悲しみの分だけ誰にでもやさしかった父と母

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育ての母は、自分の娘を亡くし・・・

      自分の姉から娘をもらい育てまた亡くし

    夫の妹から娘をもらい……返して・…といわれて返し…その子も亡くなり

   私が両親の離婚で親戚中たらいまわしになっていたのを

       もらい養子縁組して  育ててくれた(1歳未満)

母はお盆や命日  泣いていた

   お地蔵さんをお寺におさめ  夏は浴衣 冬は冬用の着物を着せて
     熱心に祈っていた

 お地蔵さまの お堂を建て寄贈

    いつも明るい母が  娘を想いなく姿に 距離感を覚えていた私だった

   息子を亡くして・……母が50回忌にも泣いていた意味が理解できた

      父が亡くなり母をおくった時  弔辞を読んだ

     父と娘と会えましたか・・・・・会えていると信じています

     あなたの娘で幸せでした・・・と

    やさしい母だった   誰にでも・・・

   父もやさしいひとだった

  子供を亡くした悲しみの分だけやさしかったのかもしれない

            自分の親が子供を亡くした悲しみも

  わが子が自分の子供を亡くしたかなしみも

       自分の愛する子供を亡くした悲しみは
     
    亡くした本人にしかわからない

    わからないのが   ダメだといっているのではない

 

        わからないのだから  悲しみに 触れなくていい

   お天気の話でもしてくれたほうが  いい人


   触れてほしいと誰も頼んでいない

           触れないほうが親切

         母はボケていたから  健一が死んだことは理解できなかった
父は  電話をして報告した時  ただ泣いていた

    ただただ  ひたすら「そうか・・・・」と泣いていた

   その後にあったときも   健一のことに触れなかった

   子供を亡くしている父のやさしさだった

今は  あの世で  孫の健一と父と母と自分たちの娘と 一緒にいると信じている

  
    「あ・・・・・あ・・  さちこは・・・しょうがないな・・・・」といいながら・・・

    

    
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