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世界中の人が対象となる遺族という外来

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遺族外来というのがある
2008年に「心と社会」に全国自死遺族連絡会として
随想として寄稿し掲載されたとき
「がん患者の遺族外来について」
というのが掲載されていた

  遺族が精神科医療の疾患の一つとしてあるというのが
    とても不思議です
遺族という疾患があるとしたら
  医師も含めて 世界樹の今生きている人すべてが遺族だから
      生きている人が全員遺族という疾患があるという事になるのかな・・・

でも医師は特別な人で 遺族外来の対象ではないということかな・・・

家族外来とか遺族外来って
 何?
うつ反応をうつ病と診断して
   抗うつ薬を処方して どうしようというのだろうか

精神療法と薬物療法が効果を発揮すると書いてあるが
   遺族になって精神薬を飲み続けている人には
   時が流れても
     穏やかに悲しみと向き合えない
激しく
落ち込む人が多い
  何年過ぎても・・・
病的に落ち込む人が多い
 その中で 自死に至る遺族もいる

後追いのケースの多くは精神薬を飲んでいる

 葬儀の時や直後は
   買い出ししてくれたり
  おにぎりやお惣菜の差し入れがありがたい

   飲み物の差し入れもありがたい
悲しい話をしたい時もあるけど
  悲しい話に触れたくない時もある

そんな時
  遺族外来の予約があると
その時間は    悲しい話をしなければならない

 遺族の悲しみは一生続く
 一生遺族外来に通院することになる

 精神科医療の処方って
    他者からみると 不思議

 眠れる薬を出して・・・
   夜はいいけど昼も眠いから・・・というと
  眠れる薬と 目がさえる薬を出す

 食欲があって太りすぎて・・というと
   食欲を落とす薬を処方

痩せすぎると
  今度は太るクスリを処方する

効果があるなら
 世の中 太った人はいないはず

痩せすぎた人もいないはず
そんな都合のいい薬なんてあるはずがない

  悲しみが続くとき
    だるく テンションが上がるはずがない やる気が出るわけがない

   食事の支度だってしたくなくなる
  家事がやれなくなる
  雑になる
 普通
    テレビなんて見たくも亡くなる
音楽も・・・

 笑えない
  楽しくない  熟睡できない
 普通

  時と涙と話が必要
   
  辛いけど 時間は必要

一日・・・いちにち・・・・一日

半年・・・一年・・・2年・・・
 あっという間に
 10年・・・

遺族の悲しみや落ち込みは
  精神疾患ではない
抗うつ薬のんでも
何の意味もない

 副作用で いろんな病気を併発する可能性がたかくなるだけ

   耳障りの言い 言葉の誘惑にのらないでください

幸せになるクスリはありませんから
        
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現代のエスプリ・こころの化学・こころと社会・ヒューマンライツ

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「現代のエスプリ」
「こころの化学」
「心と社会」
「Human Rights」 ヒューマンライツ
「差別禁止法を求める当事者の声」
など
 掲載してもらった本や冊子があります
共同通信社からの依頼記事や河北新報社への投稿記事も数回(時論・自論)
全国自死遺族連絡会を2008年1月1日に設立してから
   声を聞いてもらえる機会は増えた
厚労省主催の
 自死遺族支援のためのシンポジウム3月藍開催のうち3回すべてに登壇し
   声を届けた

私の遺族のしての経験は私一人の経験だが
数多くの遺族から相談を受ける中で
  様々な問題があることを気付かされてきた

遺族との悲しいご縁が増えると
   新たな気付きをもらう
亡き人からの
メッセージである

今年こそ
 47都道府県の県警本部に
    申立書を提出しようと考えている

警察庁に要望書を提出してきたが
  どうも
47都道府県の現場には届いてこなかった気がする
 県警本部の次は
   各警察署

 自死後に
一番最初に出会うのが警察官

そして 冤罪も含めて
     警察官の対応で 追い詰められて
    その日に自死に至るケースも多い
  
それは日本人に限らない

  犯人扱いの取り調べ
     マスコミへの実名公表

    退職願を受理せず
      追い込むケースもある

一人ひとりの資質と
資質向上の教育と
  適材適所ができる仕組み
直接に市民対応の仕事をする公務員に必要な事
 医師も看護師も・・・


    弱い立場にある人に対する対応が威圧的な人が多い
 
政治家や金を動かす人には
   頭を下げ  イエスマンの人たちも多い

だからこそ
  弱い立場の一般市民は
     権利を知っておくこと
  条例等も知っておくこと

  選ぶ権利は 自分にある
   ただし 権利は義務の上にあり・・・責任も生ずる

  これまで
 がむしゃらに 続けてきた活動

少し整理して 
 全国自死遺族連絡会がよくわからない人たちにも
  わかるような
  周知方法を考えなければと思う


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今日は子供を亡くした親の集い「つむぎの会」仙台

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今日は子供を亡くした親の集いつむぎの会(仙台)
2007年2月からの開催
   今日も新しい人が参加

   連絡をもらっていたこともあり
      1時にはいき、「わかちあい」を・・・・
匿名でもどこから来たのかなどは 言わなくてもOK
 ただし
 子どもを亡くした親の会なので 子供の年齢は必須

 病気の人 交通事故の人  事故の人  突然死の人
  つなみで・・の人
  不審死・・・自死・・・災害
様々・・・・・・・・

   最近少しにぎやかだったので
     今日は 落ち着いたわかちあいの時間を共有でき・・・
          ほんの少しでも わかちあえたかな~~~~~と。

     忙しい事もあって
    この頃   顔を出せない時間が多く 反省しています

泣いて・・・泣き笑いして
    冗談も言いあい また泣いて
  一息つける場所でありたいと
      思って開催を続けています

 子供を亡くした親の会が 全国的には少なく
     行き場のない遺族が大勢いるのではないかと思っています

 悲しみは乗り越えられないもの
   悲しみをどうやって抱えて生きていくのか・・・
生きてきたのか・・・
 一人ひとりの違う体験と経験

  ある著名な精神科医がいつもいう

遺族は遺族同士でわかちあう事が必要
   悲しみには
  クスリも専門家もいらない
     わかちあいが効果がある・・と

わかちあいが あわない人もいるのかと思うけど
     悲しみは
  病気ではないから
    わかちあう事で支え合うことはできる・・と感じている

13年目の仙台のつむぎの会
   継続することは
       容易くないが  
亡き人への愛があれば 継続できる

   愛は何年経っても薄くならない
    悲しみも同じ

  さて
明日は
 寺岡小学校の調査部会(第三者調査委員会)3回目

要望書の提出や資料の配布等
    午後2時半から 夜中まで・・・・
   遺族当事者と共に代理人として 行動を共に・・・117kodemari.jpg

昨夜 お兄ちゃんの夢を見た
   火曜日は
   夢の中で夢を見た・・お兄ちゃんの・・

総合支援をしてくれる団体がほしい

シロホトトギス090928a-l

自死遺族の支援
 支援をしている 民間団体も数多くある
行政が行っている遺族支援の機関もある

 何度も書いて・・数え切れないほど訴えてきたが
   そのほとんどは「悲しい気持ち」のケア?
   
   労災申請・いじめ問題・・・債務問題・相続・・・他
 たくさんの問題を抱えて
 どうしたらいいのか
    悩み 迷い 一人で苦しんでいる遺族も多い

   しかし
 その問題に向き合ってくれる支援団体は限りなく少ない

   どの弁護士も弁護士ならこの問題の専門家という訳ではない

  労災申請に精通している弁護士が
    債務に詳しいかというとそうではない
   
   債務の問題も様々

 賃貸物件の問題に詳しい弁護士も数少ない

   学校問題に精通している弁護士も少ない

 また弁護士は着手金の他にも 経費がかかる

   それなりに お金がないと受けてもらう事は難しい

 では
 一人で闘うのか・・・
いや それは厳しい

   会社も学校も大きな組織

 必ず顧問弁護士もいる

    素人の突然遺族になり
 悲しみを抱えながら  遺族だけで立ち向かうのはほぼ無理
   手続きも
  条例も  基本法も ガイドラインも
    教育委員会の組織もよくわからない状態では
   
赤子の手をひねるより 簡単に
   遺族と対峙できる

全国自死遺族連絡会は
   様々な相談に対応しなければならないと考え
 自死遺族等権利保護研究会を立ち上げたり
    様々な専門家とのつながりを作ってきた

   裁判や交渉となると どうしても弁護士や司法書士が必要となる
      しかし
     自分たちで 出来ることは自分たちで相互扶助の精神で支援を行う
        それができるのが
  全国自死遺族連絡会だと自負している

    もっと 総合支援をしてくれる団体が欲しい

    

       

自助グループ

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岡知史教授の講演記録には
   全国自死遺族連絡会主催の
 全国自死遺族フォーラムの講演が数多く掲載されている

今年も9月の第2土曜日に
 宇都宮の駅近くの会場で開催する予定

  悲しみについてと自助グループ
   そしてグリーフケアについてが多い

自助グループについては 
アメリカから世界的権威の研究者を招いた事もある

  自助グループを勘違いしている行政職員も多く 
      正しい自助グループの定義を知ってほしいと思うから
何度も繰り返して
自助グループの定義を講演してもらっている

  遺族が代表だから 自助グループではない
自死遺族が代表でもスタッフが自死遺族でなければ、
それは自助グループではない
また、
行政が主催して 会場を確保し、時間も行政が決めている会は
   運営スタッフが全員自死遺族でも自助グループではない

  主催者が自死遺族である事
   運営スタッフが全員自死遺族である事
開催日や時間、会場も含めて
   会の開催にかかわる事を自死遺族だけで行う事
次回の会は 何日にすると決めるのが遺族当事者本人である事
     
  「わかちあい」の時間に 自死遺族以外の人が参加して
  発言したり
   案内したり する会は 自助グループではない

厚かましいことを、行政にお願いをするとしたら
広報は行政が手伝い
チラシの印刷も行政が手伝い
  会場の確保や料金も行政が手伝いv準備も・・・
わかちあいや受付も含めて
   その時間は遺族だけに任せ
わかちあいとクールダウンの時間を終え
終わりの
片付けは手伝ってくれたら
 支援としては
    ありがたい
その時に
 その場にいられないくらいに パニック状態の遺族がいたら
   ケアをしてくれる役目をする体制があれば
  なおのこと いい

 藍の会は
 自助グループの基本を守り続けてきた 
来月で13年になる
  156回目

今週の土曜日は
盛岡市ので開催の循環の会
 日曜日は藍の会(仙台市)

どちらも参加

まだまだ 他者に普通に語れるようになっていない自死

    だからこそ 自助グループの存在が必要

 そして
  総合支援が必要

   様々な支援ができる連携を作る事も必要

 息子が逝き、今年で14年がすぎる
 まだまだ
 やるべきことがあり・・そして次々とやらなければならない事が見えてくる

  息子に力を貸してもらいながら
  息子の導くままに
    つながりを信じ 動けるうちは続けていこうと思う

やさししい人がやさしいままで
 笑顔で
生きられる社会を目指してIMG_0002-da829.jpg

東北は、亡くなった人や遺された人、その支援者への批判が多い なぜ?

04_120908_晩夏の花

がーるずチャンネルの事を書くと
   怖い気もする
 このチャンネルの住人から
   本当に数多くのメールが届き(最終的には100通を超えた)
、電話もあり FAXも・・・
ブログへのコメントも書き込みがあり
    内容も貼り付けをされました。
今も
  あります
       facebookのメッセージでも
    多くの記事の貼り付けや、アドバイスも含めて
        批判もありました
今でもあります
    多くは匿名です
 facebookも その人自身の 記事の掲載がなく、
おそらく
  私にメッセージやコメントで批判をするためにアカウントを取ったと思われるような人たちも多くいます

いじめ自死の第三者調査委員会の設置は珍しくなく
  テレビや新聞でも報道も数多くありますが
なぜ
 寺岡小学校の事だけ
  こんなにもがーるずチャンネルの中にとどまらず
     被害者とその支援者に批判が集まるのか
        理解できません

 という事は
  加害側とその擁護をした行政が
     よほど 力を注いで
  ネットの検索をして
       いろんな事を流しているという事でしょうか
それとも
 心から被害者は勝手に死んだと思っているのでしょうか

第三者調査委員会が設置されたら
  そこで調査されていくと思いますし
  それに納得しない場合は 裁判で調べてもらうことになろうかと・・

   私は 全国組織の代表もしているので
     一年間相当数の遺族とつながりを持ちます
   これまで
  いじめで子供を亡くした人だけでも
     数多くいます
 一般の人が想像できない数だと思います
 第三者調査委員会の設置をし
    悩み苦しんだ遺族の事も多く知っています
裁判をした遺族の事も・・・・

傍聴にも行って実際に見聞きしました

     答申も読んできました

情報開示もしたこともあります

 このブログでもそうですが
   それぞれ個々の事案に限りなく似たような内容で
  自分の事ではないかと思われる人もいると思いまうが
      似たような体験をした人や
    似たような事案はたくさんあります
  寺岡小の事案は 私は遺族の代理人です
   他の事案も代理人を務めています

また 第三者調査委員会の委員も務めています
 その他 たくさんの委員会や会議の委員も務めていますし、してきました
非公開の委員会であっても
  配布資料は
   委員だけではなく 事務局にも配布されます
事務局が数多く参加したら
 それだけ 情報が拡散される可能性が高くなります
    
 だからこそ 非公開での事務局の人数は極力少なくするのが行政だと思っていたのですが
仙台市の教育委員会は
 委員会に参加する人数は 他の行政の事務局に比較して
  非常に多いと感じます

とすると
それだけ 秘密が漏れる可能性が 高くなるという事になります

  どこの誰からどんな情報が洩れるかわからないのが
 今の社会です
   だからこそ
  私は私の知り得た遺族の情報は
   許可をもらわない限りは
    私の自宅に保管 非常に機密性の高い内容は
             税理士である夫の金庫に保管しています。
遺族の節女が嘘で
  学校の説明発表が正しいという根拠はどこにあるのでしょうか
     裏付ける資料を出すべきです、学校こそ・・・です

 公務員である教員は 勤務(公務)としての仕事内容
    電話であっても  メモを取り、メモをPDFで作成し残すのが普通だと思います
面談は
  ほとんど2名で行うはずです
    その内容も 重大であれば 録音し記録を取るのだと思います

 それが
  ないとしたら 怠慢です

  

遺族の総合支援の構築のため

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 南中山中の再調査の遺族推薦の委員 3名
  折立中の調査委員会の遺族推薦の委員 3名
県立工業高校の調査委員会の遺族推薦の委員 3名
 寺岡小の調査委員会の遺族推薦の委員   3名
 吉田中の調査委員会の遺族推薦の委員  3名
埼玉市立の中学校の調査委員会の遺族推薦の委員 2名

   活動の中でのつながりの先生たち
(折立中は私も委員ですが・・・)

本当に感謝
    ほぼボランティアに近い委員
  もう少し 報酬が高くてもいいかなと思う
   適当に
    やる人なら  妥当かもしれないが
一生懸命に真摯に向き合って考えてくださる人には 気の毒な報酬金額

  その前に
   一人の人脈ではこれ以上広げられない・・と 感じている
   10件・20件と増えた時
      30人・60人の委員を一人で推薦できのか…と考えた時
            どうしたらいいのかと最近思っている
  第三者調査委員会の委員の遺族推薦の委員を受けてくださる専門家のネットワークが必要な気がする
全国を地域別に分けての人材

 その前に 第三者調査委員会が設置しなくてもいい学校
  第三者調査委員会の委員が
   完全に独立して 忖度しない人材であればいい・・が
まだまだ
 そんなレベルには程遠いのが現実

   ならば  やるしかない

遺族支援とは
   悲しい気持ちだけではない
様々な問題の支援ができなければならないと思って活動を続けてきた

  遺族以外の専門家との連携が重要であり
       必要

   どうやって 広げるか・・・

   おにいちゃん
          応援してね!117kodemari.jpg

  

なぜ第三者調査委員会の委員に遺族の推薦する委員が必要なのか・・

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第三者調査委員会の委員に
なぜ遺族推薦の委員を入れたほうがいいのか

市役所や町役場 ・県の教育委員会が設置する調査委員会の
  ほとんどは 常設されている委員会の委員が
     そのまま第三者調査委員会の委員になるケースが多い

  日頃から教育委員会と仲良しの、元市役所職員(児相等)
   弁護士も
地方都市の場合
  多くの弁護士は行政の仕事を受けている
臨床心理士もスクールカウンセラーとして
    行政に採用されている学校や協会から選ぶ

精神科医も 児相や障害施設等の顧問の医師
  小児科医ももちろん 学校の顧問医師

  大学の教育学の委員も
      教員採用を多くしている大学の教授が多い

  第三者調査委員会の委員多くは 行政と様々な利害関係にある人たちが常設の委員になっている

   そして 委員をやめた後には いろんな恩恵を受けているような気がします

そんな人たちが
 第三者調査委員会の委員だとしたら
    公平中立な視点で
      調査ができるでしょうか

 また事務局である教育局や教育庁は
    教員も多く、
   教育局に勤務後には 出世コースがある事は
     周知の事実
 学校でいじめがあり
 その対応ができていなかった事になった時
    謝罪等も含めて汚点となる

  遺族の言葉よりは
   学校の言葉を信じ
      シナリオを作る

  結論が先にあっての調査委員会となる
    
そして委員会は非公開
  アンケートも学校批判やいじめがあったと書いたのは
   抜く事も可能
 身内の身内による調査委員会

  議事録を取っていないとか
  議事録があっても
    非公開なので真っ黒な資料が出てくるだけ

   委員の名前すら黒塗りだったりする

   委員と教育局の職員とが見られるだけ
裁判になっても
  民事だと提供されるかどうか・・・・

    子どもや保護者・教員の聞き取りも
     常任の委員たちは
  誘導尋問ができる
  
 それも非公開だから

  調査委員会の委員が
     県外から選ぶか…国が選出任命して
・・・・行政と全く無関係な人が任命されるなら
 遺族推薦は必要ないと思う

 しかし
現実は不公平極まりない委員選出

 遺族が委員を推薦したいと言っても
      出来ません
と断る教育委員会が多い

また 遺族推薦を認めても
  行政推薦の委員が4人
  遺族推薦が3人

 はじめから不公平な人数

  4対3でも公平な人たちですから・・・と言う教育委員会
  全員が公平中立なら
  なぜ3対3にしないのか・・・と質問しても・・スルー

議事進行は
 事務局が作成

  委員会のタイムスケジュール表が傍聴席まで配布になった事があるが
 例えば
3時開始
 ○○課長 ただいまから・・・・・
3時2分
 ○○委員長 事務局から引き受け只今から○○委員会を・・・・

3時15分
○○次長 ・・・・・
というふうに 書いた紙があるんです

黒塗りの議事録をみても
 審議されたとは思えない程枚数が少なく
  発言していると思われる 黒塗りも短い

真剣に審議するとA4一枚が一人の委員の発言という事も多くある

   他の地域の事は 情報が少ないが
     少なくとも
 宮城県内で実施されている
  委員会はこんな感じ

 真実の調査などできるわけがない

いや  しようとしていない
  いのちが喪われたという認識を持っての熱意は感じられない

事務局が書いたシナリオに従い
   沈黙して反論せず
  答申を出そう・・・

こんな意識・・・かな

たたってほしい・・・とさえ思う・・この頃

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 いじめで亡くなっても
  遺族は ただ自分を責め続けて
     悲しんでいることを 
学校も地域ももちろん加害者側も望んでいる

  情報開示を望むと 責められる!
     死んだ子供も子供なら親も親だ!
  人のせいにして!!!
     と

 日本はいじめ天国
     加害者天国

   ずるいもの勝ち
           殺したもの勝ち

 悪口を言ったもの勝ち

     同じようにいじめてやろうか…という思いが フッとよぎる
  
個人情報の名のもとに 
    非公開でやりたい放題の教育委員会

    それでいいのだろうか

   死んだ子供は もうどうでもいいのだろうか
   
    自死者は 祟ると 世間はいうが
   
      祟れるなら 祟ってほしい

    だが 自死者は祟らない 残念ながら・・・  残念です

  加害者に祟って欲しい

    でも  いい人たちだから
          祟らない

    小学生でいじめをいじめと認識させない
          教育をする親と教師

   この程度はいじめでないと思い込み大きくなっていく

    中学生になっても いじめではないと思い込みいじめ行為が続く

   その子が大人になった時

    それが通用するのだろうか

     館中も南中山中も折立中も
  寺岡小も 
   いじめ加害者の擁護をする人たちが多い

    情けない
         かなしい ひとたち
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仙台が嫌いになっていきます・・・少しずつ

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 2チャンネル?5チャンネル?がーるずチャンネル?
   とか
いろいろあるらしい

  私はよくわからないが 匿名での掲示板?のようなもの

     匿名での通報や投稿が
  公的機関の 公的な資料として提出されていいのだろうか

   匿名での資料の信ぴょう性はあるのだろうか

    遺族は公的機関への資料は全て実名で住所を記載した文書で提出
      要望書やその添付資料として提出します

   それに対する反論の資料が
              匿名で?マーク または 何とかチャンネルからの情報

    いくら いまどきの人からの情報でも
      個人への誹謗中傷のような内容を
  参考資料で出す公的機関があるとしたら
          どんな意図でどんな意味があるのか理解できない

  非公開の場なら 何をしてもいいのか
  非公開の場 なら
     人を蔑んでもいいのか

    いじめた側の いじめは
        子供を亡くした遺族にも続く

 いじめをして子供は子供を追い込み
   そのいじめで子供がなくなると
 今度は 遺族をいじめるその親たち

 さすが いじめた側の親だ!と 納得

またその取り巻きの人たちも
  同じ感性の人たちが集まる

  類は類を呼ぶのである

 ずるい人たちにはずるい人たちが賛同する

   非公開をいいことにして

    とんでもなく 市民をいたぶる公的機関

    やはり 公的機関の情報は 公開されるべきです

 仙台市は
  ひどい
       加害生徒やその保護者を擁護し
        亡くなった人の悪口をいい
          蔑む市民が多い仙台

  被災地で  多くの人たちが亡くなり
   世界から救いの手を差し伸べてもらった市とは思えない

     やさしくない

        根性が悪くないと生き残れない

  少しずつ 嫌いになっていきます 仙台が・・・・・1484440679.jpg

中川聡さんのブログから

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心のケアに対する怒り
(奥さんを精神薬により突然亡くされた中川聡さんのブログから)

野田正彰「喪の途上にて」
これは御巣鷹山の日航機事故の遺族にヒアリングした研究

現在の震災被害者に対する「心のケア」が如何に薄っぺらで、的外れなことであるかが良くわかる。
野田先生は、「震災被害者」に対して「眠れていますか?」というメッセージとともに睡眠薬がばら撒かれていることに激怒しているが、先生の言動がこうした「遺族の心の分析」を踏まえているということを改めて知った。また、ご本人は嫌がるかもしれないが、野田先生なら「心の専門家」という称号を送っても良いと思う。

本の内容は、勿論、私自身の体験とも重なる。
震災遺族、自死遺族にも共通した体験である。

野田先生は、喪の過程を次のように分析している。文はネットから拝借しました。
http://www3.ocn.ne.jp/~zuiun/49aibetu.htm
まずは一読頂きたい。ここだけ引用すると野田先生が遺族を唯の研究材料をして扱っているような印象を受ける恐れがあるが、この遺族たちは野田先生の十分な気遣いのもとで、後の人々の為に死を意味あるものにするという目的をもって協力していることを強調しておきたい。

第一段階は「衝撃状態」である。取り乱さずに異常な平静さを装う人も少なくないが、内面は衝撃状態にあると考えて、十二分な配慮が必要な段階である。事務的なことは周囲が代行し、色々な決定を求めてはならない。

事故後の遺族の度を過ぎた気丈夫や勤勉には、自己破壊の衝動が隠されている。自分を痛めつけることによって、死者の苦しみを共有しようとし、また自分を置いて死んでいった死者の注意を呼び起こそうとしているのである。

第二段階は「否認」。死という事実を客観的には知りながら、主観的には否定するような状態である。周囲の者は、無理な励ましや嘘の期待を言ってはいけない。相づちを打ちながら話を聞いてあげるのがよい。

第三は「怒り」の段階。周囲の者は、あえて怒られ役になって、怒りを外に導き出してあげなければいけない。加害者への怒り、理不尽な運命への怒りが表出されないと、自己破壊に向かいやすい。

第四は「長い回想と抑うつ状態」。感情も意欲も湧いてこない状態が続く段階。これも必要な喪の作業のひとつである。死にゆく時間が短かすぎたために、死後に死の過程を行わなければならない。死にゆく時間を死者と共有できなかった替わりに、自らの感情や意欲を凍結させて死にゆく過程を共に体験しているのである。

事故後の遺族の抑うつ状態に対し、周囲の励ましは無用である。じっと見守る心構えが大切で、多くの時間をひとりにしておくか、黙って横に居てあげるのがよい。

そして第五の「死別の受容」となる。

ただし、これらは手引き書にして画一的に対応すべきことではなく、また補償交渉などは第四期を過ぎてからすべきだという。

過酷な喪失体験を克服するには時間が必要であり、その時間のことを野田正彰氏は日薬(ひぐすり)と呼んでいる。つまり愛別離苦に特効薬はなく、日薬でゆっくり治療するしかないのである。

悲しみの長さは喪の作業の成否にかかっている。その作業の大きな障害は、悲しみの激しい苦痛を避けようとすることと、悲しみの感情の表出を避けようとすることの二つで、これにより悲しみが病的悲哀となり精神障害が発生することもある。

私たちは毎日の生活の中で、些細なものの喪失から、家族の死、さらには自分自身の病気や死といったことにいたるまで、たえず喪失の体験に遭遇している。だから喪失体験を克服するための時間学は、誰もが知っていなければならない精神衛生の基本知識である。

私は、いまだ裁判をやっている。随分と時間がかかってますねと言われるが、その理由もこの野田先生の分析で説明できる。
裁判では、恥も外聞もないし、なにより被告側は酷い人格攻撃してくる。私には、その責め苦に耐える準備を整えるには5年近い時間が必要であった。現実に正面から対峙するのにそれだけ時間が必要だったのだ。

この過程を経たからといって悲しみや怒りが無くなる訳ではない。
言葉では言い表しにくいが、これは悲しみや怒りを受容していく過程である。悲しみや苦しみがなくなった訳ではない。8年の歳月を経て、私の怒りや悲しみは私と一体化したと言った方がしっくりくる。
傷跡は消えることはないし、時々傷む。いまだに近づけない場所さえある。

遺族にたいする内容は、実際に本を読んで頂くことにして、私がこれを読んでおもったのは、これは、「悩める人」全てに応用できるものだということだ。もちろん、野田先生の書いている通り、手引き書的に利用するものではない。
手引き書的に利用してしまえば、それはDSMや認知行動療法、インチキカウンセリングとなる。

仏教の四苦八苦については何度か書いている。
http://ameblo.jp/sting-n/entry-11516326775.html
愛別離苦(あいべつりく) - 愛するものと分かれなければならない苦しみ

怨憎会苦(おんぞうえく) - 憎んでいる対象に出会う苦しみ

求不得苦(ぐふとくく) - 欲しいものが得られない苦しみ

五蘊盛苦(ごうんじょうく) - 心身の機能が活発なため起こる苦しみ

仏教は良く出来ている。デタラメな精神医療を中心とした精神保健モデルに対する代替として宗教に期待する声があるが、こちらの方が格段優れているのだから当たり前である。精神保健モデルの最大の欠点は、人間のこうした悩みの克服プロセスを無視し、傲慢にも他人からの干渉や投薬により解決できるとしていることである。苦しみや悲しみは、個々人が受け入れるものであって、強制的に治療するものではもちろんないし、出来もしない。

野田先生が「愛別離苦」について、周囲の人が知っておくべき時間学を示したように、その他の苦しみについても同じような研究は出来ないものだろうか。これは、数千年に渡り、人々が取り組んできた命題そのものであるから、様々な宗教や哲学においても既に議論されてきたはずだ。
ちっぽけな精神医学の脳疾患モデルなど、殆ど出番などない。医療は、本当の脳疾患だけ扱えば良い。
人の悩みに苦労知らずの医者が口を出すなということだ。

「嫌なことは忘れて、前向きに生きましょう」的なアドバイス程腹立たしいものはない。
傷を何度も抉られるような経験を経てやっと受け入れていくようなものであって、それに代わる克服手段などもとからない。
とくに「心のケア」という掛け声は、もういい加減にやめにして頂きたい。
それは、それぞれの中で徐々に培っていくものだ。
他人に出来ることは、きちんと悲しみ、怒るための時間と空間を用意してあげることだけである。
支援者は、心のケアと称して、本人のこうしたプロセスの邪魔をしないで頂きたい。
人の心が判ったようなふりもやめていただきたい。

自死遺族はハイリスク者という概念







2013-05-11T09_08_23-8d276.jpg
自死遺族は特別

国が音頭を取り
地方行政の保健所が中心となり
  また民間団体が補助金をもらい
 自死遺族の支援のためのスタッフを育成し 
自死遺族の語る場所を開催しているのは
他の死よりも特別に悲しみが深いという意味ではない

 自死が起きた家族は また自死をする可能性が高い
   自死の要因の一つに
    親族に自死者がいる…いわゆる遺伝的要素がある
 自死は遺伝だという考えがあるのです
   後追いを含む
         自死のハイリスク者である・・・
 自死の未遂を繰り返す人たちと同じという扱いです

 ポストベンション(三次予防)
という意味での自死遺族支援です
   だから
    窓口が精神保健福祉センターや保健所・・・感染症課・障害福祉課・・・・
   精神障がい者で、自死のハイリスク者
      それが自死遺族支援の基礎的考えです

 だから 遺族の精神にだけ注目し、「悲しい話」を聞く会の開催が中心で
   その場で
   情報開示の相談や相続の相談   
    労災申請の事や債務の整理等の相談には応じませんし
      つなぐこともしません

  精神的に病んでいる人という扱いですから
     難しい労災申請の話をする事は想定されていません

 ハイリスク者だから支援の対象なのです

   全国自死遺族連絡会は
    総合支援を目的としている
生きていくための支援
   供養の事から債務の事
労災申請・いじめ・情報開示・裁判・子育て・相続
 介護・賠償金問題・保険等
自死でなくても
   家族が亡くなった時に起こる問題
また
 自死だけに起きる問題
  その自死だけに起きる問題の解決のために
   研究会を開催している

差別と偏見から来る事故物件賠償金など

  最近ようやく
   賠償金の問題は注目を浴びてきた

労災や第三者調査委員会も 

 だが  ほとんどの支援者は
  自死遺族の悲しい部分だけに興味がある

  岡先生が以前こんなことを話していた

車いす生活の人のためのボランティアを募集したら
   「心のケア」という困っている事の話を聞くという学生が多く
 車いすを押したり
  買い物を手伝ったり
   介護的なボランティアは一人も応募者がいなかった

学生たちは
 車いすでの生活をしている人は
  心が病んでいるに違いない悩みがあるに違いない
   話を聞いて 苦しみを取り除いてあげたい
     と思っている
   と。
自死遺族が特別な悲しみを抱え
 他の遺族とは違うと
自死遺族自身が思っているとしたら
  それも
 偏見のひとつだと思う

他の遺族と違うとしたら
  何が違うのか

 悲しみは人それぞれ
   向き合い方もそれぞれ

 子どもが死んである意味でホッとしたという親もいる
  悲しくないという人もいる
    それが死んでくれて うれしいと思っているのか・・・
     とは違うのだと思うが
 本心はわからないけど
  言葉ではそんなことをいう親もいる

   子供を亡くした親たちをたくさんみているが
    事故でも病気でも
   深い悲しみを抱えて生きている親もいる

  自死でもあっさりと生きている人もいる(見た目)

 ただ
  病気や事故突然死で子供を亡くした親への支援を国はしていない

それは
 悲しみが深いとか浅いという事ではなく

自死遺族は 自死のハイリスク者である
というだけの違い

自死遺族のケア支援は
  自死の予防のために行われているに過ぎないのです

   そいう意味での 特別なのです
 
  自分達がどう思われているのか
     知ってほしい

私は
  憐れまれたくない
     息子を追い込んだ社会に
 蔑まれるのは ごめんです
かなしいだけで
   あわれなひとではない

また・・・

20180405_928273.jpg

  また中学生が亡くなった (茨城県)

厳しい指導がダメとは言わないが「殺すぞ」は教師の言葉ではない
 大声で怒鳴るのも
    机を蹴飛ばすのも
             教師のやることではない
 そもそも大人のする事ではない
 しかも子ども相手に・・・

   叩いたり 生徒を蔑んだり
     大声で怒鳴る教師・・というか大人は
        そんなふうにされて育ったのだろうか

  机を蹴飛ばし 大声で怒鳴り「殺すぞ」というのは
    映画でみるヤクザを思い出す

  大学は
   教師になるための教育をしていると思うが
         どんなことを教えれば こんな教師が出来上がるのだろう

  親がいじめを相談すると泣きだす教師もいる

     職場にも同じような人はいる

 他者に殺すぞとか死ねという人も
  家族にはやさしいのかな・・・

医師の中にもいる
 それも精神科の医師に多い

     人を蔑み 偉そうな態度・・・

 やさしい言葉は求めませんから
     暴言は やめてください

失せろ 死ね  消えろ は脅迫です
  
   厳しい指導があっても
 その後のフォローがないと いじめになってしまう

 そして厳しい指導とは 暴言や暴力や 罰を与える事ではない

    生まれたいのち 育てたいのち 育ったいのち

    みんなで大事にしてくださいませんか

    自分だけではなく
   他のいのちも大切なんです

      追い込まないでください

  子供たちを・・・・・・

    117kodemari.jpg

涙の溢れる日もある

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 育ててくれた両親を思うと
  今でもなみだが溢れる

   胸がむずむずとしめつけられ 息苦しく
    せつない
 お腹までもが重たく痛く苦しい

   健一を本当に愛してくれた
     私も心から健一を愛していた

  どうして
      お兄ちゃんは死んだのだろう
  このくりかえし
    息がくるしい
日々の暮らしが
    紛らわせてくれる・・・というか
 やることが多すぎて
     ゆっくり 向き合っていない
いや
 あえて 向き合っていない
     深く考えると   
  ネガティブ思考になる
暗い日々を送ることを
お兄ちゃんは望んでいない・・・
   それは感じる

バカみたいに意味もなく 笑ってみる
  ごまかしているのかもしれない

「あるがままを受け入れる」
難しい

今更思う事
  子育てを もっともっと楽しめばよかった・・と
 せっかく親になれたのに
 なぜ もっと 楽しまなかったのか・・と

 人生はやり直しができない

 お兄ちゃんにも
    もっと 違う人生を選べる道標を 親として
   なぜ してあげなかったのか・・と

可能性を摘んでしまったのは
   母であるわたし

 自分のために生きたいという気持ちが
    強く
      中途半端な子育てだった気がする

 親の七光りはないよりはあったほうがいい
   育ての親にしてもらったように
    自分の子にしてやれていない いなかった

その意味で 育ての両親はすごい
 自分たちの子どもを亡くした経験だったのか
   無償の愛を全身で注いでくれた

  私の息子たちにも・・夫にも

 とにかく やさしい
  おおらかな人たちだった

  結婚後 遊びに行き
  帰るときは
  さみしそうにいつまでも見送っていた姿を今も思う
    
一緒に暮らしたかったんだろうなぁ・・と思う

   一緒に暮らす機会が訪れた時もあった
  が
  両親は
    家を大切に思い 先祖の思いを受け止めた

   テレビで
   ゴールデンウイークの終わりの新幹線の見送りで
          泣いている親を映していた

 幸せな人たちだなぁ~~~~~~

     さみしいかなしい涙にも
             違う重さがある事を感じる

  私にとって今日は
    涙がでる日

   なるようになるさ
       たくさん涙を流して
 また
  生きよう

鉢にこぼれた朝顔の種が冬に芽吹き
   ここ数日前から
テレビの横で 一輪ずつ咲いています

DSC_0172.jpg

文書の一部’(かなり長い)


niwazekisyou.jpg
   
   資料の整理していたらある文書が目に留まりました
事件の詳細は省きます
::::学校の方針と自死::::
学校は、独自の論理によって公正され、運営される部分社会です。「生徒は全員、部活を行わなければならない」という方針を学校が採用すれば、教師はその方針に従って生徒を指導し、生徒は従わなければなりません。部活との相性が悪くとも、別の部活への転属ができなければ、部活をやめることはできないのです。
 自死した生徒のいじめは、部活との関係で起きました。
生徒は部活から離れようとしましたがかなわず、死の直前、「生きているのに疲れた、結局、部活が俺から離れることはなかった」という自分あてのメールを残して自死しました。
 部活をさせることは、よい生徒を作り、よい学校を作る、「部活強制」という学校の方針が、生徒の逃げ道を奪い、自死に追い込んだ、そう思います。学校という部分社会に属した生徒にとって、その社会を支配する論理や方針からの逸脱が、どれほど重い苦痛を伴うか、どれほど困難な選択になるか、想像してみる必要があります。
::::責任回避:::
自死発生直後から訴訟まで、学校及び県の対応は、「責任回避」の一言に尽きます。
自死の原因について明らかにしたいという両親の要望を、学校と県はほぼ一貫して拒絶しました。拒絶の姿勢は、アンケート結果の開示拒否に端的に現れています。 生徒の自死は、学校にとってこれ以上ないほどの重大事です。その原因を明らかにすることは、亡くなった生徒や遺族に対する責任に留まらず、その他の生徒やその家族、地域社会への責任でもあるはずです。
しかし
学校及び教育委員会は、調査を形式的に行っても、調査結果に基づいて事実を明らかにしようとはしませんでした。それどころか、結果を隠蔽しようとしました。なぜでしょうか。事実が明らかになれば、責任が生ずるからです。いじめを原因として自死が起きたことが明らかになれば、教師、校長、教育委員会、市や県に責任が生ずるからです。
自殺対策基本法は
「自殺対策は、自殺の事前予防、自殺発生の危機への対応及び自殺が発生した後又は自殺が未遂に終わった後の事後対応の各段階に応じた効果的な施策として実施されなければならない」と定めています。
 自死が発生した後に行われるその原因の調査は、次の自死を予防するためにも必要な事なのです。生徒に対して行ったアンケート結果に、いじめに関する記述があれば、いじめが原因となったことを疑い、再発を防止する措置を取らねばなりません。しかし、いじめの存在を認める事は、学校管理者に責任を生ずることになりかねません。むろん、責任を認めた上で、その責任を全うするのが正しい選択なのですが、残念ながら物事はそのように動きません。事実を否定し、責任を否認するという方向に動くのです。
:::::遺族の孤立::::::
学校は地域社会の中核の一つです。
卒業生による人的なつながり、地域の公共機関や企業との
 つながりを持っています。
それが地方であればあるほど、また、歴史があればあるほど、
  そのつながりは強くなります。
そのような強いつながりのある学校に対し
 子どもを失った親が、その原因が学校にあるとして
  訴えた時
地域社会は両親の訴えに共感するでしょうか
誠に残念で、悲しい事ですが
両親の訴えは
地域の共有財産ともいえる学校に対する攻撃のように
  受け取られ
 反感をかうことになります
学校での自死が起きた時、周囲の人々は
自死者とその遺族に対し同情の気持ちを持っていたと思います
しかし
遺族が自死の原因は学校にあると申し立てた時
その行動には同情の気持ちが及びません
遺族の訴えは
学校、教育委員会、市や県をあいてとするものであり
地域社会における学校の位置づけが重ければ重いほど
遺族の側に立つ人は少なくなります
遺族は隠然たる反感・避難を日常的に感じるようになり、遺族は孤立して行きます
少し省きます
自殺対策基本法ができ大綱もできました
自死の対策に国費がつぎ込まれ、様々な事業が行われています
しかし
本当の自死の対策は
自死の原因救命されると、自死の責任を負うべきものがいれば
 その責任がきちんと果たされることだと思います
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 警察官だった息子は
  まじめで正義感の強い性格でした。
警察官は、正義感の強い人には厳しい仕事だと思います
 大人の意地悪があり
  嫉妬や妬みがあり 嫌がらせもあり
 見てみないふりもあり
    正直者に負荷がかかる・・・

  運よくいい人との出会いがあれば・・・生きていた
    とんでもない人たちとの出会いが・・・

  人を追い込んでも 悪びれもなく生きられる人たちがいる
     罪悪感など彼らには存在しない

久しぶりにたくさんブログを書いてみました

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明日はラジオの収録
  FM太白という狭いエリアですが
最近
   子育てというかいじめというか
      子供たちが幸せに生きていく地域を目指している
         人たちとのつながりで ラジオで発信させてもらっています
   もちろん無報酬です
     
     どうしたら子供たちが幸せに育つのか

    精神薬なんて飲ませられず
     一人ひとりが個人として認められ
       おしゃべりな子も 無口な子も
  国語が苦手でも
  算数が不得意でも
            人と比べられずに
   個人個人が肯定されて
      得意な所をのばしてもらえるのか
  不得意な部分だけ注目されて
    不得意な部分をのばす教育をされるのではなく
 得意な部分を更に伸ばしてくれる教育を
    してもらいたい
そんな社会であってほしい

   そんなことを思いながら
      いろんな人とつながり 広げる活動もしています

  遺族のための活動が主ですが
    自死に追い込まない活動も…少しだけ

    ヤンバルセンニンソウ

  被災者の自死も減らない
  その多くは クスリを飲んでいる

   家を流された・・・落ち込む
   ~~~精神薬~~~
   先祖代々の土地に住めない 家も流され 仕事もない
   ・・・・・・落ち込む
~~~精神科~~精神薬~~~

  家族が亡くなった・・・・落ち込む
~~~精神科~~~精神薬~~

アルコール依存症~~~
    精神薬~~~

  SNS依存症~~精神科~~
    
    落ち着きがない~~~精神薬
      忘れ物が多い~~精神薬

暴力を振るう~~精神薬

   感情の起伏が激しい~~~精神薬

  どれも
   精神薬では解決しない

   何度も何度も 言い続けているが
  悲しんでいる人に 精神科を勧めないでください

   お願いですから 精神科だけは勧めないでください

精神薬を飲んでも
 悲しみは消えませんから

    後追いの多くは 精神薬を飲んでいます

    押しかけていかないでください
       必ず迎えに来ますから
  迎えに来るまで 待ちましょう
  押しかけていくと 先に亡くなった人が困りますから

  あちらも
 準備があるでしょうから 迎えに来るまで待ちましょう

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 それまでに やることがたくさんあるはずです

匂いのない人間はいない・・いじめはそれをくさいという

9369402_624[1]

  人を蔑むことは 人としてしてはいけない

   いじめの手段として『くさい』という言葉がよくつかわれる
 そもそも
  人間は動物だから匂いはある
    植物にだって匂いはある
匂いの感じ方は一人ひとり違う
   ある人にとっては心地よい匂いが 別な人には不快かもしれない
万人が好む匂いなど存在しない

   戦後すぐの頃には お風呂がある家が珍しかった
   着ている下着も毎日洗濯しなかった
  石鹸が贅沢品だった
   髪の毛だって 1か月に一回洗えばいい方だった

  今はどうだろう
   毎日風呂に入り
 毎日下着は取り換え
  洗剤も シャンプーも リンスも香がついていて
その上
    洗顔用・・身体用・・・手足用等
       様々にある
 洗濯用洗剤も
   香りの強いものから無香料まで

 昔ながらの石鹸から
    高級な石鹸まで

そして 髪の毛が臭いという教師もいるというが
   その教師に聞きたい
  子どもの髪の毛の匂いをどうやって嗅いでるのか

髪の毛の匂いが臭いと感じるほどに臭く
  親に注意するほどくさいとしたら
     我慢できないほどの臭さだと思うが

   どんな匂いなのかも言わずにくさいという抽象的な表現では
      意地悪としか言いようがない

香水でも くさいと言えばくさい
  高級な香水ほど 匂いはキツイ

化粧水も匂う
  

病気でない限り
便のような臭さが髪から匂う事はない

 くさいという言葉はいじめの常とう手段である

         風呂に入ってないから臭いという 人に聞きたい
風呂に入っているかどうか
 覗いてもいないのに どうしてわかるのか・・と
洗濯をして柔軟剤を使い
   風呂の入り 高級なシャンプーで髪を洗い
   リンスをし
    高級なソープで体を洗い
 
   例えば バラの香りがしていても
   くさいと思えばくさいのです
匂いの全くない人間は存在しないのですから

  いいにおいと思うのか くさいと思うのかは
    主観でしかすぎない

  一人ひとり違う
   100人がいい匂いと思っても
   1人が臭いと感じたら
     その人にとってはくさい
 匂いに
 正しい匂いはない
誰にも迷惑の欠けない匂いはない

海の匂いが嫌いな人もいる
  バラの匂いが苦手な人もいる
山の匂いも・・・
   草の匂いも
   大好きな人もいるが 大嫌いな人もいる

  多数決で決めるものでもない
その人の感じ方だから




   ブス!という子供たち
ブスも美人もこれも感性
   主観
      あんがい かわいい子供に かわいくないブスな子がブスという事も・・・
(この場合のブスと美人は私の主観)

   勉強ができないといっていじめる子供たち

   その子たちもたいして勉強ができていませんし
 全てが満点の子どもはいませんから
  得意があれば不得意もあるのが人間です

  いじめや意地悪 人の嫌がる事をする人たちは
   心根が曲がっている

 なんでもいいんですよ・・・いじめたいだけだから
 理由なんてないんですよ
     いじめたいだけだから

 いじめに理由なんてあるはずがない
    第三者調査委員会も含めて
 教育委員会が 教師が
     いじめる側の理由を一生懸命に探して
  正当化しようとしている姿をみていると
      
 情けなくて 
     悲しくなります

 意地悪はやめましょうよ 
   やさしくなくていいから いじめはやめませんか

 

自死と偏見と差別

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 自死への偏見と差別は
   遺族にも多くあり~~~社会の至る所にある
それは
 自死した人にだけではなく
    遺族に対してもいろいろにある
 
  その事を敏感に感じる人もいれば
        なんとも思わない人もいる

息子を亡くしてから活動を始めて
   その時まで生きてきた中での出会いでは
考えられない人たちとの
                  出会いがあり
 傷ついた事も多くあるけど
    遺族ではないそれぞれの分野の専門家たちにも
      心ある人たちが大勢いて、
    見えないところで このような人たちによって
   救われてきたこともたくさんあるのだと
        思う事ができた・・・思考の世界が広がった・・・
   「知らされない愛」がたくさんあるのだと・・・
                     
     遺族になって思う
             無知が罪を犯す事もあり
     無知が人を傷つけることもあり
          無知は時に傲慢であると・・・

   少しでも学ぼうとする気持ちがあることと 
反省ができる事
           それが無知からの脱却だとも思う

    多くの人たちから学びをもらう
              失敗からも学ぶ
   様々な分野を知ることも 活動には必要

   想像力は重要である
    いろんな角度から見ることも大切です

  自死のビジネス化
シドニーでも ジャーナリストが講演の中で触れていた
アメリカでも同じように
   自死のビジネスが繁盛している様子

日本でも同じように ビジネスになっている
   死肉に群がるハイエナのように
        自死対策の金に群がる人は多い
  まじめに
一人ひとり 相談にのる活動は 地味で目立たない
目立たない活動は
   結果として いのちを救っていても
      行政も含め
          世間は認めない

  中身なんてどうでもいいから
  目立てば すごい活動という事になる

   パフォーマンスさえうまければ  
世の中で認められるのである

   それが 世の中

私は遺族に頑張って社会を変えて欲しいと願っています

悲しみを 力にして
  喪われたいのちを意味のあるものにするためにも
      亡くなった人の尊厳を守るためにも
蔑まれないためにも
 苦しかったであろう思いを 
他の人に味わわせないためにも

  亡くなった人の苦しみを
   遺された悲しみを   
自分の所で終わりにするためにも

   凛と生きて欲しいと思うのです

     そして 遺族同士  悲しい者同士
    いがみあわず
    仲良くしなくてもいいから
            悪口を言わず
 ゆるーく 支え合っていけたら と いつも願っています

支援者の中にも もちろん心ある人たちはいますが
       ・・・・・・・・
自分ならどうでしょうか

   私は遺族でなければ
   いや~~な支援者になっていたと思います
   ボランティアが嫌いな性格ですから

支援するという気持ちにすらならないと思います

 自分の幸せな生活に満足し
     どっぷりと浸っていたと思います

   いろんな角度から
 想像して 自死という事を考えてみるのも
亡き人とのつながりを深める事になるのではないかと・・・

   一人ひとり
 それぞれの遺族自身が 世界で一番悲しいのだと・・・思います

   それは 誰も否定はできないことです

   それぞれの悲しみは  比べられるものではない・・・そう心から思います
それぞれの 愛が比べられないように・・・

返信ができない事の理由のひとつ

DSC08087s.jpg

ブログのコメントやホームページのアドレスからメールを頂戴し
  お返事を求められる事も多いのですが
  返信できずにいる事も多くあります
アドレスの少しの違いだとおもいます
 送信しても戻ってきてしまいます

メールアドレスの
  ー や・ その数や小文字の変換等々
いろいろに削除してみたり 足してみたり
 小文字に変えてみたりして送信をすると  うまく送信になるときもあるのですが
  何度変えてみても 送信できない事も多く
     お返事を期待している方たちに
              お返事ができず 失礼をしていることもあります
申しわけございません
 アドレスをご確認して添付してもらえたらありがたいです

 メールの中に携帯番号があれば
  ショートメールでアドレスの確認ができるのですが
    お名前だけではご連絡がつきません

 いろいろに試してみては送信をしていますが
    アドレスはーも下のーなのか上のーなのか真ん中なのか・・・
   例えば
 sako-tana.3

 sako_tana...3
sakoーtana.3
;sako_tana3 
 少しの違いでも返信ができず 心苦しく思っています

  返信したくても アドレスが違うと 送信できません

   申しわけありません
プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
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仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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