傲慢への道は近く広い

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自死の予防や防止を生業としている人たち

      自画自賛していることが多い

 支援者が自分の活動が素晴らしいと思ったら おしまい

     日々反省し、自戒し、学ぶ姿勢がなければ  傲慢になってしまうのは簡単

   遺族からの連絡を受ける日々の活動は

      予防や防止の活動が役にたっていないことを思い知らされることでもある

  予防や防止の対策が うまくいっていないから自死がおきる

       打ちのめされる話・…それが遺族の話しを聞くこと

  予防って何…・防止の対策って…なに・・・と  問われる

        それが遺族からの連絡を受けるという活動

       遺族の話を聞く機会のない人たちは

    自分たちの予防が役にたっているという

    防止がうまくできているという
   自分たちが活動をしてきたから減ってきた・・・・という

     が
       自死者がゼロではない   国の発表でも2万7千人

        不審死・行方不明合わせると   8万人以上10万人とも言われている

      そんな人数の死を前にして

         対策がうまくいっていると・・…いう人の気持ちがわからない

    500人が300人になった・・・良かった・・・というが

   良くない   まだ300人死んでいるんだから・・・

         200人減ったから  良かった・・・ではなく

    このまま減らして ゼロにしなければ・・・・と  いっそう気を引き締めるべきだと思う

         こんなことをいうから 田中はきついといわれるのだが

    遺族からの連絡を受けることが多い私は

       ああああああ~~~~~~無力だなぁ~~と感じる

     どんなことが必要なのか・・と反省する

       次に同じような自死をさせないためにはどうしたらいいのか…を考える

        被災者支援の人たちも  できるだけほめてほしいようだが

        ほめられないとできないなら  やめたほうがいい

            被災者から称えられないとできない支援は 支援ではない

   無償で 行うものではないのだろうか

    それでも  感謝してくれる人たちがいる

       感謝してくれたら  ありがとうではないのだろうか

         被災地の支援活動も  自死の予防や防止の活動も

      自画自賛で満足するような人は   

        関わらないほうがいい

             人のいのちとのかかわりは  

    どこまでも終わりのない活動だから・・・

          死を見つめる活動だから・・・

         このあいだも  若い人の自死があった…
        遺族からの連絡を受け…深く考えてしまった

        何もしていない自分が見えた

     どうやったら  思いが形となるのだろう

           

      
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コメント

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No title

有名な支援者の男性(76歳)から、「四の五の言ってないで再婚しなさいよ!」 と分かち合いの後、言われました。

こんなのが、自死遺族支援の権威なんて、あちこち行政主催ので講演会の講師をしているから、

遺族がいや増して傷つけられています。

感謝が欲しい支援者なんていらない!

No title

疲れた~
どんなに話ても理解されないとよくわかった。
行政としての責任がまず頭にあるのが見える。
当事者の声聞く機会もないのだろうけど、
当事者が話すのを、一人だと聞いてもらえないのだろうか?
なぜ団体にこだわるんだろう?
団体になれると思ってることで、
理解できないんだとこちらにはわかる。

支援者として動きたいらしいのはわかるけど、こちらが望むことは理解できなくて、支援者側の立場での言葉が連なる。

はぁ~どうやってこれを乗り越えよう。

過労問題の法律も施行されたけど、
このままじゃ自殺対策の法律の二の舞な感じする~
法はあれど~

障害者差別禁止法も法があるだけ~

法律作ればそれでおしまい、の政治家は幸せ~

それをどう動かすか考える行政の人は大変~

その法律に期待する人はもっと大変~

文言あれど実体なしなんだもの。

だけど障害者は存在するし、自死遺族も存在する。