
自殺総合対策の推進に関する有識者会議(第4回)に対する質問・意見
~大綱見直しに向けた資料開示のお願いおよび質問・意見
一社)全国自死遺族連絡会
田中幸子
1、はじめに
政府が推進するべき自殺対策の指針となる自殺総合対策大綱の見直しにおいては、当然のことながら、2017年7月に閣議決定された今次の自殺総合対策大綱の下における自殺対策の推進状況についての正確な現状把握と評価が不可欠の前提となります。
このような評価や比較の前提となる情報として、有識者会議の場において以下の資料の開示を求めます(①~⑦、質問と重複あり)。
また、これまで自死遺族当事者として知り得た事実や公開されている情報から、現状の問題点を把握し、また懸念も感じていますので、新たな大綱にはこれらの点への配慮や施策の推進を盛り込んでいただきたく、意見を申し述べます。
特に、国の自死対策において自死遺族がほとんど置き去りにされていることは、自死者本人を見捨てたうえ、その家族も見捨てるというのに等しい状況となっており、この点の認識を深め、大綱にもその旨を書き込むよう、強く求めます(下記3⑨)。
2、開示を求める資料、質問(⑤~⑧)および意見(総論⑨、各論⑩~⑭)の要約
①今次大綱に至る大綱の変遷が分かる比較表。
②指定法人の展開した事業と成果が分かる具体的資料。
③指定法人の業務体制と各事業に対する事業費、事務費。
④指定法人への指定期間の定めと事業内容。
⑤厚労省・警察庁から指定法人に対する情報提供の範囲・手続きに関する規定の有無と規定があればその文書。
⑥指定法人作成の「地域自殺実態プロファイル」の基となる情報はどのような手続きで、どのように限定されて提供されているのか。
⑦地方公共団体の死因究明等推進協議会に対する死者の情報提供の範囲・根拠および情報の出所。
⑧警察庁は自死者の遺族への聴取について任意であることの告知をし、その情報を厚労省に提供することの承諾を得ているか。また、その情報は指定法人や死因究明等推進協議会にも提供されているか。
⑨現行の大綱における自死遺族への基本認識はあまりにも貧弱で実情に無理解。大綱における自死遺族の位置づけをもっと踏みこんで書き、多様に抜本的に自死遺族への支援を展開してほしい。このことの具体例として
⑩警察を含む公的機関の職員の遺族対応に役立てるべく、自助グループの「体験的知識」(後述)に学ぶよう求め、大綱にも明記してほしい。
⑪遺族の自助グループ「等」が支援対象でなく、自助グループ(当事者)こそが中心であることを明確にしてほしい。
⑫子どもの自死における学校・教育委員会の対応を改善することを大綱に明記し、文科省は指針(改訂版)の再改訂し、現場対応の改善に乗り出してほしい。
⑬遺族支援は心の支援が中心になっているが、法的・社会的問題の具体的解決に結びつく支援を展開することを大綱に盛り込み、実践してほしい。
⑭いわゆる事故物件問題について人々の啓発とともに積極的な解決に乗り出してほしい。そのために大綱にもその問題性を明確に書き込んでほしい。
3、上記ポイントについての理由説明
①今次の大綱見直しのためには、それ以前の大綱との比較も欠かせません。事務局に対し、今次大綱に至る大綱の変遷が分かる比較表の作成・提出をお願いします。
②③今次の自殺総合対策大綱の下における自殺対策の大きな枠組みの変更として「自殺対策の総合的かつ効果的な実施に資するための調査研究及びその成果の活用等の推進に関する法律」(以下「新法」と略称)の制定と、それに基づく指定法人の指定があります。これに関わって自殺対策はどのように前進したのか検証される必要があります。
指定法人「いのち支える自殺対策推進センター」(以下「JSCP」と略称)が新法5条各号に定める業務をどのように展開し、どのような成果を収めたのかを具体的な資料を示されたい。
JSCPの業務体制と(組織系統図、各部門の責任者、人員数、常勤や非常勤の人数)と各事業に対する事業費、事務費を具体的に報告されたい。
④各種資料からは指定法人への指定期間の定めと事業内容をどのような期間、どのようなシステムで評価するのか見当たりません。契約書など関連資料をお示しください。
⑤⑥私は、2019年9月25日の本有識者会議に「新法一式について質問と意見」と題する文書を提出し、質問④として厚労省・警察庁に対し「指定法人に対する情報提供の範囲・手続きに制限はないのか。警察や保健・医療機関はどう対応するのか」とただしました。
新法12条に「国及び地方公共団体は指定法人に対して、調査研究等業務の的確な実施に必要な情報の提供その他の必要な配慮をするものとする」とありますが、一方で7条には「秘密保持義務」が定められ、15条には「違反」への罰則もあることから、どのように運用されるのか疑問があったためです。この質問に対する両省庁からの回答はいただいていません。
現在、JSCPのホームページの掲示によれば「地域自殺実態プロファイル」を全自治体に提供しており、そこには以下の情報が含まれていると明記されています。
「*地域の自殺者の特徴*属性(男女、年齢、同居人の有無、雇用状況、自殺未遂歴など)別の自殺者数*学生・生徒等の自殺者数*自殺の手段別の自殺者数*地域の事業所数、従業者数*住民の悩みやストレスの状況、こころの状態など」
今次の自殺総合対策大綱は「国は、自殺総合対策推進センターにおいて、全ての都道府県および市町村それぞれの自殺の実態を分析した自殺実態プロファイルを作成し、地方公共団体の地域自殺対策計画の策定を支援する」としています。自殺総合対策推進センターは2017年より毎年「地域自殺実態プロファイル」を作成し、全ての都道府県や市町村に提供してきました。自殺対策推進センターの事業はJSCPが継承しています。
自死に関わる情報はセンシティブなものを含み、とりわけ列挙されているうちの「自殺者の特徴」や「属性(男女、年齢、同居人の有無、雇用状況、自殺未遂歴など)別の自殺者数」は、狭い地域では個人の特定につながりかねないものです。
単に事業を継承したという理由で、民間団体にそのまま漫然と提供されていいはずがありません。JSCPに対してはどのような根拠・手続きで、どのような範囲で、情報が提供されているのでしょうか。
⑦資料2の「自殺総合対策の推進に資する調査研究等を推進する取り組み」のうち(5)「死因究明制度との連動における自殺の実態解明」について、厚労省は「地方公共団体に対し、地方の状況に応じた死因究明・身元確認に関する施策の検討を目的とした、関係機関・団体等が協議する場として死因究明等推進協議会の設置・活用を求めた」とし、2021年3月末時点において41都道府県において設置済みとなったとしています。
この死因究明等推進協議会への死者の情報の提供範囲等の規定はあるのでしょうか。
また、この情報は警察庁が犯罪等を調査するという目的で実施されている遺族への事情聴取の内容の提供だと思われますが、そのように理解していいでしょうか。
⑧前述の遺族への聴取において、警察は任意の聴取であることを告げ、さらに自殺統計や厚労省に提供・利用するという承諾を得ているのでしょうか。
統計に使うという目的での厚労省への提供は個人情報保護法の下でギリギリ合法であるとしても、昨今は次々と提供範囲が広げられていると感じます。本有識者会議の【資料2】自殺総合大綱に基づく施策の実施状況の(7)既存資料の利活用の推進の取り組み状況と実施状況で、警察庁は今後の課題と令和3年度の実施予定として「毎月の自殺者数を速報値・暫定値として公表・自殺統計原票データを厚労省に提供。東日本大震災に関連する自殺者に係るデータを厚労省へ提供。令和2年度中における自殺の状況を厚労省と共同で公表」と記載しています。
「地域自殺対策プロファイル」を作成しているJSCPや死因究明等推進協議会への情報提供は明記されていませんが、直接提供はしていないということでしょうか。違うとしたらこれらの団体はどこから提供を受けているのでしょうか。
⑨次の大綱における自死遺族の位置づけについて、変更を求めます。
自死遺族とは何でしょうか。現行の大綱の総論部分では、自死遺族は「第3 自殺総合対策の基本方針」の「3.対応の段階に応じてレベルごとの対策を効果的に連動させる」の<対人支援・地域連携・社会制度のレベルごとの対策を連動させる>における「3)事後対応:不幸にして自殺や自殺未遂が生じてしまった場合に家族や職場の同僚等に与える影響を最小限とし、新たな自殺を発生させないこと」と記されているだけです。
つまり、自死のハイリスクグループとみなされ、予防の対象とされているわけです。
各論では「第4 自殺総合対策における当面の重点施策」の12項目を見ると、わずかに9番目に「遺された人への支援を充実する」があるだけです。
そのほかの項目で実質的に遺族が期待され、主な対象となっていることとしては、自死を予防するための調査研究の素材提供者としての役割でしょう。
自死遺族は心身に大きなダメージを受けます。そして、社会的には「忌むべき死」「穢れ」と受け止める人が少なくなく、差別や偏見にも苦しみます。もし、次の大綱も自死の多くが「追い込まれた末の死」という基本認識を維持するなら、遺族の置かれる苦境もまた、自己責任でなく社会的な責任と見なければなりません。即ち、遺族を単なるハイリスクグループや研究の素材と捉えるのではなく、社会の責任として、そのダメージの回復や差別・偏見の除去に努める必要があります。
そのように考えるとき、自殺総合対策大綱における自死遺族への基本認識はあまりにも貧弱で実情を理解しているとは思えません。後述する自助グループの「体験的知識」に、もっと学んで、自死遺族への基本認識を踏みこんで書き込み、多様な支援を展開するよう求めます。
以下、今回の資料に2に即して、具体的に大綱に盛り込むべきこと、および直ちに実践してほしいことを述べます。
⑩資料2の「遺族等に対応する公的機関の職員の資質の向上」の項目で、警察庁は「警察職員が自殺者、自殺者遺族、自殺未遂者等に関係する業務に従事する場合には、自殺者の名誉や自殺者遺族、自殺未遂者等への心情等を傷つける事のないよう、適切な遺族等への対応の実施」と記載されています。
しかし、遺体の取り扱い、遺族への対応でも、さまざまな差別的対応が報告されています。全国自死遺族連絡会は2008年から2015年まで毎年、警察庁に「改善のための要望書」を国会議員を通じて提出、話し合いもしてきましたが、一向に改善されることなく現在に至っています。
死者の取り扱いについても、他の類型の死者より雑に扱われているケースがあります。救急搬送された病院でも素っ裸で廊下に放置されたり、切り開いた箇所を閉じることなく血が流れ落ちたビニールのまで遺族に遺体の引き取りを求めたりしています。
事情聴取を含めた遺族への対応も、例えば容疑者扱いされて深く傷つく遺族が後を絶ちません。連日、長時間にわたる聴取で心身とも疲れ果てる遺族もいます。遺族の要望を聞いてください。改善が進み資質の向上につながるはずです。
こうした体験の蓄積を私たちは自助グループとしての「体験的知識」と呼んでいますが、ぜひ警察を含む公的機関の職員の資質向上に役立てるべく、自助グループの体験的知識に学び、共有していただくよう求め、大綱にも明記するよう求めます。
⑪自助グループは全国に広がっていますが、その多くの地域では自助グループが運営支援を行政に求めても「他に支援団体があるから」などと理由をつけて要望を受け入れてくれません。自助グループのその多くは自前での活動を余儀なくされています。他の民間団体と同等の扱いを受けず、相談機関としての自治体広報掲載も断られている地域があります。
資料2の「遺された人への支援を充実する取り組み」(1)「遺族の自助グループ等の運営支援」で厚労省は、交付金の交付や手引きの作成を実績として挙げていますが、自助グループではなく、その後に付く「等」の方に支援が行っているというのが実感です。対象は「等」ではなく、「自助グループ」こそが中心であることを明確にし、実践してください。
⑫資料2の「学校、職場での事後対応の促進」において文科省は「子どもの自殺がおきた時の背景調査の指針(改訂版)等を活用し、各教育委員会等の生徒指導担当者や校長・教頭などの管理職を対象に「児童生徒の自殺予防に関する普及啓発協議会」を開催し、周知を図るとありますが、多くの遺族や教育関係者が指摘する通り、その事後対応で遺族が最も傷ついています。対応の見直しを図ってください。
死亡直後に教育委員会・学校が遺族に対して、お悔やみの言葉よりも先に「保護者説明会」「第三者調査委員会の設置」などについて説明し、遺族が「落ち着くまで待ってください」と答えると、「説明会」の開催や「第三者委」の設置を断ったと判断している事例もあります。
第三者委を設置するとマスコミが殺到し、遺族の生活に支障が出るという虚偽の説明をし、設置の希望を牽制するという事例も多数報告されています。指針(改訂版)そのものの改訂を望むとともに、子どもの自死における遺族対応の基本を大綱に書き込むよう求めます。
⑬資料2の「遺族等の総合的な支援ニーズに対する情報提供の推進」では、精神的な支援情報の提供が主となっていますが、遺族が抱える問題はそれだけではありません。さまざまな法的・社会的問題の具体的解決に結びつく情報提供の推進と、支援機関や支援団体がこれらの問題解決ができる専門家につなげることができるような研修等を求めます。
⑭現行の大綱のこの項目には「いわゆる心理的瑕疵物件をめぐる空室損害の請求等、遺族等が直面し得る問題について、法的問題も含め検討する。【厚生労働省】」と記載されていますが、先ごろ国交省においていわゆる事故物件の告知期間についてのガイドラインが公表されました。厚労省はどうコミットしたのでしょうか。
遺族にとっては大切な人を亡くした直後に巨額の請求を突き付けられる重大な問題です。この問題は自死に対する社会のスティグマに起因していると考えられ、自死の事後対応の重要問題として、国交省だけでなく厚労省、法務省など関係省庁が横断的に取り組む必要があります。次の大綱にもぜひ方向性を含めて書き込んでいただきたい。
当面の具体的な対応策として、国交省においては事故物件に対応している保険の周知・普及推進を求めます。以上