幸せにしてくれるかのような錯覚をおこす魔法の言葉「心のケア」 

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子どもを亡くした親の集い「つむぎの会」26日終了し 27日遺族の「茶話会」が終了(今月)

24日は東京 泊まって 25日帰宅 


     最近不思議の思うことがある


 ホームページを作成して・・・そこに相談機関を掲載するだけで
 
     自殺対策緊急補助金がでる


有料のページ?  それでも1万円もあれば大丈夫

    どんな経費がかかるのか わからない


 自分たちで無料サイトを利用すると 経費は必要ない


     はず


 相談機関の掲載だけ   で  どんな経費が???

       有名団体のネット相談・・・数百万円かけて 作った

    ネット相談をするって   そんなに費用がいるもの???

  誰が 経費を数百万円も受取るんだろう

   普通に行けば30万円程度の アメリカへの研修 100万円の経費

  ホームページ作成 費用  100万円

   シンポジュウム1回開催  数百万円


    全て税金 補助金

   
こころのケア という あいまいな ケアで 数十億円の税金が毎年使われる


    新聞で・・・声の調子で 心のケアが必要か判断する・・と載っていた

   それで  ケアって  何をするのか・・・は 具体的なことは載っていない

        心のケアって  どんな心の状態にどんなケアをしてくれるのか

              という 研修はない

     あいまいな 心のケア

        具体的な説明のない 心のケア

   心のケア・・・人の人生をを救うかのような 響き

       幸せにしてくれるかのような 魔法の言葉


    心のケアをしているという人に 救われたことはない  一度も

  むしろ・・・私のほうが元気

     死ぬほど苦しい 助けてくださいと 求めても 無視した人たちが

   心のケア グリーフケア  癒しの伝道師 をしている

    補助金で


   あいまいな喪失ではなく

  あいまいな 心のケア あいまいなグリーフケア あいまいな支援
あいまいなカウンセラー 

 あいまいな 対策  

   
   人の死はあいまいではなく 現実です

      遺族は現実の中で生きています

     必死に


   適当な、いいかげんなお遊び感覚で 遺族のケアって言わないで欲しい



    自死防止対策 も 支援者同士の褒めあいではどうにもならない


     褒めあって・・・ケアしあって・・・

   幸せな人たちがより一層の幸せと人生の満足感を得るために 活動しているようでは

       自死は減らないし・・・やさしい人は追い込まれるだけ


 ずるがしこい人たちが  幸せになる世の中なんて 狂ってる

          
      
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追い込んだ人は笑うだけ  愛している人が悲しむだけ  生きてください  死なないで!

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7年前は
自死遺族の自助グループ

   公開しての活動
  
           国も県も市町村はもちろん 
    自死という問題にかかわっていたほとんどの人たちにとっては             
       想定外のことだった

 それは仕方がないとしても

  実際に自助グループが公開して活動をしても 認めようとしなかった
   
       認めようとしないだけではなく

          批判をして、蔑みをして 活動している自死遺族を潰そうとさえしたことも事実

  自死遺族が中心になって活動するなんて  許せなかったのです

  あくまでも 自死遺族は 支援担当者の活動の道具であって欲しかったのでしょうね


   支援者の思うように 行動し活動していれば 納得したのでしょう


   今は 自助グループ活動が認められてきましたが

       まだまだ 認めていない県もあります

  自死遺族をどんな人たちだと思っているのでしょうね


      不思議な思考の持ち主たちです



  うそのような本当の話


   自死遺族が活動していなかったら

今頃は  


 自死があった家族であることを  民生委員や町内会長 交番 や 学校 保健所等々で

       共有して「見守ること」が 対策として実行されていたのです

そのためのモデルとして 地域限定で 実際に実行されていたことがあります

    郡部の過疎地の高齢の自死遺族を対象として・・・

  県や市の会議等で報告されています

 それが 国にも報告されています

    私たちの知らないところで 個人情報が 国の自死対策だからという名目で実施されていたことは

     関係者間では周知の事実です


   「見守る」といっても

  訪問して「自死した家族がいますよね・・・何かあったら相談してください」
    というだけです


  何回訪問して、どんなことを話して、どのように遺族が元気になったのかを会議で報告していました


   作り話ではなく
     本当の話です

   その方法を 全国の自治体で実行しようとしていた矢先に  

   自死遺族が自助グループ活動を広げたことは 彼らには驚きと同時に 邪魔だったのです


     遺族が声をあげる事 自助活動は 自死への差別や偏見をなくする上でも大切なことです


    悪いことをしたわけでもなく、勝手に死んだわけでもなく

     追いこまれた末の死だということを せめて遺族は 思って欲しい


     世間がどのように思おうと 遺族は 故人のせいにしないで欲しい


      死にたくて死ぬ人はいないのです


  誰もが  生きていたいのですから


  
    そして  生きていてください

 生きてください  

      死んだあなたも苦しんだけど   遺された人も一生苦しい


    追い詰めた人は苦しまない  追い込んだ人は笑って生きている

      
    あなたを苦しめ追い詰めた人たちは  悲しまない   


  あなたを愛している人が苦しむだけ


  







自死遺族の心身に起こる症状や感情の説明を自死遺族の前で語れる支援者って 支援者なの?

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午後から東京


 
   いつから 誰が 自死遺族の 心身の症状をマニアル化したのだろう

 なんのために

 おそらく 悲しみから来る 眠れない  不安  落ち込み  食欲がない

        身体的症状を  精神病と判断するための基準を設定したかったのでしょう

 その設定基準に沿って、相談に訪れた遺族を精神科医につなぎ、「精神薬」を処方する支援を
 遺族支援の柱と考えた結果でしょうね


   悲しみから来る  不眠 食欲不振 落ち込み  は 精神病ではありません


 人間らしい人間としても普通の精神状態です


   子どもを亡くして  食欲があり  気分は楽しく  やる気満々  グッスリと眠れ

                  という 親がいたら   正常というのでしょうか

    本気でそんなことを考えているなら  おバカすぎて あほらしくて 

             鼻で笑っちゃえます



  しかし   本気で こんなことを考えている人たちが 遺族支援の指針を作っている・・・


 そして 支援者たちは疑いもせず  信じているから  怖い



   自死遺族支援を考えてくださっていることについては 心より感謝していますが


      自死遺族でもないひとに  自死遺族の心身に起こることを説明されたくない


    例の「悲嘆回復」「悲嘆回復プロセス」や 国の指針を参考に語られるのは

      これまでの  私のストレス要因・・・遺族である私の心はいらだっている


    もはや 遺族支援ではなく  支援者による 被害 


      

  自死遺族の問題を真摯に考えてくださるなら・・・もう少し連絡会の活動内容を知って欲しい

   専門職のみなさま  お願いします


   家族を自死で喪い 悲しみでいっぱい で  眠れないのは普通ですよね

     眠れないのが病気ですか?
眠れないからって・・・専門家のみなさんんは 何を支援してくれるのでしょうか

     精神科医療の紹介ですよね
 
 息子が亡くなって・・希望が失われて・・・気分が落ち込んでいる


    私への支援 って  どんな支援?

  精神科医療機関の紹介ですよね


      精神薬を呑めば  悲しみが消えるのでしょうか

     ルンルン気分になるのでしょうか

 息子が死んで 毎日 ルンルンした気分でいたら 正常な人間だと 本気で考えていますか?

    すこしゆっくりと 家族を亡くした・・ということを  想像してみてください


    自分の子どもが死んだことや  親が死んだ事を 想像したら

      遺族を そんな目で見ないとおもいます


   悲しいのがふつうです

  胸が張り裂けそうな悲しみがあって普通です

 何年も続いても普通ですから



   


 

遺族の悲しみが 支援者の心を嬉々とさせ、人生を豊かにさせているらしい

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 今日はお寺さんの総会 夫と行く 息子のお墓もあるので昨日に続き今日もおまいり


   できる限りお寺さんの行事には参加することにしている

 
 支援者たちは 遺族が多く参加すると嬉しいらしい

   嬉々と 気分が高揚するようだ

   求められている嬉しさ  人を助けている満足感

      救ってあげてる喜び


 慈しみ溢れる行為をしている 慈善という行いをしている充実感


    普通にメールで表現したり  通信の後記で書いたり

     講演会で話したり・・・ホームページの主催者挨拶に載せている支援者たち


  遺族がたくさん集まると・・嬉しいんだ・・・へーぇ~~~~

        という  冷めた目でみるのは 遺族だからかなぁ


 悲しいご縁   つながらないほうが幸せなご縁

     それが 遺族の会

  「新しい遺族が毎回参加して・・・嬉しいです」というコメント  って  どうですか?


     遺族の会の代表として・・・遺族への思いは欠片も感じられない

              自分の満足感だけ


  遺族の参加が少ないと不機嫌になる  遺族支援の専門家(自称・・・癒しの伝道師)


 不思議な人たちが多い  のが  自死遺族支援者という人たち

   私が信頼している人たちは

  自分を支援者だと思っていない

    遺族支援をしているという意識はない

     一緒に歩いて・・自分に出来ることをやらせてもらっているだけ・・・

        と  言ってくれるひとたち

   それが  本当の支援者だと  思う


支援してますアピールの強い人たちの支援は  自己満足の支援


      支援しているという意識を持たない人たちの支援は  寄り添う気持ちの支援

     
        寄り添う・・ということも  支援される側が思うかどうかが大切   


           支援者側が  寄り添ってます  というものではない


   あたらしい遺族の参加が増えたのを喜ぶ  遺族支援者が

              これからも増えるのでしょうね


  大切な家族を亡くした 遺族の悲しみが 支援者の人生を豊かにしている


   そんな声も支援者には多いことを  知ってほしい     


   

自死への差別的問題が解消されたとき 人にやさしい世の中になる

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 昨日の「藍の会」の」クールダウンの時間に 自死遺族がどのように見られていたのかが話題に・・・

  2006年 5月「藍の会」の立ち上げ決意をした当時


    講演会の案内のチラシの文章が理解できない 
             
           ホームページは遺族には作れない

   遺族同士が集まるのは危険

    知識のない人・・・

   国も県も市もボランティアも・・・自死防止や自死遺族支援を考えていた人たちのほとんどは

 こんな認識でした
  

まさか   自死遺族が 自助グループをたちあげて 活動するなんて・・・


  彼らには想像を絶するできごとだったのでしょう


 支援者のいうとおりに動く遺族は存在しても  
     自主的に活動する遺族が現われるとは・・・思ってもいなかったことだったのでしょうね


 自死遺族の会があったとしても   クローズ  

  
 だから  散々に叩かれ 嫌味三昧  

     活動する遺族は  邪魔な存在


 自死遺族支援を推進している国の担当者からは

 自死遺族を支援する人を支援するのが国だ!

自死遺族当事者は支援しない!!と言われた

  「だったら私も遺族を支援している一人として支援してください」といっったら

「 田中さんは遺族の支援をするほど元気なんだから支援は必要ないでしょ!!」

 こういわれて

「いやいや・・・だったらボランティアも元気な人でしょ、そっちも支援する必要は無いんじゃないですか?」

という やりとりを何度もしました

  屁理屈をこねて  なんとしても私たち遺族の活動を潰したかったのでしょう


  自助グループ支援と大綱に高らかに謳っているのにもかかわらず

 自助とは「ゆるやかな自助」「ゆるやか」とは

   遺族以外にボランティアや保健師たちが運営にかかわっても

 遺族もいたら 自助という   などと ふざけた理論を大声で振りかざしていた 

   
      自死遺族支援   との  闘い  を自死遺族が強いられてきた


      こんな 国だから 自死が増えるのは当然だ!!と 思っている


 自死遺族には卑屈に生きてほしくない  と  願っています


 遺族同士がいがみ合っても・・・何にもうまれない


      細かい 個人の好き嫌いで  反目しあうのではなく


   自死した人たちもどのような目で世間は見ていて  自分たちがなぜ語れないいぞくなのか

      など 考えてみてください

      人間の死に差別はあってはならないことも・・・

    日本には  まだまだ いろんな意味の差別が残っています


  多民族ではない日本なのに  差別がたくさんある


  そして  絶対的正義や愛  とおもっていることが

    別な側面から考えてみると  差別だったりすることがある

   
 愛と正義を否定する  という  しょうがい者 運動 の始まりといわれる  
  
 闘いを知ったとき  衝撃を受けた

   私の中にも 知らず知らずに差別はあったことを  思い知らされた

   それから  さまざまな 側面から 問題を見ようという意識が芽生えた


 一人の死  たくさんの思いがそこに集う

  生きていて欲しい

   一緒に悩み苦しみ生きていきたかった  息子と共に 



自死への差別的問題の解決が出来たとき   自死は確実に減り 人にやさしい社会になる


 同じ人間どうし  差別は 傲慢である 

天にむかって唾をはくようなものである

9月22日は健一の誕生日  42歳   今日は墓参りに行き~藍の会

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今日は「藍の会」のわかち合いの集い

いつもは最後の土曜・日曜 
 仙台市のイベントが最優先の施設なので・・・そんなときは一般団体は使用できない


 そして 息子の誕生日 生きていたら 42歳


  今も 胸が締め付けられ・・傷みが伴う悲しみが ある

 おなかも痛くなる  全身が悲しみでいっぱい

  大好きな大切な愛しい 健一 お兄ちゃん

  涙が とまらない

    地域で見守りましょう   って  気づきましょうって

   まるで 家族は見守らず 気付けないから  死なせた・・といわんばかりの

 自死防止の   キャッチコピー

  
   2万人一気に死んでも   所詮は他人事


  悲しいだろうなぁ  大変だろうなぁ

  涙がでたとしても

    泣き叫び のた打ち回るような 悲しみにはならない とおもう

  それは それでいいのだと思う

   こうしている間にも 人はうまれ  人は亡くなっている

      喜びに満ちている人もいれば

    悲しみに沈んでいる人もいる


  他者の痛みが 自分のことのようにリアルに感じる体質だったら


      人間は生きられない 痛すぎて

  想像する事はできる  想像力の豊かさ は  大切

  妄想ではない  想像

 
   亡くなった人の気持ちも想像  でしか 図れない

     しかし

     聞こうとする側に誠意があれば  耳を澄ませることができる


  亡き人の声も

  また  隣人の声も  雑念を捨て  心を静かにすれば  聞えるはず

  自死予防や防止 は  騒ぎ立てるものではない

  自慢するものでもない

 暮らしやすい社会にするには

     何が必要なのか・・・

    ひとつひとつ  ひとりひとり

  

  派手なことにだけ目を奪われず・・・

         
       人のいのちを大切に出来る社会にしなければ

            いつかは 滅んでしまう


日本の人口が減っていることを  知らない人も多い

    
      過疎化が急速に進んでいることも実感していないだろう

 息子が生きていたら  私は何をしていたのだろうか


    旅行して、酒呑んでカラオケして  


    糸を紡ぎ、機織をして、布を染めて・・


      オーロラを毎年見に行き・・・

   呑気な 生活をしていた・・・かな

いのち   自死   社会  なんて 考えることもなく


   42年前に生まれた息子は8年前に この世から去ってしまった

    みえない たましい だけは  私と共に いきている

 そう  信じている

とりとめのないことを つらつら  考えている9月22日の朝です

     






無心に 亡き人と自分だけで  対話をしてみよう  ゆっくりと・・・

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  浮かばれないとか・・・彼の世にいってない・・とか

   死んでも苦しんでいるとか

    どこの誰がどこでどのように苦しんでいるのか・・・具体的に教えて欲しい

   自死だから  闇の世界で苦しんでいる・・・としたら

         息子と私しかしらない 出来事を息子に聞いて欲しい


 そうでなければ信じられない    

   というと

 その人は 多分   あ・・・いいですよ  私の言葉を信じられないならそれでもいいですよ

     苦しんでいるのは事実ですから  


   恐怖心を煽るだけ

      本当に見える人がいたら   私の父のことも聞きたい

    でも  知らないと思う 

  父の口癖でもいい  でも  誰もいえないよ・・・

      父の顔も知らないだろうし  幸子の父です  って   現われないだろうし

        知らない人のところに




     生まれる   ということ


  いきるということ

  死ぬということ

         生物学的観点からや
   宗教的観点から

     スピリチュアル的観点から

  深く深く 突き詰めようとすると


     宇宙のよう   で  わからなくなる


  だから あいまいなままで   自分の気持ちが穏やかでいられることを信じようとおもう


  自分が確かめないと 多分 彼の世の存在は実感が湧かないだろうし

      息子の声も 聞えたと  私が言っても
    
 幻聴といわれたら  証拠が残ってないから  反論はできない


  それを信じるか信じないかは・・自分


   関係のない 他人が  何の権利があって

    遺族に  息子さんが浮かばれてない・・とか  苦しんでいる  とかいうのだろうか


       どうせ 聞えないし  見えないし  適当にいうなら

    ポジィティブなことを言って  あげてください

    料金を取って 商売なんだから   遺族が元気になることをいうのが普通

    普通のことをいうと  リピーターにならないから

      また  きてほしいから

    不安をあおる


     元気に明るく穏やかでいいところにいますよ・・・というと

    それで安心して 遺族は来ないから

       浮かばれてないよ  成仏できてないよ  苦しんでるよ

     といって

   どうしたらいいですか   今どうしてますか  と 何度も通わせたい

     商売だからね   


    誰の言葉を信じるのかは   自分


    亡くなった人を大切に思うなら  何を信じることがいいのか

          どう 生きたらいいのか   


      深呼吸して  ゆっくり  ときどき休みながらでも

         何度も 考えてみることも   いい

  亡き人の  気配を  感じながら

  亡き人と対話をしてみると  いい

          

死生観の違う国~~ユダヤ教の死生観 と 日本の仏教の死生観

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あさ早くの新幹線で~~~富山市に行ってきた
    日帰り~~~

 岡知史教授と一緒に講演

   グリーフケアは、なぜ自死遺族を怒らせ、不愉快にさせているのか?

   自死遺族の声の「通訳者」の立場から

      
   何度かグリーフケアのテーマで講演をしていただいていますが

      ものすごくわかりやすく

   私程度の 理解力でも 納得しました

  もともとのキューブラ・ロスのグリーフケア それにグリーフワークの考えを示したフロイト
 
    英語のグリーフの意味は  日本人が思っているような深い意味はない

  単なる症状や反応をさす

 このことは 平山正実先生は本に示している

  死生観が違う国の考えかた

  日本人の死生観とは全く違うこと

        
    金につながるからって  適当なことを言って・・・

   悲しみでいっぱいの人の心をもてあそんではダメです

   何にも深く考えない 薄っぺらい思いで 日本のグリーフケアは流行っている

   神様の使い人にでもなったような  癒しの伝道師 

      マスコミも何にも考えず 報道している

人の悲しみを癒してあげられる人間って・・・神様?仏さま?のうまれかわりですか?


   神様にも仏さまにも  息子を亡くした私の悲しみは癒せない

      家族を亡くした悲しみをケアできると思っている人たちは

          思っていない人よりもケアできない

  むしろ ケアしようと思っていない人のほうが  悲しみにやさしい


  悲しみを癒したい人は  自分は家族が死なないと思っているのでしょうね


    自分の家族が死んだら・・・ケアできないことを・・・無力さを思い知らされるでしょう


   今日・・・は 満月  


 息子が亡くなった時も満月でした

    月は大好きだったのに   息子が死んでから

      心がズキンズキンと痛みます

   あの日の満月は 心にしっかりと残っています

 これを 精神科医は PTSDとでもいうのでしょうか


    でも 私は病気ではありません


  悲しみがあるだけです  記憶が消えないだけです

    この心の痛みも 息子への愛です

 今も息子を愛しています


   大切な愛しい 息子です

 グリーフケアの専門家という人でも  私の悲しみは消せません

    記憶は消せないのです


   消えなくていいんです   愛しているから

明日は、岩沼で 増上寺さんのお上人さんたちの法話の集い  穏やかな時間が過ごせますように

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 明日は 増上寺さんのお上人さんの法話の会  

  ランチをすることに・・・




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 足元ばかりみていたら 行く先がわからなくなる

 遠くの夢ばかりみていたら

    足元の石ころにつまづく

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今も とてつもなく  大きな悲しみを抱えたまま生きている

 なぜ 健一は死んだのか

   なぜ 救えなかったのか

なぜ なぜ  と 問う自分に


  今の自死の対策で 息子を救えるか

  答えは否

しかし  いまの 私なら あのときの息子を死なせない

  
 あの時こうしていたら  このようにしたら

     を 学んだ  息子が死んでから・・・

   多くの遺族の話を聞いてきた

 遺族の専門家という肩書きの人たちよりは  遥かに たくさんの遺族の生の声を聞いて生きている
  そして 私自身も遺族

  家族も遺族

大勢を一度に救う・・・なんて出来ないことを支援者は知ることが重要


   一人ひとり  ひとつひとつ
多くの人たちとの協力で 住みやすい暮らしやすい働きやすい  人にやさしい

  環境を作ることが必要

 いじめもなくならないことのひとつ・・・ならば最小限にする対策

 いじめられた側の問題ではなく、いじめた側の問題・・・という当たり前の考えが出来る環境

    パワハラもパワハラをする側に問題があることを いえる環境


   強引な人の勝ち  言ったもの勝ち   

     無責任な人の勝ち

 殺されるよりも殺したものが
   幸せな社会

  私の能力は小さい・・・微小


    生きて!!!と願いながら 活動するだけ

   やさしい社会に!!!と願いながら 活動するだけ


   権力に屈することなく

       金にたましいを売らず

 その人の心を癒せるものは・・その人の心の内にあること

 悲しみは 愛しさと共にあること

 愛する気持ちが深いほど 悲しみも深いこと

    悲しみは病気ではないこと

   
もう少しだけ  人にやさしい社会になる日が来ることを信じて 

   活動してみようとおもう


 息子を死なせてしまった母として・・・後悔と懺悔からの活動を

   
     

 

悲しみを抱えたからこそ・・・ひとにやさしく・・と願う

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わかちあい

 誰がどこの わかちあいの会に参加しようが自由である

 たとえ代表が罵声を浴びせられた会であっても その人には関係がない

 それぞれが 自分の自由意志で参加すること

    選択は自由

 会のルールを守り 大人としてのマナーをまもることだけです

 
   ピラミッド型の組織ではないのが自助グループ


   私の主催するわかちあいの会は スタッフは存在しない

   が・・・会を裏から支える事務手続きや様々な手配等は事務局が必要

 補助金申請・寄付金の管理・会場の予約と支払い・電気や冷暖房代

    お菓子や、お茶コーヒー等々の手配

 配布資料の印刷

ホームページ管理  コピー用紙等事務用品の購入

  わかちあい を開催するだけでも  それなりの手間がかかる

    その実行のための 人材は必要
  
  ただし わかちあいは 相互扶助

    私も参加者  だから自分のことも話す

 スタッフ意識を持って、自分は意識して話さないようにしているとしたら

  自助ではない

  支援者になっては「わかちあい」にならない


サポートグループになってしまう

    私は自助グループを広めている

   だから 自助グループの世界的権威のトマシーナ・ボークマン名誉教授をアメリカから呼んでもらった

  岡知史教授との連携も自助グループの活動を広めるためである

そして社会に認知させるため

  遺族の会に 支援者として遺族が参加したら・・・もはや自助では無い

 遺族の立場で参加するから「わかちあえる」

 精神科医であってもカウンセラーであっても・・・どの立場で参加するか・・・
   遺族としてなのか・・・それとも 支援者としてなのか


     そしてどんなに親しい人同士でも それを会には持ち込まないこと

    女学校の仲良しグループではないのです

クラスに仲良しグループが何個か存在し、対立する・・・

 それは自助グループではない・・・そして大人ではない


   公金を使わせてもらい・・公的機関を借りて・・公的に広報して

       開催していることを 忘れてはならない

   大人の会であって欲しい

    
   それがときどき崩れるのは  私の力量のなさ だろう

   反省をしている


相互扶助 お互い様   権利があれば義務もある  マナーを守って

   心やさしい人が一方的に 我慢して  平穏を保っていても  それはわかちあいではない


    
 頑張って立て直さなければ   会の開催の意味がなくなってしまう

     
   かなしくて 悲しくて 哀しくて 愛しくて  出合ったご縁です

     大切な人を亡くして・・・亡くなった人からやさしさをもらって

          生きている私たちが やさしさを忘れたら  

    亡くなった人達は どう思うでしょう

遺族同士 もめちゃえ・・・批判しちゃえ  からかっちゃえ・・・傷付けちゃえ
と 彼の世で思っているでしょうか


そんなことは思っていないはずです
  嘆いていることでしょう

あぁぁぁぁ~~~ かなしいって言ってるけど  何やってるんだか・・・



  せめて 同じ悲しみを抱えた人たちの事は やさしいこころで感じてほしい

    そう強く願うこの頃


  私自身の・・ 自戒を込めて


    





   

愛する家族が亡くなった・・・その大切な人は自分をどう見ているのだろうか・・・

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同じような悲しみを抱えた者同士が 欠点を探している姿は醜い

   人はそれぞれだが・・・自分に害がなければ・・・裏で悪口をいうのは・・・

  亡くなった人のまなざしを感じない人なのだろうか


生きている人の目はごまかせても

  亡くなった人の目はごまかせない・・・いつもみている 見られている

たましいとは そういうもの

 私はいつも 健一の目を意識している

   「かぁちゃん 頼むよ・・・みっともないマネはするなよな・・」
      と 渋い顔が浮かぶ

 両親の「さちこ・・・」という 顔が浮かぶ

  大切であればあるほど その人の まなざしが気になる

 自死・・・問題は気の遠くなるほどある

    しかも・・・善意の名の下に 権威ある人たちが 金と力で

   自分のためだけに  活動や対策と称するパフォーマンスや本を書いたりしている

       テレビに出たり・・・講演をしたり

  酷い内容である

    でも・・・関係のない多くの世間や

         権力に阿る人・・・は

  素晴らしいと思うだろう

   

 一生懸命やっているのに  減らないのは個人のせいって 思うのだろう


 自己満足の 施策  減るはずがない

   遺族が遺族の些細なことで いがみあっている場合ではない

 どうか 亡くなった人のまなざしを感じてください


   


    

自死対策の自慢大会  当事者の声抜きの支援者が優越感に浸る大会

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ベランダで咲いています

 昨日は遺族だけの「茶話会」

11日から盛岡~~~「私の中で今、生きているあなた」という自死のパネル展に・・・

 12日夕方から仙台市の自死対策推進会議で一旦仙台に・・・9時の新幹線で盛岡に~~
 
13日 11過ぎの新幹線で仙台に帰り・・・そのまま「茶話会」

    
 15日は大川原町での「マロニエの会」自死遺族の集い

 17日は岩沼市で「増上寺さんの法話の会」

19日は 6時の新幹線で富山市~~~日帰り
(富山県に招かれ岡先生と一緒に講演)

 明日までに要望書の作成・・・

推進会議に出ていて・・・そして遺族の声を聞いて・・おもう

  推進会議の委員たちの10分の9は  想像力が欠如

    どのような人たちをどのように防止しようとしているのか・・・・・

         それで その施策で 減らせると本当に考えていますか???と聞きたい


   減らせると考えているとしたら、根拠が知りたい

    遺族として・・・毎日新しくつながる遺族の話を聞いておもう

 ほとんど役にたっていない

  借金での自死は減ったと思う


 しかし   労働問題  いじめ パワハラ
     
   何にも手はつけられていない

労働の問題も 学校のいじめの問題も
   
   すべてが 個人のメンタル問題に摩り替えられている

   精神科に行き、精神薬を呑んでも  労働問題は解決できない
 いじめも解決できない

      パワハラも解決できない

   自死の全てが 貧困であるかのような 言い方も 差別である

   そんな考えだから・・・自死をする人は特殊で自分たちとは関係のないもの・・という
 偉そうな支援者が多くなる

   柳田邦男さんにも・・自死者の多くは貧困ですね・・・と いってください 対策担当の方々

    自死遺族以外の人たちは・・・気がつかないのかもしれない

   こんなに一生懸命・・チラシを配り(関係機関だけ)ティッシュを配り

 シンポジュウムでデーターを示して・・自死についての本も出して

  ゲートキーパー養成で・・・うつ病の早期発見をしているのに・・・

    ポスターも関係機関に配っているのに

   講演もしているのに・・・


 これで・・・減りますか?

苦しい人が  困っている人が  偉い人の講演を聞いて
 苦しみの原因が解決できるのでしょうか

困りごとが解決できるのでしょうか

     支援担当者の自己満足の自死の対策です

秋田市で大会がいつものように9月なので大々的に開催されていますが

  自死対策の専門家と自負している    偉い人の対策自慢大会

   減るわけがない



     

全国自死遺族フォーラムを無事に終えました・・・ありがとうございました

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7日

みなさまのおかげで、無事に6回目のフォーラムを終えました

   ありがとうございます

77歳のボークマン先生の講演  岡先生のサポートに徹した講演

  いじめの真実を求めて裁判中のご両親のお話

  どれも感動でした

 動画をアップ予定です


自助グループ

  何度も講演してもらっている大切な部分


    それを 理解してほしい


   自助グループの活動は それぞれの会がそれぞれに活動の幅をきめることです

他の会の活動を参考にするのも自由  しかし

 押し付けるものではないのです

 会の開催のサイクルも  開催時間も  参加資格を決めるのも

 そして 積極的に社会活動をするのか  それとも 「わかちあい」だけをするのか

    それも その会が決める

   他の会が指導する権利はない

 「わかちあい」で話した事は

    どのような理由であれ絶対に他言してはいけない

 
 「わかちあい」の時間とクールダウンの時間はルールが違う

    なんのための「わかちあい」で、なんのための「クールダウン」なのか

       会の主催者は理解してほしい


 そして「わかちあい」の会と

             「全国自死遺族連絡会」は 活動が違う

 連絡会は「わかちあい」の集いではない

 目的の根本は同じ・・

 遺族が元気に生きて行く事 が目標


全国フォーラムの開催は 遺族の情報交換と共有

そして 社会への啓蒙

  今回も青森県や沖縄県からの参加も多くあり
  
    懇親会も多く参加 

一年に一度の全国交流を無事に終え  明日から盛岡市 パネル展示

  来週は 増上寺さんの「法話の会」

  富山県に行き、岡先生と一緒に講演

(ここで電話・・・)

遺族から・・・

    かなしい・・・ご縁がつながって・・・

  日々 かなしいご縁がふえて・・・いく

     自死の防止や予防を 得意げにプレゼンしている人たち
                   自慢げにデーターを説明している人たち

     力不足を反省して、もう一度振り返ってみてください

  自分の行っている方法が  どんな人のどんなことに役立っているのか

 新聞に 被災地の仮設住宅で・・そこの自治体の会長にさえ 同じ仮設に住んでいる人の名前も
  連絡先も何歳かも教えてもらえない
個人情報保護法があるから・・・


 行方がわからなくなっても・・・大人だから・と・・取り合わない

   その人の親戚にも連絡しない

     仮設の自治体が頼んでも 親戚にも伝えない

  独自に調べて、やっとの思いで親戚に伝えて、家出人として捜索願い届けをだした・・・


  なんのための 見守り隊 なのだろうか

 精神科医につなぐためだけの見守り隊???

 行方不明になった人は・・・つなげないから 関心もないのだろうか


    

   
  


全国自死遺族フォーラム  9月7日 きゅりあん で開催

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遺族が作ってくれたかわいい ストラップ

 9月7日 全国自死遺族フォーラム 

品川区総合区民会館「きゅりあん」 6階 大会議室

 13時から 



  どなたでも参加できますので  ご参加お待ちしています


 大井町駅前 すぐです

 上智大学教授 岡知史氏

    アメリカから自助グループの権威者 トマシーナ・ボークマン名誉教授


  いじめの裁判をしている遺族の声


     懇親会もあります


全国から自死遺族が集います   遺族以外の参加も歓迎です

    自死の問題に関心のあるかた・・・ご参加ください

自死は 心の弱い人がする・・・という 会社の・・・ 人が対策委員???

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内閣府の初会議が終わり・・・午後は 自死遺族支援を考える議員連盟の
代表世話人の野田聖子議員と事務局の土井亨議員の事務所に行き 報告とお願いをしてきた

 議員連盟の初会合と各省庁への要望書の提出と会合の日程を決めてもらうことに・・・


   県も市も国も アリバイ作りのような会議

     具体的な内容までは議論にならない


   一応・・・意見は聞きました・・・でも 対策の内容は 国側で決めますね・・・ということ

  そして その国側も  一部のホンの数人で決めるだけ 他は丸投げ

  だから  国民の意見など通るわけがない

      当事者の意見など通らない

 声を大きく大きく大きく・・・・国会議員の声を通して
  マスコミの声を通して・・・


 声を 何度も繰り返して届けるしかない

     国の施策を動かすには  議員の力が絶大


   残念ながら・・・・・



今日の会議で


日産自動車  の  意見    


   自死をする社員は 性格に問題がある

   メンタルが弱い社員が自死に至る  


だから メンタルを鍛える指導をする・・・


   心の弱い人が死ぬという言い分

  だったら  個人の性格の問題だから
 社会的に追い込まれたわけでは無いから

  国が大綱を作り、税金を投入して 対策をする必要はない

  対策会議も必要ない  個人の性格が弱いから自死 する という理論はすごい


  だから この会社は自死が多いんでしょうね


会議の報告の続きはまたあした

やさしさの恩送りが出来たら・・・やさしいひとにやさしい世の中になる・・・

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昨日 全国配信された記事  自死遺族が内閣府の委員に・・・自殺を自死へ

    仙台市 田中 と なっていても

 宮城県の新聞は取り上げなかった

  仙台市の人間が頑張っていることを 宮城の新聞は取り上げない

   
 時論持論に自分で投稿しようと思う


    今日はこれから、仏壇の花を買いにいき・・・まずは息子と心をひとつにして・・・

    東京へ~~~~~




 支えよう・・・と思うと  いつか 不満がでる  とわたしは思う

    活動をしていて・・・生きていて   人と接して

    その結果  相手から 支えられました・・・と いわれたら  こちらもありがとう

 そんなふうに思って 人と接したほうが   多分  自分の心も守ることになるような気がする


  会をたちあげて   ありがとう  といわれて  嬉しい

   でも

 参加しようと決めたのはその人  悲しみと向き合って生きてきたのは その人自身

   わたしが出来たのは

   ホンの少しの時間 わかちあう場所を作ったことだけ

 電話ではなしたり メールをしたり  自分が悲しみがあっても生きていることだけ


  こちらこそ  ありがとう  

出会わなくてもいい 出会わないほうが幸せなご縁 で つながった ひとたち

 悲しい縁の 遺族たちの集い

   
  わたしも支えられて生きています

   
 わたしたちとつながってくれている  それぞれの専門家の人たちも


   お互いさま・・と 思える人たち


 それも 感謝  


  それぞれに 出来る事は限界があるけど

  みんなで つながれば   社会を変える力を持てる・・・と信じている



やさしい 人たちが 優しさを  少しずつ  広げたら


   やさしさを もらった人が  また やさしさを  広げたら

 きっと  人にやさしい 世の中に なる


     

自死遺族が語れない人たちだから・・支援をしてあげる・・・といいながら 語れる遺族がいると敵視するのはなぜ

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 「遺された人の苦痛を和らげる」という 項目が 大綱にあった

「自死遺族の自助グループ等活動の支援の充実」と 大綱見直しで、変わった

  どちらも  自死遺族を支援するというものだと思うが


   わたしたち全国自死遺族連絡会は 「自死遺族を苦しめる行政の対応を見直してください」

     と 要望してきた

 こんなことに困っています・・・こんな支援が必要です・・・宜しくお願いします


    と 要望しても

 行政の考える支援以外には 耳は傾けない

      行政が考えるように会の運営もしろ!!!!という


  組織・・・わかちあいの組織って・・・なに?

   ある団体が関西方面ではお手本のようだが

 自助グループという活動があることを認めようとしない行政マン


   遺族にも行政マンはいる

   我が家の夫も 国の役人だった でも遺族

 医師や学者にも遺族はいる

  柳田邦男も遺族  国会議員にも遺族はいる

 弁護士にも遺族はいる


     偉そうに遺族を下に見ている行政マン  にいいたい

    柳田邦男氏にも 同じ態度をとるんですか???

    それなら・・・あなた方をある意味で尊敬します

    そこまで・・・遺族を蔑めるなら 立派なものです

  肩書きで態度が変わる人たち・・・

      自分の知識に自信がないのでしょうね

   自分が学んでないのでしょうね

   

    なぜ・・・自分の県の遺族の声を聞こうとしないのでしょう


大きな声で「聞いてください」とお願いをしても聞こうともしない行政


  声をあげられない遺族をどのように支援するのでしょう

     自分たちの言うことを「ハイハイ・・・有り難い事です」と
      頭を下げて感謝する遺族だけを支援したいのでしょうか

  地元の遺族を蔑んで・・・楽しいですか?

     公務員ですよね

  なぜ 地元で頑張って活動をしようとしている遺族を潰そうとするんでしょう

わたしも仙台市の自死対策会議の委員長に 「よく潰れなかったね・・・」といわれた

   その委員長にひどいことをずいぶんされた

  勝手に藍の会のホームページを学会の講演で使われたり

      2・3分診察で何が悪い!!!カウンセラーを1人増やすのにどれ程金がかかると思っているのかね
  精神科医を増やすにもどれほど金がかかると思ってるんだね

  2・3分診察で仕方ないよ

      と

いわれたり   仙台市と連携して研究事業をしていたのに
   嘘をついたり
(仙台市とは関係ない・・と)

 訴訟女 のやっている会には補助はしない!!!とまでいわれた

  訴訟などしたことはない一度も

  排他的団体・・・訴訟女  きちがい・・・

    いかがわしい活動

 わたしのことを批判するためのブログまである


    すごい
何をしようとしているのだろうか

   語れないといわれている自死遺族のなかで

 語れる人がいることを 受け入れたくない のだろう


ずっと・・・語れないままで   


   支援担当者たちの思う様に あやつりたいのだろう

    操り人形のように・・・黙って あやつられていたら   満足なのでしょうねきっと


 わたしは  わたしの意志で生きる・・・歩く

 行動する  責任を持って



 

       

    

同じ人間として・・・かなしい

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自殺を自死に変えるなんてとんでもない!!!

 という 抗議の電話をもらいました

殺したんだ!!!殺したのにどうして、美化するような死という言葉を使うのか

    死んだのではなく・・・自分を殺したんだ

どんないじめがあろうが  パワハラを受けようが
 
 過重労働があろうが   殺したことに変わりは無い


  泣いて訴えていました


 かなりまえに遠い親戚が自死した・・・・ことは許せない   という


   自死というと死ぬことを 勧めている・・・という考えのようでした


  浅い考え方・・・自分だけ良ければいいという考え方


    あなたの息子が自殺したのは・・・いけないことで・・罪があることで
   
      悪いことをしたこと だと思わないんですか・・・・それでいいんですか


       という  言い分を15分ほど・・・・まくしたてられ


  社会的問題なんてどうでもいい  という 言い方

       
   死んだ本人が悪い・・・の一言


聞いていて
かなしかった

  国を批判している・・・ことに気付かないのでしょうね

国は「社会的要因により、追い込まれた末の死である」だから国が対策をしなければならない・・・
と 議員流法を制定して税金を投入して施策を推進してきた・・・

個人が自分を殺した・・・というなら

     国は介入しなくていいはず


 我が家はナンバーディスプレーになっていて・・・番号はでる  知らないのだと思う

 名前も名乗らず・・・一方的に 殺した殺した  悪いことだ 
   
     と 15分もいい続けた 人  


     あなたのような人が・・・やさしい人を追い込んでしまうのですよ・・・

       と  いいたい


  わたしは 名前も 事情も  連絡先も 公開して 活動をしている

   
  賛成があれば反対もある

 意見の相違はあって当然

     しかし 個人攻撃であってはならない・・・

  それが 民主主義国家に住む人間が守るべきこと


     わたしが新聞等に取り上げられる場合は、個人ではなく

    団体としてである

   社会活動をしているものとしての意見

     反対意見も 社会活動をして・・・自殺でいい  殺したんだ  悪いことだ

     死を美化するな

    殺人と同じだ  遺族も 殺人者の遺族だ  と 訴える運動をしたらいい

あいつらのような自分を殺したような遺族が
        自死遺族と 名乗るのは おかしい  と 社会に訴えたらいい