自助グループ・当事者グループ・本人の会の定義と活動

042-1[1]

岡先生からの学びと自死遺族のグループのいろいろ

    保健師や支援担当者・医師や看護師(病気のグループに多く見られる)等が
 関わっているグループを「当事者」がいるということで「当事者グループ」とか「自助グループ」
    と名乗っているグループも多い

    が

    それは自助グループの定義からいうと「当事者グループ」「自助グループ」ではない

        と  岡先生は 自助グループの研究者として発言している

      そんなことどっちでもいいという学生もいるが
        定義は大切な問題であるともいっている

    (岡先生のHPに講演記録が掲載されている)


     定義を無視してグループ運営をしてきた団体は多い 

       しかし  研究者としては何も言えない


彼らが当事者グループ・自助グループと 名乗ってしまっているなら

      他の名称で区別することも必要だ・・・

       と  悩んでいる

       研究者たちが定めた定義を無視して運営をしている行為が

       正論となり  本来の意味を持つ名称から  外れてしまっていることに

      自助グループ・当事者グループの 専門家である研究者たちのほうが 
           別な名称を…と悩んでいる

              その矛盾に  気がつかない  自助グループの専門家でもない

                   誤りの解釈をして 自分たちのほうが正しいと思っている

       保健師や支援者や医師や看護師・・そしてそこに参加している当事者たち

   不思議な光景だ


    自助グループ・当事者グループ・セルフヘルプグループ・本人の会

             あくまでも
運営は当事者本人   持ち主が当事者本人であること

     支援者が会に参加しても発言はしないこと (オブザーバーとしての参加) 

発言をするときは当事者の許可が必要       が基本  

   
     自死遺族の自助グループ・当事者グループは

   「わかちあい」の時間は  自死遺族以外は参加できない

     クールダウンや その他の活動や時間は 自死遺族以外の参加もOK

      しかし  保健師や医師、支援者、それぞれの専門家との連携は作り

          様々な支援や応援をしてもらっている

       「わかちあい」の時間は遺族以外には参加させない

        運営もスタッフも自死遺族だけ

         決定権は自死遺族

             と  決めている

  岡先生が話していたが

      最初に  支援の担当者が加わってグループが作られると

             その後に  当事者だけでの運営に発展はしない   


     本当の意味での当事者グループや自助グループにはならない

          という・・・
         

   自助グループ・当事者グループというので  オブザーバーとして参加してみると

     病院が主導権をにぎっていて  会への参加は当事者だけだが

   日程や時間や開催をするのか休みにするのか

        運営に関するすべての決定権が病院にある・・・というグループもあり

      自助グループだと 病院も当事者もいうけど

  それは 自助グループ・当事者グループではない

         という


    自助グループ・当事者グループが良くて、支援者グループやサポートグループが悪い

      というのではない

      違いがあるということ

       定義を守り   それぞれの特性を正しく伝え

           参加する当事者が戸惑うことのないようにすることが運営側の責任だと思う


  そして自助グループ・当事者グループは 当事者のマイナスな部分に注目するのではなく
          当事者の「できる」ことを大切にする

自死遺族の会についていうと
サポートグループの運営側は
「悲しみ」だけに注目し
遺族ができることや遺族が求める悲しみ以外の支援には関心を寄せない
「悲しみ」は人生の邪魔もののような扱いで、悲しみからの回復を目的としている
「悲しみ」は「吐き出す」ような汚いものであり・・・
    従って「悲しみ」を聞かされる 支援者は「疲れ」るから
支援者(聞く人)の「メンタルケア」が必要であり大切なことだということで
   「会」が終わったら  ミーティングなどを行っている

   自助グループ・当事者グループの「悲しみ」の考えは「愛」であり
愛しいものであるという考えかた
「吐き出す」ものではなく「抱える」ものであり
    亡き人への愛の証しであるという思い
「悲しみ」以外の問題にも注目し
    専門的な支援が必要な場合は  専門家を紹介する

 悲しみを聞いても自分の中にも悲しみがあるから
    疲れない・・・
だから「会」だけの付き合いではなく
 終わった後にも「飲み会」や「お茶会」もする

会以外の時間にも  電話やメール…ランチもする

(こんな内容も岡先生の講演記録と論文に掲載されている)

  何回も言うが

  この会がいい・・・とか  この会は悪い……ということではない

        自助グループの定義は正しく解釈し、守って運営し、
本当の意味での自助グループとして活動をしたい・・・と  私は思っている


       セルフヘルプグループとセルフヘルプサポーター

           この関係が守られたら 当事者と支援者
                お互いに 良い関係で活動ができる…と思う

会は 自分がどんな会にしたいのかを イメージできたら

    迷わずに  歩き始めてみたらいい

        その中で  その時々に  自分が最も最善と思う道を選んだらいい

   原点を忘れなければ

    道を踏み外すことはない

      初心は大切です

    そして  当事者同士の意見の交換は大切です

    一人/…王様になってしまうと・・・・・自助グループではなくなってしまう  から                         
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