活動が必要とされなくなる日を目指して

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息子が逝き 11年が過ぎた
活動を続けて10年と半年~

  語る人が増えてきた自死遺族

   いろんな形で活動をしている遺族たち

      悲しい出逢いが減らない

    自死の予防や防止の活動は 実践的なものは少ない

      いじめのない学校

いじめを初期に食い止める学校にはなっていない

     いじめだと認知しても 担任や主任は 知らんふりする

なぜ

   学校全体として考える体制がないから

    いじめだと認識した職員一人の責任で解決しなければならなくなるから
      
      子どもの命は担任が預かっているというよりは
        学校の責任
        学校全体の責任

     しかし 学校はいじめの対応を担任だけに任せる

      職場も同じ

    できるはずのない量の仕事を 任せて責任を負わせる

    時間内で終わるはずのない仕事の量

     できないなら残業
  終われないなら 帰れない 夜も仕事

    できたらできたで
また できるはずのない仕事を与えられる

    また寝ないで仕事

   寝ないで仕事をしてしごとが完了すると
  やれたという事で
同じ仕事の量が毎日与えられていく

  仕事を残すと 能力がないとののしられる

    仕事ができても地獄 できなくても地獄

   我慢して頑張る人に 多くの仕事が回されていく

 そのうえ  励ましの言葉はない

      ののしりだけ・・・

  最後の最後の救いの綱であるべき 医療

    精神医療は 医師の能力の差が大きい
 ピンと医師とキリの医師は雲泥の差

  精神医療ほどピンキリが離れているのはない


    製薬会社の教えの通りに 薬を処方する医師

   医師の免許は何のためにあるのか

     精神の治療なのに  話を聞かない医師

   どうしてなのだろう

     みんな忙しそう

   なんでそんなに忙しいのかな・・・

      家事は便利になった
交通も便利になった
      
   買い物も・・・勉強も恵まれている・・はず

   なのに みんな忙しい 余裕がない

     支援者も余裕がない

    なんでかな

   走っても時間の流れは同じ

    のんびりでも時間は同じように流れる

      急がなくていいことは ゆっくりしようと思う

    ひとつひとつ  ひとつひとつ  一歩一歩

  それでも確実に進み 確実にひろがっていく

慌てない  無理しない

    少しずつ 確実に 実践していくだけ

  たくさんの人たちと共に 力を借りて支えてもらいながら
 
    一緒に 

いろんな人たちが 様々なかたちで

    やさしい輪を広げて・・・

 自死がなくなる日まで

 私の活動が過去のものとなる日を目指して
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先進例と成功例は違う

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  明日は厚労省の大綱見直しの委員会 第2回目

   4時から~

   お昼過ぎの新幹線で行く


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   自死の対策の先駆的事業
  自死対策の先進的取り組み
   自死予防のモデル地域
 
 だが これらは 成功事例ではない

    これらに選ばれるには 裏がある

   国の白書に取り上げられる事例や
    話題になるこれらには裏事情がある


     再度言います

「成功例ではない」

   補助金や助成金等を使い
    一緒に・・・というより その人たちの言うとおりに企画して実行したら先駆的事業やモデル地域として広報してくれる

    先駆的事業やモデル地域と指定されても
     自己満足ではどうにもならない

     どんなに 立派な事業をしても
     減らなければ成功ではない

     自死の予防や防止事業は 自死が減って成功である

     防止や予防している人たちが満足しても仕方がない

          普通に暮らしている人たちを追い込む社会的要因とは・・・

      普通に学校に行っていた子供が自死する要因とは・・・

      不登校になる要因とは・・・

    借金をしなければならない要因とは・・・

  介護疲れの要因とは・・・

     過重労働の要因は・・・

 パワハラといじめをなくする対策とは・・・
      いじめやパワハラを最小限で食い止めるには・・・

      そして最後は 追い込まれたときに相談できる機関は・・・
  24時間365日 受け付けてくれる機関はあるのか・・・

     精神科の医療は正しく行われているのか・・・

  多剤処方は効果があるのか・・・

   精神薬を飲んで自死する人を防ぐ方法とは・・・

 具体的対策をしないで パフォーマンスの多い自死の対策

     永遠に減らない・・・

     支援者たちは仕事が増え・・・金が手に入り
人を救う活動とたたえられ
 こころも懐も       
 豊かに暮らせる 

 なんておいしい活動・・やめられないね 自死は金になるからね
    と ほくそ笑んでいる人たち

  こんな人たちが多いから 息子は逝った

   今の社会を見限ったのかもしれない

miyamayomena400[1]
       

心のケアの専門家に気を遣って話す?

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遺族の支援をするという人に気を使う遺族がいる
 遺族の心のケアをする人に気を遣う
  ・・・
 遺族の言葉に傷ついた・・・という支援者がいる
   遺族に傷つけられたという支援者がいる

 なぜ遺族支援を選んだのかな
 
        遺族は支援者に気を使い
支援者の思うような遺族でいなければならないのかな

    ならば 支援者に会いたくない

      話しもしたくない
 
 心のケアをしているという人に 多い

    遺族の言葉に傷ついたという人

    遺族だから何をしてもいいのか・・という人もいる

 あなただけが遺族ではないという人もいる

     どうして そんなことを言うのかな

      活動は選べるんだから  遺族の心のケアなんてしなければいいのに

     息子が生きていたら 私は遺族にはかかわらない
  自分が遺族になったから
     遺族としてできることをしているだけ

     幸せなら 幸せなままで
         遺族の心に思いを馳せもせず
           遺族のケアなんて考えもせず
    幸せに生きている

     息子が逝き 遺族として生きるしかできない自分がいたから
        遺族として生きているだけ

       私はグリーフケアは嫌いだと公言している

       遺族を傷つける仕組みは是正しようとせずに
       遺族を傷つけておいて
      遺族の支援という人たちは いかがなものか・・・と公言している

   陰でいっているわけでjはない

     遺族支援という名目で遺族と接して
      遺族のデーターを集めたり  アンケートの協力をさせたりして
論文を書いたり して   遺族支援の専門家と自負している人たちがいる

    どうせなら 遺族のケアや遺族支援をしているといわなければいいのに

    こんなことを言うと  明日 印刷して責められるかな・・・

    こんなことを遺族だからって言っていいんですか・・・と

でも

     ひとり言だから・・・ね


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愛を知らないグリーフケア

miyamakaidou[1]

グリーフケアってなに?

 私はグリーフケアの専門家に傷つけられてきた

  本を読んでも 専門家と話しても
     傷ついてきた

   悲嘆・・・という表現が嫌い

   かなしい  か・な・し・い
    悲しい 哀しい カナシイ 愛しい(かなしい)

   愛しいという文字でかなしいと読むのが一番しっくりくる・・・かな・・・

それでも 足りない

 人間が作った言葉では表現できない感情があることも事実
    
   深い深いかなしみを  悲嘆 なんて 文字で言葉で表現し
   しかも悲嘆の回復という考え方  
   悲嘆からの回復って何ですか

   愛する子供が亡くなり 今でも悲しい
     11年が過ぎても 悲しみは消えない
      消えるわけなどない
今でも健一を愛しています
  だから この世にいない健一に会えないことがかなしい

    悲しみがあっても 普通に元気に明るく生きています

   グリーフケアを学んでいる人たちは
    人の感情を 生きるという事を
        悲しみというツールでしかみていない

   生きるという事は 複雑な感情が入り乱れての生活

     生きて行くための日常生活の仕事がある

    悲しみがあるからと言って  24時間泣いているわけではない

      生きるための作業がある

そのことを認めず ただただ 悲しみという感情の存在だけを気にする

    悲しみという感情が人生の邪魔者のように扱われるのが グリーフケア

      私はそうは思わない

  息子が逝き 深い悲しみを抱えている
  が 深い愛も知った  深い信頼も知った
     人の心の深さも知った

 知らないほうが幸せだった
   知らないで傲慢な人生のほうが幸せだった
     
   でも 知ってしまった今を

      知らない人たちから 憐れまれたくない

       悲しみはいつ突然やってくるかわからない

   幸せな人たちは 幸せなままで生きたらいい

     悲しみを抱えた 人のケアをしなくていい
 できないのだから

    幸せなままで生きて行ったらいい

   

         子供を亡くした 私の悲しみをどうやってケアできるというのでしょうか

  悲しみなんてどうなるのか知らないから
  悲しい時に出る症状を学び
  悲しい時に人があらわす表現を学びたい って

 ずいぶんと傲慢ではないでしょうか

       ご自身の愛する人が亡くなったら  学ばなくても
 学んだ事が役に立たないくらい 深く理解できますから

   一生自分には関係ないことのように 悲しみを学ぶ必要なんてありません

    いつか体験することになりますから

   愛する ご両親 愛する夫 愛する自分

      愛する兄弟 愛する子供

     愛する誰かの死を  自分が生きているうちに体験しますから・・・

      生きているうちに愛する人の死を 一度も体験しない人はいません

   それとも 誰のことも愛していない人生なのでしょうか

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悲しみも愛しい我が子との思い出

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亡き子どもとの思い出を ひとつも取り残さないように
   丹念に掘り起こして生きていきたい

あの子が生きていたことを 思い出してあげたい

数え切れないほどの人々の苦しみや祈りが お地蔵さんや阿弥陀様にはある
昔から人々は抱えきれない悲しみと苦しみを味わった時
    人智を超えたものにすがり 少し預けた
   つぶれそうになった時 訪れ預けた
        そうやって 人は生きてきた

記憶が消えない限り 悲しみから逃れられない
    でも
記憶が消えたら
 わが子の事さえ忘れてしまう
 どんなに悲しくても わが子のことは忘れたくない

   ならば 少しだけ  誰かに預けて 生きてもいい

   お地蔵さんでも  阿弥陀様でも・・・

   イエスキリストでも

    絵でも 本でも  なんでもいい

 少しだけ 預けよう

    それでも また抱えきれなくなるんだから

 会えるその時が来るまで・・・20090610014807.jpg

忍耐

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尼崎市に行ってきました。
(法話の会)
 今月は3回 法話の会に参加

 連日 家を留守にして2週間以上・・反省
活動は
   自分のためにやっている・・・と思っているから やれている・・と思う
人様のため・・と思ったら 多分続かない

   中傷も多い
       言い訳をしたい時もある
  が  言い訳をしても どうにもならない  それが日本の社会
  先に言ったもの勝ち
    言いふらしたもの勝ち

   言い訳や弁解を許さない社会

   弱いふりして  傷ついたふりして
      責めたもの勝ち

    耐えたものは どこまでも耐えることが強要される社会

    ずるいもの勝ち
  ずるい人が 信用される社会

    理不尽なことを言われても
   間違ったことを言われても
  ひたすらに耐えることを求められる
     
 それは違うんだよ 事実ではないよ
 というと
    弁解してるといわれる

  言われるがままでも わかってくれるのか・・というとそうではない

     空気の読めない人は多い
       
    自分が一番な人が多い

  息子の死に比べたら
 何を言われてもどうということはない  と思うけど

   時々  心が破裂しそうになる

      パンクしそう

   何もかも ぶっちゃけてしまいたい時もある

    忍耐・・忍耐  生きることは耐えること・・・

    耐え忍ぶ・・・こと  続くかなあ~~~

   続けなければ・・・息子への懺悔の人生だからth2LQEE5PJ.jpg

お地蔵さん

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愛し子の供養するぞと思うなよ
  我れが子どもか 子どもが我れか

背負いきれない悲しみは 一時でもいい
  誰かに預かってもらう
   悲しみをすべて背負うほど 人は強くなれない

お地蔵さんに預けて・・・生きる

突然愛するものとの別れがくる
  思いもよらない中傷を受けることもある
もうどうにもならない絶望におちいることもある
 悲しみ
   悔しい思いに身を焼かれ 迷って迷って
    わが心を持て余す
  そんな時は
  どこかに少しだけでも 心を預けるしかない

  お地蔵さんは 誰でも受け入れ  許してくれる

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背負いきれない悲しみを預けて   という本

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お地蔵さん

  「背負いきれない 悲しみを預けて」

   という本を頂いた

    子供を亡くしたお坊さんが書いた本



心がほんわりした

    子供を亡くしたこの悲しみは 消えることはない

 一生続く悲しみ

  それは 今でも亡くなった子を愛しているから

    人の悲しみは 分析などできるはずがない

   いつも揺れ動き  瞬間変化するのは 表現だけ
   表に出る症状が変化するだけ

    心の底はいつも同じ

      周りの人が  どんなに目を凝らしても  私の悲しみは見えるわけがない
    見えなくていい
  見せたくない

      息子と私の大切なもの

 愛と悲しみ

  私が何年悲しもうが  周りに迷惑をかけていない
     ましてや
       他人に私の悲しみを分析される必要はない

     ほっといてほしい

    自分の子供を失わない限り  わかるはずがないのだから

   幸せでいたらいいと思う

      

嫌われてもいい

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厚労省の「大綱見直しのための委員会」
 12月5日 開催
  12月26日 開催予定

       8月のはじめに 委員会が10月から開催されるという情報を耳にした
次の日
厚労省の担当官に電話をして確認
    委員が決まっているという情報も問いただした

遺族支援団体が委員なら 当然全国自死遺族連絡会も委員にするべきではないか・・・と。

    まだ決まっていません  もちろん全国自死遺族連絡会も入るはずですという答弁だった

   まだ決まっていないなら  担当大臣・・もしくは 担当機関の長にお願いをしたら参画可能も聞いたかどうか

    参事官に要望書をもっていくことにした

     当日 要望書をもっていったら  参画は当然です・・と参事官

     10月の開催(?)が12月にずれ込んだ

        12月に2回も開催する

     ある人たちによって  自死遺族当事者団体の全国組織である全国自死遺族連絡会は意図的に外されていた

         委員会が始まる直前にも  田中をつぶすための行動があった

            いつもの事  表でも裏でも  田中つぶしはこれまでも続けられてきた

       「遺族なら何をしてもいいのか」
 「田中は特殊な遺族」
   「声が大きすぎて耳障り」
     「田中だけが自死遺族ではない」
         「24時間受付というが 寝ないで受け付けているのに、元気ですね」
           「どうやって24時間 寝ないで やっているんですか」

「排他的団体」 「訴訟女「きちがい」・・等々

    その他 たくさんの言葉で非難されてきた

      1回も言わずに 会議に参画できたら 苦労はしない
 何度もお願いを続けて  ようやく会議に参画

   声をあげなければ  会議に参画もできない

     それでも 委員になれただけ いいほう
   委員にしてくださいといっても   無視される方が多い


     自死遺族ということだけで  色眼鏡で 支援者はみている

      支援者以外の人たちのほうが  やさしかったりする・・・

      遺族の支援者って   何だろう

    自分のいいなりになる 遺族が彼らの理想の遺族なのでしょうか


   私は  支援者に嫌われてもいい

     遺族当事者が元気に生きて行けるなら

       遺族の個人情報を守るためなら

      そして 喪われた大切な命の意味を伝え続ける

          息子は生きていた 頑張って生きていた

 なぜ 死ななければならなかったのか・・・

     問い続けたいと思う

ひとり言


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  明日は尼崎市に行く

    いろんなことがありすぎて  ボロボロになりそうだった

    誤解を受け  ひどいことを言われ
           挨拶しても 上から目線で 顔を背けられたり・・・

  遺族の声を国に届けたいと 頑張ることが目ざわりの人たちも多い

     潰そうと狙っている人たちも大勢いる

    お兄ちゃん

    どうして 死んだの・・

       生きていて 泣いたり笑ったりしたかった

       こんな自死の世界に 関わりたくなかった

           厭な世界だよ

      人の裏ばかり見ている

       表の顔と裏の顔の違いをたくさん見てきた

          多くの人たちは  きれいな言葉を信じる

   もっともらしい言葉を信じてしまう

         本音で 根っこの部分を言うと  怖いといわれる

    パフォーマンスでは 自死は減らせない

      しかし パフォーマンスのうまい人ほど 信頼され称えられる自死の専門家・・として

     自死の専門家って  なに?

       自死の対策の専門家って誰?どんな資格を持ってるの?

    自死遺族支援の専門家って誰?

          どんな資格?thOPPROAB8.jpg




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     今月は法話の会への参加が3回

         常総市・・・仙台市・・・・尼崎市

  来年は少しゆっくりしようかな
      でも・・・・

 そうはさせてくれそうもない

  お兄ちゃんは  人使いが荒い

   あ!亡くなった人は 疲れないんだった

        でもでもでも  頑張るよ カァチャンは…お兄ちゃん愛しているよ・・・いっぱい

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茶番

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忙しい・・・・・・・・追われている・・・・・・

 急に健一がいないことに 虚しさを感じ
     胸がつぶれそうになった

  なぜ いないのか・・・

  お兄ちゃんの笑顔が見られない・・・
  ご飯を一緒に食べられない・・・・・

    かなしい・・・

ごまかしながら生きている
 時々ごまかしができない時がある

   自死の対策なんて   多くの人たちは やる気はない
      自死をビジネスにして
         金を得て 生活をして
     講演をして  偉そうに語っている人たちも多い

    愛する家族を失った経験もない 幸せな人たちが自死を語っている
       彼らが自死の何をわかるというのだろうか

    ゲートキーパー養成講座 が 国の推進事業
     何の意味があるというのだろう

   自己満足にすぎない  と思う

       労働問題 経済格差の問題

いじめ パワハラの問題
   介護の問題
  医療の問題

    国が根本から考え直すべき問題があるのに
    何にも手を付けず

   社会的要因だから 国が税金を投入して自死を減らす・・というお題目を唱え

 実際に やっていることは

    見守リ対策
死なないように 気を付けて見守りましょう・・・

だなんて

   普通に働いている人を追い込んだ問題はそのままにして

      死なないように  見守ろう・・・って

その根底には家族は見守っていない・・と考えがある

     他人よりも 家族が見守れるなら見守りたい 見守って死なないなら教えてほしい

        ゲートキーパー養成の講演くらいで 
自死を減らせるなら
        私の息子は死んでいません

     なんて無駄なことを 税金を投入してやっているのだろうと思う

  茶番劇です

   人を追い込む社会的要因をなくする対策をなぜしないのでしょう

       幸せな人たちが 自分より程度の低い(何が低いかわからないけど)
    かわいそうな弱い人たちを
   救ってあげる・・・・

     それが 今の自死の対策

      バカバカしくなってくる

こんなことを書くと  グリーフケアを遺族にしてあげたいと思っている人たちから
     田中は
    複雑性悲嘆で 今も怒りの感情の段階にある・・と 言われそうですが

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遠くても空はつながっている

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遠くから仙台まで参加する遺族がいる

   ご飯を一緒に・・と思う
ゆっくりお話を…と思う

  その人の 悲しみを軽くすることも薄くすることも 何も私はできない
 ただ 同じ思いは共有できる

 同じだよ・・・と・・・

遺族は  悲しい話しを笑って言う事がある

つらい話しを 笑って話す・・・

 遺族だけだと 違和感はない
  笑うしかない・・ほど 悲しくつらい話なのですから

 泣いて話したら  全員が 悲しみという蟻地獄に沈んでしまう

     泣き笑いの時間を共に過ごす
    5時で終わりの会が
   9時・・10時と 夜中まで続く時もある

   時間を忘れて 話すことが多い

    遠く離れている遺族には空はつながっているからね・・・という

   まだ日にちの浅い遺族には 決して否定の言葉は言わない

    すべて肯定

意見など言わない 意見を言っても耳に入らないのだから・・

聞こえても 記憶に残らないから

     何度も何十回も何百回も 同じことを言う

それでいい
      それでいいんです

   自分で 理解し 自分で道を見つけ 自分でたって 自分で歩くしかないことに気づくまで

      時を見計らって アドバイスを言うこともある

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自死の対策は魑魅魍魎の世界

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忙しすぎて ブログを書く時間がなく
     家にいる時間も少なく  家事も夫と次男に任せ
        出かけてばかり・・・
たまに家にいるときは メールへの返事と原稿書き

  電話相談

 まったなしで 電話は来る

     法テラスや行政機関からも・・・

    明日は 朝早くに 静岡に行く
   泊まって  12日は東京
    お昼から 2人別々に会って 話し合い   5時から自死遺族等権利保護研究会

泊まり

13日仙台に帰り
  みやぎの萩ネットワークの幹事会
14日は 相談を受ける

  15日は・・・と続く

    でも  遺族がつながってくれた時は  

      エネルギーが湧く   

    悲しいご縁だけど 元気になってほしい・・・

     という思いで いっぱいになる

  自死以外の  子供を亡くした人からの連絡も最近は多い

      つながりを大切にと思う

  しかし 最近は 忙しすぎて  雑になっている気がする

      支援者たちばかりの会議に出ることも多いが

      支援に従事する人たちは
        支援を受ける人たちは 弱者という意識が強いように感じる
上下関係がある

   何もできない人たち・・・という言葉が耳に残る

     挨拶もできない人たち

靴も並べられない人たち

     経済的困窮者は 知的に遅れている人が多い・・・とか
        基本的生活ができていない・・とか

   かなりな差別発言がある

    差別発言だと思っていないところが 大きな問題だと思う


    自死は貧困者に多い という意識が強くあるようだ

    貧しく知識もなく  常識のない人だから 子供の教育もロクにできていない
       そんな人たちだから
      自死する・・・という   意識

   彼らのような 支援者には  労働問題やいじめ・パワハラ・・・介護・・等々
   様々な社会問題は目に入っていない

   自死の問題は貧困だけではない 貧困に偏らないでほしい
  というと
    貧困者の支援をしている人たちから 反感を買ってしまう

なぜ?

    貧困問題の否定をしているわけではない

   貧困が自死の対策の全てではない・・と言っているだけである

       専門家は 自分の分野だけの視野で物事をとらえる

       世界か狭い

 自死の問題は 専門的観点と   大きな視点からとらえることが必要である

  そのことさえも 理解できないことは残念です


    明日もまた  狸との闘いに行ってきます