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当事者の頑張りを求める日本の福祉

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青森の実家の甥は 精神障害者です

 今思うと 少しだけ変だったような気がしますが
当時の私は高校生で

甥の親や私の両親や祖父母に
甥を 障害者学級に入れることや

精神科に行くように保健師から勧められて、精神薬を飲んでいる12歳の甥について

     意見をいいました

  祖父母や甥の両親から 怒られながらも

    甥が行く場所は精神科ではないことを訴えたのですが

   それから 現在まで甥は  約40年間薬を飲んでいます

   その間 甥は変化し  暴れたり 病院に夜昼関係なく  行きたくなったり

     奇妙な行動はエスカレートし、その後始末をよくしました

    田舎の甥の両親は忙しく  私を甥が慕っていたこともあり

          親ほどではありませんが私が結婚してからも

          面倒は見たつもりです

 本家にも障害者がいて

    その人は18歳過ぎて発症して
私が知った時は50歳過ぎくらいでしたが

  大学に行く予定で勉強していて、英語でブツブツひとり言をいいながら農作業の手伝いをしていました

    時々暴れるときがあり、 言葉には気をつけるように親から言われて育ったのを思い出します

話しがそれましたが

 甥は「統合失調症」の薬を山のように飲み
 目がギラギラしたり
      極度に痩せたり
極度に太ったりを繰り返して  

     子供のころとは別人のような様相で生きています

  12歳からの精神薬の飲用で

身体の発達も遅れ(子どもへの精神薬投与は身体や知識の障害が発表されています )     

 145センチ程度です(親は二人とも長身)

   手も足も小さく、知能も少し遅れています

    小学校の時は普通の発達の子供でした

  忘れ物をしたり 雨の日は学校に行くのを嫌がったり
      
    先生のいうことに従わなかったり・…はしるのが遅かったり

そんな程度・…私が甥の教育係りだったので  よく覚えています  


宮城県で
      自分たちでNPO法人を作り 子供の支援を作っている親たちとも交流がありますが

  子供たちの様子も見たこともあり・・・
親たちが精神薬には頼らない支援を作ろうとしている姿にエールを送っています


    わたしの子供は 普通といわれて育ってきましたが

    障がいとは何なのか・・・
障がいが精神薬で治るものなのか

      そんなことを 考えて生きてきました

甥には申し訳ないことをしたと今も思っています

     私には力がなかった

   今なら甥を精神科には行かせなかった

甥は 普通に働きもしかしたら普通に結婚していたのかもしれない

     やせ細り、小さいからだを折り曲げて  

  時々叫び・…イライラして暮らしている姿は痛ましい

    障がいのある子供は  社会で見守り受け入れていくことが大切なのですが

日本は社会福祉の後進国です  

   弱者切り捨て

     当事者が 頑張ることを求めている

   介護も同じ・・・・   

    当事者たちが 頑張るしかない・・・という社会は

   福祉後進国

  先進国ではありません

      貧しい国と比べたら・・・・・・まだいい方だ程度です


  精神疾患者も障がい者も  社会全体で支え合うのが福祉です

 家族だけの負担で支えるのは  福祉が貧しいのです

発達障害の子供の声

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 僕には障害があります。僕を見て、僕に障害があると気づく人はほとんどいません。なぜなら、僕は発達障害という見えない障害だからです。僕は、集中するのが難しかったり、忘れものが多かったり、音がいっぺんに入ってくる聴覚過敏や、触られただけでも叩かれたと感じる触覚過敏があります。今、僕が歩き回りながら話をしているのは、じっとしていられないからです。そして、今一番困っているのは、学習障害です。
 僕の学習障害は、読んだり、書いたり、計算したりすることがとても難しくて、みんなと同じように勉強できないというものです。しかし、すこしの工夫で読むのが楽になります。僕は、ICレコーダーや、パソコンなどのテクノロジーを使うことで、他の人に頼らずメモを取ったり、教科書を読んだり、計算できるようになりました。連絡事項を録音することで、忘れものも減りました。
 僕は、タブレット端末を使って学習に取り組んでいます。例えば、黒板に書かれたことをカメラで撮影したり、キーボードで入力してノートをとったり、デイジー教科書を読み上げて内容を理解しています。
 テクノロジーを使う前は、オリジナルのノートを母に作ってもらったり、拡大コピーをしたり、定規なども僕が使えるように工夫していました。それでも、みんなと同じように学習できない僕はバカだと感じていました。テクノロジーを使って、僕はバカじゃない、僕にもできる方法があるとわかりました。
 しかし、しばらくすると、テクノロジーを使っても越えられない壁があることに気づきました。例えば、テストやワーク、配布されるプリントなどもフォントや文字の大きさによっては読めなかったり、問題と問題の境がわからなかったり、記入欄が小さすぎて書けなかったり、挿絵や色などの情報が多すぎてどこにどの答えを書いていいかわからなかったりすることです。
 そこで、提案したいと思います。教科書や教材、教育の受け方をもっと選べるようにしたいと思います。
 教科書や教材は、デジタルや紙媒体などから選択できるといいと思います。僕のように読み上げ機能やキーボード入力が必要な人はデジタルを、いつでもどこでもさっと広げて学習したい人は紙を、というように自分に合った媒体を選べるといいと思います。それから、学校に行きたくても行けない不登校や病気の子がオンラインで授業に参加できればいいと思います。僕自身、不登校を経験して、一番辛かったのは、授業を受けたくても受けられないことでした。あと、身体障害や知的障害など、いろんな障害があります。だけど、障害があっても僕たちは学びたい。なぜなら、知ること学ぶことはとってもワクワクする経験で、これほどエキサイティングなことはないからです。
 僕たちには多様なニーズがあって、多様な学び方があります。だから、もっと自分に合った学び方を選択できるようになればいいなと思います。
 僕の考えでは「障害」は「困っていること」で、「障害者」は「困っている人」です。「障害」は僕の中にあるのではなく、僕の外、社会にあります。多様な学び方の選択肢が増えることは、学ぶことへの障害を減らすことにつながると思います。何を、いつ、どう使うかをもっと自由に選択できるようにすることで、もっと公平に学ぶ機会をみんなが得ることができると考えます。
 「困っていること」がなくなれば、「障害」は、「障害」ではなくなり「個性」になります。「多様な僕らに、多様な学びを」これからも訴えていきたいと思います

情報をたくさん得てください

私のブログは発達障害の論文ではありません

しかし
 学会等で論文発表している教授がいますし、
厚労省や文科省等の委員会で発達障害や自閉症等の子供への対応が決定され通達の文書が
地方の教育委員会や学校に届いています。
文科省と厚労省に要望書を提出に行き(事前に要望書を提出して時間を儲けてもらいます)
、担当者と話し合いをしています。
その答えは「各地方の判断に任せている、強制力のない文書である」ということです

 全国の担当者全員が発達障害に対して精神薬の処方をしていることを確認しないと

   ブログに書いてはいけないようなコメントですし
まるで私が作り話をしているようなコメントですが

数人でもそのような事実があることは由々しき問題です

     事実 行政の担当者との話し合いや議員を通じて
 教育委員会に問いただしたこともありますし
 自死の対策会議等でも発言して応えてもらっています

  子ども3人が発達障害だといわれて

   全員が精神科に行くように言われて 素直に従い

   一人は自死  もう一人は薬物中毒(現在断薬中)

もう一人は 独自に数年かかって断薬したが、禁断症状に今も苦しんでいる

 娘の自死後6年過ぎて私とつながり、告白。

 断薬してくれる医師を紹介しました。

その他に 10歳で いじめられ不登校になったら  発達障害といわれて

    児童精神学を学んだ医師のいる精神病院を紹介されて【学校から)通院

    疑問を持った両親が私とつながり、学校と相談して医師を変え転校

    薬を飲むことをやめて  元気です

    発達障害や自閉症の親の人たちとも何人かですが交流しています

 宮城県だけ変なのでしょうか

      宮城県だって全部の学校ではないとおもいます

    担当者がどのような判断をするのか・・・・ですが

 厚労省と文科省は 強制力がないとしても  文書を作り配布しているのは事実です

   コメントの方    国の文書等を調べてみてください


大変優秀な知識のある方のようですから

 ネットで調べたりまたは直接国会や委員会の議事録等の文書を取り寄せたりして
お調べになったらいいと思います

  
     まずは 自分で調べてみてください

 私のブログだけではなく  専門家による本もたくさん出ていますし

      情報は山のようにありますから。

  発達障害が急に増えていることは

うつ病が急に増えたことと同じ構図で

  病気や障害の枠を広げたからです

   高血圧を140以上から125に下げて高血圧の人が増えてすぎ  議論した結果

    また以前のように高血圧を140以上とした・・・野と同じことが行われています

  以前なら発達障害といわれない子供が発達障害といわれ

   以前ならうつ反応だった人がうつ病といわれ

   患者を増やしているのが現実です


委員会の開催時期もネットで公開されています

  

      私は  薬は飲みたい人は飲めばいいと思います

    飲むな!とは いいません

       いう権利もないです  


       自分の周りに発達障害といわれても薬を飲んでいない人だけなら

       それはそれで結構なことです

        しかし 飲んでいる人や飲ませなければ・・と思っている人もいることも事実です

       そして 国は委員会等で 
対策の一つとして精神科医療につなぐことが決められていることも事実です

    実行するかどうかは 各地域の担当者の判断に任せられているようですが

  ほとんどの地方の担当者は国の判断に従っていると思われます

     ブログのコメントに応えるのは  

    個別相談をしたり全国からの電話相談に応じたり行政とのやり取りや
たくさんの集いを開催しているている私には

       時間が削られて睡眠時間が少なくなって・…正直大変です

   ブログで書いたことに疑問がある方は

  私への質問ではなく

    本を読んだり、論文集を読んだり

   学会にでたり、委員会のオブザーバーで参加したり
 
また厚労省や文科省等々の公開文書を読んでみたり

       議事録を読んでみたり・・・・

     ご自分で  詳しく調べてみてください

   たくさんの情報が得られます


  私のブログは 私の知識の一部分でしかありませんから狭い情報です。

  自死の対策や自死遺族の対策

   それに関連して精神科の医療があり、発達障害等の問題やいじめの問題

労働問題や貧困の問題等々

   自死の問題は社会の問題が絡み合っています

       自死の対策も 私のブログではなく
 たくさんの情報が出ていますから

政府の公開文書を読んでみてください

      自死の問題と学校の問題は無関係ではないのです

   内閣府の自死の対策会議には(県も市もですが)

 当然厚労省や文科省、国交省や警察庁等が参加します


 

  

      



コメントで質問された方へ





田中さんが長年訴えられてる事のひとつには、自死遺族を精神疾患者だと決めつけ偏見の目で見て差別しないで欲しいということもあるのですよね。
◆◆◆

自死遺族=精神疾患という考えですべてを決めないでほしいと思っています

遺族も様々なのですから。

差別と偏見から「賃貸物件の賠償金請求」や「お祓い」「差別的な戒名」
「自死した嫁のお骨は墓に入れない」とか
「自死したひとへの保険金支払いは免責期間が長い」
「自死したひとの検案書の代金が高い」
「不動産の価値が下がる」等々 問題が たくさんあるのです

 国が自死の対策を始めるにあたり

1次予防・2次予防・3次予防

     を決めて

その中の3次予防に「自殺未遂者と自殺者遺族」があるのです

厚労省と国立神経・精神センターと武蔵野精神病院

  が中心で1990年ころから 年間予算200億円の税金を投入して

各地域ごとに担当の精神科の教授を決めて(精神保健福祉センター所長もふくむ)

モデル地域を決めて全国の調査研究を重ねてきました・・今も別な研究調査が実施されています

2008年ころの報告が国立精神神経センターのホームページや
厚労省のホームページに掲載されたり

  指針としても分厚い冊子で出されています

 そして 関わった精神科の教授たちは講演会で発表しています


     ほとんどの遺族が知らないところで アンケートに協力させられ

      様々なことが決められてきたのです。


 国は公開しています・・・・・・公開しているのです

   ネット上で掲載しているのですが、
ただし多くの遺族はその存在さえも知らないと思います

国の担当者たちが「自死遺族=精神疾患」ということで断定し、
それの裏付けのためのアンケート調査も行われました。その結果もネットで掲載しています。

   全国自死遺族連絡会は 2008年に資料を600枚印刷して公開したことがあります

   このことを知り、国に意見をいい、批判もし、要望もしてきました

何度も何度も何度も・・・です

 当時は私を潰そうと嫌がらせのような言葉と応対でした。国も県も市もです

精神疾患者が会を開催するなんて危険だという考えは今も支援者の研修でいわれています

◆◆◆


自死遺族=精神疾患者という偏見は持たないで欲しいという田中さんの考えと気持ちは自死遺族の1人としてとてもよく解ります。
◆◆◆
自死遺族も様々ですよ・・・社会の人間と同じですよ・・
・病気の人もいれ場健康な人もいる・・・
それと精神疾患にしたいためとしか思えないような意図的なアンケートの内容はおかしいですよね・・と
言い続けてきました。

それは
   家族を自死で亡くして2年以内の遺族が対象のアンケート

  「将来に希望を持っている」 ①全くない②少しある③普通④ある
  「食欲」「睡眠」「夢」「意欲」「不安」「悲しみ」・…こんな質問が並ぶ

  厚労省に質問しました

子供を亡くして、毎日楽しく気分がルンルンで、食欲もあり悲しみもない・・
こんな遺族の方が精神疾患ではないでしょうか・・・と   

◆◆◆



しかし、そこでお聞きしたいのですが、田中さんは、
「自死遺族ではない精神疾患者」のことは、
どのように考えておられるのでしょうか?

これが一つ目の質問です


◆◆◆

 私は物心がついたときから 
今もですが精神疾患者といわれる人にも同じように接してきました。
差別的な目で見たことはありません。
「藍色のこころサロン」を開催していますが(7年以上)
精神病院に入院している人も参加したり退院後も参加したり、病気の人もそうでない人も
同じように 「ワイワイガヤガヤ」と
 集まっています。

障がいはその人にあるのではなく、社会に障がいがあるのだ、という考えです。

精神疾患の人も薬をやめて、社会で普通に暮らせたらいいと思っています。
本人が苦しかったり、人に危害を加えないのであれば
幻聴や幻覚も個性だと思っていますし、芸術家の多くは少し変ですよ・・・
少し変が精神が病気というのか、才能だとなるのか・・・は  
本人とまわりと社会の受け入れようだと思っています
サロンには様々な人たちが出入りしています

◆◆
二つ目の質問は、

自死遺族が「危険因子」だと言われていると、このブログに書かれていますが、どんな危険があるのでしょうか?

「自死遺族が危険」と言っている人達は、自死遺族ではない第三者だと思いますが、この人達は、具体的に自死遺族の何が危険だと言っているのでしょうか?

◆◆◆
 WHOでも 自殺する可能性の高い人として 自殺未遂者と自死遺族が挙げられています。
    危険因子の一つに自死遺族だそうですが・・これも彼らが決めたものです。

彼らは社会的要因ではなく

  個人の資質のせいにしているのではないでしょうか

 日産自動車のメンタル担当者(内閣府の委員)

個人のメンタルの弱さが原因だから心を頑丈にする社員き教育に力を入れていると会議で発言していました。

自死者がいる家族は遺伝的に自死する要因を持っているとでも思っているのではないでしょうか。

それと  精神科医たちは 死別の悲しみが回復できない遺族は精神疾患者であり、
自死の危険率が高い人であるということで「心のケア」を叫んでいるようです。

  精神薬を飲んで悲しみが消えるわけでもなく、
精神薬によって自死が引き起こされる可能性が高いのに・・・です

   社会的要因を解決するには

   労力と金が必要ですが

   個人の要因として精神疾患だとして精神薬をのませておけば

   製薬会社は儲かり、医師たちは儲かり、政治献金は高額になり
困るのは

 信じて自死する人と  信じて精神薬依存になった人と

    国民  (医療費が多くなり税金と健康保険税が上がり生活保護世帯が増える)

答えになったかどうか疑問ですが

   本当は1日説明しても足りないくらいに

    国の対策については情報がありますし、資料もあります

     ひどい内容ですよ
      









自死遺族の自助グループ

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自死遺族の会は議論を重ねて(15年以上前から)

    国の方針として

精神保健福祉センターや保健所が開催する

   または「いのちの電話」が開催する(日本財団から認められた補助金事業)

または、訓練を受けたボランティアが開催する


    と決めていました。


  しかし「自殺総合対策大綱」には

 自殺者の遺族の自助グループ等支援  と  掲載しました

     たぶん自死遺族の自助グループは発足しないだろうという想定だと思います。
 またその当時の自助グループの定義は
     ボランティアが入っても、保健師が入っても・…遺族がいたら自助グループだという
        メチャクチャな考えで自助グループを決めていました。

  「藍の会」を立ち上げたとき
      県の会議に来られた当時の内閣府の参事官に質問しましたが
「ゆるやかな自助グループ」だから遺族以外に誰がいても自助グループというのです・…という答えでした

   2006年から国に意見書を提出

   いろんな部署に電話をしたりFAXをおくったり
       
    メールでやり取りしたり(今もメールがあります)

   訪ねて行ったり・・・・

    闘いでした

     そんな中で仕事とで行う自死遺族の会は 研修会を重ねて講師を招き、開催を続々と・・・

     ボランティアも 研修会を重ね、補助金を得て 講師を中心に次々と開催

 自助グループ(オープンな開催)は2008年に「全国自死遺族連絡会」を
  立ち上げてから
        広がりを見せ
現在に至っています

        今ある 行政の自死遺族の会は

   国の補助金がでなくなったとき

        消滅します

    自死遺族の会だけでなく   今までも行政が立ち上げて消滅した会はあるのです

      断酒会や精神障がい者の会等々

  自死遺族の   
     自助グループとは

自死遺族本人の会

      運営を遺族がしている事   主催が遺族であること

       開催の決定権は遺族本人にあること

     会の詳細についても遺族が決めること


           持ち主が遺族であること・・・・です


     遺族が代表だから自助グループではありません

   
   イチャモンつけのような批判を受け

       ようやく上智大学の岡教授と出会い 定義を示してもらい

           国が認めた自助グループの定義と活動です

  しかし  まだ地方行政の担当者は 訂正しようとしません


  行政は間違っていても自らの力で訂正はしないのがほとんどです

  地元の遺族から 言われたら訂正すると思います

  今後は全国自死遺族連絡会として  訂正を求めていきたいと思っています


    正しい表現は大切です


    わかりやすい表現をすることが必要です・・行政も    

   

自死遺族は精神疾患者という考え

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北海道から沖縄まで  
行政 (精神保健福祉センターや地域の保健所…保健所という名称ではなく仙台などは「はーとぽーと」)
  が  運営開催する自死遺族の会が
全国に100~130あるといわれている(内閣府の調べ)

 岩手県は9か所

  北海道も 保健所管轄地域にそれぞれある

    広島も広島県が主催の会が2か所

 広島市が主催が1か所  神奈川県は6か所?

      ちなみに宮城県は  今は県に市が主催の会はない

  8年前にはあったのだが  今は ボランティアの会と自助グループだけ


 いろんな遺族がいるが  なぜ自死遺族の会だけが保健所が主催なのか・・・

 それは自死遺族は「精神疾患」だという認識です

 「精神病の遺族だから 自分たちで会の運営などできるわけがない
、精神を病んでいる人たちだけが集まるなんて危険である

  だから  訓練を受けた専門家が運営しスタッフを務める必要がある

   というのが  国の方針だった

   今、自助グループが広がり  定義も自助グループの研究者とともに決めて活動し

   自助グループの全国団体

 全国自死遺族連絡会が内閣府の委員に選出され  自死遺族の活動が認められている


    自助グループがよくて サポートグループが悪い

   というのではなく

   そもそも  自死遺族への差別的な認識と偏見から

   保健所が会の立ち上げをしているということは事実です

    他の遺族の会は保健所が主催していません

  精神病ではないから…他の遺族は。

      東日本大震災で2万人近くの人が亡くなっても
遺族の会を保健師が主催しているのは

    ほんの一部

     気仙沼だけ


   自死遺族は  自死の未遂者と同じレベルで 自死要因のトップに位置する

  と 国は判断しているのだ


     家族に自死者がいる人たちは  精神疾患者であり 

      自死の危険要因である…と決めているのだ


    私も夫も次男も 普通に働き普通に暮らしている

       別に保健師の世話にはならなくていい

     税金も収めている

   自死遺族が精神疾患という決めつけに  自死への差別を感じる

 息子は働いて働いて・・・・亡くなった

       個人をうつ状態まで追いつめた社会問題を問わずに

   自死を個人の精神の問題にすり替え

   しかも  遺族まで  精神的に破壊しているような扱いは許せません

       遺族が毅然と凛と生きたとき

     社会の自死への偏見がなくなると信じています


  自分たちの悲しみは病気ではない

      精神病で悲しいのではない

  愛しているから悲しいだけ


       だから「悲しい」という「わかちあい」は自分たちだけでできる


  法律の問題等々専門家でなければできない支援を専門家にお願いしたい

        「かなしみ」という感情は

 「悲しみ」のない「しあわせ」な感情の人たちと

  何を「わかちあえるのか」

    自助グループの研究者の岡先生の本「セルフヘルプグループ」

 には  「同じ苦しみ・同じ悩み・同じ悲しみ」を持つ者同士で「分かち合う」

     と書いてある

 保健師もボランティアも 同じ悲しみはない

     悲しいだろうなぁ~~~

苦しいだろうなぁ~

      想像でしかない

          何度もいうが

 いいとか悪いというのではない

  

「岩手県」が主催しているのがりんどうの会です

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自死遺族の自助グループの定義は

  自死遺族本人が主催者であること。

 ようするに  会の開催をいつどこでするとか、会場もここがいいとか、時間もこの時間とか

     運営に関することを遺族本人が決める


   岩手県の会は各地域の保健所管轄で開催
   統括する部署は岩手県の保健師の部署です

    従って「自助グループ」ではありません

  
   保健所が時間を決めて会場を決めています。

     運営のすべての事柄は保健所が決定していますので「自助グループ」ではありません

       岩手県のように保健師さんが会の運営を取り仕切っている会を

「自助グループ」「分かち合いの会」と名乗っているところは他の県にもあります


     8年前以上前から

 参加する遺族が困らないように

「自助グループ」
「サポートグループ」
「セラピーの会」
「行政の会」

  サポートグループの場合は「わかちあい」ではなく

「ミーティング」「交流会」「遺族のお話の会」等々

「わかちあい」という表現をしないでください

と お願いを8年以上続けていますが

   変わらず  間違った解釈の自助グループとして 名乗っている行政主催の会があります


日本の自死遺族の自助グループの定義は

自助グループの世界的権威のボークマン名誉教授とその人を師と仰ぐ
 日本の自助グループの研究者の上智大学の岡教授に裏付けをしてもらい

      そもそもの「自助グループ」の定義を守り 全国自死遺族連絡会が決めて

   国にも認知され、今に至っています

      間違えたままの定義(おそらく定義すら知らないのでしょう)のままに

   自助グループと名乗り

     わかちあい と  いう  内容だと 言い続けています


参加する遺族が混乱しないように

   わかりやすい区別をしてほしいと要望をしてきました

   自死遺族の 自助グループというと
     自死遺族だけだと思う遺族がほとんどだと思います

それを信じて参加したら  保健師がいた、ボランティアがいた・・・・・というのでは

   遺族が戸惑うので、きちんとした定義で定義の通りに表現してください

   と   いくら言っても  治さないのです

自助グループが正しいとか

  自助グループでなければダメだと言っているのではなくて

      わかりやすく表現してください・・・と  お願いをしてきました


   行政が主催でも遺族のスタッフがいたら自助グループ

ボランティアが主催でも遺族のスタッフがいたら自助グループ

      それなら  なんでも自助グループになります

     分ける必要がなくなります

  自助グループが嫌いな遺族もいます

   行政の主催がいいという遺族もいます

    だからこそ

  わかりやすい説明が必要だということを 要望してきました

   
   それぞれの 特性を活かした会でいいと思います

 自助グループではないのに

 自助グループと名乗り  遺族を混乱させる意味が私には理解できません

       自助グループの定義は「岡知史教授」の講演記録(リンクしてあります)
    読んでください


 とても わかりやすい内容です   

北海道にも自死遺族本人の会が欲しい

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 北海道にも会が欲しいと思う
自助グループが・・・

   会場の確保を保健師さんが・・・

   会場費は保健センターが・・

       チラシも保健師さんが・・・・

    会場のセッティングも保健師さんが・・・

   「分かち合いの時間」は自死遺族だけで・・・

  隣の部屋で保健師さんが控えていてもいい

       「分かち合いの時間」だけ 1時間~1時間半の自死遺族本人だけの時間

「分かち合いの時間」が終わり

  「クールダウン」の時間には保健師さんが入ってもいい

   厚かましいことをいえば  片付けと戸締りを保健師さんが・・・


    こんな保健師さんがいたら   遺族は遺族だけで「わかちあい」ができるはずですが

        無理でしょうか

   栗原市や大河原町の会は 保健師さんたちが 会場の確保と広報

      「わかちあい」は遺族だけ

    気仙沼市のつむぎの会は ボランティアさんが会場の確保や広報

  会場の設置や片付け等々

  「分かち合いの時間」は 遺族

  時々ゲストを迎える

       県立高校で子どもが自死

  そんな遺族は「県が主催」の会には行かれない

     裁判になることも多いので  県が加害者となる

     県職員の自死や市役所職員の自死も多い

そんな遺族は 県や市が主催の会には参加しない

        また  ボランティアが主催の場合

     子供の親友のお母さんがボランティアでスタッフをしていた・…ということもある

     子供の自死を心置きなく語れない

   保健師さんが主催の場合

  知り合いの人が  保健師さんで会のスタッフだったということもある

   自死の場合は
 自死ということを隠している場合が多く

     知り合いに知られたくない・…・遺族も多い

     危険を犯してまで
 保健師さんがいる会やボランティアの会には参加しない遺族が多い


    もちろん  隠していない人は  
保健師さんだろうがボランティアさんだろうが  誰がいても語れるのだろうが

      遺族以外には語れない遺族も多い

     行政が主催の場合は  必ず報告書がある

   自分たちのことは報告されている事を自覚してほしい

       私は 誰にも隠したことがないが

       わかちあいは遺族だけでなければ「わかちあい」とは言わないと思っている

   同じ悲しみ・同じ苦しみ・同じ悩み

   同じ・…・問題があるから同じことを分かち合うことができる

        悲しみのない幸せな人と「悲しみ」は分かち合えない

    支える人…支えられる人

  聴く人・…聴いてもらう人

     悲しい人・・・悲しみがない人

  苦しい人・・・苦しみのない人

         分かち合いにはならない

   分かち合いがいいとか

     分かち合えないのが悪いというのではない

        楽しいことでも・・・

ロックを聞いて楽しい・・もう片方はロックは嫌い

  この二人はロックの話題では分かち合えない
  

  とんこつラーメンが大好きな人  とんこつ味が大嫌いな人

 この二人の間では とんこつラーメンのおいしさの話題ではわかちあえない

         わかりやすくいうと こんな感じが

  わかちあいかな・・・

    

アルコール依存症は病気?

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今日は 息子さんを亡くされた人と会う

   会まで待てない・・・・わたしもそうだったから  わかる

自死の予防や防止を偉そうに唱えている人たちは
     遺族と直接話をすることがほとんどないから  やはり他人事

 アルコールが自死の要因だと 精神科医たちはいうが

   なぜ国はアルコールを売るのを許可しているのか

        アルコール依存症は  治す薬がないのに  精神科に入院する

  そもそも 依存症  って  病気なのか?と思う

      衝動である依存症

  衝動を止める薬があるのだろうか

     衝動って病気なのだろうか

     アルコール依存の重傷の人とつながり たくさん学んだ

  精神薬ではどうにもならないこと

    さみしさや苦しみや悲しみ…孤立感や物足りなさ…等々

満たされない気持ちを埋めるために  何かに依存する

      満たされない気持ちは病気なのだろうか

 人は誰でも満たされない思いがある
  それを どう自分でごまかしたりしながら 人に迷惑をかけないように理性を働かせるのか・・・

     精神薬で依存症の何を改善するのか・・・・

  薬は何かの症状を改善するためにある

  痛みがある場合は痛みを緩和する薬・・・

       熱がある場合は熱を緩和する薬

かゆみの場合はかゆみを緩和する薬


     しかし 依存症の  衝動性を抑える薬とは  どんなものなのか考えられない

      思考能力を鈍らせる薬?

    意欲を低下させる薬?

 薬では効果が出ない  と  わかっていて

   今は アルコール依存症は  断酒会にも行く気力さえなくなるような

 精神薬漬けにされて  断酒会への参加者が減っているそうだ

    医療化である

  ハゲも病気の現代

  酒を売って 飲んでくださいと宣伝をして
   飲んだらアルコール依存症という病気だから精神薬を飲むように・・・・・といわれ

治せないことは  語らず

   治らないことを語り

       自死の要因だからと 語っている

     治らない病気なら  難病指定にしてほしい

精神病は 難病指定にしてください

   治せないのだから

      精神の病気って   あるのだろうか


ちょっと変・・・少し変わっている

     そんな程度の人たちが  精神病にされて

 精神薬を飲み・…・脳神経が破壊され

 本物の精神病の患者となっている

 そして  タミフルのような副作用で  自死に至る

      怖い世の中です 

     

札幌

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10月10日  18時~20時30分

「かでる2・7」札幌市道庁そば

  講演会
           野田正彰氏

     私も呼ばれて行く

   北海道の遺族の人たちと会いたい

  10日昼頃に札幌に着く予定


  忙しすぎて  誰にも連絡をしていない・・・

    明日にでもメールしようかな・・・

     

被災地の起業支援

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手作りのニットのセーターやカーディガン
 
   を  企業にする被災地支援活動

  編む人たちが被災者

  編む人の賃金はどれくらいだろう…と思ってしまった

   若い頃

   編み物を斡旋していた(内職)

     県の事業として・・・

ニット製品を編む

   模様が複雑になると 賃金は上がるが  1個の毛糸の玉を編むのに数時間かかることもある

   業者との賃金交渉は 1玉の糸を編む時間と使用する玉数で決める

   1時間の賃金はいくらになるか・・・・・が  大切

      家事をしながら  普通に編める人で  1か月2万円・・・

  専門に朝から晩まで編んで 1か月4万円程度

      刺繍のほうが賃金良かった


 気仙沼ニッティングという会社の記事をみて フッと当時を思い出した

     そして 編む人の賃金はどうなのだろうか・・・と

  思ってしまった

 15万円のセーターの画像

 糸は自然素材…草木染・・・・として

   高い糸は1玉数千円

   12玉(1玉50グラム)使用として  糸だけで数万円

    諸経費手数料・・・・売値の半分

        編み手には  一枚 1万円?   

   1か月・・・・・7枚編んで  7万円

     被災地の 起業支援って   いうけど

  起業した人は被災者ではない

      雇われる人が被災者

       被災地の起業支援っていうのだろうか

いうのかな・・・・・

     シーツや枕カバーを縫う支援というのもある


   被災者は雇われるだけで
     企業の中心の人材にはならない     
                         被災者は縫う人  編む人

       45万円のセーターもあるようだが

    あの模様を編むのは  相当な時間が必要

  できる人が編んで、1か月で1枚がやっとだろう

   編む人に 1枚  10万円払うのだろうか


  刺繍や和服…和服も高価なものほど縫製賃金も高い

            

自責の念の深さ

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幸せな人たちが幸せな感覚で生きられるって

     幸せが永遠に続くと思っているからでしょうね

   息子が死ぬはずがないと思っていました

 親にとって  子供は幸せの塊です

  子供の存在が幸せでした

     私は子供があまり好きではないのですが

  自分の子供は別ものでした

    産んで育てなければ   子供の存在が幸せだとは思わなかったし

   それはそれで  幸せな人生だったでしょうね

   でも  子供を産み育てて

      死なせてしまった

   家族よりも  その人の死に  自責の念を持つ人はいない

    死んだ人への悲しみは 愛しているからわきおこる感情

    愛が深いほど深い悲しみとなる

  息子の死も悲しんでくれた人はいる
      悲しいと思う人も今もいるだろう

   でも 私の悲しみとは違う

息子を思い

  胸が張り裂けそうな 悲しみが9年になる今もある…人は私以外にはいない

   津波の問題で裁判している遺族もいるが

会社や幼稚園学校は  責任はない・・と主張している

     ゼロではないだろうが  家族とは悲しみも自責の念も違う

  違って当たり前

  愛が違うのだから


      愛がない人たちは 死者が怖いのでしょうね

   死んだ人たちはなんにもしない

   何も言わない・・・

幽霊があるなら

 殺された人たちが  幽霊になって犯人を呪い殺してほしいと思う

     犯人さえ見つからず・…迷宮入りしてしまう事件が多い

   それは  亡くなった人は何もしない・・という証


    残念です

幽霊とお化けのコメントに・・・

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愛する家族のことを(別に私の息子のことを特定してはいませんが)
「幽霊」
「おばけ」
「気持ちが悪い」

といわれて  「あ!そうよね 津波で大勢死んだから 私の子供もお化けになっているかもね」

    怖がらせてしまい ごめんなさい

      という 遺族がいるでしょうか

    宗教者が「憑依体質」で苦しんでいる人を救うのは必要でしょうが

      公にいうことではないと思います。

しかも  大勢の人が行方不明の被災地で・・・ 

      家族3人が不明の人もいるのに・・・です

    小さいお子さんが行方不明の人はどう思うでしょうか

     海で苦しんでいるとか
魚に食われたとか
  交差点のところをウジャウジャ歩いている

   コンビニにお腹を空かしたお化けが並んでいる・・とか


被災地ではよく話題になりますが

       それを新聞に取り上げてもらって何の意味があるのでしょうか

   お化けが見えて困る人は個人的に お祓いでもなんでもしてもらったらいいのです

     それを なぜ新聞に掲載するのかが わかりませんし

   金田さんは

 電話で「田中さん 栗原の若い女性が毎晩寺に来て相談している」
 「広島の原発で死んだ人の幽霊も見えるそうだ、もちろん津波で死んだ人がたくさん見えて苦しんでいる」
「突然死んだから 死んだことを自覚していないで彷徨っているんだよ」
「何度も供養しないと浮かばれない」
「あの世にいけないんだよ」

「道路も拝んで歩かなくてはいけない」

「うちの息子は自死だから浮かばれてないんですかね」

といったら
「あ、そうだね」
  「だったら その女性に見えるんですか・・」

「栗原の女性にだけなぜそんなに見えるんでしょうか」

「その女性の苦しみを救うために金田さんが御祈祷をするのは大切なケアですが、

それを 今この時期に 新聞にいうのはいかがかと思います」
   と・・・・いう会話をしました


「宗教者はそんなことを言ってはいけないと思います」と伝えました

   宗教者はあくまでも「神様が亡くなった人をお救いくださり神の身許に召される」とか

    「阿弥陀様が 亡くなった人たちをすべて極楽浄土におつれ下さっています」

      そのための ご葬儀であり。枕経である・・・と 諭すことがお仕事

   私の信頼する宗教者は

  お化けになってうかばれないとは言いません

            金田さんも「自分には見えない」といっていました

   お化けが見える人は 精神科に行くと「幻覚」
声が聞こえるのは「幻聴」といい

     統合失調症といわれます

私は   見えるのを否定しているのではなく

  公言していうべきことなのか・・・・
   公言して誰が救われるのでしょうか・・・・と言っているのです

     仮設住宅のお祓いも 

   粛々と行う分には問題はないのですが

   新聞に掲載して大きく取り上げてもらうものでしょうか


         その記事を見た行方不明の家族は どう思うのでしょう


あるひとは「お化けでもいいから会いたい」
「写真持って行ってみてもらおうかな」
「この子ではなかったですか」    って  話していました

     うちの子供がお化けでいるなら  逢いたい 

      幽霊でもいいから会いたい

 なんで  知らない人のところにでるんだろうね

     出てきて欲しいと思っている家族のところには出てこないんだよね・・・と  話しています

 それに浄土宗や曹洞宗は(新聞に掲載された方々)お祓いのお経はないということです

   お祓いのお経がないのに「お祓い」をして

  何をお祓いしているのでしょうか

         宗教者の役割とは どのようなことでしょうか

       それを自覚せず踏み外すと・・・
こんな記事を掲載されて自慢するような宗教者になるのです 
(東北大の心のケアのための講師になった人や、テレビやラジオで立派な活動だと称えられている人もいます)  


    真の宗教者は  静かに しかし 確実に  支援を続けています

   昨日お寺に行きましたが

    お墓に行っても  お化けはでませんね  夜でも怖くもないし・・

       普通の市民が 騒ぐのは  仕方がないとも思えますが

  宗教者が いうことではないと思います


憑依体質で苦しい人を救うのが優先でしょうか

   この時期のこの人たちの支援は「被災者」の支援

   そのなかでも宗教者は「遺族」に寄り添う支援を優先するべきではなかったでしょうか

栗原の女性が優先・仮設住宅の老夫婦が優先だったのでしょうか


     遺族や・・まだ見つかっていない人たちの気持ちは  
無視でいいのでしょうか

     人の死・・・・・の  尊厳を大切にできない

お化けの話は  少なくとも 宗教者のすることではないと

      私は思います

社務所と総本山にも、連合会にもです
実名で抗議しました

   自死の問題もそうですが

  死者への尊厳が欠けていますね・・・・

        生きている人 全員100パーセント 死ぬのに・・・

      死んだ人がお化けや幽霊になって見える憑依体質の人は

     自分もなる可能性が高いとは思わないのでしょうか

   幽霊って…どこどこの誰々・・・というなら 納得しますが

       誰々の幽霊って  いう人はほとんどいない

幽霊って  何? お化けって何?

どんな悪さをするのでしょうか・・・

何のために  知らない人を脅すのでしょうか

   どんな意味があるのでしょうか

     とにかく

 宗教者は 幽霊やお化けの話を 信じ  世間に広める行為はしてはいけません


        

       

お寺の芋煮会の準備

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今日は「芋煮会」(お寺さん主催)の準備に行く

    明日が「芋煮会」お寺の檀家が集まる

  檀家以外でも参加可能

      息子のお墓参りも今日と明日・・・・・

 いまも  どうして・・・・とおもう

      なぜ彼が・・・と

     あんなにも  死ぬことを恐れていた息子が・・・

       可愛い娘もいて・・・・なぜ

      あの世に逝ったときに息子から聞くしかない

 なぜ・・・と

     精神科医療が最後の救いのはずだった

       救いだと信じていた  私は愚か者

   今なら  息子は精神科に行かせない

        生きていたら43歳

      孫も12歳  

      さて  いも煮の準備に行くか・・お寺に      

グチ・愚痴・ぐち

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 夫は口うるさい姑

   自分が正しい

        全て・・・・

       44年間ずっと・・・


     掃除機のコードを引っ張る位置まで 指摘して・・・

こんなところまで引っ張るから 壊れる・・・・と 怒っていた  

忙しい私は  パーっと引っ張って  部屋を掃除する

     丁寧に  コードをみていない

  それでも掃除機は10年以上は使用してきたと思うが・・・


      一年に3度くらい食器を洗ってくれると

     電気温水器のお湯が空になるくらい 丁寧・・・

    夜 お風呂に入れるお湯がない

ベランダに洗濯ものを干したら  位置をなおしていた

      干す向きが違う・・・と  いう

      嫁いびりのような夫

   グチりたい今朝です


こんな夫に44年間日々鍛えられたので

   たいていの 皮肉や批判・ののしりは大丈夫です(^^♪(^^♪

apple ウォズ

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正しいことをする・・・


  しかし  世の中は正しいとは限らない


     その中では  正しいことが受け入れられない


       世の中を正しくする人が必要だ

             人から見たらばかばかしいことに 真剣に向き合い

     本気で世の中を変える気持ちを持つ人間が必要だ

名誉と権威を得る材料

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震災後、私は警鐘を鳴らした

   具体的な支援をしないで「心のケア」にはしるのは自死を増やすだけだと・・・

 「心のケア」が精神科医療につなぐだけの現状では、働けなくなり2・3年後には自死も増える・・・と

  その通りになっている

       被災地では増えている


   昨夜、「ガンとは闘うな」という医師が テレビに取り上げられていた

  優秀な医師が 日本の古い医療の考えに改革をした

     大学の医局に逆らったということで   「講師」という肩書で終わった

    教授にはなれなかった


    乳房を温存する乳癌の治療と、がん告知の先駆者

      「 地位と名誉と 権威が欲しい人は  権力に従うしかない」と話していた

日本は一部の人たちの豊かさのために 当事者は犠牲になるものというのが普通らしい

 自死のビズネス産業対策

  震災ビジネス産業対策

      当事者ではなく「支援者」を支援するのが「国」だ!と何度も言われてきた

   しかし「当事者」が「支援者」になっても支援は受けられない

     元気な当事者だから支援を受けなくてもいいよね…・といわれたことがある

      最初からの「支援者」は元気な人たちだと思うが・・・

      屁理屈をこねて・…要するに 自分たちの足で歩く人は  勝手に歩け!ということ

       依存症のように「支援者」に頼る当事者が対象の支援

      そして 「支援者」で生活をして  支援の対象の当事者のことを論文にし

    本も書き、講演をして・・・・

      気分を高揚し、こころを満たして生きていく

     人を助けた…という満足感でいっぱい



      自分たちの満足のためには  自分の足で歩く当事者は 目障りらしい


      でも・……なにをしているのかというと

 その多くは「心のケア」

     少し話を聞いて  は  精神科につなぐ

   精神科に行くと  薬が処方される

   脱力感が増す   気分の起伏が激しくなり、自分が自分でなくなるときもあり

    非常に疲れ・…・嫌悪感を抱く

   自分が自分だと思っているが  じつは薬に支配されている

      いったいどれほどの人の人生を奪えば気が済むのだろうか

    人間の欲望は限りがない

         おそらく 自分の家族が犠牲にならない限り   反省しない

  自分の家族にも  精神薬をのませたらいい

   いや  精神科医たちが心を病んでいるように見える

     精神科医も 元気がない  うつ病だと思う


プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
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仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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