溝の深さ

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 自死遺族の集い

    行政が主催  の   遺族の会

   保健師は転勤があるので担当は変わる

   行政は必ず報告書を書く

    仕事として 遺族の会の開催をしている

          そこには税金が使われている

  お茶を買うのが税金ではない

        給料として 支払われている

    ボランティアで仕事抜きで  会の運営はしない

      会議で決めて 事業として開催している

    だから 報告書は必須

       そして  年間予算が 決められている

    よって   講師を招いて  講演会や研修会

          毎回の会の開催に  有名な会の理事長や理事などを講師として招き

       話し合いの時間にいてもらう(有料)

          私は  憐れんで欲しくない
    憐れまれるのは 息子も望んでいない

          かれらは  自死遺族を憐れみの目でみている

         かわいそうな人たち

        私は「悲しみを抱えている」が

            かわいそうな人ではない


        自助グループは   そんな意識を持った人たちが  集う

     「悲しい話を期待している」 人たち

           と時間は疲れる

「悲しい人」を演じる自分がいたりする

  せっかく  こんな場所を作ってくれrているのに

    期待に応えなければ・・・と


    しかし
   人はそれぞれ

        遺族だけでは   安心しない人もいる

       保健師がいるから  安心という遺族もいる

            そこに  自助グループができると

     支援者主催の会には遺族はほとんど行かない


         それは  何を意味するのか

             遺族は遺族に会いたいのであって

      支援者に会いたいのではない


     いくら  寄り添う雰囲気であっても

    帰れば  子供がいて  夫がいて

  孫もいて
         親もいて
              仕事も安定して

       愛する人は存在する人たち

             交わることのない  溝がある

   溝の深さは   埋められる

          それは

   「気持ちはわからない」と思う意識をもてるかどうか

        わからないが・・・・・・・一緒に歩いて行きたい・・・・と 願うかどうか

    遺族よりも遺族のことをわかったような意識があったら

     溝は深くなるだけ


      人が大好きで 人間が大好きで

    楽しいことも苦しいことも悲しいことも  全て含めて

     人間が大好きかどうか・・・・


    自分を戒められるかどうか

             そんな気持ちのある人は   


   遺族の話を聞くと疲れるとは言わない

     しんどいとはいわない


           私は  自死遺族でなければ   自死遺族にはかかわらなかった

      ボランティアは無理

         支援者にはならない  なれない性格

         人のために尽くすタイプではない

      冷たくはないと思うが   自分を捨てて 自分よりも

         人のためという性分ではない


      育ててくれた母親のようにには    生きていない

    仕事として支援者

         お金を得て 支援   


       それはそれで  納得

       お金を得るならお金の分はしっかり支援してほしい


   と   嫌な性格の私は  思ってしまう


  ほんと  いやなやつです  わたしは

        

           
   
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