支援者天国の日本  ~当事者本人抜き~

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自殺対策

 「心折れる前に救いたい」

 表現方法の一つである言葉は大切です

   「心が折れない社会を目指す」ことが対策のはず

 社会的要因といいながら
「個人のうつ病、精神的問題」の対策が中心
 
 うつ病のならない社会
 
   うつ的な症状がでないような社会作り

     でなければ  社会的要因にならない

   どこか 見当違いをしている

   
心が折れる社会  は そもそも 人間にやさしくない

 
 交通事故に例えるなら

   事故が起きて、死亡にいたる前に 救いたい  ということになる



  保健師の役割ばかりがクローズアップされている

     保健師は
          いじめや パワハラ  債務  介護

             労働条件 難病  勉強  就職  等々

       解決できるのだろうか

    心が折れそうなときの 相談だと思うのだが・・・


  被災者の具体的生活支援は 後回しにして

      仮設の巡回・・・を 強調している

      
    毎日 自死遺族から 電話を受けている  身としては

        寝言は寝て語れ!!!

           状態の精神


    
 

   

     

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悲しみは愛しさと共に・・・・・私の悲しみはわたしのもの・・・

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震災遺族むけに

  ハンカチをモチーフにしたカード
 ハンカチではない・・・
    「なみだをぬぐう時、このカードを見て・・・」

     31歳の副代表のコメント

 遺族がなみだを流すときの気持ちを想像もしたことがないのだろう

     「相談したいときが来るまで長く手元においてもらえるようにデザインを工夫した」

       らしい

   ハンカチに似た 形の  カード


        って  若い人の発想?

   東京の若い人たちに 家族を亡くした話をしようとは思わない(私は)

     遺族の相談って・・・悲しい話を期待しているの?

   半年で回復しないと 病気  といいながら

    片方で  悲しい話の電話相談を これからも長く続けるって・・・


       矛盾している

 この団体は  福島を中心に 行政と連携して 遺族の悲しい話を聞く集いを開催しているが

    遺族が集まらない・・と、愚痴っていたらしい


    電話相談も 毎日ではなく 日曜日と11日 10時から・・

      その時間に合わせて 悲しくなれ!とでもいうのでしょうか

    なみだもその時間に流して・・電話したらいいのでしょうか

       

  発想が 貧しい  

       想像力が 硬い

    国もこんなところに 多額の予算をつけるのはおかしい


     遺族が自分たちで 頑張っている団体には

       あーだこーだ と  批判をして

     申請しても ゼロ

    国は  遺族というだけで

         できるはずがないと決め付け、 1円も補助しない


   当事者の活動には補助金なし

    支援者の活動には 1億円・・・だって出す


    同じ活動なのに  ・・・ 
          

     思考が偏っている

  遺族だって   笑うときもある

     美味しいと思うこともある

    旅行も行く

 おしゃれだってする

     映画だって見る

   仕事もしている

     悲しみを抱えて生きてはいるが

         普通の生活ですから・・・

 ・・・涙が流れても   東京の幸せな若い人には  相談はしません

         子どもよりも若い人に・・・

           私の悲しみは相談しない

     もったいない

       さらしものにしたくない

     息子と私の悲しみは

         好奇心で 聞いて欲しくない


  大切な大切な 息子への愛   それが 私の悲しみ

      








           

自死遺族の法的問題解決のための電話相談 29日・30日




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11月29日・30日 10時~16時
「自死遺族の法的支援相談電話」
~自死遺族110番~
    を開催

電話番号
045-641-1131」

場所は「神奈川県司法書士会館」

29日朝NHK[おはよう日本」の特集で放送されるのですが、
新聞でも取り上げてもらいたいと願っています。

この番号は2日間の後に1ヶ月間(今年いっぱい)転送して相談を受け付けます

 司法書士・弁護士とともに 自死遺族も相談を受けます。

主催は全国自死遺族連絡会


自死の問題に取り組んでいる人たちが、頑張ろうとしている仲間に嫌がらせをしている・・・情けなくてかなしい

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「自死」統計 が 示されている図形を見る機会が多い
   
無職 ・・・ 一度も働いたことがないのか、
         それとも死ぬ前のどのくらいまで働いていたのか

     それが  リストラなのか  個人事業主で債務整理後の無職なのか

      詳細は不明 だそうだ


 健康問題  というが

    病気別なのか 何の病気なのかは 全く不明

     (医療機関にかかっていた人全てなのか?)

 そもそも  遺書は書かない人が多い

     遺族への 任意での聞き取りが「公開」されているのだろうか

   警察機関が どのように 自死の要因を断定できるのでしょう

   息子の場合
    遺書はない 遺族への聞き取りもない
   本人が死亡しているので

      私たちも  憶測でしか原因を図れない

     健康問題になるのだろうか

   憶測だが「パワハラ」「過重労働」「家庭問題」だとおもう

   それが原因で 「うつ的症状」が でてきて
   さらには  精神薬の飲用

   息子ひとりでもこんなに複雑にあるのに

     どこから仕入れた情報かもわからないようなことを

    国がデーターで出していることが怪しい

         いい加減なデーターである

  
  どこかの 団体の  統計も同じである

     最後は全てうつ病になっている

  もっともらしく
   らせん状の図形


    本当に  心から  自死を減らしたいという気持ちがあるなら

   いつまでも  人材育成をしていない

      日本人が好きなマニアル冊子でも作って配布したほうが早い

   あとは  やる気の問題

     人柄次第・・・

   どこの世界にも

     いじめや嫌がらせがある

   情けない

   協力して  活動を盛り上げようという人間は少ない

     だから
         減らない

自死問題に取り組んで   足を引っ張ったり

      嫌がらせをしたり・・・陰口をいうのは  最低の人間

    それを 最高学府をでた 人間がしているの
          悲しくてなさけない
  

自死遺族の賃貸物件等等・・差別的問題に対する法的支援 電話相談 29日・30日

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今日は NHKの取材

  11月29日・30日 「自死遺族の法的相談電話」 の広報のため

      知事とも近日中に~~~

   
  長いお付き合いの 記者に  ずっと変わらず続けてるよね~~~~と いわれて
               見ていてくれている・・・と チョッピリ顔が緩みました

  道がずれていく団体が多い・・・と

     息子の死に顔が 活動の原点

       どんなときも  息子が一緒にいる


     「かぁちゃん」と低い静かな声が聞えます

    絶対に 死ぬはずがない・・・と 思っていた


         息子

   あっけなく 逝ってしまった


   自死の予防や防止

      それぞれに 分担して活動したら   減るだろうと思う


   担当者が全員 同じ方向ではなく

     教育関係者は「いじめ」をなくする

   会社はパワハラや 過重労働の改善や労働条件の是正を・・・

 難病やガンの患者を診る 医療関係者 は

       医療と メンタルケア
           自分の死期をどのように迎えるか・・・(グリーフケア)の
             二個の車輪で総合診療を・・・


   弁護士は 法的な支援とケア
        司法書士は弁護士まで行く前の法的支援とケア

     カウンセラーは 自分をみがき 話しやすい人になり

       セラピストはカウンセラーより高度の専門的な療法で回復を促し

   精神科医は 製薬会社の言いなりの処方ではなく

       治療に結びつく医療を目指す

  介護の問題・・・も  改善することがある


  ひとつひとつ  人を大切にする施策を実行したら

      交通事故よりも減る・・・と思う

    減らす気持ちが見えない対策をやっても 減るわけがない

     親子無理心中が報道されていた

     人身事故で電車がよく止まる

         16歳の自死が・・・

   32歳の自死が・・・と  情報が入る

   心が痛む

       助けられる命だったのかも・・とおもう

     我が家の息子も・・・・助けられた命だったから

       

    

我が家は健一が死んでから 年賀状は出さない  ・・・・・おめでたくないから

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8年が過ぎて ときどき 雑貨や洋服を買うようになった

 息子が生きていた頃のようには興味はないが

     たまーに 買いたいと思ったりするようになった

    息子の事を思いながらも・・・生きて行くということは そんなことなのかなぁ~

    自分には 甘い と つくづく思う


 今日の新聞に

「喪中でも年賀状を・・・・」という声が載っていた

  喪中の葉書よりは 年賀状を・・・という声が

   喪中の葉書を出すと 1年に一回のご挨拶ができない・・・とあったが

    喪中の葉書でも 近況を書き添えてもいい 

 参列くださった方には 改めてお礼のお葉書をだしてもいい  とおもう

      
   年賀状に拘る意味が理解できなかった


    
   私たち家族は お兄ちゃんが亡くなってから 年賀状は出さない

       おめでたくない  から・・・


    儀礼的に 「おめでとう」はいいたくないから


    おめでたい・・とか   幸せ・・・とか

     あれからの 私たちには  関係ないこと  

   彼がなくなったときから・・・おめでたいと思うことなんてない

      心から幸せだなんて思うことはない

  彼が生きていての 100%の幸せ

     彼が生きていて心からのおめでとう

       年賀状を頂いた人には 

           お礼と寒中見舞いをかねて ハガキを・・・

        全員に出せない  ダメなわたし


    慣習に捉われることなく

        自由な発想も必要

     硬い想像力ではなく  やわらかい想像力をもつこと

        明日は久しぶりに NHKが自宅に

    数えきれないほど  自宅に取材が来た

       それは  広報活動


      自分の事ではなく  活動を知ってもらい

       つながれる場所があることを知って欲しいから


   泣き寝入りせず

        耐えてばかりではなく

           不当なことや理不尽なことには

        ちゃんと 向き合って・・生きて欲しい・・と願うから


  自死という死を 隠さないで生きてほしいから

        罪人のように  亡き人を 扱って欲しくないから

     死へと追い込んだ要因はそのままに

        正当化され

     死んだ人が悪い  そんな風潮は変えたいから

        自死した人たちは  生きている人に何にもしません  


      生きている私たちの心に 何かがあるのだとおもう


  わかっているから
      衝かれたくないから

          自死した人を 悪ものに仕立て上げている気がする


      気味が悪い  とか   祟りがあるとか


         怖い・・・とか

     息子が亡くなって   8年間

      普通に暮らしています

      家族関係も仲良く

   息子が亡くなって  埋めようのない穴があいてるが

        ・・・・・

   雑貨も買えるようになりました

     お酒は  もっと前に 飲めています

    「かぁちゃん 飲みすぎだよ!」という息子の声が聞えそうなくらい・・・              

       

        

自主的な活動が自助グループの基本的考え・・・押し付けになってはいけない

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  自分が  活動をしていることを

     他の団体に 勧めない ことが  私の基本的な考えかた

 こんなことをやってます

    は いうが   


 やったほうが・・・とはいわない


    やろうと思ったらやるだろう  と思っている

   それぞれの団体はそれぞれに  考え方がある
       ペースもそれぞれ


 大きな目標があって・・・

     それが  仕事ならば  社員に「目標達成のために こんな方法で・・・」と

     指導をするのが普通

   
しかし  自助活動は  仕事ではない

    従って  上司も部下もいない

        自主的な活動である


    歯がゆいときもあるが

      それを待つこと・・・が大切


     引っ張っていくものではない

 先を歩いて道を開拓しても

    そこを ゆっくりとあるくのか   

         休み休み歩くのか

     別な道を開拓していくのか

       それは自由

     押し付けるものではない


      生き方を押し付けてはいけない

    自分の意見をいうのは大切だが
        その通りに 人を動かそうとしてはいけない

   自然に 動くのを 期待しながら   

         自分は自分のペースで活動したらいい


    求められたら   応えたらいい


    求められていないのに  指導をするのは 自助グループではない


    それぞれの自主性を大切に・・・

  だからこそ

 会の開催時間に

    受付のそばまで来て・・・いても

      声はかけない

自主的に 受付に来るのを待つ・・・

  日程の案内はするけど

      来て下さい  とは  いわない


        帰りに   「またね・・・」というだけ    


   会社の目的達成と  自助グループの目的達成の 考え方や方法は違う     

      

やさしい人たちがやさしいままで、生きて欲しいと願っています・・・

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愛する家族を亡くしたとき・・・

    その後の生き方をどうするか・・・今までのままでいいのか

      その事を決めて生きるのはその人自身

 息子の後を追いたいと思い 死のうとした・・・が死ねなかった

    それから

    死にたいという言葉は口にしない


     死んだ息子に失礼だから

   息子ほどの苦しみも悲しみも悩みも 覚悟もないわたし

     息子は 死にたいと 一言も私には言わずに死んだ


     
  死にたい死にたい死にたい・・・と  口癖のように言う人がいる

   7年いい続けている人がいる

 やさしくない私はときどき  イラつく


     死んだ人に失礼だと・・・


   そして・・・死を覚悟している人に失礼だと・・・


      わたしは やさしくない


   自死も 病死も 事故死も  つなみでの死も

        犯罪での死も

   防げる死はあっただろう


      たくさん    そう おもう


 人にやさしい社会

  人の命が最優先の社会


    からは  程遠い 社会


   戦争も  誰かの利益目的・・・名声も含めて


     人を殺すことを望む 神はいないはずなのに

       宗教戦争がある


  認め合うこと・・・が 愛

      のはずが

   束縛すること・・・従わせることが   一方的な愛の 戦争


  息子は生きたかった

    どんなに 苦しんで 悲しくて  死んだことか

       それを いつも思う


   だから 精神科医療の疑問もいう

     対策への疑問もいう

       息子は生き返らない
何をしても ・・・・


     それでも いい続ける


     追い込んでいるのは誰?


生きたいと思い、最後の頼みの綱で  かかった 精神科医療


    現実はそのままだけど
 
      少しは 楽になれると信じて

 国や、県や 医師の言葉を信じて


     しかし   苦しさは変わらず  苦しみはよけいに増えて・・・

         死んでしまった


   自死した人たちの思いが  

        遺族を動かしている

 
  亡くなった人達に  託されたものがある


      託された思いに心を馳せられるか


    それとも  自分だけの思いで生きるか


    自分で決めるしかない


 生きているときに してあげなかった ことを 悔いているからこそ

       息子が生きていたときと同じようには生きられない・・・と思っている

   生きて欲しい  と  願いながら  活動をしている


      やさしい人が生きられる世の中を 願って・・・         

    

誰を信じるか・・・何を信じるか・・・

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誰を信じるか・・・
      何を信じるか・・・

   昨日の増上寺さんの法話とその後の話し合い

        遺族の質問に答えた後の
             
             ご住職の言葉

   宗教者の言葉

     お釈迦様・阿弥陀さまの教え


     よりも

    俗人の言葉を信じ、宗教を語る人


  昔はお盆の供物は 16日の朝早くに川に流した

     線香やロウソクを灯して・・・(青森県津軽の地方)


  今は 川に流す事は禁じられている


     時代の流れ

  葬儀も変化してきた

     土葬から火葬へ・・・(日本)

   親族一同の墓から 1家族の墓へ


   跡継ぎのない家があっても、一人暮らしでも

   親族のお墓に埋葬されたら

      誰かの家に跡継ぎがいて・・代々お墓は守られる

   ちなみに 実家のお墓は 7家が管理している(親族一同の管理)


   昔の人の知恵


   未来永劫 栄え続ける家はなく、 また逆に親族が全て耐えることもなく
      誰かが守り続ける・・・方法を考えたのだろう


      今の1世帯1個のお墓だと

       誰も守る人がいないお墓がたくさん出てくる


   仏教で供養をしているなら・・・

   仏教の教えを信じること

         信頼できるご住職のお話しを信じること


    信頼できる 坊さんたちとのご縁があるのですから 

    あたりまえと思うのではなく  感謝の気持ちを持って・・・と願う     


 


    

60年ぶりにすい臓がんの早期発見検査方法を見つけた高校生・・・ 医学生でもない15歳・・今の医学会の闇

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以前にも 書いたことがあるが

  アメリカの高校生が 60年ぶりに すい臓がんの早期発見の方法を見つけたこと
それも たった 2年間で

 すい臓がんの研究をしてきた 教授たちは・・・何を研究していたのか・・・

 それも・・高校生は

 発表されている論文をつなぎ合わせて・・・新しい方法を考えだした

   自分の論文を発表するだけで  他人の論文を検証しない結果だとおもう

  実母が ガンの治療を受けたときと変わらない治療が今も行われている

      30年前

    抗がん剤の副作用 や 放射線治療の副作用


     治癒率も 早期発見 の結果  上がっているだけ

 最近特に・・・製薬会社の宣伝がすごい活発

    専門機関へ~~~~と 勧めている
  
 
 どれほど くすりを売りたいのか

    日本人のくすり好き  に  つけこんでいる


   治ればいいけど

   治らない場合が多い

        洗剤も同じ

        いつも 当社比 といいながら

      まっ白になる・・と宣伝している

   いつもいつも  以前よりもまっ白にって

       今までのまっ白はウソなの?とおもう

      白の種類が違うのかな

    さほど 変化はない

 柔軟剤の要らない洗剤   発売

         柔軟剤を売らなきゃいい

 くすりも 昔とあまり変わっていない

      速やかに治ったら 製薬会社が困るのだ

  10日間よりも1ヶ月
1ヶ月よりも1年
 1年よりも10年  同じ人が飲んでくれたほうが 確実に売れる


   本気で治そうと思っていないのが  製薬会社  
           そして製薬会社から寄付金をもらっている研究者

    だから  高校生に 60年ぶりに 画期的なすい臓がんの検査薬が発見されるのだ


  両目をあけて  賢くならなければ生き延びれない

   国民が死んでも  儲かれば いいのだから         


      

助けた・救った・癒した・支えた・・・と自慢する人・・・が 有名になる社会

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人はどうして人に意地悪ができるのだろうか

  人間は 悪が本質なのだろうか


    いつも ニコニコではなくても

   いじめて楽しい気分になる人がいるのは 現実


   そんな人は 何に イラついているのだろう


    自分がされて嫌なことを人にもしているのかな・・・

      人を いじめて 気分が満たされるのって 歪んでいる


     亡くなった人にまで意地悪をしている人

   親切にしてくれなくてもいいから

       意地悪は・・・やめよう・・・

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  今日は 増上寺さんの法話を聞く会

 最近連日 

 悲しみを支えて~・・・・という活動をした坊さんが
  講演をするという情報が掲載されている


以前の「被災地で落ち着きのない子どもの親・・・・・」
       というセミナーの案内も連日掲載された場所


落ち着きのない子どもの親・・・という表現に イラだったのは私だけ?

      悲しみを支えて来た~という坊さん

     支えてもらったかどうかは  当事者がいう言葉で

       支援者が支えてきたというのは驕りだ 傲慢


 この坊さんは 人を介しての約束を簡単に破った人

     人の悲しみを支えている・・とか

    癒している・・・とか

    自分で言いふらして・・誉められたい人

       恥の知らない人のひとり


     被災地は突然多くの人が亡くなったから
     亡くなった人達は自分が亡くなったこともわからず 彷徨っているから

      多くのお化けが見えるのはあたりまえ・・・

       そんな発言をした人

     そんな人が 大学で悲しみを支える為の講座の講師や

       ラジオにでている・・・


    本当にこころを寄せてくださる坊さんたちは

      静かに 活動をしてくれている


      今日も 貴重な時間を私たちのために 使ってくれる坊さんたちとの出会いがある

    ありがたい・・・感謝  感謝  

        

宣伝に惑わされないこと・・・CMは所詮CM  

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 「うつ病」のテレビコマーシャルのリーフレットがあるそうだ

    肩こり、頭痛は「うつ病」

   背中の痛みや腰痛もらしい

  製薬会社は 何をしたいのか

     儲けたいだけ

  人間の人間らしい感情も全て「うつ病」
 人間の身体的痛みやコリも全て「うつ病」

   治せるのだろうか

  無責任に  宣伝して・・・る

    幸せになるには 精神薬を呑もう


     元気いっぱい 毎日明るく  
        悩みも苦しみもない生活には  精神薬を呑もう

  仕事のない人は精神薬を呑もう

   いじめられたら精神薬を呑もう

  借金があったら精神薬を呑もう
   
        家が流されたら精神薬を呑もう

   悲しいときは精神薬を呑もう

 頭痛には精神薬を・・・腰痛にも精神薬を・・・


       どこか  変です


    家族が死んで2週間で悲しみが回復しないと「うつ病」

      どこか 変です

   程度の差はあれ

   人間は  躁とうつの繰り返しです

       毎日 朝から晩まで  ルンルンしている人は いないのがふつう

    精神科の医師って・・・ルンルンしている人は見たことがない

     根暗でうつっぽい人が多い

      日本の  カウンセラーも  精神科医も  表情が乏しい


    まず  自分たちが 精神薬をのんでルンルンしたらいい


        怒鳴ったり、イラつく精神科医は  

            安定剤を飲んだらいい


    副作用がないというなら   飲んで 明るく元気になって欲しい


       辛気臭い 雰囲気の精神科医たちは  精神的病だと思う

     安心安全な精神薬なら  軽い気持ちで飲んだらいい 


     飲めないくせに

    製薬会社の営業マン  自分の家族にも飲ませたらいい


    日本の国を破滅させるつもりでしょうか


     製薬会社の宣伝にだまされないように

    賢く病院を利用しましょう

       
     化粧品会社の嘘ばっかり・・・

      食品会社もうそつき

        自分たちが賢くなるしか  身を守る術はない   

団体設立の原点を見つめての活動が大切・・・本末転倒になっていることに気がつかない団体を知り、自戒をした一日でした

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 震災後 路上生活者が仙台は増えた・・・と新聞に・・・

路上生活者支援の団体・・・代表が 震災後 

 いろんな活動団体にかかわって・・・忙しいようだ


  本来のホームレス支援が おろそかになっていなかったのか・・・と

  自分に置き換えて考えさせられた記事だった


   自死遺族の問題が活動の基本

    その範囲のなかに

 精神科医療の問題を含む 自死へと追い込む社会的要因の追及と解決がある

      自死遺族が 元気で生きていけるように・・・

   自死遺族が普通に語れるように

       差別されないように

    偏見をもたれないように

  愛する家族の自死・・・

      深い深いかなしみ

    そんな思いがあるからこそ   
           人にやさしい人に・・・

    亡くなった人のことも愛し  生きている人も愛し

        思いやりのある人間に  と 思う


  亡くなった人のまなざしを 感じながら 

         生きて行きたい

    今日は 増上寺さんの法話の会

   ささくれた気持ちが 丸くなれる・・・時間

    やらなければ・・・とおもうことが山のようにある

      が

   手につかないものは 無理してやらないことにしている

     秋田県と秋田市の担当者に会いに行く事

   宮城県の知事と仙台市長
   
 議連の要望  県議や市議への要望

   様々な専門団体への要望


    やらなければ・・・いけないのだが

         こころが・・・からだも  動かない

  今日、明日、明後日・・・毎日一日一日やるべきことでせいいっぱい・・・

    もう少し 時間が欲しい

 一日 30時間   そしたら  24時間 動ける


     眠らなくてもいいなら 時間はあるが

    
 グチはやめよう

        ひとつひとつ

            やるしかない


  原点を見つめながら・・

     

かなしみはいつも一緒・・・にいる

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毎日 最低 1回は胸が苦しくなる・・・かなしくて

  しめつけられる・・・・・痛い・・・悲しくて

  
こころが痛い・・・というから

 こころの傷というのだろうか

     悲しみの痛みは傷によるものではない・・・

  愛している人を失い、埋められない穴があき・・・強烈なストレスから来る
         心臓や血管の収縮・・・が もたらす結果

     傷ではない


 毎日 悲しいご縁がつながる

     若い人たちの自死

         どうか

     肩こりで精神科に行かないで・・・

  頭痛では精神科に行かないで・・・


     不登校も 精神科につれていかないで

   少し 動作が遅くても 精神科に連れて行かないで


    子どもたちが楽しい学校を・・・

      仕事が楽しい社会・・・


   人にやさしい 世の中を・・・


     子どもに残してあげることも 親


         息子から たくさん教えてもらっている


     かなしみの深さも  愛も

遺族の会はマスメディア?

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 メデアカンファレンス・・・私にも案内が来た

    マスメディア従事者各位となっている

   みやぎこころのケアセンターから・・・


 先着30名
       宮城のマスコミ機関は 30を越すとおもう


   県庁記者クラブでも・・・17~18社

    地域限定の新聞や  FM放送

     出版社 やボランテイア等の冊子協会  もある

     

   なぜ・・・遺族の会にご案内がきたのか


    その事で問い合わせをしたら

    説明できる人たちは全員不在

   これも  いつも

      責任ある地位の人たちは全員  他に仕事がある

              夕方 ちょこっと来て・・・るようだ

     それで 年間の予算3億円  人件費 8割 だそうだ


       税金を支払っているのは  国民

          私たち

     大切に有効に使って欲しい


    こころのケアの郵送費を無駄にしないためにも

    メディアカンファレンスに参加してきます

     12月3日  夕方6時から     
     

いつもいつも・・・過疎地域の保健師のプレゼンが自死対策の先駆的活動といわれるのが・・・理解できない

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 市役所や区役所、県庁等々の自死の対策担当窓口の担当者は移動がある

     どこの部署もそうだが・・・1・2年で移動

  新しい担当者が配置される

  ・・1・2年で・・・なので、毎年顔ぶれが変わる・・・

    そして 全く無関係な部署からの担当者だと

     話が通じない

    1から・・・自己紹介から・・・はじめることになる

毎年 窓口は一緒でも  ひとつひとつ 説明~~~して理解をしてもらう

   それが  終って やっと・・・これから・・・というと 移動

 毎年同じことを繰り返している

  これでは  対策は進むわけがない

   
    どこの行政も  研修会や

       高齢者の対策と しょうがい者の対策

    朝早くおきて

     散歩をして 朝日を浴びて
   草花を愛でて   軽い体操をして

     動物をかわいがり

   お酒は呑まず

夜は早く寝る・・・規則正しい生活を・・・


  って   働き盛りの自死が増えているのに

        働き盛りが  そんな生活ができると思っているのだろうか


   登壇してプレゼンする保健師の勤務地域は   

         たいていは  過疎地


      年間 3~6人程度の 自死


     若者の自死が増えている・・・年間200~500人の自死がある 

     都市の参考になるのだろうか

    
保健師の活動だけが 自死の対策なのでしょうか


    自死防止に  何をしてくれているのか・・・疑問です

  高齢者が生きやすい地域づくりも大切です

      高齢者の生きがい作りも必要です

    しかし  それだけではないはず

    いつも 疑問に思う
              
必ず  過疎地の保健師がプレゼンする行政の講演会やシンポジュウムって

  何を広めたいのか   何が目的なのか


       いじめや  パワハラ

     転勤 移動  過重労働  低賃金

      介護 年金 DV 虐待  経営  経済 ・・・たくさんの問題があるはず


     どうして  毎度毎度  過疎地の高齢者対策の話なのか・・・


  やる気のない行政が
            適当にお茶を濁す程度で

         やっている感をだそうというのが 見えてしまう


      当事者である自死遺族には いいかげんで適当な 対策や報告が
           ハッキリと見える

      だから  遺族当事者を排除したかったのでしょう


   税金を使って対策をしているなら


     きちんと しっかりと

     自死の問題に取り組んでください


  遺族である私の家族はもう死にませんが

        遺族でない人たちの家族が自死に追い込まれるのですから・・・




自死を普通にいえる社会に~~~

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自死  を  自死と言えない…風潮はなぜ・・・

   普通に 告げることができないのはどうして・・・


  私たち家族は  息子の死 で  いっぱいいっぱいで・・・

    自死ということを 隠す気持ちは全くなかった

 病死でも事故死でも…自死でも

  突然に死んだ!という事実だけ


     世間体ってなんだろうか

   息子の死は 世間に特別になにか迷惑をかけただろうか


       私も含めて 社会に追い込まれた末に死んだであろう息子



   息子に罪はない

           罪は社会にある 私たち家族も含めて

  生きたい…気持ちの強い息子が
        自ら死んだ

  どんなにくるしく 悲しく 辛かったのか・・・

    苦しみと辛さを和らげてもらいたいと
     精神科にいった

      なのに・…余計に 辛さと苦しさが増長され  死んだ

    彼は生きたいと願った
           生きていたいと望んだ


だが   泣いて泣いて泣いて
      逝ってしまった

   何度もがんばって…痛さも越えて・・・逝ってしまった


自死で死んだむすこを責める人がいたら

   母親の私が受ける・・・


息子はその人になんにもしていない

     息子の死で迷惑をかけたなら謝ることもしよう

  いろんなことを言う冷たい世間は

  困ったときに知らんふり

    温かい世間は 手を差し伸べてくれる

    
  人の不幸をあれこれ噂し

       人の幸せはねたみ

      そんな世間に気を使うなんて…気がもったいない


    家族の死を体験した人に

        あーでもないこーでもない

      と あることないこと言いふらす 世間は 低俗である

   そんな世間ほど  自分がその身になったとき
           わめく

   その人の周りは  同じような人たちばかりだから

   そんな世間に身を置く人達は その人のことを 噂するだけ

   
やさしい人たちの輪を作ればいい

      やさしい人たちで  世間を作ればいい

  差別や偏見のない 世間を


    たまたま 免れて生きているだけ


   自死が自分だったかもしれない

  しょうがいが自分だったかも知れない

     事故が自分だったかも知れない
  
難病が自分だったかもしれない

たまたま…何事もなく今は生きているだけ

    免れるのがいつも自分だと誰が断言できるだろうか

   人が人を差別して偏見を持って・・・・人を蔑む行為を


   慈悲深い神様や仏様は

       どう見ているのだろうか


   








悲しみは悲しむ社会に・・・

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自戒を込めて

 息子を亡くしてから   それまでには考えられないような人たちと会い生きている

      たくさんの人たちから 多くのやさしさをもらった

  それを その人には返せなくても
     誰かに少しでも 贈れたらと思っている

 母が「幸子、自分には何にもしなくていいから、
     自分の子どもに自分がしてもらったことをしてあげな!それが親孝行だよ・・・」と言っていた

 恩送り・・・

   母にはその意味では親不孝をした

   母がかわいがってくれた健一を死なせてしまったから・・・


  自分が自死遺族として  傷つけられたから

     差別されたから  同じ目には合わせたくない・・・と活動を広げてきた

   子どもを亡くした親の会も・・・

      そう思って開催してきた

   たくさんの出会いとたくさんの別れ

      一歩を踏み出す為の 踏み台としての役割


      それが わかちあいの会


  踏まれすぎて・・・こころが硬くなってしまいそうなときがある


     それを 元に戻すのが  息子

   息子の死

       

  自分の立場ではなく  人の立場で見ると 
          同じ景色も違う景色になるのですが

    なかなか  ・・・・・・ むずかしい


   「人間の感情は、喜びだけを膨らませるという、そんなばかな事はできないのです。悲しむということは、失った家族と対話することです。その悲哀を通して人は自分の人生を意味あらしめている。本当に深く悲しめる人は他者と深く喜び合える人でもある。ただそれだけのことが文化として共有できない社会は、野蛮な暴力社会だとおもう」 と  野田正彰氏は書いている


悲しみをちゃんと悲しめる社会


   悲しみを抑圧し、不幸を忘れて前に進む、という発想

  
      一握りの武士の生き方を理想化し
     泣かないことや 悲哀に耐えることが美しいと強調してきた日本
   そこから生じた「構え」は
関東大震災や数度の戦争を経ても変わらず
      受け継がれてきた


  悲しみの中から 連帯を生み出せたら より良き社会へとつながる・・という

      悲しみは悲しむ社会へ


   それが 人を大切にする社会


PTSDの概念・・・加害者のトラウマの概念と被害者のトラウマの概念

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野田先生の講演から

   PTSDの概念がわかっていない
(心のケアについて・・・)
文化総合型精神障害
 ベトナム戦争後の一部のアメリカ兵の後遺症

  (加害者の後遺症)

 ベトナム市民の戦争後の後遺症は なにもないかのように・・・

 精神的障害の加害者と被害者の違い

枯葉剤の問題も含めて ベトナムの人たちの不幸には触れない

   PTSDの概念はアメリカ兵の後遺症の問題

   しかし  ベトナムの人たちの後遺症は概念に含まれていない

   震災の体験後・・・のPTSDの概念が

   加害者の概念・・・ではなく

  むしろ

  ベトナム人の被害者の概念でなければならない


  戦争で…数百万人が亡くなっても  PTSDと騒がず

      震災後のトラウマを懸念して・・・の心のケアが叫ばれているが

   我われは  戦争で生き残った人たちとその子孫である


  心のケア とは なんぞや・・・と問う


   岡知史氏の講演も同じだが

     やわらかい想像力で
        多面的に一つの問題をみている

    遺族・・悲しみ・・・自死・・・震災・・こころ

     様々な視野から 問題を捉える能力・・・はすばらしい

     

     精進しなければ・・・

   今年8年目の息子の命日は・・・いいお天気でした       

       朝4時に見た月は 息子が亡くなった日のように明るく輝いていました

            

野田正彰氏の講演・・・優しい口調で・・・内容は厳しく・・・社会の本質をつき・・・悲しみ苦しむ人へのやさしさにあふれていた

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17日 朝5時出発

北津軽地方~~~ 母の1周忌 

  お墓参り

 今日は 夫の実家に・・・本家に・・・

    兄嫁のお見舞いに・・・

 明日は 自死遺族の差別的取り扱い問題の法的相談電話開催の取材
11月29・30日の両日 
  弁護士と司法書士と自死遺族と連携して 相談電話を開催

   一人でも  理不尽な請求の被害にあわないように・・・

      願っての活動です


  実家のある青森の狭い集落で・・・41歳の嫁さんが自死した・・という

      毎日のように  自死遺族から連絡を受ける

    直接受けなくても

       情報が入る

 年間  3・・400人

    年間の自死者の 何十分の一 


      それを 少ないという人もいるが

    すくないという 人たちは  年間何人の自死の情報を得ているのだろうか


    野田正彰氏の講演で
 
   硬い想像力の人たちが復興にかかわっている

  やわらかい想像力を持つことの重要性を説いていた

  震災後の国の対策会議

      テレビに映った委員たちは

  大きな赤い花を胸につけて 会議に臨んでいた

       それを  みて  怒りを覚えた・・と語った


今までの震災と違うのは

   つなみがあったので

   テレビ等で 部外者が  震災体験を映像でした

  それが「がんばろう」コールとなった

 深い苦しみと悲しみを体験していない人たちの発想である・・・
   

安心と安全な社会  という言葉の間違い

 強制された安心

 傍らにいる人の信頼


   安心できる社会・・ではなく

   信頼できる社会

   人と人とが安心・・・

    ではなく

  人と人とが信頼できる社会を・・・

      不幸があったが  しかし 信頼し合えること


平和を愛し 信頼しあう

 それがやわらかい復興のあり方

    共催のなかでの信頼




                
  福島の被災地で震災による不登校はない・・・ という教育委員会

   しかし  不登校は増えている

     そして原発の事故の処理は  4次・5次の下請け
   
   東電から 下請けに  そしてその下請け  また下請け~~~


     バスに乗って通っている 労働者は 
 大阪や東京のスラム街(差別用語ならごめんなさい)に住んでいる人たちがほとんど

   中間マージンが4・5箇所で取られ

    働いているひとたちは  安い賃金

       原発の知識など全くない労働者が  工事をしている


     それで  いいのか!!!と 怒っていた

       
事実に沿って書かく記録文学 の 作家


  被災地で直接被災者や遺族と会って・・・いる


   だから  12月14日  の  
    震災遺族による震災フォーラムの講演をお願いした

精神病理学でも有名だが ・・・・


野田先生は  ノンフィクション作家でも有名である



  震災と自死の問題は切り離せない  


   自死の問題は  深い

    が
        ある意味  単純でもある

    人にやさしい社会  人と人が信頼できる社会

        物ではなく金でもなく

   人間にやさしい社会が大切

震災での悲しみ・・・・の講演会・・・来月招いている講師・・・誰も一人も震災で家族を亡くした遺族はいませんでした・・・自死遺族は・・・山形からも・・・余計なおせっかいだったかもと反省しています・・・もうおせっかいは来年はしません

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野田先生と気仙沼に行き・・・

  自閉症の子どもの親たちの相談や不登校の子供の相談・・・
   朝から 夕方まで~~~ビッシリのスケジュウルで・・・

  個別相談をしてもらい

 私は昨日夜遅く帰宅 

  今日は健一の8回目命日

 墓参りに行き(朝はお団子を作り・・・みたらし団子も作り
                  サツマイモのてんぷらも健一が好きだったのでつくり・・・)

そのあとすぐに

   気仙沼から野田先生を送ってきてくれた自閉症の子どもたちの居場所作りをしているお母さんと

     事務所で会い・・・

 野田先生の講演会に行ったら

   藍の会に参加している遺族が数人きていて・・・感謝


 12月に震災フォーラムで基調講演をしてもらう野田先生の今日の講演・・・に

   誰も一人も震災で家族を亡くした人たちが参加していなかったのが

    残念でした


河北新報にも3回  案内が掲載されていた

   私も案内した・・・
つもり


  自死遺族たちが  山形からもきていた

     

   私なりに反省している


   震災で家族を亡くした遺族は

フォーラムも  野田先生とのつながりも

     冊子も  もしかしたら  法話も  わかちあいも

   余計なお世話だったのか・・と・・・・


    震災で家族を亡くした人たちは

   忙しく

 息子の命日が今日で、明日が母の一周忌で青森にいくわたしよりも

   いそがしかったのでしょう


    と  おもう

 思わないと  ・・・いやな自分になりそう


    自分が嫌いになりそう


   来年からは  おせっかいはやめようと思った今日でした


   私は  自死遺族

      震災の遺族にまで・・・おせっかいをする必要はない

       のだ

   と   痛感した  講演会でした


   

いじめは罪です  いじめっ子をそのままにして いじめられた子どもを精神病にするのはやめてください

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いじめで不登校 精神科の治療

    精神科の病院を転々として・・・いる

 という
  

相談が たくさんある

  

    どうして・・・いじめられた子どもが精神病なのだろうか

      いじめた子どもが精神病ならわかる


    いじめをして  スッキリ している子ども

    精神が歪んでいる

     いじめた子どもを精神科につないでください

    いじめられたこどもではないんです 精神的に病んでいるのは・・・


想像力の欠如

    いじめられて 眠れない  不安だ  人が怖い   


      普通の精神の反応です

    
  不安なのは いじめっ子がいるから

     いじめを解決してください

     学校が楽しくなりますから


    いじめっ子は  そのまんま

     いじめられた子どもを精神科・・・は  ある意味  いじめを認めています

    いじめた子どもは  普通

          いじめられた子どもが精神病・・・って・・・


     バカでも その間違いに気づきます


      いじめられている子どもを さらに追い込まないでください

  いじめっ子をなんとかしましょうよ


       悪質ないじめは  犯罪です

   それを 見てみないふりをしているのは  同罪です


   不安や眠れない原因を  取り除いてください


      教師のみなさん

   スクールカウンセラーのみなさん    


    いじめっ子を そのままにして     


   いじめが原因で不登校になっている子どもに

 精神病院を勧めないでください


      まちがってます

あいまいな意味のカタカナ語に惑わされず、日本人の感性に合う日本語の意味を知ろう

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森田良行氏

「小事典」

愛し・・・について書かれている


最近の
日本人は「愛」というと、男女の愛という考えかたになる

    が 古代人は いとおしい・・いとしい

  愛しいひとを「かなしき」ととらえたりしている

 愛しいと書いてかなしいと読んだ歌のある

「かなし」の他にも
   「うつくし」や「愛(は)し」「らうたし」

 
枕草子の

 なにもなにも 、ちひさきものはみなうつくし。(「うつくしきもの」)

   ビューティフルやハンサムとは一味違う
     *愛*の心が「うつくし」


   日本語は奥深く・・・日本人の繊細な心の表現に合うことば

     だが・・日本人は  横文字に弱い

  海外での意味も理解せずに

     適当に  耳障りのよさだけで使う

  「グリーフ」も 「悲嘆」と使われているが

    海外での「グリーフ」は感情の動作だけ

    「エモーション」

日本の死別の「悲嘆」はもっと深いをこめている


  「 ワンデープログラム 」  って   一日の予定 ・・ 一日の番組


      遺児の為のグリーフケア・・・「ワンデープログラム」というと

         なんだか  すごいことのように思うのは  私だけでしょうか

     横文字に弱い日本人の典型ですわたしは・・・


   だからこそ  惑わされずに  

          日本語の意味を知ろうとおもう

   クリアランスセール
     というが

  在庫一掃セール ・・・

   言葉のまやかし  


    本場とは意味の違うカタカナ語が氾濫している日本

   
  そして・・・利益追求の企業の宣伝文句は真実とは違うことも認識しなければ・・・

    自社の品物の悪い部分はいうわけがない

  自動で止まる車・・・という認識を植えつけていた車

   実は  速度や操作方法が複雑・・・

     全ての情報を伝えない手法・・・
   一部だけの情報で広報して
    なにか事故が起こると  信じた人が悪い?


  美白液も・・・車も
       洗剤も・・・食べ物も

    正しい選択をするための知識は現代社会には不可欠


 横文字の魔法にだまされず

    企業のいいとこだけの宣伝にだまされず

  医師のデーターにだまされず
(それぞれの専門家の医師のデーターをまとめると国民全員が複数の病気がある)


 事実に目を向けたい

     死人にくちなし・・・
 だまされ損・・・

  ずるい人が生き残り・・・やさしい人が死ぬ社会は

           命をかけて日本を守り戦死した人たちの命を無駄にしている気がする


 たくさんの命の犠牲の上に 今の日本があることを忘れてはならない


 アメリカと日本では文化風習が違う・・・死生観も

日本人が理解できる日本語を大切にしたい

  あいまいにしか理解できないカタカナ語ではなく・・・   

死というできごとへの差別・・・  生きていても差別・・・死んでも差別(生きている人たちが)

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自死した場所は 汚れた場所のように 賠償金だ!慰謝料だ!
    お払いだ!
          そこで死んでなくても
                 自死を図った・・・というだけでも
   請求がくる・・・


 だが・・・震災で大勢の人が亡くなった場所は
      税金を投入して、未来永劫遺そうとしている

 それも・・・たくさん・・・町ごとに・・・

    過疎地に・・・誰も住まない場所に

     あっちにも  こっちにも

     遺すことが  良い行いのようにいわれている

  死はこの世では同じではない・・・のだ・・・とおもう

  病院で死んだ場合  病室はお払いはしない  


   腐敗していても・・・病死は 賠償金の請求はない


    自死は  そこの場所で息をひきとってなくても   気味が悪いといわれる

なぜだろうか

     生きている人たちの気持ちの中に

       罪悪感があるのでは無いのだろうか

    恨んで死んだのではないのか・・・追い詰めたのでは・・ないか

       という

  それを  思いたくないから

      死んだ人が悪い・・という ことにしてきた・・・それが広まった

  死にたくて死んだんだから・・・

     という考えが大勢である

   息子は 死にたくない・・・・死が怖い・・・と

   ずっと強く思って生きてきた

      だから・・・病院にもいった・・・

   くすりも飲んだ・・・

       なんにもなかったら  死なない

   死んでしまうほどの苦しみがあったのだろう


    しかし   精神薬を呑んでいなかったら  生きていたように思う


     むしろ  精神薬は  彼を死に追い込んだ 原因の一つ

  仕事のことや人間関係のこと
     家庭のこと

       も   解決の方向が見えていた

    精神薬が  1ヵ月半で マックスになった(心療内科の処方としては)

   そして・・・それを 一気に  取り上げた嫁

    (無知は罪である)

  自死という死
          震災での死

   病死  事故死  犯罪死  ・・・・死への差別は

    自死にだけ・・・


 何か  悪いことでもしたというのだろうか

      息子が自死した  


    のは  悪でしょうか

          罪人でしょうか

  汚れているのでしょうか

    差別思考は  思わぬところに 現われる

 事故の現場も残そうという・・・尼崎の事故・・・

       被災地も  ・・・・

 
   遺さないまでも   気持ちが悪いという精神的苦痛への慰謝料や
               賠償金の請求は 自死だけ

    私の息子は  優しい子ども

    死んで・・・他人に祟りません

      恨んでもいません  誰のことも・・・

    死・・・に  差別や偏見がある・・・のは

       科学的社会ではない・・・


    生きている私たちは  みんな遺族

   そして  いつか全員死ぬ 


    

遺児 ・孤児・・・  それ以外にも  様々な事情の子どもたちがいることにも 思いを馳せて欲しい

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ベランダから居間に移動した花

 私は 両親の離婚で 他人に養女に・・・

  親が亡くなって片親の子ども

  それが 病死なのか 事故なのか  自死なのか  震災なのか
    犯罪で殺されたのか  ・・・・さまざまな事情は抜きにして

   片親の子ども
    でも 実の親

    両親はいるけど 血のつながりのない親子

   両親が死んで  親族に養子

    祖父母が育てている・・・とか

  なんらかの事情で  施設で育っている子ども

    
      遺児の支援  が 悲しみという感情の支援に偏っていることに

       苛立つのは なぜだろう


 親が生きている子どもでも・・・支援は必要な子どもはたくさんいる


       経済的支援は重要

  子どもを育てるのは お金が必要

      遺族の支援というと 「かなしみ」のケアだけが注目されるが

   「悲しみ」はあるが

    生きている人は食べて生活をしなければならない

   日々の生活がやっと・・・という子どもを抱えた親

        その子どもたちのために  社会は何かをするべき

     こころという 響きの良い言葉に惑わされて

        心のケア  に  お金が流れ

      心のケアをする幸せな大人たちが   社会に

            よい行いをしている人たち と認められ

    生活に苦しんでいる子どもたちには  目もくれない社会


    施設で育つ子どもたちには

      資金の援助が足りない

       施設で支援している人たちが

     心豊かに子どもたちに 接することができるように

   潤沢な資金は必要

       綺麗ごとだけでは 生活できない

    こころだけでは  食べられない

     気持ちだけでは  学校に行けない

       心のケアでは  私立の学費が・・・

  子どもは  保護者が笑顔でいたら
        幼い子供ほど
              笑顔で育つ

    
  保護者が  笑顔で暮らせる支援を・・と願う


     正直にいえば  幼い子供のグリーフケアは  勘弁してください
       です


  
  

被災地の精神科医の一家心中は何を示しているのか・・・精神薬では悩みの解決にはならないということなのではないだろうか

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スイスで結婚して仕事もしている女性(スイスのチョコを送ってくれている)

  その人と 被災地のお寺さんにいってきた


 誰が参加してもいい集いだとは思っているが

  何の為に  カインセラーたちが毎月 6・7人 参加するのだろう

   それも  兵庫や東京から

       カウンセラー7人  お坊さん3人  奥さん

     遺族 6人・・・・ん~~~~~

   参加している遺族は遺族で話しているから・・いいのかな



スイスからの女性は
           臨床心理士 

  スイスは

   カウンセラーが相談を受けて~~~

        改善が見られないケースは セラピストにつなぐ

    セラピーを受けても改善されない場合

         精神科医につなぐ

   日本は カウンセラーから  即  精神科医

      しかも 誰でもがカウンセラーと名乗れる

    わたしでも  すぐに  カウンセラーと名乗り 収入が得られる

    
  そして  私も含めて  正しい知識を持ち合わせていない人がほとんど

       健一が自律神経失調症の症状を見せたとき

        安易に 精神薬にたより  信じてしまった

  精神科医療を少しは知っていたはずなのに・・・

    今は 無知だった自分を後悔している


  そのために 息子を死なせてしまった


       
     精神薬では元気にならないし

    幸せにもならない

      仕事も精神薬ではみつからない

 精神科医が震災後に自死した・・・

       心中を・・・

         それは  精神薬では悩みは解決しないということを示している
     

子どものグリーフケア・・・卑しさもここまできた・・・ 悲しみを抱えていますが 悲しみはジャマなものではないのです 愛しい悲しみです

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岡知史教授の講演で

   支援者は 当事者の負の部分だけに着目する

      当事者たちは 負をありのままに受け入れ、
           それでもできることに着目する 
                 というような内容を話されたことがある


  遺族や遺児 

   悲しくて  苦しくて ・・・

 不安や気力の低下
    希望の欠落 食欲不振 睡眠障害
   

   学力低下  情緒不安  PTSD  などなど

      
    幸せな人たちには起きない症状が
          遺族には起こる・・・

 だから  その部分を和らぐように 癒すワークをしなければならない

    というのが  遺族にグリーフケアを施す支援者の考え

 子どものグリーフケアという  いかにも 愛が溢れるサポートのような団体が 

      活動の場を広げている

        

   遺児だった  という  人が  理事長

   
   彼が 遺児に 偏見を持っているのでは無いだろうか

   それとも  本当に 幼い子供のグリーフケアを考えているとしたら

         人格を疑う


 主張をみたら

    経済的支援は 何にも考えていない

      幼い子供に  親が死んだ話を聞きだして

          何をしようとしているのか・・・

   子どものことを学んだこともない  素人が

     子どものグリーフケア の 専門家を名乗っている


  遺族同士 だと

  悲しいのは普通のこと・・・と思うので

    悲しくても  できること

     家族のために食事を作る   洗濯もする

   供養も考える  隣人との付き合いもある

   美容院にも行く  お墓参りもいく



     仕事もしている・・・

 会に来ても  お茶も入れられる
         片付けもして帰る


ただ  悲しみがあるだけ

  という考え方

                

支援者は  遺族ができないことを 癒すことが 仕事

     だから できることがあると仕事が減る

    悲しみで何にもできない遺族でいてくれなければ

          支援者の必要性が  社会に伝わらない


    遺族は 支援者の活動を満たす為の道具でしかない

     
  悲しくて・・・苦しくて・・・

        でも  それが 24時間365日  浸っていたら

        死んでしまう

  身体の一部として存在して  決して取り除けないものではあるが

    生活はしている

        生活しているから

  会にも参加している

  電話もできる


      遺族や遺児の悲しみへの支援を生業としている 人たちは


     1ヶ月2時間程度のセッションで

        癒している  救っている  と 思っているようだ


   感性の乏しい  想像力の弱い 恥を知らない

     自己顕示欲の強い   かわいそうな  ひとたちです

        

      遺族や遺児  支援といいながら

    亡き人のまなざしなんて 感じるやさしさが微塵もない人たち

       そうでなければ

   幼稚な無責任な 活動を

     まことしやかに  善意面して できない

    
    支援なんて  しなくていいので

     遺族が元気に生きようとする

ジャマはしないでください

    遺族という しょうがい者でもなく

        遺族という
              人種でもなく

      普通の人間ですから 
       
              

宗教者としての活動なら、仏さまや神さまの慈悲の心を持ってほしい 少しでいいから・・・ほんの少しでいいから

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毎日のように  悲しいことに 新たな遺族から連絡を受ける

 そして 無力な自分を感じる

   生きようとしてもがき苦しんでいる 遺族の心をおもう


     亡くなった人のことを思う


 
    明日は スイスからの女性と会い(チョコの贈り物をしてくれている)

       石巻へ


あさっては  記者とあい  29日・30日の広報と 12月14日の取材の依頼を

   14日は 野田先生と気仙沼へ

     一泊して

    15日  帰宅  


 16日は 健一の命日  午後は野田先生の講演を聞きに


    17日 朝早くに  青森の実家に

      母の一周忌

 18日帰宅  


  これから 頼まれていた本を遺族に送り

     明日 持っていく資料を印刷し

  後援依頼の文書の作成 

    知事に会いにいくための 資料の作成


  ::::::::

   「自死・自殺に向き合う僧侶の会」が
   自死という言葉への変換に反対している


  ある遺族支援団体が出したガイドラインに賛同団体として名前を連ねている


  代表が
 
    「全国自死遺族連絡会」 という  
      
    自死遺族当事者の活動を快く思っていないから・・・

 僧侶たちが 「自殺」という言葉にこだわり

      死んだ人を「殺す」という言葉で 表現することに
     賛同する・・・ということが 理解できない

 病死。事故死。犯罪死。・・・・亡くなった人は そのほとんどが「死」という表現である

    自死だけが「自殺」という表現

   殺人という言葉も死んだ人への表現ではない

   人を殺した ことへの  表現

      罪のある行為


   自殺  って   罪があるという意味でしょうか

   ・・・死んだ人に罪があるのでしょうか

  死んだら皆同じ・・・この世の苦しみも差別もない

          世界へと  導かれるのではないのだろうか


  この世での 修行を求め この世での 開眼を求めるのが禅宗なのかも知れないが

    では  戒名は 救われない自殺者には  つける意味がないのでは・・・ないかとおもう


   亡くなった人達も  生きている人たちも  救うのが宗教ではないのか


   苦しんで死んだ人を  更に追い込み

   遺族のこともさらに追い込む   それが宗教だろうか

   それでは  仏教から離れたくなる

      自死の防止の為なら  自死遺族が追い込まれても関係ないとでもいうのだろうか

   一般市民の考えならあきらめるが

    僧侶と名乗っての活動が   自死遺族の気持ちよりも

         死んだ人への尊厳よりも

    防止と予防という  善意を振りかざして


   なにを したいのだろうか


    自分たちが善意としている行為が

       人を傷付けているかもしれない・・・と 

  立ち止まって お釈迦様と 話をしてみて欲しい

     

 

   



        

健一を亡くした私の心を癒してくれる人がいたら・・・癒して欲しいが・・・無理!!! 生き返ることだけだから

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     「癒す」という言葉に 苛立つ

      それは 多分  子どもを亡くしたから・・・


  愛する人の死・・・そこからくる悲しみ
      それは癒されない

   
  家族との争い   職場のトラブル

    疲れ  肉体的な痛み  は 癒されるとおもう


   
「癒す」とか「ケア」

    は   愛する家族の死への 苦しみや悲しみまで広げるから反発される


   身体的苦痛なら 緩和ケアが必要 そしてケアが有効

    ガンの痛みのケア や  ケガの痛みのケア

   一人暮らしの寂しさへの癒し

      生きている人たちへの 苛立ちによるストレスへの ケアと癒し

  それは  できるとおもう

      しかし

  愛する人の死   愛しいからこその  死という別れの悲しみ

   それを  「癒す」とか「ケア」ができるというから

        遺族に「できないでしょ」といわれる


 遺族の心のケア なんて・・・どうやってできるんですか・・と反発される


   ケアや癒しが効果的な 人たちに  どんどん 施したらいい


    表面から見た「悲しみ」が一緒だから・・・同じ「悲しみ」に見えるとしたら

        想像力の欠如
   

身体的症状  泣いている・・・苦しそうな顔

         落ち込み  意欲が湧いてこない
    食欲の低下   眠れない   眠りが浅い

        
   しかし
       その原因はそれぞれに違う

    その事に思いを馳せることもなく

 悲しくて泣いているのは一緒   という  感性の人たちが

    遺族の心のケア  とか

     遺族の悲しみを癒す  とか   いう

        アメリカ的というか

    おおざっぱな感性


    乱暴で強引で 繊細さの欠片もない 考えかた

       原因は何でも  悲しいということは一緒だから

      同じ方法で 癒せる・ケアできる  と・・・

   そこに  気がついていない・・人たち


    気がついている人は
 
     死別の悲しみを癒してあげる・・
   死後半年で悲しみをのり越えなければ病気とはいわない  


  かなり知られているグリーフケアの 教授が

    ある時  こういった


「遠くから見ると 『悲しみ』 は同じ」
 「だから、自死も病気も事故も 子どもを亡くしても親でも・・・家をなくしても
     仕事をなくしても、転勤でも  猫でも 犬でも・・・
みんな『悲しみ』という
 喪失感は同じ 」   と・・・ 


   なんて大雑把ないい加減な 人・・・と  私は 感じた 


     その人と 講師契約して 遺族のケアをしていた 行政や民間団体があった

   2011年の震災後の被災地の行政も契約していた
    (女川・・・など)

    契約のお金は税金


      そんなことが  今現在も  全国の自治体で行われている

       有名支援団体からの講師派遣


   卑しい人たちである



         

悲しみの深さだけ・・・やさしいこころを持てたら・・ やさしさが広がったら・・・人にやさしい社会になる



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月曜日に 自殺は「殺」という文字の通り罪のある死だ!

      今も苦しんでいる・・と 私に言った 住職と 会う・・・(在寺なら・・・) 

    息子は 苦しんでいない

     死後まで 苦しんではいない   信じている


    苦しくて自死した・・そんなに苦しんだ人をお釈迦様は救わないはずがない

                大いなる神も  救わないはずはない

     たましいは救ってくれる

         苦しみ悩んだ人や死者のたましいを救わないで 


        どんな人を、何を救うのが宗教なのか 


  神様や仏さまは「癒してくれる存在」「ケアしてくれる存在」


     命は救えないが、たましい、心を救うこと・・・それが宗教
 
     信じることを教え説き  伝える 役目を担っているのが

          宗教者
        

    そして  悲しみを比べて  自分のほうが悲しい

    あなたは  私よりも悲しくない・・・ということを

      相手に言うのは  悲しすぎる・・・

    悲しいもの同士   悲しみ自慢して  も
         
        かなしくなるだけ


  悲しみは消えないし薄くもならない

   軽くもならない
            物質では無いから


   亡くなった人を大切に思う心を否定するような

      宗教者は  本物ではない


  遺族も  亡くなった人を大切に思ったら

        悪口は言わず  悲しみくらべの言葉はいわず

       (それぞれが  世界で一番悲しいのですから)

     優しい気持ちでいてほしい


   優しい気持ちは  功徳を積むことにもなる