体育館や教室にカギがかかっている学校

img_4_m.jpg

仙台市 いじめ自死のあった中学校

   体育館は終日カギがかかっている
     体育や部活以外は使用禁止
昼休み時間に使用したいときは 許可が必要

  空き教室はカギがかけられ
    美術とかで教室をあけるときは カギがかけられている

  屋上ももちろん カギがかけられ
そのうえ
屋上に通じる階段には 椅子とテープでバリケードが作られている

他の教室はもちろん 出入り禁止

他のクラスの子と話したいときは
    廊下で話すしかない
なぜなら
 教室の扉の所では 立ち止まって話してはいけない

   呼び出すのも 気後れするような 張り紙が貼ってある

     殺風景な廊下

 貼ってあるのは
 高校のポスター  1年から3年まで 廊下にびっしり
 空き教室がたくさんあるのに
  わざわざ
 カウンセラー室は 教室の前にある

   利用率は少ないようで

   登校日にもかかわらず  午後2時半頃
   寒々として
   暖房が使用された気配は全くない

 色どりの少ない学校

     寒々とした廊下と玄関・階段

    空き教室の雑然とした空間

    刑務所のような・・・・学校

 校長室は ものすごく立派
  これまで訪ねた中で 一番立派

    職員室は狭く ものに埋まっていた

子供たちが作った作品は あまり飾られていなかった
 なんだろうなぁ
     人間味のない学校  そんな気がした

なによりの驚きは
  体育館・武道館・教室・・とにかくカギがかかっていること

   何かあった時
 子供たちは体育館には逃げられない
屋上にも逃げられない

   忘れ物をしても  先生にカギをあけてもらわないと
  教室にも入れない


 

   救いは
 保健室と図書室は
  とてもいい雰囲気だったこと

 
hekizanen_renngeshouma.jpg

     
スポンサーサイト

いじめは卑怯者のすること



学校で遊んでいて 誰かに足払いをされて
転んでけがをした場合

   ケガをさせるつもりでした足払いという行為でないとしても
      ケガをさせた事実は事実として
   ケガをさせた子供の保護者に学校は伝える義務があると思う

    学校が病院に連れて行き治療を受けさせても
       ケガをさせてしまった子供の保護者に伝えない学校は
 学校として当たり前なのだろうか

   故意でなければ ケガをさせられても ケガをした方の責任なのだろうか

     押されて 肩を脱臼しても
   脱臼した子どもの責任・・・脱臼しやすい子供・・ということで
       おしまいになるのだろうか

  いじめも
いじめられやすい子供という理由が通るなら
 
いじめの肯定
  いじめをしても許される学校になっていく

    いじめは卑怯者のすること
       学校がその卑怯者を認め 肯定するなら
   いじめの対策はしなくていい
  いや
する必要がない
    仙台市の教育行政のトップは
       いじめられる子供が悪いとおもっているようです
     だから  仙台市のいじめ対策は
   仕組みだけ作り 人材だけ派遣し
       具体的解決はしない内容になっていることは 不思議ではない

そもそも
  いじめる側は 全く悪くないのだから
 いじめはあってもいい
 いじめがあるのは普通
    いじめられる子供が 学校にいなくなればいいだけ

   いじめられやすい子供は 支援学級にやればいいだけ

      しかし
集団とはそんな単純ではない

    いじめっ子ばかりの学級
全員がいじめる子供たち・・だとしても  その中でまたいじめられる子供が出てくる
   そうしたら
また いじめられやすい子供ということで
    排除し
支援学級へ

そして またいじめる子供だけの学級ができる

だが またその中で いじめられる子供が出る

 それが 人間 集団

  だからこそ

  いじめはいけないと教えることが大切である
    人をいじめてはいけませんと親も学校も教える
 
    何度もなんども ~~~

そのうえで
いじめをしている子供を諭し 保護者にも伝える
 一緒に考える

 いじめっ子は 何らかの心の闇がある

    人をいじめて ストレス発散
  人をいじめて楽しむ
 人が困っているのが快感
   人の悪口を言うと ルンルン気分

  歪んでいる

   いじめられ苦しいのが普通

    いじめを見ていて なんとも思わないのも 異常

     いじめが楽しい子供こそ 要注意 要支援 要配慮の子供であるべき

     いじめられる子供が 配慮の必要な子どもという認識が変


    いじめっこが 反省しない限り ターゲットは変わりいじめは続くだけ

大人の場合も同じ

   それが パワハラ モラハラ  セクハラ

    と続く  

言葉は大切です


人が嫌がるのを見て 幸せを感じる人は 異常です

  そんな人ばかりになったら 社会は破滅main.jpg

いじめは悪である


シコタン草
    
   いじめはいけない

   いじめをいけないとなぜ言わない人が多いのだろう
自分もいじめたことがあるからだろうか
それともいじめられた経験があるからだろうか
  
   いじめてはいけない事は絶対であるのに・・・なぜ

     からかいはいいという認識もおかしい
からかいも
 人格の否定に近いからかいや
    毎日毎日続くからかいは からかいではない

 いじめをする人の心は どうなっているのか知りたい

  人をいじめて 人が苦しむのを見て楽しくなるって歪んでる

    人を馬鹿にして 楽しい・・
             それを普通とする社会
  バカにされた人に問題があると公言する人達
   いじめられた側が過剰に反応してからかいをいじめだと思い込んだ・・という教師
     そしていじめた側の親

    いやいや  いじめてはいけません

    いじめて楽しい子供は異常ですよ・・・

     人を蔑み 罵声を浴びせ
        くさい・・汚い・・・という人は 悪人です

     適応障害とか 発達障害とか
   何とか障害という障害名が増えていますが
      障がいとは本人に存在するのではなく
   社会がその本人に適応していない
     だけ

   いじめられた経験のある人が増えているのは
      いじめを悪として指導しない社会に問題がある

    いじめを許す社会が今の日本

        悪人が世の中を支配したら善人は消えていく

     悪人だらけになったら  さらに悪人が生き残るだけ

     それでいいのだろうか

 何の権利があって  人をいじめるのか

 しかも  学校や会社・・・人間社会の中でいじめをする人たち

   善と悪のこころ
       どちらを選ぶかは教育

   人を殺すことを善と教え込めば 
     テロを繰り返す集団のように10代でテロを起こす

     サリン事件を起こした集団も・・・おなじ

  教育は大切
     だが学力だけが教育ではない
 人として生きる知恵 人格
    その基本的な事を教えるのが 義務教育の機関 期間
 
   人がひとをいじめ 蔑んではいけない

    

喪われた子供のいのちを無視しての論議が続く仙台市

DSC01280[1]

昨日仙台市議会「いじめ問題等対策調査特別委員会」
   を 傍聴してきました。

「有識者からの聞き取り」という事だったのですが
 有識者(中学校校長・臨床心理士の准教)の講演
一人40分 原稿を読み上げての講演
二人の講演を詳しくメモ

 感想は 折立中学校の調査委員会と
   南中山中の再調査委員会を教育機関側を優位にするための準備

二つの学校の自死の案件は「いじめがあった」ことは
  アンケートなどで公になってしまった
   体罰も表に出てしまった

  ではそのいじめをどのように正当化できるのか・・というのが
  仙台市の考えのようです

いじめられて死んだ子供に責任がある
いじめられて死んだ子供は いじめられても仕方がない子供だったという事らしい
  
発達障害 またはグレーゾーンの子供は
何気ない一言
 いじめではないのに
   いじめられていると感じる傾向がある

 からかっているだけなのに
   過剰に反応する傾向にある
  
しかも 落ち着きがなく
   他の子供たちの迷惑を考えられず
   騒いで、授業にもついてこれない

だから
いじめているのではなく
   いじって  冷やかしているだけ

 授業の邪魔をする子供だから
  腹いせの場合もある

 他の子供とコミュニケーションズが取れないことが問題

周囲ともトラブルが多く
   授業の進行が妨げられる
    
そのような子供は 支援学級に行くのがよい

    普通学級にいるから いじめられる


 いじめられる子供の親もまた 自己肯定ができていない
   子どもへイライラをぶつけている
 問題を抱えている家庭が多い


 10パーセント・・12パーセントの子供が発達障害とグレーゾーンだ
  
だから支援学級や支援施設・精神科機関につなぐ必要がある


 いじめは 発達障害とそれを認めない親の子供(グレーな子供)
   が
普通学級にいるせいだ
  支援学級や支援施設で学べば いじめは起きない
という結論のようだ

発達障害とは生まれつきという認識の校長

体罰(粘着テープを口に何重にも張っての授業)
体罰(げんこつで頭をたたくことが日常的)
これらも
 体罰ではなく指導の範囲
     マスコミが大げさに騒いだせいだ
      過剰なマスコミの取材と過大解釈をしている

   という話しもしていた(市役所)

いじめられている子供は
いじめている子供を友達だと思っている
 しかし
いじめている子供は
いじめている子供を友達だとは思っていない

発達障害だから 友達が欲しくて
   いじめられても くっついていく
  
また
調査委員会の公平性を保つという意味を勘違いしているようです

 本来は 学校側が選んだ人・遺族が選んだ人・半数がベストだと思うのですが

遺族が選んだ委員は遺族目線になるから
  公平な人たちではないという発言があった

   学校側が選んだ委員は 文句なく公平性を保てる人という認識らしい

   学校側が選んだ委員は学校側に優位な解釈になるのではという疑念はないのだ

遺族が選んだ委員だけが遺族側の目線になるのでは・・・という考えは ビックリだった

  だったら  
仙台市と関係の深い仙台医師会や元仙台市の職員の委員は公平性があるのだろうか


   遺族は 教師や生徒を犯罪者にしようとしているのではない
    人間は間違いがある
自死に追い込もうといじめたのではないだろう
  自死に追い込もうと体罰をしたのではないと思う
  でも 
 事実は事実  
いじめた同級生が 体罰をした生徒が 自死したのです

   ごめんなさいと言いましょうよ

もう二度と いじめはしませんと言いましょうよ
  体罰はしませんと死んだ生徒に誓いましょうよ


   喪われた命に謝罪し
  二度といじめや体罰をしないから許してというだけでいいんです

    過ちは誰でもありますが  その過ちを認めて生きなおすことができるか
     過ちを認めず 自分を正当化して生きて行くのか・・・

   人としての生き方が問われるのです

 

静かな暴言

F1000392.jpg

物心がつくと 人はいじめをする
 自分がかわいいから・・・
    自分の満足のために・・・

満足感をいじめという形にする子供や大人
他人には厳しく 自分にはやさしい人たち

  いじめる子供は なんらかの問題を心に抱えている

    いじめられて困っている子供を助けるのが
教師や同級生だと思うが
   違うようです

いじめている側を支え 応援している
   だから集団でのいじめがおこり
    教師も一緒に体罰をし、みてみないふりをする

   パワハラも同じ
  過労自死の場合も 必ず言葉の暴力はある
   ひどい言い方・・・「死ね!」とか「バカ」とかではなくても

 人格否定をする人が多い
 「無能」・・とか
  また仕事・仕事・仕事・・で ほとんど休んでいない同僚をみても
   部下を見ても
上司を見ても
    知らんふり  自分は休みを取る人たち

  100の仕事があり 5人で20ずつやればいいのに
   4人は10しかやらず
   1人に60を負担させえる

    それはいじめです

   人にやさしくない

   無視する・・・誰も話しをしない
 相談をしても ニコニコ笑いながら 無視する

それは パワハラにはならない
   
  毎日耳元で「お前はうつ」「お前は無能」「お前の責任」と
  ささやかれたら・・・
     証拠は残らないが いじめです

  周囲に聞こえるような暴言だけがパワハラではない・・・

    毎日「くさい」「くさい」「くさい」と言われ続けたら
       自分の匂いが気になっていく・・・

そうやって  静かに人を追い込むのは 陰湿ないじめ・パワハラ

   それは死んでしまったら  証明はできない
     生きていても 録音でもしていないと立証は難しい

    卑怯者が 言葉で人を追い込むのだと思う

    そして 人が 死んでも 平気でうそをつき
      何もしていないと言い続ける

  完全犯罪は 静かな言葉の暴力で成立する  

     いじめにはいじめで返したらどうなるのか

    学校も社会もメチャクチャ

   私たちは多くの人たちのやさしさや思いやりで暮らしている

 意地悪な人たちは  恩を受けたことも感じない

  他人には厳しく 自分にはやさしい、甘々な人たちだから・・

     教育は大事

人にやさしい教育
    人を育てる教育
 思いやる教育

    が  完全に欠けている

    公立の幼稚園や保育園に行くと
     子どもらしい子供は  障がい児を言われる

    公立の小学校や中学校に行くと
        個性にあふれる 天才肌の子供は異端児扱いをされて
           発達障害というレッテルを張られる

  よほど 親たちは知識を得て 学校に送り出さないと
   教師のいう事を聞く イエスマンの子供以外は 精神科に送り込まれることになる

   才能のある子どもは
      子どもの才能にあった私立の学校でないと潰されてしまう
 最悪
自死  ・・・  薬漬け・・廃人

   大人が子供らしさを認めず
    平均的子どもだけを良しとし 管理しやすい子供だけの集団を作っている

   大人が子供をいじめている
それを見ている平均的な子供は
    いじめても大丈夫だと思う

 平均的な子供 平均的な発達
 平均的な大人・・平均的な学校  標準値に近い知識

  日本人は とにかく  平均と普通を好み 安心している

  違う感性を認めない

   潰し続けるが  つぶれないで有名になると
      天才だとか言ってもてはやす

    なんの信念もそこにはない

    社会に流されないこと
      自分を信じる事
子どもを信じる事
     正しい知識を身につけないと 
        社会に殺されてしまいます

    精神科に行くかどうか 最終的に決めるのは親であり自分です
      いじめを許さない社会にしなければ・・と思う

 人に意地悪や いじめや暴言をお互いに吐かない
    蔑まない
   差別しない

自分に厳しい自分でありたい