日本では家族が死んだ日を記念日とは言わない

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「記念」 思い出に残しておくもの

   「記念日」 結婚記念日  婚約記念日  家を買った記念日   ・・・
楽しいことの思いでのような気がする

   息子が死んだ記念日  離婚した記念日  破産記念日・・・・

    という人は  日本人は使わないような気がする


  が

   海外の思想がそのままのグリーフケアの考えでは

3月11日を 東日本大震災2年目の記念日というようだ

  グリーフカウンセリングセンターの代表が 通信7号のあいさつで書いている

    震災後に震災のためにたちあげたセンターの通信7号
       「うれしく思います」が一声

 どこかの編集後記(自死遺族の会)

 「この通信を作成していて心が豊かになりました」  代表の声

   悲しみを癒してあげる…という人たちは  同じ発想らしい

     アメリカの9月11日のテロ

  その後の アメリカの新聞に

 「テロの後にグリーフケアの支援をするという人たちが嬉々としていた。
      結果はほとんど役にたたなかったのに」という意味のことが掲載されている

     (全国自死遺族連絡会のHPに掲載している)

簡単にPTSDとかトラウマという言葉を使うのも彼ら特有のもの


   岩手県の社協はグリーフケアを学ぶ必要があるとコメントしているが
        ここでも「支援者のための支援」が強調されている

    支援者のための支援者・…が必要なら

  その支援者の支援も必要ではないのか(エンドレスでの支援)

  それとも  特殊な能力を持っている人たちは 支援者を支援するだけで

 自分への支援は必要ないのだとでもいうのか

(何様?)

        自分は支援をしても、自分へのこころの支援は必要なく

     他の人は支援をしたら  心のケアという支援が必要というのか

  遺族の悲しい話を聞くとこころが疲れてしんどいから
    遺族の話を聞いた私の心を癒してほしい・・・・・・・・・ってなんですか

    自分の心を他の人に癒してもらわなければならないほど 
    しんどいおもいをしてまで
        遺族は聞いてほしいと思っていません

  無理して聞かなくてもいい

       「 癒したい人の卑しさ」 そんな人たちが  あふれる研修会

       遺族が冷やかに見ているのを知らない人たち

   その目線に気が付かないような程度の感性で

       悲しみのケアなどできるわけがない

 
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