楽しい学校生活が・・・苦痛になるのはなぜ・・・

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児童生徒が自死

   調査委員会が立ち上がるケースが増えた

 親である遺族は学校に何を求めるのか・・・

     子どもは楽しく小学校に通い 家でも楽しく学校生活を語っていた
        中学に行き・・・あんなに楽しかったはずの学校に行くことが苦痛になって行き、
          徐々に学校での笑顔が消えて・・死んだ

   彼にとってそれまでは学校は楽しい場所だった
                                  
   楽しい学校生活が苦痛になった原因はなんだろうか

      友達に会える 学べる 部活ができる
        楽しかった学校

     学校に行きたい
         でも 苦痛・・・
     なぜ苦痛になったのだろうか

      小学1年からずっと苦痛で嫌々学校に行っていたのではない

       中学のあのクラスに入る前は 学校に行くことが楽しく幸せだった

    そんな子が  どうして何があったのだろうか

  何もなければ  今も楽しく学校に行っていた

      なぜ 楽しかった学校が死ぬほどの苦痛に変わったのか
       学校で何があったのか

        それを知りたい

       と 訴えたらいいと思う   

    そして
      調査委員会の冒頭に遺族の望みを訴える時間を設置してもらうべきであり
         遺族は傍聴の権利を主張するべきです

    泣き寝入りをしないこと
   やるなら 穏やかに強かに・・・権利を主張
   ・・中途半端に学校に温情を感じることはない


子供は 学校に行きたかった

    楽しかった

   学校生活がどうして 死ぬほど苦痛な場所となったのだろうか

       もともとは 楽しかった学校

     学校行きたい でもつらい
       つらいけど 行きたい

      希望を捨てず 少しでも居場所があるかもしれないと頑張って学校行き
         また苦しくなり・・・
             でも頑張って 学校に行くために頑張り
   また 苦痛を与えられ
     ・・・でも 頑張って・・・

     ピーンと張りつめた細くなってしまっていた命の糸が プツンと音を立てて切れる

        それほど追い詰めた要因は何だろうか     

     学校は楽しく学べる場所でなければならない

       大人の面子のためにあるのではない
         一部の子供の満足のためにあるのではない

   学校がたとえ一人の子供でも苦痛を与える 場所であってはならない

                   
   
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悲しみと精神薬

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家族の自死後に
 精神科に行き、精神薬を飲んでいる遺族が多いと聞く
 残念です

  半年程度飲んだとしてもそれ以上は飲んでも仕方がない
  ただ
  飲んでいるだけに過ぎない

   悲しい気持ちは普通
  悲しくないのが異常
悲しみでは人は死なない
  眠れないというが 睡眠時間ゼロではない
 思うように眠れない
   満足の行く眠りができない
   という事だと思う

   睡眠薬も癖になる
  精神薬も癖になる
 なんとなく飲まないと不安

    依存である

依存からの脱却は 自分の意識・・が重要

  キツイ言い方をすれば
      精神薬でボーっとして 自分を楽させている
     岡先生のエッセイの中で遺族の事を書いたものがある

     岡先生に別な事で頼みに来たのだが
       子供を自死で亡くしている事を聞き
    少しでも楽になるのではないかと思い
       ある会を勧めた
その時その人は
  「楽になろうとは思いません・苦しくていいんです」と言ったという

     私もそう思う

   苦しくていいんです 悲しくていいんです

  息子は もっと苦しんで逝きました
  息子は悲しんでかなしんで泣いて泣いて逝きました

    もうこの世にいません
      
 私は なんだかんだ言いながら生きています
   ご飯も食べています
    満足いくように寝れないなんて 大したことではない
  寝れなくて死んだって仕方がないけど
    3日もすれば 眠くて 睡魔に襲われてしまう
   
    どれほど 自分を甘やかせたら満足するのか・・と思うほど
    人は自分に甘い
  苦しみも悲しみも 息子への愛
          
息子の死によって沸き起こる悲しみはどんなに悲しくても忘れたくない
   
  息子に ああ~~~そうなんだ
       カァチャンは 自分なんだね
         
悲しい悲しいと言っても 所詮自分なんだね・・と言われたくない

    助けられなかったという自責の念があるなんて言いながら
       親らしい言葉を言いながら
     やっぱり子供より自分の気持ちが優先

    そんな自分になりそうな時があり自己嫌悪でいっぱいになる

    それでも  美味しいものを食べたくなっている自分がいる

     笑えたりする自分もいる

      元気になっている自分がいる

お墓に毎日行かなくなった自分がいる

     なんだかんだ言っても 自分に甘い

   息子をいつも思い
     切なさで息苦しくなることもある

    力が抜けて 歩けなくなることも今でもある

     それでも 私は精神薬は飲まない 絶対に

       悲しくても いつも思い出したいから
        苦しくても彼を忘れたくないから
   涙で前が見えなくなったとしても
      息子にごめんなさいを言いたいから

      私は生きているから
         息子の苦しみの一部しかわかっていないから

     だから 真正面から悲しみと向き合いたい
        息子から逃げたくない
  私の息子は死んだのだから
     楽にはいきたくない

  生きているということは  ごまかして生きている
    それだけでも 息子に申し訳ない

 これ以上 ごまかして生きないと決めている

    苦笑いする息子の顔が浮かぶから

このいら立ちは・・・

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人はそれぞれ
    遺族も同じ

17日の出来事
  シンポジウム準備中にけたたましい音量で流れていたうた
    自死というテーマのシンポジウム
      私にとって 息子の自死とガチで向き合う時間
        
   今月は息子の誕生日
       涙ぐんで臨んではいないけど
   楽しい時間ではない

      それが ずっと歌が流れていて・・・

  宇多田ヒカルのある歌

 朝ドラのテーマソングにもなった 自死で逝った母への歌

 なみだがながれた・・という人がいた
    人はそれぞれ
   歌に感動したという人がいた
      ひとはそれぞれ
涙もそれぞれ
      私はめったに涙が出ない  でなくなったというのが正しい

   うたを聞いて涙が出るって
         ・・・・・・・
ふ~~~ん
     息子がうたっていた歌に胸が締め付けられることはある
         息子が逝ってから はじめて聞いた歌に 感動しない
    なみだなんて流れない

   息子への涙は出るが  他の涙は出ない

 亡くなった人への涙はあふれるが
      生きている人には  涙が出ない

  冷たいのだろうか
       なみだの沸点が高くなった気がする
    
   
 

   9日 長野でやまなみの代表の前島さんが泣いた姿が今も心に残る
  それは
   皆さんとの出会いに感謝します、娘が亡くなったことで出会えた皆さんに
      この素晴らしい皆さんとの出会いは娘が生きていたら出会えなかった人たちです 
          ありがとうございます
              こんな内容だった気が・・・

   やさしく思いやりのある そして信仰心の厚い彼の流したなみだ

      どんなに素晴らしい人との出会いも
           子どもが死んだことでの出会いは悲しい縁

      雲の上のような人たちとも出会って親しくさせてもらっている
         社会活動もしている

 でも  生きてさえいたら

 誰にも知られることのない
     平凡な主婦でよかった

    子どもが生きていたら 私が死んでもよかった

       生き生きとルンルンと活動をしている遺族に私はなれない

     死んだ息子に ありがとうの花束って・・・

     生まれてきてくれたことはありがとうだけど
でもでも・・・      死なせた・・・責任は重たい

       楽しかった思い出が 全て悲しみ

       うまれてきてくれてありがとうと言えるなら
          泣きながら・・・だろうと思う

      出会わないほうが幸せな出会い

        亡くなった人からのご縁

 お互いに縁がなかったら 幸せなだった・・縁

    産んだから…私の子供だったから
      あの時・・・こう育てていたら
   転校もさせてなかったら
      青森にいたら
             仕事も警察官なんて勧めなかったら
      後悔ばかり

      健一大好きだよ・・という意味でお花は供える
        好物のものも供える

     年齢の差だろうか
  それとも 亡くした人の違いだろうか

     なみだ色の花束というが
         花束って ・・・ 私は息子に供えられない

      花は12年間 仏壇が見えなくなるほど飾っている
   花瓶が8個 小さな仏壇は隠れてしまう

 でも ありがとう は いえない 悲しすぎて

     いつも ごめんなさい と 思う
         ごめんなさいの活動をしている

    17日のシンポジウムで遺族が映像と共に流したうた

うたを流してプレゼンの準備中 彼女は腰を振りのりのりだった
           この人との出会いは6年くらいだろうか
       でもこの温度差はなんだろうか

    

     私は酒でも飲まないと   のりのりで歌は聴けない
  歌は聴いても歌っても
       自己嫌悪に陥る
  
 講演も同じ  いつも自己嫌悪感でいっぱいになる

 何を偉そうに語っているのだろう・・・と自分を責める

     このプレゼンは  遺族以外の人たちには受けがいいようだ
        きれいで感動的 いい人・・・愛溢れる人・・・
                    
  私は 寒々しく感じる
    根性が曲がっているのかもしれない

  自死は   きれいごとで済まされることではない

      藤圭子も精神薬の犠牲者だ
          この彼女の夫も震災と理不尽な上司の犠牲者だ
  
     そして 私もだが
         助けられなかった 家族として生きている

      私の心には前島さんの涙を流しての言葉がストンと落ちる
いら立ちを覚えない
    ものすごく深い 感謝と懺悔がそこに感じる

         いろんな人たちと出会い いろんな酷い目にも合ってきた

    でも イラっとすることは少ない

       なんだろう
   わたしが精神的にダメージを受ける人の一人・・・?

     何がだめなのかなぁ

      多分相手もそう思っているだろう

         誰でも 大丈夫な性格だけど

                                
      健一 カァチャン 引きずられているね


  さて今日は東京
   心の通じる弁護士や司法書士の皆さんと(遺族も)
       いらだたない議論をして
    また 心を原点に戻して 頑張ります

悲しみを抱えるという事

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 愛する人を亡くし 人生が悲しみ色に変わったとき
    どうやったら この悲しみを抱えて生きていけるのだろう
      と
     遺族は思い悩む

   でも よく考えてみてください

    思い悩む力があなたにはあるのです

     生きて行けるだろうか・・と思う気持ちがあるのです

   24時間 一瞬も亡き人を忘れることができない
    悲しみで息苦しい

 でも 食べて・・寝て・・・お風呂に入って
    できなくなったこともたくさんあるけど
       やれていることも たくさん

   できなくなったことを数えるのではなく
  悲しくても
  苦しくても  つらくても  切なくても
    気力がなくても
  やれていることがあるのです

   仕方がなく・・といっても

    食べて  トイレに行って お風呂に入って
 洗濯して
 泣きながらでも
     やれているのです

   それが 生きるという事
   その一つずつの積み重ねが  悲しみを抱えて生きるということ

  特別な生き方ではなく
   普通に 生活をしていることが 
   遺族には
悲しみを抱えて生きていること


   抱えて生きていないと思っているのかもしれませんが
      日々 生きている事は事実

   捨てられない 悲しみを
      知らず知らずに 抱えて生きています
     
     身体の一部となってしまった悲しみ
       悲しみがあることが あなたであり 私・・遺族

    精神薬に逃げ道を探さないこと
    精神薬をトラックいっぱい飲んでも
     悲しみから逃げられないのです

    だって 身体の一部なのですから

 どこにいこうが たとえ記憶がなくなろうが
     愛する人を亡くした悲しみは消えていないのです

    それなら  しっかりと身体に刻み
   悲しみを自分の一部として認めることです

 ジタバタもがいても  悲しみは一緒

 覚悟を決めること

    亡くなった愛する家族を思うなら

     覚悟はできる

    生きている私の悲しみなんて 

 亡くなった人に比べたら大したことではない

本日は福祉プラザでシンポジウム

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今日は「宮城県自死遺族連絡会」
(県精神保健福祉センター・いのちの電話すみれの会・グリーフケア研究会・東北希望の会・藍の会)
   主催のシンポジウム

基調講演は杉山春さんテーマは「自死は向き合える」

    昨夜 私の配布資料を印刷し 準備
       「藍の会」の活動も含めて 全国自死遺族連絡会のlことも少しだけ・・と思っている

   また仙台での開催なので「いじめ自死」についても・・と資料を作った

    震災後 宮城県のマスコミは 自死については関心がなかった
   どんなにお願いをしても 取り上げられることはなかった

      被災者支援や 被災者の心のケア
          遺児の心のケア
   震災一色・・・
       被災地で自死がおきても 知らんふり
      以前よりも被災地では語れない死となってしまった

      自死は日々おきている
        
          しかし  自死の事には 被災地ではなかったことになっている

     同じ死なのに  なぜ・・・

     阪神淡路・・・日航機事故・・
        もうずいぶん前の事だけど 被災地の遺族は関心を寄せる
  しかし身近な地域で 自死が起きても無関心

    自死は自分で死んだ人
     被災や事故は 死にたくなくて死んだ人
   自死は好きで死んだと思うのだろうか
  ・・・
  多少なりとも 心のどこかでそう思っている
           と私は  感じている

   自死も好きで死んだのではない
  死にたくて死んだのではない

  東京で厚労省のシンポジウムがあった時
    貧困の活動をしているNPOの代表が
  「彼らはヘラヘラ笑いながら死ぬんですよ」と発言

   名古屋から来ていた遺族は震えながら反論
     
     そのうえ その人は 支援者はとても疲れると発言
  それに拍手をして賛同した教授がいた
      
  NPOとしての 支援は強要されたものではない
    疲れるなら疲れないNPOの活動をしたらいい

      遺族がいることを承知で発言したその人や拍手した教授の無神経さに腹が立った
(私も講演したので、遺族がその場所にいることはわかっていた)

     支援者の心得の一つとして
  当事者を前にして「あなたの支援をするのは疲れる」と言ってはいけない
    と私は思う

   しかし支援者支援という意味不明な事を重要な事だと話す支援者が多い
   グリーフケアの研修にも組み込まれている

  それを聞いて 支援者たちは「そうそう大事」とか話している

      そんなことはマル秘事項とするべき
   自死を
     身勝手な死・・・特殊な死ととらえているような人たちに
         本当の意味での支援などできるわけがない

   仙台で3人の中学生が自死という異常事態がおき
   ようやく マスコミが自死に関心を寄せてくれた

    ようやく・・・
             
    しかし  まだまだ 日々起きている自死という問題よりは

       ・・・・
    なんだか
  余計な事を 話してしまいそうな気が・・
(10分ほど 話すのですが)

     他人事だと思っていた私の息子が自死し
        ボランティアが嫌いな私が  無報酬で活動をしている
           
   幸せな不平不満をいい
     好きなように生きてきた私が
   自死の問題だけを考え生きている

      誰もがある日突然 自死遺族になるかもしれない・・それが今の日本

   さて・・今から 福祉プラザに・・準備にいきます

かなしみは愛 

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  子供を亡くして今年で12年
   今も変わらず悲しみがある
 身体から力が抜けて 息苦しく 胸からお腹にかけて締め付けられ痛くなる
    息を吸う事を忘れそうになる
そんな事が
 以前よりも少なくなった気がする
  でも 無力感に日々襲われる

 ごまかし・・騙し・・・逃げて・・・
   そんなことが上手くなっているが 事実は事実
変えられない
   愕然とする
     この世に息子がいないことが 何とも言えない
    寒々しく・・ざわめき・・・鳥肌が立つほど  
ゾクゾクし・・・切なさにスーと意識を失いそうにさえなる  

   しかし 元気にいきている

 笑顔もできる
   作り笑いだって出来る

 息子のために・・・

   元気で生きようと思っている

  供養も元気でないとできない
  いつも息子を思うのも元気でないとできない
  
  息子を亡くした私がかわいそうと思うのは自分に甘いのだと思う
     最初の頃 亡くなった息子のための涙というよりも
       息子に逝かれたさみしさ・かなしさ・・苦しさ・・で泣いていた気がする
   死んだ息子がわたしよりも悲しい
     この世にいないのだから
 あの世があるとしても 私はみたことがない
  だから私にはこの世に生きていることが幸せ
  でも息子はこの世に生きていない
   美味しいものも食べられない
    大好きな車にも乗れない
     大好きな うたも歌えない
 大好きな子供とも遊べない

    あの世で 幸せに暮らしているのかもしれないが
  私には見えない

    愚かな浅はかな俗人の私は この世に生きてこその幸せだと思っている
  だから
  逝ってしまった息子を思うとき 悲しい
 ただただ 不憫でかなしい

   亡くなった息子に 私ができる事は何だろう・・と思う

 いつも 何をしてやれるかを思う

   お花を飾ること
      仏壇をきれいにすること・・・
 好物を供えること・・
    お墓参り・・・
息子を思い出すこと・・・
後はなんだろう
    話しかけること
       息子は私の体の一部となっている

    泣いてばかりいる私を見て 息子はどう思うのだろう
     と思ったこともある

   泣きながら元気で生きている私を見て息子はどう思っているのかな

    応援してくれている息子を感じる

    どうせ生きるなら 息子のための人生を・・・

   不平不満はやめて
      自死の問題・・遺族の問題にかかわり生きて行こうと思っている
        
    息子の死から・・悲しみから・・の力

   悲しみを抱えて生きるしかないと覚悟を決めている

    少しだけでも社会のために・・・いのちを使おうと思っている

      息子への罪の償い

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9月9日のフォーラム無事終えました。ありがとうございました。


9月9日
長野市で長野県で活動をしている自助グループ「やまなみの会」の協力で
第10回全国自死遺族フォーラムを開催。

大勢の参加を頂き感謝しています。ありがとうございました。

  岡先生の講演
 自助グループの定義とわかちあい

いじめで子供を亡くした親の声

シドニーの報告

    自助グループとサポートグループの違い
     自助グループがいいとかサポートグループが悪いというのではなく
 自助グループではない会が自助グループと名乗っている場合も多い
   自助グループの研究者の間で定義はあるのです

   定義から外れた会は自助グループではない

    なぜこだわるのかというと

自助グループだと信じて 遺族以外は参加していないと思い参加したら
    遺族以外の人がスタッフでいたら
  遺族は戸惑い 参加したことを悔やむ
    遺族以外の人に遺族だと知られてしまったことも不安に思う

  また悲しみの体験のない幸せな人に 悲しい気持ちを話して惨めにさえなる

   岡先生は講演でこう話していた

  自助グループとは
    好んで入るのではない
    望んで当事者になったのではない

 当事者になってしまったから 当事者の会を運営しているだけ

   支援グループ ボランティア サポートグループは
    スタッフは
  望んでスタッフになっている
     支援をしたくて 運営している
ケアをしたくて参加している

   せっかく学んだスキルを役に立てる場所を求めてスタッフになっている

    自助グループ 当事者グループは
    望んで当事者になる人はいない
 誰も遺族になりたくてなったわけではない

   支援をしたくて 当事者になる人はいない
当事者・・自助とは 
     好んで参加しているわjけではない

当事者になってしまったから仕方がないだけ

   ルンルン気分で 自助グループを運営していない

  ウキウキもしない  参加者が増えることも望んでいない
大勢の参加はそれだけ自死が多いことにつながるから・・・

 自死はないほうがいい
  自死遺族が増えることは悲しいだけ
    自死遺族がゼロになってほしい
自死がゼロになってほしい

遺族の会は無くてもいい社会になってほしい

   悲しいけど 遺族は年々増えている

  自助グループは 運営は全て当事者
    スタッフも遺族
わかちあいの時間はもちろん遺族だけ

   開催や閉会・休会を決めるのも遺族

  でもフォーラムやシンポジュウムなどは全ての人に公開する
    懇親会も・・・誰でも参加できる

   自助グループは24時間対応 365日いつでも対応

 支援グループ・サポートグループは
   その時間だけの付き合い
 だから
 個人的な連絡先は教えない

  自助グループは個人の携帯もアドレスも教えつながる

会以外でも 会う
  一緒にランチもする お茶もする
  
でもサポートグループはしない

  あくまでも 時間内のお付き合い

   それは支援・ケアの時間と 自分の幸せな時間を区別できるから

    自助グループは  遺族は
      わかちあいの時も 普段の生活も いつも遺族
   遺族をやめることができない

支援者はいつでも支援者をやめることができる

   遺族はやめたくても遺族をやめられない

   保健師が主催でも自助グループと名乗っている会も多い

  遺族ではない人が代表なのに 自助グループという会もある

    遺族が代表でスタッフが遺族でない会もある

 遺族だけだけど 運営は病院や財団や支援団体がしている場合もある

   参加は遺族だけだけど教会やお寺が運営もある

 それは自助グループではない

  再度いう
    自助グループが良くてサポートグループが悪いと言っているのではない

   違うということです

  行政主催の会が自助グループと名乗っているのは
   訂正してもらいたい

  定義は大切です

   

9日フォーラム

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今週の土曜日9月9日 開催 第10回 全国自死遺族フォーラム

日時 9月9日(土曜日)
   13時30分~16時30分
会場 JA長野県ビル 12階 12A室
   380-0826
   長野県長野市大字南長野北石堂町1177番地3
   026-236-3600

1部 13時30分~
講演 岡 知史(上智大学教授)
~自助グループの定義とわかちあい~

2部 14時45分~
いじめ自死遺族は訴える
 山形県高畠町の高校生の娘さんを亡くした両親
 宮城県仙台市の中学生の息子さんを亡くしたお父さん
 宮城県仙台市の中学生の息子さんを亡くした両親

3部 16時15分~
シドニーで開催された自死遺族支援の国際会議の報告
長野「やまなみ」 代表 前島常郎

16時30分 終了

参加費無料、事前連絡不要です
皆さまのご参加お待ちしております

製薬会社の思うつぼ

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精神薬は人を幸せにはしません。
  以前は人間として当たり前の感情の起伏として認められていた
喜怒哀楽ですら「精神病」と言われるようになった現代の社会

今朝もノンストップという番組で  実は発達障害だという人が出ていました
 
子供時代通信簿が1と2だった
 現在は有名な人としてバリバリ仕事をしている人

  

   たまたま学校での勉強が合わなかっただけの事
      完璧な人間の基準とは何でしょうか

     普通の 平均的人間とは・・・

      人間の発達は一人ひとり違います

    速度も質も  興味のあることも 人それぞれです

    100歩譲って 算数や国語が小学校時代1と2だとして

     それが 精神薬で 4と5になるのでしょうか

   なりません

     お友達が少ないから
    精神薬を飲めば お友達が増えるのでしょうか
   増えません

   落ち着きのない子供

    精神薬で 落ち着くでしょうか・・・
  それは動かなくなります

ボーっとしているようになるから  一見おとなしく見えるだけの事

  落ち着きとおとなしいとは違います

  野田先生は3月31日生まれ
   僕は小学校時代が今だったら 発達障害と言われて薬を呑まされていたでしょうね
     と 言っていた
  小学1年の時は 4月生まれと3月生まれでが1年違うので 
    3月生まれの子供は 低学年の時は 4月生まれの子供よりは幼い
        運動能力も劣る
        
私が子どもの頃
  青森県の地方の小さな町の小学校は
    1年生
3クラスのうち 昭和23年4月から12月まで2クラス
       昭和24年1月から3月までの子供1クラス
    これが2年間続き
  3年生から
    早生まれも遅生まれも同じクラスになる

   昔の教育関係者たちは
      小学校時代は  生まれた月日によって 発達の違いが顕著にでることを知っていた
  いまは
    うまれた月日の日数による発達の違いも
         障がい児として決めつけ
     しかも
      まだ脳が発達していない子供に
       アルコールよりもニコチンよりも害のある麻薬と同じものを飲ませて
         おとなしくなった・・と 満足している

      大人が育てにくい  手のかかる子供を
          麻薬を飲ませて  おとなしくさせて
              大人は満足 
子供は犠牲者・・・
    子どもが大人になった時
     精神薬漬けだった子供は 働けない

 そうやって 若い人の精神疾患による 生活保護者は増え
        精神しょうがい年金取得者が増えてきた    

  
また
     本当の意味でのうつ病は  少ないものなのに
 
 悩み事があって落ち込むと 今はうつ病と言われる

  愛する家族を亡くして 悲しい気持ちがあるとうつ病と言われてしまう

    失業した落ち込みは  職が見つかれば元気になる
  失恋の落ち込みは
  新しい恋人が見つかると幸せになる

     借金の不安は  借金を返せるめどが立ったら 解消される

     失業で落ち込んで うつ病と言われて薬を呑んでも
      仕事が見つからなければ いつまでも落ち込みが続く
  それを医師はうつ病が悪化したという

     精神薬を飲んで  仕事を探すのは  大変
       思考力が鈍る薬を呑んで
    仕事が見つかるわけがない


      債務も同じ

 遺族の悲しみも  死んだ人が生き返らない限り  続く
     一生医師の言う悲しみによるうつ病は治らず 精神薬を飲み続ける

精神薬は麻薬です

  クスリは劇薬です 毒薬でもあるのです

    大量に飲むと死にます  なぜ・・それは毒の成分が多いからです
  
  飲み合わせも 間違えたら死にます
  それは どの薬がどの薬と一緒に飲んだら死ぬのか・・・
   全てはわかっていません

   毒薬に変化する化学反応を起こすものもあるのです

      クスリは効果もありますが 反対に毒にもなるものなのです

     精神薬だけ  なんで 安易に飲むのか理解できません

      精神病が犯罪を犯すのではなく
  精神薬が犯罪を犯させているのです

    理性を失う   歯止めが利かなくなる
  恥ずかしさを失う
     それは 精神薬によるもの

     精神薬の副作用は 1個の精神薬でもあまりに多く
        効果のほどは 確かではないとしながら
  副作用については
    30~50の副作用が 説明されています

   不安を取り除く
 というけど
   ただ思考力を鈍くさせるだけ

  考える力を奪うから 不安が亡くなったと感じるだけの事

     不安が消えたわけではないのですから
  不安となるものが存在する限り  不安は消えないのは当たり前です
   ボーっとさせて
  ごまかしているだけ

  そのボーっとするだけのために
  どれほどの危険因子が存在しているのか・・考えたら恐ろしい

   早く死んでもいい人は
      精神薬を飲み続けたらいいと思う

    いろんな病気が併発するはずです

  こんなことを書くと  飲んでいる人から  批判のコメントが届きそうですが
  批判できる人はうつ病ではありませんから

    うつ病は  落ち込むだけの感情ではなく
      悲しい気持ちがわからない・・・

    子供が死んで悲しいはずなのに  悲しいという感情が湧かない
       それもあってうつ病

      うつ病や発達障害がステータスのように語られる社会

      高齢になって 病気のないことが 異常に思われる社会
        うつ病を患っていることが
             普通だという社会
   って  変ですよ

        精神薬を飲みたい人に 無理にやめろとは言わない
         飲みたい人は飲んだらいい

       私は飲まない 家族にも飲ませない  絶対に精神薬は飲ませない
  
          田舎の甥っ子をみて  思う

       当時高校生だった 私の判断は正しかった

    精神薬を飲まなければ  普通に農家の仕事をして
   普通に結婚して普通に暮らしていただろう

    しかし
      10代から保健師の指導で精神病院を勧められ
           飲んで生きてきた

     ただ単に
         甘やかされて育てられ
             学校でも我慢ができなかっただけだったのに

いつの間にか       統合失調症のクスリを処方され
    突然 暴れ 暴力を振るったりしていた
        素直ないい子が 
   目が座り ギラギラ獲物を狙うような目つきになったり
      金が欲しいと
        母親の髪の毛を抜けるほど引っ張ったり
   祖父母を馬乗りになって 叩いたりしたこともある

  ここ10年程前から 甥は精神病院から薬をもらうが飲んでいない
     全く
  暴れていない

     ただ 麻薬に侵された脳はそのままで  
        一般社会では通用しない人格となってしまった・・・もう57歳

愛も悲しみも いっぱい(活動の原点)

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   支援者たちは
自死遺族の悲しみは病気だと考えている
 だから遺族になって悲しくて精神薬を飲んでいても
    否定はしない
 あ・・そうね 仕方ないわね 悲しいから精神薬を飲むのは当たり前よね・・
   とすら 思っている

  飲み続けてその人たちはどうなるのか・・・なんて 彼らには関係ない
 むしろ
 いつまでも 悲しくて苦しくて精神薬を飲んで嘆き・・会に参加してくれたほうがいい
 
   だって 会の開催時間の2時間程度のお付き合いだから
   他の時間に彼らは
  相談に応じないから

    携帯電話なんて教えることもなく
       会の開催時間以外に 電話を受けることもない

   自分達が関わる時間 話を聞くだけでいいのだから

自助グループはそうはいかない
   電話やメール 時には会って・・・
  それも頻繁に・・ということもある
 自分の携帯を教え メールアドレスも教え
     住所も教え
         会の開催時間以外のほうが関りが長い場合もある

会に一度も参加しないで
    電話やメールだけの遺族もいる

 支援者はそんなことはしない

    精神薬を飲み続けている遺族は  元気にはならない人がほとんど

     波が激しく  
            絶望感が強い

   元気になってほしいから
    うるさく言うこともある

    アドバイスを聞かずに  入院する遺族もいる

    そして 私を強い!という

強いのではない

  息子を助けられなかったから
息子への懺悔で生きている
    息子へのお詫びの生き方
   私が死んで息子が生き返るなら 私は死ぬことに迷わない
しかし
私が死んでも息子は生き返らない
  そして 私が死んだら私以上に 息子を思い出し悲しみ苦しむ人はいなくなる
 息子は忘れられていく
   忘れたくない  忘れてはいけない

   それには 私が元気で生きていなくては・・と思う
    
    自分のための人生は息子が逝ったとき終わった
     あれからは 
   息子への罪滅ぼしの人生

  ひたすらに息子のため

どんなに悲しく苦しくても
 自死という死で逝った息子の苦しみには届いていない
なぜなら  私は生きているから

   自死した健一への申し訳ない気持ちが活動の原点
     健一がなぜ自死したのか・・を考えたとき

    自死の問題と向き合うことが 息子への母親としての愛

      子どもの苦しみに比べたら  私は親だから なんてことはない
  健一を今も愛しているから
     苦しみなんて  悲しみなんて
       身体中で抱えて生きてやる!

9月の日程


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最近はこんなことが多いが ブログに向かう時間が取れない

   心配してくれて メールが届くこともある

 9月
 7日藍色のこころサロン 夕方からみやぎの萩ネットの幹事会
 8日遺族の茶話会
 9日  フォーラムの開催(長野)
   17日 宮城県自死遺族支援連絡会シンポジウム(仙台)
   19日 自死遺族等権利保護研究会(東京)
   21日 藍色のこころサロン・夕方からみやぎの萩ネットの外部講師による講演会
   22日 遺族の茶話会
   23日いじめの再調査委員会の傍聴
   24日野田先生の講演会 午後 藍の会のわかちあい
   28日 つむぎの会

 8月はさざれの集いに招かれて講演
 12月は徳島に~
 12月はワンストップの研修会や司法書士会主催の講演
  1月末頃には 茨城に~

 せっかくの講演の機会は 大切に 精いっぱいと思う
   講演後はいつも自己嫌悪に陥るが
     自死という問題に一人でも多く関心を寄せて欲しいと思い講演をする