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遺族による震災フォーラム~

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20日のフォーラムに配布する冊子の作成が終った・・・大勢お手伝いに来て、予定の時間より、3時間早く…完成

お茶会をして

周りのひとたちは、誰も遺族だって思わなかったでしょうね・・・にぎやかだから


子どもを亡くした親たちが・・・作った冊子・・・お手伝いしている、親を亡くした人・・・


もう一つのかぞく


亡き息子から・・・の贈り物・・・

生きる力に支えになって・・・いる    





取材に来た女性にも早速・・・お手伝いをしてもらい・・・感謝


今日から河北新報で連載


遺族を支援するときの心得や遺族とは・・・このような気持ちです・・・ということを、講演したり、本に書いたりしている人達がたくさんいますが・・・

代弁者に過ぎず・・・代弁だけ


遺族の本当の気持ちを正しく伝えることはできない


遺族の数だけのそれぞれの事情があり、考え方や表現も違う・・・

でも、代弁者から聞く、遺族の声よりは、生の遺族の声を支援しようと思っている人は聞いたほうが

実践に役立ちますよ・・・




 ロールプレーとか、して・・・遺族役と聞き役・・・

演技の世界で、現実ではない・・・


 実際に遺族の声を聞くと・・・疲れる・・・ということになってしまう


ならば、その研修はなんのために・・・





いつも感心するのは、シャンティ国際ボランテアの人達・・・・


   支援のプロ・・・


指導者が国際ボランテアをずっとしてきたひと・・・


   すごいなぁ~~~~と・・・



息子のたましいはわたしといつも一緒

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今日は気仙沼へ


お寺さんの芋煮会の準備のお手伝いに昨日いった。(今日が本番)

お手伝いだけで明日は気仙沼なんです~といったら、住職が前夜祭だ!と誘ってくれ~ご馳走をしてくれた。

他の檀家さんも一緒に・・・


余計なことは言わないし、全面的に受け止めてくれるひと


 わたしたち家族は大好きな住職



酒が好きで・・・のんべいで・・・とか、いろいろ檀家以外の宗教者の間では批判もあるようだけど

 檀家さんには好かれている・・・

難しいことは言わない、全てを受け止めてくれる・・・阿弥陀さまのお導き・・として・・・。



子どもを亡くしたと話してくれたことがある・・・


悲しくて悲しくて・・・阿弥陀さまの前で泣いていたことがある・・・と。


あるときハッと気がついたら、阿弥陀さまが・・・穏やかに・・・

      そんな話をしてくれ・・・悲しいね~~~と。


嫁にお骨をいらない!と言われ

 憎み怒っていたわたしに・・・「健一さんは、あなたの側に居たかったんですよ・・・だから嫁さんにいらないといわせて、あなたの手元に・・・阿弥陀さまのお導きです」

「大切にしてあげてください」

と。

救われた言葉でした。

子どもを亡くして悲しむ事が亡くなった子どもの罪になるらば、悲しめないです・・・

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今日はこれからお寺さんのお手伝い(息子のお墓にも・・・寺の境内だから・・・ついで・・・ごめんなさい)


 わたしから"悲しみ”や"愛しさ”を奪わないでください

こんなに悲しくつらいのは、あなたをこんなにも愛しているから。

一日としてあなたの事を忘れたことはありません

「会いたい」の本の遺族の声


わが子は母のいのち



宗教者は、遺族を上から目線で見るのではなく・・・

      慈悲の心で、慈しみ深い広い気持ちで受け入れてほしい

仏さまにお使いしているひと  神さまにおつかいしている人

 
亡くなった人も、今を生きている人も・・・全ての命を救う役割を担っての宗教


 あみださまの前で、自死した人の葬儀で・・・

  あの世にはいけませんから・・・と、言えるのでしょうか


 宗教者は、ブログに書いたような考え方が多い


しかし、11日の方のおかげで、改めて深くこの問題を考えることになった・・・感謝ですご住職!

過去の新聞記事やシンポジュウムの抄録なども・・・


国の法の中にも記されている差別・・・


 平等が憲法の理念のはず


家族が亡くなり、悲しんでいる遺族に世間は冷たい・・・

  その一方で~~~

悲しんでいることが悪のように取り除かなければ~~と勉強をしている人たちもいる

        

福祉も後退している・・・

  福祉は大切なこと・・・平等に生きてもらえるように・・・人間が人間として生きていけるように

 
幸せな人達が、もっと もっと 楽しんで幸せになることも大切ですが

そのために、福祉を贅沢なことのように・・・社会の邪魔者のように・・・そんな考えがじわじわと浸透して居るように思う

復興も同じ・・・苦しい人や手助けが必要な人に手を差し出そうとはしていない

  元気で比較的恵まれているひと・・・が対象の支援

苦しい人達は精神科に~~~

  クスリを呑まされて~~~ますます苦しい



 やっぱり無力なわたしは、祈るしかない

 あ!願い事手帳に書き込むこと・・・があった

自死は弱い人が逃げた・・という幸せな人たち・・・遺族にならないことを祈っています

マザーテレサが言っていたことば

記憶が間違っているかもしれないが

「患者を救っているというのではなく、目の前の一人ひとりがキリストである、だから神からの使い人なのです。」そんな意味のことをテレビで言っているのを聞いたことがある・・・


昨日の宗教者だけではなく、大勢の宗教者は自死への差別をもっている

それは、やはり「殺」という文字の持つ概念からきているのだろう


息子は自死したけど、どんな悪いことをしたのだろう・・・・

仕事がイヤならやめればいいはず・・・

  学校がイヤなら行かなければいい・・・
人間がいやなら・・付き合わなければいい・・・

夫が妻がいやなら別れたらいい・・・

金がないなら、自己破産や債務整理したらいい・・・

  パワハラを受けたらいじめをうけたら、やり返せばいい・・・


そんな単純なものなのだろうか


でも彼らの言い分は。「そうやって同じ目にあっても生きている人はいるじゃないの」

 それが、世間で思う自死する人は弱い人・・・という見方
わたしもそう思っていたから、それについては反論はしない


息子は警察官・・・訓練も受け、心身共に頑丈・・・?
 やさしさが私とは違う・・・やさしい、争いが嫌いな人、争うならば自分が譲ってしまう・・・


精神科に行っても生きている人はいる・・・って・・・ともいわれた


  そうだね・・・

でも死んでいる人もいる・・・その人たちをどうすれば生きようと思わせられるのか・・・

  対抗できる人が中心ではなく、出来ない人のために何が自分にできるのか・・・


   自分の子どもが死んだときに気づくのだろう・・・わたしもそうだったから


いつまでも自分の子どもだけは元気で生きていると信じて疑わないのが人間・・・愚かなわたしです

仏様や神様は苦しんだ人を蹴落とすのだろうか

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今日は茶話会

 危篤の母をこころに思いながら、仙台にいる・・・むすめのわたし(親不孝ものです)

5人の親を見送った・・・津軽地方にいる親たち・・・誰にも死に目に会えなかった

息子も(自死だから当然といえばそれまでですが)


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以前にも書いたことがあるが

「差別意識について」という岡知史氏のエッセイ

抜粋してみた

一つの問題に対して差別反対を言いながら、他の問題についてはごく「普通の人」と同じように偏見と差別意識をもち、しかもそれに気づいていない。
特定の人々に対して抑圧的な社会批判をし、無関心な大衆を攻撃しながら、一方では自分もまた他の差別に加担している人が多いのである。
しょうがい者解放運動を何十年も続けていながら、女性の人格を尊重していない。あるいは、外国人に対する偏見を口にして平気でいる。人権を毎日のように唱えている立場にいながら精神しょうがいを持つ人を深く傷つけるような言葉を使う。それが被差別者そのものを意味するものでなければ使ってもかまわないという調子なのである。

・・・・・・

「人間を愛する」といいながらも、「人間一般」を愛するということは出来るはずがなく、できることは一人一人の人間を愛することだけである。
それと同じように「人間を差別しない」とは言っても、「人間一般」を差別しないということはできるはずがなく、できるのは、一人一人の人間を差別しないということだけなのである。
・・・・・・・・
昨日の話し合いの後で、この文章を改めて読み直し納得した・・・



「会いたい」という本のはじめに・・・に書かせてもらいました



自らを殺したのではなく、死なざるを得ないほどの苦しみの選択だったことへの尊厳を込めて、病死、事故死、突然死、犯罪死と同じように「自死」と認めてくれる世の中になったとき、やさしい人がやさしいままで生きられる社会になるはずだと信じています。死者に鞭打つような「自殺」という言葉ではなく、「自死」という言葉を広げる活動を遺族はしています。たかが言葉、されど言葉です。人間は言葉で傷つきますが、同時に言葉で救われるのです・・・・

人のことばは・・・時には刃物よりも鋭くこころを斬ります

  めったぎりにされて、心が死んでしまうのでしょう・・・そして自死


少しの希望、すこしの光、少しの救いだけでいいのに・・・


自死者や自死遺族にはそれすら与えられない・・・それほどの罪びとなのでしょうか


殺人者よりも・・・でしょうか


  私の母は無学ですが・・・母のほうが・・・人として慈悲深い心のひと

立派な宗教者よりも・・・宗教者が言うように、お釈迦様が区別差別をするのならば・・・母のほうがお釈迦様よりも

やさしく広いこころを持っています

自死への差別的取り扱い問題の根深さ~

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いろんな宗派の本山にお願いの手紙を出し続けよう・・・と思う

全国自死遺族連絡会として・・・



国会議員にも自殺から自死へのお願い・・・


そして、県内の団体や行政には出来る限り自死という言葉を・・・と陳情書を提出しつづけよう


し続けることの大切さ・・・


 マザーテレサのような活動でさえ、・・・困難の連続苦難の連続~

    ・・大丈夫叶う!!

 し続けます

自死者だけが逝けないあの世って・・・何!!

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年間の行方不明者の数~
   届出のあった人だけでも~
  身元不明の死亡者数~
遺族になれない人たち~

遺族にさえなれない・・・という人たちから連絡があることも・・・

遺族になれない人達がいることを知ってほしい・・・と。



検案書に、自死ではなく、不明・や事故になった人たちも本当は自死の可能性が高いひともいる・・・

自死とされても本当は、事故や変死、薬害による心筋梗塞や、精神薬の副作用による衝動的な死・・・もある


タミフルがわかりやすい


年間精神病院の入院中に死亡する患者数~ものすごい人数です

 それらのほとんどが心不全


 副作用の可能性が極めて高いといわれている


そんな場合は、死後どうなのだろうか

 死後の世界に区別や段階がある。という人に聞きたい


検案書の間違いをお釈迦様は区別するとして・・・

亡くなった人が逝った世界と・・・遺族が宗教者に検案書のままに伝えた死の形での教えが全く違うものならば

 どちらも救われないような気がする・・・

あの世は私はしらないけど

  生きている人のこころを救うためにも宗教はあるのではないだろうか

 生きている人はすべて平等に生きる権利があるし、また平等でなければならないはず

ならば、自死遺族だけが救われないような教えをお釈迦様はお教えになったのだろうか


 生きとし生けるもの全てのいのちが平等である・・・教えだと信じてきたのだが・・・



 殺人者がその後刑に服し、普通の死を迎えたら、それは阿弥陀さは救うのだろうか・・・

死刑になった人の死後はどうなのだろうか

死刑の執行者は殺人者ではないのだろうか

自決者は・・・切腹は・・・特攻隊は・・・

辱めを受けるなら、自ら自害を・・・という教えに従ったひとは・・・どうなのだろうか



限りなく・・・死というかたちはある・・・


 その中で自死だけが・・・あの世にいけない・・・遠回りして・・・修行もできない・・・

 罪ある死・・・という認識は改めるときにきているのではないでしょうか


 私は、誰が何と言おうと・・・死後はみな平等である・・・仏様や神様は全ての人を救ってくださると信じて疑いません







自死遺族という生き方

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息子が亡くなってから、一度だけ知人に「あなたの子どもは親不孝だね・・・親を悲しませて」と言われた。

私は言い返した「親不孝かどうかは、親の私が決めるんだから、他人あなたに言われたくない」と。






今日もいわれた。

ご住職に・・・

「親を悲しませた、それが罪ある死だ」

「自分を殺したんだ」「殺人と似たようなもの」

「親にごめんなさい、と謝って、修行が許されるんだ」

息子の声が左の脳の中に聞えたきたことがあった「かぁちゃんごめん、かぁちゃんごめん・・・・」と何回も、以前にもこのことは書いたことがあるが・・・

私はそれを聞いて、母親の私が息子が苦しんでいたことにも気づかずに助けられなかったことを、息子に謝らなければいけないのに、死んだ息子に謝らせている自分が情けなく・・・

それをきっかけに、息子に謝る・・・生き方・・・
 
  息子へのゴメンナサイを伝える生き方・・・

    それが、いまの活動・・・そして、裏表のない生き方

 亡くなった人達のまなざしが、そこにあるから、いつもいつも一緒だから・・・



子どもが死んで自分だけが救われたいとは思っていない

救われるならば一緒・・・許されないならばそれも一緒


  自死という言葉をもっともっと広める術をかんはえなければ!!!と強く思った今日でした

宗教者の原点は・・・

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日はご住職にお願いとご理解をいただきたいと~少し遠くに出かけてきた


遺族の全てとは言わないが、子供を亡くした親のほとんどは子どもに会いたいと思っている・・・私もそう

自らを殺すと・・・阿弥陀さまのところにいけない・・・

たとえその言葉が、後追い自死を防ぐためと理由であっても・・・

公に宗教者として語られたり文章として広まることは・・・


    自死遺族を傷つけても他の遺族が救われたらいい・・・と、私は感じた


宗教者たるもの、それでいいのだろうか


   死後の差別については、慎重に語るべきではないだろうか


 お釈迦様は、苦しみ悲しみ究極の選択を余儀なくされて死んだ人を地獄に落として、罰を与えるのだろうか

  人を殺した殺人者と自死者が同じ罪にするのだろうか・・・それもお釈迦様が。


私は、素人で何にも宗教の事は知らないが、

亡くなった人のたましいは、雑念も煩悩のなく、無の境地で、穏やかな所にいると信じて生きてきた。

どんな生き方をした人も・・・

死とはそういうものだと信じている・・・


仏様や神様のような大いなる慈悲の心をお持ちの存在が、人間が考えるよりも無限大に愛しみ深い存在であると
信じています。


自死以外の死はすぐに阿弥陀さまのところに・・・


  自死は何万光年もの月日そこにいけない・・・遠回りの場所にいる、他の人と行き先が違うといわれたら
子どもに会いたい自死遺族は、自死したらいいのだろか

  自死した人だけが行く遠い遠い場所にいるならば・・・私には息子に会うためには、自死しか道はないのだろか

何億年もあえないで、私だけが阿弥陀さまのところにいっても苦しいだけ、悲しいだけ・・・

それなら、息子に会える方法を選びたい・・・例えそれが苦しみの世界でも・・・



誰も行って帰って来たことのない世界だからこそ、宗教者は、生きている私たちの心を救うものでなければならないはず
どんな人も救ってくださるのが・・・阿弥陀さまのはず?


「殺」自殺という言葉で表現したことの人間の罪は大きいと感じる

最初から自死という言葉だったら・・・

普通に語れた死であった可能性が高い

殺す殺人というイメージ

罪・・・罪人・・・世間に申し訳ない・・・という遺族

  え!なんで・・・と思う

世間に対して何を悪いことをしたのだろうか


遺族にそんな言葉を言わせる世間こそ、死んだ人にも、遺族にも泥を投げつける優しさの欠片もないひとたち

そんな人達が優しい心を持った人を追い込んで死なせている・・・
完全犯罪の殺人を社会が公然としているのが、いまの社会であると・・・私はおもう


原発もそう・・・震災も・・・

罪は誰にもなく・・・むしろ、死んだ人が悪い・・・なんて・・・


せめて、宗教者は・・・自分の宗教の原点に返ってほしい


お釈迦様は・・・イエス・キリストやマリア様は・・・

祈ること

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まだ家に帰れない~~

昨夜  関西の記者と話した・・・今日は仙台のひとと・・・


話し出すと止まらないわたし・・・遺族支援や自死の対策は裏事情を知っているから・・・


自死遺族の支援も支援者の支援

震災の遺族支援も支援者の支援



20日に開催する震災フォーラムも行政は1円の補助金も出さなかった


遺族が主催の遺族の声を届けるフォーラムなのに・・・


県から後援は・・・やめようと思っている


寄付金で賄うことに




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母が長くないようだ・・

足が壊疽を起こして、高齢なので、足の切断は断念した…

壊疽の部分から毒素が体中に回ると・・・


8月にあってきた・・・ときはご飯を食べていたが、今は点滴だけのよう・・・


老人ホームも1か月病院に入院すると、退去になるようだ

  
  田舎の市立病院(市といっても、合併したからで、もともとは町立病院)
評判のよくない病院だけど、そこしかない!!


受け入れてくれない


医療の地域格差は否めない



93歳だから・・・で、あきらめている自分は親不孝だとおもう


車で5~6時間離れていて、世話になった親に何も恩返しをしないままで、おくろうとしているわたしは、
冷たい薄情もの


母はどう思うのだろうか


  息子が亡くなっていなければ、狂うほどに悲しんで・・・

     母のそばにつきっきりだったかもしれない


ごめんなさい・・・健一の死が大きすぎて…あなたの死を淡々と受け入れようとしている娘の私がいます

  でも父の死を受け入れたときよりは・・・はるかに深くかなしい

じいちゃん、ごめん!!
 
ばあちゃんのこと、もう少し生かしてください

おにいちゃん、ばあちゃんのこともう少し生かしてやって



祈っています  

元気に生きて欲しいから~~

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一年中咲いてます・日々草、何年も・・・さらに花ビラがこぼれ…新芽がでて・・・








精神が疲れている・・・なんとなく体調がすぐれない・・


スピリチュアル・ヒーリングの数々~~~


  これから少しずつ紹介



椅子にゆったり座り、気持ちを落ち着かせます。

次に、鼻から大きく息を吸い、口からゆっくり吐きます。これを3回行います。

このとき自分のまわりに卵の殻のようなオーラがしっかりと固まるイメージを持ってください。

1回目は自分の前後、2回目は左右、3回目はまわり全体が覆うイメージを持ちましょう。

このオーラが自分をしっかりと守ってくれると強く念じてください。

毎朝の習慣にすると・・・


いじめや嫌な人から身を守ってくれます。




玄関にはツルがでて垂れ下がる植物を~


運気が上昇



丹田に(おへその下のあたり)両手を当てて眠りましょう

無理に眠ろうと焦らずに、その姿勢で内観するだけでもかまいません

(丹田は肉体と幽体のつなぎの要、ここにエネルギーがたまっていないと覇気がなくなり、ふらふらになることも。)

憤るこころの特効薬は・・・エッセイ集

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時々、いくスーパーの駐車場の横



岡先生のエッセイは、私の指針・・・かな


 「知らされない愛について」「ほんのすこしの神に近い部分」「砂山の穏やかな傾き」







私たちは、こうあるべきだ」と指示するような表現はありません。さまざまな出来事を素材に、岡さんの見方,感じ方が綴られているだけです。
・・・・・・・

その人その人の願いや志、関心、そして職業上の位置や時間的な余裕、家族や同僚、友人での立場・・・。
さまざまな条件に左右される中で活動は進められます。志の高さや願いの純粋さをそのまま活動に反映することはやさしくなく、問題意識の高い人ほどそのギャップに苦しみます。外見として現れる活動の成果だけで、取り組みを評価できない理由もここにあります。

そして、だからこそ活動の量的な側面だけにとらわれるのではなく、それ以上に、その人の感じ方、考え方を重視することが大切だと思います。
何を美しいと感じ、どんなことにこだわりを感じるか。
この感じ方、考え方が、活動の出発点となり、進め方を左右してゆくのです。
もっとも、この感じ方、考え方をみがくのは容易ではありません。
知識や技術以前の、自分自身の生き方につながることがらだからです。
岡さんの文章は、その生き方をも示唆するものであります・・・


とほんのすこしの神に近い部分というエッセイ集の「はじめに」から一部抜粋しました。



 憤りの多い活動だから・・・こころを穏やかにするために岡先生のエッセイを読みます

何度もなんども・・・・

  やさしさに溢れています・・・


 震災後・海外や京都・神戸・東京・・・たくさんの人たちから優しさをいただいています


  日本は変わると信じよう・・・

 名誉・権力・金にこころを奪われた人たちは、変わりようもないし・・・変えようもない

でも、やさしいひとたちもたくさんいることも事実


健一・・・おにいちゃん・・・

    生きていてほしかった・・・かなしいですいまも・・


 おかぁちゃんいのちが続く限り・・・あなたの思いを伝えていきます

   応援よろしくね・・・
    

理念は高く掲げたいもの~

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理念は高く掲げるもの

 自死はゼロが目標です
いじめもゼロが目標です

そんなことできる訳がない!ありえない!と、よく言われます。

が、しかし、目標は高く、理念は高く掲げるべきです


出来るわけがない、実現不可能だ!と諦めては、なにも実現でない


  できるはずだと信じての活動


息子にだって、また生きて会えるかも・・・なんて思いながら生きています



  
全ての人が健康に老いて死を迎えることが目標   とノーベル賞受賞の山中教授のことば



  

  



  

対策の内情を知る・・・

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3万人の自死者の7割は精神科の受診中に亡くなってます。
〔厚労省も認めています)

ガイドラインもだされました(うつ病学会から)

多剤処方→認知行動療法

(うつ病学会のメンバーが認知行動療法にも顔を並べています)

一見進歩したようですが・・・

自分たちの利権を守るため~~~の行動のすぎない

 認知行動療法も時代遅れのもの・・・と言われている・・・

しかし、たくさんの選択肢があったほうがいいとは思う



そもそもの精神科医師の教育現場を変えないとどうにもならない

  医療の点数制度も~

相当の年月が必要~~~


だったら、自分たちの意識を高めるしかいのちを守る術はない



  いじめられたら精神科
 パワハラを受けたら精神科

って・・・そうではなく・・・いじめのない学校・・・パワハラのない職場を目指すことも・・・


  国や県という行政とのやりとりや、それに関する団体や機関とのやりとりをみていると・・

  ああああ~~~~これでは・・・なんにも改善されないなぁ~~~って


 胸が痛くて張り裂けそうで、あなたたちはやる気があるんですか!!と叫びたくなります

何を他人事のようにデータを示して語っているんですか!!!

そのメモリのひとつが私の息子です!!!って、言いたくなる衝動を抑えて、聞く時間は針の椅子です・・・
(全身が痛いです)


具体策が全く示されていないのが現状です。


震災もそうです・・・同じ構図です


原発もそうです・・・同じ構図なんです



日本の国民はもっと声を出して訴えなければ・・・操られ人形のよう

    
  

無力なものです人間なんて・・・

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ひとりの力は小さな小さなもの・・・

精神科医療の問題と闘って6年・・・

厚労省にも様々な要望を・・・マスコミとも協力して・・・

県内の医師会・仙台市の医師会、対策担当者・日本精神保健福祉士会や、臨床心理士会・・・・いろんな学会等に意見をいい、たくさんの精神科の医師とも会合で意見を戦わせてデーターをだして、他の団体とも協力して
年に何度も要望をしても・・・動かない

アルコール依存症だって・・・医療機関は救えていません

私の以前書いたブログにも載せていますが・・・


 最近だって秋田大学病院から・・・強制退院

  その相談だって・・・何日も親御さんと連絡を取って・・・様々な支援とつなぎ役をしたけど・・・

 親御さんと本人が努力して探して、耐えて辛抱して・・・

  でも思うような結果にはならなかったようだ

 祈るだけです



 いまの私に出来ることはしましたが・・・これ以上はごめんなさい・・・できません・・・です



救うための努力はしても救えないことが多くあります


 社会を変えなければなりません


私は、様々な分野の人たちと遺族の人たちの協力で・・・闘ってきましたし、いまも
ひとりでも多くの人が生きていける社会のために・・・いまも闘いです


 でも救っているとは思っていません

救えてないですから・・・残念ですが・・


だから全国自死遺族連絡会を立ち上げたのです・・でも


今回の大綱に少しだけ・・意見が反映された・・・だけ




救うための努力をすることは大切です

  が

救ってないかもしれない・・・


いのちを救う活動は・・・私には無理 


自分の無力さを身に染みて自覚して生きています


大きな岩山に小さな細い縫い針で穴を開けているような活動です

でも、やらないよりはやったほうが穴が開くから・・・ その程度です・・・わたしは・・


全ての人を救える人がいたら、すごいです


尊敬します。 

救いたい気持ちと救うことは違う。

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いのちを救うことは傲慢ですか?というコメントについて

 いのちを救うことが出来る!救っってやる!という考えは傲慢だと私は思って活動しています。

救えるいのちもあるでしょう(私にはないけど)

 しかし、電話で、「いまから飛び降りる、さようなら」と言われて救えるでしょうか
救わなきゃ・・・・って・・・思っても、救えないんです。
パニックになって他の人にも連絡してみても、どうにも出来ないこともあります。
どこで飛び降りるのか・・・さえ言わない人を探し出せません

いま縄が切れました・・・と電話をくれる人もいます
そんなとき、私に電話をしている間は生きていてくれる・・・しかし、電話が終った後にまた・・・するかもしれない・・・でも、どうやって探せるでしょうか・・・住所を聞いたって、遠くならどうしようもないのです・・・

誠意をこめて対応するしかないのです。
でも24時間その人の監視もできません

24時間一緒の家族だって・・・一瞬で逝ってしまうこともあります

神様・仏様でさえ救えない命もあります・・・

でも、祈るしか出来ないこともあります・・・どうか死なないで、と。

 出来る限りの事をやって・・・でも限界があります


己の限界を知って、救う努力は大切です


 どんな人でも自分が救える!と思うのは・・・


本当に救えますか???

つながった人の全ての問題を解決して、・・・でも解決したと思うのは自分で・・・
苦しんでいる人のこころは違うかもしれない・・・


大勢の、死ぬほどの苦しみを抱えた人の相談を受けてきましたが、無力な自分がいます。本当に無力です。

土曜日午後、精神科の病院を強制退院させられた女性

 そのとき私は神戸~

電話で自分の「講演」のギリギリまで、話は聞いたけど、住所もいわない、わかるのは退院させられた病院と携帯だけ・・・

クスリを多量服用して話すことがメチャクチャ・・・


れろれろ状態
(死ぬしかない・死ぬんだ・・死にたい・・・そんな話ばかり)

1時間話して(話してる間に、つなげる先を考えたが浮かばない)
とにかく、夜の連絡を約束して・・・電話を切って・・

 夜、つながらない・・・

翌朝日曜日ホテルから電話してつながらない・・・午後つながった

でも、頑なに住所は教えない・・・

どうやって救えるでしょうか・・・

彼女の安否はわからない・・・いまも・・・携帯は鳴るから・・・生きているのかな・・と。


生きていて!と祈るだけ・・・です

24時間電話応対をしている私には様々な電話がある・・・

7時間・8時間連続で話す人もいる・・・

毎晩2時・3時に何度も何度もかけてくる人もいる・・・


 家に訪ねていったことも数えきれないほどある・・・

食べ物がない・・という人には、米や缶詰を送ることもある・・・
何日も食べてなくて、200円しか金が無い・・という若者に2万円貸したこともある

病院に付き添うこともある・・・


  でも、救えてない!とおもう


24時間一緒でも、眠ることもあればトイレにいくこともある

 精一杯のことはしようと思うけど、救えていないと思う

元気になるのは、その人のこころ・・・

生きていこうとするのはその人の気持ち

ほんの少しのお手伝いはできるけど、救うなんて無理・・・

  自分の足で立って自分で歩いていく・・・

手を借りても・・・ほとんどは自分・・・その人だと思う


救った!と思うことは傲慢だと、私は思っています


救われたかどうかは、その人が決めることで

支援する側が決めるものではないから・・・


救った!!というのではなく


救われました!!といわれるもの・・・では・・・と思います

支援者バンザイ記事がまた~

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愛情を注げる子がいても、死似たくなることもある。明るい笑顔の下で死を思うこともある。


言葉は大切


人が作った言葉は、ときには刃物よりも鋭く人の心を切り裂く

  そして、一言の言葉で心が満たされることもある


  目と態度  雰囲気での圧力




「死んだ人は怖くないよ・・・生きてる人のほうが怖いんだよ」と、養母は言っていた。

  戦争で死んだ人たちも何にも生きている人に悪さはしない
  
   殺された人たちも何にもしない

  自死した人たちも何にもしない


 ただ、穏やかに微笑んでいる・暖かなまなざしで





癒したい人の卑しさ 満載の記事が昨日も載っていた・・有名な団体との共催

震災のつらい体験を打ち明けてほしかった・・・」
「子どもたちがストレスを吐き出すことが大切。・・・」


ファシリテーターと呼ばれる人が参加者よりも多い  定例のイベント(と呼ぶらしい)


幸せな人達が満足して、幸せ気分に浸っているんだろうなぁ

  やってあげた充実感でいっぱい


参加している子どもの声も保護者の声も掲載されない・・・支援者バンザイ記事

(支援者は言う・・・参加者は傷つきやすいのでマスコミから守ることが私たちの役目です)
・・・・支援される人たちは、何にも出来ない人たちだから・・・


  お兄ちゃん疲れるね・・・こんな世の中


イヤイヤ・・・


  100歳まで  


こころの豊かな人たちをみよう・・・信じよう…感じよう



すばらしい人たちも大勢いるから・・・


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親の気持ちは親になってわかること・・・

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健一は、警察に勤務してから、11年で警部補に。

警部までは昇任試験で位が上になる。

試験に合格したら、必ず移動になる

県警本部長の運転手という抜擢を断った息子
*一年間運転手として勤務すると無試験で出世~というコース*

嫌がらせのように、僻地への移動

その年に、警部補に合格

移動~~~全くの未知の仕事~~~事故処理担当係長~~~しかも県内で事故が最も多発する署

4月移動~~~5月・・・に15人の重軽傷・3人死亡という大事故発生
高校生の列に飲酒運転のRV車が突っ込んだ

その処理を、息子は一気に背負った~~~

10月まで1日も休まず働き~~~年上の部下に嫌味を言われ・・・上司の課長に嫌味を言われ(この上司は、以前にも部下がピストルで自死)

県警本部から応援を頼んで「対策本部」を設置しなければならないような大事故にもかかわらず

県警本部の応援を頼むと、手柄は本部に持っていかれるということで、応援を頼まず署だけで処理しようとした上層部。

息子は自宅での療養をしたが、一個の未処理の事案はなく全ての事案は処理されていた、と亡くなってから聞かされた。

そして自宅療養後、家庭で嫁に叩かれ、ののしられ(携帯にものすごいメールがたくさん残っていた)

 息子をひとりにして、実家に戻り、一旦帰るも、親と一緒に罵り、また息子をおいて実家に・・・

固定電話にも出なくなり、携帯にもでなくなり、メールにも返事を返さなくなって・・・も心配もせず

 音信不通になって3日の朝に息子は死んだ


 息子が亡くなったその夜に嫁は一晩語ってくれた

   詳細にわたって息子が嫁からどんな扱いを受けていたのかがわかった


   孫もいた・・・可愛かった・・・嫁も可愛かった

私の母の遺産だって息子と同じように分けた、息子と結婚してくれた子だから可愛かった



息子は泣いて泣いて泣いて、めがねが塩でまっ白になるほど泣いて死んだ


最後まで死にたくなかった・・・とおもう  息子は死ぬことを怖がっていたから・・・

死ぬのはイヤだって・・・いっていたから・・・

でも、死んだ


  死んだ人が悪いのだろうか

目に入れても痛くないほど可愛い娘がいても、死ななければならなかった息子の気持ちは生きている人にはわからない


 死んだ人を恨むってなんだろう

私は1歳未満で親が離婚・・・他人の養女で育った


  でも両親を恨んだことはない

 自死した人に罪はあるのだろうか



身勝手な死だろうか


 子どもを捨てたのだろうか・・・

   
  親になればわかる・・・簡単に親は子どもは捨てられない

死んだ人が悪いのではなく…死なざるを得ないような状況まで追い込んだ要因が悪いのではないだろうか



  誰も喜んで死なない・・・


死んでバカやろう!!という気持ちと・・・
苦しみを分かち合えなかった私は親として息子に申し訳ない気持ちでいっぱいです


会いたい

子どものうつなんて発想は変です・・・

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県庁の前


いじめがあって・・・担任も主任も・・・保健室の先生も・・・

  両親が相談に行っても・・・ありきたりな対応

  
子どもは学校への不信感

 不登校

  ↓
 
精神科~~~(ここがよくわからない、わたしには)


なぜ学校がイヤなのか・・・という問題を何にも解決しないで・・・

勉強をしないと遅れてしまう・・・というあせりも子どもにはある・・・不安
                                  ↓
                                うつ

子どもにも9つのチェック項目

    入院を勧めた

   10代前半に~うつ薬・睡眠薬・整腸剤

   毎日きちんと忘れずに呑むように指導された


3ヶ月~~~不登校は続いている


    それはそうです・・・学校に行かれなくなった問題がひとつも解決していないから

 転校をさせるという親に、


      理由もなく転校は出来ない!!そんなことが通るわけがない!!と。主任。

   私立だってあるのに・・・

子どもをみていない教師

転校して、自分の勤務する学校でいじめがあった事実が、他の学校に伝わることを恐れて、子どもをうつ病に!!


いじめられて不登校~うつ病

学校のいじめ問題がいつのまにか子ども本人が病気だという問題に摩り替えられている・・・



あんなにマスコミで取り上げられたのに・・・危機感認識ゼロの教師たち


    


 子どもの成長は、それぞれに違う!
   同じ子はひとりもいない

 出来ないところ探しではなく~~~できるところを見つけて認めてあげましょう


 動作が遅くても・・・慎重で丁寧かもしれない
早くても雑かもしれない


  子どもにうつ薬や睡眠剤や不安薬は飲ませないで!!!児童精神科の医師たち・・・


自分の子どもにも呑ませられますか???



生きてください

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苦しんでいる人を探し出すのは至難のワザだから

  助けてくださいとつながった手を離さないでください
   

    とお願いをしています。

生きていたいから助けて!!と伸べられた手さえも、つなげられないのが現実です


たくさんの手がつながってくるときがあります・・・そんなときは

 縁を信じようと思っています。

偶然こそが奇跡である。という言葉があります。

 電話をいただき、留守の多い私はかけなおしをしますが・・つながらない人もいます

 電話の着信履歴は20件までですが、オーバーしてしまうこともたびたび~~~


 同じ人が何度もかけると他の履歴が消えてしまうこともあります


それはどうにも出来ないことなので・・・(個別の面談や会議や講演中はマナーモードですので・・・すぐに対応できないことも多く、また、キャッチでも話中に何人からも受けると・・・)

     ご縁があった人はつながる!!!とおもうことにしています




私の限界は狭く低いのですが、息子がつないでくれる縁があると信じて従うことに。


   そしてつながった人も、その先につなげる場所が少ないのも事実。


限られた資源の中で、できる限りの資源を掘り出そうと・・は思っているのですが・・・


   
  ごめんなさい・・・が多い活動です



100人のゲートキーパーが一人を確実に支援できたら・・・

  行政の担当者もくるくる移動しますが、移動した先でも、学んだことを忘れずにその部署で広げていったら・・・

現実は移動したら・・・関係なし

 だから、エンドレスで、研修会が必要


毎年新たに説明をしなければ、担当者は引継ぎ事項が多すぎて、細かいことは素人以下



研修会で、毎年事業はいっぱいいっぱい

  

助けようと思わないこと・・・助けられないから・・・


少しのお手伝い・・・

  それしかできない・・・それさえも・・・少し


  無責任のようですが・・・できる範囲が狭いので許していただいての活動です。


   生きていてくださいね

 生きてくださいね

    苦しみも悲しみも、またお風呂に入ってほっとするひと時も・・・

     のどが渇いて水を飲んだときの、すっとする瞬間も・・・

たくさんの苦しみや悲しみに比べたらささやかな取るに足らないことでも・・・
生きていればこそ・・・の味わいです



 生きてください・・・健やかに・・・穏やかに・・・



いまから、個別相談です・・・

活動は息子への愛

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遺族の支援をしている人たちや自死防止の活動をしている人たち・・・行政も含めてたくさんの人たちと、様々なところで、出会い、話をする機会が多くあります。
懇親会などでも一緒になります。

その人の本や論文も読んだり、また対談の記事も読んだり・・・

  そして、私の感じた印象と

   実際の活動
   

     理論づけてみていると・・・矛盾だらけ


具体的にどれ程の遺族と出会い、話しているのか・・・

どこまで、入り込んでいるのか・・・

  

   息子を亡くして半年で会を立ち上げた私は・・・支援者たちにとっては邪魔な存在だったようです
(いまもそのようですが)

遺族の私が遺族の支援をしている人たちに、潰されるようなことをされなければいけないのか意味不明でした

 遺族支援をしているんだよね?あなたたちは・・・と・・・聞きたい


自分の都合のいい遺族だけを支援したい様子が見えるのです


   意見を言うような人や複雑な事情を抱えている人は、関わりたくないようで・・・

      いまも私に紹介されてきます(他の団体から)


私がつぶれることを望んでいる支援者も大勢いますが

   賛同してくれる人たちも大勢います


      潰れないし潰されない

    息子が一緒だから

  愛しているから・・・息子と私の愛は誰にも潰すことはできない



  

対策はパフォーマンスだけでいい~

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内閣府の「自殺対策推進室」という部署に担当大臣が所属していて、大臣の補佐官がいて、統括官がいて、参事官がいて補佐官がいて・・・

全ての関係部署の統括部門だと思っていた。

先月27にちに、いままで5年間の要望に対しての返答があいまいなので聞いてみた「何をしているところですか、関係省庁の担当部門の上にあるいわゆる統括して対策を推進するところではないんですか」と。

「啓発」をするところ。他の担当機関が対策を推進しやすいように、お金を出したり、ポスターを作ったり、チラシを配ったり、啓発を行うところだという返答だった。

  びっくり

息子が逝き、7年になろうとしているが・・・その間に大きな声で国にも訴えてきたが・・・

  何にも変わっていない・・・

震災があって・・・自死だけではなく、そもそもこの国の体質なんだと気づいた・・・

机上論優先・・・・手は汚したくない・・・

     中味なんて実質なんてどうでもいい

   パフォーマンスだけでいい

  やっているふりだけでいい



 100歳まで生きて、国に訴え続け、優しい人が優しいままで生きられる社会に・・・というわたしの思いは・・・

  あと36年で叶うだろうか



 言い訳だらけの行政

国民が賢くならなければ・・・弱者同士足の引っ張り合いをしている間に、ずるがしこい人たちは

社会をシロアリのように蝕んでいく



   見てみないふりはやめよう


権力に媚びるのはやめよう


  嫌なものは嫌だといおう・・・嫌だといっても聞えないふりの人たちが多いけど・・・




  

不思議な人たち~~

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国や県、市、遺族支援の専門団体(?)等の
支援の内容に意見を言ってきたのは、見当違いの内容が多く、税金の無駄遣いであると同時に、支援内容が遺族を傷つけるものだったからです。


傷つけてから、ケアするのではなく、最初から傷つけない支援の構築を、と。!!

家族が亡くなって、それだけで悲しみでいっぱいの人をこれ以上追い込まないでください、と!!


単純なことなのに~~~改善されない~~~一向に~~~


頑固すぎるほど頑なに、遺族の要望を取り入れない


   不思議な人たち


 支援者として活動していない人たち、住職・牧師・神父・弁護士・司法書士・議員・隣のおばちやん・お菓子屋のおばちゃん・・・・・・いろいろな人たちで、苦しんで求めることに応えようとしてくれる人達がいる


私は、そんな大勢の人に助けられて、今生きている




遺族支援は金になる・・・遺族支援を本にして論文を書いて・・・準教や教授になった人もいる・・・



最も大きな金づるは国や製薬会社

  
  自死の次は震災の遺族支援が金になると・・・定款を変えた団体まである・・・






息子が亡くなって、それまでは見たこともなく、知ることもない社会を学ばせてもらっています

人の世の醜さと人間の傲慢さと・・そして深い愛の人と・・・


  悲しいご縁だけど遺族との出会いがあって生きている・・・

  

遺族は危険人物??

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自死遺族支援者のための指針があります。国で発行  私もその作成会議に参加したことがありますし、意見書の提出も何度もしています。
その指針を基に地方行政は支援対策を決めて、具体的に実行。

その中に、自死遺族の声を聞くことは疲れる作業だから,支援者のメンタルケアの充実が大切である、と明記されています。

そして、精神科医療の分野でも心理学の分野でも、遺族の話を聞くということは聞く側が疲れるから、その事に十分に配慮して、支援者のメンタルケアが出来る体制を整えてから支援を行うこと。という内容が必ず語られ、研修会や講演会での配布資料になっていますし、パワーポイントなどでも説明されます。
必須項目のようです。

それから、行政が主催の会は、必ず報告書があります。
保健師が(保健師以外の人が支援者として参加している場合でも同じです)報告書を部署に提出・・・
それが、更に会議等でも報告されます。
(会議で報告を聞いたことが何度かあり、、抗議したことがあります)
詳細に・・・です。

行政が主催の会に参加して癒されるならばいいでしょう・・・本人が選ぶことですから
遺族外の人達が主催の会に参加して癒されるなら、いいと思います・・・遺族が選んでいるのですから


しかし

 裏では、

 会に参加した遺族が暴れたら・・・
遺族同士でもめたら・・・
遺族が泣いて止まらない場合は・・・
遺族が暴走したら・・・
遺族が・・・遺族が・・・と

議論していますし論文にも書かれてますし、発表もされています。

危険人物のような研修内容です・・・指針もです


そんなふうに見られていることを知っても、その人たちに支援して欲しい、と思える人はある意味すごいです。
私は、特別な人種でも見るような意識を持っている支援者には支援されたくありません

息子はプライドを持って死にました。
 息子の死を蔑むような認識しかない人たちの世話になんて絶対になりたくありません

普通に幸せに生きてきましたから・・・突然に遺族になったのですから・・・


知らないほうが幸せなこともありますが・・・私は知ってしまいました





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     集える場所なんて

   図書館の喫茶室でもカラオケボックスでもレストランでも・・・どこでもいい・・・

2人集まったら「わかちあい」

   癒したい人たちの心を満足させるために、私の悲しみがあるのではありません

遺族に手記とか言って、書かせて・・・論文にして教授になったひと・・・

最近もそんな輩がいっぱい・・・

   いまの私は、息子に見られていると思うから・・・裏の顔はない

息子が亡くなるまでは、裏の顔があった・・・

表は優しく、裏で舌を出すことが・・・あった

   いまは、かぁちゃん何やってるの!!!と息子に言われるから・・・しない

おにいちゃんが大好きだから・・・いまもいっぱい愛しているから…後悔しているから

  懺悔のいのちを生きているから・・・

支援者のメンタルケア・・・エンドレスにつづくの?

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昨日も、今日も、遺族からの電話が・・・

 私も子どもを亡くして、悲しみを抱えているから・・・心は疲れない

いつもいつも悲しみがあるから・・・日常の生活にあるから




 どうして、支援者は支援される側に向かって・・あなたたちの話を聞くと疲れるし、大変です・・・身が持たない・・・支援者側の支援体制を整えてから・・・

こんな考えは、講演でも必ず話されますし、指針にも記載されています

  不思議・・・

そんなことを言われた人は、困っていても苦しくても、その人に相談はしません


疲れさせてまで聞いてもらうのは・・・申し訳ないから


マザーテレサは、病気の人を神と同じように思い、看病をさせていただいている・・・と。

 させてもらえることに感謝して・・・。
自分がその人にしてあげているではなく、させてもらえている許してもらっている・・・ことにありがとう。


   免れていること・・
     なぜ免れているのか・・・

  自分がその当事者だったかもしれない・・・
免れている理由はわからない


岡先生の8月の講演で


悲しみを吐き出すもの・・・汚いもののように捉えているから・・・「吐き出してください」という言葉は支援者がよく使う

  嘔吐物のような苦しみや悲しみを聞くことや見ることは、しんどい・・・ことだと思う・・・汚物だから

当事者は愛しいもの・・・という捉えかた
  吐き出すような汚いものではなく、愛しいもの、身体の一部・・・


悲しいという汚物を目の前に出されたら・・・しんどいだろう・・・

支援者のためのメンタルヘルスが必要で大切・・・という考えは、汚いものよくないもの、吐き出すような嘔吐物としての考え方があるから・・・

  そもそもの考え方が違う 


私の悲しみや苦しみは息子を愛しているから・・・決して、汚物という存在ではない


     

支援者のための対策

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自死の対策~
20012年・・・今年5年ぶりに「自殺総合対策大綱」の見直しが行われました。

息子が亡くなった年の次の年の2006年に「自殺対策基本法」が施行
2007年に大綱が策定

これまで、莫大な金額の対策費が投入

ほとんどは啓発事業

この啓発は、苦しんでいる自死のリスクが高い人のためではなく、支援する人支援したいと思っている人への啓発

ポスターやチラシ、テレビのCM,ガイドライン冊子、データー集め、論文や本、シンポジュウム、講演会、研修会、会議等々~

具体的に、労働問題の改善やいじめの対策、介護問題やパワハラ、等々・・・こころが沈んでうつ状態にならない
対策は何にも実行されていません

9つのチェック項目の5つにあてはまったら、即精神科にいきましょう・・・という対策です

国民は周りの人が落ち込んでいたら、精神科の受診を進めましょう・・・という内容の対策です。

いじめも・パワハラも、仕事がないのも、サービス残業が月に100時間であろうが200時間であろうが、
借金があろうが、震災で自宅が流され、仕事がないひとも、家族が亡くなった人も・・・

とにかく、全ての悩める人は、精神科の受診を・・・早くに・・・というものです


 20年近く前から、(もっと前かもしれない)精神科の学会が中心となって研究してきた延長線上に、対策があります・・・従って
メンタルが中心となるのは、あたりまえ

メンタルが専門の集団ですから・・・


メンタルケアが必要とされないような、働きやすい環境やいじめが起こらない対策、賃金も・・・住まいも、介護の環境も・・・整えて、生きやすい社会人にやさしい世の中にしようという動きは全くありません


 その結果・・・児童・生徒の早期うつ病発見、早期介入・・早期治療・・・
高齢者の認知症もうつ
脳梗塞もうつ
産後のうつ
更年期うつ
新型うつ
不登校もうつ
いじめもうつ
思春期もうつ
・・・・・・たくさんのうつが作られて・・・遺族は、複雑性悲嘆という精神疾患者


 具体的に、相談に乗って具体的に解決している支援って・・・

  ほんの一握り・・・

そして、そこには国からの補助はない・・・


   だから減らない・・・減るわけがない・・・具体的に実行されているのは

   精神科への受診の推進だけだから

死んだ人を蔑まないで・・・ください

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 なぜ、自死は忌み嫌われるのか・・・を時々考える・・・

それは、その人と関係のあった人たちが、「俺のせいで・・・わたしのせいだ・・・」という自責の念が強く・・・
亡くなった人が、俺を恨んでいるのかも・・・私を憎んでいるのかも・・・という

  思いから・・・・怨念が残っているかのような・・・死・・・として、捉えたからではないだろうか

亡くなった人達の遺書を読むと・・・ほとんどは「ありがとう・ゴメンナサイ・幸せになって・しあわせでした・・・・・・」そんな言葉です

 恨みつらみはほとんどの遺書にはありません


苦しくて辛くて悲しくて・・・この世の最後の最後まで、恨みごとを言わず、自分が悪い!自分のせいだ!!
自分の能力の限界だ!自分が・・じぶんが・・・

自分を責めて責めて、死を・・・・


どうか、死んだ人に泥をなげないでください

   亡くなったんですから・・・


  

見えないものを治す薬って・・・あるの?

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4月・・・大綱見直しのためのシンポジュウムの講師の一人

  アルコール依存症の専門の医師・学者
(名前は明日・・・たしか名古屋から~)

一滴でも酒を呑んだことがある人はアルコール依存症の予備軍で、危険です・・・という発言でした


え!!!私って重度のアルコール依存症???

だったら、日本が・世界で酒が売られているのは・・・アルコール依存症という病人を増やすため?


  真面目に何度も発言していた・・・


二日酔いになる人は、依存症になれない・・・

三日酔いのある・・・

酒という文字を見ただけで具合が悪くなる・・・(経験したことがある・・・)


極度のうつ状態になる・・・

  

  ガンだって・・・そこに病巣があるのがわかっても治せないものが多い

痛みもクスリで完治できないと痛み専門の医師が講演で話している(新聞に載った)

心は・・・目に見えない

目に見えないものをどうやってクスリで治すのだろうか


  

     



   

アルコール依存症になる条件・・・肝臓の丈夫さ

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酒を呑んでは駄目です!

  というのは、精神科医のほとんどがいうことば

その人のことを何にもわからずに・・・


息子は、お酒は強かったけど、嫌いだった

  身体が熱くなるのがイヤだから・・と言っていた。

ストレスでうつ状態になったとき、缶チュウハイの小さい缶を呑んでは、無口な息子は、グチをこぼしていた・・仕事のことや人間関係のことを・・・

そして笑い・・・

嫁さんや私たちと一緒に・・・

  楽しそうだった

精神科に行ったら酒は一切駄目!といわれて・・・クスリを呑み・・・無口な息子が更に無口になり・・・
沈んでいった・・・

発散する方法がなくなってしまった


 私は反省している・・・いや!後悔です

 アルコール依存症なんて、突然になるわけでは無いし、月日がかかる・・・
朝から夜中まで飲むような状態になることは息子の性格からしてなかったし・・・

 そんなに肝臓は丈夫ではないから、肝臓が弱って呑めなくなったと思う
(肝臓の丈夫な人でないかぎりアルコール依存症にはならない・・・そのまえに肝臓が病気になる)

     精神薬を飲ませて落ち込ませるよりは、おしゃべりにさせてくれるお酒を呑んで、
  グチを吐き出して、
   家族みんなで、飲んで食べて、上司の悪口や仕事のグチを聞いてあげたら・・・

   息子は転属が決まっていた春までの5ヶ月間は生きていたと思う
クスリを飲んで元気になるなら呑んだらいいとおもう

  しかし改善されないなら・・・呑んで依存するリスクは避てほしい・・・と願っている


いじめられていて、学校にいきたくない・・・

行くのが怖い・・行かなければ・・・とおもうと不安だ・・・

担任もわかってくれないから・・・学校に行くことが恐怖だ・・・

考えると眠りが浅い・・・

   足がすくんで学校と聞いただけで、落ち込んでしまう

こんな状態を不安薬と睡眠導入剤だけで、解決できると思っているのは変だと・・・思うのです

眠れるかも知れません・・・不安がなくなるのかもしれません

でも、学校にいけるのでしょうか

   不安の材料が消えていない限り・・また不安になり・・・眠れなくなる・・・

そして、またクスリ・・・

  登校・・・またいじめが続き・・・不安で怖くなり・・・不登校

   

クスリはサブ的役割であって、こころの不安を取り除く主役ではないのです

   
悲しい気持ちが和らぐなら・・・呑んでいいけど

   亡くなった人が生きてかえらないかぎり、悲しみはきえません

   生き返ることは無理なこと

ならば・・どのように悲しみと付き合うか

    悲しいのも苦しいのも「愛している」から・・・

 愛しているから会いたい・・・

悲しみもまた、私が息子を愛している証し・・・大切な感情・・・


   消して欲しくない・・・忘れたくない

    息子を忘れることになるから


    苦しいままで生きて、息子を心に抱えて生きたい

   私が死んだら息子が生きていたことも忘れられてしまうから

せめて、私は長く生きて、息子のことを語って生きていきたい

 

かなしい

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仙台市に行った・・・

いま、ひとつ・・・いや、かなり・・ほとんど・・・無駄?!!!!!

  いじめがあったら、スクールカウンセラーから~精神病院に~~~という構図ができていた

不登校の子どもの相談があったら~精神病院に~~~という流れができていた


 そこには、大学と大学が運営する新しくできたばかりの精神病院の経営のために、他で行っていない児童生徒を対象にした精神疾患患者集め?と思われるような・・・市と市の教育委員会とスクールカウンセラーの連携が・・・

  国の方向と一致する 


 専門バカ?(人を見たら、精神疾患にしようとする習性が身についている)

それとも、製薬会社からのお金が莫大すぎて・・・良心を売った!?


国も、精神学会も、精神科医も・・・


  自分の子どもにも飲ませられるクスリを~~~
自分の家族にも飲ませられるクスリを~~~


  県も国も市も町も医師もどこも・・・どうすることもできない・・・


  冷静に、理性を持って考えてみましょうよ


無責任すぎです


やはり自分のことは自分で守るしかないようです


  アルコール依存症の方が、自死したときの遺書

 「精神保健も地域保健の病院もどこもだれも助けてはくれなかった・・・自分の身の始末は自分でする
  迷惑かけました さようなら」


この人のSOSを受けて、精神科の部長にも、県にも市にも、精神科救急病院にも、アルコール依存の専門??といわれる病院にもお願いを続けた・・・が、どこも受け入れてくれなかった


重度の依存症だった・・・本人は抜け出したいと必死だったが・・・


いまも彼の笑顔と、通夜のときの顔を思いだす・・・

あれから・・・改善されるというよりも、もっとひどい状況になっている


 自分たちでなんとかするしかない・・・
プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
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仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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