謝の気持ちが湧いてきます。
自分があそこはああだ、こうだではなく、
自分はこう感じたけど、必要な人もいる、
が大事なのかなあ~
と、ぼんやり思っています。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

田中さんのブログを再びじっくり読んで、
本当に人間って大変だな~と思った。
悩みまくった私は、まだ揺れてる。
アドラー心理学読んでみなさい、と言われ、遺族さんに頂いた本も読んだし、図書館で別の本も読んできたけど、まだ悟れない。
遺族さんが、遺族のために~とされてる方に出会って、勇気もらえたから、遺族が遺族を~がわからない。
でも私も遺族を批判してることあると思う。
ジャッジするのはあなたではない、とよく言われた。
この言葉は、仏教の僧侶さんから。
自死に関してではないけど、神父さんからは、
聖書の中の毒麦のたとえから、刈り取られるまでわからない。
神様が決めることで、私達が決めることではない。
と、言葉もらった。
文字にするのは難しいけど、物事の善悪は私の基準や好悪で決まるのでないということを、偏りある私は常に頭のすみに置いておかなければ・・・
批判と意見の違いも学ばなければ、といつも思う。

面識ない遺族さんでも、
アクション起こしたと聞けば、
勇気もらえたり、励まされないのだろうか?
ちょっとでも知ってる方だと、
それがもっと大きく感じられると思うのだけど・・・・




管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます