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心が痛くなるような言葉が増えていく・・・

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「癒す」という言葉に嫌悪感を抱くのはどうして・・・・

  「心のケア」という言葉も 吐き気がする・・・

「グリーフケア」の言葉も大嫌い

   「人を助けたい」という言葉もにがて

  こころが狭いのだろうか

 生きてほしいと願うことはできるが、命を救えない

    心をケアするなんてできない


  どうやって 人の心をケアできるというのだろう


    「寄り添い」という言葉も ゾクゾク寒気がする


    私って 精神的な病?


  どうやって 寄り添うことができるのでしょうか

   どんな悲しみの人に どのようにして寄り添えるのか・・・


  おこがましく  傲慢で  卑しい

 
  息子は8年前に自死した

   今も 涙が溢れる

   胸が痛くてたまらなくなる

     切なくて 悲しくて・・・

  叫びたくなる・・・会いたくて 


   会いたくて会いたくて   どうしようもなくなる

 そんな私の気持ち・・・癒してくれるって  何?

  お兄ちゃんを亡くした気持ちは癒される事はない・・・


   癒されようとも思っていない


  苦しくっていい

     悲しくっていい

   母親だから

  楽して生きようとはおもっていない

    息子が死んで  母親の私が ルンルンして生きる事を望んでいない

   
  被災地の新聞やテレビは 毎日「癒し」や「ケア」「寄り添い」
     の言葉が氾濫している

前向き・・・のり越える・・・

   心が痛くなる言葉が 増えていくばかり


    卑しい人間が増えていく・・・

  心のやさしい人は  生きることが 厳しくなるばかり

      どうなるのだろうか

   これからの日本は・・・


傲慢でずるがしこい人達でいっぱいになるのかな・・?


 やさしい人たちが笑顔で生きられる社会になる日がくるのだろうか・・・

将来街を発展させる為には 若者の意見を無視してはいけない・・・

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昨日の河北の「デスク日記」から


東日本大震災後の直後
    評論家の立花隆さんがエッセイで
     「PTG](心的外傷後成長)のことを書いてあったのが印象深かった。

心に深い傷を負った人が不安や恐怖に苦しみ続けるのは
「PTSD](心的外傷後ストレス障害)という
「PTG]は
むしろトラウマ体験を糧とし、人間的に大きく成長する現象だと説明される

戦後日本の繁栄は
 大空襲やヒロシマ・ナガサキなどの理不尽な苦難体験をくぐりぬけた
PTG世代が築いてきたというのだ


最近、東日本大震災で被災した若者の書いた文章に感心させられることが続いた
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・

 被災地では確かに、頼もしい若者が育っているなと感じる
立花さんはPTG世代にこそ災後の日本再生を託せると期待している


   これを読んで

 ある地域で  復興のある問題を もう一度見直して 将来の地域発展のための議論を望んで
           活動をしている若者たちがいる


 被災地の復興について  

我々のような高齢者が 「国のいうことに反対するとはけしからん!!!」    

     「国のお金で作ってくれるものは正しい」
   
    市のいうとおり  県のいうとおり
国のいうとおり

      従うべき  という

  地元に残って生活をしていく為に
  若者は自分の将来も見すいて 意見を述べて活動をしているのに


  このままでは

  将来 若者たちは 地元には住まなくなるだろう


     ご意見番のような高齢者がいてもいいが

       我々世代は  あと  どれほど 生きられるかを 考えて

             若者のために  発展性のある復興を考えて欲しい

  国なんて  そこに住む人たちではないから

    机上論だけ
   絵に描いたもち

     対岸の火事  


   若者にとって魅力のある町作りが 将来発展していく地域作りの基本


     だとおもう


  子どもは街で生活

  親たちは地元

   子ども世代で 地元にいる人達は 地元繁栄には大切な存在


    高齢者だけの町は  近い将来  滅びる


 元気なのと頑固とは違う


   やわらかい頭脳を持ちたい

そして

  PTSDを  精神病として 治療の対象  ネガティブなものとして
     考えるのではなく

   むしろPTSDを 糧として
           成長する・・というポジティブな考え方 に  バンザイ


 「 被災地で 思ったよりPTSDが少ない

 これは  被災地の人たちが知識がないから  PTSDになっているのに

   気がつかないのだ・・・だから  見回りをして聞き取りをして

      PTSDだと 気づかせてあげなければならない」

         
  という  コメントを発表した  どこかの教授に聞かせたい
      

             

悲しいもの同士がいがみ合うのは・・・自死した人は悲しみ・・追い込んだ社会は笑うだけ

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子どもを亡くして  夫婦が 離婚  することになる事は 悲しい

   子どもの死が原因で 離婚   なぜだろうか


 男と女では  悲しみの表現が違う

   同じようにはならないのが普通

 妻は 夫に  同じように悲しむことを望む人が多いようだ

 夫も 妻に  子どもをなくする前の妻を望む


     なぜだろうか

  
 私たちも 争いが耐えないときがあった

    お互いに責めあい  罵り

        息子のお骨の前でもめたり

    息子の位牌のおさまっている仏壇の前で ・・・


  そんなとき  次男に  いつも

「喧嘩したらいいさ・・・俺はいいよ別に・・・」
 「・・・お兄ちゃんが悲しむだけだから」

      と・・・淡々といわれた


 次男がいても  もめていたから・・・

いないときも ののしりあいをしていた

    売り言葉に買い言葉・・・

 「ごめんねかぁちゃん」という声が 左の脳の中から聞えてきたときがあった

   ずっと 何度も「かぁちゃんごめん」と・・・


  私は 思った

 苦しんで自死した息子に  「ごめん」と言わせている 私はひどい母だと・・・


     死んだ息子に謝らせている 自分の生き方を 恥じた

     息子を助けられなかった・・・親の私が

       息子に 懺悔どころか
     息子に死んで尚・・・謝罪させているなんて

        最低の母親だと・・・

  そこから 本当の意味で 自責の念を持ち・・・

      息子をこれ以上悲しませないように生きなければ!!!と 誓った

   その頃に亡き息子へ書いた手紙を

    「会いたい」の本に 載せた

  その手紙を書いて・・・1ヶ月半ごに  わかちあいの会の立上げを決意


   死ななければならないほどに追い詰められた問題は何だったのだろうか

       ・・・その答えを求めて

   自死の問題に真っ向から むかうことにした


    それは  息子の死の意味を問うことでもある


         そして 息子の死を無駄にしたくない・・・と


     活動を広げてきた


  悲しみを抱いている家族を責めても  

    息子を追い込んだ社会は変わらない

        家族で争い

      離婚や病気になれば

     「やっぱり・・息子が自死したから」と世間にいわれる

 それは  息子を蔑まれること

      私が蔑まれる事は我慢できても

   息子が蔑まれる事は許されない

      世間に蔑まれない為にも

   
   不幸を連鎖させてはならない!!!それがせめてもの 息子へのお詫び


    自死した家族が 世間から 卑下されないためにも

    遺された家族が  毅然と凛と生きてほしいと願っている


  家族を責めて・・・亡くなった人はどうおもうだろうか


     悲しいもの同士  いたわりあって  支えあって

       生きて行きたい

   家族同士も  遺族同士も  


   悲しいもの同士が  いがみ合うのは
    

    追い込んだ社会が  笑うだけ

  
 会社や学校  世間 が

       
  

 「会いたい」明石書店   送りますね  待っててください

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5・6日と取材の打ち合わせ

   明日は サロン

  あさっては遺族の茶話会


  14日から気仙沼へ(野田先生と)15日仙台に戻り

    16日は命日(8年目) 17日は母の命日(1年目)


  不思議なことがよくある

  地域が同じ遺族からの相談が続く

 例えば 名古屋・・というと名古屋の遺族から連続・・・

  今日は 久しぶりの 電話があり・・・

   (息子さんを亡くしている人) 少しだけ 前に歩いて生きているように
                     感じることができて・・・ほっとした

    気になる人だったから・・・生きていてくれたことに 感謝だった

  涙は流れるけど 愛しているから・・・

 「会いたい」の本を送って欲しいということだったので

ミッチ」隠れた贈りもの

         も一緒に送ることにした


 本を読みたいと思う様になったことが  うれしい

    悲しみはいつまでも続くけど   元気に生きて欲しいと思うから

     今朝は 父と母と伯母と・・・息子と・・・たくさんの亡き人たちの夢を見た

  亡くなった人の夢は 小さい頃から  いつも見ていた
 息子が亡くなってから
  亡くなった人の夢は息子だけだった

   最近は また いろんな亡き人の夢を見るようになった

   息子の夢も良く見る

     匂いも・・・   


    

野田先生の講演






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日時:2013年11月16日(土) 開場/14時30分 開演/15時00分 (17時30分終了予定)
※入場無料、申込不要

・場所:東北学院大学 土樋キャンパス6号館(1階)601教室

第1部 基調講演 「不幸を乗り越える社会への信頼」
講師: 野田 正彰 氏 (精神科医・元関西学院大学教授)

第2部 パネル討論 「記憶に付き添う」
パネリスト: 野田 正彰 氏 (精神科医・元関西学院大学教授)
植田 今日子 (東北学院大学教養学部准教授)
コーディネーター: 阿部 重樹 (東北学院大学経済学部教授)

主催:東北学院大学/河北新報社

平均的発達の子どもって・・・どんなこども?

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 今の精神科医療を信じて 自分の子どもに精神薬を飲ませている親が

   改善されない 症状や 悪化してきた 症状に疑問を持たずに

  飲ませているなら  それはそれで 仕方がないとおもっている


    私の子どもではないから

        どうすることもできない


 しかし

      落ち着きがない・・・こども

    言葉が遅いこども

      忘れ物が多い子ども

   友達ができない子ども

      片付けができないこども

  長時間 座っていられない子ども


     お話が苦手な子ども

 突然奇声をあげるこども

   計算が苦手な子ども

   かけっこが苦手な子ども

       大人が苦手な子ども

  折り紙が苦手な子ども

      飽きやすい子ども

  同じ作業の継続が苦手な子ども

    

 それが 精神薬で治るのだろうか?


   発達の平均って   誰がどのように決めるのだろうか

   平均値に 達していないと  障害児になるのだろうか


   訓練としつけ


   わすれてはいけないのは  子どもは大人を小さくした存在ではない

       大人が認める平均的な子どもって


     誰にでも愛想がよく 誰とでも友達になれて
  
      かけっこも べんきょうも お絵かきも  歌も

     全部 そこそこ


     遅刻も忘れ物もせず  親のいうことを ハイ!と聞き

      大人が静かにしてほしいときは  静かにして

大人が 元気にしてほしいときは 元気で明るくニコニコと

    大人の都合の良い子どもが理想の子どもで、
              普通の子どもなのかなぁ~~~


   発達の平均値がある・・・とこが信じられない


  人の発達のスピードは  それぞれ

    
     言葉がおそく  人見知りだった子どもが
      アナウンサーをしていたりする

 小学生で 天才的に  頭脳も運動も なにもかもずば抜けて発達していた子どもが

    社会人になって  ごくごく 普通の大人だったりすることは
     よくあること

    まれに  天才的な子どもが社会人になって  自立していないこともある



   子育ては長い目で見て・・・


     精神薬に頼らないこと・・とおもう


   自分の子どもの(良いところ)個性を認めてあげてほしいと おもう


    ちょっと人と違う

   ちょっと人より変わっている


     それも 認め合うこと・・が 社会


  でも 精神薬を 飲ませたければ飲ませたらいい

   
  利益を求める製薬会社の宣伝文句に惑わされないこと

    その企業からの お金をつかまされている  医師は信じないこと


     昨今騒がれている 偽装問題・・・同じこと

      学者の論文偽造  同じこと


  企業は利益を求める 

 「これを飲んだら若がえる」なんて  「これをつけたら 若くなった」  とか

    (若く見える・・・というならわかるけど)

     若くなるわけない ・・・60歳が 40歳にはならない

     

  海外の先進国の 治療や考え方を
    知ることも大切


  日本は  遅れていますから・・・

   精神医療においては  30年の遅れ・・・と言われている


  子どもを亡くした私が 

   他人の子どものことを 心配するなんて  ・・・


  よけいな こと

  おせっかいですが


    子どもたちには元気に生きてほしいと  純粋に願うから 


      あえて・・・


でも  信じる信じないは自由ですから・・・

        

    
    ひとりごと です

やさしくない人たちのやさしくない活動が広がるなら・・・このくには破滅・・

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人にやさしい社会

      心ある人たちの 活動や運動も多くある・・・が


 ほとんどは 人にはやさしくない

     働く人は 会社の為だけに働く

     会社は利益を右肩上がりにする為に・・・社員は使い捨て

   65歳になって 年金生活  というが

 国民年金では暮らせない  1ヶ月 3万5千円 年金支給

      介護施設に入る為には
        最低でも1ヶ月7万8千円円以上(町営の施設)は必要


   年金では 介護施設には入れない

   女性も働きましょう・・というわりには  保育施設は少ない

       サービス残業は普通
   懸命に働いても
    生活保護世帯よりも収入が少ない

   生活保護費を削る・・・ではなく

   賃金の見直しが必要なのに・・・

 保護費を削っている


     派遣問題はそのまま


 5年間同じ会社で アルバイトやパートをしていたら
     毎年更新手続きではなく 本人に意思があれば

   手続きなしでも 働ける・・・という 制度を作ったら

 会社は 5年になる前に  契約を打ち切るという行動にでた

     そうなることは わかっていたはず(わからなかったら・・・おめでたい人たち)

  よけい 働きにくい


 毎年更新して・・・ずっと働けた職場が・・・解雇

   また 新に 探さなければならない

   現場の声を聞かずに制度を作るからこんな問題が起きる


  自死遺族支援も  自死遺族の支援団体が  
 自死遺族の団体の活動を阻む行動を取っていますが

  やさしくない社会の見本のような人たちです




自殺から自死へ・・・人にやさしい社会を作るのために!!! 言葉は大切です

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次男を亡くしている柳田邦男氏の言葉

【「自殺」は命を自ら絶つ事は悪で、排除すべきだという考えに立つ言葉】と話している

日本の自死の多くはストレスの多い社会的要因があると柳田邦男氏は指摘
【命を絶つことを是認するということではないが、苦しみ悩んで死を選んだ人生も、
  「自死」という言葉で、よくがんばって生きたと肯定してあげたい】と語っている

 
    自殺ということばは 明治時代に使われだした言葉

 ならば  変える事は容易であると思う

 それまでの時代には 使われていない言葉を明治に使ったのならば

    平成の今の時代にあわせ  自死と言い換えることもできるはず


  自死遺族が300万人ともいわれている 平成時代
   「社会的においこまれた末の死である」と国が認めている今
  
 人権差別のような扱いを受けている自死遺族もいる今

     多くの自死遺族たちが 心が痛いという言葉を変える事は

         重要な支援だと思うのですが・・・


   こういうことへの 思いやりができない社会が続く限り

    自死は減らないでしょう


  自死の防止の為なら  遺族の心情など関係ない!という 自死予防の人たち




    では 自殺という言葉を使って 明治から平成まで
    自死が増えてきたことは・・・

  自殺という言葉に抑止力がないということです
(自死という言葉にすると自死が増えるという人たちがいますが)

   全国自死遺族連絡会は

    少しずつ  自死という言葉の使用を要望していくつもりです

   自死予防  自死防止  自死対策推進会議
   
  自死者  自死対策  

   

   善良な市民でも

   講演会やシンポジュウムなどで

    500回・700回と「自殺」「自殺」「自殺者」と

 聞いていたら・・・心が痛くなる・・聞きたくない ・・・うんざり

     という声を休憩時間に発しています


  人のこころにやさしい言葉で 話す事は
   自死の予防や防止にとても大切な問題です

  いじめはことば  パワハラも言葉

 人間関係もことば  


  人のこころに グサグサと刺さることばを使えば 自死が減るというのは  逆です

  人のこころに優しい言葉で伝えることで 人はこころを開き 生きようと思うのです


      北風と太陽の童話は よい教訓


  人にやさしい社会を作らなければ  自死は減りません

     だからこそ  自殺という刺々しいことばではなく

        自死という表現を  願っています




   

    

自死が病死や事故死と同じように話せる死になって欲しい・・・

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10・11月の仙台は虹が多い

11月に健一が亡くなってから 虹をたくさん見た




    生活費に困窮しても世間は貸してくれない

   病気になっても手は貸してくれない

     そんな 世間に媚びはしない

        とおもい 生きてきた


  もらいっこ・・・と 陰口を言われた

     仕立ての洋服を着ていると  贅沢なわがままな子どもといわれた

   結婚して 官舎生活

    働いていると 役人の妻が・・・といわれ

      何かにつけて 洋服の褒めあい  家具の褒めあい
         というよりも  品定め


   自分を思ってくれる人たちは
         陰で悪口を言わないし  いざというときは助けてくれる

    助けてくれる人たちは  私が 自死遺族でも  もらいっこでも

         蔑まない

    蔑むような人たちは  助けてはくれない

      そして  息子が死んだことが 悲しくて

       自死であれ 事故であれ  死因は関係なかった

    だから  普通に 自ら死んだことを 公表した

     自死で息子を亡くしたことで  

        とやかくいう人は こちらから 付き合わない

   もともとの 友人たちも 普通に付き合っている

   みんな知っている  息子の自死を・・・


   自死への偏見を 私の前でも表すような人は
        どんな偉い人でも 
       人間として最低だと  判断する


 私は息子を誇りに思っている   


   自慢の息子


     その彼を 蔑む人は 許せない


    彼を悼み 彼を慈しみ  彼を愛する

   普通の親子 普通の家庭
      普通の家族


  自死ということを 隠さなくてもいい  社会になって欲しい

 病死と同じように 事故死と同じように

  普通に 話せる社会になって欲しい


   話したほうが  多分  らく かな・・・

     


           

こころのケア  という言葉に 苛立つわたし・・・具体的なケアの内容は発言しない支援者たち・・・

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被災地の子どもの心の調査
 遺族の心の調査 

  家族機能の低下 という専門家

 低下した原因を調べて、機能の向上のための支援が先ではないだろうか


   自死も  震災も

 
   具体的対策は後回しで

    その対策の遅れを 個人の心の問題に摩り替える

        復興対策が 速やかに遂行されたら
         
            こころの支援は少なくていい


      なのに  具体的な対策は 遅々として進まず

    家庭の力の不足が子どものこころに影響を及ぼしている   などと

        講演をしている  子ども総合センター長

       
   自分の仕事が子どもの心だとしても

   もう少し  広い視野で 考えられないのだろうか

     なぜ・・・子どもが落ち込んでいるのか

   その問題の提起もしていかなければ  総合支援とはいえない


  親を亡くした子どもが うつ病のリスクが高い

   とか

  懸命に生きようとしている子どもをなぜ

     死に向き合っていない  というのだろうか

   ポキンと こころが折れないか心配だ!

    というが  何をしてくれるんでしょうか


   孤児・遺児は・・というが

      色眼鏡で見ているように思う


   親を亡くして・・悲しいといつも泣いていたら  何をしてくれるのでしょうか

        子どもを亡くして毎日泣いていたら どうしてくれるのでしょう


   子どもも大人も 世間に合わせて  表面は明るく生きようと努めています

      悲しいこころも

      元気な表情も

          笑うときも  落ち込むときも


   眠れないときも あるのが  人間  生きているということ


       PTSDが 想定よりも少ない  と言う専門家

     少なくていいとは思わずに

     PTSDになっているのに
              知識がないから 気付かない・・・被災者が多い

      だから  気付かせてあげなければ・・という専門家

       PTSDと診断して・・・何するの?

    精神薬ですか?


       記憶は消せない  
           記憶が消えたら  記憶障害ですよ

     くすりで 子どものやる気は起きない

   子どもは たくさん遊んで  食べて  わがまま言って

    反抗して  勉強をして

        それが できる環境を大人が作ってあげること


   
 両親が揃って、家があって お金もあって

        それで  子どもは  立派になり

  親がいない子は うつ病になったり
        精神病になるんですか


    それは  偏見です

     一見愛があるような 発言  じつは差別発言

          
   阪神大震災で親を亡くした子どもを卑下しています


    被災地の親たちが 自分の子どもの精神的サポートができないとの発言は

            傲慢


    被災地は  傲慢な支援者で溢れている

   本当に必要な支援はしてくれず

     支援者の都合だけの支援が溢れている



       

    こころ・・・ケア  


  こころ・・・ 支援

       こころを助けてくれる人

        神様よりもすごい人
   お釈迦様よりも慈悲深い人

      本当にこころを助けてくれるんですか

     こころのケアの専門家の皆様       

遺族を職業としている遺族の言葉と、純粋な活動の遺族の言葉・・・ 亡き人への愛は・・・亡き人たちが判断する

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民間が「○○○白書」というのは、不思議

行政が作成したものが 「白書」


 ガイドライン というものも

   民間がガイドラインを作成して

   行政にそれに従わせよう・・・という発想が りかいできない


     行政のガイドライン作成は 議論を重ねて
      パブリックコメント等を求めて  決めるもの

 いきなり 民間団体の作成したガイドラインに 従わせようという
   ある意味強引な 傲慢な姿勢はどこから来るのでしょうか


  力で 遺族当事者の願いを踏み潰そうとしている
       遺族支援団体

 遺族も所属している・・というが

     職員として給料をもらい働いている遺族が

       給料先の団体に従うでしょうから・・・


もしも こころから 自殺という表現でいいという遺族なら

     愛がないのでしょう  亡き人に


     お兄ちゃんを愛しているから
        自殺ではなく 自死という表現を広める

    涙の塩でまっ白だったメガネ・・・

   泣いて泣いて泣いて・・・死んだ彼は

    自分を殺したのではない


     生きたい気持ちの強い彼が 死んだのは

    社会・・・私たちも含めて・・・の責任


   
   親子は仲良しだった 兄妹だって仲良しだった


    我が家で暮らしていたら  死ななかったかも・・・

       我が家で療養させたら・・とおもう


   今更・・・どうにもならないこと・・・



     せめて  息子に  今してやれること


 それは  自死への差別偏見を無くしていくこと



  子どもたち

      死にたい なんて   言わないで

         愛して愛して育てたんです

     あなたの死は あなたを愛している人達を悲しませ

         こころからの笑顔を奪い

               鉛を飲み込んだような 息苦しさを感じる日々・・・

     後悔と懺悔と自責の念に苛まれて生きている・・・


    生きてください

 生きて一緒に悩ませてください

    生きて一緒に苦しませてください

          家族  親子  


    一緒に苦しみ悩んで生きていたかった お兄ちゃんと・・・


  愛のない言葉で 死者を表現することが 正しいなんて


 そんな考えの団体が  自死の防止ができるのだろうか


   いのちを守ろうとする活動は  他人への「愛」がなければ 


      ただの   自己中・・・の活動  
    
   

自死の防止の為なら  遺族が傷つこうが苦しもうが
    差別されようが 偏見をもたれようが   
関係ないという発想は  とても 支援者とは思えない


  傲慢すぎて  

      こわい




    



    

        

子どもを亡くした親の悲しみのケア・  生き返らせてくれることだけがケアです ・・・できますか?

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どうして・・・こころの支援をこんなにも 

  支援者が叫ぶのだろうか

  こころの傷  って   何?

 子どもを亡くしたことが傷?

    岡知史教授の

「癒したい人の卑しさ」という エッセイは 妙を得てる

    人のこころを癒してあげたい人たちが多い

    

被災地の落ち着かない子どもの保護者や支援むけ・・・というワークショップもある

震災の影響でおちつきがなくなっている子ども

 いつも動き回っている

     子ども
          って   

   子どもはいつも動いていていいし

     落ち着きなくていい

 おとなしいと・・・おとなしすぎる・・という

     動き回らないで 静かな子どももまた  問題だという

  

  どんな子どもでも  支援者は問題があると見えてしまうのだろうか


    支援者の理想の子どもとは  どんなこどもなのだろうか


    そもそも  理想の子どもの 見本は誰・・・どこのこども


     個性豊かでいいはずが

   いつのまには  個性は病気

   個性は 発達障害

          大人が考えた 発達のレベルに達していないとしょうがい児

     それも 全て平均点でないと 病気らしい

   中途半端な知識で 子どもを見るから  そうなる

    そして 精神薬を飲ませて

        片づけができるとでもいうのだろうか

      くすりで 友達がたくさんできるのだろうか

   くすりで 忘れ物をしなくなるのだろうか
    くすりで動き回らなくなるのだろうか

    いやいや   動き回らなくなったら  頭脳は発達しない


  悲しみを吐き出す・・とか  心の傷とか

     それを癒すとか

    あまりにも  癒す人が多くて  

         世の中ってそんなに善意の人たちが多いの???


     だったら  自死者がいないはずなんだけど


     不思議・・・

子どもを亡くした親の心のケアができると考えている人は  

     こころの専門家と名乗るべき人ではない

   悲しみのケアなどできない・・・と自覚している人のほうがやさしい


     できないんだから   

   私の悲しみのケアは お兄ちゃんが生き返ることだけ


       それ以外にはケアはない

     生き返らせてください

     お願いします


それができないなら   
       子どもを亡くした親の悲しみのケアなんて言わないで!!!!!

    

自死した人たちへの愛がない 自死防止や支援活動は 傲慢・・




F1000059.jpg





自殺から自死へ・・という  要望も

     言葉は時代の流れのなかで  変化し
     
 差別的な要因となっている言葉は 今までも変えてきたこと

      なぜ

  自死防止や自死遺族支援を目的として 

   莫大な寄付金と補助金をもらっている団体が反対するのか

       理解に苦しむ

 
   
自死という言葉にしたら  自死が増える・・・って

   なんて  短絡的な発想でしょうか

     自殺 という言葉で表現してきて100年・・・自死が増えてきたことは

     どのような説明をするのでしょうか

    言葉で増えるというならば



むしろ

    自死という表現が広まってから減ってきたように思いますが・・・


   自殺未遂  という 表現も見直そうという動きがあります

     自殺未遂者 と いういいかたは   死ななくて悪いようないいかた

       完成しない人のような表現

    海外のように  サバイバー という表現でもいいとおもう

       自殺未遂者 自殺者 自殺企図  自殺未遂 

         殺すという文字の持つイメージは 


            殺人  と同じ印象があります


      どうして  亡くなった人への尊厳を持たないのでしょうか

       亡くなった人に対して

     自分を殺した人・・・と いっていることです

     自分を自分で殺したのならば   社会的に追い込まれた末の死ではなく

          自分個人の責任です

     死んだ人に鞭をうつような 言葉で  更に追い詰めて

         何が  自分たちだけ
 自死遺族や自死遺児でしょう

      自分で死んだ人の遺族ではなく

  自分を殺した人の「自殺者」のいぞくならば   自殺遺族で名乗ればいい   


 社会的に追い込まれた末に死なざるを得なかった人たち

    自ら死んだ人たち  自死者  の遺族だから  自死遺族


   やさしくない思いやりのない 人たちの 言い分   

    それが 正論として 通る社会なら

       日本に未来はない


  自死した人たちに 恥ずかしくないのだろうか

       恥知らずな人たちだから
      
      死んだ人は自殺でいい

       遺族は自死遺族でいい

        と  意味不明なガイドラインを広めようとするのだろう    F1000057.jpg

くすりに頼らない精神医学  

F1000052.jpg

「くすりに頼らない精神医学」という本が出る
  
  11月15日

 こころの科学 日本評論社 

   私も書かせてもらった

  「自死遺族からの切実な問い」というタイトルで・・・

「うつに非ず」という 講談社 野田正彰著


  私は 
角田市の会議でも発言したけど

  息子はもう帰らないし・・・

    自分の家族はもう自死させない自信がある・・・絶対に


   だから  他人である国民が 精神薬で自死しようが関係ない


     でも  もう死なせたくない

     精神科を頼って 信じて  いる人を 死なせたくない

     そう願って   精神科の医師たちに嫌われても(学会で名指しで批判されている)

          自死防止の推進対策の人たちに嫌われても
  (製薬会社からの寄付金をもらっている有名団体や学会からは批判の嵐)


      わたしは  死なせたくない  そう願って


         その思いだけで   相談も受け 発言もし、要望もしている


    
「阪神淡路」から盛んになった「心のケア」

 「こころの傷」という表現

 「子どもの心を勝手に傷物にしないで!」という声がその頃からあったという

被災者を「きずもの」扱いして
得をするのは誰か

   ネタに困った浅薄な記者と
        「早期治療」の名目で
          医療的介入をしたくてたまらない
        一部の専門家だけ


「きずもの」と認定されると  その先に待っているのは
      投薬

 阪神淡路の 避難所には  当時 「こころのケア」お断りの
    張り紙がされた・・・ところもあった

   

こころのケアの専門家たちのやる気の空回り

     うつ病の過剰診断 過剰投薬

 そんな内容を書いている記者がいる「くすりに頼らない精神医学」の本

 
 
  
プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
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仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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