
自殺総合対策の推進に関する有識者会議(第6回)
「見直しに向けた検討の視点」に関する意見書①
一社)全国自死遺族連絡会 田中幸子
前回会議(令和3年12月6日)において示された資料2「見直しに向けた検討の視
点」について意見を述べます。(各視点は冒頭に、〇として項目を分けているが、以下の
記述では便宜上、その順番に「視点1」「視点2」などとした)
Ⅰ 概略
【総論】視点1<女性の増加>、視点2<子どもの増加>、視点7<自殺報道>への取り
組みを検討するに当たり、特に原調査の正確性・科学性に問題があり、政策に直結させる
ことができないことに留意されたい。このような現状に対し、科学性の高い心理学的剖検
の復活を強く望む。検討の視点として「心理学的剖検を復活・充実するべきか」を加え、
大綱には「心理学的剖検を復活・拡充する」という趣旨を盛り込んでいただきたい。
【各論】
①視点1<女性の増加>は、わずか1年間の変化を問題にしており、5年ごとの大綱作
成に当たっては実態の見極めが必要。そのためには心理学的剖検が必須である。一方で、
昨年でも男性の自死は女性の2倍超であり、性差を問題にするならこの点は看過できな
い。妊産婦の自殺実態を把握し、対策を打つ体制は急務。大綱にはこれらの点を盛り込む
べき。
②視点2<子どもの増加>は、実態把握と解明が十分でない。文科省が責任を持ち、学
校や教委が主体的に調査するべきだ。現状は事実に目を背け、責任回避に終始するケース
が多い。大綱には個別の施策とともに、事実を解明する姿勢の重要性も書き込んでほし
い。
③その他の視点については、後日、別途意見書を提出する。
Ⅱ 趣旨
以下、前記の概略について説明します。
【総論】について
「検討の視点」に挙げられた各論点はいずれも具体的な取り組みを検討しようとするも
ので、その場合、自死者数の推移や性別・年代別・地域別の集計などと並んで、あるいは
それ以上に「原因・動機別」のデータが極めて重要となるのは、論をまちません。
しかし、現状のデータは現実と乖離している可能性(あえて言えば「危険性」)が非常
に大きいと考えられます。このような現実を反映していないデータを基に、次期の自死総
合対策大綱対策の検討が進むことを危惧します。
なぜ現実を反映していない可能性が高いのかといえば、現状で「自殺統計」の原票とな
っている警察庁統計に、多くの欠陥があるからです。警察捜査という限界がある以上、や
むを得ないものであるとしても、対策を立案する者はそれを認識し、その欠陥を補正する
方策を模索するべきだと考えます。
以下、令和2年のデータに基づいて指摘します。
2
令和2年中の自死は、同統計によれば計21,170人でしたが、原因・動機が推定で
きた人は15,551人であり、73%に上ります。この数字は、長年、多くの自死遺族
から相談を受けて、交流し、その実態を見てきた私にとって、驚くべきものです。
統計は動機特定の根拠として、(注)として「遺書等の自殺を裏付ける資料により明ら
かに推定できる…」としています。しかし、明白に「遺書」という形で、遺された人にメ
ッセージを残しているケースはそれほど多くありません。また、遺書があっても、時間が
経過してから発見されることも少なくありません。
さらに、全国自死遺族連絡会として約400通以上の遺書を見てきて、遺書は家族や関
係者への「おわびと感謝」の言葉で占められていることが多いと感じています。本来、
「多くが追い込まれた末の死」(大綱)であるのに、自らを追い込んだ者や組織、社会構
造への恨みつらみは、書かずに逝くのです。
そうすると、「遺書等」のうち動機の特定につながるものは「等」になるわけですが、
「等」の中心は、自他殺を判別するための「捜査」であり、その一環としての遺族や関係
者からの事情聴取によると推定されます(他にはSNS発信、日記等がありうるか)。
従来、申し上げている通り、この捜査・事情聴取には多くの問題があります。
捜査当局が、遺族とともに自死に至った事情(真実)に知ろうという形式・内容になっ
ていません。愛する家族を突然、失った直後の混乱時に、警察官からの質問に答えるとい
う形がほとんどです。連日・長時間に及ぶ“容疑者扱い”のケースすらあります。
こうした聴取では、真の原因・動機を究明することは困難です。遺族にとっては、直後
の混乱時と時間がたった後では、思い起こせる内容も異なります。後になって「もしから
したらあのことが…」と思ったとしても、「動機別」には反映されません。捜査は終わっ
ていますから。
動機別データの信頼性が低いとしたら、そこから打ち出される具体的な対策は、合理性
に欠けた的外れなものにならざるを得ません。
例えば、大綱を検討する本会議の第1回(令和3年11月8日)において、男性俳優の
自死と女性俳優の自死の後に、自死者数が増えたとの分析がありましたが、これは外形
的・図式的なものです。
どのような質・量の報道がなれたのか。一人ひとりの自死者が、どのような新聞記事や
テレビ報道に接して「死のう」と思ったのか。他にどのような要因が重なったのか。そも
そも他のケースでなく、この2人の自死についての報道が、個別の自死(の増加)とどの
ようにつながったのか。科学的な検証が欠如し、その心理的機序に至っては全く明らかで
ありません。
「報道があったから死ぬ」という単純化には強く異議を唱えます。ウェルテル効果を叫
び、報道抑制を求め、結果、「自死」問題にふたをするだけになることを懸念します。
全ての対策と取り組みのために、今こそ心理学的剖検を大綱に記載し、国の施策として
復活させることを望みます。
コロナ禍という大きな社会変動があった以上、実態解明のためには、「広く浅い」社会
学的・疫学的研究と並んで、「狭く深い」心理力動的・個別的研究が必須であることは明
らかです。その社会変動が個別の自死や自死未遂に対して、どのような影響を与えている
のか。それは短期的なものにとどまるのか、長期にわたるのか。対照群調査と合わせて、
3
徹底解明を目指すべきです。
07年の自殺総合対策大綱には「社会的要因を含む自殺の原因・背景、自殺に至る経
過、自殺直前の心理状態等を多角的に把握し、自殺予防のための介入ポイント等を明確化
するため、いわゆる心理学的剖検の手法を用いた遺族等に対する面接調査等を継続的に実
施する」という文言がありました。
心理学的剖検の必要性は消えたのでしょうか。あるいはその科学性が否定されたのでし
ょうか。そうではありません。何の総括もないまま、約10年間で打ち切られたのです。
自死遺族から話を聞くのは、極めてデリケートな仕事です。保秘の体制づくりに加え
て、調査者には高いレベルの技術と並んで、深い倫理性や共感性・人間性も求められま
す。人材育成も含めた体制づくりを急いでください。
【各論】について
①視点1
検討の視点1は「令和2年に増加した女性の自殺について、どのような取り組みが必要
か」と提起しています。
女性の自殺は2011年以来、ほぼ一貫して減り続け、昨年、増加に転じました。過小
評価するつもりはありませんが、この傾向が今年から来年へ、その次の年へと、どうなっ
ていくか、予測することはできません。
わずか1年の統計上の変化によって、5年を期間とする自死総合対策大綱が決定される
とすれば、失当です。少なくとも、現大綱が自死対策を規定してきた過去5年間の実績と
評価に基づくべきです。
このように視点1は、微視的・近視眼的な視野に陥り、「女性の自死」問題を真っ先に
取り上げるという誤りを犯しています。女性が増えたという昨年の統計でもなお、男性の
自死は女性の2倍を超えます。ここに手を打つことは、決定的に重要です。
では、女性の自死はこの5年間、実際問題としてどうだったのか。現状では、警察の調
査に基づく統計しかありません。どんなに統計的手法を凝らして分析しても、もともとの
データの正確性に疑問があることは上述しました。
ここでも【総論】で述べた個別の自死への接近は不可欠です。彼女はなぜ追い込まれ、
自死に至ったのか。追い込んだのは何か。たった一人の事情も分かっていません。心理学
的剖検をおろそかなにしてきたツケが回っています。
また、前回会議におけるヒアリングで、日本産婦人科医会の相良洋子常務理事が、妊産
婦の自殺の実態が正確に把握されていないと報告されました。
まず、正確な実態を捉えるシステム作りが急務です。さらに、妊産婦が抱える問題に関
する専門家や支援者が連携する仕組みを構築してください。国・県・市町村・専門機関・
民間団体など、顔の見える対策のネットワークが必要です。
②視点2
「視点2」<子どもの増加>については、総論で指摘した問題点に加え、さらに深刻に
受け止めるべき実情があります。
前回会議のヒアリングで、新井肇教授は、子どもの遺書は少ないと報告しました。子ど
もは自死に至った原因・動機を語らずに亡くなるケースが多いと推定されます。
4
子どもの動機別で、「いじめ等」は下位に属します。教師の指導等に起因するものは、
集計には見当たりません。しかし、第三者調査委員会の調査や裁判で「いじめ等」が要因
の一つと認められるケースは多く、主たる要因と位置づけられることも少なくありませ
ん。
それらは死後、時日が経過しているため、統計に反映されることがないと思われます。
警察の聴取を受けた遺族によれば、わが子の死の直後に「親子の不和、げんかはなかっ
たか?」「兄弟の仲は良かったか?」「進路で悩んでいなかったか?」「学業成績はどう
だったか?」などと聞かれます。
多くの家庭は、親子げんかぐらいはしたことがあるし、学年が進むに連れて進路との兼
ね合いで学業に悩むケースも増えてきます。子育ての仲ではごく普通の出来事です。とこ
ろが、そのように正直に答えると、それが「動機別」にカウントされていくのです。
親にはわが子を救えなかったという強い悔いがあります。「私が悪い」「自分が殺した
ようなもの」と自らを責めることが多く、その混乱した状況下での聞き取りは著しく信憑
性を欠きます。これを確定した事実、データとして扱うことはできません。
文部科学省の統計も問題です。
文科省の示す令和2年「児童生徒の自殺者数に関する基礎資料集」の原因・動機別表
は、出典として「厚生労働省『「自殺の統計:各年の状況」』及び特別集計を基に文部科
学省において作成」と明記しています。学校を所管し、子どもたちに一番近い立場にいる
文科省が独自の集計も分析もせず、厚労省統計を利用しているのです。これが責任ある立
場といえるでしょうか。
こうした結果、この集計にある「いじめ」を理由とする自死の数は、第三者委の調査報
告や裁判で認定されたそれよりも、明らかに過小です。
自治体の教育委員会も、いじめ自死の隠蔽や否定に走り、事実と向き合わない姿勢が顕
著です。その言い分は①いじめはなかった②いじめはあったが、自死の主たる要因でない
③いじめはあったが、自死との因果関係が不明―というものです。最近では、第三者委が
設置されても、自死の複合原因説に立ち、いじめとの因果関係を否定することが主流にな
っています。
そもそも、子どもを伸ばし育むはずの学校生活に関係して自死が起きるということはあ
ってはならないことであり、教育者にとっては最大の敗北ともいえる事態です。それが起
きたのだから、なぜ、どうして子どもが追い込まれたのかを、心理学的剖検も活用しつ
つ、徹底的に調べるべきです。現状はそれとは正反対の対応です。
こうした基本姿勢の転換なくして子どもたちの自死を防ぐことはあり得ず、大綱に書きこむ必要があります。