死刑囚の命と殺されてしまった人のいのち

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死刑執行…そんな記事を目にすると

   以前は表面だけを見ていたが

息子が亡くなってからは遺族のことを先に思うようになった

   殺された人は……殺された人の遺族は・・・と

   

    

死刑囚の人権は 守ろうという動きがあるが

 殺されたら人間ではなく どうでもいいのだろうか


生きていたんです  幸せに生きていたのです殺されなければ・…幸せに

     遺族以外には誰も  いのちを悲しんでくれない

  5人殺した死刑囚が刑を執行された

    新聞は生きているうちに娘に会いたい」
「わたしが処刑されると遺族の方々は幸福になるのでしょうか」
「母に感謝します」

 コメントが掲載されている

    殺された人たちは娘にも会えずに死にました
何にも悪いことをしていないのに・・・・です

  遺族は幸福に・・・・って

  殺されて遺族になった時から二度と幸福はないのです・…二度と・・・

   何も悪いことをしていないのに幸福を奪ったのはあなたです・・・

  母に感謝しますって言えてよかったですね

 母に感謝も言えず 突然殺されたのですがあなたに・・・

    死刑囚にも権利もあって いのちの尊厳もあるのだろうが

    殺された人はどうなんでしょうか

 5人殺して   

    殺した5人のいのちへの思いはないのでしょうか

   殺されたら  いのちがないから   関係ないとでもいうのでしょうか

      何にもしていない人のいのちを 欲望のために奪い

   自分の命は守ってほしいって・・・・・

   死んだ人も守ってほしいんですが

       奪わないでほしいんですが

      生き返らせてくれたら   無罪釈放でいいです

    金はさしあげますから  いのちを返してください

     そんな思いで  新聞を読みました

   殺された人の思い  遺族の思い

        やるせない   
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またまた、住むところもない被災者に「心のケア」を押し付けている

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こころのケアが大流行り

  災害が起こるといち早く心のケアチームが駆けつける

     広島の災害には、今は  泥をかき出す支援が必要・・・・

住むところも含めて生活支援が先

    全壊した人だけでなく・・・・今後住むことが不安な人たちにも住居支援は大切

     泥に埋もれ 泥が流れている状況で

       いつまた 崩れるかも知れない不安
 
    具体的支援が追い付いていないことを隠すかのように
(隠ぺい工作?)
こころのケアチームの派遣が大きく取り上げられる

      東日本大震災の時も同じ

 今も復興住宅に住めない人たちが大勢いる

  狭い仮設や狭いみなし仮設に住んでいる  3年半も

          心のケアの充実を!!!!と言っているが

 具体的支援の充実を!!!!!である

   住まいの充実を!!!!!!

 またすぐ冬が来る

      仕事をさせてください…仕事がないんです・・・

流された家のローンを払っているんですが

      なんとかできないでしょうか

     災害復興住宅も応募資格が細かくて……・空室だらけの地域もあるのですが

        いつまで空室のままにしているのでしょうか

これから被災者が車いす生活になるのを待って 入れるのでしょうか

     被災者よりもペット優先がいつまで続くのでしょうか

   人を住まわせてくださいませんか


    不安です・・・いつまで待てばいいのか先が見えませんから

    不安なのはうつ病というんですか

       精神科に行くことが必要なんですね

    ~~~~~~~~ と いう流れ

     以前と同じようには望みません

     住まいと仕事
そして
家族が一緒に…スーパーも近くに欲しい

  未だに仮設住宅…不安です

    心のケアではなく   普通の住まいが欲しい

      こころのケアは 薬を飲ませるだけだから

  手も汚れないし、疲れもしない・・・

      その後  精神薬を処方された人が自死すると

  本人のせい・・・・(私たちは懸命に心のケアをしたんですが・・・とでもいうのだろう)

  東北3県の災害関連自死と同じことが語られるだけ

   心のケアではなく  先に  まず先に  生活できる支援  

サポートグループに求めてはいけないこと

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分かち合いの会  の  運営方法は 主催者が決める

    それがしっくりこないときは参加しない  こと

   サポートグループの場合は

岡先生が論文に書いていますが

   忙しい人たち(仕事)が限られた時間を活動にしている

 遺族支援だけが彼らの活動や仕事ではない

      サポートグループに時間外のサポートを求めてはいけない

     求めても応えられないのが普通

      サポート側も求められて戸惑ってしまう・・・はず

 時間内の問題なら 意見を言ったら 改善してくれるかもしれない

      銀行や、デパートに行っても  時間にならないと ドアはあかない

時間内のサービスはしてくれるが  時間外のサービスには応じない

    同じようなもの

   自助グループは「わかちあい」の時間以外にも 手紙やメール電話やライン等々
 個別に応じることが多い

     それは支援している・・という意識ではないから

  支援者ではないから

    参加している遺族も自分も同じ立場の遺族だから・・・・

     サービスではなくコミュニケーションの一つとして遺族とのつながりがあるから

   アッサリしたつながりがいい・・・という人もいる

       他人行儀すぎて心が通わない・…・という人もいる

    様々

  選択するのは参加する人

    どのデパートでサービスを受けるかを決めるのは自分本人

     それと同じ

 どのような 会に参加するのか決めるのは本人

       自助グループが嫌いという遺族もいるだろう

     サポートグループが安心という人もいるだろう

      その反対もある

  時間外サービスをサポートグループに求めてはいけない       


 時間外まで遺族とかかわろうと思っていないし、
            関わらないことという規則がある会もあるのだから

知らされない愛について  (一部)   岡知史(上智大)

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愛というものは知らされないものだと思う
   もちろん知らされる愛もある
僕たちが知っているのは知らされた愛ばかりだ

   プレゼントをもらったり、愛の言葉をならべた手紙を受け取って、愛を知るときもある
しかし、知らされた愛がすべて真実のものであるとは限らない

知らされる愛がある一方で、知らされない愛がある

知らされない愛は永遠に気づかないままではないか。

    そして、それは知らされる愛に比べてずっと深く広く、
ぼくたちを背後から見守っているのだという気がする。

知らされない愛はきっと純粋なのだ。

   報いを求めていないからこそ

愛されるものには決して知らされることはないのだろう
    それは自身を隠しているのではなく
 むしろ知らせるということには何の関心もないのだろう

そして、それが思いがけなく、ぼくたちの前にあらわれたとき

   ぼくたちは  岩かげに眠っている天使の横顔を見つけたような
      驚きを感じるに違いない

続く~~~~~~~

知らされない

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藍の会は午後2時からの開催

  部屋は12時からあけている

       そこで食事をしてもいい  お茶をしながら待っててもいい

  2時間は自由な時間

    ギリギリに参加する人  遅れてくる人   12時からくる人  様々

    12時から2時までの間に個人相談にも応じる

   会場は男女共同参画の施設なので  
フリースペース(飲食可能)や図書室もあり ソファーで横にもなれる
 

   人は合う人もいれば合わない人もいる

 それは向こうも一緒  私と合わないと思う人もいるはず

       いろんな意味で  許してもらいながら

  また自分も許しながら・・・・

      やさしい人がいることにありがとうの気持ち

   自分と合う人がいることにありがとうの気持ち

       思いやってくれる人がいることに感謝

    自分だけが思いやりを持っているのではない

岡先生の「知らされない愛について」を読むと 

     知らされない愛にどれほど救われているのかがわかる

   思いやりも  やさしさも

     知らされないように  私たちに与えられている

   居心地がいい空間があるとしたら

  それは  知らされない愛に包まれている

愛と悲しみ・ 遺族の思い

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橋の切れ目の崖から落ちた場合
  海の岩場から落ちた場合
      船で海に落ちた場合

  精神薬による場合

      車の衝突の場合

   ベランダから落ちた場合

      風呂での場合

     まだまだ
         いろんな場合がある

  が   自死?事故死?心不全?突然死?

    わからないケースがある

遺書があっても 自死と認めたくないなら…それもまたその遺族の思い

否定はしない

  その遺族がどう思っているのか・・・が大切

   人の悲しみを聞くことは必要だが  共感ではなく同調してしまうのは あぶない

     私はわたしにとっては自分の悲しみが世界で一番悲しいと思っている

  が  同調は求めていない

     悲しみを比べないということは  そういうことである

     個々に悲しみがあって  別々のものだから

  それはその悲しみの元になっている愛がそれぞれ違うから

         だからこそ 悲しみは愛しさとともに・・・という表現はしっくりくる

    私が愛しているからあなたも愛しているでしょ私の息子を・・・

  そんなことは言わないし思わない

       それと同じこと

  私が悲しいんだからあなたも悲しいでしょ私の息子の死が・・・

        それは 変です

    誰とも比べるものではない

  私の悲しみは私だけのもの

   誰のものでもないわたしのもの・・・・・なのです

分かち合いの会・・・・・「ホッ」としないなら参加しないほうがいい

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自死遺族のわかちあいの会

   遺族証明書があるわけではないので 自己申告

自死?かなと家族が思っても
検視書が自死ではなく、事故死・不審死・と 記される場合もある

家族が自死ではないと思っても
自死と記されるケースもある

     参加する遺族が 検視は事故だが
自死だ!と思っているなら自死遺族の会に参加していいと思う

検視は自死だが遺族が自死でないと思うなら 自死遺族の会に参加しないはず

   仙台は自死遺族のわかちあいの会「藍の会」

遺族の「茶話会」

遺族も含み 誰でもが   参加できる「サロン」

    子供を亡くした親の会

遺族ならだれでも参加できる「法話の会」

       を開催している

    遺族のわかちあいの会は卒業のある会

      誰かに認められるために行くのではない

   自分の気持ちを話、相手の気持ちを聞き

      答えを求めない「言いっぱなし」「聞きっぱなし」の会

    居心地が悪いなら参加しないこと

     自分が参加して「ホッ」とできる場所であることが大切

     誰かに「こう思われるかも」とか
「誰かが私のことを 嫌だと思っているのでは」

   とか   思うなら参加しないほうがいい

     そして多くを求めてはいけない

      自分の事だけを話さず、相手の話も聞く…いろんな人の話を聞く

   子供を亡くしたから 親を亡くしたから・・・ではなく

  人は全員自分の悲しみが世界で一番悲しい

 それは愛が違うから
  自分の家族への愛は強くあるが  他人への愛はそれほどない

      それぞれ一人ひとり  自分が一番悲しみが深いはず自分にとっては・・・

  だから  悲しみもまたわたしのもの

  誰のものでもなく  私のもの  なのです

   それを認め合えばいいのです

       あなたの悲しみよりも…私の方が

         という必要はなく

     悲しい・・・・・・という人がいたら  
それはそれで「あそうだな…この人にとっては自分の家族の死が一番悲しいんだな」

  と思えばいいこと

     しかし  自分にとっては自分の家族の死が世界で一番悲しい…それで普通

   一人っ子の人が一番悲しいという親がいたら

   それはそうでしょうね・・と思う  その人の悲しみだから

         誰もがみんな自分が一番悲しみが深いと思っていて普通

  

       

泣けない・・…泣いたら精神病といわれる

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愛しているから悲しいだけなんです

   病気ではないんですから  精神科に連れて行かないでください

     泣かなければ満足ですか?

  あなたたちの前ではもう泣かないから

          精神薬を飲むのは  勘弁してください

   泣かないようにしますから・・・

           涙はあなたたちの前では 見せませんから

      どうか  精神科につれていくのは やめてください

       

涙を流す自由も許してくれない社会

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悲しみは愛しさとともに

   という  考えが広がってほしい

      人の悲しみにやさしい

   愛する人の死

     その悲しみは乗り越えられない

         涙も枯れない

  涙は精神科に行っても 止まらない

      悲しみの涙を止める精神薬があるほうが恐ろしい

     涙を流す時間は必要であり大切

      子供の死による悲しみを  精神科医はどうしてくれるのだろうか

      家族も親族も  子供を亡くした妻が、母が泣いていたら  ほっといてください

   涙を流すだけ流したら

   少し  涙の量が減りますから・・・

         泣かせてあげてください  気の済むまで


    精神薬で 悲しみをどうしたいのでしょうか

        精神薬で 泣くのをやめて元気に明るくルンルンしていたら

   まわりは満足なのでしょうか

    子供が死んで   楽しくルンルンしている母をみて

         良かった明るくて・・・と 思う人たちって・・・・どんな神経の人たちなのか理解できません    

    悲しんでいる人の気持ちではなく

  自分たちが泣いている姿を見たくない・・・・だけでしょうね

         どうして 悲しくない人たちに

   深い悲しみのあるひとが 合わせて・……笑顔を振りまかなくてはならないのでしょうか

       なにもしてくれなくていい

     勝手に泣かせてほしい

 何も求めてないから 

    涙を流す自由は認めてほしい  せめて       

母をやめない限り悲しみは消えない

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健一は カスミソウとガーベラが好きだった

  葬儀の祭壇はガーベラとカスミソウだけにした

     今も悲しみでいっぱい

 この悲しみは  誰にもどうすることもできない

     どんな人にも  癒すことなどできない

   悲しみを抱えているのが  わたし

     悲しみを取り除いたら   健一の母ではない

   息子の母である限り   悲しみも私の一部


    でも  私は明るく元気・・・・・・・・

悲しみは私の心の中

  心にはたくさんの思いがつまっている

      こころは複雑に様々な思いが整理されていたり乱雑だったり・・・

   表面に出ているほんの少しのホンの一部の悲しみをみて

         私の心の全部だと思うのは   大きな勘違い

    心の奥なんて  自分でもわからないものが潜んでいたりする


       こころ  こころ

  こころのケア

       漠然とした  霧をつかむような  実在のない

    こころ  の ケア   という 支援

    崇高なケアのような錯覚を起こすが

    実現性のない  支援

       その結果

   心のケアの具体的支援は

      精神薬と睡眠薬


    薬物依存の始まりは睡眠薬

    怖い

グリーフ・イズ・ラブ

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昨日から野田先生が秋田に行っていて…遺族と会っていた

   結いの会の遺族と面談、会食・・・・・・・

遺書の解読もしてくれ、カウンセリングもしてくれ

      生きる道を気づかせてくれたようで・・・・・・・・・

  今日は「つむぎの会」仙台

子供を亡くした親たちが集まって「分かち合いの会」

     グリーフ・イズ・ラブ   が   みんなの心に沁みている

   誰もグリーフがケアできると思っていない

 悲しみのケアは誰にもできないことを悟っている

       自分自身の心の中に いつも悲しみがあることを誇りにさえ思っている

        子供を今も深く深く愛している事の証しだと思っているから・・・

   自分の命よりも大切な子供への愛と悲しみ

      それがともにあることを 知っている遺族は  子どものためにも生きようとしている


  グリーフケア など  私たちには必要ない


   必要がないというよりも   ケアができないのだから

           ケアできるという支援者を  冷やかにみている


     どんなケアをしてくれ…どのようにしてくれるのか

        生き返らせてくれるとでもいうのか・・・と

  ケアができるとしたら   生き返らせてくれることだけ


   

また 精神薬

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東電を訴えていた裁判が勝訴・・・・・・

  それはそれでよかった…と思うが

  亡くなった人は「うつ病」ということで精神薬を飲んでいた

     死にたくないから精神科に行き、精神薬を飲んでいた

   精神科医は「そういう病気だから」「死にたくなる病気だから」という

     死にたくなる病気なんてない

        うつ病の発祥は圧倒的に女性に多い

  ならば 女性の自死が多くなければならないが

  実際は  ずっとほとんど同じ数

  男性が圧倒的に多い

    なぜ・・・・うつ病が自死の原因なら 女性が圧倒的に多いはず

   うつ病は死にたい病気ではない

       100歩譲って  うつ病が死にたくなる病気だとしても

  死にたい人は医療にかからないし薬も飲まない

  死にたくないから  生きていたいから 
  薬を飲んで元気になりたいと一生懸命薬を飲んで・・・・・死んでいる


    数多い患者の中には死ぬ人もいる…と医師はいうが

    末期がんの患者と比べる対策の中心人物もいるが

        うつ病はガンではない

  「うつ病は心の風邪」のはず

   風邪でそんなに死ぬのだろうか

 風邪で何年も治らないのだろうか

 風邪で40剤も飲むのだろうか

        言ってることとやっていることがメチャクチャ

      理屈も屁理屈も通らないような

     ご都合のいいことばかり…

        精神薬を飲んでいなければ    苦しくても生きていたのかもしれない・・・・

    と ニュースを聞いて思った

      心のケア・・・・・・・・・の見直しが必要だと強く思う

       善意で 人を死に追いやっているかもしれないことを

      支援者は 自戒してほしい

野田先生からの電話・・・

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昨夜と今朝、連続で野田先生から電話が・・・・

   グチりたくなるらしい

   そのついでに(ついでという言い方が微妙)いろんなお話をしてくれる

      海外の生活が多いので、日本にいるときにはいろんなことを教えてもらう

           私たちの自助グループ活動の賛同して応援してくれている

  

  満州事変からA級戦犯の話・・・・・・今の厚労省を作った人たちの話

       興味ある話が続く・・・


  毒舌ではあるがやさしい人

わたしのことも 酒癖が悪い・・・から・・・という

     酒癖の悪さは先生に限っては猫をたくさんかぶって見せてないはずなのに(笑)


 

   明日は仙台市の対策会議

    明後日は「つむぎの会」 

  9月のフォーラムの準備も大詰め

         多くの人たちに参加してほしいと願っています

悪のこころ

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 殺したい  死んで欲しい   と

  恨んで憎んでののしっていた人が死んだとき

    願った人は  どう思うのだろうか

   と  ふと考えてみた

     私なら

   悲しみの感情はわかない・・・

 悲しみは愛しているから湧くもの

   憎しみでいっぱいの人の死に  悲しいという愛に溢れた感情はない

     淡々と何の感情も湧かない・・・のか

 それとも   恨んだことの後悔をするのか

    ホッとするのか
           
人間は 憎しみの感情もあるから  残酷である

    殺したい人の死

      「フン!」と  思うだろうなぁ  私は

   人の死は平等といいながら

         憎しみでいっぱいの人の死は  悲しくもなく ざまぁみろ!と思うかもしれない

      悪の心は私にもある

     人の死を悼むどころか   顔をあげて フン・・・という気持ちがある


   息子を追い込んだ人の死は  どこかで願っている

    幸せにもなってほしくない

      悪でいっぱいのわたしのこころ・・・

   見つめなおした   

    しりあいの死

眠れない

Blue hills

今夜も眠れない

  健一  起きていようか一緒に
  

傷つくことは覚悟の活動

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わたしだって傷つくときもある

    鉄の心とでも思っているのだろうか・・・

 どれほど  我慢して我慢して  踏まれても蹴られても
    泥をかけつづけられても
  私は  何も言ってはいけないのだろうか

    踏んで蹴ったものの勝ちなのだろうか

       身体が震えるほど 怒りでいっぱいのときもある

   わたしのブログは  管理者は私ではないのかもしれない

     一睡もできなかった  私の気持ち・…の意味

     わかるわけがない

わかってほしいとはおもわないが   

      私だって  こんなわたしだって

   傷ついてボロボロになりそうで

        ボロボロになったら   喜ぶ人がいて

   活動をやめるのを待っている人がいて

       ・・・・・・・・その時に  いつも 息子の死に顔を思う

      死に顔を思い出すことで  原点に戻る

        死に顔を思いだす時の  わたしのこころは 半分死んでいます

何度思い出して  死んだ息子に力をもらい   

活動をしてきたか・・・

      傷つけないで…と言えない活動

 傷つくことは承知での活動

       傷のかさぶたで 心が固くなってきたような・・・・  

まず遺族自身が元気に生きてほしいと願う活動

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以前にも書いたことがあるが

   息子さんが亡くなって…ご主人の病気が・・・そして 1年半で亡くなった人がいる

 家での葬儀を望み手伝いを頼まれたから

 藍の会の人たちに声をかけて
  交代で手伝いに行った

      母が自死で。……1年後に父が病死・・・・もある

   息子が自死で母も・・・・・ということもある

    母が自死で父も・・・・・ということもある

    3人続けて自死という人もいる

      4・5千人の遺族とのつながりは  そのお話を聞くということ

   遺族の会をなぜ開催しているのか・・・・

    それは  遺族に元気に生きてほしいから

   
全国自死遺族連絡会


 自死遺族の相互交流を深めることにより遺族自身が
  まず
元気に生きていくことを目的とする会です


   自死遺族は後追いによる自死が多いということで

     自死遺族支援が国の対策に掲げられています

   また  自死ではなくても

  家族の死によるストレスで病気になり・・・・死亡することも多いといわれています

   だからこそ  の  活動


  生きてほしい・・・と 願って

       今も  遺族から連絡が

   遺族を出さないための活動にも力は注いでいるが

    大海の一滴に過ぎないことを痛感

   虚しくなることも多い

        

わたしは遺族でないのだろうか

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昨夜一睡もできなかった・・・・

ご冥福と、自分が眠れないほどの気持ちの動揺・・・・・・という思いで 
知り合いの方がなくなられたことを書いた

削除申込みがあったので  一部削除しました

    
   ( 遺族は悲しいんです・・・)

わたしも遺族ですが・・・・

  息子が亡くなってから  父も母もおくりました

      義兄もおくりました・・・・・

     私の活動は  いつもいつも  遺族とのつながりです

   つなみで家族が3人・4人  という遺族もつながっている   

  電話もほとんど毎日  遺族からの電話がある

昨日亡くなりました・…賃貸物件の賠償の請求が・・・・とか

      通夜はどうしたら…(若い人)とか

  今回亡くなった人は   私の知り合い・・・

     誰かの知り合いではなく私の知り合い・・・・

    わたしは 母が亡くなったこともブログに書いた

      父のことも・・・・

    今回の申し入れに一部削除したが  ・・・・・・

 人の死についてはこれからも書くと思う

  遺族の相談を受けての活動だから

     
全国自死遺族連絡会  自死遺族の自助グループ団体

藍の会・・・・自死遺族のわかちあいの集い

つむぎの会・・・子供を亡くした親の会

遺族の茶話会

全て遺族本人の会

  毎年 200人300人の遺族がつながる

   家族が亡くなってのご縁の活動

わたしのことを遺族だと思っていない人もいるのかな~

  もちろん遺族を売り物にはしていない

    同情も求めてはいない

   しかし  私も遺族  

      私は悲しくないのだろうか

   母が死んだ時も 父が死んだときも  悲しくないのだろうか

     これからも  人の死について書く

  死との向き合いの活動だから

      人の死についての記事を読むと  気持ちが落ち込む人は

    私のブログは無理

   最初から読まないほうがいい

      精神科医療の活動は  私の活動の一部

     主は 遺族の問題解決の活動です 


自死で子供を亡くした母です・・と  自己紹介している

    

働き蟻のはなし

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ざわつき・・…眠れず…今朝まで一睡もしなかった

    家族の自死のあとに・・・・病気が悪化して・・・・・・とか

        ストレスで病気になって・…という話は聞く

息子さんを亡くした遺族のご主人が病気で亡くなって、葬儀の手伝いに行ったこともある

  人のいのち

  あっけない   

        いのちを維持するために たくさんのいのちをいただき

       たくさんの人たちにお世話になっている・・・・・・・が

 喪われるときは・・・・・・・・一瞬

     生きていて欲しい・・という活動

    生きていてよかったと思える社会を作るための活動

         教育は人を作る
全ての始まりは教育

    幼い頃から・……社会にでるまでの基礎教育

       生まれつき悪の人はいない

環境や教育が   人格を作り・・…人の心を育てる


      蟻のたとえ(教育はない・本能だけの世界)
例えば
1000匹のありがいると必ず同じ割合で  働かない蟻がいるという(働きアリ)
1000匹の一割・…100匹

    その働かない100匹を取り除き、働いている900匹にする・・・と

    また一割90匹が働かない

その90匹を取り除き働く810匹にする・・・と   また81匹が働かない

     という  実験をした人がいる…と負うことを聞いたことがある

人が蟻と違うのは  教育がある

     本能だけではなく理性を養える

    いじめて喜びを覚えるのではなく

   やさしさで喜びを覚える人間に 教育することはできる

   医師も政治家も企業家も研究家も・・・・教師も…すべての人間が人間を大切に思う気持ちがあったら・・・

         自分だけではなく、全ての人をそれぞれが愛しいと思う気持ちがあったら・・・

     自死はゼロになるだろう

            

日常の生活の言葉

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人の人間力も信じること

  相手の人間力を信じること

  自分が自死遺族だとあえていう必要はない

日常の生活の中で  息子の自死を語ることはない

  お寺さんの檀家さんに 「あら?ご主人が亡くなったの?」と  聞かれたことがある

「息子です」といった

「あら・・・どうして?・・・病気?」と聞かれた

「自死…自分で・・・・」という

   「あら…大変でしたね」で終わる

      それでいいと思っている

    相手が聞いたとき  答えて

     自死ということが 相手に負担だろうが  傷つこうが 私は気にしない

      聞いたことへの 答えの  責任は  聞いた人にあると思うから

       傷つくことが(自死ということが傷つくとは思っていないが)嫌なら聞かなければいい

     重たい気分になるのが嫌なら  他人にプライバシーに入らないこと

         

  

会に参加してくれる人たちに許されて・・・・・し続けられています

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自助グループもサポートグループも  人…運営する側の人…参加する人の人柄・・・

 それが相まって  会のその時の雰囲気を作る

   人はいつも同じ雰囲気ではない

 絵の具を交えるように   その時々で  会の色は微妙に変化する

     その変化をどのように 激しくさせないか・・・・

     いつでも 誰が参加しても   同じような色を保てるか・・・・

    それが  主催する人の役目

   しかし  決して  同じ色にはならない

      会は 仲良しクラブではない

分かち合いの会として公開して開催していたら

   新しい参加者・・・・・悲しみでいっぱいの遺族が基本

     それが「遺族のわかちあいの会」

   だから  卒業もある

     遺族も人柄がでる

     合う合わないはある・・・

           同じような体験をした遺族だから・・・・必ず合うとは限らない

  多くを求めないこと・・・

     その時々の 参加している遺族の雰囲気から・・・・

       会の雰囲気をどのようにするか・・・・・・を  瞬時に判断して

             雰囲気つくりをするのが  主催者の役目

    私はいつも  反省してばかり・・・

   参加している遺族のやさしさに  許してもらい・・・・・・・

    甘えさせてもらい  時間をすごしている

        新しく参加した  悲しみの激しくある・…遺族も   思いやりを持ってくれている

     亡くなって  1か月…2週間・・・・・でも   まわりへの配慮はある

        皆さんにいかに  リラックスしてもらい

          泣き・笑い・怒り・憤り・おだやかに微笑み・気づき・
        話してもらえるか・・・・

          自分の人間性が問われる時間

    煩悩だらけの私は   

     自戒し・・・自戒し・…・後悔し…懺悔し

       許されて   会を続けています

   許し・許されて・・・・・

         そんな関係でいたい・・・と

ギャンブルをしなくなる治療薬って・・・

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  サロンでは「精神科医療の話題」が多い

 断薬した人・目的としている人
減薬している人・・・         の 参加も多い

   「タミフル」というインフルエンザ治療薬の副作用

   飛び降り・・・・自死

  若い人には使用禁止になった薬

   この薬の副作用は   一部の精神薬の副作用に比べたら低いといわれている

  インフルエンザの薬で自死・・・・・だから話題になった

インフルエンザという病気で自死はしない…

なのに 飛び降りる・・・・から

    年齢制限もされた

   精神薬で自死・・・・・・は  話題にもならない

  なぜ   精神疾患者は自死しても普通・・・いや精神疾患は自死する・・と決めつけているから


   うつ病だから自死するというのは何の根拠もない

うつ病は患者は女性が圧倒的に多い


     うつ病で自死するなら  女性の自死が多いはず

 だが  男性の自死が圧倒的に多い

   それは   なぜ

  昨日の新聞に  ギャンブル依存症が世界の中でダントツ一位
成人の5パーセントが賭博依存症の疑い

治療環境の整備が必要だ・・と 国立病院機構久里浜医療センターが研究発表

   ギャンブル依存症に  どんな治療をするのか・・・

  薬物治療・・・・・・・・・

 アルコール依存症も 治す薬はない

ギャンブル依存症も治す薬はない

     薬物依存症も治す薬はない

    同じ依存症の人たちが「わかちあい」の会に参加して

      相互扶助効果で 自分たちの意思で断つしかない

   酒をやめられる薬はない

   ギャンブルをしないようにする薬はない

     どうやって治療するのだろう

  アルコール依存症とおなじように

  ギャンブルに行かずに 落ち込む人に   精神薬を飲ませるのだろうか

   賭博をしない薬など どこにも存在しない

 酒をやめる薬もない

  買い物を止める薬もない

      それなのに

  漠然と  依存症を治す薬があるような  錯覚を覚えるのはなぜだろうか

   また  自死が増えていくのだろうか

    それは薬のせいではなく

  依存症が引き起こすものだとでもいうのだろうか

  依存症で  自死にはならない

     昔のことだが  尾崎豊さんも精神薬を飲んでいた

      藤けいこさんも飲んでいた

   有名な俳優の奥さんも飲んでいた

      

  

生きている人間すべてが罪びとである

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自死遺族のほとんどが 思い悩むこと

    世間一般に言われる「浮かばれない」ということば

以前にも何度か書いたことがあるが「自死」への差別と偏見からくる言葉

      遺族も最初から自死遺族ではないので  「自死」に差別や偏見を持って生きてきた人たちである

  家族が自死した時   それまでの自分の持つ偏見と差別・・・と  
 世間の言葉(というより親戚の言葉)

「成仏できない」

      昨日の「法話の会」

成仏という意味  と   


自死→自殺→殺生→殺→罪

   人は誰でも殺生をして生きている

   魚のいのちをいただいて、食べて、生きている
牛や豚・・動物のいのちをいただいて生きている

野菜も果物も・……そのいのちをいただいて生きている

    蚊を殺すことも殺生

   命あって生きている人間は  様々ないのちをいただいて生きている

   自死者だけが罪人ではなく

  全ての人間が罪びとである

       そんな話をしてくれた

  成仏・・・も   死んですぐ「仏さま」にはならない

 「仏」になるための修行を積む・・・

    修業が極めて楽にできるところが  「極楽」である


私たちはなんとなく死んだら「仏様」になると  漠然と思っている

     そうではない・・・

    だから  死んで  すぐに  全員成仏などしていない

   仏様には  誰も成れていない

   正しい知識は大切である

       あいまいな適当な 青森の津軽弁でいうと

           「おべだふり」
 (知りもしないのに知ったふりをする)  

       それも 罪である

  おぎゃーと生れた時から
     罪を犯し続けて生きているのが人間

  罪を一度も冒さない人間は皆無だ

法話の会・…慈恩寺・・・・・・・・・・明日は遺族の茶話会

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慈恩寺さんの会

    新たに法話を求めて参加した遺族が4人

  求められている・・・・・・・・・・のが「法話」

お経のお話   説法  仏説   

   慈恩寺さんの会と「藍色のこころサロン」が重なり……5時半過ぎにサロンに・・・

     7時ころまで   サロン・・・

   元気になった 人たちが顔を見せてくれるのは  ありがたい

     また  頑張ろうと思う

なんだかんだで  今帰宅

明日は遺族だけの「茶話会」

 

9月21日慈恩寺さんの「法話の会」

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21日  明日は「法話の会」
仙台駅東口・…慈恩寺

     南無阿弥陀仏のお寺

 13時から~

     樋口住職のお話は  心に沁みる


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消えない悲しみとグリーフケア

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震災の後にダイヤモンド社の記者が遺族に接触し  個々に話を聞いて

      グリーフケアという言葉を使う専門家と遺族の話に違和感を覚え・・・ていた

  ということを 記事にしてくれた

     NHKのハートネットで  オームの事件で一家惨殺事件の亡くなった奥さんの親族が
         思いを語っていた

    悲しみは消えないことを話していて・…共感した

    被災地でグリーフケアが必要であり、悲しみは消えないことを絵本で伝えていた映像をみて

        グリーフケアの意味と 消えない悲しみの意味

    を  深く考え  見つめた人なのだろうか・・・・・・・と 感じた

      真逆の考え方

    ふっと思った

     グリーフケアという漠然とした イメージがあるのではないのか・・・と

      グリーフケアの目的や考え方……その先に精神科医療があることも ・・・・

     思うことなく 心地よい 言葉として使っているような気がした

   聖職者たちがグリーフケアの専門家として有名になっているから・・・

     神様が行っているかのような錯覚…崇高なケア・・・・・という漠然としたイメージ

    が   広がっていると思った

       正しいとか間違っているとかというのではない

    正しい悲しみ方などあるはずがないから  人はそれぞれであると思う

       グリーフケアは悲しみからの回復が最終目的である

         人によって回復の進み具合は様々だが  
      最後には悲しみを乗り越える・・・ことが目的のケア

悲しみが消えずに 20年たっても存在するのは  グリーフケアでは「複雑性悲嘆」という病気である
     もしくは「複雑性悲嘆」「外傷性悲嘆」「「非定型悲嘆」「遅延性悲嘆」
           「病的悲嘆」とグリーフケアの専門家は本に記している

見た目に悲嘆が現れない場合は 悲嘆の回復は先送りになるだろう…と書いている
    
     他人に見た目でも激しく悲しみを見せる人は葬儀以外はいない

  
    グリーフケアという崇高さを覚える言葉に惑わされることなく

    悲しみは消えない  ということを素直に表現することは  大切

       消えた人は  グリーフケアが成功した人

      それはそれで  何もいうことはない

    消えて納得したなら  それはそれで  いいのだと思う

      グリーフケアの本を読み、専門家から学ぶと

        ん?そもそものグリーフケアの目的とするものや
            病的悲嘆と示している消えない悲しみを肯定していたり
       ケアといいながら  別に何にもケアらしき アプローチはないように思う

         矛盾だらけである

      言葉に惑わされず  自分の感情に素直に従い表現する方が 

         亡き人にも自分にもやさしい

  カタカナ語に弱い人にはなりたくない

    カタカナ語の内容や意味をきちんと考えたい

やさしさの連鎖を信じて・・・

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多くの皆さんにご心配いただき感謝しています

  ありがとうございます 

    今朝  奥さんを亡くされた人からの電話が・・・・


  同じように奥さんを亡くされた人を紹介

    自助グループを求めてくれる遺族が増えたことを実感する

       同じ悲しみがる者同士とのつながりがあるから

        幸せな人たちとも付き合える

    自分だけが悲しみを抱えていて

   まわりに誰も話す人がいない・・としたら

           幸せな人たちと普通に付き合うことができないかもしれない

   ひがみやみじめな思いが広がってしまうかもしれない

        人はそんなには強くない

  強くないから  流される

   弱いから群れる

      同じように行動しない人は  仲間はずれにする

          弱いから・・・

   弱いから嘘をつく

      自分の非を認められない

         物にすがる

    物質に権威を託す

          息子が亡くなって   欲望はなくなった

     どうでもいい

      一人でも一日でも長く生きてほしい・……元気に・・・

      そんな思いだけ・・・・

     そのためには何ができるだろうか・・・・・と

       息子のような悲しい死は・・・・・・・もうたくさん! 

     自死はゼロが目標

         電話はそのほとんどが  悲しみや苦しみを抱えた人たち

     いつも思う  

    何もできない  ・・・・・・できていない・・・と

      一緒に活動してくれている人から
自死の報道があった時
あ~無力だ~とメールが 来た時は・・・・・
    一見クールな人だけど  同じ思いがあるから活動してくれているんだなぁ~って

      
心ある人たちが思いを共有できたら
     社会は変わると信じています

       やさしさも連鎖すると信じています

   
 ほぼ 毎日  遺族から連絡が来る  

    道は遠い  山はまだ高い   

   

        

製薬会社と医師会の広報に比べたら 大海の一滴

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 精神薬の効能の宣伝は 金のある製薬会社の力はすごい

  全く副作用は宣伝はしない

(当然ですが)

      医師のほとんども 副作用の説明はしない

    私たちの知る情報のほとんどは 精神薬が「幸せクスリ」のような錯覚さえ覚える内容

      それでいいのか・・・・それは一方的な言い分だと批判する人は少ない

  なぜ・・・・・精神科医療にお世話になっている人が  多いから

      信頼して 薬を飲んで  治らなくても  現状維持でも  悪化しても

         医師を信じるのが 自分の安心

       治りたくないのか・・・・

    私は様々な精神疾患については  知識はない

       しかし  精神疾患と 負荷のある抑うつとは違うことはわかる


    過激だとよく言われるが

      負荷のかかっている抑うつ状態  の  人に

  いきなり  うつ病という診断で   抗うつ薬や抗不安薬、統合失調症の精神薬はひどい
       と   言っているだけ

     石巻市の被災者が 仙台市に引っ越して   慣れない土地で
夫が 船乗りで  留守がち・・・の 人が
     不安で熟睡できないから・・・と  心療内科に・・・

  いきなり  エビリファイ・パキシル・・・・マイスリー・デパスの処方

    薬を飲むと   身体が震えてしまうので  医師に伝えたら  慣れてくるから・・・と

       今は  別の医師のもとで減薬~断薬~カウンセリング

  サロンにもたまに顔を出して  元気で生活している


     これは  変ですよ


 7年10年、15年 薬を飲んでいた人が

  別な医師の処方で  回復   薬は飲んでいない

みなさん   普通の暮らしをしている


   それはどういう意味を表しているのか・・・

     精神薬の全否定はしていない

       問題を抱えているなら  問題の解決が先  か 

 少なくとも問題解決も視野に入れて…の精神療法    

     問題はどうでもいいから

     精神薬をとりあえず飲ませてみて

 抗うつ薬で  効き目があったら  うつ病

統合失調症薬で効き目があったら 統合失調症

   って

    効き目がない時は  薬を増やして・・・・

     カルテを見ると  15錠とか飲んでいる人は  病名が複数


  東大の精神科で  20個以上
                の病名という人がいた(梅毒も)

   わたしのつぶやきなんて  大海の一滴にもならない程度の話

       富士山という山を  縫い針で突っついているようなもの

     気が付いた人が、自分で治るだけ

   このブログなんて  何の影響力もない

       ただのひとりごと

  ひとり言の中から  つぶやきの中から

      本人が何かを感じ  治ろう!と思えば治る

    本人が何かを思い  悲しみとともに生きよう・・と思えば生きられる

      本人が選択するだけのこと

       賛成意見もあり
  反対意見もあり

       効能もあり  副作用もあり

      両方の情報を知り・・・・・・そこから 選ぶのは自分

  偏った情報だけの氾濫は   民主国家ではない

   それは共産国家

  情報が操作されることなく  たくさんの情報が得られ・・・

  選択肢が広がる方が  自分の力量が試されるから 厳しい

     責任も自分

     日本人は  与えられる方が 合うのかもしれない

   それは  教育  教育は政治力

     製薬会社と医師会の広報に比べたら

           ささやかな  微々たる運動…ミクロの運動

     無力な活動です

     

感覚

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 神奈川県のある遺族とのご縁も不思議

 本人には言ったことがないが

新聞で彼女を見たとき・・・・・・・ん?あれ?と  不思議な感じがした

    なぜだかわからない・・・・が 不思議な感覚が走った記憶がある

   その時は  つながるなんて思ってもいなかった

        が  縁はとても不思議

    つながろうとしてもつながれない人たちもいる

    大切につながっても  離れるご縁もある

   それはそこまでのご縁だと思う

   岡先生とも不思議なめぐりあわせでつながった

野田先生ともとても不思議

     弁護士の先生や司法書士の先生たちも

         不思議なご縁

    遺族とのご縁も不思議

     今この瞬間を生きていることが奇跡

   息子は私が生きている限り  私の中で生きている
だから
  長く生きようと思う

   年々  不思議なご縁のつながりが広がる

     遺族とのご縁は広がらないほうがいい

     遺族は増えないほうがいいから

       減ってほしいから


   しかし  悲しいご縁も   

           悲しい遺族がいなくならない限りは  つながれたらいい

    大切に大切に・・・・・・・元気に元気に・・と願う 

ご縁のつながりができますように・・・

     年に一度のフォーラムを開催してきました

     みんなで作るフォーラムです

  悲しいご縁も  不思議なご縁も   大切に…

不思議

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今日  仙台市役所にいき、局長と話をして・・・・文房具屋によった

まっすぐバスで帰ろうか迷ったけど…・フォーラムの準備の用紙を買おうかな・・・・と

    その後にラーメン食べて帰ろうか迷いながらも  ツルハにより・・・

    わか子さん(市会議員)の事務所によろうかな・・・と 一番町の商店街を歩いたら

    「田中さん」と声をかけられ

   ビックリ!!!

      震災後に連絡がつかず 会いたいと思っていた遺族だった

   突然死で息子さんを亡くされた人

      藍の会をたちあげて NHKの番組で全国放送になった時に

      連絡を受けて・…会い~その後に「つむぎの会」を立ち上げるきっかけになった人

   自死遺族の会だけでなく

   子供を亡くした親の会もやろうと・・・・思わせてくれた人

     テレビや新聞で私のことは見ていてくれて・・・今月は連絡しようと思っていた・・・と
  いつも私の方からの連絡だったから  
      私から連絡が行かないのは  忙しいから・・・だと遠慮していたよう・・・

  携帯を登録していなくて、固定電話が050- の番号しかわからず
      022-を知らなかった・・・
 震災後 050-を ご主人がやめたようで・…(知らなかったようだ)

     連絡がつかなかった3年半

   18日   まだお盆  

   息子たちが導いてくれたようだ

    慈恩寺さんの「法話の会」に誘った

   今度は携帯番号を交換した


    遺族には  積極的に連絡先を教えてもらうことはしなかった

      その後の付き合いも  ゆるやかに

    こちらは教えるけど   無理には聞かないことにしている

    でも・・・・・

 会う時は逢うようになっているらしい

   求めていると  会えるようになっているようだ

       私も やっと1年が過ぎたころ  彼女も1年と半年が過ぎたばかりのころのご縁

  ・・・・・・・・・

  それから
昨日 わかったことがある  これも不思議

  息子のお墓を作ってもらった石屋さんが(お墓のあるお寺の檀家さん)

ご縁のある遺族の義姉の実家 だった (我が家のすぐそば)

(お墓を作った時は、ご縁がなかった)


   遺族としてのご縁  支援者としてのご縁

   つながるご縁は  不思議