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悲しみもまた 私のもの

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「悲しみもまた私のもの」
                       岡知史 エッセイ

 悲しみに沈んだ人がいる。その人を見るにみかねて助けたいという人が現われる。「どんな悲しみがあるか知れないけれども、時が解決してくれるものだよ」とか、「物事は考えようだよ。この美しい青空を見てごらんよ」と言葉をかけて励ますのだが、悲しみに沈んだ人は、いっこうに耳を傾ける様子はない。そして「私の悲しみも私の一部です。私が私の悲しみとむきあってすごしている静かな時間を乱さないでください」と言う。

 悲しみにある人がしばらくそうしていると、今度は「心を癒すことが仕事だ」という人々が現われる。そして、こうすれば悲しみを乗り越えられるという方法を教えようとする。彼らが示すのは「悲しみからの回復」である。どうやらそこには階段があるらしい。彼らが言う通りにすれば、階段を一歩一歩のぼるように、悲しみから回復できるのだという。

 しかし、悲しみにある人は、それは登れるような階段ではないことを知っている。深い穴の中なのか、高い山の頂上のようなところなのかはわからないが、身動きできないことは確かなのである。

 愛する我が子を自死で亡くした親の気持ちは、きっとそのようなものだろうと私は想像している。その悲しみは時が解決してくれるものでもなく、「時がたつにつれて、ますます深まっていく悲しみがある」と、息子を亡くしたお母さんは私に語っていた。

 癒されるうる悲しみがある一方で、どうしても癒されない悲しみがある。一人娘を自死で喪ったお父さんは「私は遺族ケアとか支援とかという言葉は嫌いなのです。(私の悲しみは)ケアされようがない、支援されようがないのです」と語っていた。

 現在、自死遺族ケアの必要性が多くの専門家によって指摘され、法律も行政がそれに取り組むように指示している。しかし、そこには「ケアされようがないほどの深い悲しみがある」という可能性は考えられていない。「どんな悲しみでもケアによって軽減される」と誰かが経験的に証明したとでもいうのだろうか。
 唐突だが、私はここで「障害もまた私の個性である」と身体障害者たちが主張し始めたころの、医療・福祉関係者の戸惑いを思い出すのである。障害者にかかわる「専門家」の使命は「障害を無くすこと。無くせなくても軽減させること」であった。だから「障害も私の一部だ」と障害者たちが言い始めたとき、「専門家」は自らの専門性を否定されたようにも感じたに違いない。

 たしかにリハビリテーションや手術によって軽減され、あるいは無くなる障害もある。しかし、そうでもないものもある。無くならない障害を正面から受け入れ、それがかけがいのない自らの一部として組み入れたとき、社会を大きく動かす障害者運動が始まったのである。

 自死遺族の市民運動も「悲しみは私たちのもの」と高らかに宣言するとき、力強い一歩が始まるのかもしれない。訓練で身につけた技法や頭で覚えた理論など、人間が後で身につけたもので、人生の最も深淵な死の悼みを救えるはずがない。それを認めたいか認めたくないかにかかわらず、ダチョウが空を飛べないように、蝶が水中を泳げないように、遺族ケアはある人々の前には無力であることは否定できないのではないか。生死の根源の苦しみを自ら体験した者だけがもつ威厳に、「専門家」は沈黙するしかない。それを「救える」と考えること自体がおこがましいのだ。

 「障害も個性の一つ」という考えは、社会的に広がっている。それでもリハビリや医療の重要性は誰も疑っていない。両者は共存できるのである。遺族ケアも「悲しみは私たちのもの」という遺族の主張を認め、それを前提としたときにこそ新しい段階に進むのだろう。




◆ 岡知史氏と出会い、交流が深まる中で、このエッセイを頂いたとき、涙が溢れたのを思い出します。遺族の多くは、「悲しみもまた私のもの」という言葉に救われています。
「私の悲しみは私のもの、誰のものでもない私のもの、だから悲しみはそれぞれでいいのだ、何年たっても涙が溢れてもいい、それは私のものだから。」
                             田中幸子

鈍感な人たち

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忙しすぎて ブログを書く時間がとれなかった・・・
  夜中になると 眠たくなって…バタン!と倒れるように 爆睡

 最近 悲しみを抱えた人を救いたいという人があふれているように感じる
   新聞も本も・・・セミナーも講演も・・・
グリーフとは
 グリーフケアとは  子供のグリーフとは
   悲嘆とは
悲嘆からの回復とは
複雑性悲嘆とは  遅延性悲嘆とは
  災害と悲嘆
      死別の悲嘆
 癒してあげたい人たちでセミナーは満席になるらしい
    
     愛する家族を亡くし・・・悲しんでいる人に 何をしてあげたいのだろう
愛するからこそわきあがる悲しみ
 どのように悲しもうが 誰にも迷惑をかけていない
   なぜ 悲しみをケアしたいのでしょうか

悲しみがあってもいいと思うのですが・・・

      泣いてもいいと思うのですが 泣いてはだめなんでしょうか

     いつまでも泣いていても 社会に迷惑はかけていないはずですが
       泣いたらいけませんか?
  
    悲しみを味わった人は 悲しみがケアできるなんて思わない
     セミナーに行く人は 悲しみを体験したことのない人
         でも不思議です
  おばぁちゃんやおじいちゃんが亡くなっていないのでしょうか
    身内や親せきで 誰も亡くなっていないのでしょうか

  誰かはなくなっているはずです・・・が
 
おばぁちゃんやおじいちゃんが亡くなっても
    葬儀にも出たこともない・・・とか
      自分の親たちが 祖父母の死を悲しんでいることを見たこともないのでしょうか
   
  悲しみを ケアできるような年齢まで生きてきたら
      自分の親族の死を体験していると思うのですが・・・
         一度も体験したことがないという人だとしたら
          感性が鈍く  感受性も浅い人です
  だから 人の悲しみを学んでケアしようという傲慢な人格が形成されるのでしょうね

     幼い頃から 親しい人たちが亡くなるのをたくさん体験したら
         そのことに気が付いていたら
            悲しみがケアできるなんて思わないでしょう

     ケアができると思っている人たちこそ ケアができない心根の人
       遺族が最も嫌う人格の人たち

    ケアできない・・何もできない・・・
  と自覚できる人たちこそ  支えてくれ一緒に歩いてくれる人たち
  これまでの死別の体験とは深さの違う息子との死別
そんな時
    そんな人たちにたくさん出会い 多くを学び  支えられ生きてきた  

     ケアします・・支援者ですという人たちに追い込まれ傷つけられてきた

      本当の意味で 悲しみのケアができる人は
             求めることを 一緒に考え 必要なことにつなげてくれる

     決して  あなたのグリーフケアをしてあげますとは言わない

     泣いて泣いて 涙を流すことしかできない時もある

          息ができないほど 泣く時もある
 泣きたいときは泣くこと泣いたらいい
  泣き疲れて倒れるまで泣いたらいい
   それでも涙は枯れない また涙があふれる
その時はまた泣いたらいい

    それしかない

    どうしてこんなにも 悲しみをケアしたいという卑しい人たちが多くなってしまったのでしょう
まるで自分には 悲しみなんて関係のないことのように 悲しみについて学んだりして
     心から幸せでないのでしょうね
  幸せなのに・・どこか満たされていない
   その満たされない思いを埋めるために・・・悲しい他人と接して 自分の幸せを確認したいのでしょう

    この人たちって なんてかわいそう 子供が死んで・・・
   私は幸せ・・・子供が生きているから・・あ~~~よかった

       心の声が聞こえそう

グリーフケアのセミナーに人が殺到するのは
     幸せを感じられない人たちが多いということ  
         モノがあふれて 本当の意味での幸せに気が付かないのでしょうね
    別な意味で かわいそうな人たちです
   

                 

     

愛と同じように悲しみも自分のもの

20080502121947[1]

愛する人の死の悲しみ
 その悲しみを最もよく知る人はその人自身

一人一人が  一人一人の悲しみの専門家
 その人自身がその人自身の悲しみの専門家

私の悲しみの専門家は私

 すべての人々の悲しみの専門家はいない

 亡くなった人とその人自身との間にあるものが悲しみ

子供を亡くした夫婦でも
   夫と息子の間にある悲しみは 誰にも分らない
     夫自身が専門家である自分悲しみの・・・
私と息子の間にある悲しみも 夫も理解できない

お互いに そのことは理解している

     悲しみの深さは 愛の深さ
他人が 私の息子を 私と同じに愛していることはない  当然である
 だから 私の悲しみの深さを理解できるわけなどない

  わかってほしいと 思っていない
    私の息子への愛を 他人に強要するなんて おこがましいこと
 
息子を愛してほしいとも思っていない
  
   だから  卑下もしないでほしい
      蔑まれる理由もない

人が人を 蔑むなんて・・・
    何て傲慢なことでしょうか

  自死遺族からの電話が毎日のようにある
     10年間
 人の悲しみは  本当に一人ひとりだと痛感しています

  そして それぞれが世界で一番悲しい
     それは 他人への愛よりも  愛が深いから・・・
世界で一番愛しているから  一番悲しいと感じている
   世界で一番悲しい人たちが  遺族の数だけいる
 それは
  あたりまえのこと

 他人に 自分の悲しみが世界で一番誰よりも悲しいと認めてもらいたいと思うのは 傲慢
  誰に認められなくても
 亡き人と自分が思えばいいこと
    悲しみなんて人に認めてもらうものではない

  自分が誰かを愛することを
    ほかの人にも同じように愛してほしいと思うのは傲慢
 人間としての愛と
    個人への愛を同じようにはできない

息子と同じような愛で 世界中の人を愛することはできない
  深さが違う

人類愛のような 広く浅い愛と
   息子への愛・夫への愛・親への愛はそれぞれ違う

 悲しみも経験したことのない人に
  「お辛いですね」などと 言われても 心には響かない
本でしか悲しみを知らない人に
 悲しみとは・・・こんな症状が出ますよ・・などと言われたくない
また  泣きじゃくろうが 涙が出なかろうが・・・
    それでいいんですよ・・ともいわれたくない

愛する人の死の悲しみを話してくれている人に
    他者は何ができるのだろう
受け答えは学んでできるものではない
  その時の自分の感性に従うしかない


支援者が悲しい話を聞くという行為は 自分の人間性を問われること

   自分を磨く修行を積むことが必要だと思う
 
感性が やさしさであふれている人は そのままでいいと思う
  そこにいるだけで なんでも話したくなる人もいる

 そんな人になりたいと思うが
   私はなれない・・・
ただ
 息子を亡くした悲しみを抱えているから
     素直に聞くことはできる
何もできないと知りつつ
    何時間でも聴くことはできる
それだけ・・・
  それだけ・・・です

 その人の代わりに  悲しみを背負ってあげられないのです・

 その人の悲しみは その人の身体の一部ですから・・・
    取り除こうとすると
   傷つき 心から血が流れてしまいます
 乱暴にしたら
   出血多量で 死んでしまいますから・・・

 その人の悲しみを大切にしながら
     聞くことと体験を伝えるだけ

    それが わかちあい        

グリーフケアについて(岡先生と話して)

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グリーフケアがなぜしっくりこないのか

岡先生の講演ではよく語られているのですが・・・

グリーフを「悲しみ」と訳してしまったところから、問題が生じている。
 グリーフとは日本語の「悲しみ」ではない。
日本語の悲嘆という意味でもない

グリーフは、単なる反応。悲しいという反応。

 だから グリーフケアの本には遺族の悲しみの反応が書いてあるだけで
  具体的なケアの方法は書いていない。

***
岡先生は
このことを講演で何度も話しているのですが、いまひとつ、聴き手からの反応がないのは、(私もです)
悲しみと悲しみの反応を分けるということが、日本人の感覚ではピンとこないから。


認知症ケアの論文で
西洋文明では、身体と心を分けて考えるので、
心を失った人間には価値がないと思えてしまうとか。



西洋文明は、身体と心、感情と思考、というように、いろいろ分けて考えるという事です。
全体をひとつのものとしてとらえる東洋的な考え方と真逆になるのだそうです。

「科学」という装いのもとに、
異文化の考え方を押しつけられている日本の遺族。
ここに「心理学」の「後進国」である日本の難しさがあるのでは・・・




西洋の、お棺は、ふたが重く、
日本の棺のように顔をみるようなことはできないもの。
また、牧師(神父)も、参列者に向かって話しており
、日本の葬式のように、
お坊さんが死者に向かって経を読んでいるのとは対照的。

宗教者が向いている方向が真逆。


死者とどう向かい合うのか。


それは文化によって全く違うはず。

アメリカ式の向かい方が、「科学」でうらづけされたものとして押しつけられている。

それが日本の遺族支援の根本的な勘違い・・・
  心理学は日本が後進国だからこそ起きている問題

  グリーフケアというがケアの方法は具体的に示されていない
    しかも日本人の考える悲しみのケアではない

精神科医たちが アメリカの学会の論文を都合よく解釈して訳し
 「負荷はどうでもいい(原因は考えなくていい)症状だけを診て、薬を出すだけでいい」と指針を作っています。

グリーフケアも同じ  負荷はどうでもいい悲しいという反応だけを見て
 他人が見える悲しいという反応が見えなくなったらケアをしたことになるのだ

    心の中に悲しみがあるが  周りに気を使い 
悲しみを見せなければ
 ケアが成功したことになるのだ

   それはケアではない

遺族に気を使わせているだけ・・・

     遺族が幸せな人たちに悲しい気持ちをみせて不愉快にさせないように
落ち込ませないように
     幸せな人たちの心のケアを求められているようです


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悲しみとの付き合い

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息子が逝き 10年が過ぎた

 34歳 生きていたら 44歳 今年の9月で45歳

いつも 健一の年を数えている

 次男と3人でご飯を食べていて・・・思う
なんでいないのか・・・と
 生きていたら 美味しいとニコニコしながら食べていただろうと・・

子供が自死した親の悲しみは 誰にもどうすることもできない
  自分が抱えていくしかない
押し潰れそうに重い悲しみであろうと 抱えて生きるしかない

底なし沼のように  深い深い悲しみであろうと 抱えるしかない

  体験したことのない人には 絶対にわからない

本に書いてある悲しみの表現は 甘い
   言葉では表現できない悲しみがある

人間が考えた言葉や文字なんて 感情の表現には 少なすぎる

   今でも 突然 深く苦しい悲しみが襲ってくる
胸が押しつぶされそうになる
 息ができなくなる
息苦しく胸が痛く前進の力が抜けていく
  立っていられない
 へたへたと しゃがみこんでしまう
    イヤ 床にへばり倒れる

毎日そんなことが突然おこる
  
 でも 見た目は元気いっぱい

 バリバリ活動をしている

心はたくさんのことを抱えている
多面性と多様性がある
 そんな心のケアなんて 誰にもできないこと

私の突然襲ってくる悲しみを誰がどうやってケアできるというのだろうか

 健一が生き返らない限り無理
生き返らないことがわかっているから ケアは無理

 そっとして欲しい

私は10年以上の悲しみとの付き合いで
  自分の悲しみとの付き合いはうまくなってきました

 自分は自分の悲しみとの付き合いが上手だと思う
  自分の悲しみの専門家は自分
自分の感情だから・・・

  私の悲しみは 健一と私の宝物
どんなに苦しくても 悲しくても
 それは 私の大切なもの

悲しみが消えたら 健一への思いも消えてしまうこと
 息子健一への思いは消えない消さない消すものではない
    いまも 愛しているから
これからも健一への愛は消えない

 楽になんて生きようと思わない
   楽に生きるなんて考えたくもない

生きているだけで 健一よりは楽をしているんだから

   頑張り続けなければならない
無理にではない それが自然の事
 親として当然
それだって 息子の苦しみに比べたら たいしたことはない
  
 苦しくても悲しくても ご飯は美味しいと感じるようになって・・
     笑うこともでき お風呂に入ってホッとすることも 酒を飲んでいい気分になることもある
生きているということを日々実感
 子供が死んでも 笑える自分がいます
生きているということは残酷な事実を体験確認
  
  それでも 生きています
プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
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仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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