生きている人間すべてが罪びとである

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自死遺族のほとんどが 思い悩むこと

    世間一般に言われる「浮かばれない」ということば

以前にも何度か書いたことがあるが「自死」への差別と偏見からくる言葉

      遺族も最初から自死遺族ではないので  「自死」に差別や偏見を持って生きてきた人たちである

  家族が自死した時   それまでの自分の持つ偏見と差別・・・と  
 世間の言葉(というより親戚の言葉)

「成仏できない」

      昨日の「法話の会」

成仏という意味  と   


自死→自殺→殺生→殺→罪

   人は誰でも殺生をして生きている

   魚のいのちをいただいて、食べて、生きている
牛や豚・・動物のいのちをいただいて生きている

野菜も果物も・……そのいのちをいただいて生きている

    蚊を殺すことも殺生

   命あって生きている人間は  様々ないのちをいただいて生きている

   自死者だけが罪人ではなく

  全ての人間が罪びとである

       そんな話をしてくれた

  成仏・・・も   死んですぐ「仏さま」にはならない

 「仏」になるための修行を積む・・・

    修業が極めて楽にできるところが  「極楽」である


私たちはなんとなく死んだら「仏様」になると  漠然と思っている

     そうではない・・・

    だから  死んで  すぐに  全員成仏などしていない

   仏様には  誰も成れていない

   正しい知識は大切である

       あいまいな適当な 青森の津軽弁でいうと

           「おべだふり」
 (知りもしないのに知ったふりをする)  

       それも 罪である

  おぎゃーと生れた時から
     罪を犯し続けて生きているのが人間

  罪を一度も冒さない人間は皆無だ
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コメント

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その通りですね

その通りだと思っても、では、自分が自覚し常に謙虚な姿勢でいられるかというとそんなふうにもなれず、相変わらず自分勝手なところも出てしまいます。でも、自分の事を振り返ったら、相手の事も許せるでしょ、そうしたら、優しくなれるでしょってことなのかもしれませんね。自分の事を反省しつつ今回の日記を読ませて頂きました。