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子供を亡くしていた西田幾多郎(哲学者)が子供を亡くした友人に書いた文書

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上智大学の岡知史先生の書いた文章から


西田幾多郎といえば、日本の最高峰の哲学者とされている偉人である。その西田は、幼い2人の我が子を同じ年に病いで亡くしたとき、同じく子を亡くした友人に向けて以下のように書いた。長くなるが、心を打つ名文であるので引用したい。

親の愛は実に純粋である、その間一毫(いちごう)も利害得失の念を挟む余地はない。ただ亡児の俤(おもかげ)を思い出(い)ずるにつれて、無限に懐かしく、可愛そうで、どうにかして生きていてくれればよかったと思うのみである。若きも老いたるも死ぬるは人生の常である、死んだのは我子ばかりでないと思えば、理においては少しも悲しむべき所はない。しかし人生の常事であっても、悲しいことは悲しい . . . 人は死んだ者はいかにいっても還らぬから、諦めよ、忘れよという、しかしこれが親に取っては堪え難き苦痛である。時は凡(すべ)ての傷を癒やすというのは自然の恵(めぐみ)であって、一方より見れば大切なことかも知らぬが、一方より見れば人間の不人情である。何とかして忘れたくない、何か記念を残してやりたい、せめて我一生だけは思い出してやりたいというのが親の誠である。昔、君と机を並べてワシントン・アービングの『スケッチブック』を読んだ時、他の心の疵(きず)や、苦みはこれを忘れ、これを治せんことを欲するが、独り死別という心の庇は人目をさけてもこれを温め、これを抱かんことを欲するというような語があった。今まことにこの語が思い合されるのである。折にふれ物に感じて思い出すのが、せめてもの慰藷(いしゃ)である、死者に対しての心づくしである。この悲は苦痛といえば誠に苦痛であろう、しかし親はこの苦痛の去ることを欲せぬのである。

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亡き人に手を合わせる暮らし

130420_イワナシの花[1]

息子を思う
 今も 愛している
 一人っ子ではないので 次男がいる
 45歳
 同居
長男が逝き、活動を始めた頃
 「子供を殺す親もいるよね、親が全員子供を愛しているわけじゃない」と
言われたことがある。
 その人は親を亡くした遺児

そんなことを言い出したら
不毛な討論になるだけ

親を殺す子供もいるよね  と・・・

親の離婚で
 引き取り手のない生まれて間もない私を
   養父母は
養子縁組をして 戸籍上実子と同じ立場にある子供として
   育ててくれた両親

全くの他人
 ここの家は おばあちゃんも子供を亡くし
    養母も子供を亡くしていた
 仏壇には 子供の位牌が並んでいた

お寺には地蔵堂も寄贈し、亡くなった子供の身代わり地蔵も
あり
 夏は浴衣 冬は二重の着物
   大きな農家で
   忙しい中 朝と晩は必ず全員でお祈りをしていた

外から帰ったら
まず 仏間に行き 先に亡くなった人たちに手を合わせ
 そこから 居間だった
結婚してからも
 子供ができてからも
 実家に行ったときは
行きも帰りもまずは 仏壇に・・・と
   子供たちも習慣となっていた
夫の実家に行っても親戚に行っても
 仏壇のあるお宅は 必ず仏壇に・・・というふうに
  生きてきた
息子が逝き
 仏壇が狭いマンションの部屋にある
亡くなってから
半年は 朝から晩まで 灯明を灯し線香を常に焚き
 お経を唱えていた

今 14年と8か月
  毎朝や何かを供える時だけろうそくを灯し線香を焚く
 お経も朝だけ

活動は多岐にわたるが
   グリーフケアという事への疑問を形にして発信する事
  自死への差別と偏見の問題の解決
  わかちあいの開催
自死の予防と防止
   遺族への元気で生きてほしいという願い
 
活動の批判は 受けようと思っている
 が
息子への私の思いを  批判されることは許せない
   というより
個人的な愛や悲しみに
 他者が口をはさむことは  非常識

だから  自死遺族はダメなんだよね・・・
  だから 自死がおきるんだよね  そんな考えだから
と 言われたくない

自殺対策基本法が制定され
  自殺総合対策大綱ができ
実行されてきて14年

当時の自死遺族の対する国も含めた支援者たちの考えは
   無知で貧困で低階層の人たち
  時には暴れたり 非常識な事をする人たち

だから 自死遺族支援の窓口の多くは
精神保健福祉センター
 障害班とかが多い

支援研修の内容も
 精神病院の閉鎖病棟の患者に対する対応と
同じ内容が多かった

 金の無心をされることもあるから
 そんなときの断り方

 言い争いになり 暴れた時の抑え方

 遺族同士の連絡は禁ずること

 などなど

そして
 地域の町内会長や
 民生委員。交番などが 自死遺族の見守りを行うために
   という
内容まであった

グリーフケアの考え方を応用し
  悲しみの消えない人は 半年・一年を期間として
    精神科につなぐこと・・・

遺族の集いを開催するには
 特別な研修を受けて訓練された人がファシリテーターをすること
など

今頃
 自死遺族になった途端に
 ご近所に知れ渡り
保健師がきたり 民生委員が訪問したり
   行われていたと思う

行政が決めたことは  最低でも3年は行う
  決定される前に
理由を述べて、反対し、反論し
 変えてきたつもりだが

  あまりにも  力が大きく
 どうにもできない事も多い
歯がゆく思う

 やさしい心の人たちが  笑顔で生きていける社会

   そんな日が来ることを願い
   信じて
息子への懺悔の活動をこれからも
 続けていこう…と思う

今夜は『みやぎの萩ネットワーク』の例会
明日は
 朝早くから東京 日帰り

misumi_3[1]


かわいそうとしかいえない(傲慢ですが)

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他者を「かわいそう」というのは
 蔑むことになり  嫌な言葉でしたが

 またコメントを書いてきた 夫を自死で亡くした人は
 ほんとうに かわいそう

このブログは
 私田中幸子のひとりごと
   私は夫を亡くしてはいない
だから
夫を亡くした妻の気持ちをここには書かない
   それは
  私の気持ち ではないから

 私は子供を亡くしている
 だから
  子供を亡くした母としての 私の気持ちを書いている
   他者のブログではなく
  私のブログだから

   母としての気持ち
また  15万件の遺族の相談を受けたり
   分かち合いで  大勢の遺族の話を聞き
また
 研究者  宗教者
 医師  法律の専門家
   などの話も聞き

   自分の子供を亡くした気持ちから
    感じた事をかいている

私の気持ちを
   夫を亡くした人から
 否定されたくない

   親からの視点でしかみないのはやめてください
 って
   ・・・・・・・・ずいぶんと勝手な人
そういう自分は
 夫を亡くして
   死んだ人を恨んで
     憎くてたまらない妻の視点でしか見ていないことに気が付いていない

   あわれで かわいそう な ひと

   自分の感情に溺れてしまって
     苦しいのかな・・・・
   他人への攻撃で
      自己満足をし  心の安定をしようとしている

 宗教者でもないのに
    仏教では地獄行きます と断言するなんて
     
何様なのか・・・

自己反省をあの世でさせられているようです
なんて・・・ことも
    無知すぎて  笑っちゃいます

 パワハラだなんとか
  いじめだとか
 逃げればよいだけとか・・・・
    
   自分と同じでない遺族がいることが
    不満なのか
目障りなのか
    
   お兄ちゃんの遺影は
    相手にする必要ないよ 無視しなよ   と  苦笑いしている
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 私の息子は 私の自慢のやさしい子
    今でも母として 彼を愛しています
  
 夫も弟も 今でも健一を愛し
   大切に思っています

亡くなった祖父母も彼を愛してくれた

 彼も 家族が大好きだった

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わからない

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 自死した子供に生き返ってほしくないという母親の言葉に
   え!と 絶句

生き返ってもらって 何するんですか?と聞かれた

 これは
 あるところでの会話

自死遺族のケアという話になり
   私のケアは 息子が生き返ることが一番のケアだと・・・・
天地がひっくり返っても ありえない夢の話だけど
   生き返るなら 生き返ってほしい
もしも 私が死んで息子が生き返るなら
  そく死んでもいいと・・・・私がいった
んんん
  どうして 生き返ってほしいの?と
   生き返ってもらっても・・・・・・・とまたいう 
     息子さんを亡くした母親
 死んでていいと思っているらしい

  死んでいいなら  悲しいという気持ちは 何なのだろう

   死んでもらってよかったという事なのかな

 それでも 悲しいのかな

  死んでホッとしているなら 悲しみなんてないはず・・・

  息子の命と私の命が交換できるなら
  交換して
  残りの人生を 楽しんで生きてほしい
 そのためなら
なんでもする  と思っている

仕事なんてしなくてもいい
   生きていてくれるだけでいい

けげんそうな 顔をしていたその人

   どうして 心療内科にいって 癒されてるんですというのかな

  子供を亡くしても
    いろんな人がいるが
生き返ってほしくないという母親は
   初めてだったので
  どう 反応していいのか
   戸惑い
  席をたった

彼女は
 私の思いが理解できず
   傷ついたのかもしれないが

  ショックを受け
  それ以上の会話が無理だった

ほんとに 死んでよかったと思っているのかな・・・・
 自分が悪かった・・・と 言ってもいる

   でも
生き返ると  自分が責められるから
  生き返ってほしくない  という意味のことも言っていた

  わからない



子供を亡くした親の悲しみが続くのは複雑性悲嘆ではない

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 facebookの友達の友達の友達の
   医師が「グリーフケア」を信じていて
 私の投稿をシェアした人にコメントを書いていた
 
  緩和ケアや家族ケアとグリーフケアは同じだという
   子供を亡くした親の複雑性悲嘆をケアしているというコメントに
 あああ・・・・・・・・
     ダメな心療内科の典型だ!と 思ってしまった

そもそも 複雑性悲嘆という概念が間違っている
  自死遺族の支援を国が決めた時
    その基本となる調査のアンケートがあり
 厚労省に意見を申し入れ
   何度もFAXを送り  当時の担当の一人だった
                大野裕医師にも疑問を呈し
   厚労省主催の自死遺族支援のシンポジウムで
      講演をしながら 会場にいる担当者たちに問いかけたことがある

あなたたちが作ったアンケートに答えるとして
    子供が死んで とても楽しいですかに〇
              とても食欲はありますかに〇
              ぐっすり眠れるに〇
              毎日ルンルン気分ですという結果が正常のようですが
   それっておかしくないですか?
子供が死んで 毎日楽しくて楽しくて 気分もルンルン 異常ですよね?違いますか?
と 問いかけた

しかも半年や1年で・・・・

   子供が生き返ったら 楽しくてルンルン気分になりますが
      生き返らせてくれますか?と

  この医師も  
    遺族の悲しみに精神薬を投与しているのでしょうね
   もしかしたら漢方薬ですから・・とかいいながら

悲しみが続いて普通です
   15ねんたっても 悲しみは同じようにあります
      突然 立っていられなくなる時だってあります

   子供を亡くした悲しみが 半年や1年で 回復するなんて
     回復しないのが複雑性悲嘆だなんて
  バカバカしくて
 お話になりません

   そんな簡単にケアされて 消されてたまるもんですか!
    息子と私の間にある 愛と悲しみ

 私の息子への愛は誰にもケアなんてできない
     私の悲しみも ケアなんてできるわけがない

  悲しみのケアって なんでしょう

   息子を忘れない限り  続く悲しみ
悲しみが消えるということは
  息子を忘れること

親として 絶対にありえない

  我が子を忘れるなんて
 我が子を亡くして
 悲しみが消えて ルンルン気分になるなんて

    もしも そうなったら 私は私を許せない

 息子がいいよ・・・と 言っても
  私は許せない自分を

だから
ずっとずっと いつまでも 生きている限り
 この悲しみは抱えて生きていきます


              
プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
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仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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