無償活動への批判???

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私の人生の何を知っているのかと思うようなコメントをいただきます。
努力もしないで恵まれているように見えるのでしょうね

活動のために、資金を得るために、マンションの掃除をしました。歩くこともやっとだったので事情を説明して、2か所のマンションを午前中3時間、午後4時間。
1か月8万円の給料をすべて活動の資金にしました。
それまで働いて貯めた貯金も全てつぎ込んでの活動です。
夫がいて、働いてくれているので生活費はありましたが、
それは若い頃から努力し、貧乏な中で県立の高校に入り公務員になり、懸命に働いてきた結果です。
息子が死んでから化粧もしませんし、着るものも買わず、髪の毛も自分で切って、自分のためには何も買わずに活動費としましたが、それで当然と思っています。

 ご主人が亡くなって、生活が大変な人には仕事も世話したこともありますし、保証人にもなったこともあります。
米も送ったり、食べ物も送ったり、また遺児にも就職の世話をしたこともありますし、自分が質素にしても洋服を買ってあげることもあります。お金を貸してかえって来ないこともたくさんあります。
 それでもいいと思っています。

夫は税理士として、今も66歳で働いてくれているから、できる範囲での援助はしていくつもりです。
裕福ではなくとも 健康で生活ができることだけでいいとわたしたちは思って暮らしています

 生活費は自死ということを売り物にしてではなく、普通に働いて得ればいいはずです。

普通に介護福祉施設で働いていたり、看護師として働いていたリ、昼も夜も働いている人もいます。私もそうやって働いてきました。家族の自死の問題で生活費を稼がなくても、清掃員でも警備員でもなんでもあると思うのです。

 私を批判するためだけのブログが存在していました(今は存在するかどうかわかりません、見ないことにしたのです)
故平山先生から引き継いだ「二次被害保護法案(仮称)」の運動では、
一緒に活動しようとした司法書士二人(有名な人たち)に電話が頻繁に行き、私の批判と私と一緒に活動したら、司法書士の仕事ができないようにしてやるとまで言われ、一人は仕事のこともあってわたしたちとの活動はやめた、
もう一人の司法書士は電話ではなく書面で田中さんの批判を書いて送ってほしいと伝えたという。あまりにも頻繁に私の批判の電話が多くて仕事にならないから…と笑っていました。
 弁護士も同じことを言う人がいました。
遺族もです。
   弁解した方がいいよ・・・あまりにもひどいことを,言われているよ,と 司法書士の一人は言っていました

  私は水商売もしたことがありますし子供が小さい頃は
、内職もずっとしてきました、泥棒や人殺しはしませんが仕事は何でもしてきました。
人からお金を借りるよりは とにかく働くこと・・・・それが 育ての母の教えです。

     社会福祉資源は向こうからはどうぞとは言いません
だからこそ「ソーシャルワーカー」的支援を求め、お願いをし続けてきました
 私も「総合支援」を目的としています。

   ソーシャルワーカーであること・・・・・

   私への批判がないとおっしゃる方は・・・・・・あまりにも 現実を知らなすぎですね

家族の経済を支えてきた人の自死ではなく  子供なら経済的に困らなくていい・・という言い方もされますが

 経済は働けばなんとかなる・・・ その前に生活設計を立てて結婚生活をするもの
健康ならば働いて少しでも・・・・ 
 
結婚は貧乏で余裕がなかったから、 (公務員の給料は安く夫は贅沢だったから)
 持参金は全て使いはたし 内職をし、子供のものは手縫いで手作りで・・・・
 化粧もせず・・・・・・・ずっと働いて(親いわく180度わがまま娘が変わったといった)
     それでも子供は大学に行かすこともできず・・・・高校まで・・・
  どんなに貧乏でも 子供の自死という肩書では飯は食わないと決めている
仕事は何でもあるから・・・・
         自死で生活したら  自死が無くなったらどうやって生活するのか・・・
     
  化粧して派手な洋服着て、酒を飲んで、旅行して、それも生き方

    私はそれはしないと決めただけ  活動に使うと決めただけumebatisou011[1]


      もう十分に 生きたから・・・・息子よりも贅沢に生きたから

     
 
            
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