自死を個人のメンタルの責任のように思わせられている事に気が付かない我々は、巧妙なトリックに騙されている

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  よく 同じようにいじめても死なない人が多い

     とか

精神薬をたくさん飲んでも死なない人が多い

   とか

  同じように仕事をしても死なない人が多い

   とか

     いう人がいます

 そんなことをいう人たちって
               自死の問題にかかわっています


     そんな考え方の人たちが  自死防止の中心にいるのです


        だから

    社会的要因の解決なんて 目指してもいない


 個人の「メンタル」の責任を問う対策が行われているのは


        そもそもそんな人たちが中心なんですから  当たり前です


   では  いじめられても生きている人がいて

   自死する人はまれだ・・・・・というなら


         交通事故も同じです

     難病も同じです

          津波も・・・・

    あらゆる病気は   一部の人たちであって


      大多数は病気にはならない


    では 病気は個人の責任だから  死んでも

        勝手な死だというのだろうか


事故は 勝手に 起きたんだから
              死んでも 自己責任というのだろうか


    なぜ なぜ  自死だけが 


      いじめられても生きている人がいる・・・

    パワハラを受けても死なない人もいる


        そんな言い方で


     亡くなった人が 特殊な人のような言い方をして

    片付けようとするのか・・・・




    人は どのような形でも  死にたくないんです

  できれば  不老不死を願っているのが人間です


     自死した人たちが  死にたくて死んだ・・・・・・という考えは

          せめて 自死の問題にかかわっている人たちだけでも


                 改めるべきであり


  好んで自死した・・・という考えを持っている人たちは


   自死の問題にかかわるべきではありません


    個人が死ぬのが好きで死んだのなら


   対策を立てる必要はありませんから・・・・


         税金を使う必要もありませんから・・・・・


      社会的要因・・・・・・・だから税金を投入し 国が動いているはず


       それが  すべての施策が個人のメンタルに


        すり替えられている
そして

    自死が少し減り
    
   不審死が増えている現実を あまりにも 私たちは知らない


  知らないということは   いつの間にか  


   一部の人たちの利益のための罠に   ハマっているのです

         
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