
共同通信の配信記事
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◎自死の増加、社会に要因
一言「苦しい」と伝えて
全国自死遺族連絡会代表理事 田中幸子
新型コロナウイルスの感染対策は、端的に言えば「人と
人との接触や会話を減らすこと」だ。一方、自死の対策
は「孤立を防ぐこと」であり、正反対に位置している。
感染者数はテレビで速報されるのに、毎日の平均が
55人を超えている自死者数は日々のニュースにならない。
「コロナ禍での自死」は、複合的要因が重なって人が追
い込まれた末に起きる。真剣に対策を検討する必要がある。
▽自室で孤立
私は日々、自死遺族らからの相談を聞いているが、
コロナ禍で推奨される「リモート」(遠隔作業)が命を
追い詰めたとみられるケースがある。
有名私立大学2年の女子学生。実家は遠く、ア
パートで独り暮らしだ。授業はリモートになり、真面目
な彼女は朝から夕方までパソコンに向かい授業を受け
ていた。出される課題も対面式より多く、図書館が使
えないので、パソコンで調べてリポートを作成し送信。
教授からの指導もリモートだ。朝から晩まで狭い部屋
でずっと引きこもり、パソコンに向かっていて、気が付くと
何日も人と対面で話していない。
バイトは解雇され、移動自粛で実家にも戻れない。
生活費を切り詰め、将来のことなど考えていたら、絶望
しかなかった。気がついたら死のうとしていた。ハッと我に
返り、自分から救急車を呼んだ。保護入院し、現在は
休学中という。
またこんな例もある。今春に就職し、パワハラを受けて
退職しようとしたが、コロナ禍では再就職も難しいと考え、
我慢した。実家にも戻れず、住んでいた寮でも上司に
よるパワハラが続き、自死に至った。
▽差別も深刻
感染拡大で自死が増えるのは予想できた。対策を徹底
すれば、食事も一人、家族とも会話せず、買い物でも誰
とも接触しないことが求められる。気晴らしの外出も許され
ない。自死の危険を抱えている者にとっては、よくないことだ
らけだ。
厚生労働省は、コロナだけでなく、自死問題対策でも
中枢を担っている。なぜこうした観点も含めて対策強化を
図らなかったのか。救えた命は多くあったはずだ。
もちろん、まず求められるのは経済支援だ。中小企業
経営者らには持続化給付金だけでなく、実効性のある
継続支援策が必要だ。一方、働き手側には、解雇され
たのに失業手当などの支給対象にならない人もいる。
収入が激減した非正規雇用者には、家賃補助も含めた
支援が求められる。学生には、十分な学費の補助や減免、
給付型奨学金など、後々の負担にならないようなかたち
での後押しをしてほしい。
「学業や仕事で追い込まれないようにする」という意味では、
人的援助も重要だ。休校時の児童・生徒への学業支援や
学校再開時の教師増員、病院や介護施設の人員と設備
の拡充が挙げられる。
また、コロナ前はカウンセリングやサロン、カフェなど、人と話す
機会をつくることが自死の対策となっていた。こうした場が奪われ
たことは深刻であり、電話相談やSNS相談の人員増員が
求められる。これまで以上にきめ細やかな支援ができるよう、
地方行政が多様な民間団体と連携できるようにすべきだ。
感染者の差別も深刻な状況にある。東北のある地域では、
コロナ感染者が自死し、家族も感染していることが周囲に知ら
れて引っ越しを余儀なくされたケースもある。正しい感染予防の
啓発と、パワハラやいじめ、誹謗中傷の根絶が必要だ。
▽氷山の一角
国による自死対策の唯一の指定法人「いのち支える自殺
対策推進センター」の清水康之代表理事は10月、厚労省で
記者会見した際、最近若者の自死が増えたのはいわゆる
「ウェルテル効果」だと説明した。自死した芸能人らの「後追い」
で自死が増加するとの説だ。
しかしこの説は、人が他人に影響されて軽々しく命を絶った
イメージを与える。人はそれほど簡単に死なない。いろいろなものに
極限まで追い込まれて死ぬのだ。
私は単純に「コロナ禍の経済的要因で自死が増えた」とする
論調に反感を持つ。コロナは最後の「引き金」になったと位置
付ける方が妥当だ。
2006年に策定された自殺対策基本法には「(自殺の
背景に)様々な社会的要因があることを踏まえ、社会的な取
り組みとして実施」するとあるのに、国は人を追い込む社会的
要因を放置し、「追い込まれたら相談してください」というだけの
「支援」を14年間続けてきた。
コロナ禍に出現した自死増加の原因は、社会的要因の放置だ。
いじめや不登校、過労、パワハラ、労災、ひとり親家庭の貧困、
非正規雇用と派遣切り、学生の経済的苦境などがいずれも増えて
きている。コロナ禍で自死が増えたのは、もともとハイリスクの人が
一線を越え「氷山の一角が頭を出した」だけとも言えるのではないか。
▽そばにいます
産後うつの増加もコロナ禍の非情さを映し出している。
移動制限で出産後の親の支援が受けられない。病院、保健所
にも出かけられない。孤立し、思い悩み、うつになる。一方、産後の
娘を東京に訪ねると、戻った親は祖父母の介護施設に2週間通え
ない。東京に行ったと分かると職場を休めと要求され、親戚からも
つきあいを拒否される。
自死遺族のケアも大きな影響を受けた。分かち合いの会で悲しみを
話す場所がなくなった。それでも相続や債務整理などの事務処理は
待ってくれず、いじめ自死や過労自死なら、学校や職場との苛烈な
交渉もある。
遺族のための相談窓口も閉まり、電話やSNSで解決できない
複雑な問題の面接相談が自由にできない。変わらぬ体制を取っている
自助グループ団体である全国自死遺族連絡会への相談は例年より
増えている。
このままでは、真面目な人はこれまで以上に生きにくくなり、追い込ま
れていくことが容易に想像できる。それを防ぐためには今後、感染対策
とは別に、救える命を増やす対策を実現するために学び合うことが重要だ。
今、死ぬほどの苦しみの中で生きているあなた、どうか「生きてください」。
一人で悩まず、身近な人に一言「苦しい」と伝えてくれませんか。あなたを
心配してくれる人はすぐそばにいます。息子を自死で逝かせた母として、
救えなかったことを悔やみ15年、今も悲しみの中で生きています。自死遺族
としてのお願いです。どうか生きてほしい、生きていてください。(談)
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