
自死対策の新法は、国が指定する「指定調査研究等法人」(以下「指定法人」)に、対策の基幹部分を委ねる。その能力や資格があれば指定法人はいくつでも指定されるのかと言えば、そうではない。新法の第4条は「全国を通じて1個に限り」と定めているのだ。それも「丸投げ法」と呼ぶ理由だ。(47ニュース編集部・共同通信編集委員佐々木央)
■一筋縄ではいかないのに…
よく知られているように、自死の発生には地域差がある。年齢階層によっても違いがある。自殺対策白書によると、19歳以下の自死は昨年、人口10万人当たり2・8人に上り、統計を取り始めた1978年以降最悪となった。白書自身も「わが国における若い世代の自殺は深刻な状況にある」と認める。
10代の自死で特定できた原因・動機は、「学校問題」が最も多かった。
文部科学省や教育委員会・学校との連携や協働が不可欠となる。
リーマンショック後に自死が急増したことは、経済や労働、福祉面からのアプローチも必須であることを示す。
地域では地域の特性を知悉した人が中心にいるべきだろう。
要するに、自死の対策は一筋縄ではいかない。
その元締めをたった一つの民間団体(指定法人)に委ねるという仕組みは、
対策の多様性を損ない、市民各層の参加の道を狭めかねない。
前回述べたように、指定法人は研究組織への助成金の割り当て権限まで持つ。
自死をめぐる多面的で裾野の広い研究を単一の機関が評価できるだろうか。
自死対策の多様性への配慮を欠いた「丸投げ法」ができたのはなぜだろう。
国会での実質審議が皆無だっただけでなく、
立案段階でも幅広い関係者を巻き込んだ議論がなされなかったようだ。
■予防組織も「寝耳に水」
自死予防の活動として「いのちの電話」の貢献はよく知られている。
その全国組織「日本いのちの電話連盟」の堀井茂男理事長は
「このような法律がいつの間に成立したのか。関係組織に何の相談も、働きかけもなく、
こういう法ができたことに驚いている」と話す。
自殺対策基本法が成立したのは2006年、
同年10月に自殺予防総合対策センターが設置され、
2016年まで日本の自死対策の中心的役割を担ってきた。
発足から15年3月までセンター長を務め、
自死の問題のキーパーソンともいえる竹島正さんも、新法の成立を「知らなかった」と明かす。
竹島さんは今は川崎市の精神保健福祉センター長の職にある。
新法は自治体に対し、指定法人との連携協力や情報提供などを求めているが、
竹島さんが知らなかったとすれば、
そうした義務が課される自治体との間でも、十分な情報提供や協議がなされなかったのではないか。
前回触れたように、
自死遺族全国連絡会の田中幸子さんにとっても「寝耳に水だった」。
田中さんが最も心配するのは、
自死した人に関わる情報が一民間団体に集積されることだ。
そのことは全16条の新法の最後の方に、まるで付け足しのように書かれている。
第12条 国および地方公共団体は、
指定調査研究等法人に対して、調査研究等業務の適確な実施に
必要な情報の提供その他の必要な配慮をするものとする。
■強大な力制御する仕組みは?
自死の場合、通常は警察官が検視を行い、関係者に事情聴取するから、
警察が死に関する情報のほとんどを握る。
警察は自治体に属しているから、こ
の12条によれば、指定法人から情報提供を求められれば拒むことはできない。
こうして指定法人は圧倒的な情報と資金と権限を持ち、
極めて公共性・公益性の高い仕事をすることになる。
自治体への「助言」「援助」、
自治体職員への「研修」も行う(5条4号、5号)とされていて、国に代わって都道府県の上に立つ構図だ。
指定対象は当然、国が主導してつくる独立行政法人か、
せめて公益法人に限られるべきだと思う
ところが第4条は「一般社団法人または一般財団法人」を要件とするだけだ。
では、その強大な力をコントロールする仕組みはあるのか。
事業計画書や報告書、収支予算書や決算書の提出(8条)
、国による立ち入り検査や改善命令(9、10条)、指定取り消し(11条)といった規定はあるが、
事業の透明性・公開性を確保する手続きは、新法の中には見当たらない。
当事者・市民の参加や連携も、市民によるチェックの方法も定められていない。
いったいどのような人たちが、どんな考えでこのような立法を進めたのか。
自死の淵から一人でも救いたいと、
真摯に取り組んできた関係者が、
立法過程で排除され、不信感を持ち始めていることは残念な事態だ。
自死の多くは「追い込まれた末の死」(国の自殺総合対策大綱)だ。
社会が効率や生産性を重んじて、
誰かを孤立させる構造を抜きがたく持っていることに、深く関わる。
それに取り組むためのシステムは、何よりも分断や排除を否定して、
参加や協働を促す緩やかで穏やかなものでなけれならないはずだ。