年を重ねると悲しみも増えて行く

130406_キクザキイチゲ_2

お世話になった人が亡くなった

お別れ会に行こうと思う

  年を重ねると 親しい人との別れが多くなっていく

 長男の死は 胸に今も鉛を抱えているように 重たい悲しみとなって存在している
  心が快晴になることはない
笑っても 心の底が重たい
  笑いながら 胸の奥にある悲しみを感じている

   深い悲しみの穴もある

    時々 落っこちる

月日が 悲しみの落とし穴の場所を教えてくれる
  それでも
思いがけないところに 穴があったり 地雷がある

  落ちないように気を付けていたら 地雷を踏んだりする
  地雷を踏まないようにしていると  穴に落ちたり

   悲しみはいたるところに潜んでいる

      親も6人逝った
 
祖父母も・・・いとこも
   友人も 級友も 親戚の親しい人も
お世話になった人も

数多くの死という別れを体験してきた

   物心ついたときから数えたら  何十人・・いや百人・・二百人・・?

   悲しみなんて 勉強しなくても  生きているだけで悲しみがある

  親しい人との別れのない人生を送っている人っているのだろうか

   祖父母や両親との死別の体験はある程度年を重ねたら 
       ある・・と思う
  それでも

 悲しみを 本で学ぶ人たちって  理解できない

    どんなに学んでも 対岸の火事 

    机上論
         体験に勝るものはない

    体験した人は 悲しみは癒せないことを知っている
   体験した人は 悲しみは消せないことを知っている
      体験した人は 悲しみは愛だと知っている

     シドニーの自死遺族支援の会議では グリーフという言葉は聞いたけど

  グリーフケアという言葉は聞かなかった

  グリーフは ケアと結び付けていない

        悲しみは小さくならない  とも言っていた

    遺族の悲しみの考えを
   そのままに 受け入れているのが 国際的な考え方のようです

     支援者たちが 遺族の悲しみをケアしようとしていないのが 楽だった

     無理せずに ありのままで 語れる雰囲気がある

  日本の自死遺族の支援者と自負している人たちは

       どこか 上から目線を感じる

       そうでない人もいるが 少数

   私は悲しみを学ばなくてもいい
  教えてもらわなくていい

     身体の芯まで悲しみに染まっていますから

        でも 元気です!cid_6C797095-AF56-4B7E-AA99-6E456D904C26.jpg



 
スポンサーサイト

子どもはずっと生きていると思っていた



a0136293_16261676.jpg

2012年11月のブログ

(2017年の今も変わらず同じ気持ちのままです)

息子を亡くした悲しみをずっと抱えて生きている・・・

一見明るく元気一杯・・・

しかし・・お兄ちゃんが亡くなってから、こころはいつも悲しみで満杯

  でも生きて行くために、こころのどこかにある小さな笑顔を、
最大限に膨らませて、満面の笑みを人には見せる

時には大げさかな・・・と思うくらい笑うこともある・・・


健一は笑顔の私が好きだったから・・・


   なぜここにあの子がいないのか・・・いまも悲しく切ない・・・

涙は枯れない・・・今もとめどなく溢れてくる


   毎日・毎日・涙が出ない日はない・・・


悲しいね・・・どうして死んでしまったのだろう

  想い出は悲しみ

悲しみは愛しさ

   

何にもしなくていいから・・・生きていて欲しかった・・・


     生きていてくれるだけで・・幸せだった


   あの日から私の幸せは消えた


いのちって・・・芽生えて育んで・・・愛しんで・・・

   大切に大切にして・・・

消えるときはあっけなく・・・


  ずっとあの子は生きているものだと信じていた・・・

コメントへのお返事

131369769462513322610_2011_0817_174917-IMG_6701.jpg


時間が経てば経つほど、前向き遺族と、そうではない遺族との差や温度差を感じる。
というコメントへのお返事

 人の悲しみは一人ひとり 違って当たり前です
   比べないこと
悲しみは 自分と亡くなった人の間に起こる感情
 向き合いかたもひとそれぞれ

どのような集いに参加されたのかはわかりませんが
   「悲しみもまた私のもの」誰のものでもない私だけのもの
 「悲しみは愛しさと共に」
   愛しているから悲しい  深い悲しみは深く愛している証
   
愛と悲しみはイコールである

  そんな考えを自助グループ当事者の会では広めています

 月日が過ぎていくと  笑えるようにもなります
   心の底からではない‥のですが・・・

    悲しみからの逃げ方が上手になっていきます

   温度の差が具体的にどのような事かわからないので
   何とも答えようがないのですが・・・

私自身は 子供を亡くしてから半年で活動をしてきました
   でも前向きには生きていません
      前向きって何?どんなこと?と思ってしまいます
11年過ぎて 見た目は普通に元気です
  が いつも悲しみを抱えています
 突然 涙があふれてきます 今も・・・
     幸せとかハッピーとかルンルン気分とか
         嫌いです

年賀状なんて 子どもが亡くなってから一度も出していません
  家族全員 出しません

 おめでたくないから・・・

子どもが死んで 正月なんて  なにがおめでたいのかわからない
  正月の飾りもしません

正月元旦はお墓参りです毎年

     「(死んだことによって)息子が自分だけのものになって誰にも奪われない。良かったね」という親は自分勝手な人です
        子どもが死んで良かったなんていう親は人でなしです 親ではない
     どこにいても生きていてくれたらいい…それが親です

      死んで 自分のところに戻るよりも
  生きていてくれたら どこにいてもいい  ただただ生きていてくれるだけでいい
     それが親ですよ

   心のケアセンターを勧められたのは「カウンセリング」を受けて
  それでも悲しい気持ちが消えないなら
精神科の治療を受けなさい・・という意味だと思います

  心のケアセンターに行って悲しい話をして・・何をしてくれると思いますか
     ただ傾聴だけ

   人の悲しい話を聞きたくないけど
  自分の悲しい話は聞いてもらいたいと思う人は カウンセリングがいいと思いますが・・・

前向きという言葉や乗り越えるという言葉は嫌いです
   乗り越えられませんから・・・

自分の悲しみは 自分だけのものです
 そして 悲しみは病気ではないので 薬は必要ありません
   親は子供の死を抱えて生きて行くしかないと思います

子どものことを思い 涙を流すことも親だからです
   ずっと思い出して 悲しむことも親だからです
自分が元気でいないと
   ずっと思い出してあげられません

    一日も長く生きて わが子を思い 涙を流すことも親です
  自分が死んだら子供を思い出す人はいなくなってしまいます

 悲しくても苦しくても
    親ですから・・・大切に大事に悲しみも苦しみも子供への愛だと・・・

  親は無償の愛を・・
 悲しみもまた 愛ではないでしょうか

「泣いてもいいんだよ」娘を亡くした母の詩




7123z375l1n6b2h2j2f7[1]

藍の会のリーフレットに掲載している遺族の詩

 海外の人が感動して6年過ぎた
今送ってほしいとメールが来た
    と
岡先生

不妊治療をして やっとやっと授かった一人娘さんを自死で亡くされたお母さんの詩

「いいんだよ」

泣いてもいいんだよね
だって大事なもの失ったんだもの
辛くて当たり前なんだよね
だって大好きな人が亡くなったんだもの
忘れなくていいんだよね
だって忘れることなんてできるわけないもの
いいんだよね いいんだよね
でも いいんだよ って言われると
ちょっぴりだけど楽になったよ
苦しいの 辛いの 泣きたいの
皆 ”おんなじ”だよ
でも 同じだと解るとちょっぴりうれしいよ
いいんだね いいんだね
泣いてもいいんだね
話をしてもいいんだね
いいんだよ いいんだよ

45年前

20120718100027.jpg
45年前の健一と私(千葉市)





20120615164626.jpg
 15年前の健一と私(結婚式)








20120522202312.jpg
 孫娘の1歳の誕生日 


  幸せな日々の34年間

  あっけなく 逝ってしまった


   あれから11年

     24時間寝ても覚めても 自死の事だけを考えて生きている

   365日 健一を忘れられない

  ぴったりと私の心にくっついている

 夢でも自死した・・と理解している

   死んだのに  なんで生きて話しているの
    なんで笑ってるの・・・
なんで 帰ってきたの
  本当は死んでないの?
    いや…死んでいるはずなのに・・・と

    夢でも死んだことをおもっている

   会いたいです

   いつの日か 会える日が来るのでしょうか

      あれから約10万時間 自死の問題を考えて生きてきた

        自死という問題の中で生きてきた

20121104142357.jpg