精神薬に支配されている社会





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幸せへの道は 精神科に行かないこと。

 地獄への扉が精神科。

悪魔がやさしい顔して 待っています。




人間は一人ひとり みんなどこか変な部分を持っている

人間を比べてはいけない。

正常な人間の基準は誰がモデル?




変な人間の集団が社会

お互いに認め合う社会を作るのが大人の責任




苦しい時も悲しい時もあり・・悩みも抱え 怒り・憎しみ・恨み・憤り・泣き・笑い・不安もあり・・それが生きること。

解決は精神薬ではなく、自分との会話

自分が自分であること

薬は万能ではない
医師は神ではない

  精神科の必要のない社会が 人にやさしい社会

  精神科が満員御礼状態な社会

苦しみを取り除く万能薬のように信じて飲んでいる精神薬

   苦しみを薬が取り除けたら   宗教は必要ない

 悩み苦しむ人々に 精神薬を飲ませていればいいのだから

  弁護士もいらない

悩み苦しむ相談者に精神薬を飲ませたらいいのだから

 他の病気の医師も必要ない

悩み苦しみ患者に精神薬を飲ませたらいいのだから

    何を悩み 何に苦しんでいるのか 関係なく
 精神薬さえ飲んでいれば  楽になるというのだから・・・

   家が流されても 家族が亡くなっても
借金があっても・・・・難病でも・・・

精神薬さえ飲めば  悩み苦しみことはないという事でしょうから・・

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うつ病増産時代

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上智大学の岡先生のリンク先が変更になったのを忘れていました。
今夜 新しいリンク先を貼り付けました。




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   「消費と生活」という本に足立則夫さんというジャーナリストが書いた記事が掲載されている

「うつ病増産時代」


後半からの文章

「ちゃんと眠れてますか?」
「もしかしたらうつかもしれません」
  国を挙げてのうつ病キャンペーンを背景に、
精神科医の安易な診断、投薬によってうつ病が作り出されているのではないか・・・
 多くは 何らかの負荷で精神状態が変化する「抑うつ反応」だ。
これを
原因がないのに意欲が湧かずに感情も湧かない「内因性うつ病」と同じように受け止め
抗うつ剤などを多剤投与するのは極めて危険。
学術雑誌「月刊精神治療学」2012年2月号では 東京都監察医務院の福永龍繁氏が、
「死因不明の検体から、睡眠薬や向精神薬などの薬毒物が検出されるケースが5年前に比べ300件(1.6倍)増加している」と指摘している。こんなところにも、抗うつ剤などの大量投与現象が出現している。


1998年から14年続いた自死3万人時代は終焉し、2015年の自死の件数は2万4千人と1997年に戻った。消費者金融の高金利グレーゾーンを禁止するなどの多重債務対策などが功を奏したのだろう。

じかし 自死の件数はまだ高水準
 これをさらに下げるには
 製薬会社主導で進む
「うつ病の増産メカニズム」にメスを入れる必要がある

精神科にはいかないこと

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 なんでこんなにも多くの人たちが精神病院にいくようになったのだろう

精神病院は暇な病院だったはず・・・

急に日本人に精神病が多くなった・・・?
  そうではない!

惑わされているだけ・・・

 恋人に振られて 落ち込んでいる
  学校でいじめられて落ち込んでいる
会社でパワハラにあって気分が落ちている
 就職が上手くいかない将来が不安で落ち込んでいる
  友達ができない・・・
借金があって返済ができない不安だ

  精神薬飲んで 解決しますか?

子供が亡くなりました
 悲しい…この気持ちが 精神薬を飲んで どうなるというのでしょうか

  何年間も精神薬を飲み続けている遺族がいます

  まだ・・・かなしい   そりゃそうです
    愛する人が亡くなって 悲しいのは普通 薬で悲しみは消えません

薬で恋人はできません
 薬でいじめがなくなりません
薬でパワハラがなくなりません
薬で借金は消えません
 薬で仕事は見つかりません

  何の解決にもなりません

 精神科は  人間を幸せにはしてくれません

   幼い子供にも精神薬投与・・・

 子供に麻薬と同じ成分の精神薬を飲ませたらどうなるでしょうか
   身長は伸びません
  運動能力も 知能も発達しません

 結果・・・20歳になった時には 統合失調症と診断される
     
   言葉の発達は 精神薬では改善しません
 運動能力は 薬では発達しません
   人とのコミュニケーションも薬ではよくなりません
   
    精神科医に聞きたい
債務があって落ち込んでいる人に精神薬を飲ませて何が解決するのかを・・
    就職が上手くいかない人に薬を飲ませて
       何がどうなって 就職ができるようになるのかを・・・

   債務のある人は 債務の問題を解決したら 元気になる
  就職が上手くいかない人は  仕事が見つかれば 元気になる
  いじめられている子供は いじめがなくなれば元気になる・・・

    精神薬を飲み続けている人たちは  幸せですか?
        ほとんどの人たちは苦しんでいます
   早死にもします・・・

知的障害も発達障がいも 精神薬では治りません

  認知症も精神薬では治りません

精神薬のほとんどは  毒薬と同じ
   脳神経が壊れていくだけ   

  薬によるロボトミー怖い 

子供のいじめに精神薬なんて・・・

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明日は「つむぎの会」仙台
   子供を亡くした親の集い
土曜日は自死遺族のわかちあいの集い「藍の会」
 日曜日は茨城県那珂市の「引接寺」での「法話の会」
    川崎の遺族と参加
 泊まり~~~次の日は 水戸で遺族と会う

   5日は資料の印刷(数種類 数千枚)

6日は 法人化の最終作業

  13日は東京で「自死遺族等権利保護研究会」開催
13日泊まって 帰りは郡山市の「えんの会」に参加
22日大阪・・・自死遺族の自助グループの集いに参加
  23日は神戸に移動  浄土宗の会合で講演
     神戸泊まり  次の日は大阪で遺族と会う

27日東京 衆議院議員会館でシンポジュウム
   泊まり・・・29日藍の会


 仙台では12日 ・ 19 日  みやぎの萩ネットの例会と幹事会

   茶話会とサロンもある

  仙台市の教育委員会に要望書も出したい…奥山市長にも・・・
    いじめの対策研修会も見当違いのことをやっている
 いじめられた子供を精神医療につなぐ研修会
   以前からいじめられた子供を精神医療につないでいるのが仙台市の教育委員会のやり方
  
いじめた子供はそのまま・・・いじめっこの対処はしない
  それはなぜか・・・
  いじめられた子供のほうが特殊という見方だから
     学校は・・・いや会社もそんな考え

 大勢の人が同じような環境で働き  または学んでいるのに
    ほかの子供や人たちは  なんともないのに・・・
いじめだと感じる子供が「心が弱い」「精神が過敏」
    そんなふうに思っている

 いじめた子供の責任ではなく
  いじめられたと感じている子供が異常だと・・・だから精神医療につなぐ

   私は思う  どうせつなぐなら いじめっ子をつないだらいい
 いじめをする子供に精神薬を飲ませて ぼーっとさせたらいい
  いじめる気力もないくらい無気力にさせたらいい
  その方が いじめはなくなる

    そもそも子供に精神薬を飲ませるのは 犯罪

精神薬でいじめの解決ができるなんて本気で思っているなら
   教育者としたら失格

 正常な判断能力が失われていない人たちであれば
     いじめやパワハラが 精神薬で治り解決できるとは 絶対に思わないはず

     しかし 仙台市の教育委員会のえらいさんたちは 
  いじめの解決は精神薬でできると思っているらしい
  奥山市長も・・かな?!

ため息

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  時々「あ~~~~~~~~~」とため息
   「なんでいないの~~~~~~」と力が抜けて行く

日々 遺族からの連絡を受ける

  その都度・・・また一人 大切な人が・・・と  心がどこかに飛んでいきそうになる

   死なないで!死なないで!
     死んじゃうよ!と 言ってちょうだい
 親には言えない?・?
   親に言って!
なんとかするから!
    このままだと死んでしまうよ・・・と言ってちょうだい
お願いだから・・・黙って死なないで・・・
     他人が認めなくても  家族にとって あなたほど大切な人はいないのです
 
 いじめている人 悪口を言う人
      やめてください
   親にとって  大切な大切な子供なんです

      人を死ぬほど追い込んで  生きているあなた

      それで幸せですか…幸せでいいんですか・・・

小さな子も我が子

結婚していても我が子はわが子

   大切に育てたんです・・・たいせつに

   死なないでください  どうかどうか生きていてください

   健一に会いたい

死別の悲しみのケアは 亡き人を生き返らせてくれることに尽きる

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悲しい・・・息子に会いたい
  いつもいつも 悲しみがある・・・
息子が生きていたころとは  感情がひとつひとつ別物  感動することも違う
 愛する子供が死んで 悲しみを抱えて生きている
   悲しみがあることが わたし
悲しみのない私には戻れない
 生きなおしなんてできない
ましてや 悲しみを乗り越えるなんて できない
   悲しみの深さは 息子への愛の深さ
いつか 息子に会って 直接話ができるまで この悲しみは消えない
   消そうとも思っていない
息子を忘れたくない 息子を消したくない
 記憶は消えなくていい
  息子との思い出を鮮明に覚えていたい
思い出は悲しみでもあるけど  でもいい 覚えていたい
 どんなに悲しくても仕方がない
  息子を愛しているから・・・
悲しみのケアなんて 私は求めない
 求めなくても 月日と共に 自分が生きることが大切になり
 笑うことも多くなる
悲しみを抱えていても 酒も飲む カラオケも歌う
 最低…だと思うけど
   美味しいものも食べて…美味しいと思ったりもする
お墓にも毎日のように行っていたのに
  一週間に一度  月に一度
      1年に数回になっている
仏壇のお花は今も山のように飾っているけど(花瓶が8個 )
 お墓の花は年に数回になった・・・
以前は お墓のお花もいつも新鮮だった・・・年中きれいに飾っていた
   以前のように大声で泣くことは少なくなっている

胸の締め付けや 痛みは今もよく起こる
  悲しくて心臓からお腹まで 締め付けられてくるしくなることはよくある

でも 見た目は元気
  元気いっぱい

悲しみをケアしてくれようとする人たちがいるが
  私は必要としていない
私の悲しみはケアされようがないものだから・・・誰にも・・・私自身にも・・・
 でも
  幸せな人たちよりも多分元気で 幸せに見えるかもしれない 見た目は・・・
     それでいい
  幸せな人たちに 理解してほしいと思っていない
    同情もいらない
かわいそうな人とも思ってほしくない
  かわいそうな人ではないから・・・わたし
 悲しみを抱えているだけ・・・
息子に生きていてほしかったと思うだけ
   生きていたらなぁ~~~と思っているだけ
なんで~死んだのかなぁ~とおもうだけ
   45歳になった彼と話し ご飯を食べたいだけ
 あんなに 元気で あんなに 生きていたい人だったのに・・・
    楽しいことが大好きで 美味しいものが大好きで
  旅行が好きで・・・車が大好きで・・・
   家でゴロゴロが大好きで・・・
私の作ったごはんが大好きで・・・
 カァチャン・・・と言っていた健一

  会いたいだけ・・・

私の悲しみは私のもの
   ケアしてくれなくてもいいのです
できないんですから・・・

そもそも悲しみのケアってなんですか・・・

  私の悲しみのケアがあるとしたら   息子を健一を生き返らせてください
   それだけです

奇跡と偶然

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 ある遺族のブログから
**********
かみさまがたすけてくれなかった命



奇跡的に助かった命の報道を聞くと

かみさまがたすけてくれた
生きる意味があるから生かされた

〇〇とはかみさまがたすけてくれなかった命なの?
〇〇とは生きる意味がないから生きれなかったの?


そんなことが頭をよぎってしまう


でもそれを口にしたら
助かった命を喜んでないと思われるのかな

〇〇と 
お父さん、お母さん、ばあちゃん
今どんな気持ち?

**********

  以前テレビでも 震災があったけど 神様に救われました・・と いう人の報道がされていた
    ご先祖様に救われたんです・・とか

  ほんとにそうだね・・・救われたんだね

      亡くなった人は 神様が見捨てた人たちなのかな・・・

  うちの息子は 神様もご先祖も仏様にも 見捨てられたのかな・・・
 生きているいみが なかったのかな・・・

    奇跡・・・・偶然こそが奇跡であるという

 偶然は偶然の産物
   たまたま・・・ぐうぜん  たまたま・・・・偶然…奇跡

     神様が助けたのでもなく  ご先祖様が助けたのでもなく
    た・ま・た・ま
      ぐうぜん・・・それが生死を分けることもある

   そこを通らなければ死ななかった人
    その飛行機にのらなければ・・・
 その電車に・・・その車に…そのホテルに
 その会社に・・その仕事に・・・

  たまたま  偶然に ・・・・

   世間は 幸せな人たちが 心地よい言葉を好む
     悲しい人よりも 幸せな人たちが圧倒的に多いから
   圧倒的に多い幸せな世間の人たちの 気持ちをより幸せにする言葉を発信する

その言葉で 悲しい人々が どんなに傷つくのかなんて想像もしない
  悲しい人たちは少人数だから・・・
 たとえ10万人100万人と悲しい人たちがいても

  総人口にしたら  ほんの少し

     

看板・・・の意味

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   自助グループの定義がある

  自助グループの定義に当てはまらないグループを自助グループと名乗るのは詐欺と同じ

   遺族だけでの会を「支援者グループ」とは名乗らない
     定義に沿っている自助グループは「支援者グループ」とはあえて言わない
「支援者グループ」はなぜ「自助グループ」と名乗りたいのだろうか

   岡教授が「不思議ですね・・・自助グループと名乗るとメリットがあるんでしょうか?何もないと思いますけどね・・・」
       と 悩んでいたことがあります。

 自助グループではないのにどうして自助グループと名乗りたいのかわかりません

  自助グループが正しいと言っているのでもなく
   自助グループがいいといっているのでもないのに・・・

自死遺族の自助グループ

「わかちあい」ができるのは当事者本人の自助グループ
 当事者以外の人がいたら「支援する人」「支援される人」となる
 「悲しい話をする人」悲しい話を聞く人」となる
「遺族でない人」「遺族」となる 

  支援者がいる方がいいという遺族もいる
     遺族だけのほうがいいという遺族もいる

    残念ながら(?)自死遺族の場合は 遺族当事者だけの自助グループに集う遺族が多い

  自死遺族の自助グループの活動をしている私はこれが生き方
  自死遺族として生きる・・・私の生き方

     生活のすべてが自死遺族としての活動 

   わかちあいから裁判支援 差別問題の是正運動や予防と防止
      遺族に元気に生きてほしいと思うから・・・総合支援を目指している
総合支援のための連携は 支援団体より多いと思う
   悲しい話しを聞くだけの活動ではない
悲しい話しを共にわかちあう活動も もちろん大切です
  でも それだけでは 生きて行かれない遺族もいる
  悲しむ時間さえ与えられない遺族もいる
悲しい時に悲しめるように・・・
  泣きたいときに泣けるように・・・
亡き人に思いが馳せられるように・・・
 亡き人を慈しめるように・・・

  そのための総合支援

  その中に支援者グループがあってもいい
  ただし  きちんと名乗ってほしい
 精神科医がいます・・・保健師がいます、ボランティアがいます・・と。
   そのほうが 参加して傷つかない
 自助グループだと信じて参加したら 遺族以外の人がいた・・・としたら裏切られ感が強くなる
  最初から 精神科医や保健師がいますといった方が
     それを承知で参加するから 裏切られ感はない

   ラーメン屋の看板を出して 入ったらソバ屋では戸惑う

 支援者のいる会は むしろ支援者がいることを看板にしたらいい
    
 自助グループの 定義に反してまで 自助グループと名乗る必要もない

    

 

子供と伴侶

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テレビお悩み相談
子供たちが遊びに来るんだけど
  みんな帰ってしまうのが悲しくて悲しくて・・・と号泣している女性
   それを笑ってみている夫
平和で幸せな妻と夫

  幸せな悩み・・・でもこの女性はつらくて悲しくてこの世の終わりのように泣いている

   夫の嫌いなところ  愛が覚めるとき・・・
       と よくテレビや雑誌で取り上げる

   離婚も多い
             
     離婚しても子供とは別れたくないという
親権でもめたりする
   
     子供を捨てて 男に走る女性と
   離婚しても子供と一緒に暮らす女性と  どちらが多いのかな

     男女の愛と  親子の愛

   比べるものなのかな・・・

      夫婦は戸籍上の親族
   
            親子は離縁はできない

   孫も・・・・血のつながり・・・

   子供が亡くなり  残った伴侶が  亡くなった側の親と離縁はできる
   戸籍上 親族関係を断ち切ることはできる

    しかし 孫がいたら  残念(?)ながら
   相続権はある
       亡くなった親の親である祖父母が死んだ場合
           孫には相続権がある
 親族関係を切った元嫁や婿にはない

     子供よりも伴侶が大切なら
          泣いていた女性も  夫がいるんだから
子供が帰ってもいいと思う

  単身赴任させずに 夫についていけばいいと思う

     悲しみ比べはしたくないが

グリーフケアの 伴侶の死が最も悲しいという説が本当なら
    離婚なんてしない
         最も悲しい別れが  伴侶との別れなんだから・・・
 死による別れであろうが
    離婚による別れであろうが
        別れは別れ

   子供との別れは 離婚しても別れたくない
     当然死別は別れがたく悲しい

   グリーフケアが 末期を迎えた人のため
  自分が死んでいく悲しみや恐怖を克服していくためなら こんな議論は出てこない
       
    愛する家族の死を悼む 遺族の悲しみまでケアしようとするから
  問題が生ずる

     そして 悲しみを比べているから 更に問題が起きる

    冷静に 理論づけて  様々な角度から
     愛する人を亡くした悲しいという感情を 考えてほしい

   他者が入り込めるものではない  と気が付くでしょう

    おこがましくて  遺族の悲しみのケアをしています  とはいえなくなるはずです

遺族支援ではなく悲しみ限定支援の「遺族支援団体」

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自死遺族からの相談は多岐にわたる

 時には 見知らぬ土地で警察署に呼ばれて家族の遺体と対面
   そこで火葬にする時もある

  電話で 葬儀社の紹介を頼まれるとこもある

   また 通夜の席で 妻を亡くしたお父さんが「死にたい」と泣いていて
     1人っこの18歳が 泣きながら 電話をくれる時もある

   また 川に飛び込んだと思われる家族の相談と  発見された後の相談

     遺書を書いて行方不明になった人からの相談

   未遂で 寝たきり 健康保険の対象にならず 支払いの相談

   いじめ・・・過労   パワハラ   体罰  指導

    債務・・・介護   精神薬  家族  育英資金の返済

       様々

  一人ひとり  違う

   朝から 夜中まで対応する

      月曜日から金曜日までの 9時から5時まで では  相談の一部分を受けているだけ

    また 悲しい話の傾聴だけでは  遺族の苦しみの一部分だけ

   賃貸物件の賠償金

      遺産相続放棄でも 逃れられない場合
      「連帯保証人」 
  連帯保証人は亡くなった人が支払うべき債務を支払わなければならない

     お寺の紹介から 弁護士や志保書士の紹介

     時には 入院の保証人にもなることもある

    就職の紹介から  区役所に同行する時もある

 財産の整理や遺品の整理   

     住宅の建て替え相談から  登記人の相談

      成年後見人から 税務相談

   自死だからという相談と

    遺族というくくりの相談


   様々なつながりを持っていないと相談は受けられない

 「わかちあい」だけをすることも活動です

 藍の会は「わかちあい」の集い

全国自死遺族連絡会は「わかちあい」の団体ではない
 「総合支援」を目的としている

  遺族が元気になることを目的として掲げている

  悲しみは消えないけど
   悲しみからは救ってあげられないけど

   具体的問題なら 支援ができる

   悲しみはわかちあうしかできない

    毎日 メールでやり取りする

       その人自身の悲しみの抱え方ができるのを信じて
      一緒に歩く

     支援とは「つなぐ」

      自分の専門外のことを聞いたら スルーせず
     つないであげること

ソーシャルワーカーの役目を担うこと
自分の活動が悲しい話を聞くだけでも
      無理矢理に「悲しい話」に持って行こうとしないこと

    グリーフケアの会から 遺族が紹介されることがある

    泣きわいている遺族・・・
     殺したいという恨みのある遺族や 訴えたいという遺族は
        支援者の会から 紹介される

      自助グループ以外の支援者の会は
   遺族支援の会ではなく
   悲しい話を聞く会  なのかな・・・と思う

  遺族支援をするなら  総合支援を目的としてほしい

      24時間365日  総合支援

悲しい話の聞き方・・・・・・・だけを学ぶ研修会を10年・20年と続けている人たち
     スキルアップをしたくないのかな・・・

   遺族を元気にしたいのではなく
悲しい話をする人と接したいのかな・・・    

権威には媚びない・・・

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厚生労働科学研究費補助金
心の健康科学研究事業

自殺未遂者および自殺者遺族等へのケアに関する研究
 
平成〇〇年度~〇〇年度 総合報告書
研究代表者 伊藤弘人

  数冊が私の手元にある

編集協力者

いろんな団体や個人の名前が連なっている

全国自死遺族連絡会も編集の会合には参加した

 が  何一つ  自助グループとしての申し入れは受け入れられなかった

     連絡会と田中さんの名前を・・・と言われたが 断った

何一つ 要望したことが取り入れられていない内容に
    賛同者として名前を連ねることは  許されませんでした。

  どうしようもない 反対ばかりの内容に 賛同したかのように思われるのは できないこと

 国からは ここに名前を連ねることは 権威につながりますよ…といわれた
 名誉なことですよ・・とも

いや権威や名誉ではなく
    望むことは 内容の是正だった

   権威や名誉のために  要望も捨て  媚びることはできない

 何のための 活動なのか
権威や名誉を得るための活動ではない

 そんなものはどうでもいい

    遺族が傷つくことを やめてもらいたいだけ

 遺族を差別することをやめてほしいだけ

 遺族を傷つけることをやめてほしいだけ

      それだけだった

 今も それだけを 活動にしている

      遺族を差別しないでほしい
 遺族を傷つけないでほしい
  遺族を追い込まないでほしい
     自死した人のことも侮辱しないでほしい
 遺族のことも侮辱しないでほしい

  自死者を特別な目で見てほしくない
  遺族のことも特別視してほしくない

   さげすみはやめてほしいだけ

       権威や名誉なんて  全くどうでもいい

  

支援者による悲しみ比べ

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「 悲しみ比べをしないこと」
  というルールが遺族のわかちあい等では確認しあいます。

「心の中では自分が世界で一番悲しい」と思うのは自由ですが
  声に出して相手に言わないでください・・・
「あなたよりも私が悲しい」
「あなたのほうがまだまし」
「伴侶よりも」「子供を亡くしたよりも・・」
「兄弟よりも・・・」
   という言葉を 心の中で思っても声に出して言わないこと。

グリーフケアの本には
  「伴侶を亡くした人が最も悲しい」と書いています

またグリーフケアを学んでいる人たちの多くも
  その本に書いてあることを信じ「パートナーを亡くした人が最も悲しい」と思って老いるようです
   少なくとも 私の知っている グリーフケアの会を主催したりスタッフをしている人はそう言っています
「本に書いてあるから」と・・・
 
  家族を亡くしたことによるストレスも伴侶が最も強く出る
     ということを主張したり 研究の成果として発表している人たちもいます

  それについても
「グリーフケアの本に書いてあるから そうだと思う」と発言している
   グリーフケアの会の代表もいます

 「わかちあい」のルール
    グリーフケアのワークの一環として
  遺族同士の話し合いをするときのルールには
「悲しみ比べはしないこと」と書いてありますが
    伴侶の死が最も悲しいという発言や本への記載は
       悲しみ比べではないでしょうか

 悲しみ比べはしないこと   と遺族には言いながら
  グリーフケアの支援者は悲しみ比べをしていいのでしょうか

    それぞれが 世界で最も悲しいということが 普通だと思います

 自分の家族への愛と 他者への愛は違いますから・・・

    自分の子供の死よりも 他者の夫の死が悲しいでしょうか・・・
     自分の兄弟の死よりも 他者の妻の死が悲しいでしょうか・・・

 支援者が 一人一人の悲しみを比べていいのでしょうか
    それとも比べることができるのは支援者だからでしょうか・・

 遺族に悲しみ比べをしないこと

  というご指導をしてくださるのなら
支援者側も 悲しみ比べをしないでください

   しかも公開して 悲しみ比べはいけません

   うちうちで 話してください

遺族の裁判

0000-0043[1]

いじめや労災、パワハラ等々の民事裁判
   民事の多くは「和解」を勧められる

あるいじめの裁判の時
  和解を勧められ 担当弁護士も和解を受けるように遺族に言った
私も相談を受けた
「和解はしたくない」と・・・

 地域性もあり 遺族の今後の生活もあり
   控訴しても棄却される場合もあり
敗訴になるなら
 「和解」のほうが 世間は認めるのではないか・・・
    完全敗訴になると
  裁判したことまで あれこれ地域で言われるのではないか・・・
      と思い 和解を勧めた
遺族は弁護士と決裂・・・別な弁護士で控訴した

その時に野田先生にこう言われた
「遺族が和解したくないというのに なぜあなたは和解を勧めるのか」
「たとえ 一審で敗訴して、控訴が棄却されても・・・それでも遺族が納得するまで傍にいるのがあなたの役目ではないでしょうか」
「僕は 遺族が新たな弁護士を探しているから 紹介する」
「あなたは 結審の時に傍にいてあげなさい」と言われたのです

    目からうろこでした

「あきらめ」を遺族に勧めるのではなく
    裁判をしているなら  和解でも結審でも 遺族の気持ちを最優先するべきなのだと・・お説教されました

裁判までいけない人たちもいる
  その気持ちは 私は理解できる 自分も同じ思いをしたから・・・

    しかし せっかく 裁判までこぎつけたなら 遺族がやりたいように応援することが
          活動だと納得しました。

そして 担当弁護士に気を遣うのではなく
   遺族の気持ち優先だと・・・思います

    控訴を一審の弁護士が望まないなら
      控訴は別な弁護士でもいいのですから・・・

亡き人のために 真実をどこまでも追求したいと遺族が望むなら
      叶うように できる限りの応援をしたいと・・思うようになりました

 遺族にもキツイことをいっているのかもしれません
   でも
社会から自死への差別を変える活動は いのちをかけてしていくつもりです
  
  野田先生からのお叱りや  岡先生からの忠告など
     いろんな人からのお説教を頂いています

  たまに お褒めの言葉を頂くと戸惑うくらい 反省の毎日です

  100パーセント不可能ならあきらめるしかないけど

      1パーセントの可能性があるなら
遺族が望むなら・・・・
   添えるような支援ができるような専門家とのつながりを持つことも活動の一つ

     自死遺族等権利保護研究会やみやぎの萩ネットワーク
      
           広く認知されるように 頑張ります

差別と偏見

pink-and-white-flower-1357436738DTR[1]

自死した人の尊厳を遺族だけでも守ってほしいと願う

   世間に迷惑はかけていません
罪も犯していません。悪いことはしていません。
  
自死だから 葬儀はしない
自死だから小さく内々で葬儀をする
自死だから・・・

 あまりにも 辛すぎます

   気味が悪いって いわれることはありません

  どうして 社会は世間は 自死を忌み嫌うのでしょうか

   自死した人は  やさしい人ですから  知らない人に祟りません
      恨む気持ちがある人なら 自死しません

    遺族には 事故や病死と同じように 普通に生きてほしいと願っています

 ・・・亡くなった人を差別するような人は 心の貧しい人です

 社会に追い詰められて 社会に自分で死ぬようにと追い込まれた人が
  死んでまで 社会に悪口を言われることは許されません    

   遺書の多くは 「ごめんなさい」ですが
ごめんなさいと謝るのは社会です
   
    死ぬほどの苦しみを与えてごめんなさいです

  やさしいことは罪でしょうか
   やさしい心は 悪でしょうか

 人のせいにしないで  自分が悪いと思うことはいけないことでしょうか

    ひとのせいにして
        俺は悪くない あいつが悪い
 私は何にもしていない  あの人が悪い  と
  自分の失敗も自分がやるべきことも
相手の責任にする生き方のほうが善人でしょうか

    俺は悪くないというと 弁解していると追い込む人たちがいる

 悪人ほど眠れる
悪人ほど幸せになれる
悪人ほど長生きする

という本を読みましたが  なるほど と思います

  全員が悪人になったら  悪人の中でも 少しの悪人が追い込まれてしまう
     凶悪な人たちの中でも  追い込まれる悪人がでてしまう

より悪人のほうが 悪気もなく 生きていける

  そんな世の中になってもいいのかな

自死した人たちは  
   悪人ではありません
罪人でもありません
    私は息子を誇りに思っています

  頑張って頑張って  精一杯生きようとした
  生きていたかった

  でも 社会が追い込んだ

社会の一員に私もいる

    死んだ 息子を追い込みたくない

 たとえ  罪があったとしても  死んだことで 罪は償っている

  死者に鞭を打つような ことは   人としてしてはいけない
   そう思う

 死んだ後にも 差別がある・・・というのは  人間の驕り

生きているときの差別だって許されないこと

 ましてや 苦しんんで死んだ人を 差別するなんて・・・

   せめて 遺族だけでも 自分の家族の死の尊厳を守ってほしい
           とねがっています

悲しみは病気ではない

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悲しい気持ちは病気ではない
 普通に当たり前に起きる感情
愛する家族が突然死んで 悲しくない人がいたら 病気です
 何年たっても悲しみが消えないのも普通のこと

だからといって 朝から晩まで泣いて何年も過ごす人はいない
 悲しくてもごはんも食べる 悲しくてもおなかは減る
 悲しくても お風呂も入る
悲しくてもトイレもいく
悲しくても 笑うこともある
 悲しくても病気にもなる
悲しくても 仕事もある
 主婦も 家事がある
家族のために ご飯を作り 洗濯をし、アイロンをかけ 
   掃除もして、買い物もする
   生きる作業がある 毎日の暮らしがある
会に来て泣いている姿が全部ではない
  
  話しを聞いてくれている支援者と同じように暮らしている

違うのは悲しみがあることだけ・・・
   
  悲しい気持ちがあるのは病気ではない
  だから薬も必要ない
薬を呑んだって 悲しみは消えない
    消えないのに飲んでも害があるだけ

 精神薬を飲んで悲しみが消えた人はいない

それは当然のこと

悲しみは愛する人が生き返らない限り消えないのだから・・・

生き返らせてくれる薬があればいいけど・・・

自死だと高くなる検案料

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  自死遺族の問題が私の活動の軸
 
今日連絡を受けた遺族は 検案料が7万円だという
  仙台北警察署
以前塩釜警察署は13万5千円だった
   医師会より手配される医師
警察が勝手には頼めない
   東京都と大阪府は書面料だけ・・・1000円
名古屋は監察医がいるのに機能していないから 高い
  同じサービスは受けられない
警察署ごとに違う医師が担当する
  7万円で年間50人検案したら それだけで350万円
   領収書は出さない医師がほとんど
 一人にかかる時間 10分程度
  10分7万円  いい商売
しかも領収書なし・・・申告していない医師も多いと聞く
    ぼろもうけ
申告していないなら 脱税が疑われる

   病死や事故死、突然死の場合は安い
海上保安庁の知り合いが言うには
   海で発見されて 引き上げて検案しても 1~2万円

家で心不全とかで死亡したら 2万円程度
  自死は7万円 それをみてみないふりをしている警察
     
  7万円だと解剖費用より高い

こんなことも是正したいと思い活動をしてきた
    
    警察庁への要望と各県警本部への要望を分けようと考えている

今までの10年  ここからの10年
    
   自死への差別は変えなければならない

盛岡市で自助グループのわかちあいの会が開催されます

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、「風の会」として
当事者の当事者だけの
遺族のわかちあいの集いを開催いたします。

場所 岩手県高校教育会館
   盛岡市志家町11-13
日時 4月8日(金)
午後1時30分より

事前連絡不要、参加費100円
今後月に一度の開催をいたします。

 必要な遺族につながりますように・・・・

    


2008年の1月  守り続けます

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自死遺族支援が三次予防として国の自死予防の対象となった内容について
  2008年1月17日に大野裕先生に意見書を送り
   その月の25日に大野先生から
戦略研究地域介入研究班の本部の責任者に送ってもいいですか?と手紙が届きました

 大野先生が私の意見書を戦略研究地域介入研究班の本部の責任者に送り
 自死遺族支援の内容が一部是正となったのです

地域で自死遺族を見守るという支援が 見張るという事になるのではないか・・
盛岡市で開催された自死予防の講演会で大野先生が私の名前を出して発言してくれたこともあります。


当時の自死遺族支援
◆自死遺族の把握
*地域のキーパーソン1)による自死遺族の情報提供2)
こころの健康づくり連絡会などで自死遺族に関する情報を共有し3)適切な支援4)が行えるように支援体制を強化します

◆事例発生時5)の自死遺族の把握と早期ケア6)
自殺事例が発生した時に、最寄りの警察医が早期の7)自死遺族支援を行います

◆自死遺族の支援
*普及啓発媒体の配備
自死遺族や家族、周囲の人たちが相談しやすくなるように、警察や救急医療機関などへパンフレットを配備8)します。
また、見守り活動9)の中で、配慮を要すると判断された自死遺族に対して、希望がある場合にはパンフレットの配布や健康相談の窓口の紹介を行います。

◆相談窓口の設置
自死遺族10)や周囲の人たちへの支援体制を整備するために、保健所や市町村保健センター、県精神保健福祉センター
等11)に相談窓口を設置します。

◆市町村区・保健所保健師の訪問相談
保健師などの訪問相談を希望する自死遺族に対して、訪問相談12)を実施します。

◆自死遺族の組織運営の支援
NPO13)などによる自死遺族会の運営に対して、支援を行います。

◆地域交番や地域住民による見守り14)
地域における交番や民生委員などによる見守り活動や、必要に応じての声かけを行います

 こんな内容でした。


これら一つ一つに意見を出しました。

そして遺族の情報の共有化はしないことになったのです。


   これに対する意見書を大野先生に出すことについては
仙台市が招いたご縁だったので仙台市に報告したのですが 出すことはやめてほしいと言われ
   それでも出すなら 仙台市とは関係ないということを大野先生に伝えてほしいとまで言われました。

その後盛岡市で大野先生が仙台市で会を開催している・田中さんからの意見があり、遺族を傷つけてしまうことになる内容を・
  見直したいということで発言したら
 仙台市は「さすが田中さんですね」とわざわざ連絡をくれたものです

世の中ってそんなもの・・・

   息子の自死後 活動をして11年目
    世の中を見させてもらっています

2007年から  ずっとずっと 遺族支援との闘いが続いています
   静かに 自死遺族として活動がしたい
 自死遺族として生きて行くことが 悲しいだけではないことが多いのがしんどい
    
   しかし 伝え続け 目を光らせていないと
  この間のようにまた遺族の情報を安易に得たいという輩が出てくる
     支援のため・・という善意の名のもとに・・・

自死遺族の情報が欲しいなら
  電話番号公開して365日24時間 一人何時間でも聴くという活動をしたら
     ・・それも日々人が変わるのではなく 同じ人がいつも受けていたら・・・
  集まると思います・・・よ

   信頼したら アンケートにも協力してくれると思います

努力もせず 相談も受けず
  ただ 情報が欲しいなんて 虫が良すぎます
   
どこまでも遺族の個人情報は守り抜きます
   

弥陀の本願・・・信じたい





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自死者は浮かばれない
 自死者には戒名は付けない
自戒という文字を戒名の下につける
 自死なんだから葬儀は小さく内々で・・
自死者は300万円出さなければ院号はつけない
 自死者は暗闇で苦しんで当然
  自死者は親不孝もの
自死者は極楽に行けない

我が家の菩提寺のお坊さんは いつも阿弥陀様が・・・と言ってくれます
しかし
貴方の息子さんは極楽浄土に行けないと直接私に言った二人の僧侶
 震災で亡くなった人も突然すぎて 往生していない
   地縛霊になっている
一度にたくさん亡くなったんだから お化けや幽霊が出てもおかしくない
    幽霊とお化けのシンポジュウムを開く教授と大学と宗教者

原爆で亡くなった人たちも 幽霊でさまよっている
   とまで 言い切った僧侶  
 あれから法話を聞き 本も読み ネットで検索をして学んでいます

その一つ


釈尊と弥陀の本願

釈尊の先生である阿弥陀仏は、十方衆生(すべての人)は、

五逆罪、謗法罪を造っている極悪人、とみぬいて、そういう者

を必ず助ける、という本願を建てられています。

蓮如上人の御文章には、次のように書かれています。

それ、十悪・五逆の罪人も、五障三従の女人も、むなしくみな

十方三世の諸仏の悲願にもれて、すてはてられたるわれらご と

きの凡夫なり。しかればここに弥陀如来と申すは、三世十方の

諸仏の本師本仏なれば、久遠実成の古仏として、いまのごとき

の諸仏にすてられたる末代不善の凡夫、五障・三従の女人をば、

にかぎ りてわれひとりたすけんといふ超世の大願をおこして

我々の罪悪があまりに重く、十方諸仏は、とても助けることが

できない、と匙をなげられました。十方諸仏の本師本仏である

阿弥陀仏だけが、「われ一人たすけん」と、立ち上がり、本願

を立ててくださった.



何をお祓いし何を清めるのか・・自死への差別

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   野田先生の中外日報への論談から抜粋
故人のみならず遺族にも
「自死への差別」
どうして死んだのか・・民事上の手続きで書き残されたものや証言等から
 自死した人の精神鑑定書を作成するよう頼まれたとき、私は故人に向かって語りかける
どんなに無念の思いを残して亡くなっていったことか、
私たちの社会は貴方の苦しみを聞き取る力がなかった、私は少しでも貴方の死の意味を知り伝えます、と手を合わせる

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自死がなぜ心理的瑕疵なのか
病死や孤独死した場合と、どのように違うのか。ここには死を差別し、自死を穢れた死とする考えが流れている
遺族がなぜお祓い料を支払わなければならないのか。
一体 何をお祓いし、何を清めているのか。

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多くの宗教者は葬儀にたずさわっている
とりわけ僧侶は、徳川時代からの宗門改め制度により。、
ほとんどの葬儀で読経などの重要な役割を果たしてきた

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 亡くなられた人の悲苦を想うよりも
自死を穢れた死とする慣習がどれだけ遺族を苦しめているか、各宗教教団で調べ
それはいけないと教えてほしい
各宗門、全日本仏教会がそれを教えるだけでも、大きな力になるだろう。
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私たちの社会は亡くなった人に対してだけでなく、遺族に対してもあまりにも理不尽である
せめて遺族への負荷を少しでも減らすことで、故人に「安らかに」と手を合わせられる社会に変わっていこうではないか


「社会に非常な考え」

賃貸物件の家賃の補償金と家賃値下げの賠償金
  自死は気味が悪いという理由
 嫌悪感によるもの

仏壇の花を買ってきて・・・

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仏壇に供える花を買いにいき・・・健一の好きなガーベラとカスミソウを買ってきた

  悲しみは深さで表すんですよ・・・と岡先生が言っていた
   大きさでもなく広さでもなく高さでもなく  深さという
深さは周りからは見えませんよね・・と岡先生
  愛も深さで表す  愛の深さ
深さは自分にしか見えない
  自分でも見えないほど深い悲しみもある
どこまで深いのか・・・

グリーフケアは 他者が見える悲しみがあるという想定
   どうやって見るのだろう
 他者に話すことなんて ほんの少し
  言葉にはできない悲しみもある

この間のフォーラムでも  言葉なんて所詮は人間が作ったもの
    この悲しみは 言葉で表現できないよね・・・無理だよね・・と ・・・
遺族が話していました・・・
   世の中には 言葉が見つからない悲しみがあることを息子が逝き知りました

   癒されようがない悲しみもあるのです

癒される悲しみもあるとは思いますが 息子が死んだ悲しみは癒されようがありません

  年々深くなる悲しみも又あることも知りました
11年目は11年目の悲しみが増えていきます
 もう11年も息子にあっていませんから・・・

一日中泣いて寝ていたいときもある

   そっとしてほしい  誰とも話したくない時もある

  海外ではグリーフケアの効果はほとんどない・・という本もたくさん出ているというが
    日本では反論を許さないし  翻訳書もでない

一方的な主張だけを 輸入し それを信じ崇拝している人が多い
癒してあげたいという人たち・・・


   日本には仏教があるのになぁ・・・
亡くなった人と共に生きて行く
継続する絆・・・という仏教に根差した 遺族の生き方があるという論文もある
 仏教者が仏教の教えを深く信じていないとしたら
    遺族は何を信じたらいいのだろうか


阿弥陀様は 本願を成就したから阿弥陀仏となられたという
   

 極楽浄土で逢えるという教えがあるから 遺族は救われる

  涙の河の中に身を置き 生きている日々
その中での希望は いつか会えると信じるこころ

    グリーフケアはキリスト教の宗教観が流れている
   それは仕方がない キリスト教国の国民が考えたものですから・・・

 半年過ぎても悲しい人は  複雑性悲嘆という
   まだ見つかっていない人は あいまいな喪失という
 犬も猫も 家も物も  失ったという悲しみは遠くから見たら一緒だから 同じ悲しみであるという
そんなことを 震災後に心のケアセンターがチラシを作り被災地に配った
    それでいいのかな・・・
反対し説得して やめてもらったのですが
 そのまんま チラシが配られて 被災地で心のケアチームが訪問し
    遺族が精神科につなげられてよかったのかな

被災地で開催していた自死遺族の会を休んで
    つなみで子供を亡くした親のために「つむぎの会」を立ち上げなくてもよかったのかな

グリーフケアの会は 被災地で開催されていたんだものね

まかせて おけばよかったのかな

     法話の会もお願いしなければよかったのかな・・・

     みやぎの萩ネットも立ち上げなければよかったのかな

  藍の会と全国自死遺族連絡会と  自死遺族等の権利保護研究会と
 青い会とクローバーの会とマロニエの会と瑠璃の会と菜の花の会とたんぽぽの会をやるだけでよかったのかな
   つむぎの会も仙台だけでよかったのかな

   と考えて落ち込むことが多い 最近です

夫は 頑張ってやったって 悪く言われるんだから
    自死遺族のことだけやればいいんだよ・・・といつもいう

      そうかな・・・と・・惑う自分がいます