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12月18日の河北新報の記事 

OIP (17)
河北新報社
みやぎ  「みやぎ回顧」⑥仙台・母子心中事件5年
慎重さ欠く姿勢 変わらず
********
仙台市政トップの言葉に驚きつつ映画「男はつらいよ」の寅さんの名ぜりふが浮かんだ
 「それを言っちゃあ おしまいよ」
泉区の寺岡小2年女子児童へのいじめを苦に母親が児童と心中をしたとみられる事件から11月29日で5年。
前日28日の定例記者会見で、郡和子市長は認識を問われた。
遺族がいじめ防止対策基本法に基づく再調査を今も求めているからだ。
「再調査しても(市教委の第三者調査委員会の答申内容と)同じ結果になるのではないかと思う」
 法律上
市長が第三者機関に再調査を委ねられる立場にあるのを棚に上げ
 結論を決めつけるような物言いだった。
すぐに謝罪、撤回したが、本音を思わず漏らしたとすれば、問題の根は深い。

冷静に考えると、妙に合点がいった。

市の担当者は再調査を求められた4月以降
   当事者でもある市教委のみに聴取し、遺族には何も聞かなかった。

 郡市長は再調査しないと決めた当日、
 報道機関に紙1枚だけ出して 発表を終わらせるつもりだった。

市長は遺族との面会時も
「調査は尽くされている」と繰り返すばかりで 話はかみ合わなかった。
「再調査しても同じ結果」
との思いがあっての対応だったとすると、うなずける。

遺族は感情的に再調査を要望しているわけではない。
最も知りたいのは2人が亡くなった事と事件の関わり。
市教委の第三者機関が論拠にした資料の信頼性の検証も求めている

「虚偽記載と思われる個所が多数ある」

遺族が疑念を抱いたのは、市教委が3月に第三者機関の調査資料を遺族に提供してからだ。

しかも資料は全てではなく、無配慮に「選別」した。
「あるはずのない文書がない」と、遺族の不信を招いたのも当然だ。

学校や市教委のいじめへの対応は 当初からずさんと言っても過言ではなかった。

「よけいな一言」と市長が認めた11月の会見を含め、
問題が深刻化したのに慎重さを欠く姿勢がかわっていないことに驚くばかりだ。

郡市長が再調査しないと表明した5月、「再調査の道を閉ざした事実は重い」と紙面で書いた。

事態打開の糸口になるかもしれない再調査の道を開けるのもまた市長だ、と指摘したい。

  12月18日の記事
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心が締め付けらる日々が続く

OIP (8)
この頃
   息子を思い 胸が締め付けられることが多い
18年たったが
  最近特に頻繁に胸が痛く
    お腹まで締め付けられて どうにもならない症状が出る

   なんとか ごまかしながら 過ごしているが
       何だろう
息子の死をごまかしながら
   いない暮らしを18年してきて 慣れてきたと思うが
       心の底には  18年前と同じ悲しみが沈んでいる

    キリキリと痛いのではなく
     どんよりと ずっしりと重たく 痛い

どうにかできる問題ではない
 どうにもならない

  でも 世間からは 普通に   年の割には元気に見えると思う

   幸せそうに・・・・・・・・・

人は見かけでは 図れない

    でも 人は見かけで人を決めつけてしまう

身体が大柄だと こころも大柄だとか・・・
  車いすの人を
  乳母車の印象とかぶせ  知的な障害があると思う人や
 赤ちゃん言葉を使う人もいる

   無口な人を暗い人と思ったり
    職業だけで その人を良い人と信じたりする傾向がある

  裁判官だって 悪人はいる
      医師だって 悪人はいる
    頭脳明晰 成績の良い人が 人柄がいいわけではない

成績のよさや職業と
    人柄は全く別物
                 日本人は特に見た目での判断が多い気がする

いつから こころを尊重しない国になったのだろう

昔から・・かな

   見た目の・・目先の・・・ことが最優先
 将来に投資しない人間性の様な気がする

 息子が逝き、自死の問題だけで生きてきた
 自死遺族の相談は誰よりも受けてきたと思う
     受けた数だけ 問題を発見し 学びがある
 人生は小説よりも奇なり・・・ですから

想像をはるかに超える
 人生がある

日本という国に住む人の自死が多いという事実
    なぜなのだろうと
   考える力が必要なのに
       考えず  別の目的で集めたデータを使い 対策を講じている今の日本
自死が減るわけがない

  増えていると叫んでいる団体や国
   税金を使い  対策を講じて  自死の対策の専門家だと豪語しているのだから

自分たち団体や組織の責任を振り返るべきだと思うのだが
    増えると世間の問題にして
減ると自分たちの対策が・・という

なんて都合のいい専門団体なのか

      長野県モデルを推進する団体と国

   長野県の対策は成功していない
 増えているのだから自死が・・・

   子供の自死を増やしたいから 長野県をモデルにしているとしか思えない

    成功例をモデルとするべきなのに
  誰も指摘しない

 なぜ?
       本気で誰も取り組んでいないことになる
本気で子供の自死に取り組んでいたら 長野県の対策がモデルだなんて反対するに決まっている

 自分たちの対策を自慢したいだけの人たち
  減るわけがない
 誰も本気で取り組んでいないのだから

誰も自死を減らそうと本気で思っていないんだから
 本気で取り組もうよ‥と声をあげる当事者団体を潰そうとしているんだから

   息子の事を思い 悼む気持ちが増しているのは
      どうにもならない現状に虚しくなっているのかもしれない

自死した人を悼む気持ちを持ったら
  本気で減らそうと思うはず

でも 仕方がないかな・・・活動がビジネスだから
自死が 増えてこその  ビジネスチャンス と 思うのも普通なんだと思う

 所詮  他人のいのちが失われるだけのことと 思っているのでしょう

     遺族の中にも  自死の対策で生活費を稼ぐ人もいるから
   遺族だから・・・支援者だから・・ではなく

人柄…人品・・・
人としての在り方の問題なのでしょうね




   

   

自死への差別  献花台の強制撤去

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 自死への差別はいたるところにある

  いじめで亡くなった子供のために
    植樹を学校の敷地で行ったりしている地域もあるが
 仙台市のように
   学校はなくなった子供のために
     花の一本も供えることなく
 地域の人が献花台を作り
     地域の人たちが お花を供えても
   壊したり
して
    5年が過ぎたから  もういいんじゃないか
       という市役所
  震災は慰霊碑があちらこちらに建てられ
  交通事故も ずっと 献花され
    祈りの地蔵さんまで 建て
  語り部活動が推奨され

いじめが原因と答申で認めた自死でさえ
    穢れたことのように
       撤去をするように 看板を立てる行為は
    たとえ 子供がいじめで亡くなっても
       他の死とは違い
   気持ちが悪いという嫌悪感があるという事になる

   子供の死を悼む気持ちがあれば
      無理やりの撤去はしない

   震災で学校の判断ミスのために亡くなった子供と
      学校内でいじめにあい  学校の判断が甘く
       解決できず 追いつめて  自死した子供と
    何がそんなに違うのでしょうか

    震災の死者のために
    慰霊碑が たくさん建てられ
  遺族が建てたお地蔵さんや観音さま
    それも 大きく 立派な

 それでも
   みんなが手を合わせ
   行政も認めて
  忘れないように  忘れてはいけない
と 叫んでいる

市役所との和解の条件にもなっていないのに
   和解したから・・・・撤去という理由
もう年数も‥‥という理由

震災は10年すぎて  忘れないようにという
  事故も15年過ぎても 忘れないように・・・という
戦争なんて75年すぎても わすれないように・・・という
   自死は5年過ぎたら
     もういかげん 年数もたったから‥といわれる
 いじめがあった学校の近くの学校で
   いじめ自死があっても・・・
調査委員会が開かれていても
今もいじめで入院したり 転校している子供がいても
    自死だからという理由で
      強制撤去される献花台

  差別はアメリカだけではなく
 日本でも多くの差別があることを
 多くの日本人は知らない
 差別とさえ思っていない

   自死への差別を 遺族は感じてほしい
     そして その差別は
遺族にではなく
 亡くなった人への差別であることを知ってもらいたい

  遺族に自責の念があるなら
亡くなった家族への 差別を許してはいけない

 自分への差別なら まだ無視できるが
   苦しみ悲しみ 自死した家族を
 死んでまで 差別されることを  容認してはいけない
  と
  私は思う

 その差別を是正するために
 自助グループ活動をしてきた

わかちあいの会だけではない
   全国自死遺族連絡会や法律の専門家たちとの自死遺族等権利保護研究会も
    立ち上げてきた

 泣いて泣いて泣いて
    死んでいった息子を 蔑む社会を 変えなければと思い生きてきた

   社会に追いつめられた末の死であるといいながら
      社会は
  自死を蔑み
      自死者を差別している

いじめの一例

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いじめ自死事案  の 一例
8人の生徒に一年間毎日されていた

中学校に入って
4月末ころからいじめは始まった
消しゴムのカスを頭につけられるのは毎日のこと
くさいというのも朝から晩まで毎日

くさいと言われた・ミスをしたら悪口を言われたりけられた .

本人はいじめられたと先生に訴えた
加害者も今回くさいと言った事はあいまいだが他の場面ではくさいと言ったことはみとめちゃんとやれよ言ったことは認めている。
 


加害生徒4人が認め・被害生徒も学校に訴えている

加害生徒も被害生徒も含めて保護者への連絡はなし

5月末
スカンク・ごみ・ひらがなも読めないくせに死ね帰れ
すかんくゴミ死ね帰れひらがなもよめないくせにのメモはある
被害生徒は先生にメモを渡した

○○(加害生徒A)
加害生徒は 言い訳は述べているが 言ったことの事実は認めている
○○○(加害生徒B)
加害生徒は言い訳は述べているが言ったことは認めている
○○○〇(加害生徒C)
4月初めから 悪口を言うようになったと認めている
『くさい・バカ・ウザイ・頭悪い・キモ』
「スカンクは覚えていない」

○○○(加害生徒D)
言い訳は述べているが事実は認めている

○○○(加害生徒E)
言い訳は述べているが 言ったかもしれないと認めている
「かまちょ」「バカか」と悪口を言う生徒が出てきた・・といっている




加害生徒への連絡はしていない
被害生徒の親には連絡している

○○○(加害生徒F)
3:「あっちいけくさい」と言われたとアンケートで訴えた(継続的だと)
加害生徒は言い訳を述べているが言った事実は認めている
どちらの保護者にも連絡はしていない
○○○(加害生徒B)
腕をつかんだ・肩をつかんだ
肩が外れた
加害生徒は言い訳は述べているが事実は認めた

保護者に連絡 加害生徒の保護者には連絡をしていない
(加害生徒A/B/C/D/E)
5:集団でズボン下げ 泣いた
○○○(加害生徒)
やった事実は認めた

保護者には連絡をしていない

6:11月アンケートでの訴え
言い訳は述べているが事実は認めた
「くさい・バカ・うるさい」ズボンを下げようとした
○○○(加害生徒B)
『くさい・バカ・うるさい』
手を出す事もある
○○○(加害生徒B)
言い訳は述べているが事実は認めている
○○○(加害生徒G)
被害生徒の親には連絡・加害生徒の親には連絡はなし


7:机に死ねの落書き

被害生徒が書いたのではないかと疑っている
本人はやっていないと言っている
誰かが書いたのは事実

 8時20分
12月22日 



ほほをたたかれた 3月1日
  ○○○
言い訳は述べているが事実は認めた

保護者への連絡はなし

いじめと疑われる事案
 2月14日
  ケガをした 言い訳は述べているがけがをしたのは事実

課外授業でグループ作りの時に仲間外れにした
一人だけグループに入れなかった
 
先生が入れるように言ったが
 なかなか決まらず 授業の最後に誘われたが入らなかった


死ね・バカは普通に日常的に今も使われている
立場的にいじられやすい役。[うるせいよ]はよくあること
くさいという事はずっと言われていると思っていた。


馬鹿は普通


ほほをはたかれベランダに飛び出したことを 生徒から聞いた
泣いていたのは何回かはあったと思う。保健室で休ませた10月頃。
11月はズボン下げの事
何度もそういう場面をみたことがある
コートでうずくまって泣いていたこともある


アンケーと内容
***お前いじめられてんじゃんという同級生の言葉
同級生の二人がいつもいやだうざいとずっと言っていた、休み時間に臭い汚いといつも言われていた。周りの子に死ねと言われていた。ふざけていた。2人がいじっているのを見たグループに混ぜない。
おはようやお休みのようにかけられていた言葉がある。
こっちにくんな。汚いという言葉を聞いた
***のほうを見てひそひそ言っていた

彼は自死した
しかし
学校も教育委員会も
 市会議員たちも 教職員組合の職員も
自死した子供とその親の育て方にあると公言
 家庭に問題があると文書で教育委員会に提出した加害生徒の保護者たち

PTAも自死した子供の家庭とその子供が
いじめられても仕方がないと公言した

 第三者調査委員会の教育委員会が選んだ委員たちは
   高いところが好きだから
     高いところに上り 飛んでみただけ
飛んだら死んだ・・それだけの事  と発言
 ある保護者もそういう意味の発言をした

高いところが好きだから
  高いところから飛び降りたら  死んだだけ・・・と

勉強ができないから 死んだ
 親と喧嘩したからその日に死んだ・・とか
まるでけんかをしたのを見ていたかのような  委員の発言
第三者調査委員会も
行政が選んだ委員4人対遺族が選んだ委員3人という不利な構成人数
答申は
いじめを認定した内容になった
しかし
彼はかえってこない

 いじめた側は 生きている
 くやしい



ある遺族の死

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 今年、ある遺族がガンで亡くなった
   娘をいじめで亡くし 裁判をした
 当時は第三者調査委員会の義務化もなかったが
  学校に原因解明調査を申入れ
学校も約束
遺書を学校に渡した
その時学校には
調査期間中は遺書は他言しない事
診る人も限定することとお願いをした
学校側は私たちにマスコミとは接触しない事といった
  その後
突然地元紙が報道
 家庭に問題があるという内容
 それでも
学校を信じ教育委員会を信じた

その後の調査報告は
    いじめはあったが
  ○○さんをいじめていたのではなく
    ○○さんは 勘違いして 自死したという発言を地元の新聞に掲載
 いじめられていた本人は気にしていないのに
 ○○さんは自分が言われていると勘違いしたとした
遺書にはハッキリといじめられていると書いてあるのに・・・
 学校は
娘の遺書を否定  根拠の見えないものであると公表

 その後何度も何度も
  学校と教育委員会にお願いをし続け
  文科省にお願いし
 文科省は「遺族が納得するような説明をするように」と通達
  しかし
 文科省の通達では動かず
  どんなことをしても動こうとしない
行政と教育委員会を恐ろしくさえ感じたそうです

残るは裁判しかなかった
しかし 裁判は非情である
   いつだれがどこでどのような言葉でいじめたのかを
             遺族が立証しなければならない
 生きている加害者とそれを擁護する教員たち
は  みんなで口裏を合わせ
      ○○さんは勘違いして死んだと証言

   勘違いして死んだだけで終わらず
      家族を誹謗中傷
  指を怪我して
  保健室に行ったことが
  親による日常的な虐待とした

   被害者である○○さんはもう死んで発言できない

 娘のために 闘い続けたお父さんが
   ガンであることを妻以外には言わず
     ガン治療もほぼせず
     潔く静かに逝った(妻の言葉)
 書いていて涙があふれる
  まじめな本当にいい人でした
    きちんとして誠実で
   思いやりがあって  配慮のある
     子ども思いのお父さん

この人の娘さんが通っていた学校名をここで書いた時
  現在この高校に通っているという保護者から
   批判を受けた
   
この高校はすばらしい学校だ
   いじめの事を書くなんて
   あなたはなんてひどい人
今生きている子供たちを追い詰めるんですか・・・と・・・
そもそも
  いじめで死んだんではない
     勘違いで死んだという始末

その人たちに言いたい
  あなたの子どもが生きているから
   死んだ子供のことなんて
     どうでもいいのでしょうか

あなたにとってあなたの子どもが大切なように
 このお父さんにとっても 亡くなった娘は 大事な子どもです

 生きていた命です
 生きていられたいのちです

なぜ人をいじめ追い詰め
その子が死んでも  ウソをつき
  学校ぐるみで 生きている命を庇い
   亡くなったいのちは 最初からそこに存在していなかったような扱いをするんでしょうか
存在していたんです
 生きていたんです

 我慢強いお父さんとお母さん
  尊敬する遺族です

遺族はストレスで 病気になるケースが多い
  どうかどうか
   お健やかに 長生きして
     生きていたいのちを思い
   せめて自分の胸の中だけでも 生きていたいのちがあった事を
  思い続けてください

  誰も思わなくていい
  せめて自分は自分だけは
  生きている限り 
   思ってあげませんか・・・

 いじめないでください
    くさい!キモイ!死ね!
    と言わないでください

仲良くしないでいいので
   いじめないで・・・ニワゼキショウ4-thumb-350x241-171[1]