愛と悲しみ・ 遺族の思い

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橋の切れ目の崖から落ちた場合
  海の岩場から落ちた場合
      船で海に落ちた場合

  精神薬による場合

      車の衝突の場合

   ベランダから落ちた場合

      風呂での場合

     まだまだ
         いろんな場合がある

  が   自死?事故死?心不全?突然死?

    わからないケースがある

遺書があっても 自死と認めたくないなら…それもまたその遺族の思い

否定はしない

  その遺族がどう思っているのか・・・が大切

   人の悲しみを聞くことは必要だが  共感ではなく同調してしまうのは あぶない

     私はわたしにとっては自分の悲しみが世界で一番悲しいと思っている

  が  同調は求めていない

     悲しみを比べないということは  そういうことである

     個々に悲しみがあって  別々のものだから

  それはその悲しみの元になっている愛がそれぞれ違うから

         だからこそ 悲しみは愛しさとともに・・・という表現はしっくりくる

    私が愛しているからあなたも愛しているでしょ私の息子を・・・

  そんなことは言わないし思わない

       それと同じこと

  私が悲しいんだからあなたも悲しいでしょ私の息子の死が・・・

        それは 変です

    誰とも比べるものではない

  私の悲しみは私だけのもの

   誰のものでもないわたしのもの・・・・・なのです

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