自責の念の深さ

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幸せな人たちが幸せな感覚で生きられるって

     幸せが永遠に続くと思っているからでしょうね

   息子が死ぬはずがないと思っていました

 親にとって  子供は幸せの塊です

  子供の存在が幸せでした

     私は子供があまり好きではないのですが

  自分の子供は別ものでした

    産んで育てなければ   子供の存在が幸せだとは思わなかったし

   それはそれで  幸せな人生だったでしょうね

   でも  子供を産み育てて

      死なせてしまった

   家族よりも  その人の死に  自責の念を持つ人はいない

    死んだ人への悲しみは 愛しているからわきおこる感情

    愛が深いほど深い悲しみとなる

  息子の死も悲しんでくれた人はいる
      悲しいと思う人も今もいるだろう

   でも 私の悲しみとは違う

息子を思い

  胸が張り裂けそうな 悲しみが9年になる今もある…人は私以外にはいない

   津波の問題で裁判している遺族もいるが

会社や幼稚園学校は  責任はない・・と主張している

     ゼロではないだろうが  家族とは悲しみも自責の念も違う

  違って当たり前

  愛が違うのだから


      愛がない人たちは 死者が怖いのでしょうね

   死んだ人たちはなんにもしない

   何も言わない・・・

幽霊があるなら

 殺された人たちが  幽霊になって犯人を呪い殺してほしいと思う

     犯人さえ見つからず・…迷宮入りしてしまう事件が多い

   それは  亡くなった人は何もしない・・という証


    残念です

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