不思議な支援者

F1000243.jpg

 31日仙台の「つむぎの会」

     今週は個別相談と 電話相談が 多くあり 対応

    一人ひとり 大切に…と思っているが   十分ではない

   悲しみは助けることはできない

        悲しい気持ちを救うことはできない

    遺族は自分で歩いていくしかない

      自分の悲しみは  誰かの悲しみではなく  自分のもの

     家族であっても   それぞれ・・・

        「わかちあい」は  悲しみの肯定

      お互いの悲しみを認め合う・・・

    悲しみを愛しいものと思えるとき・・・・・・・

         やさしさが生まれる

     人へのやさしさが 遺族から広がってほしい


    悲しみを企業としたり

   悲しみで有名になったり    悲しみで金儲けしたり

        そんな人たちが増えていくのは

     見ていて  胸が痛くなる

        活動は

コツコツ相談を受けて実践していたら   有名にはならない

     精神科の医師と同じ

 患者と向き合い 臨床に懸命な医師は  論文も書かない…学会発表もしない 

      本も書いている時間がない

   ただし 患者には知られる医師となる

      自死の活動も   名刺を配って行政を回り 関係団体を回り

     本を出し…・マスコミに売り込みをし

   そのための 書類を作り(業者に頼んで立派な・・)

         人材育成を企画し、自分が講師になり・・・

   そうすると  個別の面談は時間が限られる

  電話相談は  折り返しはしない

        活動の3分の2を  書類の作成と 挨拶まわり  ができたら

       そのほうが  社会的には認められる

  どっちに 顔を向けて活動をするか

   誰を見て仕事をするか・…医師なら患者か・・・・関係機関か・・・

     患者に認められるのを取るのか・・・・

    社会的地位を取るのか・・・

    患者と向き合う医師が増えてほしい


  活動も当事者と向き合う人が増えてほしい

  自死遺族の支援を看板にしている  支援団体が  自死遺族がほとんど参加していないのに

           人材育成だけは 盛大

     参加遺族がいないのに  遺族を支援する人だけ育成して・・・

          なにをしたいのだろう・・・・


      不思議な支援者が多い      
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

 自死遺族が少ない支援団体があっても問題はないと思います。
自死遺族の人数はそうでない方よりも圧倒的に少ないので、むしろ、自死遺族が少ない支援団体がある方が自然だと思います。
支援団体の構成員の過半数が自死遺族である必要はないと思います。
構成員の全員が自死遺族である支援団体もそうでない支援団体もそれぞれ尊重されるべきだと思います。
色々な形態の団体があってしかるべきだと思います。どっちが良くてどっちが悪いということは無いです。人材育成する主体はどちらでも構わないと思います。自死遺族は偉いって思っていませんか。
自死遺族と言えば、皆が特別扱いしてくれるって思っていませんか。
もしそんな風に思っ ていたら傲慢です。
自死遺族は別に偉くもなんともないです。私はちっとも偉くないです、普通の人です。たまたま自死遺族になってしまったのです。
私は自死遺族が少ない支援団体に支援していただいていて、とても感謝してます。遺族が少ないから良くないなんて思っていないです。感謝しています。
自死遺族が支援団体を批判するのはやめませんか。他人を批判しても何にもなりません。どうせなら、プラスの話をしましょう!前向きな話をしましょう!自死遺族は批判ばかりしているおかしな奴らだって思われたくないんです。宜しくお願い致します。