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明日3月15日(金)自死遺族等の権利保護研究会」開催 場所は衆議院第一議員会館

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久しぶりにブログに向かっている。

明日の3月15日(金)
 午後3時から 5時45分頃まで
「自死遺族等の権利保護研究会」を開催
 場所は衆議院第一議員会館地下第5会議室
    参加費は無料
「遺族の声から学ぶ」
   児童生徒が亡くなった時の アメリカと日本の対応の違い

  日本の学校は(教育委員会も)
      遺族と対峙の体制を取る

児童生徒の死亡事案が起きた時
  基礎調査をする事  と 文科省は学校に課している
  しかし
守らない学校が多い

ましてや 第三者調査委員会の設置は 
  遺族の許可が必要な事を逆手に取り
  遺族に断るように
   言葉巧みに説得する
  わが子の死亡直後に行う

錯乱状態にある遺族は
 学校の説明など聞く余裕はない

そんなかで「第三者調査委員会の設置」はどうしますか?
  説明会はどうしますか?
第三者調査委員会の設置をしたり
 説明会を開くと
マスコミが殺到して 家まで押しかけたりしますよ・・・とかいう

 遺族は「少し落ち着くまで待ってください」という人が多い

そこから ずっと半年1年と待っているのが学校・・・らしい

 亡くなった事も 生徒に教えない学校

存在していた事すら 忘れようとする学校

     日本人は 自死者に 唾を吐きかけている人が多い

 そういう人に限って
  自死者はたたるとかいうけど
      死者が何もできない事を誰よりも強く思っているから
  嘘を平気で云ったり
   自死した人の悪口を言うのだと思う

  遺族であっても  他の遺族から学ぶという事が大切なのだと思っています
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私が嫁に対してきついと言われ・・・たことへの振り返り・・・

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息子の嫁の話をすると 私の言い方がキツイという人もいます
 でも
事情を詳しく話すと ひどいねそれは・・・という人がほとんどです。

 息子が亡くなり、警察の官舎には住めないのですが、夫が税務署に勤務という事もあり
 警察の署長に頼んで、
  住まいが見つかるまで、嫁と孫は住んでもいいという事になりました。
 
それでも
嫁は パパが死んだところは怖くていられないから
   私たちのマンションに一時住みたいという事になりました。
 私たちは嫁とは他人ですし
  両親が一軒家に住んでいるから 自分の両親のほうがいいんじゃないの‥と言いました。
マンションは狭いし・・・と。
しかし
嫁は私たちの所にきたいというので 荷物を運びました。
パパの荷物は怖いから
  持って来たくないという事でした。

3LDKのマンションに夫と私と次男と嫁と孫で住むことになったのです
  和室と押入れを全部片づけて
  嫁と孫の部屋にしました。
 夫は次男と‥私は和室の荷物もある4畳半に・・・

 食事の支度やお骨の供養や洗濯掃除は全部私。
  次男と一緒に
   嫁は死後の手続きをして歩き
 生命保険の手続きも 私たちの前で保険屋さんに来てもらい勧め
     全ての手続きを
    夫と次男に手伝ってもらい  終わったところで
  実家に帰ってきますと帰った
   仏壇の芯入れがある日程が迫っていたので
     嫁の実家に電話した
 その時に
   次男が 聞いて欲しいというので 聞いたことに逆上し
    仏壇の芯入れには来なかった

 お坊さんが帰った後の夜に 両親と3人で来て
    私をののしった
 「人殺し」息子殺し」と。
息子と嫁の住む官舎に1回だけ泊まっただけなのに
  よくも泊まれるものだ・・・普通は泊まらない
   
息子はお母さんのことが大嫌いで
   嫁の母の事が大好きだった
 息子を殺したくせに・・・・と。
遺骨も  仏壇も位牌の要りません。
     と言いながら 自分たちの荷物は預かってほしいといった。

おかげ様で息子の遺骨は手元に残った

仏壇は嫁が欲しいというから買ってあげた
位牌もなにもかも 全て私たちが支払った
1円も使わずに通夜と葬儀をした喪主の嫁

葬儀を終え  私をののしり 
   実家に行った
1回目の月命日に
 はがきを出した
 ノンちゃん どうしていますか
  パパは遺骨になりましたが 微笑んでいます。
お健やかでいてください・・・
と。

受け取り拒否でハガキが戻ってきました。

 息子の遺産は全て嫁と孫のものです
  靴下一枚
 息子の親である私たちにはもらう権利がありません
 夫と次男は
  写真一枚 ごみに捨てるものでいいから 遺品としてくださいと何度も頼みに行きました

 拒否
電話も着信拒否
      
 大まかに書いてもこんなことがありました

また
嫁は息子がパワハラに苦しみ精神科に通っているのに
 息子の携帯に罵りのメールが60通以上
それに対して
息子はごめんなさいすみません頑張りますと返事
 何十通も・・・ごめんなさい・・ばかり

嫁は仕事を休んで自宅療養をしていた息子を
 子供用のパイプ椅子で叩いていたと告白
 小遣いは1か月5千円

 ヨシケイから材料を配達してもらい
     昼の弁当は 夜の残り
自分たちは毎日
  ファミレスのランチ
 病気の息子と喧嘩して
    金も預けず   食べ物さえ与えず(買うお金もなかった息子)

携帯と自宅の固定電話にも 応答しない息子
  3日間も
   連絡がつかなくなったまま放置

4日目に死んだと思ったから・・と警察の電話
   
それでも
私たちは孫がいるから 一緒に協力して育てたかった・・・

 でも 保険金他 金目のものは全部持ち
  パンツや靴下などはごみに捨て

  息子の生命保険で買った二世帯住宅に住み(親と一緒に・・・父親から健さんの生命保険で家を買うから娘には近づくな
と言われた)

それでも
 私は 嫁に配慮がなく きついと言われるのだろうか

  うつの夫の世話を1っカ月半で放棄する嫁

     大変だと思ったから
孫を連れてきて
  泊めて面倒を見ていた私たち
 一か月半の間 2週間は面倒を見ていた・・・

それでも 嫁への配慮が足りないと言われなければならばいのだろうか

   これでも
公開の場なので控えめに書いている

 今から 再調査委員会の遺族の聞き取りに同席なのだが
  コメントで頂いた内容に
   こころが 痛くなり  冷静にいられないような気分になったので
  ここに書かせてもらいました

今から 冷静に対応しなければならない重大な時間に同席するので
    思いのままを少しだけ書きました

遺族の事情も一人ひとり違います
  表だけを見て
  自分が知っている事だけで  判断してはいけないのではと思います

 私は母の遺産も嫁にも分けた
   息子がいなくても 私のマンションに来て勝手に冷蔵庫のものを持っていく事もあった
 仲がよかったと思っていた

  息子は 別れることも考えていたようだった・・・
死後に知った

   

息子が微笑んでくれる生き方をしたい

R (2) 


息子に申し訳ないと思う生き方をしようと思っている
亡くなった息子に許してもらう生き方をしなければ・・・と思っている

今でも悲しみで潰れそうになることもある
   でも  やることがいっぱいある
仏壇のお花をきれいにしておくこと
  2005年から  少ないときで花瓶5個  多い時は花瓶8個
   仏壇はいつも お花で埋もれるように・・・・

家にいる時はほぼ毎日 仏壇を拭く
ホコリがないように・・・・・・
     中も外も・・・
息子の写真たても‥拭く
  ホコリがついていないように・・・

毎日 お茶とお水・・・線香とローソク
   1か月かなりの線香とローソクを灯す

灰の掃除も必要
     仏具も磨く

家の掃除と同じように・・・・ほぼ毎日

  家の部屋も 同じように掃除をする
玄関・・トイレ…洗面所…風呂 台所・・・
  窓ガラス  扉
      壁・・・天井・・・・家具も拭く
家事はやろうと思えば一日やることがある

息子は片づいている部屋が好きだった
    おやつも手作りが・・・

息子が認めてくれることを・・・
息子が褒めてくれることを・・・
 息子が微笑んでくれることを・・・

そいう意味でも 息子が逝き 生活は一変した

   生きている時は 当たり前すぎて  大切に思ってもいなかったことが
    失ってみて
  どんなに大切なものだったのかを 思い知らされている
     自分に厳しくありたいと思うようになった
   それでも
  まだまだ自分に甘いなぁ~~~と思う事もある

   そのうえで メールや書類  
  手紙・・・・レターパックでの送付
   電話相談や
      メール相談もする

また  論文を読んだり  いろんな情報も得て学ぶ

 息子が逝き  常に息子を意識し
    生活をしてきた

 自死の問題以外の情報を必要としない

   自死の問題は 様々な問題があるの いじめや体罰  労働問題 介護 福祉
         学校  教育  ・・・・・・・・・・家族  医療
多岐にわたる

  スイーツの美味しいお店
     おしゃれな洋服
   とか 観光 や ラーメン店巡り や蕎麦店巡り
     他
         趣味は全く興味が失せたが
  人にやさしい社会を・・・・・・・
  という思いは 強く持つようになった


明日は東京日帰り
   議員会館に行く
                       再調査の設置を求める要望書を持ってお願い行く

自分の事ではない
    つながっている遺族の代理人として・・・・・・
   亡くなった人の尊厳を守りたいと思うから

  

あの資料が教師の本音だとしたら、学校全体で8歳の子どもを嫌っていたことになる・・・

OIP (5)

仙台市長は 遺族の希望の光である再調査委員会の設置を拒みました。
「学校が提出した資料の多くに 創作に近い1人の教師の記憶による詳細な記録があり、
 その資料は 学校側が作り上げた物語であり その結果 いじめは解決していたという結論に至っている」

嘘の資料の提出は
 第三者調査委員会を欺き、委員を騙し 学校側に都合のいい結論に導く結果となている。

そもそも 嘘の資料の作成と提出は 公務員として罪です。

  加害児童のAさんの母親が「同じクラスだから 見るのは普通でしょ」と言っている記録があるが
  このAさんの子どもは  亡くなった子供とは別なクラスです。

 「死にたい・・・・・・いじめられて  死にたい・・・・」と書いた手紙が
   夏休みの宿題をやりたくないのに
  母親にきつく言われて書いたと校長はテレビの取材でも言っているが

そのことを裏付けるような資料があり
(嘘の資料)
  暴力的で怒鳴りちらす母親として記録され
子供も わがままで横柄で 行儀の悪い 子どもとして記録されていて

  校長の前で 母親が
子供に 宿題を注意して子供が死にたいと書いたというような話をしたという記録になっている

  朝に書いた手紙は 父親もいる時に 子供が持ってきたもので
     母親と父親で相談して学校に持っていき 校長に相談したのに

 母親が死んだからということで
   嘘の記録を作ったのだと思うが
父親は生きている
  生きている父親の存在を忘れているかのような 嘘の資料を作り委員会に提出したのは

非公開での委員会なので
絶対に遺族がその資料を見ることはないと 確信していたもの

  そうなんです
 非公開の資料が本来は遺族が見ることが出来ないんですが
  今回
  頂くことが出来ましたので(調査委員会の事務局である教育委員会から普通に頂きました)
    嘘の資料を発見

  だからこそ
再調査を市長に求めたのですが
   再調査で 嘘の資料の作成が バレる事を恐れたのか・・・
  再調査を拒絶されました

虚偽資料の作成は あってはならない事です
   虚偽かどうかも含めて 調査するべきではないでしょうか

 子供の自死が増えている‥と騒いでますが
そりゃそうですよ
   いじめも野放し  いじめ放題
     SOSだしても 何の解決もしない

けがをさせられても  何にもしない学校
      体罰も放置
行き過ぎた指導も  やりたい放題

  教師の組合は  待遇改善を訴えるばかり

  そして 最悪は 子供を 教師も親も一緒になって 発達障害とラベリング
  
ちなみに 亡くなったこの子はメチャクチャ成績優秀ですが
(英語も図工も習字も算数も国語も体育も4が一個で後は全部が5の評価)
 しかし 教師たちの評価は低く(調査委員会に学校が提出した資料)
      悪意ある評価になっています
これが 意図的でないとしたら
   意地悪な教師の集まりの学校です

   学校全体で母子を追い詰めたとしか思えません

生きている時の動画も見せてもらいましたが
  とてもいい子です
   素直で笑顔の可愛い  かわいい女の子・・・

それなのに
 ひどい言葉で 子供を批判しています
(亡くなってからの教師の記憶による資料によると)

嘘の資料を作ったこともひどいですが
  これが当時記録として残されていたとしたら
もっとひどいです

生きている時から  この子の事を学校全体で嫌っていたのですから・・・まだ8歳の子どもを!


    


生きる意味を悩み苦しむよりも、意味のある生き方を~

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「生きる意味」がわからない
 という内容を 聞く事や見る事が多い
 
 生きる意味って 生きている意味って  考えたことがない
  
 わかるわけがない
  昔から賢い人々が 悩み 哲学や宗教学が見いだされ
考えた末に
       自死した世界的な著名人がかなりいる

 私たちは そんなに賢くないんだから
  生きる意味なんて 考えても答えなんて見出すことが出来るわけがない

賢くない頭脳で 深く考えたらネガティブになって行く
   

生きる意味について 悩み苦しみ
   体に害のある  精神薬を飲んでるなんて  もったいない
・・・・・・・・・・・・・・・・
人生は四苦八苦
  苦しみのほうが多い
 でも
お風呂に入り 温かいとホッとする瞬間
    食事をしたとき
  あ!おいしいと少しでも感じた時
      
掃除をしてきれいになった時の スッキリした気分
   
  ・・・・・・・・・

戦争の記録映像を見る事もある
  悲惨な
  残酷な  人間たち

 理不尽な社会

  私は なにをしてきたのだろうかと思う
 呑気に幸せに生きてきた

その結果
  息子は逝った

  息子が生きていられる社会って どんな社会なのだろうと思う

その思いが活動につながっている
 自死の問題だけで生きてきた
   

・・・・・・・・
生きる意味について思い悩み苦しんでいる人たちが増えているが
     
生きる意味よりも
   短いこの世での時間
      どのように生きようかということが 大切かな・・と思う

  息子が逝くまでは
    自由気ままに 幸せな 不平不満を言っていきていた

 息子が逝き
  人生の意味とか 生きる意味なんて
    考える余裕もなく
ただただ 後悔と懺悔と悲しみだけで生きてきた
   息子のために・・・今更だけど・・・

 私は 自分が頭脳がそんなに良くないと思っているから
   深く考えないで生きてきた

   先人たちが 悩み苦しみ  未だに 答えの出ない事を悩むのは 
     無謀なことだと思っている

それは
  頭脳の優秀な 人たちに任せたらいい と思っている

私にできるのは
 というより  やらなければならないのは

朝起きて 顔を洗い 身支度をして 食事の支度 片付け
 洗濯  掃除  アイロンがけ
  ゴミ捨て
あ!
仏壇の掃除と 仏壇の花瓶の水の入れ替え
   その合間に
      ショートメールでの相談の対応
LINEの相談対応
電話対応   パソコンで 行政とのやり取り
資料作成
  相談者からの相談もある

          昼ごはんを食べられない時もある
 朝も夜も
  ゆっくり食べられるのは 半分くらい
  どこに食べたかわからないほど  食事が中断されるときもある

それでも
  感謝されることは少ない・・・
  
   メールをよこさないで!と言われることも・・・
  イヤイヤ 頼んだのは あなただよね‥と思うけど  それも受け入れる

  電話で意味もなく怒鳴られることもある
          私はあなたを知りませんけど‥と思うが それも受け入れる

生きる意味なんて
 考える 余裕もない

 毎日を  1分を  せいいっぱい 生きているだけ

 息子が 生きていられる社会をめざして
     息子が
       笑ってくれるように・・・

生きようと 思っているだけ


   息子の元に 押しかけていくのだけはやめようと・・・
    息子が迎えに来るまで  その時間まで
 生きる意味なんて
   考えず  やることが山のようにあるのだから
        今できる事をせいいっぱいやりながら生きようと思う
 
  それが 意味のある生き方につながると信じている