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自死した家族への愛はないのだろうか・・・生きている自分だけへの愛


朝日の「わたしの視点」というところに「自殺」という言葉でいい。「自死」に言い換えると若者が死ぬのが増える

しかし遺族は「自死」というべきである

簡単に言うとこんな内容が掲載された


  自殺でいいならば遺族も自殺遺族で表現したらいい

  なぜ、遺族は自死というべきなのかは述べていない

     死んだ人は自殺  残った人は自死   亡くなった家族への愛は微塵も感じられない

   死者に鞭うち・・・その人たちの団体の遺族は、なくなった家族が自死ということを売り物に生活の糧を得ている
家族の死が商売

   私は・・・いや・・・私たちの活動は・・・家族の死で飯は食わない

   生活は別な手段でする

       商売には決してしない

   それは、亡くなった人への懺悔の気持ちと、自分のプライドと愛


    自死はプライドのない人はしない

    人間としてのプライドは大切

 自殺という言葉でないと人は簡単に死ぬらしい


   精神的に弱っていると行きに自殺という文字を目にすると・・・引き込まれそうで怖い・・・という
       人たちがたくさんいることを自死予防をしている人たちは知っているだろうか


  自分の事だけは自死・・・亡くなった人は自殺
   

    意味不明である

   そして自分たちの団体を国の税金で全国に作るべきだって・・・


   この系列の団体のほとんどは
       金・金・金・・ってどこでもいう

  NPOの職員として給料を得て生活している人たちは、団体が繁栄しなければ失業になる

     自死は減っては困るのだろう

   あ!!!いいのか
   最近は自死だけではなく・・・遺族全般が対象の団体らしい

      震災があって嬉々としているようだ

自死でも遺族を大切にしないから・・・自分たちの運動の成果の道具にしたから
      多くの遺族は離れた
  
       毎年3万人亡くなっても遺族はその団体に頼っていない


 震災の遺族もそんなに頼っているとは思えない


      事故も震災も、病気も、突然死、変死、老衰死・孤独死・自死。犯罪死・心中も
                全て取り扱う団体ってすごい

でも
そんな団体に自死問題の専門家のように語ってほしくない


  自死の問題に特化した団体は 全国自死遺族連絡会  です

  でも
  私たちは、それで生活はしていない

     そして 亡くなった家族の命の尊厳を大切にしたいという気持ちで
             自殺ではなく自死という言葉を広めている


 自らを殺したのではなく、社会的に追い込まれた末に死なざるを得なかったのだ・・・だから
    社会全体として自死に追い込まない社会を作っていかなければならない


            亡くなった家族への愛はどこにあるのだろうか

     

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明日は仙台駅東口の慈恩寺さんでの会がある・・・

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沖縄から昨日帰ってきた

 台風は針路がずれて、いいお天気の沖縄でした

 展示会もマスコミにたくさん取り上げられ・・・遺族もきてくれて

     熱心に見てくれていました

  昨日は疲れて、メールチィックだけしてバタン~~

  沖縄の遺族とのつながりが増え・・・自助グループが立ち上がりそうな気配が・・・

   遺族当事者が本人の会を続けていくとき

 遺族というよりも支援者のような感覚になったら・・・相互扶助にはならない

      自助の精神はそこにはない

  自分の意見や信念を持つことと指導は違う


      わかちあいと社会活動の違いもまざってしまう人もいる

  悲しいという気持ちが・・・愛おしいという気持ちがあったら

     遺族を遺族が責めたり、裏切ったりしないはず・・・とおもう

 人を思いやる気持ちを忘れるのはなぜだろうか


 闘う相手は別にあるのだが
   しかも大きく立ちはだかる相手が

   自分の活動に自惚れて、大局を見据えていない・・・なんのために活動をしているのだろうか

   
  個人的な好き嫌いが優先しては運動にはならない

    狭くなるだけ


   明日は  慈恩寺さんの法話の会


   気持ちを清めてこよう  

 雑念だらけのわたし


   

私の悲しみは今も続いています・・・毎日・・・ずっと・・・・でも元気

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健一が亡くなって・・・今年で8年

   亡くなって半年後に会を立ち上げて・・・


   今も、悲しみは同じ深さ同じ重さで私の中にある

   涙の流れない日は、一日もない

    大好きなお兄ちゃん   愛するお兄ちゃん

  心の中にいつもある  健一が死んだ悲しみが


    どんなに名医でも治せない


     どんな神さまにも癒せない


        あの子が死んだ悲しみは・・・生きて帰らない限り  絶対に 回復はない

   そもそも  悲しみからの回復って・・・なに


     精神科医たちがどのような万能といわれる薬を飲ませても・・・息子が死んだ事実は変えられない

       
    愛する家族が死んで、悲しい、という気持ちを・・・

              何で、他人に 回復しましょう・・・といわれなければならないのか


     回復の意味がわからない


     遺族の悲嘆を聞きたいならば    遺族以外に人から聞くのではなく

       遺族から直接聞けばいい

         遺族を講師にしたらいい


      数人の遺族を講師に聞いたらいい

 遺族の悲しみをケアしたい、という人たちも

    遺族の生の声は聞きたくないのだろう


       しかし・・・それでは遺族のこころをケアしようという人材にはなれない


   遺族の心をケアしようと思う人は・・・遺族の生の声を聞ける講座に参加したらいい


   生の声ではなく、文献の説明のような講座で・・・その後にどうやって遺族の生の声を聞けるのか・・・


    セミナーに参加して、最後の仕上げに「ミニわかちあい」のいロールプレーをしたとき


       ホンの少しだけ息子を亡くした話をします・・と、前置きして・・・1分くらい話したら

      重すぎて無理です・・・と、言った参加者たち


  そんな重い話の現実の中で遺族は生きています


  薄っぺらい知識で うすっぺらい正義で  ウスッペライ愛で 
       遺族の心を癒したいとか悲しみを回復してあげようとか思わないことです



   どこそこ大学の先生方  恥を知ってください


    人格が疑われます  


 私のこの悲しみを癒せますか?回復させられますか?

         あなた方に・・そんな力がありますか・・・




  出来ないことを・・・出来るかのように講義するのは  虚偽行為です


      

遺族の悲しみを知ったふりする専門家・・・他人の こころのケアを目指す卑しい人

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戦争は、長崎・広島の多くの市民を一瞬にして死なせて終った

     その時の 反省をしないで(形だけ反省)原発を日本全土に作った

   最終処理の方法もないまま

    リサイクルの出来ない、自然に戻すことの出来ない 廃棄物が ドンドンたまっていく

    日本も地球も限りある物体

      地球全体を原発の廃棄物でいっぱいにするつもりなのだろうか

   自分たちが豊かに暮らせたら。。。子孫はどうでもいいのだろうか

      自分たちは先祖が守ってきた地球で暮らしているのに

     

  物は豊かに便利になったけど

    こころの貧しい人たちが増えたように思う


    自分のいのちよりも大切な息子を喪い

         平凡な暮らしが最も幸せであることを知らされた

    卑しい人たちも・・・・こころに関する支援や研究をしている人たちに多いことも知った


      吐き気がするほど、偽善に満ちた人たちが たくさんいる



 その脇で、地道に目立つことを嫌い、コツコツと活動している人たちもたくさんいる


     知らされない愛を たくさん与えている人たちがいる


   私はいいことをしているのよ

   人を助けてるの
  
 愛に溢れた人なのよ・・・

 という人たちは、ろくでもないやつら


    助けられた、救われた、という思いは  当事者の胸にあるもの


  被災地にいると。。著名な遺族支援者たちがセミナーの講師できます


       あれ? 机上に遺族っているの?

  翻訳書に日本の遺族っているの?

     
   子どもグリーフって何?  グリーフキャンプって何?

 ワンデープログラム・・・って

    一日?だけ?

愛と悲しみ  一人ひとりそれぞれのもの

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明日は関空とまり

   20日~秋縄~~~~「私の中で今、生きているあなた」という パネル展


   もともと幸せに生きてきた人たちが・・・・いろんな問題に遭遇し・・・精神を病んだり・・・または
     精神的に追い込まれたり・・・
                 そして自死

   問題に遭遇しなかったら生きていた人たち

      なぜこの問題がおき、なぜ追い込まれたのか

    そんな問題提起のパネル展  家族や職場の写真・・そして遺書

    息子も展示している

      
  自死の問題も  遺族の問題も   グリーフケアとこころのケアと精神科で解決できるような
                          錯覚を起こしているようだ

      「悲嘆反応」

      身体的症状
      知的症状
      情緒的症状
      行動的症状

      「病的な悲嘆」
     
      慢性悲嘆
      遅延した悲嘆
      誇張された悲嘆

     「状況別死後の悲嘆」

      死別のタイプ
      パーソナリティ

     「死別後の援助」

     安易な励まし
     勝手な理由付け
     
    本当に悲しみを受け入れてくれた人 寄り添う姿勢
    
    近所の八百屋さんが一番の助けになった

     という話

死別の形と難易度
 
茫然自失と死の否認

 怒りと罪意識

   悲嘆への対応
  

悲しみを構成している要素について考える

   悲しみの意味を支援者が教えるらしい



 ご自分の大切な愛する家族が突然亡くなるはずがない・・・という前提で

  遺族を捉えて導いてあげたいのでしょうね


   私の悲しみは私のもの
          他の誰のものでもない

   息子と私の間にある感情

    誰にも入り込む事はできない

    それは、遺族ひとりひとり   それぞれのもの


   30万人遺族がいたら、30万の悲しみと愛がある
   

悲嘆講座  あいまいな喪失  複雑性悲嘆  卑しい人たちのオンパレードな被災地

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宮城こころのケアセンターにいってきた   

   被災地の遺族の心をケアしてくれる人材育成の講座が卑しい人たちによって)開催されてきた。
 多分これからも~~~

  同じ卑しい人たちが集まる

  誰も被災地に住んでいない

     中心になっている人が考えの薄い浅い人

   だから・・・いつも誰かの真似


   アメリカ人の考え    自分が研究したものではない

    アメリカ人の考えをつぎはぎしたもの


 そして・・・いつも抗議をしてきたことも一つが、また自慢げに講演される

     遺族の話を聞くことや、相談を受ける事は、受ける側が疲れるから、

 支援者のケアが大切である・・・という部分

   疲れるとしても、それを公開の場で講演するのもだろうか

   支援者だけでのマル秘事項ではないのだろうか

 社会にでて、勤めたら・・・必ず・・・お客さんに知られないように配慮しながら、いろんなマニアルがある

   被災者の支援も遺族の相談も・・・支援する人たちはとても疲れる
          肉体もこころも・・・だから
        支援者のケアが大切だって・・・言える神経がすごい

    その支援者をケアする支援者の支援も必要ではないのだろうか


   それとも・・・自分たちはスーパーバイザーで特別優秀な人たちなのだろうか

    私には・・・・こころの狭い・・・人品卑しい人たちにしか見えないのだが

     私は以前 この中心人物には(この人自身が認めています)散々傷付けられ裏切られ
         利用され・・嘘をつかれ
          あっちに私の悪口・・こっちに他の遺族の悪口
                          をいわれました


   悲嘆講座って・・・なんですか

          遺族はこんな気持ちになるんです   って

    学んで   何になるんですか


     しかもアメリカ人の悲嘆の気持ち


   一人でも遺族と話すと・・・鬼の首でも取ったように自慢げにはなして

      税金でなければ何をしてもいい

   税金でいい加減なことをしては困る

       自分の自慢話をする講演ではなく、真摯に向き合う講演をお願いしたい

   どうして、幸せな人たちを より幸せにするために  
            遺族は道具にならなければならないのだろうか


  私の悲嘆を回復させられますか?という質問に昨日のこころのケアセンターの人たちも無言だった


    1ヶ月2・3時間のセッションで・・・どのようにこころをケアできるのだろう


   卑しい人たちへ

   被災地を食い物にするのは・・・みっともないですよ


    私たちの大切な   亡き人たちが  みています  あなたたちが遺族をいたぶる姿を


    彼の世を信じていない人たちなのでしょうね


   彼の世を信じていない人たちが、どうやって遺族の心を回復させられるのでしょうか


             

9月のフォーラム 講演トマシーナ・ボークマン名誉教授 ・岡知史教授

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昨日は、7時の新幹線~~上智大へ~~~

  2時には内閣府~統括官と会い、参事官とゆっくり話し合い~~
         再チャレンジ東京~~自死防止国民運動総会で30分のスピーチ
    それなりに社会に知られている人たちの集まり

        彼らの人脈はすごい!!!

  無償での奉仕活動    


               正直忙しすぎて、あまり真剣にかかわってこなかった・・・反省

        今年からは、力を入れて連携しようと思う    
                 いい意味での 活用

  

            
  参事官との話し合いは面白かった・・・


    官民共同会議   


        委員似なれたことは大きい


すんなり要望が通るとは思っていないが、  声を直に届けられる  配布資料も公開される

       実態を知らなかった人たちに知ってもらう機会が増えた



   そして、9月の全国フォーラムの内容が決まった


   わかちあいから生まれる「体験的知識」と遺族の悲しみについて


  トマシーナ・ボークマン名誉教授の講演  岡知史教授の講演

    自死遺族の声  


   
体験的知識   個人的な体験的知識 ではなく  セルフヘルプグループの「体験的知識」


わかちあいの輪において、体験的知識は生まれる

 それはひとりの体験ではなく、さまざまなたくさんの人々がいっしょになって、
      それらの人々の体験をつむぎあって生まれてくるもの

  体験を確認しあって、積み上げられてきたもの



   そして、ドグマティック (教条主義的)

自分のやり方を押し付ける  グループのやり方はひとつしかない  自分だけが正しい



    今から、過労死・過労自死 東北希望の会の例会に行ってきます  

6年間の要望の結果・・・かなった・  少しだけ声が届く可能性が~~

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明日は7時の新幹線で東京

  上智大に行き、岡先生と会い~~~

    その後、2時から内閣府~~~  
         その後に、再チャレンジ東京の総会~~事業再生相談などに力を入れている

 今朝、産んでくれた母の夢を見た・・久しぶり

          3月11日のお昼前も母の化粧の匂いが
     (ちなみに息子が亡くなってから、化粧水もつけない私なので、化粧品が口紅以外家には無い)

その3時間後に大震災だった

   今回は何だろう???と

    とてもいいことがあった・・・

    まだ、正式ではないが・・・悲願だった内閣府の対策会議の委員として国の会議に参画できる


   参画させて欲しいと、要望し続けて6年~~~やっと実現へ

       少しは声が届くかも?????

   精神薬の問題も~~総合対策になっていない問題も

           自死遺族だからこその問題提起と具体案が直接提示できる!!!!!


だれも精神科医療の問題点の提起はしていない(国の会議では)

 委員が 全員一致でうつ病キャンペーン賛同  だった


    昨年は「会いたい」の本の出版が叶った・・・

            今年は会議への参画


  今、問題になっている 日本野球機構にも野球関係者が一人もいないらしい

     まだまだ・・・当事者本人の意見を散りいれる構図にはなっていないトップ集団


    震災も・・・地元の当事者の声も聞かずに・・・

    県外の著名人の話をありがたいお経でも聞くように・・・ありがたがって・・・ばかりいるから

       復興の内容が・・・地元にそぐわない


  まずは、当事者から聞くことが優先されるべきはず

  日本は権威ある人や、著名人の話は、疑問に思っても・・・褒め称える

      何のための誰のための対策なのか・・・支援なのか

         そして・・・ここは日本

  アメリカではない・・・


      日本の風土文化に根ざした対策を・・支援を・・・考え方を持つべきです




    自死のない日本社会へ・・・アメリカの自死問題とは 違う一面がある

   岡先生の専門分野の社会福祉

          支援者は当事者から学ぶ  という  姿勢


        大切    なこと


     自戒をしながら・・・の活動


    私が息子の所に行く日まで・・・伝え続け・・・謙虚さのある社会に少しでも変えられたら・・・


           息子のような人たちが、生きていられるような日本に


   


         

今なら・・息子を死なせない自信がある・・・取り返しのつかない人生最大の失敗と後悔

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信頼している社会福祉士の一人と会い・・・8月の研修会の打ち合わせを月曜日にした

  宮城県社会福祉士会  連携をしてもらっている


  総合支援を構築するためにはソーシャルワーカーの力と、其の根本的な考え方が最も重要であると
    
     ずっと訴えてきた

    目の前の人がうつかどうかを判断する相談支援者ではなく、なにに苦しんで、何に困っているのか

    それを的確に判断できる人材が、どんな相談担当者にも求められる

     それが、総合支援  人が人として、生きて行くための支援  生かす為の支援  生きてもらう支援
 
 其の支援の先に精神科の医療機関もある・・かもしれない

  精神科医療機関はつなぐ先の一つにであるべきで・・・精神科医療が全てではない


    ツールのひとつ・・・にすぎないはずです

  この間の相談者も・・・精神科に行き、うつ病といわれた
   精神薬を呑んでも呑まないときと同じで変わらない・・・という



 飲んでも呑まなくても同じなのに、なぜ、精神薬はやめられないのだろうか

   それが     依存症・・・


   呑まないと・・なんとなく不安


      そのように考えるようになったら・・・依存症に足を踏み入れている

  やめてみたり、減薬をしてみることも必要

   それを、医師は(製薬会社)忘れないように必ず続けるように・・という


   それは・・・呑まなくても・・・症状が同じだということを悟られないようにする方法のひとつ

  そして、依存させるためには、休まずのませ続けること・・・  

  2・3日忘れて・・・元気になられては困るのです


  呑まないほうが元気だなんて・・・知られては大変なんです


         精神科に行って元気になった人ってあまりききません


  一旦通ったら最後・・・ずつと呑み続け・・・通い続ける人が多いとおもう



      それって・・・回復させていない・・・

         そして自死が多い  通院中の自死が年々増えている



   私は、今なら息子を死なせない…自信がある・・・



  おにいちゃん・・浅はかな母親だったね・・・ 愚かで無知で・・・大切なあなたを死なせてしまいました

            取り返しのつかない後悔です    

眠れない原因や不安となっている原因はそのままにして、精神科医につなぐことが仕事の心のケアとは・・・ケアではない

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尼崎の講演はいつものように・・・反省と落ち込みで終わり・・・

(講演の後は、いつも反省・反省・反省)

    でも、遺族と会えたことが、心の支えでした

次の日の東京での過労死・過労自死の院内集会でのスピーチと懇親会も・・・反省と・反省


 でも・・・ご縁とつながりに感謝・・・です


その後・・忙しく・・・ブログの更新も出来ず(気持ちが忙しい?)

 今日、少しだけ、余裕?
      (まだまだ、返事も出来ずにいる人や、資料を送れていない人、・・・がいるが)


  今日は、福島からの自主避難の母親たちと会い(県会議員の頼みで)

   活動の場所として藍の会の事務所を・・・


     使えるか・・・広さは適当なのか・・


 そんな話し合いをした・・・活用して欲しいとは思うけど・・

      活動と、広さが合うか・・・


場所は県庁、市役所そば・・・で、地下鉄も、バスも便利

  部屋の広さが 16人くらいまでが限界・・・

  金曜日は、朝早くに東京~~~上智大に~~~


夕方から、再チャレンジ東京の総会に・・・招かれて・・最終の新幹線で・・・の予定



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  自主避難している人に・・・支援は少ない

   法人だとすぐに補助金は出るが、任意団体だと難しい

      場所代も自前・・・



 被災者支援といいながら。。。被災者の自主的活動への援助は無い


   支援者におんぶに抱っこのほうが補助金は出る・・・って、どこか変


  被災者本人の活動は支援してもらえない


    どこかの、NPOの傘下に入ると・・・支援者に支配されるが・・・支援はしてもらえる

   支援とは・・支援者が主役で・・・当事者は支援者の考える支援に従わなければ支援は受けられないらしい


   当事者が求める支援を支援するのが支援だと思うが・・・違うのだろうか



   どこか間違っているような気がする


     場所があれば、自分たちで活動しますので場所を貸してください・・・

   という人たちに・・支援者は・・場所は貸せない・・という

  支援者たちは、被災者支援という名目で、補助金をたくさんもらっている・・・


     心のケアよりも・・・優先するべき問題が山のようにあるのに・・・

   

   今日、ちょっと面白いたとえ話をした


   心のケア・・・って

    ガンがあって傷みがある・・・眠れない・・・

  ガンはそのままにして・・・傷みを取り除きましょう・・・眠れるようにしましょうと

        痛み止めと睡眠導入剤を処方するようなもの


    胃腸の病気で、吐き気がする・・・眠れない・・体力が無くなり、気力も落ちた、食欲がない


     胃腸の病気はそのままで・・・吐き気をとめる薬・・睡眠剤・・・いや・・・うつ病

        うつ病の問診の9つのうち5つにあてはまるから

         うつ病という診断で精神科を紹介する・・・のが「心のケア」


 なぜ・・・原因となっていることを見ようとしないのか・・・

  原因があって眠れない・・・のに、なぜ。原因はそのままに無視して・・眠れないという身体症状だけで
  うつ病というのか



   全く、意味不明です

  

これから 尼崎に行きます 息子と共に

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 大切な人との死別の悲しみ

   悲嘆の回復 震災があって大流行 

  子どもの悲嘆の回復


   グリーフをつければ・・・愛と正義のように  グリーフキャンプ なんてものまである


  親を亡くした子どもは、何をしてもグリーフがつく

         
   よくよく考えれば  今 生きている人間は みんな遺族

  誰も亡くしていません  という人は  いませんから


      悲しくない人は  愛が違うんです


    回復の方法が  示されていないのが  グリーフケア


   悲しみのプロセスと 悲しむ様子 を 学ぶだけ



   人の悲しみを取り除かなくていいから

   良き隣人として 生きてください

いのちを考える講座・・・遺族として伝えたいことがたくさん合って、絞るのが大変

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明日は、午後三時前に梅田まで行き、ホテルチィックインしてから、尼崎駅にいき、遺族とお茶

講演して、8時から遺族とお茶

あさは10時の新幹線で東京

   院内集会に参加  懇親会にも出たいが・・・

    終ったらNHKの人と会い、打ち合わせ


最終で仙台に


  7日は・・・資料作成と・・・行政行脚の予定を決める


   なんとか、あしたの講演内容は決まった・・・


    お兄ちゃんがついてきてくれると信じている       

自助グループの精神は相互扶助・・・お互いに支え支えられ・・・一緒に・・・です

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日曜日は気仙沼に・・・

   月曜日は、ゆっくり原稿を・・と思っていたら・・・次々と問題が発生

   いつも・・・なぜか大きなイベント(フォーラムや講演会等々)があるとき

    必ず 問題が起きる

   自助グループという意味やわかち合い・・という意味

      連携と自助活動の区別

  わかち合い・・・・は  基本は悲しみの深い参加者にあわせる雰囲気であること


    だからこそ・・クールダウンがあるし・・二次会もあるし・・・
   ランチ会やミニ遠足会もある

  
   そして・・・助けたいという精神ではない


 相互扶助の精神

     助けたい、救いたい・・と思うのは支援者


  支援する人、支援される人、という形は自助ではない


     遺族が遺族を救いたいと思う気持ちがわからない


  生きて欲しいとは思う
      元気でいて欲しいと思う


  でも助けようとは思っていない


      助けることなんて出来ない

  つながって一緒に生きて行く事はできるが・・・命を救うなんて・・・


    どんなことが道標になってもらえるか分からないが・・・一緒に考え一緒に生きようよ・・・

  そんな程度の活動かな・・・

  社会は変えたいと思っているが・・・やさしい人たちがやさしいままで生きられるように・・・

  人にやさしい社会に・・・

心のケアの研修会はストレスでいっぱい・・・心のケアってストレスを増やすケア?

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昨日の復習

  朝刊シンドローム  午前3時症候群  うつ病の兆候  らしい



  以前精神科医に問いただしたことがある
  

 何時に寝ている人ですか? 昼寝はしていないですか?

 精神科の医師もみとめた


  例えば、8時に寝ていたら・・・3時は十分な睡眠を取れていると思う

   7時間寝ている


  何時に目覚めるかではなく・・・何時間の睡眠が取れているか

       睡眠の深さと時間と、本人のリズムが大切


  みんな同じ時間には寝ないし、深さも違う

  ちなみに私は夜中遅くまで起きているので。午前3時には寝ていないことも多い

   朝はゆっくり・・・

    1日2日は3時間くらいの睡眠でも大丈夫のときもある

       一日10時間くらいの睡眠でも眠いときもある


 昼寝をすることもあるが・・・


    ちなみに夫は9時頃には寝る・・・朝は早い


   何時に起きるかではなく・・・何時間の睡眠時間をとっているか・・・と、睡眠の内容


  3時に起きるとうつ病?大野先生本当ですか?


 それから、何度も「心を強くする・・・・」「こころをつよくする・・・」というのがでてきた

   心の弱い人がうつ病になる・・・と言っているように感じたのはわたしだけでしょうか

   心を強くする考え方を身につけましょう・・・ということらしい

   うつ病にならないために


   心の弱い人がうつ病になり・・・自死する・・・ということなのでしょうか



    毎日8時に寝て、酒は呑まず、6時におきて、体操をして、散歩をして

   園芸を楽しみ、日記を書き、人を助ける楽しみを見つけることが、うつ病の予防らしい

     

  こんな生活が出来る人って。。。誰?

    働き盛りは出来ないし、子育て中も無理・・・


   

人の心を助ける事は気分を高揚させるからいいらしい・・・

   人の心をどうやって助けるのだろうか

     

   良かれと思うことが、余計なお世話だったりする


  被災地でも・・・泣いてばかりいたら浮かばれない・・・という年寄りを何とかして欲しい

           迷信を信じて、遺族を脅すようなことをいう人をなんとかしてほしい


     今、2時過ぎ・・・

         いつも・・・・・心のケアのようなセミナーに行くとイラついて眠れない

      心のケアのセミナーは心にストレスを与える

    心のケアの研修会はイライラする・・・心のケア?だよね?                 

資料代1000円  パワーポイントを印刷した資料が1000円でした

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今日の午後は うつ病の予防と早期発見  という セミナーに1000円払っていってきた


  女川町がモデル地域らしい

    女川って 自死の多い地域

そもそも・・・石巻地域って 県内ダントツで自死率が高い地域


 素晴らしい地域保健の「心のケア」の活動だとしても

  その結果は、報告されてない



自死者は減ったのだろうか・・・


 高齢者対策のようだ
           私は高齢者になっても、保健師とともに体操はしない

     年寄りばかりで、お茶はしない


  お茶をしている暇もないが


       高齢者対策   地域包括センターも  高齢者


     健康な高齢者を対象


      介護が必要な高齢者は、施設・・・保健師の管轄ではない


   アルコールも3合の飲酒は依存症らしい

       私は 保健師や精神科医の診断だと


   アルコール依存症で、重度のうつ病のようだ



全国でバリバリ活動している遺族の会の代表   彼女もアルコール依存症になってしまう

   我が家は夫も次男も

バカバカしい   アルコール依存症こそ・・・回復は、自助グループ依存で・・医療での回復はあまりない

   依存症は  薬物もだが   本人の精神力だけ
      だからこそ・・・同じ気持ちの人たちとの相互扶助の精神が役立つ


  依存症の回復に有効な治療方法はないといわれている


    私が関わった人も・・あらゆる方法を試し・・精神科医療のお世話にもなり・・・地域保健のお世話にもなった
     が   なんの助けにもならず自死した


   遺書には・・・医療も保健師も・・・なんの役にもたたなかった

    みんなに迷惑をかけた  自分の身の始末は自分でする    


   御世話になりました  ありがとう

こんな内容が書かれてあった


  これを読んでも・・・今日のような発言が出来るのだろうか

      全国に広めたい活動ですって


   幸せな人たちがより幸せになるような支援やケアばかり・・・


      そして・・・こころが落ち込まないような支援はない

    仮設住宅の環境の悪さも考慮されていない

        瓦礫が片付いていないのも問題にされていない

   仕事がないのも問題にされていない


      狭い狭い仮設で近所に遠慮して暮らしていることも考慮していない

   仮設だって・・・遠慮の知らない人たちの天国


     遠慮を知っている人たちは・・・地獄



   具体的支援は遅々として進まず・・・心のケアだけが偉そうに声が大きい


    そして、被災地は、もともと過疎地域

    都会ではない


そして
 みやぎ心のケアのスタッフよりは・・・私は元気ですよ

   

     

  今度は東京で
震災があってから「子どもグリーフサポートシテーション」という名前だけの団体が立ち上がり
    事務所を仙台に借りて、活動をしている団体が主催で~これからのグリーフケア~というタイトルで

    1000円の参加費で開催


  

  どうしてこんなにも「癒したい人の卑しさ」で溢れた人たちがおおいのだろうか

   
  適当に不幸な人を助けたいらしい

     心底苦しい人は・・・手に負えないだろうから

  苦しみでいっぱいの人は   保健師のところにも 区長のところにも  民生委員のところにも行かない

  助けてもらえないことを知っているから 

喪という考え方・・・私の喪は一生つづく・・・死ぬまで喪の途上である

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悲哀の寄り添う (寄り添う・・という言葉に抵抗があるが)

本当に悲しい人同士6・7人集まって、体験や思いを語り合うこと
行政やボランティアは、そういう場を提供するだけでいい
外からやさしい言葉をかけても、それに付き合って返事をすることが苦痛な場合もある


ということを野田先生は語っています。


夫、子どもを喪い遺体もみつからない人に
 どんな言葉をかけられるだろう

   
   不幸は忘れて新しい人生を新しい町を・・・つくろう

     は  心のケアどころか傷ついた心を再度大きくえぐるようなもの


  
失われた命の意味

     を 深く考える


  岡先生のエッセイ
失われたいのちの意味について
  をよく読む

      知らされざる愛について・・・もいつも読む


    
 一人が亡くなったとしても・・・遺された遺族にはそれぞれに意思があり人生がある


        複雑に遺族の気持ちは絡み合う


  単純に悲しみに浸っていられる人がどれほどいるだろうか

   自死の場合も  遺族が5人なら5人+5人 の 感情が入り混じる

   私の場合も息子が死んで悲しい・・・だけではなかった


   遺骨を誰のもとに置くのか

   墓はどうするのか

       仏壇は誰が買い誰のもとにおくのか

 遺品はどうするのか    


   これからの供養は誰がするのか


        子どもが結婚していたら複雑である

   独り身のほうが単純かな?


    連れ合いの親族の意見はないから


    靴下一足・・・自由にならないのが親(結婚して子どもがいたら)


     連れ合いとその親族と・・・なくなった子どもの親や兄妹・・・なかなか円満にいかないのが現実


   それぞれの立場で言い分があるから


   喪は一生続く

   

いのち・・・という言葉の重さに圧倒される自分がいます。語る資格があるのだろうか・・と

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5日の講演 どのような言葉で伝えたら
「いのち」生きていたとき
「いのち」亡くなった後
「いのち」生きている自分

 いいのか・・・迷い

   思いつくままに羅列してみることにした


   たくさんたくさん


   今まで自衛隊の隊員や、臨床心理士の大会や看護や保健師、厚労省主催等々 何百人の前でも
    普通に話してきた

今回、なぜか少し 考えている


   遺族として自分の体験と自助グループの活動と電話相談も受けて

     多くの遺族の話を聞いている


   ひとりひとり それぞれに人生があり  かけがえのないいのち


   自死と震災

       自助  と   総合支援の連携


     
いのち  という 言葉の持つ重さは大切な家族を喪って初めてその重さを実感しました


       いのち   という 言葉を使っての支援やケア


   私には 無責任すぎていのちのケアは出来ない


     いのち  への  全責任は  無理



  ほんの少し 一緒に歩むだけ

         その中から  いのちを見つめ  生きることは  その人自身


    お世話をしてもらった・・人には遺族は せいいっぱいの社交辞令をいう

   その時その時での自分なりの精一杯のおとなの儀礼


   気持ちは誰にもわかりはしない

   

私は、息子が亡くなった時

    悲しくてストレスで気を失いながらも・・・お手伝いをしてくれている人へのお茶の心配

      お昼ごはんの心配・・・そして・・・葬儀の準備

       火葬・・・

  どんなに悲しくても・・・息子のそばにいる時間もなく・・
        ・準備とお参りの人たちへの挨拶とお礼に追われていた


納棺のときも手伝う雰囲気もなく・・


   着せてあげるものはデパートや専門店を駆け巡り・・・探した

  いまなら・・・もっと違う方法があった  納棺のときも


      突然の家族の死で動転している遺族の気持ちに満足いくように寄り添う事は無理だと思う

    私は息子の葬儀は後悔だらけです

   あんなことやこんなこともしてあげたかった

      遺族の後悔を聞くことも、葬儀社の研修だと思うのだが


          看護も、見取りも・・・家族や遺族の後悔と反省から学ぶことが必要だと思っているが


  7年前に看護学会に私を呼ぶか呼ばないかでもめたことがあった

    責任者は批判も聞きたい・・というひと

    しかし・・・多くの運営側の人たちは「よかった」と言ってくれる人の講演が欲しい


   批判的な講演は聴きたくない・・・という声が圧倒的に多い中

      あえて呼んでくれた学部長がいた

   当事者の本音を聞き、そこから学ぶべきだという信念の人だった


   今回・・・私は  自分も遺族・・・つながっている人の多くは遺族

  連携人として専門家がいるだけ


    私たちが求める支援をしてくれる人   としての存在


  綺麗ごとで語れない現実がある



     良かったといわれてあたりまえ・・・反省と自戒から学ぶことが進歩に・・

  

    後悔だらけの人生と反省ばかりの活動です


  100のうち1つは  満足もあるが