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田中幸子のひとりごと ~自死で子供を~

自死遺族として、子供を亡くした親としての思いを綴り、「悲しみは、愛しさとともに」~グリーフ.イズ・ラヴ~…息子への愛を伝えたい。

第三者調査委員会

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小学生・中学生・高校生
  子ども同士のいじめ 先生からの体罰や暴言
 が
  疑われる事案について・・・

その有無にかかわらず
   第三者調査委員会の設置が義務付けられている
 遺族が断らない限り

そして 遺族側が委員の推薦もできる
  委員の人数も要望できる

   アンケートの内容についてや 聞き取りする人たちの範囲
なども
 要望できる

要望することもなく
   設置され調査が始まっても

解散の要望もできる
   再調査の要請もできる

 調査が始まったら
   愚痴っても仕方がない
SNSなどで
  批判しても 行動を起こさなければ 何も動かない

どんなに拡散し
どんなに賛同者が増えても
   行政は動かない

 実際に  具体的な要望を書面で伝えなければ
  調査委員会は
  行政の思うがままに進むだけ

   自分で書面で要望するか・・・
 弁護士を代理人として要望するか
  団体に依頼をして代理人になってもらい
   アドバイスをもらいながら  要望するのか 交渉するのか

行政に要望書を提出しながら 記者会見を開くのか

   具体的アクションを起こさない限り

   SNSで騒いでも  行政は動かない

   裁判は第三者調査委員会よりも はるかにハードルが高い

   それは
      いつどこでどのようにいじめられたのかの
 立証責任が 遺族側にあるから

   証言する子供が死亡
  反論する子供が生きている

    生きている人の証言が優先される
  動画や録音があれば対等になるが

   感情的になっても
  物事は動かない

  権利を行使すること

 ガイドラインや基本法などを読み込み
   他の事案も参考にし
     第三者調査委員会をできるだけ公平な人選になるように
 また 非公開ではなく
公開を求め続け
    第三者調査委員会の委員長解任や委員の解任要求も含めて
       委員会の解散も視野に入れて  要望する事
また
  村や町・市にたいして
 知事に・・県の教育委員会に
   指導を要望する事もできる

政令都市なら 文科省に要請してもいい

 どんなにたくさんの人に 同情してもらっても
    具体的に動かないと
 何もかわらない
  行政の思うがままに 結論が出されるだけ

調査委員会が設置されたなら
   冷静に怒り 冷静に見極め
   粛々と
      手続きをすすめていくしかない

  第三者調査委員会の設置が義務化されなかった時代の遺族は
    泣き寝入りか
        裁判しかなかった
裁判はほとんど勝訴はなく
散々な結果が多かった
  そんな遺族たちの血の出る涙の結晶の積み重ねで得た権利が
  第三者調査委員会
放棄することなく
   また  遺族が要望して 行政の思うようにさせず
     できるだけ公平な調査委員会にしてほしい
   あきらめず
       に・・・
亡きこどものために
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鈍い人

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グリーフケアを学ぶ人は
   悲しみという感情が鈍い気がする

  今を生きている人は 全員遺族
  遺族でない人はいない

私は 小さいころから 祖父母 近所のおばあちゃんおじいちゃん
   叔父・叔母
      親戚
  同級生など
        20歳過ぎたころには ずいぶん知っている人の死を体験した
     祖父母の時は
       幼いなりに悲しかった
  人間と一緒にする気はないが
   ペットもいろいろ亡くした

 それなりに 悲しかった

  特別に悲しみについて 学ばなくても

 死別も含めて   様々な別れも体験してきた

   悲嘆について 学ぶ必要はなく

     大人になれば 悲しみの体験は様々にある

   
グリーフケアを学ぶ人たちは
    一度も悲しい体験をしたことがないのだろうか

  悲しいという感情を抱いたことがないのだろうか

    祖父母が亡くなっても
 悲しい気持ちにならなかったという人達なのだろうか

    知り合いが亡くなっても  悲しい気持ちがわかなかったのだろうか

   悲しい気持ちに鈍感な人たちが
  悲嘆について学んだだけで

  悲しい人をケアできるわけがない

        悲しい気持ちに 細かな配慮ができる繊細な人たちは

        悲嘆について  わざわざ 学ばなくても
 生きている時間の中で
  たくさんの 別れの中から  たくさんの種類の悲しみを感じて
        生きている

   それだけで 十分 
   いろんな意味での悲しみを体験している

  悲しみを感じる感性を持っている人は
      勉強して悲しみを感じるものではない事を知っている

    私もたくさん体験してきたからこそ
  息子の自死という究極の悲しみを

    悲しみを学ばないとわからない感性の鈍い人に
        触れてほしくない
       
    私と息子の間にある私の悲しみは  大切なもの
 言葉にできないほどの
悲しみを   グリーフケアなどという手法で語ってほしくない

遺体になった後も受ける差別

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自死への差別的対応

 まだ息があり、救急搬送され
    蘇生治療が施され 病院で死亡
・・・・
  病気の場合
医師が死亡時間を確認し(死亡診断書)
   遺族に告げ
遺体の処置が行われ 
    遺族がそのまま引き取るか・・・
遺体安置所に運ばれ
     葬儀屋さんに依頼

普通はそんな流れになる

しかし
自死の場合
   死亡を確認 遺族に告げ

警察署に遺体を移動
 警察署の遺体安置所に・・・
そして
そこで
  医師に死亡の確認(検案書)

どうして 救急搬送され
  救命処置を施され病院で死亡しても
   警察署に移動させられるのだろうか

疑問である

  病院以外で亡くなった場合
   医師を呼び 死亡確認してもらい
      自宅の場合は警察署に遺体は移動されない

   自宅以外の場合は
  遺体は警察署に運ばれる

それは 理解できるが

なぜ 病院で死亡しても  警察署に運ばれるのだろうか

 警察署と病院に問いただしてみなければと感じた

  裸で廊下に放置も 自死以外には聞いたことがない

   救急車で運ばれ
      救命処置を受けて亡くなった 病気の人が
 裸で廊下に放置された話は聞いたことがない

   浴衣を着せますか? 浴衣代がかかりますが?となぜ自死遺族だけ聞くのか・・・
     売店で買ってきてくださいと
  遺体を廊下に裸で放置して
   遺族に言うのは 自死だけなのはなぜなのか

    改善を求めて 全国の警察署や大学病院などに申し入れを今年から実施する

このことは  マスコミ等でも取り上げてもらいたい

   
社会に追い込まれて亡くなり
 遺体になっても差別され
 埋葬の際も  差別的扱いを受け
   遺された遺族も差別される

日本は 粛々と 差別を行う国

  

  

明日はお墓参り

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明日は長男のお墓参りに行く
  22日が誕生日・・50歳
 その日の朝早くに  大津市にいくので
  明日の21日にお墓参りをする事にした。

亡くなってからは
 毎年お誕生日はお墓参り
 仏壇にはケーキと決めている

   今年で16年
 11月に17回忌、家にお坊差に来てもらう事になっている

   今日は「みやぎの萩ネットワーク」の冊子の配送を遺族に手伝ってもらった

  いろんな事を話しているうちに
  やるべきことがまた見つかった

    検案料の問題と 救急搬送された時・・・死亡後の対応

 そして警察の対応

     亡くなった直後に  もはや人間扱いされていない遺体
  若い人は大学病院が多いが
   裸のままで 廊下に放置

   浴衣を売店で買ってきてくださいという看護師

   裸のままなので 何かかけますか?
 こちらで用意しますが 費用が掛かりますよ?という看護師

  浴衣の一枚 タオルの一枚二枚 買うお金はありますよ

   自死だから 買うお金がないとでも思っているのでしようか

     人でなしです

   自分の娘が死んでも  看護師は廊下に裸で放置するのかな・・・?

  警察署の汚い 冷たいコンクリートに
     放置

      死者の尊厳を守るという気持ちはこの国の医療関係者や
          警察にはないのだろうか

 それとも 自死だから  穢れていると思っているのだろうか

   事故だと丁寧に扱うのかな・・・

    宗教を信じろとは言わないが
   
人間を超えた大いなる力の存在を信じる心は
   やさしい心を持たせてくれる

   
    私は 息子をはじめ  亡くなった親たち 祖父母たち
  叔母や叔父
  知り合い
    たくさんの 亡くなった人たちのまなざしを感じて生きようと思っている

生きている人の目はごまかせるが
  亡くなった人の視線はごまかせない

 いつも どこでも 見ている

   愚痴も 悪口も
手抜きも  なんでも 見ている 人たちがいる

 亡くなった人たちが 私を見て  
   どう思うのだろうか・・・そんなことをいつも思う

   恥ずかしくなる時もある

    期待に応えられていないことも多い

掃除も手抜きしたいときもある
  でも
     息子が遊びに来た時  ホッとできる家にしたい
 そんなことを思い乍ら
    掃除や花を育てている

忙しさのあまり  自死の資料が積んである場所が
   整理できていない時も多い

    生きている次男が 
         たま~~~に   散らかしすぎじゃねえの!と 一言

   亡き長男も  ダメだな・・・かぁちゃんと 苦笑いしていそう

  そう感じた時は  疲れてても奮起して 整理をする

大津市の講演のレジュメがまだできていない
   パワーポイントは作って送った

  講演の原稿も全くできていない

  明日、お墓参りを終えたら 午後から 
まとめようと思う

伝えたいことがありすぎて 
まとまりのない話にならないように・・・

  集中できるかな・・・
   

喜怒哀楽という人間の感情に病名をつける精神科医

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 精神薬を飲んで 回復しないまま
  悪化したり 亡くなったり

しているのに

   クスリをやめられない人があまりにも多い

 うつ病から  躁うつ病に・・・

 そんな  バカな!と思う事を 患者からよく聞く

  躁うつ病・・・って  うつという言葉が入ってるから
    うつ病と親戚のように思う人が多い・・が
   真逆の病気

   うつ病から  躁うつ病になった人の多くは

  うつ病の処方薬だという事で

    テンションの高くなるクスリを 飲み続けている


 ある自死で亡くなった 一人の男性の処方薬は

  安定剤と 気分を高揚させる薬

    睡眠剤と  

         興奮剤

   真逆の薬のオンパレード

 精神が混乱するはず

    精神薬や睡眠剤は寿命を縮める

  ましてや  子どもに飲ませるのは
        最悪

  子どもへの精神薬は

 発達を遅らせ
         癌などの発症も高く  寿命は短く  なる という

   専門医の言葉

 
  自分の子供の寿命を縮めている  若い親たち

   発達障害だといわれて  自分の子供に薬を飲ませて  安心している

    コロナのワクチンの副作用どころではない

    様々な病気を併発する可能性が高くなる

  私は医師ではないから

精神科医からの受け売りだが

      精神薬の真実を知ったほうがいい

     麻薬ですから・・・

20歳までは 酒もたばこもダメっていいながら

  麻薬成分を含む精神薬を飲ませるなんて 正気の沙汰ではない

     34歳で亡くなった息子への
 懺悔として
  伝え続ける

    息子に精神薬をすすめなければ  生きていた気がする

     まだ  酒のほうがよかったと つくづく思う

  お酒を飲んで  おしゃべりになり
  ストレスの発散をしていたのに

医師は酒を止めて  薬を飲むように・・・

  もともと 酒は強いけど
  酒は好きではなかったし
   深酒なんて  するはずもない息子だった

    ほどよいお酒のほうが

  精神薬より
はるかに 彼のストレスは発散できた

 後悔

今日あった人も   薬を飲んで いた

 家族も 薬を飲んで
 なくなっていた

     もう一人の家族も  精神薬を飲んで治療を受けて なくなっていた

3人の遺族で 100パーセントが精神薬での治療を受けていた

   
   

   

自分の悲しみを他の誰かに委ねることはできない 

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自分の悲しみは自分が一番よくわかっている
 誰よりも・・・
自分の悲しみの専門家は自分

「悲しみ」という一般的な理論の専門家ではないが

 私は私の悲しみについては
言葉にならない思いも含めて 私自身が最も知っている

  嫌な部分も 含めて 自分が知っている

   そして 一人ひとり 違う
  同じような感情もある
     でも
同じ状況でも感じ方はそれぞれ違う
  同じ自分でも
   その時々で感じ方が違う

   心とは一秒・一秒違う

1か月1度 1時間・2時間のセッションで
   私の悲しみの何が理解できるというのだろう

  理屈で悲しみはどうにもできない

 理屈抜きでかなしいのだから

     こんな時はこんな風になります・・といわれても

   こんな時はこんな風になるのは わかりましたが
    こんな風になった悲しみを
  どのような方法で
どのようにしてくれるというのでしょうか

    と 聞くと 

沈黙する心の専門家たち

  こんな悲しみの時は  どうしたらいいのでしょうか
  ときいても
  沈黙されてしまう

 悲しみの症状は  自分が当事者なので

 教えてもらわなくていい

この間の尿管結石で叫ぶくらい痛い時に
医師が
 尿管結石の痛みとは こんな風に痛いんです
と言ったら
  そんな説明はいいから
いま痛いこの症状を何とかして!と  叫ぶかもしれない

医師は本人から症状を聞き
 痛みの緩和のために クスリの処方をする

では
悲しみはどうなのでしょう

 悲しい人に
 悲しみとはこんな風な症状が出て
    こんな時にこんなふうに感じますよ・・・と
説明
  そのあとは・・・

 保健師や精神科医だと
   精神薬をすすめるだけ

    尿管結石の場合はその原因となっている結石を取り除く薬や
    生活方法が指導される

悲しみの原因となっている
   息子の死(私の場合)は 取り除けない

  生き返ってこない限り  どうにもならない

クスリを飲んでも 息子は生き返らない
  生き返らない限り 私の悲しみは取り除けない

では
  グリーフケアの専門家や
 精神科医たちは
    私の悲しみを どうしようとしているのでしょう

   どうにもできない事を
  どうにかできるかのように 
     いうのは
極端に言えば
詐欺です

  同じような体験をした遺族の話を聞き
    
  悲しみをどう抱えて生きていくかを
 自分自身が決めるしかない

宗教で救われる人もいるかもしれない

    が
      それらも含め 自分の悲しみは自分で抱えていきるしかない

自分の悲しみを他の人に委ねることはできない

自分の痛みがを他の人に譲ることができないように

   私の悲しみはわたしのもの

 私と息子の間にある悲しみだから・・・

他の誰のものでもない
   
    


なぜNHKは「あいまいな喪失」を頻繁に取り上げるのだろうか・・多くの遺族が傷つくのに

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9月22日
  滋賀県大津市に行きます。
クローズアップ人権講座第6回でお話させて頂きます。

  自死への差別も含めて 
       予防のお話も・・・

  オーストラリアに住んでいる遺族や
  香港・インド・中国・アメリカ・カナダなどに住んでいる人からの連絡もある

  時差もあるので  向こう側の遺族はこちらに配慮しながらの連絡なので大変だと思う

    今は インターネットがあるので  世界中どこからでもつながれる

     リアルにつながるメリットや リモートでのメリットもある

  どちらも必要

   今日、自助グループの悲しみについて
  ある会合で話したら
  10日のフォーラムにも参加していた司法書士の人が
    岡先生の講演を聞いて
        最も当然の事だと納得したそうです

   そもlそも
  グリーフケア・グリーフセラピーは
     愛する家族の死別の悲しみに 活用するものではない
    と彼は言っていた。

   愛する家族の死からくる悲しい気持ちを
    ケアや緩和や癒すという発想が貧しいと・・・

   宗教でも難しい課題なのに・・・
       日本には 亡き人と共に生きるという文化があるのに・・・
           なぜアメリカ人の悲しみをお手本にするのか・・・と。

今朝のNHKで
   グリーフケア・グリーフセラピー
  の活動を取り上げていた

 たぶんあの女の子だ!と思っていたら
   あんのじょう  その子だった

親を自死で
亡くし  あしなが育英会の育英資金で学校をでて
 就職せずに

自死遺族支援を起業した
    講師量は20万円  それ以下は受けないと豪語していたこともある

   講演も聞いたことはある

   その子の団体に参加していた1人の自死遺児
   母が自死
 父親もいて 祖父母もいる  兄弟もいる
     裕福な家庭
しかしその自死遺児は精神薬を飲んでいる

  このグリーフケア・セラピーの会に参加しているのに
 どんどん 元気がなくなり
     死にたいというようになった・・と 講演で話していた

え!癒されてないよね
  グリーフをケアしてくれる団体なのに・・なぜ?
  セラピーの団体なのに・・なぜ?
     どうして どんどん 元気を失うのか・・・

それを自慢げに、堂々と講演していた代表が

今度はコロナで亡くなった遺族…遺児の支援に乗り出したのだという

 東日本大震災の時も 宮城県に来て  つなみで家族を亡くした遺児・・遺族の支援
  というので
  新聞に大きく掲載されていた

でも 誰も参加しなかったようで、ちょっとだけ被災地に来て
   終わった

  被災者遺族の支援研修の講師で講演はしたらしいが・・・

  イギリス?の大学でグリーフケアを学んだというので
   ニコニコ笑顔の写真もNHKで取り上げていた

 そもそも 遺族のケアって
  楽しいケアではない

幸せな人のケアではない

満面笑みの写真を出して  大学で学んだことを前面に出して
  遺族のケアや支援に何の意味があるのだろう

    彼女は完全に支援者の顔

遺児という看板は下ろし・・・遺族として生きてはいなかった

  他の仕事についたこともなく
  親の自死をネタに悲しみを企業化し 満面の笑みで
       誇らしげに コロナの遺族のケアって
しかも

東日本大震災のつなみで行方不明の遺族の悲しみを
「あいまいな喪失」と表現したように

火葬にも立ち会えない、コロナの遺族の喪失も「あいまいな喪失」と・・・

     同じ悲しみのある遺族とは思えなかった

   なんと思いやりのない 言葉でしょう 「あいまいな喪失」だなんて

    彼女とは何度もあっているが・・・・残念です

       
      
    

悲しみとともに生きる~悲しみは愛しさ

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2021年9月10日
第14回全国自死遺族フォーラム
岡先生の講演記録
https://researchmap.jp/tomofumioka/misc/33648516

悲しみについての3つの考え方

自死遺族の自助グループの場合

1;「悲しみは愛しさ」
2;「悲しみとともに生きる
3;「悲しみもまた私たちのもの」

わかちあいという生き方

*悲しみというは、どんなものなのかは、遺族は、その体験から知っている
*悲しみに(亡き人と)どのようにむきあいあうかは、遺族自身が決める
*遺族がどう生きていくかは、遺族が決める
*この課題を遂行するために自助グループが必要

「悲しみは愛しさ」
 悲しみは身体の一部である

愛情と悲しみの心は根っこのところではつながっている

 すごく愛しいから
相手と存在を合わせて、重ねてしましたいくらいなんだけど
  実際にはできないから、悲しい。
だから「愛しいと同じなんだという感性
 悲しさと愛しさを一つのものとして見る文化が 日本に昔からあった

このようなことを 坂倉篤義先生  国文学が書いている

「日本語の語源」

悲しみを人生の邪魔ものと考えるのではなく
  愛しいものとして生きる考え

 亡き人を邪魔ものにしないで
   愛しいものとして生きる考え

  それが 自死遺族の自助グループの悲しみの考え方

遺族として生きるという考え方

   悲しい気持ちは吐き出すような汚いものではない

   悲しい気持ちは愛しい気持ち
  だから悲しい気持ちを語る  のべる
   聞いて欲しい
 汚いものなら 聞いて欲しいとは頼めない

   気持ちを吐き出してくださいという支援者や専門家が多いが

     吐き出すことはしない  ゲロではないんですから

自殺予防学会の偉いさんが
講演で
   自死者と遺族を蔑んでいた
    自死という言葉は僕は使わない 自殺者遺族を連発
 日本の遺族は 研究に協力しない
  意識が低い
 海外の一部の地域だが
  98パーセントの協力がある
半年から1年過ぎても
悲しみがある人は 病気だと言っていた
   
  アメリカかぶれの日本の予防学会の偉いさん

   日本人の自死の予防に 文化も風土も価値観も違う
    アメリカ人のデータを当てはめようとしている

遺族の気持ちも
 シドニーに行って発表した時
  悲しみは愛しさに  うなずいていた人が多かった
また 原住民の遺族が泣きながらハグしてくれた

悲しみは愛しさという考えは 共通だと確信した

  御巣鷹山の遺族も
   戦争の遺族も
  今でも泣いている

なぜ  自死だけ  悲しみが消えないと病気といわれるのか
    それもまた差別ではないかと思う

悲しみは愛しさと共に
  愛しているから悲しい

  息子への愛は 今もある
だから
悲しい

悲しみと共に生きてきた これからも悲しみと共に生きていく

加害生徒は活発な子ども・・被害を受けた子供は発達障害・・学校と学校医の考え

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9月10日 第14回フォーラムを無事開催

人数制限いっぱいの参加者でした。

マスコミも多く来て、全国紙にも掲載

  ご協力いただいたみなさん ありがとうございました。

睡眠時間削って
   あれもこれもと 追われて
ブログに向かう時間もなく  昼抜き 朝抜きの日も多く
     バタバタと せわしない日々を送っています

 丁寧に深く考えて 対応をしなければならないことも多いのに
    振り込みが遅れたり
      約束の時間を勘違いしたり
 事務所の掃除も ままならず

   講演の準備も ギリギリ

  メールの返事も 遅くなり・・・

時間が欲しい!

遺族の代理人として
  亡くなった子供の主治医にカルテの開示を求めたら
    要求には応じないという返事

遺族からのカルテ開示に応じない医師はたまにいるけど

医師に聞きもしないで
事務局長が2度も拒否

医師の指示で開示には応じない方針なのだろう

 こんなときは 医師会は何の役にも立たない
また県や市にある
  医療相談支援センターも何の役にも立たない

後は 弁護士しかない

もちろん 厚労省には告げるつもり

 実質医院長だった医師
勤務していた医院が閉院
  診療所クリニックを開業

 診療所クリニックは 医院をやめたから その時の患者のカルテはない
     今の患者のカルテだけ
閉院した医院では
 もうやめたので どこにカルテがあるかわかりません

   ・・・・・・・・・・・小児科です

個人情報満載のカルテが
   どこにいったか分かりません・・・で済むのか

また 電子カルテもあるはず(パソコンに入れているはず)
  パソコンのカルテも削除したのだろうか

  こんな小児科医が
   校医として指定されている仙台市

   この小児科医は
         発達障害を作り出す名医

70歳の発達障害も診断しているらしい(講演の資料がある)

  県立こども病院は  普通にカルテ開示に応じている

  仙台市泉区八乙女にある
   小児科クリニック

  親は騙されてはいけない

   ひどい医師です

   いじめられて お腹が痛い 頭が痛いという子供に
  学校医であるのに  学校と連携もせず
     頭痛薬と腹痛薬
そして 発達に障害があるから  発達障害の子供を育てるセミナーを親に紹介している

亡くなったら  発達障害だったから
  親も発達障害だったから  と 発言

 死ぬのは 発達障害だから・・・って
  おかしいです

勉強ができても  勉強が苦手でも
  どちらでも   発達障害

 その基準は  学校の言いなりになる事
    いじめられたと訴えて 面倒な親と子供は 発達障害

いじめられても我慢したり 転校すれば  普通の親と子供

いじめている側の味方をする学校と医師

日本の学校は  いじめている子供を 容認
    地域も いじめている子どもは 活発でいい子らしい

全国的に 同じ傾向が広がっているのが怖い


野田先生が憤りながら書いた文章です







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野田先生から多くの人に知ってほしいと原稿を送ってきました。
内容は 遺族にはキツイ内容です。
 無理な方はスルーしてください。



旭川少女いじめ凍死事件」をどのように受け止めたらよいのか    
                      精神科医 野田 正彰

 今年3月23日、北海道旭川の公園に積もった雪が少し溶け、凍った少女の遺体が出てきた。廣瀬爽彩さん(当時14歳)は2月13日夕刻6時過ぎに自宅を飛び出し、行方不明となっていた。
 この事件は、8月18日、亡くなった少女の母親が実名で手記を公表し、学校と教育委員会が「いじめ」をもみ消そうとしていると訴え、北海道新聞のみならず全国紙に報道されることになった。それ以前より、「旭川14歳少女イジメ凍死事件」として精力的に取材していた「文春オンライン」(初出は21年4月15日)は、翌日から連日、これまでの取材内容を報道している。
 ここで、文春オンライン、全国紙(北海道版)、旭川の精神科医、元教員たちに問いただした情報から、少女の死に至る過程を学校教育と精神科医療の両面から整理しておこう。
 少女は普通に友達と交流する明るい子どもだった。写真を見ても、賢く感情豊かな少女に見える。詳しい精神医学的記述は母親などに直接訪ねることができれば記述できるが、死に至る精神医療との関連では、それだけで十分である。
 その少女が旭川市のY中学校に入学してすぐ、近くの公園で同校3年生のA女と知り合い、その後A女の仲間たち、B男、C男(中学校は別)たちと公園で会うだけではなく、スマホを通じて交流するようになった。やがてC男は少女に対し、自慰行為の動画を送るように脅迫し始める。6月3日、C男のLINE。「裸の動画送って」、「写真でもいい」、「お願い、お願い」、「(送らないと)ゴムなしでやるから」。性的暴行を告げて脅した。少女は非行集団の圧力に飲み込まれ、画像をついに送る。画像はLINEを通じて、多数の中学生に流されていった。母親は怯えて過ごす少女の姿に異常を感じ、すでに4月に1回、5月に2回、6月にも1回、担任教師に「イジメられています。調べてください。」とお願いしたが、まともに取り合ってくれなかったという。
 6月15日、少女はA女らに公園に呼び出され、A女、B男、C男、C男と同じ中学校のD女、E女も加わり、さらに公園にいた小学生も加え、公園に隣接する小学校のトイレに連れていかれ、皆の前で自慰行為をするように強要された。少女は「もう好きにして」、「わかった」と答えるようになった。圧倒的な集団の暴力に24時間包囲され、少女は人格の自律性を失い、させられるままになっていったと考えられる。彼女は、強制に他律的に従えば従うほど、思考力を失い、誰も助けてくれないという絶望と無力感を強めていったのであろう。他方、残虐な命令を出す少年少女は自分の言動に制限を加えることが出来なくなり、両者は加虐と被虐のエスカレートに陥っていったと考えられる。ここに至ると、事態は第3の強い圧力が介入するか、一方の破滅しかなくなる。
 事態は後者に至った。それでもなお、6月22日、少女強制入水事件を通して、彼女を救う機会はあったはずだが、警察(旭川中央警察署少年課)もY中学校の教師たちも無知で鈍感であった。
 その夕刻(22日午後6時ごろ)、少女は10人ほどの非行グループにいつも通り呼び出された。雨の降るウッペツ川(川幅3メートル)の土手へ行った。「今までのことをまだ知らない人に話す。画像をもっと全校生徒に流す」といたぶられ、「死ね」とののしられた。少女は「死ぬから画像を消してください」と懇願し、「死ぬ気もないのに死ぬとか言うな」という嘲笑を背後に、川の柵を越え、4メートルある土手を滑り降りて川へ落ちた。それをいじめ集団がスマホに撮っていた。
 異様な出来事を対岸から目撃していた人が警察に通報。やっと警察が関与、加害少年らはスマホを初期化して証拠隠滅を図ったが、警察はデータを復元した。非行少年らは児童ポルノ製造の法律違反などに問われたが、14歳未満のためや証拠不十分によって厳重注意で終わりとなった。誰一人、後日の指導は受けなかったという。
 警察は、加害者たちのスマホから少女の画像や動画をすべて削除させたが、誰かが翌日にはパソコンのバックアップからデータを戻して仲間に拡散。この繰り返しで、画像の流出は止むことがなかったとされる。
 
 少女は6月の自殺強要事件の後、精神病院に入院させられた。一か月ほどとされているが、入院期間、どこの病院かも隠されたままである。文春オンライン、新聞などは精神的ストレス後障害(PTSD)による入院と書いているが、明確な誤りである。画像の伝播は続いており、少女にとって耐え難いストレスが続いており、あえて精神医学的診断名を付けるなら急性ストレス障害そのものである。
 近年のマスコミ、多くの精神科医はベトナム戦争後遺症を経て戦争国家アメリカで病名化(病気の発見ではない)されたPTSDの概念さえ理解せず、災害や性暴力事件があるとPTSDの名称を濫用、誤用している。くだらぬ素人病名よりも、一事件ごとの正確な記述と被害者への保護、名誉回復こそが求められている。
 少女の退院後、母親は賢明にも中学校を転校させている。10年前に離婚した母子家庭。転校するには様々な負荷がかかったであろうが、母は娘を必死に守ろうとした。しかし、少女は怯えたまま新しい学校へ行くことも出来ず、家に引きこもったまま1年半が過ぎる。そして、今年2月13日夕刻、家を出て帰らぬ人となったのである。
 家を出る直前、友人に、「ねぇ」、「きめた」、「今日死のうと思う」、「今まで怖くってさ」、「何もできなかった」、「ごめんね」、とLINEで別れを告げている。当時の気温は氷点下17度。少女は上着もつけず家を出ている。LINEを受け取った友人からの通報で、警察はすぐに捜査に入ったが少女は見つけられなかった。少女の祖父、転校先のX中学校の先生などが一緒になって一万枚のビラを配り、旭川のラジオ局も呼びかけを行った。
 結局、失踪から38日経った3月23日、雪解けの山から少女は発見された。死亡時は家を出た2月23日とされているという。自殺なのか、事故死なのか不明である。

精神科医療の問題
 私は、8月19日の全国紙で知り、8月21日付の北海道新聞の記事「死亡原因欄に誤病名」の見出しに注目した。死体検案書には「死因の傷病経過に影響を及ぼした傷病名等」欄に、「統合失調症」と記載されていた、とある。記事はもって回った曖昧な文章でしかなく、なぜ統合失調症と書かれたのか、理解し難い。だが北海道警察旭川方面本部は、一連の捜査を経て、少女が医療を受けていた病院から統合失調症の病名を聞いていたのであろう。しかも投与されていた向精神薬はリスペリドン(製品名:リスパダール)とアリピプラノール(製品名:エビリファイ)であったと言われている。
 しかし、少女が統合失調症でなかったことは精神医学者として断言できる。統合失調症の12歳や14歳での発症はほとんど無い。統合失調症の発症は16歳、17歳以降であり、しかもこの年齢での若年発病の多くは破瓜(はか)型の症状である。また人格の未熟な破瓜型病者は、自閉化し他者との関係を持たず、独語空笑したりして内的世界に閉ざされる。近年はこのような破瓜型病者は少なくなっている。少女は破瓜型病者の発病年齢よりもさらに数年齢若く、しかも他者との交流も豊かであり、およそ統合失調症の病前性格とは異なる。
 しかも投与されていたとされるリスペリドンは、統合失調症にのみ処方が認められた強い中枢神経抑制作用をもつ薬であり、血圧低下や自殺念慮の悪化などが指摘されている。もうひとつのアリピプラノールも、統合失調症および双極性障害における躁状態の改善にのみ処方が認められた薬物であり、投与による不眠、神経過敏、不安、うつ病、自殺企図などが重大副作用として注意書きされている。用量はどのくらいであったのか、投与期間、死因との関連などはっきりしない。両剤が併用投与されていたのであれば、異常な併用であり、服用者の精神状態は振り回され混乱に陥ったであろう。私が信頼できる精神科医に問い合わせたところ、このような信じがたい処方は少なからずみられるとのことであった。勿論、旭川に限らず抗精神病薬の信じ難い投与は全国で横行している。
 診断も薬剤投与も事実であったとして、少女はどのような思いになったのであろうか。女性として耐えがたい虐待に合い、それも日夜止むこと無く持続し、逃げようがない。学校の先生は彼女の苦しさに全く寄り添おうとしない。警察も有効な対処をしてくれない。LINEの映像は流され続けている。精神病院に連れていかれたが、精神科医は少女の精神的苦痛を十分に聞き取ろうともしない。おざなりな対応の上に、さらに苦しくボーっとなる薬を飲ますだけ。生まれてきたこの社会すべてから苛められ、排除されていると思ったのであろう。

学校、教師はどうなっているのか
 それでは2019年4月、Y中学校に入学して間もなくから夏まで、少女の母親よりいじめ相談を受けてきた担任教師、管理職(校長、教頭)は何を考え、どのように対処したのだろうか。文春オンラインは教師たちの無慚な言葉を書きたてている。母親に対して担任、「B男はちょっとおばかな子なので気にしないでください」、教頭「わいせつ画像の拡散は、校内で起きたことではないので学校として責任は負えない。加害生徒にも未来がある」。
 少女が亡くなって後、文春の取材に対して、校長の対応(21年4月18日記事)、事実はいじめではない。少女は小学校の頃、パニックになることがよくあったと小学校から引継ぎがあった。何かを訴えたくて、飛び出したのは自傷行為。彼女の中には以前から死にたい気持ちがあった。医療機関などと連携しながら少女の立ち直りにつなげていったらと考えていた、と答えている。
 何かを訴えたくて飛び出すのは自傷行為、というのは無知な素人の痴れ言。少女を担当した旭川の精神科でさえ、自傷行為の概念をこう誤解していたとは思えない。
 少女死亡後でさえ、この概念はいじめを否定し、少女の精神に問題があったと主張している。義務教育で子どもが学校へ行き、子どもとの交流の中でいじめられる、ひどく苦しむと、その子の性格、精神に問題があるとされる。(この20年ほどは、急速にその子が発達障害、自閉症スペクトラム障害のためであるとされてきた。)人間と人間の関係性の問題ではなく、いじめられている子ども個人の精神、ひいては脳の発達の問題にすり替えられている。
 しかし、このような校長たちを作ったのは誰か。彼は、今日の学校文化の思考パターン、志向の轍(わだち)に従って思い込み、教師に伝え、言っているだけである。文科省、各教育委員会は2000年以降、教職員会議で討論を許さず、校長、教頭(副校長)による指示伝達のみに変えてきた。上意下達の学校で、上記のような思考しかできない校長に向かって、少女の苦しさを分かってあげてくださいと言える者がいるであろうか。校長はかく考え、校長を任命した教育委員会はその考えを追認しただけである。無知で歪んだ思考を訂正する機会、制度はどこにもない。
 旭川市教育委員会はマスコミが騒いだことを受け、第三者委員会を作った。多数の委員を任命しているが、このような学校、校長を作った教育委員会がなぜ委員を任命できるのか。また、委員になった教育関係者の多くは、思考力のない教師、兵舎のごとき学校を作ってきた当事者である。事件は事件の要因となった者たちによって空に向かって投げられ、再び彼らの上に落ちてくる。学校を変え、教師たちを学習機器と運動部活の拡声器に変えていったのは文部科学省である。その文科省がいじめを定義し、第三者委員会の制度を作っても、何ら変わらない。
 いじめ件数は増え続け、文科省の認知でさえ61万件(2019年度、小中高校)、被害者の安全が脅かされたりする「重大事案」も723件になっている。子どもたちの自殺も急増、499人(2021年度、警察庁発表、高校生まで)になっている。勿論、必ずしも学校問題で死んでいるわけではない。だが、多かれ少なかれ子どもは学校を意識し、学校に囚われている。国際的な子どもの意識調査においても、日本の子どもは、極度に幸福感が低い。中学三年ごろより、他国の子どもの幸福感の半分(40%ほど)に急落する。こんなことを知らず、重大事と考えない社会が私たちの社会である。子どもは幸せに生きるために生まれてきたはずではなかったか。子どもを自殺にまで追いやっている責任は私たち大人にあり、私たちが造っている政治、行政にある。にもかかわらず、子どもに不幸を強いている文科省、各教育委員会が第三者委員会なるものを準備し、問題を曖昧にしていく。少女や少女の母親がたどった絶望を、私たち市民もたどらされているわけだ。
 なお、第三者委員会は市長の指示を受け、先に決まっていた5名に6名を加え、11名にした。委員長は例のごとく弁護士である。弁護士は学校教育の現状も歴史もほとんど知らない。臨床心理士や小児科医が選ばれているが、それは少女その人に性格的問題があったとする校長、そして教育委員会の見解に添う人選であろう。この種の委員会は、非公開で、社会の関心が薄らぐのを待ちながら延々と続くのが全国の委員会の常である。
 そして、第三者委員会は学校という環境がどうなっていたのか、知ろうとはしない。ウッペツ川への入水自殺強要事件があった後、夏休みを経た19年9月11日、少女の母親とY中学校側、加害の中学生と親たちが話し合いを持とうとした。この時、苦しむ母親が弁護士の同席を求めると、「弁護士が同席するなら教員は同席しない」と言って、教員は全員退席している。校長はその一糸乱れぬ集団行動について、「僕は(弁護士を)入れるべきでないって言いました。教育者としてそれはあり得ない」と力んでいる。教育者という言葉があまりにも空虚に使われている。教員のひとりでもせめてオフレコにしてくださいと言って、話し合いに加われなかったのか。校長の指示のもとにしか動かない今日の学校では、そんなことを願っても虚しいだけなのか。
 私たちは少女の悲しみを無駄にしてはいけない。旭川の市民は、子どもたちがどのように育ち、学び、遊んでいるか、知ろうとしてこなかった。公園や街でいじめ、いじめられの陰惨な遊びをしていることに、関心を持たなかった。子どもたちが大人たちの人間関係、職業関係への予行演習をしていることに、眼を閉ざしてきた。少女の悲しみ、お母さんの絶望に少しでも寄り添う道は、私たち市民が子どもはどこに居るのか、何をしているのか、楽しく生きているのか、正しく見つめ始めるしかない。
 

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藍たなけん

Author:藍たなけん
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仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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