元気に一日でも長く穏やかに生きて欲しい!!と願い活動しています・・・64歳元気です

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教条主義


 自助グループが発展していく過程で

学ぶ姿勢のあるグループと教条主義的グループに分かれる・・・と言われている

 グループのリーダーが自分のやり方を押し付ける
グループのやり方は一つしかないと思いこむことで
非常にそのグループは窮屈になっていく・・とあります


 今回のフォーラムでは、自助グループ研究者のボークマン教授に専門家として講演してもらう


 支援団体ではなく、自助団体としての活動 は  ゆるやかなつながり

    節度のある大人の会 相互扶助  

わたしの考えは

 どこの会に参加しても 自由

  行政が主催の会でも坊さんでも・・・ボランティアでも

   たとえわたしが疑問に思う会でも・・・参加するのはその人が決めること

    口出しはしない

   目的は・・・参加したり、つながったりした遺族が、元のような幸せにはなれなくても
(愛する家族が亡くなっているから・・・100パーセントはない・・・と、わたしは思っている)
 元気に生きていけたらいい・・・

  藍の会に参加しなくても、つながらなくても・・・その人がそれでいいならそれでいい・・・

    元気ならいい・・・

   会以外でも、遺族同士が仲良くしているよう・・・

    それもいい

  なんでもいいんです   遺族が  その人が  元気に生きてくれたら

 一日でも長く生きてくれたら・・・それが願い


 やさしい人がやさしいままで笑顔で生きられる社会を・・・が 全国自死遺族連絡会の目標

      人の悪いところだけに目を向けるのではなく

    人の良いところに目を向けて・・・といつも思う

   個人の攻撃はしない


あまりにも他人に迷惑をかけたら・・注意はするが
(それは、人としての問題)

   団体としてや県として 支援担当者として

    宗教者として・・・等々  公人として 活動をする人として

   如何なものか???という 発現はする

   が  個人の揚げ足取りをするのは・・・

       嫌い  


     悲しいことを抱えて生きているだけでも頑張っているのに  

     ゆるやかに・・じゆうに・・・

 参加できるなら・・いろんな会に参加してみるのも一つの方法  とおもう


 そして 自分が決める・・・こと    


  
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不思議なふしぎな 遺族支援をしている人たちの世界

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9月3日は内閣府の会議への初参画

 今までも何度も会っている委員たちもいる

  自死遺族が見直しを要望している施策の推進派の委員が増えていた

  金の流れの原点は・・・製薬会社・・・その流れを受け入れている人たち

      国民のいのち  をまもる

         と   いうが

  純粋に そう願っている人たちが   はたして あのなかに いるのだろうか 疑問

 権力と金
 
    人は自分の身に被害が降りかからなければ  そこに群がる


     それは 太古からの繰り返し  愚かなる人間の性


  心から・・・なんの利害もなく・・・・

      永遠の人間の課題

   わたしを目の敵にしてきた 人たちもその中には何人かいる

        
7日は 6回目の 全国自死遺族フォーラム

      純粋に 真剣に 取り組んでいる人たちが集う   


   多くの人にきてもらいたい

  自死遺族たちが これほど一同に集うことは  おそらく

    全国フォーラムのときだけ


  昨日フォーラムの配布資料を印刷作成していたら

  同じ建物で   悲嘆講座  という講座が開かれていた


  遺族を支えるために・・・らしい


     仙台市で遺族支援を考え・・・講座を開催している団体のスタッフで

        わたしを知らない・・・という人は・・・いないはず・・・という自負があるくらい

      活動を仙台市ではしているつもりだった

遺族ではなく   スタッフだったら 

エレベーターで一緒になったが  誰もこんにちはの挨拶もしない

   ひとりの顔見知りのスタッフも
     こんにちは  もいわない

 こちらから  「あら、○○さんこんにちは、おひさしぶりです」といったが

    しどろもどろで   挨拶が出来ない状態

    なぜ?

遺族支援をする支援者たちが悲嘆を学ぶ講座

 これから遺族支援をしようとしている人たち

    しかもその人は 中心のひとり


 普通の挨拶ができない人が

   人間の悲しいという感情に寄り添う(寄り添うための講座)ことができるのだろうか

 それとも  わたしが  自死遺族だから  

    支援者のその人たちは 普段は挨拶はしないこと という研修をうけているのだろうか


 (昔は、精神病院に入院していた患者とは 病院以外では話をしないこと、という病院関係者の心構えがあった・・・そして遺族とも「会」以外では 交流をしないこと・・・という研修が最近まで行われていた)


   遺族の心のケアをしようとしている人たち


 それ以前に  知っている人とエレベーターであったら 挨拶はしましょうよ

    仙台市内で 遺族支援をしていているひとたちに  無視されたのは

         驚きでした  

   普通に「こんにちは」「おひさしぶりです」くらいは  いいましょうよ

相互扶助 自助グループ本人の会の考え方

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[相互扶助」

   支える人→支えられる人

      支援する人→支援される人

  という考え方ではなくて

 お互い様

   という考え方

  それが自助グループの基本的な考え方です


   ささやかなことでも・・・出来ることをお互いにする

   椅子をならべたり

     誰かに声をかけたり
  
  お茶をすすめたり

        片づけをしたり

 自分の話もするけど相手の話も聞くこととか

      参加することだけでも・・・お互い様

   その精神がとても大切です・・・自助活動には



  支え・・支えられ・・

      支援しようと思うと・・・自助グループにはなりません


  わたしも多くの遺族に支えられ手生きています

   たくさんの学びも頂いています

       支援しようと思うと・・・・支援者になります


 遺族同士・・というよりは  遺族という支援者と支援してもらう遺族に分離されてしまうのです


   それはそれでいいと思います

     が   わたしの活動は自助グループ活動


     そういう考えでなければ・・・わたしが立ち上げた会を・・・
    
        その地域の遺族に委ねられません

    会の運営を委ねられるように活動をしてきました

       最初から、地域の遺族が立上げをすることが望ましいことですが

     出来ないようなときは立ち上げてから・・・委ねて  独立してもらうように
        
      連携はするけど・・・相談にはのるけど・・・口出しはしない

          支援者たちの団体は

          参加者に全面的に委ねる事はしません


   遺族という立場でも・・・・カウンセラーの資格があって

  カウンセラーの立場で会に参加していたら・・それは自助グループとはいいません

   どのような立場で参加するのかが重要です


  自助グループの研究者たちによる自助グループの定義があります

     この問題は 大変に重要で 遺族支援のガイドライン作成の重要ポイントでもあります


 そして・・・わたしの個人的な思いは

  支援者になりたくない・・


 支援できないから・・・

   つなぐことや・・・つながること・・・一緒に歩く事はできる

   遺族の人でも支援者になれる人がいるとおもう


     が   わたしにはできない   


   だから・・・震災のあとの遺族の会のたちあげに躊躇した


    子どもを亡くした親の会を広げることなら・・支援者にならないで遺族とつながれる

       と・・・おもい   活動を地域を広めたのです


   どうか 相互扶助の大切さを知ってください

当事者本人達の活動の精神を知ってください


   でも・・支援者になりたいという遺族がいてもいいとおもいます






    

穏やかでやさしい亡き息子に、ガッカリされないように生きたい

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ブログを書く時間がなく・・・今日も???だけど

 30分ほど、サボって(内閣府の資料の読み込み)

   家族を亡くして悲しみを抱えて生きている人たち

       好みのタイプと嫌いなタイプはあるとおもう


   遺族という立場ではなくても それぞれに気が合う合わないはあると思う


  自分が人にされて・・・いやだなぁ~~~とおもうことを・・・人にするのは


     どうだろうか
自分は何もしていないのだろうか

   自分はしていると自覚したら・・・してもいいんだろうか

自助グループという形の 会をたちあげてから 8年目になるが

   いつも 壁にぶつかる

 支援の内容と支援者の考え方・・・だけでも

   壁は山のように高く厚いのに

    おなじ 悲しみを抱えた・・・いわば 身内のなかで
  
   塩を心の傷に塗られると・・・・

    会を立ち上げた責任者として
                  責任を感じてしまう

わたしの心に塩を塗られたほうがマシ


   会を立ち上げなければ良かったのだろうか・・・とさえおもう


   亡くなった人は…そんな家族をみて・・・

        笑顔でいるだろうか


  愚かなわたしの戒めは  息子のまなざし

  「かぁ~ちゃん、なにやってんの・・・」と、ガッカリした声が聞えそう
     な 言動や行動は慎もう・・と思っている

    がしかし   「あああぁぁ~~~~なにやってんのよ・・」と

     いう息子の顔が浮かぶことを している自分が居る


    そのつど・・・「ごめん」というが

      煩悩でいっぱいの私は・・・息子に苦い顔をされてばかり


     人にやさしくありたい・・とおもう
   
        言葉だけではなく・・その場限りではなく


         少なくとも・・・・亡くなった人から呆れられないようにしたい

  いいところを探したい・・・すきになれるところを探したい

    息子を死なせた自分の生きかたが

        息子を落ち込ませては・・・息子の母だって・・彼の世でいえなくなるから

死んだらみなおなじ・・・

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 藤けいこさんが亡くなって、テレビで取り上げていた

 司会や、コメンティターが「自殺はいけない」「自殺はダメだ・・」と 言っているのが気になって

    昨日の藍の会で話題に・・・


 弱い人が自死すると多くの国民は思っている

    自分で死んだら、同じところにいけない・・・

  同じところにいくには、わたしは息子と同じように自死しなければならないのでしょうか

       自殺・・・自死が忌まわしい死として言われたのは明治から

      でも戦争の特攻隊も・・・国が命じての自死

死ぬことって楽なんだろうか


     人間の最も重い刑罰は死刑 死

  それは・・・死は楽だからだろうか

   弱い人が実行する死  を  最高の刑罰にするのだろうか


   強い人間が生きて・・弱い人間が死ぬ

      我慢強い人が生きて・・・楽をしたい人が死ぬ


    そうなのだろうか

  病死・事故死・突然死。犯罪死・自死・・・災害死

       自死・・・という死に方で

   死んだ息子

   死は恐怖だったはず

   息子は 数日食べないで・・・水も飲まず   泣いて泣いて泣いて・・・死んだ


     何度も何度も・・・引き摺って・・・頑張って泣いて死んだ


  自死した子どもの親の気持ち


      街頭署名しても・・・・ののしられる死

    勝手に死んだんだろ!!!  子供が死んだのは親のお前のせいだ・・・と
     署名をお願いしていて・・・道路でののしられる

   犯罪被害者の代表から

 「好きで自分で死んだのでしょ」「わたしたちは・・・殺されたんです・・」と
会議で言われたわたし

     死んだら同じ


  年間 15万人新たにうまれていると言われている自死遺族

   これまでの10年間で150万人の自死遺族

      
     隣の人が自死遺族かもしれない

  

  

わかちあいの会と仲良し会・・・・・

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昨日は「藍の会」のわかちあい

    29日は子どもを亡くした親の会

 
  力不足・・・を痛感している

 子どもを亡くした親の集い「つむぎの会」

 以前から気になっていることがある

       仲良しクラブ の 雰囲気が 強すぎて「わかちあい」になっていない

   仲良しクラブは仲良しクラブでいいと思う

     それと「わかちあい」の会は違う

 藍の会は85回

 わかちあいをしてきた・・つもり

    その雰囲気が苦手という遺族のために「茶話会」も開催してきた

 
  ・・・・・・・・・・・

明日は 東京

  自死への差別的取り扱いの研究会

    10月の公開電話相談会の打ち合わせ

 
 今日は、フォーラムご案内の送付 と  事務整理

   

支援者の育成をする支援の専門家という人たち・・・支援の専門家という資格があるのだろうか

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締め切りのある原稿と資料の作成に追われていました

 日々の相談は変わりなく、あり・・・悲しい出会いが増えるばかりです

   遺族以外の相談も多く・・・時間と体力と能力が足りません

最近また支援者の育成が多く見られます

   NHKのディレクターも通信社の記者も・・・調べれば調べるほど

     支援者を育成するセミナーばかりが目立つね・・とはなしてました


 遺族支援の専門家とはどんな資格を持つ専門家なのでしょう

   遺族支援の専門家による遺族支援の育成講座  不思議な講座です


  被災者支援の専門家とはどんな人たちなのでしょう

   被災者の専門家による被災者支援のためのセミナー  不思議なセミナーです



 3日に内閣府の会議に行きます・・ということを県の担当者に伝えたら

     7年間一度もされたことがないくらいに気を使ってくれています

   藍の会の活動・・・つむぎの会の活動は県内

   全国自死遺族連絡会の活動は全国 ・ 国

  自殺という言葉を自死へと変える運動

普通の悩みがうつ病にされてしまうような自死防止対策の見直し

悲しみさえもうつ病になる世の中はおそろしい


    自訴への差別的取り扱いの撤廃運動と具体的解決の相談


   自助グループ本人の会の立ち上げ支援と推進活動


 もちろん 遺族が元気に生きて行く事が主


もとのような幸せにはなれなくても・・・元気には生きていって欲しい

      それが・・・自死への差別や偏見の払拭にもなる

            亡くなった人達の尊厳回復にもなる

  

昔は自害・自決・・・自殺という言葉の歴史は浅い・・・・自死へ変えよう 

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「自殺」という言葉が使われたのは
      明治になってから

それまでの長い歴史の中では自決、自害というふうに言われていた

  そして、葬儀に参列したあとにお清めの塩がつかわれたのも明治

  なぜなら・・天皇は神 神道  神社 日本の神は死を忌み嫌う 血を嫌う

     だから  家に神棚のあるところは葬儀には、神棚に〆の文字を書いてはる


  死は神には見せない  だから神棚を〆るのです


     塩も神さまのために、葬儀に参列した人間は汚れているから、身を清めるというもの


仏教の教えではない

  それも     長い歴史の中で自殺という言葉になったのは、100年程度

 それまでの表現を変えたのだから・・・また変えてもいい

   時代流れに沿った言葉に変えたらいい

 3日の 内閣府の会議にも 資料として提出予定

 おそらく 某有名団体の代表二人から 大反対があるだろう

 しかし かれらは 遺族ではない

      遺族も理事でいるが・・・数人


 全国自死遺族連絡会は  遺族だけの団体
                     47都道府県 1500人ほど会員の遺族がいる

そして  自助グループを開催し活動している

  総意である


     個人の意見ではない   団体としての「体験的知識」である


そして・・・眠れてますか・・・うつ病キャンペーンを見直してもらいたい

         

自死遺族のフォーラムです・・・年に一度  今年は9月7日 きゅりあんで開催

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9月7日のフォーラムはどなたでも参加できます

  全国からたくさんの遺族が参加します

遺族も・・遺族以外も・・・

   お待ちしています・・・当日の出会いがお互いの生きる力になりますように願っています


  全国自死遺族連絡会のホームページに詳細が掲載されています


  当日は懇親会もありますので・・・お時間のある方は懇親会にも参加を・・・


    

9月7日 全国自死遺族フォーラム 第6回

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9月7日 品川区総合区民会館「きゅりあん」JR大井町 駅前 東急大井町駅すぐそば

13時~


 全国自死遺族フォーラム2013


  ~分かち合いから生れる「体験的知識」と
           悲しみについて~
自死遺族自助グループ本人の会の考え方

 講師
      トマシーナ・ボークマンさん:ヴァージニア州・ジョージメーソン大学・名誉社会学教授

 講師   岡知史さん:上智大学総合人間科学部社会福祉学科教授

講師  いじめで高校生のお嬢さんを自死で亡くしたご両親 渋谷さんご夫婦
      《真実を求めて裁判中)

   参加費 無料  どなたでも参加できます


  
 遺族支援とは・・を考えるとき

  まずは遺族の話を聞くことから・・・とおもう


元国連で働いて、難民のために尽力を尽くした
 緒方貞子さん

彼女はまずは、難民の声を多く聞くことから支援を決めた  そうだ

  できるだけ多くの難民と接し、話を聞き、そこから難民が求める支援を見極め
 それを国連に提出し、支援の実行をしてきた

 何が必要とされているのか…何が緊急を要する問題なのか・・・

そのためには・・・当事者の声を聴く・・・

  根本的な姿勢が皆無な支援者が多い

  もちろん まずは 聞く・・という姿勢の組織もある


海外の文献で支援のニーズを決めても仕方がない

   ここは日本  日本に住んでいる人たちのニーズは
     海外とは違う

 そして日本でも地域によって違う

  当事者本人の要望を聞こうという考えが少ないのはなぜ?

支援は与えるもの・・・という考えがあるのではないだろうか

困っているんだから…だまって与えられたものをありがたく受け取っていたらいい

     支援されないと困るんでしょ

  やってあげるんだから

文句を言わずに…ありがたいというのが礼儀でしょ

支援が違うなんて・・・よくいううよ・・・


   みたいな考え方が多いのが日本人の支援

 緒方貞子さんをみならって 当事者のための支援でありたい

真剣にいのちがけで活動しているつもり・・・・・・誰を信じるかは自由

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また  参事官が移動した  

 これで  7年間で6人目?7人?

   クルクルと役人は移動する

   誰も専門官はいない

      だから いつも 最初から

       人間関係もいつも 最初からやり直し

  名刺だけが増えていき・・・メールアドレスの登録も増えていく
      
 が    進展はしない

 
 何百万人自死していっても・・この国は反省しないとおもう


  支援者も担当者も  誰も  心は痛まない

      ゲートキーパーたちも・・・心は痛まない

   
   自死した人たちの個人のせい   家族のせい

       で おしまいである


    精神薬を信じないで欲しい

     治ったならいい

   治らないのに 信じるなんて  


    幸せになる精神薬はない

      仕事が見つかる精神薬はない

 家族が生き返る精神薬は無い


    借金が消える精神薬はない


  
      頭痛と心の痛みは違う


    頭痛は治せても・・こころは薬では治らない


     恋の病はクスリでは治らない・・・と昔からいうように

    こころはクスリではなおせない


「うつはこころの風邪」というキャッチコピーは製薬会社が作ったもの

  それを広告代理店が医師会などと一緒に、大々的に宣伝して
 国民を洗脳した

     精神薬を売るために 宣伝したもの


     惑わされてはいけない


 広告はあくまでも広告
      企業の宣伝文句はあくまでも企業の宣伝   


  売れればいいのだから


   回復していないのなら・・・もう一度考えてみてください


  

   

   

わたしがひねくれているのでしょうか・・・

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また・・心のケアが新聞に載っていた

心のケア  って   どんなことをするの?

どんな心をどのようにケアするの?

   響きのいいことば  心のケア  


 阪神淡路の震災後に流行りだした言葉
 
心のケア

   心のケアの言葉の発祥の地は

     自死が多い地域である


心のケアを推奨してきた人たちは・・・何の為に心のケアを推進したのだろう


   死なせたくないためにだと思う・・・ということは・・・自死を防ぐために・・・ですよね


     何で自死が増えたのかを検証しないのが彼らのケア


 自死を減らしたいというためのケアならば、増えたことに疑問を持ち、自分たちのケアが間違えていないのか

           を 振り返る視点が必要だと思う


    ケアされていないということだから・・・・ケアしているのに自死が増えるのはそういうことです


  心がどうやってケアできるのか・・・わたしはわからない

     毎日一緒に暮らしても難しい

  具体的にこんな心の人をこんなことをしてこうやってこうなるまでケアする・・・という

     ビジョンが見えない



 とてもあいまいな ケア


 愛に溢れている支援のように見えるのだろうか
                        世間には


   幸せな人たちにとって

   不幸な人の心を救ってあげるケア
                     は  幸せが倍増する行為なのかもね


     自死遺族の支援をしているある団体の通信の後記に

   この通信を作成している自分たちが心が豊かになりました幸せです

        と 書いた代表がいます

   自死遺族にも配布する通信です

(だからわたしにも送られてきたのですが)


  遺族の支援をしていると幸せなんだ!!!と感じて、不愉快でした


    私の息子が死んだのは、支援者を幸せにするために死んだのではありません

   

      支援者の心の豊かさのために息子が自死をして、わたしが遺族としてつながったのではありません

                      

亡くなった人達の家族が、誰より死なせたくなかったのです・・地域で見守って自死を防ぐって・・・遺族を地域で責めていますよね

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 国の対策を知って・・・見当違いだと感じて意見を言い続けて7年が過ぎた

    それ以前から対策の大筋が決まっていて・・・

        15年前・・・いや・・・20年前

   時代は変化しているのに・・・現状は変わってきたのに

 無視・・・しての対策

 時代錯誤もはなはだしい
       
      見守りましょう・・・・地域でって

   高齢者の一人暮らしの自死は少ない

      家族で暮らしている高齢者の自死が多い

なぜ?

    年金問題や、介護の問題・・・


見守っていないのか


 いや・・そうではない
  
家族が一番近い存在で・・・一緒に居る

 24時間一緒に居る家族よりも
        地域の人たちが見守れるのだろうか


 1ヶ月に一度 いく 美容院が…理容院が・・・民生委員が

    見守れると本気で思っているとしたら・・・遺族はまるで死んだ人に関心がなく
       死ぬほど苦しんでいるのに気がつかない・・・愛情も知識もない人のよう

他人のあなたたちよりも   家族が一番死なせたくないんです

    安易なゲートキーパー養成で・・・
遺族の自責の念をを深めるような対策をしないでください


   対策にかかわっている精神科医や教授たちは想像力が狭く浅い

      患者を治せない医師や教授が対策を担っているから・・・困る


  そんな人たちは 頑固

 頭が柔らかくない   柔軟性がない


  震災後 実態のないこころのケアが もてはやされ・・・自死が増えている

  自死が増えたのは震災のせい・・・だとかれらはいう

  イヤイヤ・・・自死者をださないために 心のケアをしているんですよね


 「わたしたちは一生懸命心のケアはしています」が、「死んだのは個人のせいなのでしょうか」

   結果がでないならば・・・支援の方法が間違っていたのかもしれない・・とおもうのが
ケアの専門家ではないでしょうか


  精神科に行って・・・クスリを飲めば・・・なにが改善されどのようになるのでしょうか

      ある人がこんな事を行っていた

「だれが正しい生活をきめたのか」
「朝6時か7時には起きて、歯をみがいて、顔をあらって、食事をして、12字にはお昼ご飯をたべて、5時には仕事を終えて、6時か7時には夕ご飯を食べて、9時には寝る」
酒は呑まず(一滴でものめばアルコール依存の予備軍らしい)
タバコのすわず(ニコチン依存症になるらしい)
花を愛でて、動物をかわいがり、散歩をして、いつもニコニコと挨拶をして
 一日35種類の食物を摂取し


 大切な人が死んでも・・・2ヶ月で回復

そんな人はいるのかな・・・


 自死の対策も・・・矛盾だらけ

   頭のいい人たちが対策をたてていると思うのだが・・・

   頭の悪いわたしでも疑問に思うことだらけ

      減るわけがない


多分  何を目的としているのかさえ  わかっていないと思う


 

  

悲しみは壷にいれてしまうと消えるらしい  あるスクールカウンセラーのアドバイス

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重度のうつ病でも・・・4・5ヶ月・・・1年以内 多くて2年で回復する治療が
できるのが 精神科医

  重度・・・でも・・・です

 人間の様々な感情が引き起こす おちこみ や 気力 


   それらの全てを適当な精神病の名前をつけて…どんどん 精神病の名前だけが増えていく


    あるスクールカウンセラーは

 兄を自死で亡くした15歳の弟に  「悲しみは壷に入れてふたをしてしまいなさい」でオシマイ

        兄が亡くなって  30日足らずでした



   無理やり話を聞きだすカウンセラー

      日本の臨床心理士は  文科省の管轄

   厚労省ではない   


 しかし  いとも簡単に  病名をつけて 精神科につなぐ


   海外では独立していて    

   医師の手先にはならない


  

悲しみも苦しみも  原因がある場合は  病気ではない

     
     精神科医がこころの専門家   臨床心理士が心の専門家ではない


   自分の心の専門家はじぶん  


     グリーフケアの専門家???も悲しみの専門家ではない



日本人は  こころ・・・という言葉に弱い

     なにか とても 崇高な 仕事をしているような感覚がある


       宗教心の無さからの反動なのかもしれない


    大いなる力を信じる心   人間の力を超越したものの存在を信じる心


          人間の力ではどうにも出来ない出来事を体験したとき

       太古の人々は 神や仏にすがった

   太陽神にすがった  山ノ神にすがった

        仏にすがった

      身をゆだねるしか生きられなかった


       もがき苦しんでも  どうにも出来ないことだらけ

    それが人生

 だから  宗教がうまれた


        その どうにもできない ことを

 人間が作ったクスリでどうにかできるわけがない


   人間は愚かだから
   
 
  精神を病んでいる人を  管理のしやすいように   人格をつかさどる脳を破壊し

   ロボットのような同一人格にしようとしている

      もはや人間扱いではない

 過去に その方法を反省し クスリ治療になったのだが

     また  ロボトミー  電気ショック  くすりづけ  脳に電磁を埋め込む

       など   歴史を繰り返している


    ということは   こころは なおせない    治すのは自分

スクールカウンセラーは臨床心理士が少ない・・・縁故採用が多い  

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スクールカウンセラーで臨床心理士という資格のある人は少ない

東京などを含む大都会は臨床心理士の資格のある人がスクールカウンセラーとして働いているが

   全国のほとんどの地方では、2週間程度の講習を受け、教育関係者の縁故採用である

  文科省も臨床心理士がスクールカウンセラーに採用されているのは地方では少ないことを認めている

   カウンセラーって・・・誰でも名乗れることを知らない人が多い

  民間の研修を少し受けただけでもいいし・・・研修なんて受けなくても

   名乗れる

      その程度の人たちがスクールカウンセラーだという認識を持つこと

 
病院のカウンセラーは臨床心理士だが・・・医師の手先のような人たちが多い


     肩書きに騙されないこと


   わたしは個人的に 信頼できるカウンセラーの紹介もしている


     遺族のわかちあいだけを主催しているわけではない


       そのために ソーシャルワーカー 社会福祉士会や臨床心理士会 産業カウンセラー

          弁護士会 司法書士会  等々  精神科医たち  学者たち

       と  つながっている   顔の見える信頼できる人しか紹介はしない


    今日のコメントを読んで

   わたしの活動を 遺族にもっと知らせることがひつようなのかもしれない

      と

           反省した


   どうしようもない カウンセラーや精神科医  が おおい

   
 臨床心理士も精神科医も 弁護士も司法書士も  

   児童の相談も   それなりに人脈はある・・・


  医師なら誰でも・・・弁護士なら誰でも・・・カウンセラーなら誰でも・・・

   同じレベル・・・ではない!!!!!


    個人個人の人格  と   専門家意識の高さ


 肩書きだけを信じないことです


  


     

書いていて吐き気がしてきた・・・おぞましい研究が行われようとしている

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精神薬に頼らない自死対策  


   家族を亡くした悲しみまでもが「うつ病」になる日本

 
 こころは薬では治らない

           
    息子を亡くした悲しみは絶対に消えない

        治らない

 この悲しみが、わたしの悲しみが、わかるのは息子とわたしだけ

   なぜなら わたしの悲しみは 息子とわたしの間にある愛だから


  家族を亡くした悲しみを精神病と診断する社会は 人間の社会ではない


  以前にも書いたが・・・脳学者たちが・・・厚労省の研究費で・・・

     亡くなった人の脳を保存して、精神を調べるという研究が始まるらしい

     生きている人の脳のこともよくわからないのに





    亡くなった人の脳だけ保存して

     (遺族が協力するだろうか?それとも身元不明の遺体から取り出すのだろうか)


      (精神を病んでいた遺体と、正常な遺体・・・それも若い人の脳)


  怪奇ドラマのようだ・・・


  どのように考えても・・・子どもの遺体から脳を取り出して 研究に協力する親がいるとは思えない


       死んでしまった脳細胞から ガンならわかるが

        心の細部がわかる・・と思っている人って・・・精神が病んでいないだろうか


   そんな研究よりも

    パワハラのない仕事

   いじめのない学校    


       老後の介護の心配のない社会

     老後の生活が出来る年金

        幼いときからの教育改革


   ひとつひとつ 地道に人にやさしい社会を作っていくほうが

   人間が人間らしく人生を楽しんで生きられる世界になると思う



    戦争のない   世界

       争いのない世界    



   亡くなった人の脳の保存を自死の対策大綱に提言するような人間が

           権力を持つような社会だから

   自死が増える・・・



    やさしさの欠片もない 社会   それが  かれらの正しい社会


    ヒトラーが支配したような  一部の偏った考えで  国民の精神を支配させてはならない


   わたしは断固反対する

         自死した人の遺体から 脳を取り出させてはならない

 
                 

一見善意・・・無知の支援は罪  精神薬で実際の問題は解決しない

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被災地では「眠れていますか?」が以前から大流行

 からころセンターというNPO  石巻

    精神科の院長が理事長・・・

   石巻市と連携している


 眠れていますか?といって仮設住宅や被災者をまわって歩き...医師という肩書きと保健師という肩書きと

  フル活用 高齢者で・・・精神科医療の知識などない被災者に

        眠れないなら・・・睡眠剤を・・・

  それはうつ病ですよ・・・と 啓発してあるいている

    なぜ  眠れないのか

     何時に寝て、何時に起きているのか


  睡眠の状態も検査せずに  すぐに 睡眠薬


      過疎地域の行政は  医師に弱い

  肩書きに弱い

        精神薬が全ての問題の解決方法では無い

     精神薬で人間は幸せにはならない

  精神薬で、明るく楽しくはならない


   宮城県の精神科の先生たち


       被災者を殺す気ですか


    県民がどれくらいあなた方の犠牲になれば 目が覚めるのですか


  精神科の・・・クリニックで・・・年間 10人の自死って多くないですか


それ以外にも  心不全で死んでいますよね
                     先生


    不審死も・・・・



被災地の行政の皆さん   安易に精神医療を勧めないでください

        責任を取れますか


  自分が勧て精神科に通院した人で・・・明るく元気になったひとはいますか???


      怖い・・・ひとたちです


  悪意がなく、善意だから

   無知は罪





    

遺族支援の専門職の育成をする遺族支援の専門家の講座・・・へーーーーー

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 遺族支援の専門職対象に講座

   東日本大震災の遺族らをケアしている医療や保健、教育分野などの専門職が対象らしい

「遺族ら」だそうだ

 遺族支援の専門職  って  何?

遺族支援のどの部分?

 もしかして心?



  医療って・・・・精神医療? 保健って精神保健?
 教育分野って・・・誰?

    悲嘆回復の専門家ってどんなひと?


少なくとも主催の団体には

      グリーフケアを専門的に学んだ人は誰も居ない

     遺族との接触も少ない

    そもそも・・・グリーフケアは遺族には歓迎されていない

       もともとの グリーフケアの「終末医療」の補助的役割としては必要である・・・と思う

 最近も  難病を抱えて・・・衰えていく自分人間としての自分が失われていく悲しみ苦しみ

                  自死に至った人がいる


   治りません!!!
  年月と共に 悪化し、最後は記憶障害や人格を無くしていきます

          と  宣言されて


   患者同士でつながって・・・悪化し亡くなってに行くのを13年間みていて

      死期をさとり  ・・・自死を


 病気の伝えて・・・オシマイ・・・ではなく

    死期を受け入れるためにも・・・グリーフケアが必要だと思う

   自分が衰えていく・・・人間としての尊厳が喪われる

        死期が近い・・・その恐れや怖さ、恐怖、苦しみ

    を 受け入れるための ケアは 医療機関では必要


 死刑の人にも 受け入れるように諭す時間がある


   ただし

 遺族へのグリーフケアは  無理

    家族を喪った悲しみは「愛」

 「愛」はケアの対象にはならない

「愛」を どのようにケアするのだろうか

   悲しみと愛は共にある



    遺族の悲しみは「吐き出す」ものではない

   悲しみもさまざま   いろんな悲しみがある


   ケアできる悲しみもある

  しかし  愛から来る悲しみはケアできない


   それなのに  遺族支援のケアの専門家を育てる講座って・・・


     自死遺族もほとんど参加していない団体   


 遺族が参加しない方法を学ぶのだろうか


  こんな方法で開催すると遺族は、1回きてもあとはきませんから・・・という講座?

   支援者の自己満足の講座


    7年間の活動で反省しない人たちの集まり


         遺族が参加しないことが   どんな理由なのかを知ろうともしない


  かなしいひとたちのあつまり   
 

  遺族支援の専門家の専門家・・・の団体

     顔が浮かびますが・・・ 

  残念なひとたちです

人は変えられない・・・ 自分を自分で大切に・・・

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全国自死遺族連絡会は毎年 内閣府・厚労省・文科省・国交省・警察庁に要望書を提出し。国会議員同席で
 ご返答をいただき、話し合いをしています。

今年で6回目  この5つの機関の他にも・・・法務省・文化庁・国税 にも要望書を提出し話し合ってきました

文化庁は 宗教関係者への指導の要望


  仏教会への要望は野田正彰先生もしてくれています(偉いさんに)

    
    社務所へ抗議をしたこともあります
  総本山などへの抗議もしました


  わたしの個人的な感想ですが

   お坊さんたちで自死遺族の話を聞く会を開いているようですが、わたしは絶対に行かない

  救われる人がいるとは思うけど

      わたしは・・・その発案者を知っているし その代表を尊敬していないから

         ひとはそれぞれ   だけど   わたしは   裏側を知っているから

              いかない

それに

  お寺さんというものは、いつでも遺族の話を聞いてくれるもの

 特別に 自死遺族だけ集めて・・・大勢の坊さんが集まって・・・話を聞き

 ものすごいいいことでもしているように・・・活動をしていることは・・・いかがなもんかとおもう

   
     お坊さんはお坊さんとしての本来の役割を果たしたらいい

        本来の役割も果たしていないお坊さんに限って・・・

               目立ちたがりででしゃばり

   
本当に自分の立場をわきまえている宗教者は


   控えめで・・・こちらからの要望に応えてくれる


      法話の会   は   素人にはできない  遺族だけでもできない

        お経を説いてくれるのは  お坊さんにしかできない
   
     お釈迦様に仕えるものとして  お釈迦様の教えであるお経を説いてくれるのはお坊さん


   でも   その人がしっかりとお経を学んでいないと説法なんて出来ない


         きちんとしたお説法ができるお坊さんは少ない



    すばらしいこころを持っているお坊さんもいる

 神父さんも・・・すごい人たちだなぁ~~~とおもう宗教者もいる


     素敵な気を持っているやさしい心を持っている人たちとのつながりは


           自分をやさしくさせてくれる


  清められる  




選ぶべきですこちらが・・・

   医師も宗教者も 弁護士も・・・いろんなひとたちとの連携があるけど

    選んでいます

      人品人柄ですから・・・肩書きではなく



 苛立つ人とは距離を置き・近づかないように  しています


 ときどき  近づいてしまい  

 いそいで   きれいな気の場所に身をおくこともあります



   悪の気は・・つよく  こちらが疲れてしまいます


   悪の気の持つ人に巻き込まれないように


   もったいない です 自分が     


        

宗教者の役割・・・・ 

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我が家のお寺さんは浄土宗

  震災後法話の会を開いてくれている慈恩寺さんも浄土宗

岩沼市の法話の会にきてくださる増上寺さんも浄土宗

石巻の西光寺さんも浄土宗

気仙沼にきてくださるお寺さんは籐源寺さん曹洞宗



  自死遺族支援をしよう・・・と気張っていません


   わたしたち遺族側からお願いをした人たち


  仏さまに仕えるものとして、どんなことが出来るのかを謙虚に考えてくれます


   お坊さんも尼さんも 牧師さんも神父さんもシスターも・・・


      一人ひとりの人間性です


       心根・人品・人柄


  
    やってあげよう・・・やってあげてる・・・という姿勢ではない


  お釈迦様は・・・阿弥陀さまは・・・神は・・・

     自分たちはあくまでも仏さまや神様の教えを伝えることしかできない・・・と


      慈悲のこころを持っている人たち


 私生活はわかりませんが

   少なくとも  みなさん やさしい



        勘違いしている 宗教者も多い


    人を蔑むような人は宗教者ではない


       仏さまや神様に仕えるものなのに

  仏さまや神様よりも偉そうな宗教者が多い


    その時点で その宗教者自身が  仏さまも神様も信じていない


     マザーテレサは 目の前の苦しんでいる人たちが神である・・・神に仕える自分は
                 苦しんでいる人たちに仕える・・・

                   という意味の言葉を残しています                

            神の下僕として・・・・


   自死遺族支援をしています・・・と  いう  宗教者をわたしは信頼していない


      真の宗教者は  そんなことをいわない


    宗教者の本業を踏まえた日々を送っていれば

       
    声を大きくして・・・遺族支援というべき人たちではない


  その事に気がついていない宗教者は

      偽???もの???



         

自画自賛の対策ではなく、減らす対策の具体的実現を・・・

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 県の精神保健福祉協会の「心とこころ」に掲載する文章を1400字で書いた

テーマが いのちを見つめる~自殺対策の今・これから~

自死という表現にすると以前に約束したはずの協会が・・・まだ自殺だったことにガッカリ

 文書で確認をすることにした


 「自死遺族の視点から見た対策への疑問」というタイトルにした


  お互いの対策の褒めあいや自画自賛はもうたくさん

   具体的な対策の実施

      絵に描いたもちのような対策では、いくらきれいに構築されても
           減るわけがない

  いじめを隠ぺいしたり

    いじめた側の親の指導はせずに

        いじめられた親への指導では

    そのいじめた子は、また次のターゲットをみつけていじめを繰り返す


仕事も・・・大人の言葉の暴力  人前でのののしりは いじめ  


   仕事が忙しい!だけでは自死はしない


      教育は大切   差別と区別は違う

  権利があれば義務もある

     いじめは犯罪

 パワハラも犯罪

  言葉の暴力は見えない犯罪


    人格否定はしてはいけない

 人に死ね!といってはいけない

  
 どうしてギスギスするのだろう


   やさしくなれないのはなぜだろう


       いじめている人って楽しいのだろうか

     それが楽しいなら 人格異常者


 指導の対象を間違えないで欲しい

  
毎年3万人  若者が増えている  


   危機感を持って・・・データー集めだけしていないで


 具体的に動こうよ・・・


  わたしにもっと能力があれば・・・

    相談にもっとのれるが

       はらだたしい・・・眠くなる自分が・・・

  怠け癖が出る自分が

 自分に甘い自分が

          母は84歳まで現役で働いた

  わたしはまだ64歳     

   頑張れるはず・・・

明日は我が家のお寺の盆回向の日・・・

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明日は 我が家のお寺さんのお盆回向

 お手伝いの会に入っているので、朝8時半にはお寺に集合

      お墓参りの人たちに カキ氷のサービス  


   青森の実家から 母の新盆なので・・・くるのかどうか・・と連絡が

  11月に一周忌なので、そのときに行く事にしたので・・・新盆は  我が家で回向

 息子と一緒に 両親6人 まとめて回向


  今日も少し手紙を・・・資料の送付が多いのです最近は・・・


全国自死遺族連絡会に関心を持ってくれる遺族が増えたことに感謝です

 昨日は 「茶話会」
   
  珍しく夫を亡くした人が3人


      「わかちあい」ではないが  よろず相談・・・なんでも話せる場所でありたいと

  
 精神科医療の相談もあり・・・

   遺族の裁判等の相談もある

        全国47都道府県に1箇所の自助グループ本人の会が欲しい

    つなげる会がない県が多く・・・かなしい


    自助以外にはつながない  


 安心して、紹介できる場所がもっと欲しい


      話し合える場所があればいいだけなのに・・・


  難しいのかなぁ~~~~


  定期的に場所を確保して・・・開いているだけでいいのになぁ~~~



     自分に出来ない相談を受けたら・・専門家につなげばいいし・・・

     
    気負うことなく自然に自分の家でお茶する雰囲気でいい・・・


   明日は・・・お参りに来た人たちに声をかけてカキ氷を食べてもらい・・・

     ご住職たちの お世話も・・・


   その後は・・・みんなでお疲れさん会を・・・


    夫は駐車場の整理係りをする

  慈恩寺さんにも  お盆のお参りに行こうと思っている


     いつも御世話になっているから


   感謝を込めて・・・


  感謝をしなければいけないところがいっぱいある・・・


 不義理ばかりしていて・・・心苦しいが  許してもらっている・勝手に・・・

    気持ちはあるのです

            

製薬会社の宣伝をそのままに信じるのは危険すぎる

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8月に入り遺族からの相談が増えてきた

   今日は、朝から夕方まで~~~

自宅にいないことが多いので・・・かけ直しもするが・・・つながれないこともある

  弁護士が必要なこともおおい


 精神科医療の相談も変わらず多い


    野田先生も田島先生も

  重症うつ病の治療は3~4ヶ月がひとつの目安

 その間入院してくすりを飲み、しっかり休養をとり、副作用が出たとしても対応できた。
くすりが効いて、回復した状態が数ヶ月続いたら徐々にくすりを減らしておしまい。

 くすりが合わなければ延びますが、それでも1年以内に服用を終えるのが普通だった。


 それが、いまは5年6年ザラ。10年20年飲んでも回復しない人も数多くいる。

  くすりをやめたい・・・という人が多い・・・が、離脱症状が強くやめるのは至難のわざ


    という


2週間でも1ヶ月でも抗うつ薬を続けて飲んだら
     脳のバランスは変化する、長期間服用すると脳に2次的な変化が生ずる・・・


  精神科は幸せにしてくれる場所ではない

 精神薬で仕事は見つからない

    精神薬で失恋は改善されない

    精神薬で借金は減らない

精神薬でいじめは解決しない (いじめている人に飲ませたら解決するかも)

 精神薬で人間関係は改善されない

 精神薬で 人は生き返らない


精神薬で悲しみも苦しみも悩みも解決しない


    脳を麻痺させるだけ


脳神経が精神薬に冒されたら・・・ズタズタになるだけ・・・


  わたしは精神薬だけは飲まない  絶対に

 こころはくすりでは治らないから


   
    5年・ 10年と精神薬を飲み続け・・・悪化し・・・
        いま断薬とその後遺症に苦しんでいる人たちが大勢いる


  飲まないほうが  もっと前に元気になれていたと思う


    製薬会社の宣伝の騙されてはいけない

 どこかの化粧品と同じこと


   会社は売るためならば、何でもする


   うつは心の風邪・・という文句は  パキシルの会社の宣伝文句


この宣伝効果は抜群で  150億円の売り上げが、一気に500億円になったのです




  啓発活動で。うつは誰でもかかる病気(不安)
 ↓
適切な治療で治る(希望)

早期受診による早期治療が重要(行動)


  というメッセージが確立


広告の中に、病院のフリーダイヤルや啓発サイトのアドレスを載せて、敷居を低くした

  
製薬会社の支援で「うつ病アカデミー」という研究会が2003年にたちあがり

   2004年に「日本うつ病学界」となった

   学会の会則の主目的は患者への啓発活動




    製薬会社のサポートで成立している学会

       そんな学会が製薬会社の影響を受けるのは必然



   怖い・・・

祈ること・・・願うこと・・・人間はおろかなもの

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東北会病院のカルテ開示の拒否
 
 責任者から何度も電話があり・・・調査したがそんな事実はない!という返事だった

 受付も入院担当看護師もカルテの開示請求は受けたことがない・・・そうだ

 
     わたしは犯人探しをするつもりは無い

   改善されたらいいと願っているだけ



 書類でお願いしたのではないので、言った言わない論になってしまう


    そんなことに 患者を巻き込むつもりはない・・・まだ入院中だから


  
   偉そうだったその医師は・・・ある有名な医師の名前を出したら・・・静かな物言いになった



   まさかそんな有名な医師と私が知り間とは思ってもいなかったようだ



  この医師が  権力に弱い人だとは知っているがこんなにもハッキリわかる医師も珍しい


     

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昨夜  店に行って来た

   まだ 所長とは会っていないようだ が

      いつでも連絡して・・・とは伝えた

  暴言の連鎖・・・暴力の連鎖

     働いている人たちの顔がひきつっている・・・笑顔も笑顔でない


    ピリピリと  雰囲気がどんどん悪くなっている


  引き上げてほしい  所長  


       

行過ぎた指導はいじめ・・・ 見てみないふりは同罪

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 暴力に耐えて働いている20歳についてはある信頼できる人に個別に会って
       気持ちを聞いてほしいとお願いをした。
まず・・そのこの気持ち

 それからでも・・・大丈夫?と思っている・・・が・・・今夜様子を見てこようと思っている

   この間は・・・覇気がなく、うつろだった

 このままでは・・・死んでしまいそうな・・・


  いつになく不安なわたし


     生きて欲しい   笑顔で生きて欲しい

      

   後悔する前に動こう・・・動かなければ・・・


        

死んだ人は自殺・・・遺された自分は自死・・・語れない遺族にも思いを馳せて欲しい

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自殺でいい  という遺族がいる

  なぜ、自死という表現にしてほしい  と 運動をしているのかを理解していない

  殺すという文字の持つ印象   

 商法に今も記載されている   故意の死  自分の意思で好んで死んだ
   
    自分で好んで死んだのだから・・・生命保険が欲しくてわざと死んだのだから・・・保険金は支払わない
    
  払うとしても・・・免責機関を長くする・・・なぜなら

   保険金目的で、掛け金が少ない間に死なれては保険会社の損害が大きくなるから

       保険金目的で自分のいのちを簡単に消せる・・・という 考え方

    宗教者たちでさえも・・・普通の人は自分でしなない・・・なのに自分を殺すという

 行為は いのちを粗末にしている

   神への冒涜である・・として 葬儀もしてくれなかった

   戒名にも 彼の世にいけない・・・行っても・・・暗闇の中で
       苦しむ・・・のが 自分を殺した罪


  賃貸物件の損害賠償  等など  たくさんの 差別的問題が山済みされているのに

     全く理解しないで・・・自殺でいい   という遺族がいるのは
    
       情けない


   自殺でいいなら   自殺遺族と名乗ったらいい


    自殺遺族と本に書いている学者もいる  発言も自殺遺族という役人もいる


  死んだ人が自殺   遺族は自死って  変

  

    自殺という言葉は  他殺ではない

  いくら 会社に 殺された・・・と主張しても    殺されたとは世間は思わない

  
   会社を殺人犯には出来ない

  自殺という言葉がいつから使われたのか・・・

 それがどのように法に影響し・・・遺族を苦しめてきたのかを  

       学ぶこともせずに・・・簡単に
      自分は隠さずに活動しているから
          隠して生きている遺族が悪い・・かのような 発言は

       乱暴???かな・・・


頑張って活動している遺族を・・・責める気持ちはないけど


       他の事情で自死した遺族の気持ちにも配慮してもいいかな・・・・と

  最近思ってしまいました


  田中  お前が  配慮していない・・・と言われそうですが


     残念に感じた 4日でした

  ある団体の色が  
        偏りすぎてきたように思います

     赤く・・・赤く   まっかに

   


毎日の暴力・・・体罰と言葉の暴力・・・修行という枠を超えている

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虐待のような暴力を受け
      板前の見習いをしている20歳がいる

幼い頃に様々な事があり・・・児童相談所の御世話になり、施設で子ども時代を過ごし・・・

グレもせず、働いている

 まだまだ・・・幼さもあり、失敗だらけ・・・の仕事・・・

   見習い・・・だから・・とわたしはおもう

   が・・・いつも アザだらけ  顔をグウで殴るのは普通    

        腕に赤アザが出来たり・・・頭が やけどで 髪の毛がなくなり・・・白くなっていたり
             (多分・・・タバコを押し付けた?)


言葉の暴力もすごい!!!

       人格否定   客の前でも普通にいう


     それって・・・どうなのだろうか


   親がいたら・・・とおもう   が 彼には親はいないも同然(育児放棄で 行き来はない)

客に笑顔で接すると・・・怒られる
   客に無表情でも怒られる

   このままでは・・・彼は・・・精神が破綻するとおもう

複雑な家庭の事情にもめげず・・明るい笑顔が素敵な20歳なのに

  どうにかしたいとおもい  昨日あるひとに相談した

 修行の店は別にもある・・・板前の協会に頼めば条件の合うところを紹介してくれる


   そこの店は ・・・このごろ嫌いになりそう


   虐待のような扱いを見ていて・・・気分が悪い  同じ罪を犯しているようで

    息子だったら・・・どうするのだろう・・と考えてしまう

 正義感の強い息子・・・

 かぁちゃん  何とかしてやりなよ・・と言われているような気が
  
 黙ってみないフリをすんのか。。。かぁちゃんらしくないよ・・・と 苦い顔をしている気がする


  自分が仕事が出来ることと・・・教える器量があるのは違う


   


      

     



      

手を合わせる向こうには何があるのか・・・何に手を合わせているのか

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昨日は「社会福祉士会」の研修会

  わたしは「養女」
 
血のつながった親はわたしが生まれたことが原因で離婚

 父が母を疑い「自分の子どもではない」と・・・
 親族も・・・そして母の親は母の将来を心配して、子どもを父に渡した・・・子どもはいつでもできるが子どもが一緒では再婚が難しい・・・と思ったようだ(いまから64年前のはなし)

父も兄弟がたくさんいて・・・父の親はわたしを育てられない・・・と判断して親戚をたらいまわし


そんな話を・・・大人になって聞かされた


(わたしは父にそっくり  こんなに似ている子どもは珍しいといわれるくらいに似ている)


 わたしを養女にした親は

  実の娘を4歳で亡くし・・・その後養女にした娘も3歳で亡くし

     わたしを養女にしてくれた


実の娘以上に・・・・(わたしが子どもを育てて思った感想)








   息子を亡くしたとき、毎日お経を唱え、朝から晩まで・・・線香と灯明を灯し・・・・ひたすら仏壇の前にいた

   仏壇と図書館


     突然に手を合わせられなくなった


 息子にてを合わせる・・・のが  奇妙に思う様になったから

   慈恩寺さんの話を聞き、増上寺さんの話を聞き

    手は「阿弥陀さま」に合わせ・・・・どうぞ息子をお願いします・・という行為だとしり

       今は阿弥陀さまにひたすら祈願し、息子をお願いしている

    いつの日か必ず 行くから・・・と


育ててくれた母の葬儀にわたしは弔辞を読んだ

「父とキクエ(娘)のところにいけたね・・・そちらで会えてますか・・・、わたしはあなたの娘で幸せでした
  誰よりもあなたを尊敬し感謝しています」と

それは、法話での言葉を信じられるようになっていたから

 母は信じていた・・・極楽を・・・彼の世を・・・信心が深かった



  3日の夕刊


一瞬にして名前も肉体も人生もなくなり、単なる20万という数でしかない死、無名のまま消えてしまった・・・・・・・・・・・


原爆の話が載っていた


  わたしたちは   その人たちのことに真剣に思いを馳せたことがあるだろうか

    わたしは・・・他人事だった


     慈恩寺さんでの法話でこんな話があった


「 亡くなった人のいのちを生かすも殺すも、生きている人の生き方にある」と


  死んだことが認められない・・・
         受け入れられない・・・


    それで・・・・どうしたいのか


      認められないから・・どうなるのだろうか

       受け入れられないからどうなるのだろうか


 認めることと あきらめるのとは違う・・・


     認めたくなくても受け入れられなくても   そばにいない事は事実


    だから・・・悲しい


 お釈迦様のことば

 人間の苦しみは「どうにも出来ないことをどうにかしたいとおもうこころにある」

 「ありのままに受け入れること」が出来たら、苦しみはなくなる


   それが出来ないから苦しみ悩み煩悩が生まれる


      

  悩み苦しむことも生きているから・・・亡くなった息子への愛は今も変わらずある・・・

   だからかなしい   でも悲しみに潰される事は息子が望んでいない・・・

   悲しみを抱えたままで・・・元気に明るく生きようと思っている  母のように

信じる心・・・教えを信じる・・・信じたら惑わない・・・心底からの信仰心があれば、迷わない

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教会に行っても、自分が神を信じていなければこころには響かない

 お寺に行っても、仏さまを信じていなければ心には届かない

   お釈迦様を信じていないのに・・・なんで戒名をつけて、
         仏壇に位牌をまつり、仏式の葬儀をするのだろうか


 信じてないならば・・・無宗教で火葬をして、位牌も要らないし仏壇も要らないと思う


  形だけの仏式・・・形だけのキリスト教式


   以前の法話のときに

   「仏教を信じる者は極楽浄土を信じることが出来る」「キリスト教を信じる者は天国を信じることが出来る」
「なぜなら仏教の教えのなかに極楽浄土があり、キリスト教の教えの中に天国があるからだ」と教えてもらった

お釈迦様の教えの中に、極楽というところがある・・・

   キリスト教では極楽とは言わないし・・・教えない・・・

キリスト教では極楽はない

   あるのは天国

どちらも信じない人は、極楽も天国も信じることは出来ない・・・はず

   自分が考えたところではなく・・・先祖が考えたものでもなく

 仏教、お釈迦様の教えの中に極楽があるのだから

  キリスト教の教えの中に天国があるのだから

 仏教には天国はない


    教会にいってもお寺に行っても・・・


 信じてなければ・・・気持ちには教えは届かない


無心に信じることが出来たら・・・いつか必ず同じところにいけると信じられる

     日々その日が近くなっていることも信じられる

   いつか会えると信じることが出来たら・・・あったときにたくさん笑顔で話したいから

        亡くなった人のために・・・何かをしようと頑張れる

 無心にお念仏を唱えたり・・・無心に座禅を組んだり

 無心に写経をしたり・・・自分のこころの修行ができる

    自分が息子を愛しているのを誰かにわかってもらいたいとは思わない

     
      わたしと息子がわかればいい


    わたしと息子の間にある愛は、誰にもわかるはずがない


   だから・・・悲しみも誰にもわかるはずがない

  わたしの悲しみは私のもの

    誰のものでもない自分のもの


   わたしの悲しみをわかって欲しいとは思わない

    私の悲しみはわからなくても

  子どもを亡くした気持ちは分かり合える


   自死という形の悲しみは・・・同じような自死の遺族で共有できる


明日は「慈恩寺」法話の会   
   

        


     



    

信じるこころ・・・それは自分のこころ・・・亡き人とわたしの愛・・・

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わたしがなぜ・・・お寺さんで・・・お坊さんに頼んで・・・牧師さんに頼んで

   法話の会を開いてもらっているのか


     理解していない人が多いのは・・・さみしい


 理解してほしいと思うのは傲慢なのかもしれない

 自分が傷ついて・・・苦しんで そこから 気がつくしかないのかもしれない


 学者に利用されないこと

医師に利用されないこと

マスコミに利用されないこと


   を願って活動してきたのですが


 余計なお世話だったのかも・・・とこの頃思う

     仏教で葬儀をして・・・お寺さんに戒名をつけてもらい

   ご本尊様にてをあわせ・・・お墓まいりにいき

     お盆を迎え・・・お彼岸を向かえ   お線香をともし  灯りをともし

       1周忌をして・・3回忌をし・・・


     何を信じているのだろうか


    なんのために・・・仏事をしているのか


 矛盾だらけ・・・仏を信じていないのだろう・・・


   お釈迦様・・阿弥陀さまを信じていないのだろう


  こころから信じられたら・・・惑わされないはず


キリスト教の熱心な信者である息子さんを亡くしたお父さんは・・

「宗教があって信じる者があったから

   生きてこれた」

    「亡くして数年は、いつも教会のこの礼拝堂に来て・・・神と静かに向き合っていました・・・」
「そうするとね・・・後に息子の気配を感じるんです・・・」

「振り返って・・・抱きしめようとすると・・・いないんだよね・・・だれも」


   そんなことを・・・広い礼拝堂で二人っきりでマリア様を見ながら
     語ってくれたのを思い出します


 わたしは・・・匂いを感じる・・・震災の日の午前11時45分ころに「実母」の匂いがした

   マックスファクターの化粧品の強烈な匂い

わたしは化粧をしないので・・・化粧品が家にはない・・・・

ちなみに実母は亡くなって・・・25年


  息子の声も頭の中から聞えた・・・左の脳から・・・わたしの誕生日に・・・


でも・・・だれかに信じて欲しいとは思っていない

  わたしが匂いを感じ声が聞えた・・・それだけでいい

   感じたのはわたしだから

 他の人はこのことに関しては感じていないから・・・


 わたしと母  わたしと息子


  それでいい


   わたしはいろんな意味でたましいはあると信じている

     
 息子は極楽浄土にいると信じている


   信じているから・・・わたしもそこにいけると信じている

息子に会いたいから・・・少しはまともに生きようと思っている


    煩悩と欲望だらけだけど・・・功徳も少しは積みたいと・・

              息子のために・・・そして息子に会いたいから


  息子を呼べばそばに来てくれる・・・母も父も・・・祖母も祖父も

      そう信じている

   それはわたしのこころ


    誰のものでもなく・・じぶんのもの