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法話の会の会場~奈良から尼崎に変更です


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10月の法話の会の会場が変更になりました

10月28日 浄土宗布教師による遺族むけの法話をきくつどい 開催のお知らせ


【緊急】開催会場が変更になりました
10月28日(土曜日)兵庫県尼崎市 成道山 「法輪寺」 にて


浄土宗布教師による遺族むけの法話をきくつどい

を開催します



10月28日(土曜日)
成道山 「法輪寺」
兵庫県尼崎市武庫之荘4-4-10
阪急神戸線 「武庫之荘駅」 徒歩9分
14時30分 受付開始

15時00分~17時00分
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小林節先生


小林節先生と懇親会で・・・

10月13日 自死遺族等権利保護シンポジウム
  日本プレスセンターで開催

基調講演 憲法学者であり弁護士でもある小林節先生

  パネルディスカッションは
  自死遺族等権利保護研究会のメンバー
大熊弁護士・斉藤司法書士・和泉弁護士

    選挙で会場の変更・時間の変更になったけど

      内容はこれまでに例のない 憲法という観点からの
   自死と自死遺族について

  憲法第13条 私たちはみな個人として尊重される
自分が自分であること
卑しめられないこと

日本国国民の権利である 

 また自死というものは 誰しも人間として生まれたら考えたことのない人はいない
   人間として普通であること

複雑な社会の中で心の波長を狂わされたにすぎない
   心の波長を狂わすほどの苦しみを与えたのは社会である

苦しんで死んで逝った人を非難すべきではない
  さらに
残されて最も苦しんでいる遺族を責めるべきではない


  自死は社会の問題として国が位置付けているのだから
   社会の責任である

故人や家族の責任にするべきではない

 人間社会の中でだけ起きるのが自死
動物と違うのは
 想像・創造の能力が動物にはなく 人間にはある
 知恵のある人間だから 自死はある

   人が人を侮辱する行為 は 許されない

個人の尊厳は侵害されてはならない

   等々

   納得のいくお話でした。

全国自死遺族連絡会のホームページに動画が掲載されています

    自死遺族等権利保護研究会のメンバーにも加わってくださるとのこと
      ありがたいことです

  自助グループを 全国自死遺族連絡会を排他的団体と言いふらした人たちがいましたが
     たくさんの
    志の高い人たちが協力連携してくださっています

    「わかちあい」だけは遺族だけで行うべきですと主張してきました

   「わかちあい」ですから
      同じ気持ち・同じ苦しみ・同じ悲しみ・・がないと「わかちあい」はできないからです

    支援者と何を「わかちあう」のでしょうか
  支援者は
  わかちあい以外にたくさん必要です

    専門的な分野・・・の支援です

       「わかちあい」は遺族同士ができます

   遺族ができない分野を遺族以外の専門家にお願いしてきました

     自死遺族等への差別問題は
    法の中にも存在する大きな問題です
     
      差別がある社会  

 人にやさしくない社会
      だから やさしい人たちが追い込まれて死んで逝く

   そんな社会を少しでも
    やさしい人たちが やさしいままで 笑顔で
  生きられる社会を目指したい
    そう思い続けて活動をしてきました

     小林先生という仲間が増えました

     頑張ります!p1080277.jpg

選挙かぁ~~~今年・市長・知事・衆議院・・

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いよいよ明日
    選挙のために衆議院議員会館が使えず
       小林節先生の計らいで日本プレスセンター9階での開催となったシンポジウム
  14時開催が12時開催と変更

     変更前にチラシ等でお知らせして・・・変更の情報が届かない人もいるかもしれない

    全国自死遺族連絡会として
全国自死遺族フォーラムにつづく大きな活動は今回のシンポジウム

フォーラムは一年に一度遺族が全国から集まり
  遺族の声を伝え 自助グループの研究者と共に自助グループの活動を伝える

 シンポジウムは法律の専門家と共に
   自死遺族の差別的問題・法的支援の問題等を伝えるため

  二つとも自死遺族としては大切なもの

   自死を減らしたい  ゼロにしたい
  
     と思う

 若者の死亡原因 一位自死
    そんな国 は 日本だけ

  自死の問題のど真ん中で活動をして
 様々な問題と向き合って
     社会全体を見るようになって12年近く
  矛盾だらけ
    介護施設も含めて 一般庶民は大切にはされていない
医療という名の虐待が行われているのも事実

  知らないという事は罪である・・という言葉がある

  そうだと思う

  みてみないふりをすることも罪である・・・という言葉もある

自由は誰かが保証してくれるものではない
   それぞれが個人を自覚して守らないと自由はあっというまに権力に支配される
   
   いつの間にか 正社員が少なくなり
     派遣社員が増え
  実質給料は下がり
     結婚できない若者が増えている

   子どもの精神障がいが3倍に増え
    おとなの精神疾患も5倍に増えた

   増えたというより 枠が広げられた

    うつ病や発達障害の早期発見・早期介入・・・

 それで 誰が幸せになったのだろうか

   医師と製薬会社・・・だけ が 収入が増えて満足

    介護施設も  年金暮らしが入所できる施設のほとんどで
       エビリファイが使用されている

    高齢者は錠剤だとのみにくいので
       液体にして スポイトで飲ませている

     ゆっくりと歩けた人が歩けなくなり
         何とか排泄が自分でできた人ができなくなり
  会話もできなくなり
     ボーっとするようになっていく

   なぜそんな薬を飲ませるのか

   少ない人数で 多くの人の介護を可能にするため


ウロウロ  と ゆっくり 歩いて ケガでもされたら困る
    付き添わなければならない

   だから 
おむつをさせて  時間になったら一斉におむつを替える
 夜は
   静かに寝かせておく  できれば昼も・・・
   
  ヨタヨタと自分でトイレに行かれたら困る    
そのための統合失調症薬の処方

お金持ちは
  有料の介護施設へ行く
   
    介護施設は多額の金額を支払ういいお客さん
     だから  長生きしてもらいたい
       だから 丁寧に扱う
     評判も気になる だから丁寧に扱う

社会の仕組みってこんなもの

  子供たちにも 麻薬と同じ精神薬を処方している

    大人になってから 働けない
     そりゃそうだ
   麻薬成分で脳が破壊されているんだから・・

 そうやって 若者の精神障がいでの生活保護と障がい者年金受給者が年々増えている

     働いたとしても
      サービス残業が多く

    24時間サービスという仕事が増え
         夜ねないで働く人が増えて行く

    いろんなことが 見えてくる

    人にやさしくない社会だと気が付く

 一人でもがいても仕方がないのだが

    一人  一人  一人

     同じ思いをした人が増えて行ったら

      人にやさしい  本当に意味での豊かな社会になるのでは・・・

  そんな思いで 今は生きている

   息子が逝ってから 自分の無知を知り
    みてみないふりをすることを やめようとおもっている

     記者クラブにある情報の投げ込みをしたが 反応はない
選挙一色
  選挙・・選挙 選挙
        人のいのちよりも 選挙

   なんだかなぁ~~~


自死遺族等への差別問題とは何か?

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自死遺族等への差別的問題
 自死への自死遺族への差別って・・なに?
   と思う人たちがほとんどです

   自死遺族になって初めて感じる自死への差別と偏見
     自死遺族になる前は
    自死が報道されたり 
      周りで自死がおきても
 遺族という立場にならなければ 差別と偏見はあまり感じることはない

    遺族だから受ける差別的問題は法律の中にもある
法は人間平等といいながら
    実は差別が潜んでいる

    法は平等ではない

      わかりやすい法的差別は
生命保険の免責期間

 いわゆる 生命保険の契約をしてから
   どのくらいの期間で死亡したら保険金が支払われるのか・・・

 今日契約して今日死亡では保険金は支払われません
 通常(各保険会社や保険内容によって異なるが)病気や事故、震災等で死亡の場合は
 半年・10か月以上過ぎていたら満額支払われる
   がしかし
自死の場合は(契約書に書かれてありますが)2年~5年以降の死亡でないと支払われない

    契約して1年半で亡くなった場合  自死以外は支払われますが自死はゼロ
       
    明治に策定された商法に
   自殺は故意の死であり・・・と・・・あります

  故意 ・・・自ら望んで・・わざと・・・自らの意志で・・・
            
    死にたくて死んだんだから・・・

保険金目当てに死んだんだろう・・・という意味

     保険金目当てに自死する人が  そんなにいるとは思えない
       3万人のうち。。どのくらいいるというのだろうか

   むしろ  保険金目当ての殺人はあると思う

   話題になった事件はたくさんあります
     発覚しなければ 完全犯罪の殺人・・・
       自死という判断をされて
    実は 殺人という事はあると思う

   それを考えたら  自死は故意の死であるから
免責期間を延ばすではなく
    保険金目当ての殺人を起こさないために 長く設定するという事の方が理屈に合う気がする

しかし
商法は 故意の死である・・・としている

    健康保険さえも 自死の未遂では使えない場合もある
 
     故意にけがをした 故意に傷つけた
   故意に未遂をした・・・
        故意に脳梗塞状態になった・・・
故意に半身不随になった・・・
    治療費は全額本人の負担

未遂で
  植物人間状態になった未遂者は健康保険の対象にはならないことが多い

故意だから・・・

   ただし 最近は
精神医療機関にかかっていれば健康保険の対象になる

  これも矛盾である

 なんでもかんでも精神科の治療を受けていたら
     認められる
労災も同じ
  過労自死も同じ
精神科に行ってさえいれば 認められる

震災関連自死も同じ

    差別の問題のほんの一部の話です

  こんな差別的問題を 2008年から国に要望してきました
    遺族からの相談も受けてきました
具体的解決のための「自死遺族等権利保護研究会」を作り
 「自死遺族の総合支援センター」をたちあげ
   法律の専門家につなぎ 出来る限りの対応を・・

  社会への周知の方法の一つとして
   シンポジウムを開催してきました

   今年は選挙のために衆議院議員会館が使用できず
     日本プレスセンター9階での開催となりました
 日本記者クラブ の 会議室です

 憲法学者の小林節先生の講演

     12時からです

日本プレスセンター 千代田区内幸町 日比谷公園そば
  
   差別的問題とはなにか・・・

   ぜひ 知ってほしいと願っています

  

誰も自死に追い込まれることのない社会の実現を目指す

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自殺総合対策大綱

~誰もが自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して~

多くは追い込まれた末の死である

   と大綱に掲げられている

しかし 今も  ほとんどの人たちは
   自死は個人の自由意志という概念をもっている

   死にたくて死んだのだ・・・とおもっている

      その一つ
「死にたい気持ちに寄り添って」
 「死にたい人たち」
    死にたい人という表現をする
      
「死にたい人」ではないのです

  何にも苦しみもなく、悩みもなく、幸せなのに
       「死にたい」人がいたら 精神的な病だと思う

何かがあるから「死」を考える
     
  人間の本能は死にたくない・・・が最も強い

     死にたくないのが人間

  悩みもなく幸せで苦しみもなく幸せな人が
   死にたいなら 人間を超えた特殊な人

    動物はみな死にたくない
   人間も動物  生き物  

生き物はみな死にたくない
   
     死にたい人が死ぬというなら
  自死した人たちは 人間ではないとでもいうのか

    特殊な人間とでもいうのか

 特殊な人間が3万人もいるのだろうか

     本来の人間としての精神本能を考えたら

        死にたい人なんていない

    なぜ   死にたい人・・・という表現をするのか

 それは
   人はすぐ死んだほうがマシ
   死ぬほど苦しい  死ぬほど痛い
      痛みや苦しみを「死」という言葉で普通に表現する人が多いから

    死んだほうがマシなら なんですぐ死なないのか
      マシな方を選ぶはず
死は生よりもマシではないから 生きている

   死にたくないから病院に行く
     死にたくないから薬を呑む

  死にたくないから精神科に行き  自死
  
     刑罰の最も重いのが死刑
  なぜ
    死は人間が最も恐れるものだから

 生きていることが死よりも
    恐れるものなら 
  人間は滅びている

   生を受けた途端 全員死ぬから

   死にたい人たちが自死するのではない

    死にたい人はいない

何にもなく幸せなら

     いつまでも生きていたいはず

   死は恐怖
 だから
不老不死を望む権力者もいた

   人間の欲望のトップは 不老不死

    なのに
なぜ自死

  死の恐怖を超え
  死の苦しみを超える 苦しみが社会にあったから

   死の恐怖心を超える 苦しみは誰が作ったもの
  それは
   人間   社会は人間が作ったもの

    人が人を追い込む社会

   苦しみや悩みがあっても
  ほんの少しの幸せがあれば死なない

  一瞬も楽しくないこの世での時間が永遠に続くように見えたら
 終わりたい
  と思うかもしれない

   楽しいことを思い出させないほどの苦しみを
  生きている私たちは知らない

     死んだ人にしか 苦しみはわからない

生きている人は  想像するしかない

でも
死にたくない・・生きていたい・・と

    最後まで苦しみ悲しみ悩んだ・・・結果だという事はわかる

だからこそ
 今なら  助けられる・・と思う

 その助けられる・・という思いを 集めたら
     予防も防止もできる・・・

どうしたら 救えたのか・・・

 なぜ  偉い人たちは 遺族から
   後悔と懺悔と悲しみと苦しみの中から得た知識を
       学ぼうとしないのだろう

ホントは  自死をゼロにしたくないのかな・・・

       

眠れない夜に 思うこと

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普段の生活の中では悲しみを表面に出さずに生きている

 ごまかし だましだまし 生きている

    それが

   悲しみなんて他人事~
     勉強しないと悲しみなんて理解できない人たち
       が
   偉そうに 悲しみについて語ったり
  遺族について説明したり
講演したり ネットに書き込んだりしているのを見てしまうと

  身体の奥から 悲しみが噴き出してくるのを感じる

    悲しみという真っ赤な血が  
               痛みと共にながれて くる

 フツフツと 怒りが湧く
    ケアとか支援とか言っている人たちに

  私の悲しみのケアが  
幸せで悲しみなんて勉強しなければ知らない人に
   できるわけがない

 そもそも グリーフのケアなんて 存在しない

  悲しみは愛しさと共に

   息子への愛が 私の悲しみ

   息子への愛を 他人がどうやってケアするのか
        親子の愛に 他人が入り込むなんて

     大阪ボランティ協会の出版の本に
  尊敬する上智大の岡先生のエッセイがある
「知らされない愛について」

その最初のページに
 大阪ボランティア協会の人が書いた
発刊にあたって
 という文書がある

やさしく想いやるのある文

 『心はどこにあるのだろう」
・・・・・・
・・・・・・・  ・・・・・

心はどこにあるのだろう
「心は;間;にあるんだ」
 花を見て美しいと思う心は
   花と私たちの間に起こる
   理不尽な出来事に遭遇してその事実を前にした自分に
  怒りの気持ちが沸き上がる、そういうものなのです。・・
・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ********
悲しいという心は
   息子と私の間にあるもの
悲しいという心は 息子を愛しているから

   戦争でたくさんの人が亡くなっても
      事故でも・・・
 自分が愛する人でないから
    息子を亡くした悲しみにはならない

  愛がそれぞれ違うように
  悲しみもまたそれぞれ違う

    そんな 悲しみを

     私の深い悲しみをケアなんて  
   笑い話です

      しかも 悲しみのケアは疲れます
  とか
   悲しみのケアをすることは 自分が豊かになれます
 とか
    悲しみのケアは喜びです

とか
  悲しみのケアは 人生の幸せです
  なんて
       発言されると

     いや~~~な 人間になってしまいます

    あなたの愛する人が 亡くなっても

      グリーフケアは幸せだと言えるのか
        喜びだといえるのか・・・と思ってしまうのです


   仙台市のいじめ自死の調査委員会の委員の選考が進まず
       教育局の対応が のらりくらり
          やる気ゼロに態度

  3人の中学生が亡くなっても
      全くやる気のない大人たち

      そんな 暖簾に腕押しの 
  煮え切らない  嘘ばかりの対応に
      心が悲鳴を上げる状態になっているのに

なんとかグリーフケア研究会の代表が
    神経を逆なでするような発言

      ナラティブスピリチュアルケア なんて 意味不明なセミナーを開催

   厚労省と何とかリンクが 理解不可能な自死の予防というトップセミナーを開催予定

      なんとか心のセンターは
子どもの心のケアシンポジウムを オーストラリアと韓国から講師を呼び開催

    ここは日本 しかも東北

 こんなことばっかり

    明日は13日のシンポジウムの資料の印刷

    知らなければ
        遺族がどのように思われているのか 
   支援はどうなっているのか
   知らなければ・・いや・・知ったとしても

      許せない・・・という気持ちにならなければ

       むすこへ愛と悲しみだけで 暮らしていたのかもしれない

    今月は 仙台市の自死の対策会議もある

  闘いです  会議は闘いです

   虚しくなるとわかっての戦いです

   お兄ちゃん  カァチャン  頑張るからね

   一緒にいるよね・・いつも

無神経な人たち

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シドニーの自死遺族支援の会議の3日間の中で
   グリーフという言葉は聞いたけど
グリーフケアという言葉は聞かなかった

  日本が異常にグリーフケアという事を信仰している気がする

   アメリカから参加していた人たちも  グリーフケアという言葉は言わなかった

     日本人は
悲しみにはグリーフケアが必要である・・と
   どこに行ってもグリーフケア
 誰もがグリーフケア

 グリーフケアを学んでいることがステータスのよう

     グリーフケアを学んでいる人たちには なんとなく同じ傾向が見える

彼ら自身が 人生に満足感を抱いていない

  だからこそ  人の不幸 人の悲しみ  を
       上から目線で ケアしてあげます・・なんて思っているのではないでしょうか

 自分の子供が突然自死しても

    グリーフケアで癒されるのでしょうか

      一か月一度 2時間のセッションで
         ケアされるのでしょうか

    しかも それが 喜びになるのでしょうか

      人の悲しみをケアする

     という人が  人の悲しみに接して  喜びを感じるとしたら
        心が歪んでいます

      一緒に悲しくならなくていいけど
(同じように悲しくなるはずがありませんから)

        喜びや心の豊かさを感じるのは 
            人として歪んでいるとしか思えません

    趣味として学ぶのは自由ですが
      
悲しい人たちを癒やす魔法のように 宣伝するのはやめて欲しい

   悲しみで全身が染まっているときに

      いかにも 救い人のように
  癒し人のように   手招きして 誘い

    他人の悲しい話を聞き
        自分と比べて 「かわいそうな人」「不幸な人」
                    「あわれなひと」
それに比べて
  私は幸せだわ・・・誰も自死で亡くならないし

     なんて・・・

    多分考えている

 だから  遺族支援をすることは人生を豊かにしてくれること
      グリーフケアを学び実践することは喜びであるなんて
    平気で講演し。平気でfacebookに書き、本にも書ける

  デリカシーの無い人たちが
      グリーフケアを広めているのではないかとさえ思う

     繊細な心の人たちは
   悲しみを抱えている人たちに
  ズカズカ寄ってこない

      土足で踏み込んでこない


   悲しい人たちに何もできない 無力であるといいながら

      寄り添うことはできるというが

     寄り添うってなに?

  12年になっても 
悲しい私の心に 
この悲しみのどこにどのように寄り添ってくれるというのだろう

 漠然と きれいごとで
  寄り添うなんて 言葉は使わないほうがいい

    寄り添えませんから・・・深い悲しみに・・・



      

どうしようもなくかなしい日

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どうしようもなく悲しい

   どうしようもない

    涙が込み上げてくる

健一がいない

  お兄ちゃんが死んだ

     わからない

今年・・・もうすぐ 12年になる

  いまも・・

どうにもならない悲しみに襲われる

   今日は 悲しみにつかまってしまった

    昨日・・・支援者たちの講演を聞きに行った

川崎まで・・・

   グリーフケアの著名な先生の話も・・・聞いた

     浅く・・薄っぺらい

   書くことと講演を生業としている人の話も聞いた

      東日本大震災の話を一人の人はしていた

    釜石・・・のこと

     浅すぎ・・・

       3月12日から・・・・遺体安置所や被災地で遺族が泣き叫ぶ様を・・茫然自失のさまを
                     観察しているだけ

       じゃま・・です  そんな人

         そんな時 グリーフケアも じゃまです

      東日本大震災の現場にきて
       人々が混乱し、悲しんでいるのを傍観して観察だけしているジャーナリスト

       血も涙も感じられませんでした

        支援者が豊かに…満たされる


      幸せな人たちが  悲しみ苦しんでいる人たちのケアをして
         心が満たされて  満足感を得る・・・
       人生が豊かに感じる・・・って

       遺族の悲しみは  幸せな人たちが 満足するためにあるのではない

         私の悲しみ
       息子が死んだこと

        支援者の人生を豊かにするために 息子は死んだのではない
        
    あさいあさい・・・愚かな発言に  笑うしかない

     ある精神科医・・・二人

    この人たちのほうが 苦しみや悲しみを抱えた人に対しての配慮があった

       昨日の今日

   なんか どうしようもなく かなしい

     どうして  死んだのかな・・・

   愛していたのに・・今も愛しているのに・・・


    心の底から 愛して続けているのに・・・

        大切な大切な子供です

       かけがえのない  たったひとりの大切な健一

    うすいあさい言葉で 慰めてほしくない

     私の大切な息子の命が軽んじられている気が・・・

  今日は  どうしようもなく 悲しい日
明日は
  うまくごまかせるかな・・・悲しみを    

   


   

10月13日 日本プレスセンター

160509_小林節氏代表-政治団体設立記者会見

憲法学者の小林節氏の基調講演

   2部は自死遺族等権利保護研究会の弁護士と司法書士の報告

      3部は全国自死遺族連絡会の報告
時間変更
   10月13日 金曜日  12時から14時半まで
     第6回自死遺族等の権利保護シンポジウム

  場所 日本プレスセンター 千代田区内幸町 日比谷公園近く (日本記者クラブ)

  選挙のために当初予定の会場(衆議院議員会館)が使用できなくなり
      延期にしようと悩んでいたら

小林先生が 会場を確保してくだいました。本当にありがたいことです

    議員の参加はゼロになるでしょう・・もちろん秘書も・・・
   残念です

   小林先生のご厚意に報いるには 一人でも多くの参加があることです

        遺族の皆さん  ぜひぜひ ご参加ください
         私たちの愛する自死した人たちのため
        私たち遺族のために
                 遺族でない人たちが 差別と偏見の是正のために
                     頑張ってくれています

       普段はなかなか入れない日本プレスセンターの10階ホールです

          小林先生の講演もなかなか聞くことができないと思います。


   私が送った資料を何度も読んでくださり
   深く悩んでいます・・という事でした

   確かに人権侵害です・・が
    文科的背景もあり  便乗もあり

    立法が必要です

  と   お返事をくれました

       自死遺族等への法的差別問題は 憲法ではどのような取り扱いになるのか・・・

              そんなお話をお願いしました。

      刑法の学者で
        ヘイトスピーチ禁止法の制定を叫んでいる人でさえ
        自死は犯罪だ!という人もいます

         自死の多くは追い込まれた末の死であるという
ことを   国が大綱や基本法で掲げていても
  ほとんどの人たちは
     故意の死である という認識です

         そのために  自死遺族は自死という事を語れずに
     嘘をつきながら・・・生きています

           自死であることを親戚にさえ言わずにいる遺族も多くいます

     自死した人たちの尊厳を守るためにも
           差別と偏見はなくしていきたいと思っています

      10月13日
           一人でも多くの皆さんにおいでいただきたいと

        願っています

      どうぞどうぞ よろしくお願いいたします。       

頑張ります

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 9月はメチャクチャ忙しかった

 10月も・・・

   明日はいじめ問題で市会議員と会う

   4日は東京
         13日のシンポジウムの会場の下見と
    シンポジウムのチラシのポスティング

        そして 5時に上智大学へ

       5日は藍色のこころサロン

         7日は川崎市  8日は石巻市

  その間に  電話相談・・
       資料の作成
     
   仙台市の会議
         円卓会議

  県の会議も近いうちに・・
  角田市も・・・

       12月の講演の準備
          ありがたいことですが 12月は3回の講演がある

        ワンストップ事業・・司法書士会・・仙台
    
   徳島市にも・・自死への差別問題・・・

      学校でもお話をさせてもらえることになった

       茨城・・・

    8月には水戸・・さざれの集いで講演

        講演や例会・シンポジウムやフォーラムを1年に20回ほど開催する
            司会や進行役・挨拶だけがほとんど

          自死という問題を通して  社会の理不尽さや矛盾を広く感じてきた

             ハッキリと 真実を指摘する私の講演は
                        苦手と思う人も多いような気がする

    でも 私は  ウソを言うつもりはない
    おべんちゃらを言うつもりもさらさらない

        詭弁は 嫌い
              息子が生きていたら  適当に愛想のいい人で生きていた私

    いくらでもお世辞は言えるし 合わせられる
          でも
        息子が逝き 人生は変化した

           お世辞で パフォーマンスで  きれいごとで
     自死は減らない 
      遺族の問題も解決しない

          本気で減らしたい
       本気で生きていてほしいと願っている
             本気で活動をしている

     いのちを削る想いを籠めて

     人が人を追い込まない社会に・・・

 ずるがしこい人が真面目な人を追い込まない社会に・・・

  やさしい人がやさしいままで 笑顔で  生きられる社会を目指して・・

     明日も頑張ります           

                

自死という死への偏見と差別と誤解

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長男が自死で逝き
  今年で12年

活動を始めて11年と半年


   自死遺族たちはブログ等で声をあげている

   いじめによる自死で学校に情報開示を求める遺族も増えてきた

 労災の申請も増えてきた
     
      しかし 自死した人やその遺族への
    差別的問題や偏見の是正
       不動産の売買や賃貸物件の賠償金問題
           お祓い問題
      〇島〇ル問題

      健康保険や生命保険  住宅ローンの団体保険
  
    自死は個人の責任  死にたくて死んだ人たちという味方
  遺伝
   血・・・貧困  
     精神疾患
           知識の乏しい人たち

    仏教ではそもそも誰も成仏しないのに(成仏ではなく往生するが正しいのです)

     死んですぐに仏にはならないのです誰も・・・

      仏に成る修行を積むのです・・・

  阿弥陀様という仏様が存在するという事は
     全員が西方極楽浄土に往生できるのです

      しかし  きちんとした知識を持たない多くの人たちは
          成仏できないとか言っています
      成仏できないという人こそ  知識のない人たちなのです


    そもそも 生命保険目当てに 自死する人って
         どれほどいるのでしょうか
   むしろ
   生命保険目当ての殺人はあるかと思いますが・・・

     生命保険の免責期間が他の死よりも長いことが 死の差別です

        善管注意義務違反って 
心理的瑕疵って

     気味が悪いって…祟るって

   祟りませんよ
  祟るくらいなら自死しません

        生きて復讐したほうが効果がありますから

       死者は何もしません そんな力はありません

 あったら  殺された人が  殺した人を呪い殺せます

     殺人者が  捕まらずに ぬくぬく生きているんですこの世は

   戦争で多くの人を殺した人が
  孫を抱いて 幸せな老後を送っています

     虐殺した人も  幸せに元気で生きています

  遺族も様々
  金持ちもいれば貧乏な人もいる
     病気の人もいれば 健康な人もいる

      優秀な人もいれば  そうでない人もいる
 悪人もいれば善人もいる
   さまざま  さまざま

       自死遺族はこんな人たちである・・という決めつけをするのはいかがなものか

          という事を 国に対して訴えてきました

       自死遺族とは・・・と決めつけるのはやめてもらいたい・・と

        国が自死遺族支援という事に毎年1億円の補助金を用意している
         それも
    自死遺族の自助グループ活動支援等

          自死遺族の支援という名目で税金を誰がどのような支援に使っているのか
                 知る権利が自死遺族にはあります

     ほとんどの遺族は 興味もないと思います

  

      自死した人たちを 蔑み 穢れた死・・・地縛霊のような扱い・・

       また、遺族の事も蔑み
      小馬鹿にし・・・哀れでかわいそうな人という目で見て
          特殊な人たち・・・と言われていること    
                            私は 許せません

    息子を蔑むことは許せないのです

       こんな思いで 国に意見を言い 国に要望し
          国の対策の間違いを指摘し
             生きてきました

       自死遺族がさげすまれないように

  自死者がさげすまれないように

      自死遺族を特別視しないように
           自死者を死にたくて死んだ人と言われないように

        追い込まれた末の死であること
         死にたくないのが人間であること
   自死した人も人間であること

    頑張って生きて 生きようと頑張った人であること

       これからも 伝えていきます

    
プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
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仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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