
「ときを結ぶ」(12)「自死遺族」
悲しみは癒えることなく
差別・偏見と闘い続ける
「あのときの息子の体の冷たさ、それが原点です」。全国自死遺族連絡会の代表理事、田中幸子(70)の長男健一は2005年11月、34歳の若さで自ら命を絶った。当時、宮城県警塩釜署の交通課係長。連絡を受けて仙台市の自宅から署の官舎に駆けつけ「体に触ると氷よりも冷たかった」。
自分の血と入れ替えれば、体が温まって息子がかえってくるんじゃないか。本気でそう思った。
その春、塩釜署に異動した。直後に高校生25人が死傷する交通事故が起きる。交通の仕事は初めてだったが、上司は支え励ますどころか暴言さえ吐いた。他の仕事も積み上がり「真面目な子なので全部抱え込んだ」。
4カ月半、1日も休まず働き、疲れ果てて療養に入る。夫婦仲が悪くなり妻は実家に帰った。
不信感と恨み
死の直後に兄の携帯メールの記録を見た4歳下の次男が「これじゃあ、お兄ちゃん死ぬよ」とつぶやいた。追い込まれていく跡が示されていた。受診した精神科医にも心ない言葉を浴びせられたと生前、聞いていた。
警察にも不信感が募った。親族への連絡の前に家中を捜索したようだった。着いたとき、息子は着替えさせられ、布団に寝かされていた。遺書もなかったと言われた。
田中は人をうらみ、救えなかった自分を責め、やり場のない怒りで暴れた。何度も昏倒した。次男は母の死を恐れた。トイレでも風呂でも、ドアの前に立ち「大丈夫?」と声をかけてきた。
死にたかったが死ねない。カウンセリングを受け、僧侶の話を聞き、占いを回った。助けになりそうな本を次々読んだ。
仏壇の前で泣いていると次男に言われた。「僕が死んでもそんなに悲しんでくれる? お兄ちゃんみたいな優秀な人間が死んで、僕みたいな駄目なのが残ってごめんね」
はっとした。支えてくれている次男を忘れていた。それからは笑顔を取り戻そうと努めた。
大切な人を亡くした同じ思いの遺族に会いたい。次男が探してくれた福島の会に出かける。初めて胸の内を打ち明け、少し楽になった。だが仙台にはそんな会はない。
「誰かに作ってほしい、私を助けてほしい」。あちこちに要望したが、動かない。「だったら自分で作るしかない」
癒えぬ悲しみ
健一の自死から8カ月後「藍の会」を始める。藍は警察官の制服の色。息子は仕事に誇りを持っていた。いつも息子と共にという思いを込めた。
電話番号を公開し、時間いつでも遺族の電話をとる。「私自身が今でも夜や明け方に悲しくなって思い惑う。そんな時間に支援機関は電話に出てくれないから」
各地の遺族の会の立ち上げも応援し、08年には全国連絡会を組織する。
地元では遺族が語り合う「分かち合いの会」、それを卒業した人の「茶話会」、サポーターも交えた「サロン」を開く。
遺族には柔らかな笑みを絶やさない。後追いだけはさせないという強い意志が、その奥にある。
活動の中で直面したのは、自死した人と遺族への差別や偏見だ。
例えば行政の担当者や支援組織から「自殺は貧困や無知が原因」という発言が頻出する。自死者は「人生の敗北者」であり、遺族は「敗北者の家族」とみなされる。
政府の自殺総合対策大綱は「多くが追い込まれた末の死である。(略)様々な社会的要因がある」としているのに。
07年から08年の自死遺族支援全国キャラバンで、支援団体は「泣く遺族」の登壇を求め、多くの遺族が壇上で号泣した。田中は批判する。
「遺族は運動の道具にされた。こんなかわいそうな人を出さないために自死を減らそうと。哀れむべき存在だという差別感を強めました」
田中はこうしたスティグマ、(社会的烙印)と徹底的に闘う。「自殺」を「自死」に言い換えるという提案もその一つだ。
「自らを殺す」という自殺は「自由意思で実行した身勝手な行為」という偏見を生む。提案は実を結び、宮城、鳥取、島根県や仙台市などが「自死」に切り替えた。
賃貸物件の賠償請求もスティグマに起因する。「けがれた死という烙印です。家賃減額分や改修費用で何百万、アパートの建て替え費用として1億円以上請求された例もあります。泣く暇も与えず火葬場まで来る」
法律家や医師らと「自死遺族等の権利保護研究会」を作って法的問題を検討し、遺族と支援者のための手引書も作成した。
「優しい人が優しいままに生きられる社会に」。そう願って走り続けてきた。田中自身の悲しみは癒えたのだろうか。
「私は幸せになることを望んでいません。悲しみはそのまま。回復するとすれば息子を生き返らせてもらうことだけれど、それはできない」。いったん言葉を切った。
「親として助けられなかった。息子が生きていた頃のような青い空は見えない」(敬称略、文・佐々木央、写真・尾形祐介)
メモ
自死は1998年から14年連続で3万人を超えたが、2018年は警察庁の速報値で2万598人と9年連続減。それでも年間2万人以上の自死が、遺族に深刻な打撃を与えている。
自死遺族等の権利保護研究会による手引き「自死遺族が直面する法律問題」は、死後に起こる現実的な課題への対応を平易に解説する。
例えば賃借アパートで自死し賠償請求されたケースについては、法的根拠やその不当性を説明した上で、裁判や交渉で賠償額を圧縮した実例を紹介。他にいじめ・体罰による自死、過労やパワハラによる自死、鉄道での自死といった類型ごとに実態や対応を示す。