子供は精神科に連れて行かない事

himeringo1[1]

 また 一人の子供が逝ってしまった

    不登校の子供を 精神科に連れて行っても
       不登校は改善されない

 数学が苦手な子供に
    精神薬を飲ませても 数学が解けるようにはならない

友達が少ない子供に
精神薬を飲ませても友達は増えない

    男の子は女の子よりも 発育が遅い子が多い
  知能も・・・
身体も・・・

小さい頃に なんでも親がやってあげ
   幼稚園に入るから・・
小学校に入るから
   と
自分でやるように・・と言われても
 子供は戸惑うばかり

  少しずつ 一つずつ
     がまんも教える

   してはいけないことも教える

人への迷惑も教える

    学ぶことが楽しい環境も 作ってあげる

そして
 誰よりも 親が 自分の子供を認め
 あきらめず
   繰り返し しつける

 3歳とか小学生で
  ウロチョロして 落ち着きがないからという理由で
   おとなしくなる精神薬を飲ませてはいけない

精神薬を飲んで
落ち着いたのではなく
ボーっとなりだるいから おとなしくなっただけ

   麻薬と同じ成分の精神薬

子どもの脳は破壊されていく

   アルコールが子どもに禁止されているのは
      成長途中のやわらかい子供の前頭葉が
          侵されて破壊されていくから

   たばこのニコチンも同じ
   だから 未成年は禁止されている

 それらの何倍も強い 破壊力のある
精神薬を子供に飲ませているなんて  おそろしいこと

  親の言いなりになる子供を求めてはいけない

 子供の成長に 優劣付けてはいけない

     ひとりひとり 違ってあたりまえ

  ウロチョロと落ち着きのない子供が
 思春期になり
  女の子は生理・・・男の子は声変わり
それが過ぎても
  ウロチョロ落ち着きがないなら
     其の時は 話合ったらいい・・子供と

 20代の女の子
   美容師として働いている

   姉に頭脳の良さは持っていかれて
     自分は勉強が苦手でした・・と話してくれた

その子は 美容師で生計をたてている

頭脳明晰で有名国立大学を卒業した姉は
   今 フリーター
     親の世話になって暮らしている

   極端かもしれないが
     国語数学英語理科体育美術等々
学校の勉強が優秀だから
   有名大学を出たから
      
    幸せになるわけではない

   その子が得意としている事を伸ばしてあげる教育が
        真の教育だと思う

    職人になるのもいい
     農業や漁業をやるのもいい
 左官屋さんになるのもいい
 植木屋さん
  料理人  美容師 理容師
       
     警備員  清掃 なんでもいい

 自分の子供は誰に似ているのか
  自分に似ている

遺伝子は自分たちの遺伝子

  他の子は他の人の遺伝子
    だから 比べてはいけない

ましてや
勉強ができないことや運動が苦手なこと
  落ち着きがない事を
 子供個人の責任として
     障害という レッテルを  親が貼ってはいけない 
そして まだ発達途上の子供に精神薬を飲ませるなんて

   学校は無責任
   手のかかる子供は 面倒くさいから
 クスリでも飲ませて
おとなしくさせておけばいい

大人になった時に  廃人になろうが
   重度の精神疾患者になろうが  知ったことではない

死んでも学校が悪いのではなく
   子どもが障がい者だから・・という理由付けになる

    今の発達障害の流行は怖い
  誰もかれもが
   発達障害の専門家のように
  あの子は発達障害だと思う
     この子も発達障害だよ・・・などと決めつけて

親に 精神科に行ったほうがいいよ なんて勧める

    どこまで無責任なのだろうか

子供時代は 18年だけ

   ゆっくり子育てを楽しむことです

二度と 今の時間は戻らないのですから
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悲しみは薬を飲んでも消えない

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 悲しみが消えるクスリはない
  悲しみが軽くなるクスリもない

 悲しみが薄まるクスリもない

   だから クスリを呑んでもしょうがない

   クスリを呑んで 頭がボーっとしても

      クスリが切れたら また悲しみがある

   悲しみそのものが なくならない限り
      クスリではどうにもできない

     睡眠薬飲んで 寝ても

     起きたら 悲しい

 寝てても 悲しい

     身体全部が悲しいんだから 睡眠薬で寝ても 忘れられない

    不安薬なんて  何の役にもたたない

    そもそも不安薬ってなに!

 不安の緩和って

    ボーっとさせるだけ

 思考の低下
   考える力を弱めるだけ

   悲しみのみ 考える力を緩和することはできない

    思考全体の緩和  低下

  家事はできなくなる

    掃除もしたくなくなる

    人への配慮はできなくなる

衝動的 本能的な 部分だけ残る

     悲しみは 愛している人だから悲しいという感情が生まれる

   こうしても 亡くなっている人はいる

でも悲しみを感じない

テレビや新聞で  亡くなった人の報道があっても

    自分の愛する人が亡くなったような悲しみは感じない

   それが人間

  愛という感情が  悲しみという感情を生み出す

 誰も 一人も  愛する人がいないひとは

   周りで誰か死んでも 悲しみという気持ちはうまれない

    愛という気持ちとイコールなのが悲しみという気持ち

 愛が浅ければ
    悲しみも浅い
           愛が深ければ 悲しみも深い

   深さの表現は  人それぞれ

 ひとりひとり 違う

でも人間は

   悲しくても ご飯は食べる
    悲しくてもお風呂にも入る

 悲しくても 洗濯もする

     悲しくても 仕事もしなければ・・・収入がなくなるから働く

   悲しい悲しい悲しい・・・と 毎日朝から晩まで泣いていても
    お腹は減る

  寝ないで 悲しもうと思っても
   3日過ぎると眠くなる

    トイレにも行く

   時間は必要です

       亡くなったばかりの時と
 1か月後 半年後 1年後
  5年後 10年後  20年後 30年後

   同じではない

   それが人間

時間はいろんな意味で残酷

 遺族は薬は飲んではいけません

 遺族になる前から飲んでいる遺族は  私は医師ではないので何とも言えませんが

 遺族になって  精神薬を飲み始めた人は やめたらいいと思う

 飲んでも 百害あって一利なし

 無駄です

    何の役にもたたない

    遺族の相談を受ける人も
 遺族の悲しみに効く薬はありませんから
    勧めないでください


悲しみもまた わたしのもの 大切な愛

    悲しみが 消えない 自分は 息子を今も深く愛しています
     母として息子を愛する気持ちに誇りを持っています

    悲しみもまた 私の誇りです

息子への愛ですから0bd3dcd7161e6ac340ab8cecfc80fdab.jpg


   

楽しい学校生活が・・・苦痛になるのはなぜ・・・

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児童生徒が自死

   調査委員会が立ち上がるケースが増えた

 親である遺族は学校に何を求めるのか・・・

     子どもは楽しく小学校に通い 家でも楽しく学校生活を語っていた
        中学に行き・・・あんなに楽しかったはずの学校に行くことが苦痛になって行き、
          徐々に学校での笑顔が消えて・・死んだ

   彼にとってそれまでは学校は楽しい場所だった
                                  
   楽しい学校生活が苦痛になった原因はなんだろうか

      友達に会える 学べる 部活ができる
        楽しかった学校

     学校に行きたい
         でも 苦痛・・・
     なぜ苦痛になったのだろうか

      小学1年からずっと苦痛で嫌々学校に行っていたのではない

       中学のあのクラスに入る前は 学校に行くことが楽しく幸せだった

    そんな子が  どうして何があったのだろうか

  何もなければ  今も楽しく学校に行っていた

      なぜ 楽しかった学校が死ぬほどの苦痛に変わったのか
       学校で何があったのか

        それを知りたい

       と 訴えたらいいと思う   

    そして
      調査委員会の冒頭に遺族の望みを訴える時間を設置してもらうべきであり
         遺族は傍聴の権利を主張するべきです

    泣き寝入りをしないこと
   やるなら 穏やかに強かに・・・権利を主張
   ・・中途半端に学校に温情を感じることはない


子供は 学校に行きたかった

    楽しかった

   学校生活がどうして 死ぬほど苦痛な場所となったのだろうか

       もともとは 楽しかった学校

     学校行きたい でもつらい
       つらいけど 行きたい

      希望を捨てず 少しでも居場所があるかもしれないと頑張って学校行き
         また苦しくなり・・・
             でも頑張って 学校に行くために頑張り
   また 苦痛を与えられ
     ・・・でも 頑張って・・・

     ピーンと張りつめた細くなってしまっていた命の糸が プツンと音を立てて切れる

        それほど追い詰めた要因は何だろうか     

     学校は楽しく学べる場所でなければならない

       大人の面子のためにあるのではない
         一部の子供の満足のためにあるのではない

   学校がたとえ一人の子供でも苦痛を与える 場所であってはならない

                   
   

かなしみは愛 

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  子供を亡くして今年で12年
   今も変わらず悲しみがある
 身体から力が抜けて 息苦しく 胸からお腹にかけて締め付けられ痛くなる
    息を吸う事を忘れそうになる
そんな事が
 以前よりも少なくなった気がする
  でも 無力感に日々襲われる

 ごまかし・・騙し・・・逃げて・・・
   そんなことが上手くなっているが 事実は事実
変えられない
   愕然とする
     この世に息子がいないことが 何とも言えない
    寒々しく・・ざわめき・・・鳥肌が立つほど  
ゾクゾクし・・・切なさにスーと意識を失いそうにさえなる  

   しかし 元気にいきている

 笑顔もできる
   作り笑いだって出来る

 息子のために・・・

   元気で生きようと思っている

  供養も元気でないとできない
  いつも息子を思うのも元気でないとできない
  
  息子を亡くした私がかわいそうと思うのは自分に甘いのだと思う
     最初の頃 亡くなった息子のための涙というよりも
       息子に逝かれたさみしさ・かなしさ・・苦しさ・・で泣いていた気がする
   死んだ息子がわたしよりも悲しい
     この世にいないのだから
 あの世があるとしても 私はみたことがない
  だから私にはこの世に生きていることが幸せ
  でも息子はこの世に生きていない
   美味しいものも食べられない
    大好きな車にも乗れない
     大好きな うたも歌えない
 大好きな子供とも遊べない

    あの世で 幸せに暮らしているのかもしれないが
  私には見えない

    愚かな浅はかな俗人の私は この世に生きてこその幸せだと思っている
  だから
  逝ってしまった息子を思うとき 悲しい
 ただただ 不憫でかなしい

   亡くなった息子に 私ができる事は何だろう・・と思う

 いつも 何をしてやれるかを思う

   お花を飾ること
      仏壇をきれいにすること・・・
 好物を供えること・・
    お墓参り・・・
息子を思い出すこと・・・
後はなんだろう
    話しかけること
       息子は私の体の一部となっている

    泣いてばかりいる私を見て 息子はどう思うのだろう
     と思ったこともある

   泣きながら元気で生きている私を見て息子はどう思っているのかな

    応援してくれている息子を感じる

    どうせ生きるなら 息子のための人生を・・・

   不平不満はやめて
      自死の問題・・遺族の問題にかかわり生きて行こうと思っている
        
    息子の死から・・悲しみから・・の力

   悲しみを抱えて生きるしかないと覚悟を決めている

    少しだけでも社会のために・・・いのちを使おうと思っている

      息子への罪の償い

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愛も悲しみも いっぱい(活動の原点)

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   支援者たちは
自死遺族の悲しみは病気だと考えている
 だから遺族になって悲しくて精神薬を飲んでいても
    否定はしない
 あ・・そうね 仕方ないわね 悲しいから精神薬を飲むのは当たり前よね・・
   とすら 思っている

  飲み続けてその人たちはどうなるのか・・・なんて 彼らには関係ない
 むしろ
 いつまでも 悲しくて苦しくて精神薬を飲んで嘆き・・会に参加してくれたほうがいい
 
   だって 会の開催時間の2時間程度のお付き合いだから
   他の時間に彼らは
  相談に応じないから

    携帯電話なんて教えることもなく
       会の開催時間以外に 電話を受けることもない

   自分達が関わる時間 話を聞くだけでいいのだから

自助グループはそうはいかない
   電話やメール 時には会って・・・
  それも頻繁に・・ということもある
 自分の携帯を教え メールアドレスも教え
     住所も教え
         会の開催時間以外のほうが関りが長い場合もある

会に一度も参加しないで
    電話やメールだけの遺族もいる

 支援者はそんなことはしない

    精神薬を飲み続けている遺族は  元気にはならない人がほとんど

     波が激しく  
            絶望感が強い

   元気になってほしいから
    うるさく言うこともある

    アドバイスを聞かずに  入院する遺族もいる

    そして 私を強い!という

強いのではない

  息子を助けられなかったから
息子への懺悔で生きている
    息子へのお詫びの生き方
   私が死んで息子が生き返るなら 私は死ぬことに迷わない
しかし
私が死んでも息子は生き返らない
  そして 私が死んだら私以上に 息子を思い出し悲しみ苦しむ人はいなくなる
 息子は忘れられていく
   忘れたくない  忘れてはいけない

   それには 私が元気で生きていなくては・・と思う
    
    自分のための人生は息子が逝ったとき終わった
     あれからは 
   息子への罪滅ぼしの人生

  ひたすらに息子のため

どんなに悲しく苦しくても
 自死という死で逝った息子の苦しみには届いていない
なぜなら  私は生きているから

   自死した健一への申し訳ない気持ちが活動の原点
     健一がなぜ自死したのか・・を考えたとき

    自死の問題と向き合うことが 息子への母親としての愛

      子どもの苦しみに比べたら  私は親だから なんてことはない
  健一を今も愛しているから
     苦しみなんて  悲しみなんて
       身体中で抱えて生きてやる!