3日連続で遺族の会

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今日は「藍の会」
    わかちあい  123回目
昨日は遺族の「茶話会」最近は自死遺族のみが多い
  自死遺族以外の人の参加もあるのですが  やはり自死遺族が圧倒的に多い
 一昨日の木曜日は子供を亡くした親の会「つむぎの会」
   様々な事情で子供を亡くした親が集う 交通事故・つなみ・自死・病死・・・事故死

    いろんな人たちが集う「藍色のこころサロン」も開催している
       お坊さんから法話を聴く法話の会もある
 今年は藍の会10年 11年目になる
    12月3日に藍の会10年が過ぎて・・・というタイトルで集いを開く
      公開で開催する
     
  自死遺族の自助グループのわかちあいの集いを立ち上げて11年目
     自死遺族の自助グループの活動団体全国組織を立ち上げて9年目
    来年は10年

     遺族が元気に生きて行く事を目的とした活動

      遺族も様々・・・語ることで元気になる人
                  書くことで元気になる人
              旅行することで元気になる人

   誤解の内容に書いておきますが
      元気と幸せは違う
愛する人が生きて帰らない限り  元のような幸せはない
  永遠に100パーセントの幸せはない

しかし 元気に生きて行くことはできる

   笑うこともできる
でも 心の底から なんの曇りもない笑顔にはならない
    
    大声で笑っていても  心の底には 悲しみが沈んでいる

       悲しみを軽くすることはできない
       薄くすることもできない

    元気に生きる術は教えられるかもしれない

       そのために 法的支援も必要
   だから法律の専門家との連携を広く強く持っている
 行政の支援も必要
  そのために 行政の担当者とも連携を持つ

     だがそれが支援の全てではない

月日がたつと 泣くことが許されない雰囲気が周囲にできていく

   1年経つと 悲しい話ができなくなっていく

     いつまでも泣いていると・・と言われてしまう

    泣いていることに対して 泣くがままにまかせて ほっといておけばいいだけなのに
    何かをしてあげようと思うらしく
      思うけど何もできないから  泣くのを見たくない・・・だから 泣いてばかりいると・・という言葉になっていく

   何にも求めていないんです
・・・泣きたいだけ・・・ただ涙があふれただけ

泣き止むのを 黙って待っていてくれたら  泣き止むのに・・・

     幸せなあなたに 合わせて 笑えるのに・・・
        待つこともしんどい・・・人たち

       だから 悲しい人たちが 悲しみを抱えたままで
       笑顔で 幸せな人たちに合わせて生きて行く社会が作り上げられていく

    どこか変・・と思うのは 悲しみを抱えた遺族だからかな・・・

                 
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ひとりごと

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  ねたまない  うらやましがらない
     貶めない 蔑まない 嫉まない 

     肝に銘じている

権威に媚びない 
    どこの傘下にも属さない

    意見は言うが 悪口は言わない
   反対するときは対案を示す

    お兄ちゃんが 嫌いなことはしないと決めた

       争わない
  議論はするが 争わずに戦う

     私の活動を排他的という人たちもいるが
        区別しているだけであって
    オープンな部分も多い

     総合支援をするためには  専門家との連携がたくさん必要

     行政とも仲良くやっている
    
  媚びずに意見を言いながら 仲良しの人たちがたくさんいる

  部署がかわっても  お付き合いがある人も多い

       個人的な好き嫌いは活動には関係ない
 
          個人的な感情は抜きである

       公的な活動とはそういうものだと思っている

           健一への悲しみでいっぱい いつもあふれてる

     笑っていても かなしい
      会議で議論しても悲しい

      カラオケで歌っていてもかなしい

          心の底から 笑うことはない

    でも 元気です

         人が人を陥れようとしているのを見ると
              胸が痛い
     人間は愚かな生き物

           いつも 息子と共にいる
    おだやかな息子・・・

 阿弥陀様の顔と重ねる

     生きている私は 雑念が多い

      日々反省し 日々感謝

   息子に許されて生きていることを思う

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全国自死遺族連絡会はわかちあいの会ではない

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全国自死遺族連絡会はわかちあいの団体ではない

    数多くある「わかちあいの会」とは違う

        わかちあいの会は 仙台は藍の会
          山形は青い会 福島はえんの会・・そのほか・たくさんある

   支援者の会もたくさんある

  しかし 全国自死遺族連絡会のような会は 他にはない

       全国自死遺族連絡会でわかちあいはしない

          活動団体として 国の会議に参画している

        
        藍の会と全国自死遺族連絡会の活動と  つむぎの会
   みやぎの萩ネットワーク・・・
    それぞれに違う

茶話会やサロン  それぞれに違う

      区別して運営をしている

法話の会はまた違う

  全国自死遺族連絡会の

       目的
  自死遺族の相互交流を深めることにより、遺族自身がまず元気に生きて行くことができるようにし、自死した私たちの大切な人のその命を無駄にすることなく、やさしい人がやさしいままで生きられる社会に変えていくことを目的とする

医師と行政と福祉

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  生活保護を受け続けたい
    障がい者年金はこのまま受けたい

と思うなら  行政や医師ともめないこと

    24時間の監視はできないから

 精神薬をもらいながら 飲まなければいい

  飲まない・・というと医師に説教されて ストレスになる
   減薬したいというと逆に 薬を増やされてしまう

だから「お変わりないですか?」と聞かれたら
「ハイ」と答えたらいいだけ
    「気分はどうですか」と言われたら
 「大丈夫です」と言えば言い

   それでも薬は減らないし  障がい者年金や生活保護は外されないから・・・

    素直に「ハイ」「大丈夫です」というだけでいい

 よけいなことを言わないほうがいい

 その方が1分で終わる

      もらった薬を飲むのも 飲まないのも自分

   減薬を要望して怒られるなら 
      怒られない方法・・常に逆らわない 静かに医師を信頼しているふりをする
  
家に帰ったら 飲みかどうか決めるのは自分

家族がいても  飲んだふりをしたらいいだけ

      そのまま捨てたら ばれるので
普段飲むように包みから出して
     トイレに流すか 生ごみと一緒にゴミにだしたらいい
  包み紙は ゴミ箱へ・・・
    お腹にいれるか  トイレに流すかの違いだけ
 円満に 薬はやめられる

    福祉は受けながら

         医師の前では 薬の批判はしないこと

 大きな声を出すと入院という事になってしまう     

    賢く 仲良く  福祉資源を利用しながら
       薬は極力減らして 健康的に 人生を楽しく生きたらいい

   精神科にはいかないこと
でも 行ってしまった人や 働けなくなってしまった人は
      うまく利用したらいい
   それも生きる術だと思う

 医師や行政に睨まれる必要なない

 
    減薬は 朝飲んでいる薬の まず1錠を 4分の一
         それを続け
同じ薬を2分の1 それを続け   まずは 朝飲んでいる薬を全部減らす
  次に昼・・・あさと同じように減らす

 それができたら 夜の分・・・

  少しずつ・・・ゆっくり

  離脱症状を 離脱と思わずに  人間ならよくあることと思うこと
  眠れないなら寝なければいい
     3・4日後には少し眠くなる
頭痛がしたら 寝てたらいい
  
それと  低温サウナや岩盤浴がいい
  散歩も
    ビタミンB類を多くとる

  だるい時も  離脱と思わないこと
  人間はだるいこともある
  やる気が起きない日もある

   今現在  生活保護を受け障がい者年金を受けているなら
精神薬を飲んで苦しい人生ではなく
 苦しみも悲しみも自分の意思で 薬に支配されないで生きてほしい
      障がいをあるがままに受け止めて 自分らしい人生を暮らしてほしい

そして  働けるようになったら働けばいい
   働けないなら趣味を楽しむのもいい 旅行を楽しむのもいい
      
      昨日、女性の人が傷害事件を起こしたというニュースが流れていた
        映像を見て  精神薬を飲んでいる・・と感じた

彼女は彼女でなく  精神薬によって支配され 殺したくなったのだろう・・・

     精神薬は 人間を幸せにしない 

             

嫌いな事と大切な事

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   遺族の会・・・「わかちあい」は「仲良し会」ではない

    2人・3人・4人・5人・・
仲のいい人がいつも一緒で・・・他の人の悪口をいうのは大嫌いです

    仲間はずれにするのも嫌いです

     私は自助グループを広めてきた

 そして「総合支援」を広げてきた

    日本人は 大局を見据えない・・といわれる

    木を見て森を見ない

     いい子ぶりっこも嫌いです

    ふつうに その人らしくあったらいい

 私もこのまんま   

   女子はつるむのが好きのよう

    私は人間は大好きだけど
         一人も好き  一人が苦ではない

一人っ子だしね

     ベッタリは苦手   

    公園デビューのママを 他のママたちがいじめる・・とか
      社宅で気に入らない人をはじく・・とか
    女性はそんなことが多い
 男もあるけどね

    いじめはダメ  意地悪もダメ
       言葉の暴力はダメ
  ウソを言って相手を貶める人はダメ
   
      幸せいっぱいの人たちは 悲しみを知らないから 仕方ないけど

     悲しみを抱えている人が そんなことをするのは 
      亡くなった愛する人に  唾を吐くようなもの

  あまりにも 人間性がお粗末    悲しみを体験した人たちは  慈しむ気持ちを持ってほしいと思う

  亡くなった子供や伴侶や兄弟のためにも

     生きている人の目はごまかせても
  亡くなった人のまなざしは いつもいつもそばにある

     時々 亡くなった子供に恥ずかしくないのかな~と思う人がいる

       悲しくないのかな・・

        遺族同士は 悲しいご縁

    亡き人から頂いたご縁

      幸せなご縁ではない

  幸せなご縁よりも 大切にしたいと思う
      
        ゆるやかに しっかりと

   おだやかに  ・・・
                健一がつないでくれた縁を大切にしたい

        

いろんな選択ができるように

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自死遺族の「わかちあい」の会

様々な遺族が集う「遺族の茶話会」

 誰でもが参加できる「藍色のこころサロン」

子供を亡くした親が集う「つむぎの会」

様々な遺族が参加できる「法話の会」

 どんな悩みの相談にも応じる専門家のネットワーク「みやぎの萩ネットワーク」

 自死遺族の法的相談のための「自死遺族の相談センター」

    にかかわっている

  選択肢が多くなるように・・・という思い


      遺族に選んでほしい

電話やメールfacebookのメッセージやFAX・・・個別面談相談
    精神薬の相談も多い

 元気で生きてほしい・・・と願っている

     最近・・また手紙を書く時間がなかなか作れていない

    明日は息子のお墓があるお寺で芋煮会
     今日は準備に行ってきた

    東京に行くことも多い

  今月は3回 泊まりが2回
    11月も3回

    昨夜 数年ぶりの遺族からメールが届いた

       角田市の会議の資料が届いた

厚労相の会議もある

   円卓会議もある

藍の会の10周年のイベントも予定している

 奥州市へも11月に行く

 12月は法話の会 茨城・仙台・尼崎 参加予定

   シンポジュウムもある

 合宿の会議もある

       知事にも会いに行く

   教育委員会にも

       県内の行政機関にも

  どんなに忙しくても 家事が本業

   

わかちあいは総合支援の一部

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 支援

 自死遺族支援

 悲しい気持ちを語り合う「わかちあい」
だけでは
  総合支援にならない

 生きて行くための総合支援が必要だと訴えてきた

     しかし

  支援の多くは「かなしい」という心の支援だけを目的としている

    多くの自死遺族の支援団体は「悲しい」ケアだけ

全国自死遺族連絡会は総合支援

     考え方が違う

  全国自死遺族連絡会が  悲しい気持ちを語り合う「わかちあい」は遺族だけ
             法的問題はそれぞれの専門家
          行政の福祉資源が必要な場合もある

  だから 区別して分担して  連携したら 総合支援になるのです。と訴えてきた

  ところが 法的専門家の資格もない
       遺族の話を聞く以外に なんにも資格のない人たちが
(口が悪くてごめんなさい)
   
     悲しみは愛しさだとか悲しみは取り除けないとか
     悲しみもまた私のもの・・と遺族に言われると

    支援する出番がない・・・だから

        遺族だけの活動を排他的だとか
         攻撃的だとか いうのだと思う

    普通にわかちあうことは遺族同士でできる 遺族同士でなければ   
      わかちあいにはならない

    わかちあうことだけでは 元気になれない遺族は
  セラピストや 治療になるのだと思うが

 そんな資格もない人で・・・でも遺族の支援がしたいという人は
     悲しい話を聞くボランティアになるのだろう・・・

    癒したい人の卑しさ

      悲しんでいる遺族が望みらしい

     でもあまり悲しみが激しいのも困る

      適度に悲しい遺族の参加があって

 いつまでも元気にならずに  悲しみに暮れていたほうがいいらしい

  かわいそうな 哀れな遺族が望みのようだ

    だから 私はそんな人たちには煙たい存在のようで
          陰でいろんなことを言われている

 でも 私は気にしない

     総合支援を目的として 活動をしているから
      

   息子のまなざしを いつも感じて
  息子と共に 悲しみと共に 活動をしてきたしこれからも続けて行く

     いつも健一がいるから

私のブログは毒舌ブログ

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田中だけが遺族ではないという人たちがいる
    「そりゃそうだ…私も私だけが遺族だとは言っていない」
 一人で声をあげたころ
  支援者たちは蔑んだ
      散々なことを言われ 本気で誰も相手にもしてくれず
   自死遺族がわめいている…扱いだった

  遺族の支えもあり、また心ある人たちの支援もあり
専門家とのつながりも増え
   やっと国にも認知されたら
今度はまた指導する支援者が現れる

    知識のない遺族と思っているようで
      ブログの内容まで指導される

    他の遺族支援団体は 黙っていても国や地方自治体に認められ
       即 会議の委員になっている

  全国自死遺族連絡会は6年間 粘って粘って 国を訪問しお願いを続け
    委員の資格として提示された事も「確保し
ようやく 本当に  ようやく
   自死遺族の団体が国に認められてきたのです

     自死遺族の支援についても  ようやく意見が言える団体になったのです

  悲しいことに 新しく遺族になっていく人が絶えない
     その人たちの
       少しでも 悲しみ以外の苦しみを取り除くために
 国に働きかけ 専門家に伝えお願いし
    連携を作ってきた・・
     まだまだほんの少し連携だけど
       広げて行かなければ・・と思っている

 自死への差別問題の撤廃のために

  仕事でなく自分が望んだボランティアだとしたら
   遺族の批判をするなら ボランティアをやめたらいい
   ボランティアも遺族支援だけではなく 選択肢がたくさんあります
   楽しいボランティアもたくさんありますから

   自分が望んで 支援をして 支援の対象の人たちの批判をするって 
      わかりません

    私は支援者にはなれないし、なろうと思っていない

     相互扶助  おたがいさまの精神の活動

  私だけが遺族ではないけど
    私も遺族です

    私が遺族であることを忘れる人が時々います

      息子を亡くしています…悲しいことですが。
今も 11年前と同じように悲しみを抱えています

   岡先生が講演で少し触れていましたが

 遺族当事者が遺族の支援者になるのは 難しい・・・と
     支援者という立場になった遺族は 遺族ではあるが支援者という立ち位置にいる

    私は支援者ではない

  癒し人にはなれない 

   わかちあいの時は 同じ遺族・・という立ち位置

     代表という立場があるので
何か、問題が起きたときは 私が責任をとる立場

  お手伝いの遺族には責任は取らせない

      そして このブログは 私のひとりごと
 
    私のブログ  
 
    お断りしておきます

誰か特定の人を対象にひとりごとを言っていません誤解しないでください


口調がきついから誤解が多いようですが・・・

言葉

チロリアンデージー070217a-l[1]

   愛情は 表現したほうがいい

 子供には たくさんたくさん 愛していると伝えたほうがいい

 黙っていてもわかるだろ・・・という人が多い

   わかるわけがない

 今 流行の  「発達障害」
    場の空気を読めない子供は障害児
  相手の雰囲気や顔色を伺い 話が出ない子は障害児
 相手に合わせられない子供は障害児

     大人でも言葉にしなければわからないのに
    どうして子供に そんな高等技術を求めるのか理解に苦しむ

   教員も保健師も医師も・・・相手の気持ちなんてわかってない
             笑顔が必要な時でも笑顔がないし
        答えてほしい時でも 聴いているだけ

   言葉で伝えることは必要
  声に出して伝えても 伝え方が悪いと伝わらない
      人に自分の意思を伝えるのは難しい
 何度も何度も
   納得するまで伝える・・・のが 医師や教員・・・

   家族も 言葉にして伝えよう
       行動で示そう

 何度も何度も

    いつもいつも  こころから伝えよう

  お兄ちゃんが逝ってから

    次男には いつも愛していると伝えている
 大切だから 愛しているから
     大事だから・・・

  と・・・  ハグもする

     頭もなでる

  かわいいから・・・と

大きくなると子供に伝えない親が多い
   私もそうだった
言わなくてもわかるだろう・・なんて思っていた

   お兄ちゃんが逝って

もっともっと たくさん あなたを愛していると伝えたかった
       私の命よりも 大切で愛していることを伝えておけばよかった

   世界中の人が批判しても 私は健一を愛し続け 誇りに思う
親バカと言われようが 私にとっては 愛する息子

    今も 深く愛している

   後悔はもうしたくない

    一日一日を精いっぱい 生きる

   一日一日 お兄ちゃんと暮らせる日が近くなる

     

いのちとお金

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人のいのちは 金では買えない

 息子が生き返るなら  すべてを投げ出して差し出したい
   このいのちも 息子が生き返るためなら 迷うことなくささげたい

   子供が死んで 1億円100億円 もらっても うれしくない
     何の意味もない
 
   貧乏しても 朝から晩まで 働いてもいい
     息子のいのちがあったらいい

     80歳になっても 90歳になっても  働いて
        食うに困っても お兄ちゃんが生きていたらいい
みんなで働く・・・
   
     息子の命と引き換えのお金があっても
             幸せになれない

 金では幸せは得られない

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          こんな事を話してくれた若い人がいた(わかちあいではない)

 借金のあった自分の母親が 父親の自死で入った保険金で借金を返し
   残りのお金で 旅行三昧  海外にも・・・
  嘆いていた
  父親がかわいそうだ・・・と
    母親を許せない・・と

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  実の母が亡くなった時
     一人娘の私に来るはずの遺産が・・・
いつの間にか
  母の養女になっていた(亡くなる1か月前)母の兄嫁の妹が 生前に 預金解約
     定期預金解約 株券売却
総資産2億円
   一円も 相続しなかった

   遺品も一つも一人娘であるはずの私はもらっていない

   法定相続人である請求をしなかったあえて・・・

      私が働いたお金ではないし、母の意思で私に遺さなかったのだろうからと解釈
         
    13回忌の時に

   母名義の土地が(名義変更を忘れたのだと思う)会社名義の土地のど真ん中にあって
   会社が傾いたとき 売却のために 養女から私に弁護士を通して
      印鑑が欲しいと言ってきた
13回忌の時に
   養女と半分の金額が 唯一母からの相続となった

   人のいのちが失われて手に入れる お金はうれしくない
  かなしいだけ・・・
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実の母の時も 息子の時も
    お金のことで 嫌な気持ちになった
  
   心底悲しんでいない人たち
泣いていながら お金を数えている人たち

    私は苦手     卑しくはなりたくない

決して裕福ではないが
    悲しみの裏で 思わずほくそ笑む自分にはなりたくない

精神薬と遺族

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  遺族が元気になることを目標に活動をしてきた

 だから 悲しいという理由で 精神薬を飲んでいる遺族には 減薬断薬を勧める
 なぜなら 精神薬を飲んでも 悲しみは消えないことが分かっているから。

 悲しいこと・苦しいこと・・悩みもあれば落ち込む時もある
    それは人間として当たり前の症状
病気の症状ではない
亡くなった健一と私の大切な悲しみ お兄ちゃんを愛しているから故の悲しいという感情
     薬なんかで ごまかしたくない
 ごまかしても仕方がない
   事実は事実として受け止めなければ
 
 胸が張り裂けそうになっても 
   胃がキリキリと痛んでも
お腹がギュッと痛くても
       全身の力が抜けようとも

   健一の死は事実 この悲しみから逃げない
  逃げたくない  親だから
     お兄ちゃんは私よりも 悲しくつらく苦しい思いをしたのだから
 子供に苦しみを背負わせて
  親の私が 楽に生きようなんて
       ・・・
それでも 生きているから楽していると思う

   美味しいものも食べれるし・・ね

 
   遺族の悲しみは助けられないが
      他のことなら 手助けできることもある

   私にできなくても 専門家につなぐことはできる

    遺族支援という言葉は嫌い

  支援者にはならないと決めている

    お互いさま

    自分の力だけではなく 他の人たちに支えられて 生きていることを思う

  遺族も 少し時間が過ぎたとき
     1年・・・2年・・と・・・
ほとんどの人は 周りが見えてくる
 
     いつも自分  自分  自分

 相手がいることも忘れ・・・自分  自分

      そういう人は 集団のわかちあいは厳しい
  個別に
1対1でのわかちあいをしばらく続けることが必要

    わかちあいは 一人のものではない

    相互扶助

 我慢して参加する会ではない

   喪の作業は 目に見えない程度の歩みで少しずつ 穏やかさを取り戻す

    何年たっても悲しみは変わらないが

  気持ちは穏やかになっていく

しかし 精神薬を飲んでいると
      感情の起伏が激しく
    人への配慮が欠けてしまう

      夜中の電話のほとんどは精神薬を飲んでいる人

    遺族も精神薬を飲んでいる人は夜中のメールや夜中の電話・・・

    自助グループの必要性を特に感じてきた

    自助グループはコミュニティーを形作る
       
      わかちあいの会 以外の時間も連絡ができる
  わかちあいの時間以外にも相談ができる
     わかちあいの時間以外にも会うことができる

   支援者の会は  わかちあいの時間だけのお付き合い

     1か月1回 1年に12回  時間にすると1年間で48時間くらい

    自助グループの活動は わかちあい以外の時間も大切にしている

      一人の遺族と手紙を100通やり取りしたり
    メールを1日に20通一人の人と交換したり

  電話で8時間話したり

  個別に会って 15時間話を聞いたり

       遺族にはとにかく元気で生きてほしい

   悲しみはそれぞれ自分でしか 抱えられないから・・・
   
他の遺族の悲しみを 代わりに抱えてあげられないから・・・

    

歴史のある遺族の会

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  東京のある会

    最近 傷つく遺族が増えている(参加した遺族から悲痛な声が届いています)

     以前から 遺族を怒鳴ったり
     自死遺族同士仲良くなってはいけない とか 言っていた(私も言われたことがあります)

   最近 ひどくなってきたように思う

     遺族ということに拘るべきでない
      恋人も友人も知人も 同僚も 遺族と同じように悲しいんだ・・といったりする
(これも 私も含めて数人の遺族が聞いています)

       自死遺族のこともよく批判する
(私のことも以前から批判しています)

      どうしてしまったのかな・・・・

 10年前とは 違ってしまった気がする

  平山先生がいなくなったことは大きいのかな
      *********************************************
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(ブログを読んで 自分のことだと勘違いして、コメントやメールが届きますが
以前にも書きましたが 皆さんが思っている以上に遺族のつながりが多くあります。
  毎日のように新たな遺族からの連絡もあり 1年に相談が1万件以上です。
 わかちあいの会以外のつながりのほうが多いのです )


  ✤これは私のひとりごとのブログ✤

        遺族も 家族が死んで楽しいなら わかちあいに来ることはない

  家族が自死して ルンルンと毎日楽しいのに なぜ わかちあいの会に参加するのだろう

  悲しみを分かちう会に  死んでよかった・・・という遺族が参加する理由は何だろう

             家族が死んで 楽しい人は  愛がない

  悲しみは愛しさと共に・・・

 愛しているから悲しいという感情が沸き起こる
     愛していない人は 悲しくない
悲しくない人が  死んでもらってよかったという話をしに 会に参加する意味が分からない

    遺族もそれぞれ 様々

   死んでくれてよかった
  という遺族もいるだろう

      死んでもらって 幸せだと自慢しに来るのかな

     病んでいる気がする

     遺族も本当にさまざま

     会も様々

        私は 支援者グループにもそれなりにいろいろと参加したことがある

    だからこそ  自助グループを立ち上げた

 自助グループの欠点もあるかもしれない
  が 支援者になるのは大変だと思うから
    支援者にはならないつもり

     

   楽しくルンルン気分の遺族は  わかちあいではなく  ランチ会や夕食会に参加したらいいのに・・

     また遺族というくくりに拘らず
 幸せルンルンの人たちの会に 参加したほうが・・と思う

 幸せな人たちの会はたくさんある


       自死遺族のわかちあいの会は元気になっていくための集いだけど
          楽しくルンルンな遺族のためにあるのではない

       楽しくルンルン気分の人は  卒業です

     東京には「みずべの集い」がある
         世田谷と渋谷で開催している

     川崎市には「カーネーションの会」もある         

奈良と尼崎の法話の会の日程






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10月15日 浄土宗布教師による遺族むけの法話をきくつどい 開催のお知らせ
10月15日(土曜日)奈良県葛城市 西光院 にて
浄土宗布教師による遺族むけの法話をきくつどい
を開催します
「西光院」(さいこういん)
奈良県葛城市竹内959
近鉄 南大阪線 「磐城駅」 徒歩20分(駅にタクシー乗り場があります)
14時00分 受付開始
14時30分~17時00分 開催

法話の会の流れ
① 法話をきく
遺族向けの法話を聞く時間です

② 追善回向(供養)
回向(供養)をご希望の方は受付の時に申込み紙をお渡しします
戒名または法名のある方は記入して下さい、戒名または法名のない方、わからない方は、名前を記入して下さい
事前に申込み用紙に記入し持参される方は
http://houwanokai.jimdo.com/
から印刷をして下さい
回向(供養)を希望されない方も参加できます

③お茶会 (わかちあいの時間ではありません)
僧侶さんたちを囲んでのお茶会です、回向(供養)について分からない事がある、法話でよく分からないところがあった、こんな法話がききたい…等気軽に僧侶と話のできる時間です

ひらめき電球
これまでに法話の会に参加された方で「浄土宗のおつとめ」深緑色のお経の本を持っておられる方は持参して下さい、ひらめき電球お数珠を持っている方は持参して下さい。
持っていない方は貸出しもありますので受付で申し出て下さい

お問い合わせ howa2015@yahoo.co.jp
(連絡係りの遺族にメールが届きます)


12月17日(土曜日)
成道山 「法輪寺」
兵庫県尼崎市武庫之荘4-4-10
阪急神戸線 「武庫之荘駅」 徒歩9分
14時30分 受付開始
15時00分~17時00分 開催

精神科医療

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あなたの受けている治療は間違っていませんか
 治りたい 
  元気になりたい
   と  多くの人たちが治療をうけています
もしあなた自身やあなたの大切な人がいま、精神科医療を受けているなら
   そして不安や疑問を感じているなら
一度考えて見えもらいたいのです。
「診断は正しいのか?処方された薬の効能は?副作用は?」と
 
多くの人たちは「専門家である医師が間違えるはずがない」と思うでしょう
しかし
治療を受けるたびに薬が増えている
 思考力が低下している
口が閉まらない
手が震える 悪夢を頻繁に見る
突発的に攻撃的になる
 顔の形相がかわったなどなど
「あれ?」と 感じていることがあったら、それは誤診・誤処方によるものかもしれません
それでも医師を信じたいと思い
医師の指示に従い
治癒を願い
不安や疑問があっても「治るために」
 薬を呑み続けている人が多いのです
 しかし現実には治療を重ねるたびに状態は悪化し
新たな症状が増えていき
 最悪自死という事態に陥るケースもあります

死にたくて死ぬ人はいません
 生きて痛いと願い
医療を信頼し 幸背になりたくて精神科医療に
こころを託した人たちの命を懸けたメッセージを少しでも役にたててもらい
 うつ治療の常識と言われる知識や情報の再興へとつなげ
治る精神科医療になることを願っています

    こんな思いで 精神科医療の問題を自死の対策に提案しています

遺族の悲しみという感情ですら 精神疾患という精神科医
    悲しいという感情が半年で消えないと複雑性悲嘆という病気であるという国の指針
悲しむことも許さない社会
   異常です
   子供が亡くなって 楽しくてルンルンしている親がいたら
   むしろその親のほうが病気です

でも 国は・・・行政は・・・保健所の考えは
  国の示す指針の通りに仕事をしている真面目な人たちなので
      相談に行った遺族や遺族の会に参加した遺族を
   精神疾患者だとみて、支援をしている

  人間らしい感情が精神病になる国日本

      いまに 精神疾患者であふれてしまいそう

   うつ病だらけ あの人もこの人も 私も君も  みんなうつ病

   うつ病なんですと ステータスのように言う人が増えてきた・・芸能人も・・

 正しい知識は必要です
    製薬会社とそれに買収されている医師の
    病人生産のための口車に乗らないこと

まず 精神科に行かないこと

   なんとかなるから・・・

愚痴を言い  弱音を吐き
   適当に  いいかげんに ・・・生きたらいい

1回きりの人生  
          自分らしく生きたらいい
人と比べない人生を・・・

   精神薬には支配されない人生を・・

今の私があのころだったら
  健一も今頃は生きていたのかもしれない

あ!というまの10年

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息子健一が亡くなり 半年後から活動をして10年が過ぎた
 11年目・・毎日 寝ても覚めても 自死の問題だけを考え
    国の対策を調べ意見を言い続け
         差別と偏見と闘ってきた

 全国自死遺族連絡会を一般社団法人に登録し
     社会に自死遺族の自助グループの活動の広報をしようと考えている

  これまでのホームページは 自死遺族に向けての内容
      そのホームページも継続しながら
 活動団体として
   世間に知ってほしいと思うようになってきた
   それは 自死遺族等への差別と偏見の是正にもつながるはずであると思うから・・・

    新たなホームページに掲載する一つに講演記録を考えている
     記憶はあいまいなので  チラシや依頼書メール等で確認しているが・・・
なかなか進まない
   一年に10回だとしても100回・・
      行政や専門職の会に呼ばれていることが 多い

    この間 つくば市で1年に100回公演している人と一緒だった
      私の10年間に100回は少ない方だと思う

    それでも そんなに講演したのかと・・年月を感じる
 健一が逝ってもう11年
     長かったような・・・過ぎてみればあっという間のような

    10年があっという間  あと「あ!」「あ!」と2回言えば30年が過ぎる
  それまで 差別と偏見はなくしたい
   自死もなくしたい
          頑張らなきゃ

   一人ひとりの遺族とのつながりも大切にしたい
      が
なかなか 思うようには応えられていない
    
      喪われた命の意味を 伝え続けて行きたい

    決して 無駄にしない
            
  やるべきことがありすぎて 能力が追い付かない

       でも 頑張る

    支えてくれる人たちの恩に報いるためにも・・・

    

つながってください

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自死遺族という生き方をして11年

   つながってほしい・・・と思っている

 私だけではなく つなげていいよ・・・と言ってくれる遺族が大勢いる
   何もできないかもしれないけど
       同じ気持ちで悲しみを苦しみを聴くことはできるよ・・と言ってくれる遺族がいる
悲しいご縁だけど
    先に遺族になった人たちがいる
       つながらないほうが幸せな悲しいご縁だけど
      悲しみと共に生きてきた遺族がいる

     全国に遺族のつながりがたくさんある

    紹介はできる・・・
もちろん 私も
     つながる・・・

   でも つながりが必要でなくなったら
           離れたらいいだけ
    スーッと 黙って つながりをきったらいいだけ

    必要な時に つながっていたらいい

      それだけでいい

   なんでも相談してほしい

   我慢しないで  頑張らないでいい

   情報開示の問題も  過労自死も
   いじめも・・・パワハラも
債務も・・・
  相続も 税金も  登記も 遺族年金も
    なんでも・・

 私ができないことは  それぞれの専門家・・私の知り合いの専門家につなぎます

  こころある専門家がいます

    悲しみは 支援できないけど
他のことなら なんとかできるかもしれない
     11年前なら 専門家のつながりも少なかったけど
 今は・・・たくさんいてくれる

 悲しみは  ずっと抱えて生きていくだけ

  誰にもケアはできない 誰も誰一人・・・・

愛する気持ちと同じように悲しい気持ちも自分のもの

    

悲しみは愛しさと共に




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「悲しみは愛しさと共に」          
悲しみも様々・・・私の悲しみは息子を突然自死で喪ったこと。
息子を亡くした「悲しみ」には回復がないこと、消えないこと、
年々深くなる悲しみがあることをどのような言葉で表現したら、
周りの人たちや遺族にも伝えることが出来るのか悩み抜いた年月があります。
長男を34歳で亡くして、11年。
今でも毎日涙が溢れ、胸が痛くなる悲しみは変わらずわたしの中にあります。
「悲しみは愛しさと共に」(岡知史)
 いつも無口な一人娘を亡くしたお父さんが
「悲しみもまた私のもの」(岡知史)というエッセイを読んで一言「胸の痞えがストンと落ちた」と。
「私の悲しみは私のもの、誰のものでもない私の宝物」という遺族。
「時々愛おしく宝石箱から取り出してみる悲しみ、」
「あなたのこと、1日として忘れたことはありません」
「いいんだ、何年たっても悲しみがあっていいんだ」・・・って思える
「悲しみは愛しさと共に」

普通に幸せに生きてきた人が突然に自死遺族になったとき、「悲嘆について」「自死遺族の悲嘆とは」「悲嘆回復」「グリーフケア」「遺族の心理」「自死について」「うつ病とは」「スピリチュアルカウンセリング」等々の内容の本に救いを求める人が多いのですが、それらの本には、悲嘆はそれぞれではあるが、徐々に回復していくものとして書かれてあり、回復しない悲しみは病気である,と記しています。「私は本に書いているように回復していない、異常なのだろうか」と思う遺族もいます。


私自身も、そんなひとりでした、誰一人、悲しみが、愛とイコールだと示してくれることはなく、自分の気持ちと一致せず苦しみました。
深い悲しみがあるのは、それだけ深く愛しているから・・・だという言葉と出会うまで、苛立ちと憤りの中で焦ってさえいました。悲しみは取り除くべきもの、生きて行く上で幸せになるためには邪魔者のような存在という考え方としてグリーフケアがあります。
悲しみを肯定してくれる言葉「悲しみは愛しさと共に」「悲しみもまた私のもの」何十年たっても悲しみがあってもいいのではないか


、なぜなら愛しているから悲しい、愛からの回復はないから。「悲しみは愛しているから・・・」「癒されない悲しみもある」



こんな、単純で明快な言葉で遺族の悲しみを表現してくれたのは岡先生だけでした。






世間も遺族も心のケアという一見心地良い言葉に惑わされて、心の底にしっくりこなくても、回復したと思うように努力していた遺族が多かったのではないでしょうか。
世間から病的な悲しみだと思われないように、無理して周囲にあわせて、陰では泣いて生きてきた遺族たち。


「こころのケア」の専門家と自負するひとたちも、こんなやさしさ溢れる言葉で、悲しみを想像したことはないでしょう。



「死別の悲嘆からの回復」半年たっても、まだ深い悲しみにいる自死遺族は、精神的な病であり、訓練を受けた支援者が話を聞き、悲しみを整理するように導き、気持ちが安定することが重要であると、支援者団体の支援者の手引書には示してあります。今もそんな考えが支援者には浸透しているようです。



しかし、どんなことをしても、愛する家族の死を忘れることはできない。
忘れようとも思わない。
息子を亡くした母である私にとってそれは、わが子がこの世に存在したことの否定につながります。
親がわが子の存在を忘れることなど絶対にありえないこと。
なぜ、忘れなければならないのかという思いで、
自死遺族支援、グリーフケアという絶対的正義の「心のケア」との闘いを続けてきました。
自死とは、自死遺族とは、家族を亡くした悲しみとは、
そしてその支援について語るとき
、「当事者不在の自死遺族支援を見直してください」
「当事者で無い方々が自死遺族の思いを正確に代弁することは難しいと、考えてます」
「遺族の声を聞いてください」と何度も訴えてきました。
しかし自死遺族当事者の声は届きませんでした。
「心のケア」だけが強調され、自死遺族は「悲しい人・精神的に混乱している人・すぐに傷つき、PTSDやパニック障害等を持つひと」それが自死遺族だという認識が蔓延していたのです。半年で悲嘆が回復しない遺族は「複雑性悲嘆」という病気であるとか、最近では2週間で「悲しみの回復」が出来ない人は「うつ病」であると米国精神医学会の診断基準が発表されたりしています。



遺族は「悲しみを抱えた人」ですが、普通に生活しています。ただ、「自死」という死を、「病死」「事故死」と偽って暮らしている遺族が多いこともあり、自死遺族は、「自死ということを話す場所」がない、どうして、本当のことを言わないの?と聞くと、「悪いことをした、迷惑をかけたから」と。「誰に?」というと「世間に!」といいます。
まだまだ、普通に自死を語れる社会にはなっていません。
だからこそ、当事者本人だけでの「集い」が必要なのですが・・
自死への偏見と差別が、遺族を語りにくくし、
語れないことを逆手にとって遺族は何にもできない人という更なる差別が生まれ
「自助グループ本人の会」の立ち上げに反対をする自死遺族支援担当者もいます。

自死遺族の中には悲しんでいる時間すら与えられない人もいます。
自死という死だから発生する、賃貸物件への賠償金、大家への慰謝料、
いじめや労災問題、パワハラ等の提訴、そして借金の整理など、
亡くなったその日から現実が目の前に立ちふさがりますが、
具体的解決のための支援はほとんどありません。




「こころ」「悲しみ」の直接的な支援はできないことをご理解していただき、「具体的問題」解決の支援の構築をしてくださることを願っています

遺族のひとりごと

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 遺族の気持ちとは
            全国自死遺族連絡会
                                 
遺族のひとりごとを集めました

◆簡単に励まさないで
「そのつらい思い、わかる、わかるよ」と、親切心からの言葉だと 思いますが、このつらい思いがかえって軽んじられるようで、一層つらくなります。「若いんだから、まだまだ先があるから・・・前を向いて・・・」「生かされてやるべきことがあると思うよ」と言われて、亡くした人を軽く考えられているように感じました。



◆今の気持ちに心を寄せて
「昔から“時薬”と言われているように、いずれ時間が経てば、必ず気持ちは楽になりますよ」と慰められても、今とてもつらい思いをしている自分には、何の慰めにもなりません。今がつらいのです。


◆善意の押し売りはやめて
善意から慰めようとして薦めてくださるのでしょうが「何々などの趣味は心にいいですよ」「外にでてお花でもみたり、ペットを飼われると、アニマルセラピーとかで、心が癒されますよ」等と、押し付けないでください。自分がこれまで好きだった趣味さえ気持ちが向かないのに・・・



◆他の子が代わりだなんて言わないで
「あなたにはまだ、もう一人子供がいるではありませんか、その子を代わりだと思い、なくなった子供の分まで大切にしてあげて」と諭されたとき、どんなに傷ついたことか。亡くなった子の死を悲しんでいるのに、そのようなことを言われ・・・



◆何処で、どのようになどの質問はしないでください
「なぜ、そのようになったのか」というような理由は詰問しないでください。そのことが、どれほど私の心をズタズタにしてしまうか、わからないのですか・・・
遺族がしゃべらないことは、あえて質問しないでください。




◆私の大切な人が、あの世で苦しんでいるなんて言わないで
遺体が見つかっていない遺族や、葬儀や埋葬をしていない遺族に「成仏していない」とか「天国にいけない」などは言わないでください。
「死に様はいろいろあるけれども、死んだら皆平等です。亡くなった方は全て安らかですよ」という宗教者の言葉で心がほっとしました


◆グリーフケアとか心のケアとか言わないで
遺族のケアってなにをするつもりですか
大切な家族が亡くなって、悲しいのはふつうです。悲しみを取り除こうとしないでください。遺族の悲しいは「愛しい(かなしい)」です。深く愛しているから深い悲しみがあります。
記憶は消えませんし、消せません。愛は消せません。
亡くなった人が生き返らない限り自分たちの回復はない!と遺族は思っています。「ケア」と言われるたびに傷ついていること、知らないのでしょうね。




◆疲れない距離で接して
人と会ったり、電話で話したりすること自体が大変な負担でした。気持ちの負担にならない距離で,会わなくても気にかけてくれているのが伝わると、安心できました。こちらのペースでやり取りできる手紙やメールがありがたかったです。



◆こちらが話すまで、死について触れないで
故人や死に関連する話題は、たとえ、どんなにためになる話でも、拒絶反応がおきました。私が死について触れる話をしないときは、そっと、さりげない話がありがたいです。(季節の話とか)






:みんなが同じなんだからあなただけが辛いんじゃない・・・
:仕方のないことだった・・・
:いつまでも悲しんででも仕方ない・・・
:市にたてついてそんなにお金がほしいのか・・・
:親がいつまでも悲しんでいたら犠牲になった子供がかわいそう・・・
:責任は誰にも問えない・・・
:もう大丈夫だから元気になったとなんで言えないのか周りのために・・・





◆安易に精神科医療を勧めないで
精神薬を飲んで、ある日肉と骨がバラバラになる感触があり、怖くてやめました。それ以前に、悲しい自分の心と、テンションが高くヘラヘラ笑っている自分との違いに、自分を責めて生きている資格がないと思った時期があり、薬をやめてから普通の悲しい自分でいられています。(心のケアの人に勧められて精神科医療機関に通っていました)
薬を呑んでも悲しみは薄くはなりませんでした。よけいに苦しかった

自死対策の委託事業の請負団体

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本当にこの国の自死を減らす気持ちがあるなら
  自死の対策に当事者の声を反映させてください

  という チラシを平成21年度に作成し  東京霞が関の厚労省の前で配った
    現在の自死の対策は 自死という問題の核心に切り込んでいません

普通の市民をうつ状態に陥れる社会的要因を取り除き
 直接自死の元を断つ施策にこそ 予算とマンパワーを充ててください
  私たち当事者の力を活用し 毎日100人もの人が自死で亡くなっていくという異常事態に一刻も早く終止符を打ってください

     おおまかにまとめるとこのような内容です

    内閣府から厚労省に対策の中心が移管され
      せっかく進んだ対策が 後退しています

    地方行政に対策の義務化をした
    
   そのことで何が起こるか

     自死の対策の専門団体と自負する(素人の集まり)ところに事業委託をしたり
  提携をしたルする自治体が増える
     研修会や講演会が開催されて
        同じような人が全国で同じ話をする
同じ団体に丸投げの事業が全国で実施されていく
   
     自死のビジネス化の促進
   
 NPO法人の代表は給料を得ないから
  たくさん講演に招かれることで 収入が増える

    飛行機はビジネスクラス
  新幹線はグリーン車かグランクラス
      車は外車

 という 羽振りのいい生活ができる

 まさしく 自殺は金になると
     NH〇をやめただけはある

   彼らにとって 遺族は道具である

   彼らは減らす気はない

     しかし

 自分達が事業をしている地域は すばらしい対策をしているとアピールをして
    (減っていないのに)
    事業を確保し 講演を増やしていく

   良心というものがないのだろう

 金と権力?名誉?のためなら

     他人の命は 道具である

    いのち いのち いのち と連発し

 耳障りの良い言葉を並べる


   彼らには  本当に減らす気持ちはない

       だから 私たちの活動を受け入れない

 

私は息子を逝かせた母
毎日毎日

   心から願う

 生きてください

     生きてほしい・・と・・・

祈り続けます そして子の命が尽きるまで 活動を続けます
  ゼロになることを信じて・・・




   

自助グループの必要性

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自死遺族  本人が開催している「わかちあい」の会

 沖縄にもある那覇市の 「くくむいの会」

   九州には久留米市で開催の[モモの会」

山口県には岩国にある「木漏れ陽の会」

    鳥取には「コスモスの会」

     全国で 地元の遺族が開催している

      代表は それぞれに 親を亡くした人
                    子供を亡くした人  兄弟姉妹を亡くした人
                          伴侶を亡くした人  
         
             お手伝いする人もスタッフという立場の人も 全員自死遺族

      同じ苦しみ 同じ悩み 同じ悲しみ

              そんな自死遺族が集う場所
   それが 自助グループ  自死遺族本人の会


           定期開催をしている会と 不定期に開催している会がある

     1年に1回開催もあれば
     毎月開催もある

         1年に1回でも 必要な人たちにとっては大切な時間となる

   今は
   集うだけではなく  メールでもつながれる

    ブログという形でもつながれる

        電話やFAXだけでもつながれる

          一人ではないことを知る機会は多くなった

    自死遺族本人が主催の会は自死遺族だからこそ必要

        「自死でした」といえない世間

         知られたくない遺族

  知られたら 偏見の目で見られる社会

         「うつる」「気味が悪い」「引っ張られる」
    「たたられる」・・・・・・・・・・と言われる

  お祓いをした方がいいと親戚にまで言われる自死

     だから 自死という事を隠して生きている人が多い

         自死でしたと話せない・・・

       自死遺族であるからこその事情がある
           部外者の参加しない当事者本人だけの集いは必要となる

      知られてもいい死 話せる死

     それでも 部外者に心の内は話せないと思っている人が多い

     悲しい自分の胸の内を 幸せな人に話したいと思わない

          同情されたくない
   憐れまれたくない   ・・・・・・・・・不幸な人だと蔑まれたくない

  比べられたくない

          プライドはある

 悲しい経験はしたけど
       悲しみはあるけど   人間として下ではない

      対等に接してくれる支援者は少ない

         支援する側という立場が態度に現れる人が多い
  
        
     世間に知られたくない死  自死

          自助グループ 当事者本人の会は 自死遺族だからこそ必要

       静岡市にもある
 
東京にも・・・茨城にも  栃木にも・・・

     47都道府県 それぞれに ひとつほしい

       自死遺族の自助グループ

自死の原因・健康問題=精神科医療

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精神科に行かないこと

  仕事で疲れても 熟睡できなくても精神科に行かないこと
     離婚で落ち込んでも失恋で落ち込んでも
       精神科に行ってもどうにもできない

 気分の落ち込みや  熟睡できないことも

    朝の目覚めが悪いことも  体力がおちてきても
      
精神薬は飲まないこと 
私たちは
   精神薬とは・・・を 知らなすぎです
      
製薬会社の宣伝を信じすぎです
あれは あくまでも宣伝・・売るための言葉 CM
    
     ルンルン 気分になる薬は存在しません
  ハッピーになる薬も存在しません

   失恋して落ち込んでいる気分を 一気に解消し 幸せ気分にする薬・・存在しません

子供が死んで かなしい気持ち  それを解消して 悲しみが消える薬・・ありません

   ましてや子供の発達を促進する薬なんて あるわけがありません

     製薬会社の宣伝文句を患者にそのまま伝えるように
       医師を買収して 医師に言わせ
         精神科に来た人は ブラックホールのように  抜け出せないようにする
   薬を呑んだら最後 
      一生飲み続けるように仕向ける
         患者もまた 飲んでも飲んでも治らないから飲み続ける
    くすりを飲んでドンドン悪化しても
         治らないのは病気が悪化していると思ってしまう
 治すために薬を呑んでいる
  飲んでも治らない 薬を増やしても治らない
     悪化の一途をたどる
   薬が効いていないのだとなぜ思わないのだろう
   効かないから悪化していくのに・・・
     
  薬を呑まないと もっと悪化すると思いこんでいる

     でも 少し立ち止まって考えると 変だと思うはず

     薬を呑まない頃よりも 飲んだ時期から悪化してきた

      飲まないほうがまだよかった

だったら 薬をやめて 様子を見たほうがいい
     薬をやめても悪化はしない
   悪化したのは薬を飲んでから・・・
    
 悪化するとしたら 薬物の中毒症状がでるから・・・

  効能よりも・・・副作用のほうが圧倒的に多いのが精神薬

効能の説明ははあいまいなものが多いが副作用は正確に示されている
    効果は確実なものはないのだが
   副作用だけは 研究段階で顕著に表れている

  隠してはいない

公式の薬の説明文書にはきちんと書かれている
 ただし 医師の説明時には 副作用はひとつか二つしか話さない

添付文書を示したら 患者は拒否すると思っているから

 あんな 副作用の説明書きをもらったら 誰も飲まない

  だから ウソではないが  一つか二つしか説明しない
    故意にだと思う

  借金がなくなる薬もない
    仕事が見つかる薬もない
  勉強ができるようになる薬もない
   友人が増える薬もない
     話が上手になる薬もない
 人付き合いが上手くなる薬もない

  亡くなった人がいきかえる薬もない

   いじめがなくなる薬もない

  過重労働が無くなる薬もない

       給料が増える薬もない
親子関係が上手くいく薬もない
   
  人の悩みや苦しみを解結してくれる薬なんてあるわけがない

    精神薬は悪魔の薬

  飲まないこと・・・

自死者の多くは精神薬を飲んでいました

     自死の原因  健康問題
        この健康問題こそ  精神科治療を受けていたという原因です

自死遺族として

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  自死遺族本人たちによる自死遺族が集う会

 自死遺族だけで 語り合う場所

     それが自死遺族の自助グループ  自死遺族当事者本人の会

        そのほとんどは 遺族からの寄付や参加費
   代表の自前で成り立っている

      行政からの支援を受けている会は少ない

      支援者のいない会

    相互扶助の精神

      ボランティアの会や行政の会は 補助金や助成金 会費や支援者からの寄付が
       潤沢に集まる
それはなぜか・・・

    資金調達に力を注いでいるから

   自死遺族本人の会は  私たちのためにお金をくださいとは言えない
     支援者は言える
   それは
   遺族のために支援しているという善意の行為をアピールできるから

    遺族の自助グループは

  自分が遺族だからこそ  遺族を助けていますとは言えない

      支援しているという意識はないから・・

        しかし 多くの遺族がつながっているのは  自助グループ  遺族につながっている

   支援者団体の1年間の参加数は
       宮城県の 藍の会でいうなら   藍の会の1か月に満たない
そして 「悲しみ」だけの支援
支援というか傾聴 ただただ聞くだけ

 いじめや生活子育て・・様々な問題の相談は受け付けない

      遺族がどんなに困ろうが うけつけない

   支援者の支援の目的は  遺族の悲しい気持ちを聞くこと 
 それ以外は目的としていない
    遺族が元気で生活できるように・・という目的ではない

  悲嘆のケアだけ
     それ以外の支援はしない

      でも

 それだけの支援のほうが 世間はすごいという

     それはなぜ・・・

悲しみのケアをしている人たち・・・

 まるで神様のような・・支援だからだろうか

     遺族である私は  その人の悲しみのケアはできないことを知っている

    その人の悲しみはその人のものだから
       その人の悲しみに手を触れない  さわらない
    悲しみに踏み込まない

     その人が自分の悲しみと向き合う術を学び決めて行くものだから

  私の体験を話す
     遺族一人ひとりの体験
 それらを聞いて  学ぶ・・・自分なりに 得る

        その人のエンパワーメントを引き出す 信じる

     遺族の悲しみもまた その人の力になると信じる

     それが活動の原点

    それでは 絵にならない  目立たない

     だから パッとみた限りは 支援者団体のほうがすごい活動だと見える

      24時間365日 対応  年間相談件数 1万件  と言っても
          すごいとは言われない

  すごいと言われなくてもいいけど

       年間の相談の延べ件数が   20件でも

      すごい活動といわれる支援者がいて・・・世間も信じているからそれもすごい

          (ねたむこころが あるのかな・・わたし)

     まぁ~いいか

     遺族が元気になってくれたら・・・

           変わらず 信念を持って 遺族とつながることを続けようと思う

      亡き息子のまなざしを感じ あの子の死に顔を思い出しながら・・・

                 自死遺族の集いの継続と 自死遺族の総合支援と

  自死遺族等への差別問題の是正と 自死の予防

      死なないでくださいと願う気持ちと悲しみという気持ちを伝えながら・・・

       コツコツと 地道に活動を続けて行きますこれからも・・

   生きてください 
生きていてください