遺族が推薦する人を調査委員会の委員に任命してもらいましょう

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 突然 とてつもない 虚しさに襲われる
      寝ていても  突然 
 それを どこかにおいて 感じないふりをしている
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    調査委員会  いじめ いじめ自死  第三者委員会ともいう

    教育委員会・教育局・子ども未来局・教育庁・・・
        委員は常任に場合もある
    いじめ自死の調査委員会が常任で存在するということが異常
      いじめ自死が起きることが前提で常に設置されている


その委員たちは 教育委員会・教育局・・・・等で選出し
    市長や知事が任命する

   調査委員は遺族側も選び 委員として任命してくださいと要望ができる
     その権利があることを 行政は知らせない
          
  様々な資源は 知らないと手続きができない

遺族が権利を主張して要望しても
      条例では 行政が選んだ委員だけが調査委員となります 
         と言われることが多い

    また この問題に詳しくない専門家は
       行政には逆らわないほうがいい
    遺族推薦なんて要望したら 心証が悪くなるから・・・と遺族にアドバイスする・・が

     バカ言ってはいけない

     誰のための調査委員会でしょうか
        県や市の心証を気にしてどうするのでしょうか
    子どもは亡くなったんです
 
 そして 自死が起きた時点で 行政は遺族は敵とみています
「とんでもないことをしてくれた」
 「面倒なことになった」
   「出世に響く」「うんざりだ」
    こんな言葉を 行政や議員から 聞くことも少なくありません

    大げさではなく 真実です

   調査委員会は非公開がほとんどです

   非公開であるということは 情報開示をしても 議事録は黒塗り
    遺族も傍聴はできません

お情けで  1~2かい冒頭の部分だけの傍聴ができる程度です

     ということは 委員会で自分の子供がどのように議論されているのか
         知ることができないという事です

そして 聞き取り調査も
     行政が描いた物語の台本通りに結論が出るように 誘導されます
アンケートも聞き取りも
    結果ありで 質問をしていくのです

    だからこそ 調査委員会の委員は遺族も推薦して 任命してもらう事が大事です

    真実を知りたいという願いは  闘わないと叶いません
     
   戦うには 委員会に遺族側推薦の委員を入れなければ 土俵にも立てません

      弁護士は どのような事案でも専門ではありません
        得意とする分野があります
    依頼するとき・相談するとき
        労災・過労・いじめ・学校・行政・薬害・医療・・・等
    得意とする弁護士につながらないと はじめから負けです

      真実は明らかにされず
        故人を傷つけ 遺族も傷を深くし
          侮辱されておしまいです

   正しい事が正しいと認められるのが調査委員会でもなく裁判でもない

    力勝負です  どれだけ 力が発揮できるか・・・です

   力のあるほうが 正しいとなるのが 今の社会  残念ですが
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学校は責任は取らない 絶対に!

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昨日は いじめ自死と第三者委員会等についての講演を
 明石の渡部弁護士を招き開催

 大阪市もひどいようです
  神戸も・・・どこもひどい

教え子がいじめられて自死しても  好んで死んだかのように思うことのできる教師と教育長や教育局

  自分の学校で 生徒が死んでも  心の痛まない校長

    学校は 子どもが死んでも責任は取らない

    宮城県石巻市の 大川小学校も同じ
   
 何十人死のうが 学校jは責任は取らない

     だからこそ 親は学校の言いなりになる必要はない

    親の判断で 動くこと

    発達障害でもないのに 発達障害と言われて
       薬を飲ませて おとなしくなったjから・・よかった

   なんて
         まんまと 学校の  罠にはまり 
             子供の自然な発達を妨げている

精神薬を 子供時代に飲ませ続けていたら
   発達は遅れる
 身体的な発達もとまってしまう

    発達障害と言われ 発達障害を治すために精神薬を飲ませ(薬物治療は効果がないと医師は断言している)  

  結果 発達しない

 飲んだ頃よりも悪化する

     

    発達障害と言われて 治療薬を飲んで 20歳になった時
     その子は どうなっているのでしょうか

    発達はせず  一生 死ぬまで 精神薬漬け

     どうせ 治らないなら
      くすりは 飲まないほうがいい

  治るから クスリを飲むのです

  全く治らないのに  薬を飲むなんて ナンセンス

   害があるだけです

  15歳すぎたら たいていは 幼い子供のような動き方はしません

 どうして それまで 待っていられないのでしょうか

     子どもの発達は  一人ひとり違う

     他の子供と比較しない事
そして
   いじめは いけないと 何度も諦めずに教えることが大切です

     

  無責任なのが学校  無責任なのが会社
 無責任なのが行政  政治

    自分の身は自分で守ること

    それが 今の日本で生きる術

      一人ひとりは いい人なのかもしれないが

   組織という枠にはいると  目に見えない組織という力で 
 人間らしい気持ちが 薄らいでいく

    家に帰れば  いいお父さんが
       学校で  教え子がいじめにあっても
          しらんふり

  教え子が死んでも  死んだ子供がしにたくて死んだだけ
   
    それが教育者

       それが 社会

    亡き人の命を 無駄にしないためにも

     人を追い込む要因を 一つ一つ
           潰し続けるしかない

    人間の悪の部分ではなく  善のこころが大きく広がるように

    
    お兄ちゃんは 私の宝もの

     二つの宝物の一つが消えた

     今でも なみだが溢れて止まらなくなる

     胸が 痛くて  身体から力が抜けていく

        この胸の痛みは 一生続く

     今なら  救えたいのち

        今頃 いいオヤジになって

           カァチャン  ジャンボハンバーグ!食べたい

     と  ボソッと 低い声で・・・

        照れ笑いをしながら・・・

             言って  家族で遊びに来ていたのかな・・・


      守ってやれなかった   わたし

体育館や教室にカギがかかっている学校

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仙台市 いじめ自死のあった中学校

   体育館は終日カギがかかっている
     体育や部活以外は使用禁止
昼休み時間に使用したいときは 許可が必要

  空き教室はカギがかけられ
    美術とかで教室をあけるときは カギがかけられている

  屋上ももちろん カギがかけられ
そのうえ
屋上に通じる階段には 椅子とテープでバリケードが作られている

他の教室はもちろん 出入り禁止

他のクラスの子と話したいときは
    廊下で話すしかない
なぜなら
 教室の扉の所では 立ち止まって話してはいけない

   呼び出すのも 気後れするような 張り紙が貼ってある

     殺風景な廊下

 貼ってあるのは
 高校のポスター  1年から3年まで 廊下にびっしり
 空き教室がたくさんあるのに
  わざわざ
 カウンセラー室は 教室の前にある

   利用率は少ないようで

   登校日にもかかわらず  午後2時半頃
   寒々として
   暖房が使用された気配は全くない

 色どりの少ない学校

     寒々とした廊下と玄関・階段

    空き教室の雑然とした空間

    刑務所のような・・・・学校

 校長室は ものすごく立派
  これまで訪ねた中で 一番立派

    職員室は狭く ものに埋まっていた

子供たちが作った作品は あまり飾られていなかった
 なんだろうなぁ
     人間味のない学校  そんな気がした

なによりの驚きは
  体育館・武道館・教室・・とにかくカギがかかっていること

   何かあった時
 子供たちは体育館には逃げられない
屋上にも逃げられない

   忘れ物をしても  先生にカギをあけてもらわないと
  教室にも入れない


 

   救いは
 保健室と図書室は
  とてもいい雰囲気だったこと

 
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いじめは卑怯者のすること



学校で遊んでいて 誰かに足払いをされて
転んでけがをした場合

   ケガをさせるつもりでした足払いという行為でないとしても
      ケガをさせた事実は事実として
   ケガをさせた子供の保護者に学校は伝える義務があると思う

    学校が病院に連れて行き治療を受けさせても
       ケガをさせてしまった子供の保護者に伝えない学校は
 学校として当たり前なのだろうか

   故意でなければ ケガをさせられても ケガをした方の責任なのだろうか

     押されて 肩を脱臼しても
   脱臼した子どもの責任・・・脱臼しやすい子供・・ということで
       おしまいになるのだろうか

  いじめも
いじめられやすい子供という理由が通るなら
 
いじめの肯定
  いじめをしても許される学校になっていく

    いじめは卑怯者のすること
       学校がその卑怯者を認め 肯定するなら
   いじめの対策はしなくていい
  いや
する必要がない
    仙台市の教育行政のトップは
       いじめられる子供が悪いとおもっているようです
     だから  仙台市のいじめ対策は
   仕組みだけ作り 人材だけ派遣し
       具体的解決はしない内容になっていることは 不思議ではない

そもそも
  いじめる側は 全く悪くないのだから
 いじめはあってもいい
 いじめがあるのは普通
    いじめられる子供が 学校にいなくなればいいだけ

   いじめられやすい子供は 支援学級にやればいいだけ

      しかし
集団とはそんな単純ではない

    いじめっ子ばかりの学級
全員がいじめる子供たち・・だとしても  その中でまたいじめられる子供が出てくる
   そうしたら
また いじめられやすい子供ということで
    排除し
支援学級へ

そして またいじめる子供だけの学級ができる

だが またその中で いじめられる子供が出る

 それが 人間 集団

  だからこそ

  いじめはいけないと教えることが大切である
    人をいじめてはいけませんと親も学校も教える
 
    何度もなんども ~~~

そのうえで
いじめをしている子供を諭し 保護者にも伝える
 一緒に考える

 いじめっ子は 何らかの心の闇がある

    人をいじめて ストレス発散
  人をいじめて楽しむ
 人が困っているのが快感
   人の悪口を言うと ルンルン気分

  歪んでいる

   いじめられ苦しいのが普通

    いじめを見ていて なんとも思わないのも 異常

     いじめが楽しい子供こそ 要注意 要支援 要配慮の子供であるべき

     いじめられる子供が 配慮の必要な子どもという認識が変


    いじめっこが 反省しない限り ターゲットは変わりいじめは続くだけ

大人の場合も同じ

   それが パワハラ モラハラ  セクハラ

    と続く  

言葉は大切です


人が嫌がるのを見て 幸せを感じる人は 異常です

  そんな人ばかりになったら 社会は破滅main.jpg

いじめは悪である


シコタン草
    
   いじめはいけない

   いじめをいけないとなぜ言わない人が多いのだろう
自分もいじめたことがあるからだろうか
それともいじめられた経験があるからだろうか
  
   いじめてはいけない事は絶対であるのに・・・なぜ

     からかいはいいという認識もおかしい
からかいも
 人格の否定に近いからかいや
    毎日毎日続くからかいは からかいではない

 いじめをする人の心は どうなっているのか知りたい

  人をいじめて 人が苦しむのを見て楽しくなるって歪んでる

    人を馬鹿にして 楽しい・・
             それを普通とする社会
  バカにされた人に問題があると公言する人達
   いじめられた側が過剰に反応してからかいをいじめだと思い込んだ・・という教師
     そしていじめた側の親

    いやいや  いじめてはいけません

    いじめて楽しい子供は異常ですよ・・・

     人を蔑み 罵声を浴びせ
        くさい・・汚い・・・という人は 悪人です

     適応障害とか 発達障害とか
   何とか障害という障害名が増えていますが
      障がいとは本人に存在するのではなく
   社会がその本人に適応していない
     だけ

   いじめられた経験のある人が増えているのは
      いじめを悪として指導しない社会に問題がある

    いじめを許す社会が今の日本

        悪人が世の中を支配したら善人は消えていく

     悪人だらけになったら  さらに悪人が生き残るだけ

     それでいいのだろうか

 何の権利があって  人をいじめるのか

 しかも  学校や会社・・・人間社会の中でいじめをする人たち

   善と悪のこころ
       どちらを選ぶかは教育

   人を殺すことを善と教え込めば 
     テロを繰り返す集団のように10代でテロを起こす

     サリン事件を起こした集団も・・・おなじ

  教育は大切
     だが学力だけが教育ではない
 人として生きる知恵 人格
    その基本的な事を教えるのが 義務教育の機関 期間
 
   人がひとをいじめ 蔑んではいけない