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悲しみもまた私のもの


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「悲しみもまた私のもの」
                       岡知史 エッセイ

 悲しみに沈んだ人がいる。その人を見るにみかねて助けたいという人が現われる。「どんな悲しみがあるか知れないけれども、時が解決してくれるものだよ」とか、「物事は考えようだよ。この美しい青空を見てごらんよ」と言葉をかけて励ますのだが、悲しみに沈んだ人は、いっこうに耳を傾ける様子はない。そして「私の悲しみも私の一部です。私が私の悲しみとむきあってすごしている静かな時間を乱さないでください」と言う。

 悲しみにある人がしばらくそうしていると、今度は「心を癒すことが仕事だ」という人々が現われる。そして、こうすれば悲しみを乗り越えられるという方法を教えようとする。彼らが示すのは「悲しみからの回復」である。どうやらそこには階段があるらしい。彼らが言う通りにすれば、階段を一歩一歩のぼるように、悲しみから回復できるのだという。

 しかし、悲しみにある人は、それは登れるような階段ではないことを知っている。深い穴の中なのか、高い山の頂上のようなところなのかはわからないが、身動きできないことは確かなのである。

 愛する我が子を自死で亡くした親の気持ちは、きっとそのようなものだろうと私は想像している。その悲しみは時が解決してくれるものでもなく、「時がたつにつれて、ますます深まっていく悲しみがある」と、息子を亡くしたお母さんは私に語っていた。

 癒されるうる悲しみがある一方で、どうしても癒されない悲しみがある。一人娘を自死で喪ったお父さんは「私は遺族ケアとか支援とかという言葉は嫌いなのです。(私の悲しみは)ケアされようがない、支援されようがないのです」と語っていた。

 現在、自死遺族ケアの必要性が多くの専門家によって指摘され、法律も行政がそれに取り組むように指示している。しかし、そこには「ケアされようがないほどの深い悲しみがある」という可能性は考えられていない。「どんな悲しみでもケアによって軽減される」と誰かが経験的に証明したとでもいうのだろうか。
 唐突だが、私はここで「障害もまた私の個性である」と身体障害者たちが主張し始めたころの、医療・福祉関係者の戸惑いを思い出すのである。障害者にかかわる「専門家」の使命は「障害を無くすこと。無くせなくても軽減させること」であった。だから「障害も私の一部だ」と障害者たちが言い始めたとき、「専門家」は自らの専門性を否定されたようにも感じたに違いない。

 たしかにリハビリテーションや手術によって軽減され、あるいは無くなる障害もある。しかし、そうでもないものもある。無くならない障害を正面から受け入れ、それがかけがいのない自らの一部として組み入れたとき、社会を大きく動かす障害者運動が始まったのである。

 自死遺族の市民運動も「悲しみは私たちのもの」と高らかに宣言するとき、力強い一歩が始まるのかもしれない。訓練で身につけた技法や頭で覚えた理論など、人間が後で身につけたもので、人生の最も深淵な死の悼みを救えるはずがない。それを認めたいか認めたくないかにかかわらず、ダチョウが空を飛べないように、蝶が水中を泳げないように、遺族ケアはある人々の前には無力であることは否定できないのではないか。生死の根源の苦しみを自ら体験した者だけがもつ威厳に、「専門家」は沈黙するしかない。それを「救える」と考えること自体がおこがましいのだ。

 「障害も個性の一つ」という考えは、社会的に広がっている。それでもリハビリや医療の重要性は誰も疑っていない。両者は共存できるのである。遺族ケアも「悲しみは私たちのもの」という遺族の主張を認め、それを前提としたときにこそ新しい段階に進むのだろう。




◆ 岡知史氏と出会い、交流が深まる中で、このエッセイを頂いたとき、涙が溢れたのを思い出します。遺族の多くは、「悲しみもまた私のもの」という言葉に救われています。
「私の悲しみは私のもの、誰のものでもない私のもの、だから悲しみはそれぞれでいいのだ、何年たっても涙が溢れてもいい、それは私のものだから。」
                             田中幸子

悲しみは風化しない

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   今日の夜 意味の分からない電話があった

      福島の原発の差別

  いじめ  南相馬・浪江・福岡・

    九州の人たちは 東北のことをよく知らない

    知るべきだ・・・・と 怒っていたので

  いやいや   東北の人たちも九州のことをよく知らないと思いますが
     と言ったら
「あ・そうですか」と

     風化させてはいけない

   震災は風化させられない

       風化を止めるべきだ

  風化を防がなければ・・・

     風評被害も  差別といじめだ

     福岡で講演をする・・・という

    「頑張ってください」としか言いようがない

   風化は遺族には関係のないこと

  遺族は風化のしようがない

     ずっと忘れられない
              誰かにいわれたから忘れられないのではなく

       家族が亡くなった震災を忘れようがない

    日本全部に  求める必要はないと思う

       忘れない人たちがいるから

忘れないでと強制しても仕方がない

         心優しい人たちは
               心にとめていてくれる

     そんなひとたちが  まだまだ  大勢いる

        そして 遺族は 忘れない
 悲しみの風化はないから・・・・


    9年になろうとしている息子の死

   今も   当時のまま   鮮明に記憶にある

     風化はしない

命日を記念日という表現をする感性

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震災の日を記念日というのは日本人には違和感があります

    東日本大震災3年目の記念日

  という言い方で  被災者は納得しているのでしょうか

   支援者の通信やリーフレットやHPに

   必ず掲載されることば
「聞いてもらえてよかった」という声をいただきました

       自助グル―プは そんなことは掲載しない


 相互扶助の精神

 支え、支えられ・…・お互いに・・・

      明るく笑っていても悲しみがあることを

   遺族同士は知っている

     「グリーフ落語」って  なんでしょうか

    遺族が
悲しみを知らない「悲しみをケア」する専門家と自負する人から
遺族の悲しみを学ぶことが必要であるという

    が

  「私の悲しみはわたしのもの」

      誰のものでもないわたしの悲しみ

  比べることはできない

     本に書いてある遺族の悲しみは私の悲しみではない

100人いたら100の悲しみがある

      本で学ぶ悲しみと

   実体験した悲しみは違う

  対岸の火事
       
    子供を亡くしてみないと子供をなくした悲しみはわからない

    理解できない

  1000人の人が亡くなっても

   私には私の息子の死のほうが悲しい

      それは愛が違うから

   いいとか悪いとかではなく

    愛の違い

       見たこともない1000人への愛と

   産み育てた子供への愛は違うのは当然

        愛が深いほど深い悲しみがある

    愛が消せないように 悲しみも消せない

  悲しみを消すというのは  愛を消すこと

  他人である支援者に  私の息子への愛を消させない

  消す権利もない

      

   遺族が「悲しみは愛しさとともに」といっているのに

      それは間違っているという支援者

      私の悲しみの何がわかるというのだろう

     卑しいひとたち・・・・

         あわれで  心の貧しい人


 死んだ日は記念日とはいわない

    悲しい人たちを蔑んでいる人に

        ケアはできない

     

小田原の浄土宗の青年会

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 昨日 小田原市の浄土宗の青年会に行ってきた

    熱心に聞いてくれて  ありがたかった・・・とても

   質問もあり・…熱心なお坊さんたちでした

  その中で

  グリーフケアの話もした

   グリーフケアは要らないという声も自死遺族にはある・・・・と伝えた

    宗教者は

 たとえば 浄土宗のお坊さんならば

 「阿弥陀様がお救いくださる」と 説くのが お坊さんとしての役目

    阿弥陀様よりも「自分が悲しみのケアをしてあげる」
       という考え
それが遺族に「グリーフケア」を勧めること

    
阿弥陀様の御教えを説き、阿弥陀様によって救われる事を諭す

     それが 浄土宗のお坊さん

阿弥陀様よりも自分が偉くなるのは・・・・・・??????

    宗教者ではない

   キリスト教の神父さんや牧師さんシスターも
「神様がお救いになる」と諭すのが普通

    神様にお仕えする宗教者が

自分が遺族の悲しみを癒すという考えかたは
    いかがなものだろうか

   神様ではなく  グリーフケアという方法で悲しみを癒してあげます

       ということを  何の違和感もなく 広めている

  宗教者に  私は??????

 知り合いの牧師さんも神父さんも
「神様のご加護を・・・」
「神様の祝福があなたに・・・」
「神様が見守って、お救いになります」と お手紙に書いてくれる

   お話も いつも神とともに・・・・と・・・・

    自分が癒すとか自分が救うとは決していわない

 神様よりも仏様よりも
   グリーフケアという方法が人々の悲しみを救うという
    考えを信じている宗教者は
 神様を仏様を信じていない人たち
  神様と仏様にお仕えしていない

     主は仏様であり神様が主であるはず・・・・

    人間が人間の悲しみを消すというのは

     あまりにも傲慢である  

 小田原のお坊さんたちは  うなずいていたから

    阿弥陀様を踏みつけて、自分が偉くはならないだろう

    そう信じている  

グリーフ、イズ、ラブ・・・・・大絶賛

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香港の岡知史教授の論文発表は大成功

 海外の関係者は「グリーフ、イズ、ラブ」は  
             地平を開くすばらしい考えだ…と大絶賛

    日本のグリーフケアの人たちは

     「グリーフ、イズ、ラブ」を 大絶賛しているのは  誤解だ!と

    理解できないようだ

     もう一人のグリーフカウンセリングを仕事にしている人は

「幸子さんは
 訓練を受けたグリーフカウンセリングをしてくれる
            サポートグループに参加した方がいい
    考え方が変わる」と・・・

自死遺族の自助グループが行政に受け入れられないのは

  「 遺族はたいへんな人が多いから、当然だ」と・・・・

     受け入れてくれている地域も多くあり
    国も受け入れているのですが・・・・

    世界が狭く・・・・・ちやほやされる社会でしか生きていないのでしょうね

    日本の自死遺族の活動を知らなすぎ・・・

    知らないで・・・・・・・遺族をたいへんなひとたち・・・・というのは・・・・・

        差別的発言です

      差別は許されない

         人品人柄が傲慢で  エリート意識が強く
      心の貧しい人・・・・・

   ある意味  かわいそうな人

      癒されました・・・・という言葉をエキスに生きてきたのでしょうね

        お世辞なのか社交辞令なのかの  判断もつかないのでしょう

        こんな卑しい人のまわりには
    同じような卑しい人たちが集まる

     悲しみは苦しいものだから

   訓練された支援者が取り除いてあげなければならない・・・・そうだ

      どうやって  悲しみを取り除くのだろうか

      この代表が出した 通信に
     遺族が「悲しみとなかよく一緒に生きていくことができればいいのではないか」
 
      と書いている

   「18年たっても涙があふれる」と書いている 
その感情は
   悲しみが消えていないのだということに 
          気が付かないのだろうか
   
ケアって・・……なに?

              悲しみは人生の苦しみとなる邪魔者だから

    早目に薄くしたり消していく作業をしなければならない

        という考え方なのに

  18年過ぎても涙があふれるのは  どうしてなのか・・・・

    ケアできていない

       この現実を見つることが  大切

      消しようがない悲しみもあるのだから・・・

    アメリカの社会は  グリーフケアに大反対の意見もある

   本もたくさん出ている

    反対の本は翻訳されない

     自分たちの仕事がなくなるから・・・だろう

    「 悲しみには支援者が必要」  という考えは

   支援者の育成が必要となる

  支援者の育成講座を開設すると  利益が生まれる

     ビジネスになる

 しかし「グリーフ、イズ、ラブ」の考えでは

    支援者の必要はない

          支援者の育成のための講座も不要

     癒し人として  神様のように  君臨する場がなくなる

     ご自身の子供が突然亡くなっても

    悲しみを消せるのなら   ある意味尊敬するが

     人でなしである     

晴れてまーす

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晴れてまーす

   これから でかけます

   新幹線で

         仏壇の作法を一通りすませて  


      新幹線で読むいつもの冊子を持って
          「知らされない愛について」

      今日の「茶話会」」に参加の方々・・・・・・
             穏やかな時間が過ごせますように

      小田原の宗教家の皆様に  私の思いが少しでも伝わりますように

        家族が健やかで過ごせますように・・・

運気を上げる・・・生きているから、生きるために。

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明日は晴れるようだ

  息子が亡くなってから究極の晴れ女に・・・

      不思議に晴れる

    おまじないの作法もたくさんある

       トイレ・洗面所・台所・風呂場・・・・ 一輪の草花でもいいから生花を飾る

     私は今の時期は ベランダの鉢の花や
              歩いているときに  草花を摘んでくる・・・
           ティッシュに水を含ませて切り口にまくと  長持ちする

      出かけたら・…道端を見て…きれいな草花を摘む

           そして 一輪挿し(コーヒーやジャムなどの小さな空き瓶)

     テレビの両側にも同じように飾る

         世帯主の干支の置物や写真・イラスト等々を居間の中心に飾る

     子供の部屋には子供の干支を飾る

            鈴を飾る・・・持ち物や部屋にも・・・

    玄関には生命力の強い蔦の植物や、垂れ下がる植物を置く

      犬の置物は玄関にはおかない・・・

   他の場所ならどこでもいい

         玄関からまっすぐに居間やベランダが見える家は
                 観葉植物をその間に置く

  仏壇がある人は仏壇を部屋と同じようにきれいに日々掃除する

    部屋の空気が重たく感じるとき

            線香を9本たてて 

   部屋のどこかの窓を10センチ以上開けて…消えるまでそのままに・・・

    玄関のドアの上に  負のエレルギーを防ぐお札を貼る

        西に向かって瞑想をする

      天と地に支えられて 自分が生きているとイメージし
             丹田の前に両手を上下に合わせて  お団子を作るようにコロコロやる

          魂を清めてくださいと唱えながら・・・・半眼で・・・・

   ただし  この作法は  夜はやらないこと

        エレルギーがたまって  眠れなくなることがある

       息子が亡くなってから  図書館に通いたくさんの本を読んだ

        息子に謝罪しながら  残った家族の運気を上げるために・・・

 生きているときに お兄ちゃんにしてやらないで
    自分たちのために 運気を上げようとしていてごめんなさい・・といいながら

      たくさんのことを試した

   学んだ・・・・・・・ けっこう役にたっている気がする

        医師のコメント・・・「運」だよ・・・という言葉

    一瞬の差で  助かる命もある

     本当に一瞬の差

   それを実感する出来事が多い

     運は 上げることができる

         一見幸せに見えても・・・・・・・運気が下がっていることもある

     息子の結婚・…孫の誕生・・・・息子の死

         防げたのかもしれない  一瞬の運で・・・

  母親の仕事を途中で怠った結果・…・・・・今 悲しみとともに生きています

自殺イベントという言葉…翻訳者の人格を疑う

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「自殺イベント」という言葉を初めて知った

グリーフカウンセラー養成講座  上級編で語られている

   「自殺イベントの時系列的アセスメント」

自殺リスクの理解と対応という翻訳書に書かれているようだ

   自死って  イベントに属するのだろうか

  なんだろうか「自殺イベント」という表現は・・・

   自殺イベントへの対応を知っっておくことが
       大切らしい

   記念日も震災記念日という表現や
    
      亡くなった日を記念日という表現や

   自死イベントという表現

       日本語に訳すとき、
日本人として日本語の意味をきちんと理解しているのか疑問だ

    アメリカでは「イベント」で 通用するのだろうが

   日本で「自殺イベント」という表現が

      日本人が抱くイメージを想像できないのだろうか

「自殺リスクの理解と対応」
      「死にたい」気持ちにどう向き合うか・・・という本

   

「死にたい」のではない

   追い込まれて「死にたくない」と苦しみ
「死ぬしかない・・・」と悩んだ末の結果であって
 決して「死にたい」のではない


     「死にたい」人はいない

    そしてこの本を読んで「面白い」とコメントしている
   カウンセラー

   人が苦しみ悩み 自死するほどの気持ちへの対応を
 「面白い」というグリーフカウンセラー

      苦しんでいる人を救うという自分が楽しくて仕方がないのだろう

         自殺へ傾倒していく度合を診断していくことは
          素晴らしいと絶賛している

  この人って   マゾ?

     悪魔?   

人の苦しみや悲しみををエキスにして
        金や名誉を得て 幸せに生きている人

  吐き気がしてきた

       

製薬会社と大学の医学部の関係

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あああ~~~~やっぱり・・・と思ったのが 
     製薬会社と大学の癒着疑惑

ディオパンというクスリが今話題に・・・・
  

多額の寄付金

  毎度の話   

 精神科医療だけではなく、様々な医療の分野で同じことが行われているのは
       関係者間では周知の事実

   だからこそ  医師には 医師としての理念が掲げられているのだが

       理念はどこに?という医師が多くなっているのが現実

     学会に参加するのも製薬会社がスポンサー
       学会設立も製薬会社がスポンサー
   学会も NPO法人と同じで  簡単に設立できる

   特別なものではない

       だから いろんな学会が 雨後の竹の子のように増えている
特に精神科医療の分野で・・・・

    製薬会社は世界最大のお金持ち

     自動車会社の利益をはるかに超えている
     
 1回  2000億円の賠償金を支払っても  尚  その薬を売り続ける

   利益があるから・・・・

      訴えられることが多くなったら市場を変えればいいだけ

  人の命なんて  関係ない医療や製薬会社

   怖い

    いつかのテレビで医師が発言していたが

   いのちが助かるのは「運」・・・・・・だけだと・・・

   患者「さま」と呼ばなくていいので
        回復のための 治療してほしい

  

悲しみに終わりはない

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 家族の突然の死  悲しみ

   悲しみに対する感情の表し方や 感じ方・…感性は

  その人のこれまでの人生に左右される

   風土・・・・文化・…宗教観

       アメリカ人の感性をそのまま日本人に当てはめているのがグリーフケア

       グリーフカウンセリング

    人として最も悲しい  愛する人との死別

          言葉も違うアメリカ人と同じ感性で悲しみを表現することはできない

      そもそもの グリーフケアの原点

   自分が末期のガンで 死期が迫っている・・・・

   その悲しみ・苦しみを  受け入れていく・・・・というのが 始まり

       終末医療の一つとして  グリーフケアはありだと思います

         が

    キリスト教の死生観と仏教の死生観は違う

       ほとんどの日本人は仏教的宗教環境の中で育っている

     そして グリーフワーク   

             といわれるものが   理論づけられていない

   科学的根拠がない・・・・・・・のが  グリーフケア

       海外では  反対意見も多くあるのにもかかわらず

        時々 目を吹きだすのは

     人の不幸を聞き
   人の不幸話が  自分の幸せの確認

     悲しい人を救いたい…困っている人を救っている自分が大好き

       そんな  卑しい心が人間にはあるから

  だから   卑しい心を隠して

        癒し人として  感謝されたい   

   人の卑しさを利用した  皮肉な考えが日本のグリーフケア

        何をどのように具体的にケアすると  どのような人がどのようになるのか

            全く検証されていない

     そもそも  学問ではない


  グリーフカウンセラーになるには  100万単位のお金が必要

    お金持ちの人だけが  グリーフケアができる

        
     貧乏人は   お金持ちの グリーフカウンセラーに

     悲しみを癒してもらうだけ

           ・・・・・・・・癒されませんから!!!

      9年になろうとしているが  息子の死  悲しみは今も同じ

   生き帰らないかぎり私の悲しみに終わりはない

       私が死ぬまで この悲しみは続く

   それでいい  なぜなら  息子を愛しているから

日本では家族が死んだ日を記念日とは言わない

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「記念」 思い出に残しておくもの

   「記念日」 結婚記念日  婚約記念日  家を買った記念日   ・・・
楽しいことの思いでのような気がする

   息子が死んだ記念日  離婚した記念日  破産記念日・・・・

    という人は  日本人は使わないような気がする


  が

   海外の思想がそのままのグリーフケアの考えでは

3月11日を 東日本大震災2年目の記念日というようだ

  グリーフカウンセリングセンターの代表が 通信7号のあいさつで書いている

    震災後に震災のためにたちあげたセンターの通信7号
       「うれしく思います」が一声

 どこかの編集後記(自死遺族の会)

 「この通信を作成していて心が豊かになりました」  代表の声

   悲しみを癒してあげる…という人たちは  同じ発想らしい

     アメリカの9月11日のテロ

  その後の アメリカの新聞に

 「テロの後にグリーフケアの支援をするという人たちが嬉々としていた。
      結果はほとんど役にたたなかったのに」という意味のことが掲載されている

     (全国自死遺族連絡会のHPに掲載している)

簡単にPTSDとかトラウマという言葉を使うのも彼ら特有のもの


   岩手県の社協はグリーフケアを学ぶ必要があるとコメントしているが
        ここでも「支援者のための支援」が強調されている

    支援者のための支援者・…が必要なら

  その支援者の支援も必要ではないのか(エンドレスでの支援)

  それとも  特殊な能力を持っている人たちは 支援者を支援するだけで

 自分への支援は必要ないのだとでもいうのか

(何様?)

        自分は支援をしても、自分へのこころの支援は必要なく

     他の人は支援をしたら  心のケアという支援が必要というのか

  遺族の悲しい話を聞くとこころが疲れてしんどいから
    遺族の話を聞いた私の心を癒してほしい・・・・・・・・・ってなんですか

    自分の心を他の人に癒してもらわなければならないほど 
    しんどいおもいをしてまで
        遺族は聞いてほしいと思っていません

  無理して聞かなくてもいい

       「 癒したい人の卑しさ」 そんな人たちが  あふれる研修会

       遺族が冷やかに見ているのを知らない人たち

   その目線に気が付かないような程度の感性で

       悲しみのケアなどできるわけがない

 

悲しみは愛しさとともに・・・岡先生頑張って!

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上智大学の岡知史教授が明日香港で論文発表

   頑張ってほしい

   グリーフケアではなく
 「悲しみは愛しさとともに」

   「悲しみもまたわたしのもの」
                 「愛があるから悲しい」
愛しい(かなしい)
    
    悲しはケアされようがない

     一生抱えて生きていく

        子供を亡くした親の悲しみを 他者がどうやって癒すのか

   被災地で グリーフカウンセリングをした!と  自負している人も発表するそうだ

      京都大学の教授で  グリーフケアを推進している人も・・・・


  支援者の満足のためのグリーフケア

     少なくとも私とつながっている遺族は

  悲しみは愛しさとともにある   ことを  わかっている

     岡先生・・・・・・

       謙虚な方だけど   有名になってほしい人

    香港論文発表が 成功しますように祈ってまーす

第三者委員会の設置ができない不思議な地域

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いじめ自死第三者委員会の設置は 地方自治体の判断

    山形の天童市の中一の生徒の自死

   生徒の死から5か月が経過しても設置されていない

    状況に 市会議員から批判の声があがった

  高畠高校のいじめの時も同じだ

     山形県は設置しないことが多い

   第三者委員会とは到底言い難い委員会で議論され
   それが第三者委員会なんだから
   改めて設置する必要はない・・・と言ったりする


     学校に在学中の児童生徒の自死・・・・・
           しかもいじめが認められたケースでも   教育関係者は動かない

    学校は安全配慮義務があるはず

       親は学校を信頼して預けている

    学校内で自死しても  遺書があっても

      誰がいつどこでどのようないじめをしたのかを

   遺族に立証義務を負わせる

       学校が立証したらいい

         いじめがあった!と認めているのに   

           立証責任を遺族に・・・

        なにをしたいのだろう

   要するに  死んだ人に口なし  死んだ人に人権はない

  ということ

   生きている自分たちさえ  幸せなら  

       死んだ人のことは忘れたいのだろう

    教育関係者って  日本の未来を担う子供たちを教育する立場なのに・・・

      仙台で子供の自死があっても

    不審死になったり・・・・・・・していることも多い

      データーはいいかげん

        今年は山形県の補助金はもらわないことにした

     遺族が 県と戦い 全面棄却となった

  許せない・・・・だからお世話にはならない

     教育関係者の子供や孫がいじめられたら  即刻動くのかもしれない

    

精神病製造薬と製造機関と…企業

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京都の仏様の彫刻家作 観音様


   玄関に置いている


 宮城県内での自死者  400人前後

   仙台市が半分の200人前後

   栗原市が郡部ではダントツに多い……石巻、気仙沼…と続く・・・

    8年前は600人以上 620人・630人・・・だった

     15年前の人数に戻っている・・・・らしい

   その中で  仙台市は 若者が多い

       10・20・30代    郡部は高齢者が多い

   なぜだろうか

      市町村毎に分析はできるはず

      仙台市は ある特定の大学の学生が若者の自死の半数を占める

   なぜだろうか

      そして  10代前半で  

スクールカウンセラーから精神科の病院に行くことを勧められる子供が多い   

    その結果は・・・・・

    元気に卒業していない

     ずっと薬漬けで  社会にでることもできていない

        忘れ物が多いとか  遅刻が多いとか
   いじめられて不登校だったりとか
    思春期独特の情緒不安だったりとか
              そんな理由で   精神科の治療をすすめられてしまう学校

   野田先生の言葉を思い出す

     忘れ物が多いのは病気ではない

    遅刻も病気ではない   不登校も病気ではない

     しかし  学級の中でみんなと同じように行動できない子供は

      精神病とみなされてしまうのが現代

  精神薬を飲み続けると
  ドンドン本物の精神病に近くなり(薬害性精神病)
      それを見て・・・やっぱり・・・・という

   飲まなかった時のほうが 症状がひどくなかったのに・・・・

    飲み続けて 症状がひどくなると・・・・

      病気だという    本人も病気だと信じる

    そりゃそうだ  クスリのせいで 病気になってしまったんだから

   もはや立派な 病人

  精神病製造薬(向精神薬)・・・・・・・・製造機関(精神科医)

    裏で操っているのは  究極の利益企業  製薬会社

      今、中国にも大手製薬会社が進出  自死が増えている

韓国は 日本の次に製薬会社が進出し・・・・・自死が右肩上がりで増えてきた

  中国には  宙にそびえたつような製薬会社のビルが建っている

    これからもっと増えていくだろう


       

研修会と研究が中心の自死の対策

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昨夜は 何度も目が覚めた

   そんな日もある

        20日福島市内で 内閣府主催のブロック会議がある

全国を6つのブロックに分けて  自死に関連した活動をしている団体や
   行政担当者が集まり、講演を聞き、選出された団体の報告を聞き
  少しの時間の意見交換を行う

   昨年は仙台だった

    初心者むけの内容

      自死の対策大綱ができて8年  

        研修会は数えきれないほど実施してきて  まだこの内容?と思った

   内閣府の官民協同連携会議で
        初心者向けの研修会をいつまで続けるのか・…レベルアップしてほしいと要望した

        しかし  また 同じように初心者の内容のような気配

    やる気のない……やっつけ仕事である

      毎年400億円弱の予算で自死の対策が行われているが

        いじめ対策も結局は 地方の教育委員会まかせ

       文科省は 
「これ以上やることはないほど、いじめに関しては手を尽くした」とコメントしている

「あとは、地方の関係機関の判断だ」と・・・・

       厚労省も同じ 毎年予算の8割を使っているのに

        研究が中心

研修と研究が全て・……     関わる人たちの育成をエンドレスで行おうとしているだけ

         具体的に いじめをなくしていく取り組みは  個々の学校まかせ

     労働条件の改善も   個々の会社まかせ

        動いているのは   借金問題

      セーフテーネットが確立され   連帯保証人の問題も議論され

            2年後くらいには  連帯保証人問題も法の改正が行われる予定    

      パワハラ問題はそのまま・・・・・・   

   被災地でも  応援に来ていた職員が被災地で地元の建築関係の責任者を パワハラ

   自死に追い込んでいる   

        研究も研修も必要であり大切だと思うが

   具体的な対策の実施が行われない限り
               減らない

      精神科医療の改善も急務であsる

         精神科の医師は  悲しみや悩み・苦しみを治すことはできない

                 病気を治すのが医師である     という野田先生の言葉

       悲しみや苦しみ・悩みは  病気ではないのである  

    なぜ…悲しいのか
 なぜ…苦しいのか     なぜ・・…悩んでいるのか


    なぜ・・・の解決・・・

          400億円の税金を毎年使って・・・・・

       ポスター作って・…・研修会やって

      研究をして  論文発表して

   学会作って   講演して   本出して     


       コツコツと真剣に活動している人たちのおかげて
        助かる命もある

  コツコツ活動している人たちは  報われたいと思っていないから目立たない

        少しでも減ると・・・・・俺らの活動が実った・…とコメントするのは
             具体的に動いていない人たち

    一つひとつ  ひとり  ひとり   大切に・・・

          していない           

自分たちが助けられた人の遺族の声を無視する遺構問題

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  震災遺構

  ある小学校で助かった人たちは残してほしいといっている
しかし   
 あなたたちを助けて殉職した人の親が  見たくない、残してほしくないと言っている
       その人の息子さんに助けられた人たちが なぜ遺族の心を傷つけるのか・・・・

あなたたちを助けるために 校門の前で力尽き亡くなった人の遺族の声を無視して
      それが  助けてくれた人への 恩返しですか・・・・?

遺構を残してほしいという人たちは  壊しても心は傷はつかない

    遺構を見ると心が痛い人たちは 一生遺構を見て傷つく

       少人数でも  心が痛いという人たちのために

        痛まない人たちが こころを寄せることがやさしさではないのだろうか

   自殺から自死という言葉の変換も

     自殺という言葉で傷つく遺族の心に

   傷つかない人たちが寄り添うものではないだろうか

   自殺という言葉で傷つく遺族の声は聞くが
    自死という言葉で傷つく遺族の声は聞いたことがない

    
  議論はこれから 年月をかけてしたらいい

    議論の前にできることもある

        地方行政から変えられる範囲で 自死にかわっていくだろう   

   遺構も言葉も  傷つく人の気持ちに

          傷つかない人たちが心を寄せることができたら

    人にやさしい 社会につながるはず

      しかし  人は  傲慢

   傷ついている人の声は 弱く

           届かない


     

信じる心・・・・・・私も必ず息子と同じところに!

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金曜日 小田原のお寺さんに行く
 
  仙台に 遠慮なく話せる住職がいることは  ありがたい

    慈恩寺さんという仙台駅東口「南無阿弥陀仏」のお寺

    亡くなった長男に近い年だけど  話せる雰囲気がある

            特別熱心な信者ではないが

    仏教式で葬儀をして供養をしている

       だから  仏教を学ぼうと思って・・・「法話の会」を開催してもらっている

  お釈迦様・阿弥陀様の教えを知りたいと思っている

  学生の頃  聖書を学んだ
         息子も聖書を持っていた・…遺品として仏壇の横に置いている

    藍の会の立ち上げのときは

       キリスト教の信者である遺族にお世話になった

      今も  見守っていてくれる

    故 平山正実先生もクリスチャン  岡知史先生のクリスチャン

       私は仏教徒

    有名な人の仏教の本も読んだが

        今  知り合っているお坊さんたちのお話は分かりやすく心に落ちる

   葬儀はお別れの儀式ではなく

   再開を約束するための儀式

    阿弥陀様に息子を委ねます・・・・・・・いつかわたしもそこに行きます必ず・・・・

        帰依する「南無」
                    「南無」 は  どの宗派にも共通

  なむ しゃかぶつ  なむみょうほんれんげきょう   なむ  あみだぶつ

     なむあみだぶ   帰依する  委ねる  お任せする

       そこに存在すると信じ・・・・る・・・・こころ

   信じなければ   存在しない


   信心   信じる心   信者  信じる者
        信じる心は生きているものを救う

     存在するのかどうか・・・・・・を  議論しても  救われない

健一が逝って今年で9年目

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 健一が逝って今年で9年になる

   生きていたら43歳に9月でなる

    43歳の彼と会いたい

    今も 悲しみでいっぱい

     見た目は元気    誰にでも明るく笑顔でいられる

     日々の生活は あの子が生きていたころと何も変わらない

  仏壇とお墓があるだけ

     頭からあの子が離れないだけ

    笑っていても・…ご飯を食べていても  何をしてもいつも思う

   時々大きな悲しみの地雷を踏んでしまう

      そんな時は  泣く・……涙が流れるままに・・・まかせて

   部屋にはたくさんの写真を飾っている

     いまも  胸が押しつぶされるほどの 悲しみがある

    息子は見ていて  やさしく  そばにいてくれる

     匂いが漂う

 助けられた命だった

     愚かな母は  母親の仕事を怠った

      自分の命よりも大切な子供・・・・・といいながら
       自分を優先した

     罪びとは わたし

  自死した人に罪があるように 自死者を差別的な目で見る社会に
     罪は生き残っている私たちにあるということ
    自死した人に罪はないことを伝え続け

      やさしい人たちを自死に追い込まない社会に変えたい  

            

社会的要因の解決なくして自死は減らせない

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人の気分は直線ではない
   嫌なことがあれば気分が沈む
  苦しみや不安を直視することは、自分が何に向かって生きているのか、
            何を幸せとして生きているのかを考える契機となる
掛けられた負荷を通して、人は自分の人生を豊かにしていくのである

「うつに非ず」の帯に書かれている言葉


私たちの社会では、表向きに飛び交っている言葉と、
  現実に進行している事態とが逆カーブを描いている

震災が起こるとすぐに「心のケア」という優しげな言葉があふれる
  一方、自死やいじめが増え

 雇用条件が劣悪化する

  自死を減らそうと唱えながら
        家族を失った人に対して   どれほど社会が残酷な仕打ちを
            加えているか、ほとんど気づかない

精神科医療においては「入院治療から外来への転換」が掲げられ
「画期的な新型抗うつ剤が開発された」
   と喧伝されるなかで

  入院患者は減らないまま多数の外来患者が作られ

  自分が自分でなくなる薬の中毒となって副作用に苦しんでいる

    とも書いている


  いじめやパワハラはそのままに

   過重労働もそのままに

      連帯保証人制度もそのままに

     幼い子供にまで  向精神薬が処方されている


     クスリを飲んでも  いじめはなくならない
        パワハラもなくならない

   落ち込む原因は手つかずのままで

   落ち込んだ人の個人の問題にすり替えられている


      虚ろな目をして・・・口を半開きにして・・・少し猫背で・・・・

       精神科に通う人を見ると悲しくなる    

広島と鳥取

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 6月29日  シンポジュウム  広島市  国保会館

「小さな一歩・ネットワークひろしま」主催

7月26日  フォーラム 鳥取県  日南町総合センター

 とっとり自死遺族自助グループ「コスモスの会」主催


    詳細はホームページを~~~

薬物依存症生産対策支援

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  あるテレビ局で 精神薬の問題と震災との関連を取り上げようとした

  民放・・・・見事につぶれた

     コマーシャルのスポンサーの多くは製薬会社

    2011年3月 被災地で  
当時、体育館に避難していた人たちに、大量のマイスリーが処方された

  眠れないという訴えに・・・・

   トラックで運ばれ・・・・処方箋もなしに配られた

 その結果  見事に  睡眠薬がないと眠れない依存症の人たちが増えた

  被災地でのマイスリーなどの睡眠薬の処方量は増えている

   睡眠薬依存住人の出来上がりである

    子供が死んだから・・・という悲しみに「パキシル」が処方された

    引っ越しという被災者に「パキシル」の処方

     今・・・・・・・薬をやめるために必死で  別な医師のもとに通っている

      主治医は  クスリをやめたいというと「怒鳴る」から・・・・

  エビリファイなどの統合失調症薬も 処方されている

         悲しいだけだったのに…・…家が流されて不安だっただけなのに

     「うつ病」ではなく

「抑うつ状態」になっているひとには
   社会的負荷を整理し、それに対処する精神療法や、支援があれば 大丈夫

  現実は それらは行われず   短時間診察と抗うつ剤の投与だけ

      自死が減ったというのは  データーのトリック

     不審死の人数が増えてきていることを見逃してはならない

アルコール依存症と自死

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アルコール依存症と自死に関する共同宣言というのがある

これも 研究者の論文発表のようなもの

   説明はわかったから・・…具体的実践方法は?示されていない

  国民一人当たりの飲酒量を減らす

    と  減少につながることが期待される   らしい

2)多量飲酒者を減らす
 多量飲酒者は自死の予備軍である
ブリーフイノベーションなどの方法によって比較的少ない労力の介入で
飲酒量・頻度の減少などの効果があることが知られている

そのような技術や知識を有する医療従事者を増やすことで予防につながる
      とある

3)未成年者の飲酒防止

こんなことが自死の予防らしい

    アルコール依存症は何かの原因がある・・・
   満たされていたら…酒は飲まない

  依存症になるには  肝臓が丈夫でないとなれない
なりたくてもなれない
   二日酔いがひどいと  連日連夜は飲めない

     
  アルコール依存症を治す薬はない

  依存症を治す薬はない

     薬物も・・・・ギャンブルも・…・そのほかの依存症も治す薬はない


  治療薬がないのは  そもそも  精神病なのだろうか

      それとも 難病?  難病指定の認定はされていない

         カウンセリングを受けながら 自助グループで支え合うことが

               治療?   いや・…30年間断酒しても   一回の飲酒で戻る

     他の臓器が壊れてきても  やめられない

     治せない・・・・・・・・

       治せないから  研究者は面白いのだろうか


     酒に溺れるまでには  何かがある

   悩みや苦しみ・……・煩悩かもしれないが

      依存症にならない対策は医師はしない

   自死の対策を

    医師や医療関係者だけでは   原因の解決は見いだせない

     彼らには   原因の追及はできない

       症状の改善だけ・・・・・

仕方がない・・・それが彼らの仕事だから

   だから・・・・・・・・医療関係者だけでは  自死の対策にはならない

     具体的解決策を考える力はない

  社会的要因を取り除く力はない


   アルコール依存症の人を死なせてしまった経験がある・・・

   必死に医師に頼んでも保健師に頼んでも・・・・・

    誰も何もしない・・・・・・忠告するだけ

       自死の危険が迫っていることを 本人も家族も 私も訴えたが

        具体的に助けになることは何にもしてくれなかった

      今の精神科医療の限界がみえた
    今の精神保健福祉の限界がみえた

    そんなことは 山ほどある・・・・

      「精神科医療も精神保健福祉も  何の役にも立たなかった

           …自分の身の始末は 自分でつける」という遺書を残して死んだ

    アルコール依存症の彼の無念を忘れることができない


助けて!!!!!と  求めた…本人も家族も…私も・・・・(個人の力では限界がある)

しかし    専門家は助けてくれなかった・・・・

   それが  現実   
               助けを求めても助けてくれない専門家

     それで  アルコール依存症に自死が多い・・・・と発表されても

  だから・・…どうしてくれるの…どうすれば助かるの?

    と聞きたい

社会と闘う遺族

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「やまぼうし」

国の
自死遺族支援について関心がないという遺族もいるだろう

  自分たちは自分たちで 生きていくから・・・・と

    それも ひとつの生き方

  国が何をやろうが関係ないという人もいるだろう

      でも 国が対策をたてているお金は  私たちの税金

     使い放題使い  足りないから…増税

   まわりまわって……結局は私たちが負担することに・・・・

      過労死防止法案 

 この法案成立のために  たくさんの遺族の闘いが続けられてきた

       なにも  しないで   死んだんだから仕方がない・・・・・・・

       と思う遺族だけなら    


    今も  過労死の問題は 誰も関心を持たず

      法案成立など 夢の夢だっただろう


    いのちよりも大切な仕事はない・・・・・と

    いのちを守るための運動をしてきた遺族たちがいる

    その人たちのおかげで   助かる命がある

       働きやすくなることもある

 自死遺族支援についても同じ

  自死の予防や防止についても同じ

      研究者たちの研究のために  自死遺族の情報が流され

   地域で 自死遺族を見守ろうとしていた

        実現していたら

 今頃・・・自分の町内で自分の家族の自死について全員が知り

         だからといって   特別に何もするわけでもなく

   ただただ  自死があった家だという情報だけが広まることになっていた

   そして  しつこく 精神科に行くことを勧められ

     自死遺族のほとんどは精神科に行くことになり

     多剤処方となり

      遺族は 薬物による精神病となり

   結果   研究者たちは自分たちの論説が正しいということをいう

    自死者のほとんどは精神疾患であり、家族もまた精神疾患であり

     よって  社会的要因というよりは

      家族の遺伝的な問題である・・・・と

  社会的要因の是正は時間もお金も…知識もいる

      面倒なことはせずに

  個人の責任にした方が

      自死者と自死遺族以外には  好都合   

     私は息子の自死を   無駄にはしたくない

     今なら  息子は生きていただろう…世の中にしたい

     息子のような死は  もうたくさんだ


     

愛と嫉妬と欲望

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愛と同じくらい
      あるいはそれ以上に世界を動かす感情・…それは欲望

        嫉妬

自死の防止対策の資料を読んでいておもう

    遺族の声でさえ  こんなにも大きく8年以上も叫んでいるのに

      聞くふりだけして  

見当違いの遺族支援がそのまんま……継続されている

     違いますよ!!!
          これはやらなくていいですから
   これとこれをしてください

    と 毎年毎年・・・・・・・担当者に書面で伝えても

        日本語が読めないのか・・・・全く変わらず・…

 遺族が要らないということばかりしている

     必要としているものは

     自分たちで作っていくしかない  自己資金で!

       自死遺族支援でさえ (叫んで訴えても無理)

      ましてや自死の予防や防止の内容は

        自死にもっとも近い遺族が訴えても  無視

    聞こうともしない  聞くふりもしない

       遺族が出したデーターは 無視

   それでいて   日本の遺族は我々に協力しない!と会議でいう

       自分たちに都合の良いアンケートに(結果有利)協力させたいらしい

     それは  データーとはいわない

     何かをするために 都合の良いデーターを出したいだけ

     私は 息子の自死を

        あいつらの   出世欲のために 利用はさせない
                
        国の資料が 地方自治体の担当者に配布

    その資料をもとに  地方の担当者が 対策をたてる


   その資料が   私の手元にはたくさんある

     それは  多くの会議に参画し、国の主催のシンポジュウムに参画したから・・・


      許せない内容が多く

    許せない発言が多く   小ばかにした言葉を浴びせられてきた

      この人たちは  何をしようとしているのかな・・・・・・とおもう

     人間を愛する気持ちの薄い人たち

     そんな人たちは  自死の問題にかかわるべきではない

   人を愛する気持ちは   人のいのちに向き合う時  欠かせないもの


  欲望と嫉妬が  歩いているような人に

     自死の予防も防止も   支援も   何もできるわけがない

    究極の苦しみである自死  

       それは  やさしいこころでないと  理解されない

   やさしいひとたち・・・・・・
               自死した人たちが 導き つないでくれると信じている

     

        

いい加減なひとたち

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死んだらおしまい

    魂なんて信じない

 そんな人がほとんど 

  だから  人を殺しても平気で逃げたり   嘘をつく

          いじめた人が死んでも   いじめてないという

   人を陥れて 死に追い込んだりもする

     ひき逃げもする

       

     罪もない人を欲望のために殺して  暮らしている

       その片方で

     自死した人は  祟る……気味が悪い・・・みたいな

         風潮がある・・・しかも法の解釈にも・・・・

   人間は   ご都合主義

   その場その場で…適当に   いい加減に

           死んだ人に力がないと思い

      時には  
       死んだ人に悪い力があるかのような 考えを持つ

        死んだ人が  祟って……生きている人を呪い殺す力があるなら

             自分をいじめた人を

   自分を殺した人を    呪っているだろう

      誰も殺人は犯さないだろう

        殺人をしたら  自分が殺した人に呪い殺されるのだから。

     呪いがある…祟りがある…という人たちは

      魂を信じていないはず

        死後を信じていない人たち

      だから  死者を利用して
             自分の弱さを言い訳している

      自分もいつか 死ぬ・・・ということを  忘れている人たち         

             

文科省の子供の自死についての資料

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教師が 知っておきたい

 子供の自死(自殺)予防

文科省

危険因子

  1)自殺未遂
 2)心の病
3)安心感の持てない家庭環境
4)独特の性格傾向
5)喪失体験
6)孤立感
7)安全や健康を守れない傾向



  どこにも「いじめ」はない

未遂も「なぜ」未遂をしたのか・・・・・という問いがない

まるで 何の問題もないのに自死の未遂を繰り返す子供がいる・・・・・

  それは子供が未遂をしたくてしているような言い方



こころの病も

なぜ・・・がない


うつ病・薬物乱用・摂食障害・パーソナリティー障がい・統合失調症
についての説明が掲載されている


     54ページの及ぶ資料…ガイドライン



この資料の中に 1回だけ「いじめ」が出てくる

それは

昔もいじめがあったのに、自殺など聞いたことがありません
昔に比べると陰湿ないじめが子供の間にあるのは事実だと思いますが
いじめだけが自殺の原因なのか考えてしまうことがある


こんな問いが掲載されているだけ・・・・

学校が子供の危機に気づいても、家庭が拒否したらどうしたらよいでしょうか?

自殺の危険の背景に心の病があるときに
担当医と連絡をとるべきですか?

本人や家族が抵抗を示したらどうしたらよいでしょうか?


  こんな内容が

教師が知っておきたい
   子供の自死予防という資料です


家庭や子供本人のせい・・・・・で

  学校は全く関係ない・・・・・・・・と示しています



  初等中等教育局長決定
協力者  
新井 肇   大垣 和秀   河野 通秀 中司 博之

菊池 まり 阪中 順子 笹原 和子  實川 由美子

(主査)高橋 祥友

理解できない震災ビズネス

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震災後に数えきれないほどの数のNPOができた

   真摯に支援活動をしている団体もあるが

  ?ん???ん…と思うNPOもたくさんある

     本当に被災者支援?

     仕事をしていなかった若者たちが NPO法人を作り

    寄付金を集め

 嬉々として活動をしている

    それはそれで  若者に一つの仕事を与えた…という意味ではありなのだろう

    でも…私は思う

 震災で家族を喪ったり…家が流されたり

   仕事が無くなったり・・・・

    そんな被災者への支援は・・・・・・?と・・・

    被災者ではない人たちのための支援はあるのではない

  被災者ではない人たちへの寄付金ではない

      何かが違う気がする

 真面目に  被災地のために・・・被災者のために・・・・という団体もある

   がしかし

   震災復興という名目で集めた寄付金を

     幸せな人たちがより幸せになるために使うのは・・・どうなのだろう

    活き活きして…満面の意味で  被災地の被災者の支援をしています・・と

    ネットで公開しているのを見ると

  なぜか違和感を感じるのは・・・・・・・・遺族だからかなぁ~~~


  新聞も 頻繁に取り上げる・・・・

      復興支援って……・いってるけど

       ふ~~~~~~ん・・・・・・・

         とおもうことが最近多いのはなぜ?

    そんな団体は目立つことをする

派手なことを企画する・・・・・

        支援者って目立たないものと思うのは

    年よりだから・・・・・・ですかね・・・・

      震災ビズネスが大流行  

        目ざとい人たちは  人の不幸さえもビズネスにする

     すごいなぁ~~~

弱者は切り捨てられ、数パーセントの金持ちのための社会が作られていく

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  行政が税金を自分のお金のように 使ったら

  無駄なことには使わない


無駄という意味さえもが 間違えていたりする

     60歳の時に 立派な紙で作った高齢者への歯の治療機関の啓発冊子が届いた

 60歳になった人に配る冊子の文字が細かくて見えない
  歯の治療機関には60歳まで生きたら  何度かは通ったことはある

  それにもかかわらず  老眼鏡をかけても見えないような文字で

 仙台市の全部の歯の治療機関を掲載した冊子が おくられてきた

   我が家は夫も同じ年齢なので   2冊一緒に!

   かかりつけの歯医者はほとんどの60歳はあると思うのだが・・・・

    市役所の担当者は  1市民として 現実をどう見ているのだろう

    多額の金をかけて 配布する必要のあるものと判断したのだろうか

  以前 一日900万円かけて  シンポジュウムを開催した県

       入札で・・・・
  仙台市や宮城県が特別ではなく

  日本のすべての県や市町村は同じ

   震災のための復興予算も同じ

  自死の対策も同じ

      倹約すべきところをせずに

   使わなければならない対策を節約している

      福祉に税金が多く使われたから  財源が厳しく なっている 

増税と・・・ともに  福祉財源を減らして・…・個人負担を増やす・・・

   という 福祉の後退・・・・は  まやかし

     過疎化の一途をたどっている地域の 道路網の整備が今も進んでいる

      青森の実家のある津軽平野の田んぼは

      立派な道路で分断され  平野は平野でなく

    東西南北に道路が整備され

   今も作られている

      道路のためにつぶされた たんぼは
         農林水産省の対策で

    機械化農業のために  農家も負担して莫大な税金を投入して

   区画整理された  立派な田んぼ

  せっかく  機械化農業を目指して区画整理した田んぼを

  道路のために  つぶして  変形させている

         そして  減反……そして今度は減反廃止

    振り回され 税金のほかに負担金も払いつづけ(今も )
  米では生活できなくなり・・・・後継者がいなくて

     津軽平野は まだら模様

   なんのための  区画整理をして  道路を作ってきたのだろうか

   農業で生活できるような対策はできなかったのだろうか

  税金は  使われて戻ることはない

    誰のための道路  誰のための区画整理

   誰の懐が潤っているのだろう

     その人たちのために

   無駄に税金を使い  当事者を振り回している気がする

  今も同じことが行われている

  何にも変わらない

       きちんと精査して使えば   今までの予算で豊かに暮らせるはず

   震災復興も 自死問題も  根っこは同じ

  年々社会的弱者が増え  生きにくくなっている

恥を知らない人たちが認められる社会

F1000240.jpg

恥ずかしいという感覚がない人たちが多い

   だから  無責任

恥知らずは 損得勘定には長けている

       責任を取りたくないのは 覚悟ができていないから・・・


   他人のせいにばかりする
                       責任の転嫁
うまくいけば自分の手柄・・・・・

    そんな人たちが  世間には通りがいいのはなぜ

   同じような価値観が世間にあるから・・・・


  

願い事手帳

F1000241.jpg

岩沼市の社会教育団体として登録申請することにした

 議員さんが遺族の同級生で、心優しい人でした

      会場費が減免になりそうです

「灯里の会」と「増上寺法話の会」 年に18回


      来週は小田原のお寺さんに行く  ご縁がつながったことに感謝

   そして 今年9月6日に
 宮城県内の自死遺族支援団体が合同で「シンポジュウム」を開催予定

    「自死という言葉を知っていますか」というタイトルにしようと思っている

以前、群馬司法書士会主催の「シンポジュウム」でこのタイトルだったことを思いだし

  今年になって、「宮城県」:「仙台市」が
できる限り自死という言葉に変えることを決めたことも踏まえて・・・

このタイトルにしたいと 考えている

        なぜ…・自死という言葉に変えてほしいと遺族は願っているのか

   そこにはどんな問題があるのか・・・・・

     今月宮城県内の4つの支援団体と県の担当機関  とで  打ち合わせをする 

   社会福祉士会は岡教授を講師に研修会を開催予定

         昨年度の「こころといのちを考える連続講座」を
          今年度も開催予定

   住職・神父・臓器移植コーディネーター・精神科医療の専門家・2名

    私の頭は  やりたいことでいっぱい

    やらなければならないことも山のように・・・・

        カウンセラールームも作りたい

   精神科医療の冊子も作りたい

       北海道に自助グループが欲しい

  四国地方にもほしい
               青森にも・・・・・・関西にも

    願い事手帳にたくさん書くことがある

       欲張りなわたし
プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
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仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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