私が信頼するお坊さんたち

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 親しくしてもらっている浄土宗の布教師会の人たちは
    自死遺族支援をしようとしているのではありません
もちろん私も望んでいません

 これまでの既存の僧侶の会とは違います
同じレベルで考えるのはナンセンスです

   私は自分が嫌いなら会には二度は参加しない

会に参加して文句を言うのもどうかと思うから・・・

    イヤなら参加しなければいいだけ

      参加しないことが「ノー」という意思表示・・・

    癒したい坊さんは自死遺族を救いたいと自死遺族の会の主催をする

      お坊さんが 自分で癒してあげる気持ちになるのは お坊さんではない

   お坊さんは 仏様に仕える身

  仏様が仏様の教えや力で 人々の苦しみや悩みに光を照らし、導いてくれる

   しかし仏様は何もおっしゃらない
      私たちには聞こえない

      しかし お坊さんが自分が仕える御仏の教えを
  私たちが理解できるように説いてくれる  
          それが法話 説法  
    その御仏の教えを説いてもらう中から  私たちが光を見出し、道を見つけていくこと・・・

       御仏の教えをわかりやすく教えて諭してくれるのが 
              お坊さんの役目でもある・・と思う
    御仏を差し置いて
      お坊さんが遺族を癒そうという考えをもつことは 
もはや御仏を信じていないお坊さんです
     
   あくまでも御仏の教えを 御仏の手や足、口となり、伝え説くことが
      お坊さんです。

  お坊さん自身が直接 遺族を癒したりケアしたりするのではないのです

    そういう考え方を持っているお坊さんなのかどうかが大切です

      傾聴だけならだれでもできます
  お坊さんでなくてもいいのです
   お坊さんでなければできないこと・・・・・・・・それが傾聴だけではない「法話の会」です

      遺族だから支援されて当然ではありません

   お寺さんにも感謝の気持ちを持つことです

        御仏に仕える身とはいえ  人間であり、家庭もあります

         ありがたいなぁ~という気持ちを忘れては 
         遺族としてというよりも人間として ダメです

   法話の会と   

僧侶との傾聴の会は違います同じにしないで欲しい

   布教師という資格を持った人たちです

       布教師の中でも  私が信頼できると思った人たちです

   宗教者もたくさんお知り合いになっていただきました

      キリスト教の神父さんや牧師さん  司教さんも…シスターも・・・

住職さんも 布教師会の会長さんも…尼さんも

         講演も浄土宗が3回 宗教連合会にも1回呼んでもらいました

     素晴らしい宗教者もいます

     尊敬できる方々もいます

       それぞれです

       信じるも信じないも  自分で決め自分で責任をもつこと・・・です

    布教師会に所属しているお坊さんもそれぞれです  
     私は私が信頼できるお坊さんにお願いをし、法話の会を広げていただく予定です         
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