賞を受けた内容に憤ってます

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河北新報の
 新聞記事コンクール

「河北新報社賞」の高校1年の「自殺からみる命」

  高校生だから仕方がないといえば仕方がないのだろうが

   遺族からみたら  遺族を責め、自死したひとを責めている

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何が原因で人は自殺に追い込まれてしまうのか。自殺について考えてみた。


実をいうと、私も何回か自殺を考えたことがある・・

ここで私のことを話すとすれば
私は軽度の難聴者である。軽度とはいえど、補聴器をつけている。
周りと違う、そのことに何度も悩まされた。
カ行タ行の使い分けができない。
虫の声が聞こえない。
人の声が聞きとりづらい。
また、補聴器には多くのお金がかかるため親への負担も大きい。
もう、死んでしまった方が人のためになるなんて考えたこともあった。

 そんな私は今も生きている。


「私が死ななかった理由の一つ、友達の存在が大きい」

私が補聴器をつけていても気にしないでくれる。
だから死ななかった。

私にはストッパーがいたのだ。

   「自殺をしてしまう人には、ストッパーとなる物や人物がいなかったのではないだろうか」
「または、ストッパーに気づけなかったのではないだろうか」


 私は問いたい
「自分の事、価値のない人間だと思っていませんか」


以下 自分を価値のない人間だと思うから死ぬんだ…という文書が続く
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  個人の考え方を変えたら自死はしない・・・という主張



   これが「河北新報社賞」である


     社会的な要因を 何も考えず

        

 彼女にいいたい 
あなたの悩みの
 補聴器が高いのもそのままで、難聴の人を差別してもいいから

友人がいたら
我慢し、頑張り、耐え、何を言われても何をされても
  自死は起きないのか・・と。
   

私は自死遺族としていいたい

 あなたを悩ませた「補聴器」の値段を安くするか、または国が補助をするかして
        個人の負担を低くしたり
  難聴の人への差別的態度を教育の現場からなくしていくことや
     社会が難聴の人も不便なく暮らせるように変わることが必要であると。


遺族はストッパーになれなかった人

 自死者は 家族がストッパーだと気がつかないで死んでしまった人

  ということでしょうか

  高校生の考えだから  無視したらいいのかもしれないが

      自死に対して世の中の人と同じような 誤解満載の文書が
             賞をとったことへの 憤り

  
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