心の温泉

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慈恩寺さんの法話の会

 私の心の温泉

     悲しみでいっぱいの遺族から連絡を受ける

        私には救えない…ケアもできない   癒せない

     聴くだけ  自分の体験を話すだけ
   自分が迷苦しみ悲しみの中で生きてきたことを  伝えるだけ

   遺族が悲しみに沈んで しゃがみこんで苦しんでいても・・・

     その手を引っ張って  歩かせられない

   そこは その人とその人の大切な亡くなった人の間にある悲しみの涙の河底

   こころは どこにある  脳・
イヤ違う
  脳は物質
  しかし心は見えない
   こころは 空
        こころはないようである
   あるようでない
   でも心は宇宙のように無限
            
  愛は心に存在する

    愛するという心はどこにある

      それは  私の場合は   息子と私の間にある

   それぞれの愛は  

     それぞれの 関係の間に存在する

        他人は見えない

  悲しみも  苦しみも自分のもの

    誰かのものではない
              どう思うか  どう抱えるのかも自分

     悲しみを抱えながら生きる方法は自分で気づくしかない

  しかし 先人たちが悲しみや苦しみの中から

  見つけ出した 様々な方法や考え方…生き方もある

      私はわたしなりの生き方を見つけた

    法話の会は  そのひとつ  

      息子と同じところに行けると心の底から信じられるように・…・…と
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