悲しみは心の傷ではありません

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支援者たちの自己満足「グリーフケア」という支援

 もともとは末期ガンの患者のためのケアの考えかた

   自分が死にゆく悲しみや苦しみをケアされる…そして死を受け入れる

  それがいつの間には 「悲しみは遠くから見たら皆同じだから」(日本のグリーフケアの専門家の言葉)
      死別による悲しみも、物をなくする悲しみも、仕事を失う悲しみも、転勤という悲しみも
    クレヨンをなくした悲しみも・…あらゆる喪失の悲しみをひとくくりにして
「喪失体験」「悲嘆回復」「グリーフケア」という考えとして広めた

     愛する人との死による別れ・・・
     永遠の別れ~二度とこの世で会えない別れ~
  買うことのできない命
  代わりのない命
私にとって健一という子供は健一しかいない健一の命は健一だけの命
    誰も健一の代わりにはならない

  人のいのちが 物と同じ価値だという発想が 愚かだ

猫と犬とクレヨンと家と仕事と・・…人のいのちと同じ価値?
 
  子供の命が喪われることと
           クレヨンをなくしたことが同じ・・・?

極端に言えばそんな考えがグリーフケアである

    そんな考えの人たちは自分の家族は死なないと思っているのだろう
自分の子供が突然死んでも・・・・
      物を失ったときと同じ悲しみでいるのだろうか

     それって人間?

  支援者たちだけの満足・・・癒してあげたい人たち

  悲しい人はかわいそうな人・・・とみえるのだろうか

     かわいそうな人を救ってあげたい人たちが「グリーフケア」の勉強に熱心だ

  息子が逝って9年が過ぎたが  今も悲しい  今でも愛している

    しかし 私は元気で生きている
悲しみがあるのと元気は違う・・・

    身体の一部として抱えながら生きようと覚悟を決めている
 息子への悲しみは私の体の一部となっている それでいい…いつも私の中に生きているから

    最近グリーフケアに嫌悪感さえ感じる
         私の知っているグリーフケアを唱える人たちに
           私の悲しみは触られたくない
  息子と私の間にある愛と悲しみは グリーフケアをしたいという人には見せない
    もったいない・・・・
  大切な愛しい息子への愛だから 

               

      
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