FC2ブログ

精神薬は怖い

050729-06[1]

 未遂をして
   意識がないままで 息をしているだけの状態
未遂は健康保険の対象にならない事がほとんど
治療費の10割負担
 毎月350万円の支払い
嫁と孫が支払いのために息子を恨まないように
  また親である自分も支払いを毎月はできず
3か月目で 意識のない息子を刺し殺した母

 3か月間悩み悩み やせ細り・・・・・・
   我が子を殺すほどに追い込んだ社会
子供を自死(未遂)まで追い込んだ社会
 二度 社会は親子を追い込んだ

精神障がいだから
  引きこもりだから
 暴力的だったから
       他者に危害を加える前に親が殺して当然という風潮が広がりつつある
とても怖い
 もちろん
どのような理由があろうが 無関係の人を殺すことは許されない

 しかし その裏に 精神薬の存在があるとしたら
    責任は精神薬にある
精神薬を処方している医師にある
 またそんな薬を販売している製薬会社にある

 無関係の人を殺害するケースは
   その多くは背景に精神薬がある事をマスコミは報道しない

 精神疾患だから ではない
  引きこもりだからではない

精神薬の副作用の問題である

 正しく処方できる医師が少なすぎる
   製薬会社のセールスマンのような医師が多い

  幻聴幻覚があっても
  本人が苦しくなければ クスリは必要ない
 他者に危害を加えなければクスリはいらない

   暴れた時 一時的に処方が必要な時もある
ただし
 ずっと飲み続ける事には意味はない

 精神薬ほど 副作用の記載が多いクスリはない
  効能より
副作用での疾患になる可能性が高いのが精神薬である

 発達障害にも精神薬
 知的障害にも精神薬
認知症にも・・・脳梗塞にも・・・
 老人性痴呆にも・・・
癌治療後にも
  
また
 失恋にも  失業にも 債務にも
    友人が少ないことも
定職につかなくても

まるで 万能薬のように処方される精神薬
 
  落ち着きがない 友達が少ない
    国語や算数が苦手

精神薬で差数や国語が得意になるのでしょうか
 友達がたくさんできるのでしょうか
友達ってたくさん必要でしょうか
   友達がいなくても 困っていなければ
     一人もいなくてもいいと思う
 1人が好きな子供だっている
  落ち着きがないというけど
    多分 先生の授業がつまらないんだと思う

先生の話よりも もっと興味の湧くことがあるのだと思う

   授業中に騒ぐ子供には
  なぜ 騒いではいけないのかを 説明したらいい
    何度も何度も
 
教師たちは丁寧に教える事が苦手になり
   説明をする事も苦手
    騒ぐ子にいら立ち

配慮が必要な子  障がい児 精神科医 精神薬

いわゆる 排除をする教育である
 教師の能力の低下の犠牲者が今の子供たち

カウンセラーも 精神科医の手先になっている

    どこもかしこも
誰もかれも

精神科医を まるで悩み解決専門家のように思っている

 精神薬の犠牲者はますます増えていく

正しい処方をしてほしい
   攻撃的になる副作用があることも 告知してほしい
  死にたくなる副作用も告知してほしい

   偽薬(プラセボ)のほうが 効果があるというデータも多くあるのが精神薬
    偽薬のほうが副作用がないだけ マシ

昨夜もまるで友達のように 電話をかけてきた女性がいる
  事件があると 電話がくる
精神薬を40年飲んでいる
   精神疾患者をバカにしている
   引きこもりをバカにしている
    警察官を襲ったのが 精神薬を飲んでいると報道されていて
       精神薬を飲んでいる人は みんな犯罪を犯すと思われてしまう
だから
死にたい
     この女性も幸せではない
 精神薬を40年飲んで 何の意味があったのだろう
   何のために飲んできたのだろう

伝染病でもないのに
なぜ日本だけ 伝染病のように
   2倍4倍と精神疾患者が増えているのか
      考えてほしい
増えているのではなく
 増やしているのですから 増やされている・・・・のかな
  まんまと ワナにハマっています

怖い社会です

死別の悲しみに精神薬は不要

IMG_9110.jpg

昨日はさいたま市で開催の「なないろの会」に参加
 たくさんの遺族が参加していました
    アットホームな雰囲気

いつもの部屋が取れなくて、小さめの部屋での集い

2006年「藍の会」の当時を思い出しました
   狭くても やさしい心がそこにあれば
         悲しみを共有できる人たちがいたら
     孤立は防げる・・・かな・・・と

一人ではないんだ・・という思い
    生きられる・・生きようと思う時間が遺族には必要だと思う

 今月末には盛岡の「循環の会」
   次の日の日曜日は  仙台の「藍の会」

  今日もこれから東京
    日帰りして 仙台市の対策会議

 資料を読み込んで 少しでもほんの少しでも
              実効性のある内容に出来るように意見を述べたい


03a258b910c4d6a3d3c19d21b809415c.jpg

 愛する人を亡くした悲しみは病気ではない
   絶対に精神科にはいかないでください

 毎日のように電話を受けるが
    その中で1年・3年・5年
         過ぎた遺族が 精神薬を飲んでいるケースが
                それなりに多い

  ドンドン悪化
       激しく 叫んだりする状態が 1年・2年・3年と続く

 悲しみは
   なぜあるのか

それは愛する人を亡くしたから
   愛から沸き起こる悲しみを クスリでどうできるのか
  なにもできるわけがない

愛を消せたら  悲しみも消せる
 クスリで愛が消せるのか?
消せるとして
愛を消していいのか

 私は息子を今も愛している
  だからかなしい
息子への愛を消してほしくない 消したくない
  だから 悲しみがあっていいと思っている

かなしみもまた 私のもの なのです

  悲しみも愛しいもの
なぜなら
   愛があるから 悲しみがあるんですから

   精神薬は
     神経をマヒさせる
  その反動として
      冷静さを失い  少しの事に敏感になったり
   他者の事には  鈍感になり
     自分勝手になっていく

人への配慮が欠けていく

   こんなことがいた
(遺族ではないが)

「サロン」に参加にきた人
  (サロンは いろんな人たちが集う場)

音がうるさいのはダメなんです・・と耳を塞ぐ
   エアコンの風がだめなんです・・と 身をかばう
(冬で寒いんですけど・・他の人に寒さを耐えろという事なのかなと思った)

 その割には 大阪の話で盛り上がり
  旅行もしている様子
(大阪って 静かな地域???)

離脱症状で・・・苦しくて 死んだほうが・・・という
 「サロンではなく主治医に相談に行ったほうがいいんじゃないの」といったが
    無視
減薬は長く禁断症状が出る人もいるし
 反対に簡単に断薬できる人もいるし様々だよね
    ゆっくり 減薬したらいいんじゃないの
      長くかかっても あせらないで・・
 突然
「長くかかるなんて言わないでください」とキレて
   謝ってくださいと命令
  
 「申し訳ありませんでした」と謝りましたが
   ここは「サロン」
いろんな人が集う場所
  
突然来て  あれもダメこれも無理
 苦しくて・・・死にそうです・・
   といい
食べ物は食べ 飲み物は飲み
 参加費は払わず

 私の苦しみを理解してくれないなんて
   ひどい!と泣き叫ぶ
(かなり やんわり書きましたが・・)
他にも参加していた人たちがたくさんいたのに・・
   
 精神薬を飲んで20年という女性

134418550_th.jpg

精神薬は
   人を幸せにはしない

  

楽な生き方って・・・何?



 「楽」になろうとは思っていない
そもそも「楽」な生き方って何?

息子が逝って「楽」に生きようと思っていなくても
   時は残酷なもので
   亡くなった当時の気持ちのままではない
食べたり飲んだり しないと思った葬儀の当時と違い
   たくさん食べて 酒も飲み
     好物も食べたくなる
 テレビを見て笑う事もある
       
  毎日 唱えていたお経も ほとんどしなくなり
 ほぼ毎日行っていた墓参りも
    正月・春彼岸・お盆・秋彼岸・誕生日・命日 大晦日
   時々の草取り等
1年に10回ほどになった
     仏壇の掃除も毎日だったのが今は4日に1回
   仏壇のお花だけは14年変わらず
        10個の大小の花瓶にいっぱい
     ジュウスやお菓子・果物も変わらず
            あふれている
   次男もよくお兄ちゃんのために
      飲み物や食べものを買ってきては供えている

でも お通夜と葬儀のような生活が毎日ではない

    「楽」に生きたい人は生きたらいい

 但し、自分の生き方が全てのように
私に「楽」に生きるように勧めないでくださいませんか

   少なくとも 私は元気ですから
   見た目も明るいですから
     
 苦しんでいる遺族から相談があった時は
      最優先で 相談にのりたいと思って生きています
   自死の予防や防止のための
活動もしています
   様々な専門家と共に・・・


  遺族のための・・・自死した人たちのためにも
    自死への差別と偏見は是正したいと運動もしています

  そして 
   遺族の悲しみは精神病ではありません
  これだけは
声を大きくして言いたい
   家族を亡くして落ち込むのは普通
       かなしいのも普通
   さみしいのも普通
     気力が出ないのも普通
  食欲がなくなるのも普通
 楽しくなくなるのも普通
     何も手につかなくなるのも普通

「時」
「話」
「涙」
が必要です

元のようにはなれませんが
     日常生活はできるようになります

それで十分です
私は
     たぶん私に生き方をアドバイスしてくださる人よりは
     元気いっぱいだと思います

今までの私のブログを読んで
  私を暗くてジメジメして
      不幸を全身で背負って生きているように 
 見えるとは思えないのですが・・・・・

  再度言わせてください

   私は幸せになろうと思っていない事や
  楽に生きようと思っていない事が
 私がわたしを追い込んでいる生き方ではありません

   息子への懺悔は足りていません
 

   最終的には 私は私が可愛んだなぁ~と
        自分が嫌になるときが多いんですから

    息子が生き返ってきたら
      誰よりも幸せです

が現実は生き返りません

そんな私にとって  青い空だって息子が生きていたころの青さではない
  サクラだって
   息子が生きていたころのようには 見えない
     
 笑っていても
   息子が生きていたころのように
  腹の底から笑えない

 それでいいんです

    それでも空の青さはわかります
 桜もきれいに見えます
   笑うことだってできます

  「楽」な生き方ってどんな生き方でしょうか

 自死した家族を
    死んで良かったと思う事だとしたら
 私には
 絶対に出来ませんから
      どうぞ勝手に 
死んで楽になってよかったと思って生きてください
  
生きていてほしかった・・・
息子には生きていてもらいたかった
   私のいのちと引き換えができるなら
        息子が生きて 私が死ぬのはなんとも思わない
息子が死んで楽になって
 良かったなんて・・・
        どう考えたら
  そんなふうに思えるのか
 私にはわかりません

   そんな言葉は 私の神経を逆なでし
     攻撃的になる私がいて
      亡き息子に怒られそうです

 カァチャン  やめなよ・・・って



03a258b910c4d6a3d3c19d21b809415c.jpg

家族が自死してよかったと思える遺族がいる日本の社会・・・

845bc963314619611bc2109a48509d78adaee167_19_2_9_2.jpg
自殺総合対策の推進に関する有識者会議(第1回)の開催


1 日時 平成 31 年 3 月 15 日(金)16:00~18:00

2 場所 TKP 新橋カンファレンスセンター ホール 1A
(東京都港区西新橋 1 丁目 15-1 大手町建物田村町ビル)

3 議題 自殺総合対策大綱及び座間市における事件の再発防止策の実施状況

 大綱見直しの会議にも参画・今回は大綱推進の評価に関する会議に参画
 oxalis4.jpg
 
国の会議に当事者団体を入れてもらえるようになったのは
 活動から7年後
 それも
   入れるように要請を続け 粘りに粘って入れてもらった

    全国それぞれの地域で活動する遺族の自助グループへの
   少しばかりの追い風になることと
       行政に声を届ける事と、反映させてもらうために・・・
喪われた命を意味のあるものにするために・・・

国の委員の他に
    宮城県の対策委員・仙台市の対策委員
  ハイリスク者会議の委員
      第三者調査委員会委員他
        行政の会議に参画することで 当事者としての声を
               届け続けてきたつもり
images.jpg

   他の地域でも 地元の遺族が行政に声を届ける活動もしている
                   そんな自助グループが増えてきたのは ありがたい

    毎日 新たな遺族から電話やメールが届く
       いつも死と向き合う活動

    でも 私は頑張っているつもりはない

       ::::::時々 コメントで 私を憐れむ人がいるが
                 人はそれぞれではないでしょうか
生き方は一人ひとり違って普通
    価値観も違った当たり前

     息子が逝き
   私は「幸せになろうとも思わない」また「幸せにはなれない」
  幸せという言葉が 嫌いです
      自分の名前の幸子の「幸」も・・・あまり使いたくない
 が 親がつけてくれた名前だから
  このブログも幸子という本名で公開にしている

    遺族でも幸せになれる人はそれでいいと思う
     自死してよかったと思えるならそれはそれでいいと思う
       精神疾患で苦しんで・・・いたから
  自死して楽になれてよかったという人もいる
   否定はしない

がしかし
   そもそも精神疾患だから
     死ぬほど苦しいというのは
世界の先進国ではありえない事

負荷のある精神症状は
 負荷を解消すれば症状は緩和される

日本の精神科の医師は
負荷を無視して 対処療法だけ

統合失調症でも 4割は完全に回復し
    全体の8割は ほぼ改善されていくと示されている
  世界の先進国では裏付ける論文がある

   日本は
クスリも苦しみを緩和させるものなのに
  飲んで苦しむ人たちは大勢いる
そんな人たちの事は考えず
  自分が飲んで幸せだから
  だから精神薬を否定するのはおかしいというのは問題の論点が違う

  精神薬で苦しみ死んでいる人が大勢いる事実をどうするのか
     精神薬を減薬して幸せを人間らしさを
  取り戻していく人が大勢いるとしたら
      飲んでいる人たちは それを否定してはいけないはず


 飲んで楽で幸せなら
  いいと思う が

 飲まないで元気になろうと思う
      その人を否定はしていない


自死して良かったと言葉にする遺族がいても
  本心で100%死んでくれてよかったと感じているのかは 誰にもわからない

一欠けらの迷いもなく
死んで良かった
死んだほうが幸せだと思う遺族がいたら

 死んだほうがマシな世の中で
   どうして生きているのか不思議

それは「死にたくない」というのが人間の本能だからです
産まれつき「死にたい」という人はいない
「死にたくない」から病院に行って薬を飲む
  死にたくないから飲んでいるのに
 どうして
苦しみは緩和されず 精神薬処方をされて
  死にたくなくて一生懸命飲んで
    死ぬんだろうか



  そして 私は 疑問に思う
      死んでよかった・・と 他者がいうものではないのではないかと・・・     
亡くなった人が
   死んで良かったと言っているなら どうして?と聞けるけど
     亡くなった人以外の人が 
亡くなった人が死んで良かったと思っていると決めつけるのは
  どうなのかな・・・

 それで遺族が楽になれるなら それはそれで否定はしないけど
  私に押し付けるのはやめてほしい

  
    精神薬を飲んでいる患者さんと議論する気持ちはない
  満足で幸せなら
   何も 私の言葉に惑う事はないし
      生きる上で問題がない事だと思いますから
 
   そして 私の生き方について
 私はアドバイスを求めていません

  私にアドバイスする人が時々いるのですが
     私と亡き息子の間にある感情については 誰にも言われたくないです

    一番 嫌いなのが
     息子を思う私の気持ちとしての生き方に
「自分を追い詰めないでください」とか「自分を責めないでください」とか言われることです
 「私は私を追い詰めてはいません」
   これが私の生き方です。
  
私は精神薬を飲むほどしんどくないです また   誰のお世話にもなっていません

    次男もですが
 お兄ちゃんが生きていたころのような幸せは
もう二度とないね・・・といいます。

でも働いて元気で 明るく生きています
 明るく元気でバリバリ働いている事と 幸せは違う・・と私は思っています

   私は自死への偏見と差別も含む
  シティグマ、社会的烙印の是正のための運動もしています

   自死者は貧困と無知
 遺族も貧困と無知
  知識がなく 低階層の人たちに自死がおこり
    穢れた死である
  
自死者のほとんどは精神疾患者であり
   精神疾患も遺伝的要素が多く
自死も遺伝的要因がある・・・

    そんなことを論文に書いていたり本に掲載したり
 会議でもそんな発言が頻出

    
    次世代に引き継ぐ活動をしていると思っていますので
      たくさんの種まきをしなければなりません。
 開墾の活動です
   ようやく道が少しできたところです

  日本は本当の意味の先進国ではありません
     人にやさしくない国です    
福祉も今や後進国です
   大きな悪には気が付かず 騙され
   自分と少し違う活動の庶民を批判し 足の引っ張り合いをしている国

  だから 自死が多いんです
 世界の先進国 の中で自死率ダントツ一位
    ワーストワン

銃社会のアメリカよりも多いんです

41_lS2JSYdL.jpg

理由のある悲しみは精神科に行ってもどうにもなりません

imagesAYCIMA9B.jpg


自死した人の中で
精神科の医療を受診していた人
6~8割
 死にたくないと強く願い
   医療に命を託し・・・死んだ人たちが多い

 そして 悩みや苦しみは精神薬では解決しない
ましてや
  電気での治療なんて・・・とんでもない

昔々・・・昔から
精神科の治療は クスリ→電気治療→クスリ→電気治療を繰り返してきた
   クスリも電気治療も
   ロボトミーも 何の解決にもならない
自死を防げない

  テレビ等の内容をそのまま信じるのは危険
    
 精神科に入院して 完治して退院する人は
   年間4人 全国で・・・
4人です・・4人

  精神科に行ったら最後
     死ぬか障がい者になるか
       精神疾患からの脱出はない

 正しく 治療を施してくれたら
    完治するケースも多くあるのに・・・
日本では治らない・・治そうとしていない

  一生治らないものだと 洗脳されている人が多い

    人間の喜怒哀楽の全てを精神疾患にしようとしている
               それが製薬会社
  多くの人に精神科につなぎ
   一度飲んだら 依存し
    やめられなくなる 精神薬を一生飲んでもらえば
        利益は増えていく

    生きずらい社会を作り
       悩みや苦しみを増やし
    解決しないで
     精神薬を飲めば 悩みや苦しみが消えますよ・・と宣伝し
       精神科の住人を増やしていく

一度送り込んだら
   万々歳  抜けられなくなるのですから

     遺族の死別の悲しみさえも
        精神薬で何とか出来ると信じ込ませているんです

    保健師さんたちも 医師の指導のまま
      考えもせず 遺族を精神科に繋ぎ 精神薬を飲んでもらい
    支援だと満足している

    その後 その遺族がどんな生活をしているのか
               興味もない
 無責任な支援を続けている

  悲しい気持ちは 普通です
      苦しいのもふつう
淋しいのも
 虚しい気持ちも普通
    
 この悲しみと苦しみは
  生き返ったら 治る
生き返るなら薬をのむ でも生き返らせるクスリはない

    だから私は飲まない
  
  そして 精神科に繋いでおきながら
    やっぱり自死遺族は精神疾患者が多いという

     自死遺族支援をしている民間団体も含め
  行政の皆さんも
    自死遺族を精神科に繋ぎながら
 陰で
   自死は遺伝だなどと言っている
 
 自死が遺伝だと言わせないためにも
    遺族は精神科に行かない事です

   表の言葉と裏の言葉があることを
    遺族に知ってほしい

   散々に言われ 散々見て聞いてきました

    それが現実です

  250px-Trigonotis_guilielmii_2.jpg
プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
FC2ブログへようこそ!
仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

最新記事
ご来場者様
ツイッター
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR