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悲しいご縁・・・生きて、と願う

青森県の芦野公園で今から35年前に撮りました。20120526075130.jpg
今日は良いお天気。
「藍の会」の70回目。これまでの開催日のほとんどは晴れ!

人の悲しみをどうにかしようなんていう人達がいますが、おこがましい。
人の心をどうにかしようなんて、何を根拠にそんなことが出来ると思うのか、そんなことを思う人たちには、絶対に人は心を開かないし、開けない・・・すくなくとも私は開かない。

自分の心さえよくわからないときがあるのに・・・

家族が亡くなった人たちを哀れだとでも思っているのだろうか。

悲しみを抱えた人ではあるけど、哀れな人ではない。

寄り添いなんて言葉は傲慢です。(支援する側がいうのがほとんどです)

哀れな人がいるから、私がついてあげなければ・・・助けてあげなければ・・・なんて思っているのでしょうか。

寄り添って・・という言葉は、助けられた人が言う言葉です。

一段上からの目線を感ずるのは、わたしが遺族だからでしょうか・・・ひねくれているのでしょうか・・・

今も私は息子を思い悲しい・・・
彼を今も愛しているから・・・

息苦しいほどに悲しく、会いたくて、会いたくて、涙が溢れてきます・・・胸が痛い!

(精神科医も含めて、メンタルケア?の仕事を裂いている人たちは、私のこんな想いを、100パーセント心の病だということでしょうね。
6年7ヶ月が過ぎても,悲しくて、かなしくて・・・親が我が子を思い泣く事を病気とするなら、人間としての感情を否定することが精神科医療・・!?

自分の愛する人を亡くしても、悲嘆回復やグリーフケアなどと言えるのか・・・問いたい。


我が子を今も愛しているから、今も悲しい。
私の悲しみは、息子を愛しているから・・・。

愛が続く限り、悲しみもまた続く。

・・・・・さて、準備しなきゃ・・・
(主人が文句を言いつつ、ひとりで朝ご飯を食べています)
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