子どもを亡くした親の心のケアの専門家がいるというが・・・どんな資格の持ち主?

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月曜日は「慈恩寺」法話の会

今日は「つむぎの会」


11月2日「東北過労死・過労自死家族の会」【希望の会】
  11月3日気仙沼の「つむぎの会」
    11月4日「山形の「青い会」


また 新聞に「心のケア」が掲載されていた

 子どもを亡くした親の「心のケア」を専門家が
 (((専門家って誰???)))

ケアって・・・どのようにしてくれるのでしょうか

   子どもを亡くしたという情報を 行政から提供を受けるらしい
 
市役所の戸籍係?
          まさか警察?

県外に引越しした人たちまでも追跡して

     「心のケア」って

どれほど 傲慢なのでしょうか


    県の教育委員会が 専門家たちの賃金を負担するそうだ

    
親を亡くした子どもの心のケア・・・もできないくせに

  子どもを亡くした親の心のケア・・・なんて  おこがましい

      幸せな人たちの「幸せな発想」

   幸せな人たちが復興予算を使い

  悲しい遺族の心のケアをして  人の心を救った・・・という

  満足感に浸りたいのだろうか

     子どもを亡くした親も20代から80・90代までさまざま

      子どもが生き返らないかぎり
              ケアにはならない



       という   遺族の声を全く知らないのだろう

       無知な善意は 悪意のある偽善よりたちが悪い

     批判したり 反対したりできないから


 こんなにあなたたちの心のことを心配しているのに

    どうして拒否するの・・・と 彼らは 遺族を責めるから


   最低  最悪の 心のケア 事業

     そっとして欲しい

  無理に聞き出すものではない

 
 
    お金をもらったけど 使い道がわからないのでしょう

   じゃま  大きなおせわ

      【遺族の専門家】


     どんな資格の持ち主?
  




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精神分裂病が統合失調症・・・障害がしょうがい ろうあ者 などなど 差別的な用語は時代と共に変えられてきました

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 新潟県中越大震災関連死認定基準

  これが 福島の原発も含めて  東日本大震災の認定基準になっている

災害関連死に対する災害弔慰金等と対応

厚労省からの事務連絡の資料


このなかに   自殺 がある


故意(本人が任意に引き起こした)であることだけをもって
一概に関連性を否定するものではなく、次の点を考慮し、判断する
(1)
発作的なものではなく 精神的疾患に基づくもの
*精神的欝状態、自律神経失調症、言語異常等が精神科医により診断されていること
*精神安定剤、睡眠薬等が投与されていたこと
*PTSD(心的外傷後ストレス障害)の診断までは必ずしも必要ではない
(2)
上記疾患が、震災を契機としたストレスによるものであること

(注)
1 上記の基準は、必ずしも、数値によりポイント化できるものではないので、個別に判断するしかないが、著しくかけ離れるようなケースは排除していくこと



 今回 福島  で

 震災と同時に原発の被害にあい  

   農業をしていた高齢者が 2週間後に自死した

 交通は遮断され 食べ物もままならず 医療機関も混乱し

   病院に通院する時間もないままに  自死した


よって  災害関連の死にはならない と判断された


   地震だけではなく 原発  つなみ  避難所の移動の連続

     そんな 混乱時に  どうやって  通院するのだろうか

  高齢者が・・・


精神科にかよっていなくて  精神薬を呑んでいなかったから

    関連死ではない   という 当局


  どうして  目の前の  死んだ人の状況が 判断できないのだろうか


     だれがどうみても  関連死でしょう

地震がなく、つなみもなく 原発もなければ  自死しなかった人でしょ


    それが

      故意の死  勝手に死んだ  ということになるのが

            自死への 無関心からくる 判断


   だからこそ

  自分を殺したのではなく 

社会的に 追いこまれた末の死である

  という  自死の対策大綱 基本法に 記載したように

 死という文字で表すことが必要なのです

自らを殺したのではなく

 死なざるをえない事情に追い込まれて自ら死んだのだ・・ということです

殺すという文字で表す自殺・・・他殺と紙一重だという作家がいる・・・同じ殺すという行為だと・・・

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遺族が遺族の批判をしたりしている場合ではない

 全部は認めなくてもいいから・・・(誰でも 間違いはあるし、考え方も相違はあえう)


   手をつなげられる問題は・・思いを一つにして


    真の対策  実のある支援

      生かす施策  


   ・・・自分たちの満足のためだけの 対策  活動

・・・・金儲けだけの対策  事業

  遺族支援を大々的に謳って

          行政と連携して(講師料をもらって)

     会の開催をして・・・一人? リピーターがいない(1回参加して、傷つく遺族が多い)

    遺族が参加しない・・・誰も来ない・・・

   という 有名団体(行政には有名)

  
  せめて 遺族当事者の団体は

     遺族が安心できる場所を確保して欲しい

  闘うべき相手は 遺族ではなく

    権威を振りかざして、遺族を利用しているところ

   プライドを持って・・・

     闘うべき相手を見極めて欲しい


 自殺から自死へ
   言い方を変えてほしい  という 私たちの要望も

    自死というと  自死する人が増えるかも・・・
        という理由で自殺という言葉に固執する団体
いままで・・・
自殺という言葉で表現してきて

  結果 年々増えてきた のは なぜ?

むしろ 自殺という言葉が氾濫すると

   心が落ち込んでいたり・・・苦しくて苦しくて悩んでいる人たちは

   自殺 という文字を見て  死を連想したり 
        誘われているように感じることもある・・・という

   
精神疾患を抱えている人たちは

     自殺  という  ことばは強烈過ぎて  心が痛い  という


  有名団体は どれほどの意見を聞いたのだろうか


 私は 年間 延べ1万件 の声を聞いている

   それとも  自殺という言葉で 明治時代から表現してきて

    減ってきたとでもいうのだろうか

 自死という言葉を使ってもいないのに  

   増えるかも(かも・・・だから・・・確信はないんだね)なんて・・・

遺族は  自死で

  亡くなった人は自殺

 亡くなった人がいるから 遺族になったはずなのに

   亡くなった人は 自殺  という 差別的用語で

     自分は  自死という表現にしてください

   なんて  どれほど   

   自分がかわいいんですか


亡くなった家族への愛はないんでしょうか


  有名な作家でさえ

   自殺は他殺と紙一重   同じ殺すという行為だ・・と












   

   

精神薬の広告代理店のような学会・・・が増えた

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【角田駅前】


 11月5日に「自死遺族等を考える議員連盟」設立総会
  

 どうして・・・自死予防を推進してきた団体と、
その同じ人たちで構成される
自死遺族支援を目的としてきた団体の二つの団体が

 自死遺族だけで必死に活動してきた 全国自死遺族連絡会の活動の要望の反対ばかりを掲げるのだろうか

1億円以上の資金力で活動している団体が

 遺族が自前で活動している団体の要望をことごとく  
          批判をして 潰そうとしている意味が理解できない


 でも・・・私はつぶれない

   1人で始めた活動が

    今は 遺族だけでも 1600人以上

    連携してくれている支援者も

   様々な専門家や行政・・・専門団体 や 議員
    マスコミ  

 学者などなど
         大勢いてくれる  毎年増えている

   2008年に議員のお願いをして内閣府・厚労省・文科省・国交省・警察庁に要望書を提出したときも

      嫌がらせのように

        同じ日程で 国会議員に自死対策緊急会合の招集をした支援団体

   私たちの動きを察知して・・・急に同じ日程で・・・


・・今回も 連盟の動きを察知して・・・・

 
 

       製薬会社から寄付金をもらっている団体は

         精神薬の問題は触れない


  製薬会社から寄付金をもらっている学会は 精神薬の広告学会と化す


 製薬会社から寄付金をもらっている教授や医師たちは

   精神薬の広告マンとなる

 今日の会議・・・(角田市)

仙台市の会議よりはマシ

  仙台市の会議が最悪・・・

 対策推進ではなく

   仙台市が考えた対策を・・・官民で会議を開いて認める・・・ための時間

 意見は聞くだけ「ハイ・」「善処します」「検討します」
     で 7年間

    善処されたこともなく検討されたこともない


  行政の決めたことを  推進するだけ

 一向に改善されない



  もっともっと・・・声を大きくしつこくしないと・・・

   やるぞー

 負けないぞー

  お兄ちゃんがついてるから・・・大丈夫・・

 長生きして  し続けます


  

   

 

  

明日は角田市

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今帰宅  

 金曜日は遺族の「茶話会」
土曜日は
 保証人被害対策全国会議の分科会

昨日の日曜日は
「むきあう・ささえる・つながる」
自死遺族を取り巻く問題を考える

   東京司法書士会主催のシンポジュウム

 (藍の会の分かち合いを欠席・・87回で初めて・・・反省)


東京に泊まって

   東京の「みずべの集い」に参加している遺族と 話し合い

新幹線~~~~~

慈恩寺の「法話の会」


明日は  角田市の対策会議

野田先生から 電話があり・・・またまた  お願いを付け加え

       著名な野田先生を  「河北新報社」主催の後援にくるというので

  気仙沼まで足を運んでもらい

     相談会を開くことに 急遽決定!!!



     

頭のいい人たちが施策を決めているのでしょうが・・・・所詮 他人事

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昨日は遺族の「茶話会」
 
  今日は、ある大会の分科会

    東北大へ・・・

 原発の問題も  減反(稲作の田んぼ)政策も
 自死の問題も   国民を大切にしているとは思えない  施策ばかり


例えば

 米が足りないから・・・開墾を推奨して、山屋河川敷まで開墾させ  田んぼを広げ

  人手だけでは 間に合わないから  機械化を勧め
   機械化のために 狭い田んぼでは機械が入らないから・・・と

    田んぼを一枚一反の広さに  区画整備を強制的にさせ
       その費用は 農家を今も圧迫している

 きれいなひろい田んぼができたら
     減反政策
   
  田んぼに畑ができ、ビニールハウスが建ち・・・
       
    一面の黄金の実りの秋の風景は消えた

   そして  農家の後継ぎもいなくなった

       今度は

   減反廃止のうごき

  
 机上で 推進する人たちは

    紙の上で実感

   農家は 設備投資や 区画整備の費用の負担  もふくめて
    
      実際に田んぼと格闘している


   稲は作るな  「はい」
   豆をつくれ「ハイ」
   機械を導入しろ」ハイ」
   稲を作れ「はい」?

  
   机上論だけでは ・・・・・ 





 自死の問題も同じ

   学者たち 有識者たちは
    単純なことも  複雑に示すのがすきらしい

  単純なことに真実がある が

      真実は  儲けにならない

 国民の生活や命にかかわることは

   利益抜きで 名誉抜きで
      権威抜きで     やろうよ


   机上論を語る期間は過ぎましたので
     次の段階に進んで欲しい


    そして

  精神薬が人生の万能薬ではない


   精神薬で ハッピーにはならない


 自死問題を  個人のこころの問題にすり替えているが


   こころが落ち込まないような

  心が病まないような


    根本的対策を講じて欲しい


  対策を講じた人は 痛まないからでしょうね

   他人事だから

       

         

「悲しい本」 SAD BOOK 私の悲しみだから。ほかの誰のものでもないのだから。愛する人を失う悲しみ

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ピンクのたんぽぽ


 これから (茶話会)

  「悲しい本」 SAD BOOK

    マイケル・ローゼン作
絵本・・・


     誰にも、
  なにも話したくないときもある。
     誰にも。
    どんなひとにも。
     誰ひとり。
・・・・・・私の悲しみだから。
ほかの誰のものでもないのだから。


笑顔の絵

     これは悲しんでいる私だ。
  この絵では幸せそうに見えるかもしれない。
 じつは、悲しいのだが、幸せなふりをしているのだ。
悲しく見えると、人に好かれないのではないかと思って
     そうしているのだ。

   悲しみがとても大きいときがある。
どこもかしこも悲しい。からだじゅうが、悲しい。

そんなときは、こんな顔だ。
 どうすることもできない。


私はあまり苦しまずに、悲しみをやりすごす方法を
ずっと探しつづけてきた。たとえばこんなこと。

誰にだって悲しいことはあると、自分に言い聞かせる。
私ひとりだけではない。きみにだってあるだろう。

    毎日なにかひとつ得意なことをしようとする。
    そうして、ベットにはいると、そのひとつのことを
    これでもか、これでもかと思いえがく。


     悲しむのは、ひどいことをするのとはちがう。
     私は悲しいのだ、悪いのではない。



毎日楽しいことをひとつはしようとする。
誰かにいやな思いをさせるようなことでなければ
どんなことでもかまわない。




それから、 悲しみについて書くことがある




悲しみは、どこにあるのか?
いたるところにある。
そいつはやってきて、きみを見つける。


      悲しみはいつくるのか?
      時をえらばない。
      そいつはやってきて、きみを見つける。


  悲しみとは何ものか?
  人をえらばない
そいつはやってきて、きみを見つける。



    私は書く:

悲しみはそこ
深くて暗い
ベットの下の
からっぽのそこ


悲しみはそこ
高くてくらくらする
空のように
頭の上

 
深くて暗いと
こわくて行けない

高くてくらくらすると
息が苦しい



・・・・・・・・



 作者:ローゼン・マイケル
画家:クェンティン・ブレイク
訳者:谷川俊太郎
2004年初版  

2005年に息子を亡くし 2006年にNHKのディレクターから頂いた本

  

    

全国自死遺族連絡会は自死遺族による自死遺族のためのネットワークです・・・亡き人たちを愛している活動は亡き人からも愛されると信じている

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  全国自死遺族連絡会は自死遺族だけの    NPO 

                 法人にはしない

   
  自死遺族による自死遺族のためのネットワーク
   1600名以上の登録がある

  その団体が自死遺族の要望として「自殺」から「自死」へ とお願いをしている

 自死遺族支援の支援団体が遺族は自死で死んだ人は自殺でいい・・・という反論を掲げている

    そこには 亡くなった人への愛は感じられない


 もはや 活動の為ならば  自死した命の尊厳を踏みにじっても
           死者に鞭をうつような言葉を使って欲しい・・・という運動をしている

    本当に 自死遺族支援団体なのだろうか  
******
 自殺を受け入れやすい言葉にかえたことで、「自ら命を絶つ」という行為までが
  受け入れやすくなってしまう危険性がある・・・

   自ら命を絶つことのハードルを下げかねないリスク・・ということを
    要望書に記している
*****

    自殺という表現が明治時代に使われだして  

       減ってきたのだろうか
                 増え続けてきたのではないのだろうか

    精神的に弱っている人たちのなかには

  「自殺」という文字は怖い

    死になさいと呼ばれているような気がする  ゾクッとする・・・

       という 声もある

   私は 息子への懺悔のためにも

    生涯を終えるときまでは  自死という言葉に変える

     と    息子に誓っている

自殺という表現でいいという遺族は・・・遺児も遺族も

   自死ではなく   自殺遺児  自殺遺族と 名乗ったらいい


 支援団体も 自殺遺族支援団体と したらいい

     私には息子のまなざしがある
            健一のたましいが一緒に活動してくれている


    亡き人への愛がない 自死活動は  

         亡き人が愛してくれない

自死した息子を愛しているから・・・せめて悲しみを抱えた人にはやさしい自分でいたい・・・自戒の毎日

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かなしい


  自分の行動は 正しいから  相手が不愉快に感じても 
                不愉快に感じる相手が悪い

    自分と関わる人は  自分の言動には「イエス」でなければ  悪口

  自分は  どれほど  人に  迷惑をかけても   
      人に許してもらってあたりまえ


  亡くなった人と  対話してますか?

   なぜ  家族は  自死したのでしょうか


       遺族が遺族の 悪口をいうのは   


     亡くなった人を無視しています


   自死した家族を愛しているなら   

        同じように  愛する家族を亡くした人に  やさしくなれるはず

         はず・・・ではなく   やさしくしてほしい


    それも  懺悔と  供養  


 それとも  自死した家族が

    身勝手に死んだだけで   家族である自分は 関係ないのでしょうか


     関係ないなら  なぜ  自死の問題にかかわるのでしょうか


    自死で逝った家族を愛しているなら

           せめて  悲しみを味わった人にだけでも 

 やさしい気持ちを持ちましょうよ


  自分だけが 人を許しているのではなく

       自分も  人に許されて 生きているんです


   亡くなった人にも  許されて生きているんです


      気がつかないのかもしれないけど

      周りから見たら

            個人攻撃の 悪口は  みっともないものです



   井の中の蛙にならないこと


       自分の顔は自分で見えないけど

       
         歪んでないですか・・・

             目が吊りあがってないですか

    
  


    私も  反省です


    

        


 

悲しみの分だけ がんばるね  愛しているから・・・

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何気なく つけていたテレビが 洋画のワンシーン  シャワーを気持ちよさそうに浴びている画面

     それをみていて  涙があふれた

    止まらなくなってしまった

        悲しくて かなしくて

   お兄ちゃんは  3日眠らず~~~
       最後に シャワーを浴びて  風呂に入り

      死んだ・・・ 想定・・・だが


      そのことが あたまに浮かんだら  たまらなく  切なくなった

   どんな 気持ちで  シャワーをあびたのだろうか

    泣いて泣いて泣いて   メガネを拭うこともせず

   私は何をしているのか・・・恥ずかしく  かなしかった


         健一は なぜ・・・

   呑気に・・・テレビをみて  何をしているんだろうわたしは・・・


   こんな 私は 精神病といわれるのでしょうね   精神科医に


     


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 11月  いよいよ

   自死遺族支援等を考える議員連盟の会合が開催される

     資料を整えなければならない

   
  一人でも多くの議員が参加してくれることを・・・いのります


      内閣府に明日 報告しなければ・・・

   お兄ちゃん  がんばるよ・・・

    愛しているから  悲しい分だけ  がんばるからね

 出来レース委員会  アリバイ作りの会議

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神話の果てに
  
 原発の歴史が掲載されている

35年前からの「出来レース」

安全審査

 
「原発の安全審査は、最新の知見を求めていたのではない。事業者が想定した安全に対し、
権威者が承認したという【はんこ】がほしいだけ」


まとめ役の委員が既定路線の結論を語り【よろしいでしょうか】と承認を得るだけの委員会

  あいかわらず どこでも なんでも同じようなことをしている日本

   自死の対策も同じ

  一部の人の利益と 面子のために

    異論は無視される

   正論は  通らない

   
  一部の専門家の面子と名誉と権威のために

      当事者が「対策が間違ってます」
           「この対策に 傷つき、苦しんでいます、・・・」
          「この対策は見当違いです」
  と  具体的な事例を示しても
         無視・・・聞いたふりだけ

      無視して  自分たちの考えどおりに広める


       日本語が通じない世界


  人間にやさしい社会

     人を追い込まない社会

     人が人として生きられる社会

       
         を 目指す気はないのだろうか


   ないのでしょうね


   自分が満足できたらいい

   自分が被害にあわなければいい


    原発推進派の人たちは  原発のそばで暮らしたらいい


   精神薬を万能薬のように推進しているひとたちは

      自分でも飲んでみたらいい

    表情筋が切れたかのように  無表情な医師は 呑んだらいい

    
 

          
         「

自分が選んで自分の責任において・・・「わかちあい」には参加するもの・・・・・去るもの追わずくるもの拒まず・・・

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絶対的権力をもつ人を倒したとして・・・
 
    その人が絶対的権力を持つ立場にかわっただけだったら

   また同じことが繰り返される

      わたしはならない・・・あの人だから・・・ひどいことをしただけ・・

      そんなおもいは 傲慢である

  
   わかちあいの会に参加した遺族に  他の会に参加しないように

    暗黙のうちにでも 圧力をかけるのは

    民主主義ではない

  圧力をかけてはいない・・と いうけど

     

    行きたくても行けない雰囲気は  圧力と同じ


   そんな会が  ときどきある


   遺族を一人ひとりバス停まで送ってきたり

     遺族同士の連絡を禁止したり

    
選択はその人がする

   自由である   どこに行こうが  誰と連絡しようが

     自分が誰にも気兼ねなく  決めたらいい


   よくわたしも  ○○団体と仲良くしては・・・と言われたことがある

   別に喧嘩していないのに・・

    どのような 距離で 存在しようが  自由

  
   その団体の傘下でもないし なる気もないし


     その人の部下でもないし  そのひとの御世話になっていないし

   迷惑もかけてないつもりだし


    自由

        自由とは  責任も自分にある  ということ


   自分の責任において

    どこでも  自由に参加したらいい


    それが  民主主義国家 

      


        


モデル地域指定の裏側事情

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「自死対策のモデル地域 」 

     と  聞くと  「先駆的な取り組みをしている地域」
             
            というイメージがあります

    が

   
国の対策機関に要請をして、その機関の人材を招き、(もちろん経費は地方自治体ががもつ)

     調査や研究をしてもらう  そうすると 「モデル地域」として

      国の広報誌などに取り上げられる


  たとえどんなに 多くの市民の相談を受け、どんなに多くの市民を救ったとしても

       それは  モデルにはならない


  プレゼンの上手い人や  パフォーマンスの派手な人

    国の対策に沿った活動をしている団体や地域だけ 


 本当に先駆的な地域は  モデル地域に指定されない

    
    いじめは野放し  パワハラも野放し

   追い詰められて 自死しても本人の資質のせい

      殺されるよりは殺したほうが守られる
              正当防衛を主張したら  精神錯乱を主張したら ・・・

          殺されたほうには人権はない

   世の中  ずるいひとが 楽しく  幸せに  生きられる

     大人の社会が  

           子どものお手本

  そしてその子どもが作る社会が  また  子どものお手本


   白色は 黒色がホンの少しでも混じると  灰色になる


    黒色は 白色が少しくらいだと  黒のまま

        ずるいことが  人間の本質


   やさしく 人の迷惑をかけないように・・・育てた


       それが  失敗 だった   と感じる社会

       って 変

  ずーずーしく  ずるがしこく  人を蹴落として・・・

       生きなさい  と育てたほうが良かったのかな・・・と

     おもう 社会に生きているわたしは  ずーずーしく  ずるいかもね


  こんなわたしが   嫌いになる自死対策って

          どれだけ  ひどいのか・・・

     ほんとうに  世の中が嫌いになりそうです

          そのひとたちだけ を みていると


   ずるくて  汚いやつら ばっかり

     そんなやつらの   表の顔だけみて

     善意と信じている善意のひとがおおいのが  情けない

同じ自死遺族として、毅然と凛と生きてほしいと願っています 

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  20数年前  30数年前

     親が自死で・・・

  いまは 40過ぎ  という 遺児


     今の人生が うまくいかないのは  親の自死のせい???という 遺児も多い


 子どもが亡くなって・・・親が その後の人生を 子どもの自死のせいにする・・・遺族もいる


    かなしい


 
 苦しんで。。。悩んで。。。生きていたくて。。。

        苦しみぬいて  死んだ人を  責めるのは  かなしい


  ときどき 私も 「バカヤロウ」と 息子を思う時もある

   が  

 それは  恨んでいるのではなく


      もっと甘えて欲しかったことと(死ぬほどつらい・・・無理だよ・・・と言って欲しかった)

   甘えることが出来ない親でしかなかった 親としての不甲斐ない自分への  苛立ち


   人生がかわった   


 しかし  息子は180度かわった

     生きてさえいないのだから


 自分の人生が思う様にいかないことを  家族の 自死のせいにする


        それを  聞くのは  かなしい


 

   自死したことを  いわなければ  世間は知らない  自死遺族であること を   
     


   自死遺族であることを 知らない世間が  自死遺族だからという理由で

     そのひとの人生に 嫌がらせはしない

  だって  知らないんだから

    
 自分の心が 自分の煩悩が 人間としての業が


  家族が自死したからを
    理由にして・・・逃げ道を作ってはいないだろうか

  毅然として 生きて欲しい 

     凛と    


    生きて欲しい   と 願って います

   

自死遺族でもある柳田邦男氏の言葉 「自殺」から「自死」

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2013:19:7

朝日新聞の夕刊

   「自殺」使わないで    

そこに次男を亡くした柳田邦男氏の言葉もあった


「【自殺】は命を自ら絶つことは悪で、排除すべきだという考えに立つ言葉」
    と話しており

 「いのちを絶つことを是認するということではないが、
       苦しみ悩んで死を選んだ人生も【自死】という言葉で、
  よくがんばって生きたと肯定してあげたい」と指摘している


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   ある団体系列の関係者たちは 遺族は 「自死遺族」
      死んだ人たち「自殺」でいい

     と   主張している  
 
「全国自死遺族連絡会の要望は 自死を増やすことになる」と ・・・ 



   そこは  遺族だけの団体ではない

   遺族だけの団体の要望が

       遺族を支援する団体に批判を受ける意味が理解できない

 遺族支援をしている・・・ということで

    多額の補助金をうけて 行政との連携もしている団体が

   遺族だけの(遺族の会員は1600名以上)団体が要望することに反対する

          とは  遺族支援になっていない


   支援者が考える支援を押し付けるのが支援ではない

      当事者が求める支援に対して  できる限り応えることが支援ではないだろうか


      当事者が 「これが必要なんです」と 訴えているのに


     「それは 必要ありません」と いう 支援者 って  もはや 支援者ではない


     支援者のいいなりに駒のように動いて
      同じ遺族の活動の批判をしている遺族当事者もいるが
     
       自分のプライドはないのだろうか   

  わたしは

     息子が自死したことを 看板にして  生活費は稼がない

   生活費は  別のかたちで稼ぎたい  

   自死遺族という立場が職業になっているのは  はてな???である  
 

       

お兄ちゃんのことが悲しくても、生きることしかできないない・・・わたしの生き方

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 いまも  お兄ちゃんを 愛している

     次男も愛している

  どちらもかけがえのない  子ども


 天地がひっくりかえっても  お兄ちゃんは生き返らない

      わたしは 死ねない


    生きることしかできないなら   息子のために  何かをしたい

            そんな思いで 自死問題の活動をしている


    微々たる活動だが

     やらないよりは  やっていたら 思いが届くかもしれない

       そんな程度 


     いつも いつも 無力な自分を感じて

           苛立つ

       が   なにも できない


    力を貸してください・・みなさん


 連携すれば・・・力が広がる・・・のに・・・なさけない


    人のことなんて  かまっていられないのだろうか


   
 良心をと向き合ってくれたら
      社会は変わるはず

  やさしい人がやさしいままで  笑顔で生きられる社会

  
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明日は日曜日に開催する お寺さんの芋煮会の準備

  30人ほど集まる

 日曜日は 夫も参加


  息子が御世話になっているお寺さんには 恩返しをしたいと思っている



          もう一つの お寺さんにも  いつか

    少しずつ 恩返しをしたいとおもっている  が

          御世話になりっぱなし

       もう少しだけ  甘えよう

   慈恩寺さん  宜しくです

  法話の会は今月は 28日

     子どもを亡くした会は 31日

                   自死遺族のわかちあいの会「藍の会」は27日
                   この日・・・私は 東京です
          (東京司法書士会主催の シンポジュウムです)

                   反省しています    
     
     

おまじない・・・?

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「会いたい」 明石書店  

  自死遺族がそれぞれの思いを様々形で文章にした本

  遺族の会に参加できない遺族に・・・

       語れない遺族に・・・

   死にたいと苦しんでいる人に・・・


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 運気をあげる方法のひとつ


   世帯主の干支のものを  居間にかざる


   夫がいたら  夫の干支

   自分だけだったら  自分の干支

     子どもの部屋には 子どもの干支


イラストでも写真でも 置物 壁掛け  なんでもいい


   犬に関係するものは玄関にはおかない

玄関以外ならどこでもいい


 玄関にはツルがたれる植物をおく


      トイレや洗面所 台所 などに  小さくてもいいので  植物を飾る

     (道端の 雑草でもいい )

    水は腐らせない  


瞑想をする・・・

     ( 椅子に座ってもいい・・・正座でもいい・・・座禅のようにしてもいい)

 丹田の部分に 両手を 上下に合わせて(少し間を空ける) お団子をこねるように回す


  「私のたましいを清めてください」と ずっと唱える

   疲れたらやめる


 夜はやらないこと   日中だけ


  

        
      
 

自分を大切にして・・・惑わされないこと

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私は自分の気持ち・・ということに関しては
       有名な人でも高名な人でも 自分が「?」と思ったら

      納得しない

それは 私の感性だから
     他の人に 私の感情の表現方法を 評価されたくないから


  「悲しみ」について


  こういうふうに 悲しんでいくんですよ

   こんなときに泣いて  こんな時は泣かないように・・・

    葬儀のときは 激しく悲しんで

     半年も過ぎたら たまに 泣いて 悲しみも薄らいで

   1年過ぎたら  涙なんて  見せないものよ


  命日には悲しくていいかもね

    でも いつまでも

      悲しみがあるのは 変ですよ・・・病気かも・・・  


   と・・・幸せな人に指導されるなんて   ふざけんな!です


   わたしは  人は人 と思っています


   いろいろに 噂をする人たちは

      本当に困ったときに助けてくれません

  たとえ 100円たりなくても   貸してはくれません
     笑うだけ

  国家公務員の妻で 若い頃 パートで働いていた時代

  官舎の奥さんたちは 私の悪口
       

   役所で共働きは 「偉いよねあの奥さん」といい

    パートで働く 私のことは  「公務員の妻が パートなんて・・」と蔑んだ

   でも 

    私は思った   お金が足りなくても 世間は 笑うだけ  誰も貸してはくれない
     自分が必要なお金は稼ごう・・・と


   結婚まで 一度も働いたことのないわたし
 (それなりに  裕福だったから、親が働くことに反対した)
   

  でも 足りないときは働くのが普通

     なのに  官舎の奥さんたちは 陰口を・・・散々


    (かわいがってくれた上司の奥さんもいた・・・)



  息子が亡くなってから  も   いろんなことをいわれた


   それが
        わたしの  肥やし  と 思っている

   悲しみも わたしものも  

           誰のものでもない 息子と私

    私の悲しみは 私のかなしみ


  私の悲しみが  誰かに迷惑をかけてはいない   

   悲しみを抱えた私と 交流したくなければしなくていい


   世間なんて無責任なもの

  世間の目なんて  気にしないこと  

  人間として 社会人として  普通に暮らしていくだけ


  

健一を愛しています  彼を喪い   生き方を変えた

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お兄ちゃんの好きな花

 ガーベラとカスミ草

  葬儀の祭壇は 二つの花だけ

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  わたしは

   旅行はいかない  

    化粧もしない(顔色が悪いので口紅をたまに)
 白髪も染めない

    作れなくなった・・というよりも

   作りたくない・・・食べ物も多い

      ・・・興味がなくなったことがたくさんある

   美容院はお高いところに・・・いき  

    化粧もして・・・手も足も つめは 染めて

       香水やオーデコロンをつけ

  ヒールの高い靴を履き

     スリットの入った 洋服を着て

          好きなことをして・・・

    働いたお金は全部使い   贅沢に生きてきた・・・


   夫にも息子たちにも甘えて  親にも甘えて

       飲んで 食べて  遊んで

     でも

   ある日  息子が死んだ

       何もかもが虚しく  死のうと思った


    が  死ぬことも出来ない

     生きることしかできない 


   それから   物質は生きる為の最小限でいい・・・と


  最低限  恥ずかしくない程度に  身を整える
     
         下着や靴下、靴・・・たまーに 洋服も  買う

  生きるということは そういうことだ


      小さい頃から  自分で納得しないと 素直に従えなかった

    え!わたしは そう感じない・・・思わない  と 誰にでも言っていた

(超 わがまま 娘  と 世間に言われていた)


    誰かと同じ・・・は  私の安心ではない

     私は私のこころに従う

     しかし

  尊敬できる 人は  たくさんいる

      自分が 知識も乏しく  能力のないことも 知っている

  自分が納得したら 学ぶ   得ようと努力はする


    自戒  と  後悔  と  懺悔  と  反省    


         の日々


   そこからも  学ぶ


  野田正彰氏の「うつに非ず」は いい

 岡知史氏の「セルフヘルプグループ」もいい

     岡先生の講演記録も 読み返しては 新しい発見がある


  一度に 理解できないわたしは  何度も読み返してみる


    息子がなくなり   知らない世界を知り  学んでいる

         息子は もっと  知らない世界を  知って   そこにいる

   生き方を180度変え・・・生きている  わたし

        

自分の体験を信じよう・・・忘れていくなんて説は信じないこと・・・忘れたいならいいけど

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いぞくもそれぞれ・・というけど

  わたしは   健一のことは 忘れない   


   顔も声も 昔ならいざ知らず

    今は 自分が見ることに耐えられたら
  
  ビデオもある

   携帯の動画もある


 自分の体験が真実

  本に書いてあることや誰かの講演は

     自分の経験ではない

   健一と私の事は  本の著者にはわからない

     有名な論文にも書いていない


   本に・・・「○○から忘れるていく」と書いてあれば  自分も「忘れていく」と思うのだろうか


  講演で有名な人が「○○から忘れていく」といえば

   自分も「忘れていく」と納得するのだろうか


   私は 健一の全てを決して忘れない


   生まれたときから  結婚して   死んだときまで

    決して

   つらいけど   声を聞きたいときは  DVDを見る

    携帯の留守電を聞く

   それが つらくて出来ないときは

    心を静かに  健一と対話をする

   


   
  8年になろうとしているが   
               今も激しく悲しい

     「かぁちゃん・・・」と  低い声でゆっくり と 息子は話す

  
   私と息子のことは・・・だれもわかるはずがない

       人は人   私はわたし

    あれから  心の底から 楽しいと思ったことはない

        夢をみる
           匂いを感じる

   気配を感じる  声が聞える  


    元気で明るいけど   いつもいつも 健一がいる


    忘れるなんて・・納得しているとしたら  
              私は理解できない

  納得しないなら  体験したことのない人の話なんて

       どうでもいい


   子どもを愛しているなら   そんな説は 

        蹴飛ばして欲しい


   どうして  経験したことのない人の話を信じるのだろう

 だから 海外では もはや信じられていない「グリーフケア」が日本で

     もてはやされ・・・遺族は傷つきながら も 納得をしてきたのだろう

   
   私が  こうして  書いているのも  私の経験
      
     みんなが同じではない

   でも
 
  自分のこころ・・じぶんのきもち  自分のせいしん

    自分の体験 を  信じて欲しい


  他の誰かの・・・説ではなく


   遺族とは・・・を 教えてもらう必要はない 

  遺族とは・・・・こうなる・・・こんな経緯を辿る

         そんな話は信じなくていい

   自分の精神は 自分が専門家


     自分の悲しみは自分のもの

 自分が生きているんだから  自分の力で 

一人ひとり違ってあたりまえ・・・それぞれが大切ないのち

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データーって面白い

 100人に1人が統合失調症  100人に5人が発達障害

   その他の病気も合わせると  全員が病気

   すごーい

   

   病気を探して 苦しんでいたらもったいない


   原因があるなら・・・取り除いたらいい


    取り除けないことなら   自分の考えを変えてみよう


 思い通りになることなんて ほとんどない

   なにもかも思う様にはいかない

  それでもホンの少し 上手くいくときもある

     感謝


空を見よう 木々を見よう 野草を見よう

    宇宙を考えたら 人間なんてちっぽけ

   人生なんて あっというま


    深呼吸をしよう ゆっくりと・・・


    人間は一人ではない   

          悪いこともいっぱいだけど

     いいこともある


    息子が死んで  悲しみでいっぱいだけど

 
   花をみてきれい・・と 一瞬でも思う気持ちもある

    美味しいと感じる気持ちもある


    けっこう  心は深いかもしれない とおもう

怒りも収まり 嬉しさもおさまり   苦しさも・悲しさも・怒りも・・・

   たくさんの感情が 詰まっている こころ

       
    息子が亡くなった時は、悲しみだけで溢れていたこころ

      グチャグチャと・・・悲しみと怒りと寂しさと苦しさが入り混じっていた

   ゴミ屋敷のようなこころ

    8年・・・様々な感情を少し 区別して 整理・・・

          そしたら  そこに  笑う気持ちも  美味しい気持ちも

         チョコンと座っている

  まだ  ホンの少しだけど  
                

    昨日は 園芸番組で見た花が欲しくて  買ってきた
         3鉢も・・・

  お兄ちゃんにも・・・花でお釈迦様が見えなくなった

  
   何々が欲しい・・・とおもう 気持ちが少し戻ってきた


     私は   病気では無い   

         健康

  
 感情があることは生きているということ

      それぞれに得手不得手がある


  人と比べないこと わたしはわたし   人は人


   歌にもあるように  たった一つの花 一人ひとり違ってあたりまえ

             それが人間

  データーでは表されない・・・それが人間のこころ  


     
  


  

正常な精神状態ですか?精神科医のみなさん

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 おとなのトビラという番組で  子どもの心の病気について放送していた

最初は まともな内容だった

 しかし 途中から ある小学校で 心の病気について講演している精神科医の話を聞いていたら

    気分が悪くなってきた

         早めの精神科に行けばなおる・・・ということを話していた

   100人に1人がかかるのが「統合失調症」らしい

       昔の「精神分裂病」である

    うつ病も小学校から・・・って

  12歳から 1日20錠 今16歳で 45錠

   死にたいというのが増えたそうだ

      暴れたりするという

   どうしてこんなにも  5歳とか7歳とか 10代で20・30錠も
飲ませるようになってしまったのだろう

  向精神薬・抗不安薬・抗うつ薬  

   脳神経に作用する薬


      文科省も厚労省も  医師会も 臨床心理士会も


         子どもに こんなにも安易に精神薬を飲ませて

       

自分たちが飲ませている
   子どもたちが将来普通に社会生活が営めると・・・いえますか


子どもだって     不安になることもあります

  眠れないときもあります
              気分が落ち込むときもあります


  飲んでいて 良くなるならいいけど

  悪化したら  本人のせい   


          自分の子どもにも飲ませられますか?先生


 精神薬で元気に幸せにはなりません


    精神薬を呑んで  元気に明るくやる気満々な人はあまり見たことがない


   今日のテレビの精神科医・・・顔がきたない  いいお顔ではない
     
       ブスとかではなく  

最初に出ていた 医師は まともなコメントだった

    子どもを精神病にしてはいけない
      作ってはいけない

    精神薬を呑んで  悪化して  苦しんでいるひとからの相談が多い

  精神薬という闇が日本を覆って  日本を潰してしまいそう

       製薬会社は 儲けたらいいんだから
 
        一生をくすり漬けで終える人が増えるばかり

  30錠40錠なんて・・・正気の沙汰ではない

     処方している医師が狂っています


    処方している医師が精神薬を呑んだほうがいい



  コマーシャルも・・・番組も・・・

    こころ・・・うつ・・・うつ病 が増えてきた

        マスコミの人たちはきちんと検証して放送してほしい


     責任は大きい


  どうしたら  子どもたちをクスリから救えるのだろう


    お兄ちゃん おしえて


            

精神薬を飲んで 幸せになるなら   ジャンジャンのめばいい   そのうち製薬会社に殺されるかもしれないわたし

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11日は遺族だけの「茶話会」

精神薬について


 私の息子は死んだ・・・だから 本当はどうでもいいのかの知れない


 今日も精神薬に疑問を持たない人が参加した


    その人のことを どうでもいいなら   何にもいわないほうがいいとおもう

嫌われたくないなら  何にも言わずに  飲んでどうなろうが  関係ないと

       思って 活動していたほうが 利口


今日もいわれた

 もしかしたら  製薬会社に 殺されるかもしれない


    って


   そんな影響力は私にはないから   大丈夫だと思う


    けど


  もう少し 影響力が大きくなったら

  私は  製薬会社に殺されるかもしれない


    それが 世間 それが 世の中

    いまでも 自死の対策を担っている  精神科の教授や 団体が

    権威を振りかざして  圧力をかけている

   私が  変だと

  でも

   私は 何の利害もない


   年金で暮らしているし

    どこからも  寄付金はうけていない  個人からだけ

    報酬もうけていない

   講演の謝金は会に寄付

生活の金は 夫の稼ぎがある


    わたしは 活動で  生活はしていない

  生活の資金を活動から調達すると

   たましいをうるかもしれない


   私は息子のまなざしが怖いだけ


    息子の意見が気になるだけ


   金のために信念は曲げない   

息子のためにも



夕日



日本人は 日本は先進国だとおもっていますよね

   全てにおいて

 それは 間違いです


   すくなくとも

 精神科医療においては   30年遅れているといわれています


 日本人が知らないだけです


 工業や 外科  手先の器用さでいったら  日本はすごいのかのしれない


  でも

      権威が好きな人種で数えたら

          先進国では  ダントツ一位

    中味ではなく 権威が全て


 そして  あわせる


 たとえ   違っていても  「そうですね」と

それが美徳の世界


 でも   心は自分のもの

 医師の、ものでもなく  自分のもの


   クスリを飲んで  元気になっているなら

   ジャンジャン  のめばいい


   やる気満々に なるなら   たくさん  精神薬呑めばいい


   私と同じように息子を亡くした母が

   今も精神薬を呑んでいる


    私は 飲んでいたけどやめた


   その人は8年の今も飲んでいる


   私は  悲しみはあるけど  元気

 幸せでは無いけど  元気
     その人は  今も精神薬で   浮き沈みが激しい
 
私からの連絡にも・・・でない

 メールの返事もよこさない



自分が発信したいときだけよこす


    一方的に

       でも  気付いていない

それも  その人    


   悲しいし  残念  


だけど 仕方がない


   

頭痛や肩こりも「うつ病」???テレビのCMで流れている  眠れていますか?では患者が足りない?

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今朝もテレビのコマーシャルで流れていた

   頭痛や胃痛、肩こりの痛み   心だけではなく身体の痛みもうつ病 

    と・・・・最近多く流れている

眠れてますか?眠れてなければ「うつ病」

    では足りなくて    更にうつ病を増やそうとしている

製薬会社のCM

  怖い

日本人の全てをうつ病にしないと満足できないのだろうか


  日本を滅ぼすつもりなのだろうか

    動けなくなり・・・気力がなくなり・・・意欲もなく

    けだるく・・・働けない

     思考力が鈍くなり・・・攻撃性が突発的におこる


   そして  心不全も多くなる・・・

  眠れない原因を・・・具体的な原因の解決を・・・

     昨夜 寝たのが3時~~~

  眠れなかった・・・引きこもっていたから?昼寝をしたから?コーヒーの飲みすぎ?

         今朝起きたのが・・・6時

  私にしては珍しい(朝早く起きるのがしんどい)

     それにしては・・今日は眠くない!
 そんな日もある

1日中・・寝ても寝ても・・・眠いときもある

     仕事があるわけではないので  その時の身体の調子に合わせて生活している

  しりあいの教授は  毎日3時間の睡眠らしい

     眠れなければ本を読んだり、パソコンをしたり・・・映画をみたり・・・

   睡眠が少なくても、    頭痛も 肩こりも うつ病ではない

  製薬会社の宣伝に惑わされないように

   化粧品も惑わされないように・・・色黒から色白にならないから

     まだ 食べ物で 身体を健康にして・・・からだの中から変えたほうがマシ 

  落ち込みも・・・ビタミンB類を多く摂取すると改善される

   ガンの抑制効果は ビタミンCという説もある

 二日酔いを軽くするのも  ビタミンC

   アトピーに効果があるといわれるのは  黒ゴマ   
 風邪の予防にも カルシウム  怒りの抑制にもカルシウム

   まだまだ たくさんある

  精神薬を呑んだり・・・高い化粧品よりは

   食べ物を美味しくたべたほうがいい

  儲けるための営利企業の会社の宣伝は  利益の為だけ

        利益をあげる為なら  何でもあり・・・それが会社

  そこに 人への愛があるかどうかは  購入する側が見極めること


    いのちは失われたら・・・戻らない

     誰も責任など取れない

      責任の取りようがない

    生き返らないのだから

   
      

・・眠れないというのは全く寝ていないというのとは違う・・・ 究極まばたきした瞬間にも人間は寝るらしい

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 何らかの原因で睡眠不足が続いても・・・

     睡眠剤は呑まない方がいい

  20歳のときに内科に行って、不安を訴え眠れない日が続いている・・と伝えても

   その医師は、寝ようと思わないで・・寝なければ・・
       三日も一睡もしなければ 眠れるから・・・瞬きした瞬間に寝てるから・・・

    心配ないよ・・・と言った


  息子が死んで 精神科に行ったら・・すぐに睡眠剤を処方された

    申し訳なくて(眠ることが・・・むすこに)睡眠剤を飲むことを拒否したが

     家族に飲まされた・・・時がある


    寝ない・・・身体は眠いのに・・・精神が勝つ

      寝ない!!ときめているから

   睡眠剤の頓服を飲んでも寝ない・・・身体はフラフラでも・・・

  そして 寝かせようとする家族に抵抗して暴れた

    向精神薬と抗不安薬の処方されていたから

   夜は暴れまくっていた

 暴れて疲れて・・眠る・・・そんな毎日だった

    と・・・おもう

  その後に 記憶障害が起きた
   記憶が飛んだ・・・・記憶が全くないことがあった

  1時間ほど~~~

 クスリを飲んだ事は覚えているが・・・
     ハッと気がついたときの行動に結びつく時間の記憶がなかった

  抗不安薬で胸が痛いという症状は消えたが・・・悲しみは消えなかった

    胸の痛さは(悲しみで)いまもあるが

     ホンの数分だから  何とかなる

 頭の中にもやがかかった状態は  消えたときに わかった

   もやがかかっているのかどうかは  消えてみないとわからない


   今は 安易に 睡眠剤も出しすぎ

     精神薬の呑みすぎ  抗不安薬も呑みすぎ
   
   それは 医師を信じているから

   最近も 精神薬の犠牲者だと思う自死があった


    最近はないかの医師にも うつ病発見を推進している

    怖い

  日本の精神科の医療の現実を知るべきだと思う

     製薬会社がスポンサーの学会 


   製薬会社がスポンサーの講演会


 製薬会社がスポンサーの研修会

   製薬会社がスポンサーの海外への学会への参加 

       最近はコマーシャルで 「うつ病」 を 啓発をしていた

   専門医に行きましょう・・・と

製薬会社がスポンサーで
     医者に行くようにすすめるコマーシャルがおおい


   クスリの在庫処分に日本が選ばれたのだろう

     国民が賢くならないうちに   売ってしまおう・・というのだろうか

   元気に生きようと思って 精神科にかかり  悪化  自死

     それも 国の対策に従って

    それを信じて  行くように紹介した人たち全員の責任が問われる

     製薬会社は 対岸の火事の見物

   責任は 医師や 保健師や カウンセラーや 遺族が・・・

     今は遺族以外は  善意の行為として 精神科医を推進している人たちがほとんど

   自分たちの無知に気付いたときに  どんな反応をするだろう

     知らん振りして
        私たちの意見に賛同するのだろうか

       多分そうだろう
  
悲しみが精神科で治るわけないわよ・・・

       と  いう人が増えてきた


        が  遺族外来が今も繁盛している

 

            


    

  

不登校や引きこもりは個人の精神的病ではない 向精神薬では解決しない

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不登校や引きこもり・・・って 病気?

  違います

 
幼稚園のときから引きこもり・・・そんな子どもはほとんどいないはず

 人見知りはしても・・・お話は苦手でも・・

   小学校・・・不登校  中学校・・・不登校  高校・・不登校

       引きこもり 社会人・・・引きこもり


     いろんなケースがある・・・

  原因も何もなくて・・・元気にいっていた学校や 職場に 行かなくなった

      ということはありえない

 ただ なんとなく 行きたくない・・と言っても

        何か原因がある

  その原因が 取り除けるものなら取り除き

       自分に原因があるなら 訓練や考え方を変えて取り除く


    原因を解決しようとしないで

   精神薬の投与って・・・どんな意味があるのか聞きたい


      精神薬を呑んで・・・不登校が解決するのでしょうか

    引きこもりが解決するのでしょうか


        するわけがない!!!!!!!


本人の精神病のせいで引きこもりや不登校になっている・・と宣告しているようなもの

 本人を更に追い込んでいる

  問題はあなたにある・・・と本人の精神的問題に摩り替えているのが精神薬の処方という形


 10代で脳神経に作用する向精神薬や抗不安薬を呑んでいたら・・・
   脳神経が破壊される

  感情の起伏が激しくなったり・・・感情が出せなくなったり

    いつも・・・ボーっとして だるい 眠い  人と話したくない

       深く考えられない  歩くのもおっくう
 
   そのうちに  薬害性 統合失調症

      運動が出来ない  やる気が起きない 無力感  脱力感 けだるい


 記憶障害  

   最悪は自死

    たまたま  なにかの原因で引きこもっただけなのに


  せいしんしょうがいしゃになってしまう


   うつ病が増えたのではなく   精神科医にうつ病にされただけ

  引きこもりが うつ病や 不安障害 対人恐怖症 発達障害 双極性障害

      にされてしまう


 生まれつきではないとしたら

    精神的な問題は必ず原因がある

     原因を解決しなければ  永遠に解決しない


 さまざまな問題を 個人の精神病に摩り替えて

     精神的な病気が増えた・・・増えた・・・というのは 偽善です

  社会にあるさまざまな障害を取り除き・・・人が生き易い社会にすることが

     現代社会のはず


  個人の問題にしないで・・・個人の気持ちを尊重して

      解決してくれる専門家がいるのか?

   少数ではあるが  いる

   しかし・・本当に一握り 

 だから・・・当事者は正しい知識を得ることが大切

    




   

8年過ぎても初心者コースの自死対策の人材育成講座

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5日は気仙沼

   子どもを亡くした親の会がどうしてもお母さんだけに偏るので

      飲み会?(食事会?)を開催

 男が8人女が7人 場所が海の前で残念だったけど(震災の人が多い・・・)
      料理は美味しくお酒も美味しく 
  遺族のお家にもお邪魔して・・・参加しないご主人ともあって・・・

    1年に一度は 開こうか・・・ということに


   気仙沼は健一が警察署に勤務したことがあり
   独身最後の赴任地で・・・何度も私たち家族もいった

  一生懸命仕事をして・・楽しそうだった

    まさか  それから 5年ほどで 自死することになるとは・・・本人が一番ビックリだろう


   気仙沼に行く前日 4日 内閣府主催の会合

    ブロック会議という名目ではあるが
      講演会と研修会???

  シンポジュウム?

      初心者コース研修?


 行政の担当者と保健所の保健師や いのちの電話 や  ボランテイアの遺族支援団体

    精神しょうがいしゃのデーサービス事業団体

  内閣府の参事官補佐をはじめとして行政は全て初心者  


  なぜなら  移動があるから  

  長くて3年 普通は2年で移動

   そして「じさつ」の連呼


    研修内容も初心者向けだけど・・・

     参加者も リーダーシップの取れない人たちがほとんど

  コーデネーター を学ぶ はずが

    コーデネートができない人がほとんど

      バカバカしくて 


 こんな人たちが 県や市の代表?

  地域の自死問題のリーダー?

 問題外です・・・・論外

   国への要望書に付け加えます

税金の無駄遣い

   もっと やる事はある!!!

  遺族のこれまでの活動は・ 講師の主張と100パーセント同じ

   遺族が いかに真剣に自死の問題に取り組んできたかが証明されたという点では

           ブロック会議は 成果があったかな

     みんな 他人事

    自分たちには関係ないと思っている


   私もそうでした・・・8年前までは



本物よりも本物らしい演技~~がある。見た目でこころの判断はできない

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「こころ」は誰にもわからない

 笑顔をみたら  そのまま受け取り

  沈んでいたら  そのまま受取る

   「演技」というものがある

  映画があり  迫真の演技 

  まるで 本当のように  演じる

     そんなことが出来るのが人間

   それなのに  どうして 見た目だけで 判断するのか不思議

   精神学者や心理学者 心の専門家と自負する人たち

 精神科医・臨床心理士


      その人の心がわかる・・・はずがない

  演技を見破れるのだろうか

   少なからず 人間は演じて生きている


  全てさらけ出して生きているのは 赤ちゃん?

        邪念とまでいかなくても  多少 人の目線は気になる

      人の判断は気になる

自分がかわいい  自己顕示欲もある


    苦しんでいても 全ては他人にさらけ出せない

  としたら

   その本人が話したりその本人の行動や仕草をみて  判断するだけに過ぎない
 
     誰にもわかりはしないのが「こころ」


   自分の心もときどきわからなくなるときもある


 本人にすらわからない「こころ」がわかる・・という人がいるが


  その人の「こころ」の一部でしかすぎない・・と わたしは思う

   こころの一部がわかったから・・その人の「こころ」の全てがわかったというのは
       傲慢であり 間違いである


 わかるわけがない

   完璧に演ずることが出来るのが人間だから

    本物よりも本物らしく演じて・・・感動を与えたりしている人たちが

        大勢存在する   


     家にいるときと
              外にでたときは雰囲気さえ違う


  だからこそ 心の専門家を自負する人たちは  話してもらえる雰囲気を作ることが
                       大前提にある

 精神科の医師も カウンセラーも

    話してもらうことで  情報を得る

   目の前の 人にたくさん いろんなことを話してもらい

  その中から  問題点や原因を探っていく

  その人に合った 解決方法も・・・

 それが プロ 


   専門家
         とにかく 話してもらうことを どれだけできるか

          が  治せるか治せないかにつながる

話してもらう事は

   検査 データー収集

それが 精神医療


   その人の心の専門家はその人自身

  万人の「こころ」専門家は存在しない

          

製薬会社からの寄付金や補助金を多額にもらっている人たちが推進する自死対策~~精神科につなぐ

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野田正彰氏の「うつに非ず」を読むと・・・
     納得することばかり

  
 私は 思い 感じる


   精神科医療にかかり・・・精神薬を少なくとも呑んでいる人たちは

    病気の勉強に熱心

 自分の病気に関する情報を得て学ぶ


???とおもう

しかし

  著者を信用して大丈夫ですか?

  海外の文献を読めるほどの語学力を持つ人は そんなに多くはない

 日本の ダメダメ医師や教授の翻訳書や論文を読んで

            うつはこうだ! 双極性障害はこうだ!

    だから・・わたしの病気は・・・これだ!と決めるのは

            大丈夫でしょうか


   だからこそ  本当に信頼できる医師や 教授を知ることが大切です


    本物をしること・・・

  発達障害支援法


この法律において「発達障害」とは

  自閉症 アスペルガー症候群 広汎性発達障害 学習障害 注意欠陥他動性障害 その他
   これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの

     とある


発達障害が脳機能の障害といえるかどうか、確定しているわけではない。

 相当数の人が認めている説ではあるが、あくまでも仮説である。
しかも「発達障害」の概念さえ曖昧である

 と野田氏は記している

WHOのICD-10 (精神および行動の障害分類)では広汎性発達障害(アスペルガー症候群を含む)は
「心理的発達障害」に含まれているが、注意欠陥多動性障害(ADHD)は
「小児(児童)期及び青年期に通常発祥する行動及び情緒の障害」に入れられ、
   発達障害に入っていない。
 アメリカ精神医学会によるDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)では
   改定のたびに定義が変わってきた

   それを日本の法律において

一括して脳機能の障害と断定したのである


  法律が医学上の仮説を真と決めたのである  と書いている



   発達障害に対してのクスリの投与の問題についても記している


  
  人間  手作業が苦手な人もいる

   話すことが苦手な人もいる

       同じ作業を続けるのが苦手な人もいる

     笑顔が出来ない人もいる

   数字が苦手な人もいる


     逆に得意な人もいる

 人はみんな同じように出来なければいけないのだろうか


     得意なもの不得意なものがある

  それが多い人も少ない人もいる

       だれが  人間の能力の普通を決めたのだろう  

  平均的な人間のモデルは誰?


 子どもが好きな人もいれば  嫌いな人もいる

     賑やかなことが好きな人もいれば  静かにいることが好きな人もいる


   生活をしていく上で 誰かに迷惑をかけなければ それでいい

       犯罪を犯したりしなければいい

     様々な 人たちがいて  世界は動いている


  個性重視といいながら  日本は 個性を重んじていない

       同じ方向を見ることを求められる

 人と同じことを求められる

     同じでないと不安なのだろうか

 自分は自分  自分の家族は家族

    人は人    価値観もそれぞれ

 みんなが感動しても自分が感動しないこともある

   ピンポイントで 得意な分野もある


平均的な人間ばかりになったら

  世界はどうなるのだろう


 大人の分身のような子どもは・・・???

 子どもは子どもでいい

      子どもでいられる時間は少ない

   出来ないことがたくさんあっていい

 我が家の夫は
  今なら  他動性障害  
     授業中 たって歩いて 人に注意していたらしい

でも  中学になってから  それはおさまり  公務員になった


     私は  賑やかなのが好きなときと 

           人が苦手な一面と 自己主張が強く 大人には従わない子どもだった       


   今なら  問題児  発達障害

      発達の段階はそれぞれ違う

 身体もだが  気持ちも  違う

    
   日常の挨拶や 生活の作業 顔を洗うや洗濯掃除の仕方などは
     
 訓練  繰り返し  身に付けさせる  

      子どもたちが精神薬を呑まされていることが  おそろしい

 脳に作用する麻薬のようなクスリを子どもに処方する医師は  

          悪魔に見える  


 自分の子どもには処方しないくせに

      他人の子どもには平気で麻薬成分の含まれたクスリを処方している

惑わされずに 正しい知識を学んで欲しい





         

今も息子を愛している・・・だから今も深く悲しい   でも元気

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 遺族本人たちが 運営する「わかちあい」の会

 「遺族支援の専門家」と自負する人たちが運営する会


  両方存在している地域は・・・自助グループに参加する遺族が圧倒的に多い


  著名な遺族支援の専門家という人の講演にも  遺族はあまり参加しない


   遺族は有名な人に会いたいのではなく  遺族に会いたい


       同じような遺族に会いたい



 だから・・・・様々な出会いの中で・・・「実は・・・遺族です」と

  告白されることが多い


      主人が遺族だと知っている息子さんを亡くした人が

   有る会合で主人に声をかけた・・・


   普通の話しをしただけだったが・・・その方も主人も・・・共有できた(悲しみを)


      と・・・話していた


    そんなものだろう

       同じ悲しみを抱えた人が、そこにいる・・・それだけで空気が違う


   遺族は頑張って生きている

   世間の幸せな人たちに合わせて生きている

      笑顔で・・・元気に明るく生きている


    その胸の内に「悲しみ」があることは 誰にも知られることなく・・・

      気をつかい・・・幸せそうに生きている


    そんな時・・・フッと見たら  そこに同じように悲しみを抱えた人が
     明るく振舞っていた・・としたら

    声をかけ・・挨拶をするだけで  気持ちが和らぐはず


     声をかけなくても・・・その存在を知っているだけで

            胸がいっぱいになる   頑張れる


  笑っていても・・悲しみがあることがわかるから



  どうして遺族が来ないんでしょうね・・・と 支援者はよくいう

   


 遺族が来ない理由を説明しても  改めようとしない


      こんなに 一生懸命遺族のためにやってあげているのに

      どうして参加してくれないのか・・・という



  もともと遺族が参加しない団体の会と連携している行政も

   何を考えているのか・・不思議


        遺族は  参加しないことで「ノー」といっている 


  私が遺族であっても  遺族に教わりながら・・・学びながら

    会を続けている 自戒をしながら

   亡き  息子に聞きながら 


   遺族支援の専門家・・と自分でいえる神経が 理解不可能


    遺族支援の専門家  って・・・どんな資格者?


   遺族支援って・・なにしてくれるの?



  悲しみは 愛していればこそ  深い

      今でも悲しみでいっぱい


  でも生きている  悲しいけど生きている


    悲しいけど  笑うこともある

悲しいけど  夕焼けをみて きれいと思うこともある


    悲しいけど 美味しいと思うこともある


 お風呂にも入りたいと思う

  何を着ようか思い惑うこともある


      美容院にいったり  病院にも行く

    生きているから・・・


  悲しみはあの頃と同じ


   いまも 胸が苦しく 痛いほど 悲しみがある


 息が出来ない悲しみに襲われるときもある


 それは 息子を愛しているから