自分が推薦してもらったように・・・どなたかを・・・

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昨年の11月
 社会貢献支援財団の表彰式を終えて

  推薦してくれた方がいて 帝国ホテルでの式典に

    息子が亡くなって 晴れやかな席は初めて・・・

  田中幸子個人の活動を認めてくれました

夫と二人で15218619_1252542674808742_653613406_n.jpg

  表彰を受けた団体や個人が 今年の表彰を受けてほしいと思う
  団体や個人を推薦する資格がある
     
    財団の選考委員長である内館牧子さんは
      自分たちが推薦されたように 周りに目を向けて 推薦してください
   といわれました  どなたがいいのか・・・
      考えています
恩送りです

    私を推薦してくれた方に感謝して・・・

   
    今月は名古屋に2~4日
       22日東京(厚労省)
  24日(円卓会議主催のシンポジュウム)衆議院議員議員会館で17時から
     泊まって
  25日「藍の会」
  26日 東京に行き、3月のオーストラリアでの会議での発表の打ち合わせ

 28日 ワンストップ事業の最終検討会

   3月2日は茨城県常陸太田市に~

       自死への偏見と差別解消のための啓発活動

       遺族に元気で生きてほしい
   遺族を増やしたくない

     普通に生きている人を 死ぬほど追い込む社会
  
     うまれて生きてきて  良かったと思える社会を・・・
         あと どのくらいの年月が残されているのかわからないけど
   いのち続く限り  続けて行きたいとおもう
     少しでも  人にやさしい日本社会であるように・・・


       20090610014807.jpg
       
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日程


21日から23日まで
お風呂の改装工事

24日は河北新報に行く  つむぎの会

 25日は 遺族の茶話会なのですが 
  郡山市の「えんの会」の活動応援のために郡山市に行く

27日  藍の会留守にして  東京「帝国ホテル」
  社会貢献支援財団から表彰を受ける
28日も同様


29日は 朝日の取材

1日はサロン

2日 宮城県自死遺族支援連絡会主催のシンポジュウム
3日 藍の会10周年 フォーラム
4日 茨城県常総市 「弘経寺」さんの法話の会に参加
5日川崎市内で合宿のセミナー
  3時に抜けて厚労省の大綱見直し会議に参加
6日川崎市内での合宿セミナー
7日 仙台市「慈恩寺」さんの法話の会に参加
9日茶話会
11日静岡市 
12日東京 自死遺族等権利保護研究会 忘年会
13日みやぎの萩ネットワークの幹事会
15日藍色のこころサロン・みやぎの萩ネットワークの例会・忘年会
17日尼崎市「法輪寺」さん法話の会参加
18日帰宅
22日 つむぎの会 エンパワーメントランチ会
24日藍の会
26日 厚労省の大綱見直しのための会議2回目

ゆるやかにつながれる活動

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書くことをためらっていたことがある
 やっぱり自死遺族は・・・と言われたくないから。
でも書くことにした
 それは自死遺族だから起こることではなく、人間だから起きる行為

 個人的な感情の好き嫌いで 遺族の会へ参加している遺族を批判すること

 人間は好きときらいはある
   嫌いな人と一緒にいたくないのはわかる
  しかし 自分の好きときらいで 参加する遺族を排除することはいかがなものかと思う
     人の悪口をいうのもどうかと思う

仲良し同士で 言ったらいい

  私が嫌いな人を排除しないと私は参加しないという人もいる
      その時その人の言うとおりにその人が嫌いな人を排除したらどうなるでしょうか
   次に その人のことが嫌いな人がその人を排除してほしいといったら
      その人のことも排除・・・することになるのですが
   最初に排除をしないと参加しないという人は
  自分が排除の対象になることもあるということを想像していない
  誰からも好かれるはず・・とでも思っているのでしょうか
      あの人が嫌い この人が嫌い
   そんな感情をあらわにして 活動はできません
       くる人拒まず 去る人追わず

    できる限り 誰にでも公平に・・・
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     個人的な集まり・・・公的な集まり
 公的な集いは一定のルールはある
    ルール以外に運営側の個人の好き嫌いの理由では 参加の拒否はしない
 たとえば 自死遺族の集い
  オープンな集い(参加資格を厳選し、選別しない・参加したい人は自由に参加できる)
     あの人のことが好きではないから排除する 悪口を言う
      そんなことは 運営側はしてはいけない
あくまでも公平に 自死遺族なら誰でも参加できますよ・・・ただしルールを守ってくださいね・・という会
 この人は好きだけどあの人は嫌い・・という会があるとしたら「仲良し会」
    仲良し会は仲良し会であって 公的な集いではない
  クローズな会である
 社会に開かれていないことになる
     よくある行政の自死遺族の集いと同じ
自死遺族への面談が行われている
  会に参加できるかどうかを面談で決められる
 参加したくても お許しがなければ参加できない
     参加したいために 運営者に嫌われないように 気を使い参加するなんて
           誰のための会でしょうか
 運営者のための会であって…参加する遺族のための会ではない

 個人的な感情と会の運営は違うはず

   個人的感情は表さないことが運営者側のルール

 感情を表さないのではなく 個人として参加してくれる人を好き嫌いと感情で見てはいけないということです

    主催者に好かれるようにしている会・・それは個人の会「仲良し会」
      一般公開して参加を促すものではない

行政主催の自死遺族の集いで 面談があることも解せない

また 行政が 自死遺族の支援団体への支援はするのに
            自死遺族の自助グループへの支援を拒否するのも解せない

   行政は公平に・・・が基本

     行政は支援団体は好きだけど自助グループは嫌いだから
      支援はしたくない・・・ということはあってはならないことです

   そして
        地元の自死遺族の団体が住んでいる県や市の対策会議への参画を求めたとき
           県外の自死遺族団体が入っているからという理由で断ることはあってはならない

   県や市の対策会議は 県内に人材がいない場合はともかく
   県内に参画を求めている活動団体があるなら 地元の団体が優先である

     県内の自死の問題は県内の人材で対策をすることが基本ではないでしょうか
 県内の自死遺族の声を無視して排除して  
   県外の人を委員に任命することはいかがなものかと思います

  それは ただ単に 好き嫌いでの判断だとしか思えません

       公的な集いや公的な機関の委員・・・好き嫌いで判断してはいけません

       遺族同士も その居場所に嫌いな人がいて顔を会わせたくもないとしたら
           自分がその場に行かなければいいだけ
 
     その人が嫌だけど  他の人たちと会いたいから参加しようと思うのもじぶん

  
  個人の自分と 公的立場の自分
       思考や言動は分けなければ・・・と思います

5月の日程

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12日はみやぎの萩ネットワークの幹事会
13日は 東京
 自死遺族等権利保護研究会の定例会

 泊まって 次の日14日は  郡山市の「えんの会」に参加
   15日は大河原町・・・の「マロニエの会」
19日は藍色のこころサロンとみやぎの萩ネットワークの例会
 22日は大阪市 自死遺族の交流会へのお手伝い
  23日は神戸で講演
   近畿ブロック浄土宗青年会に招かれてます

昨年の9月の京都府と京都府宗教連盟に招かれて
京都市と宮津市と連続二日の講演をしたときに 反省点がいっぱいだったので
 (自死遺族への差別問題をテーマにしました)
   わかりやすく自死遺族としての思いを伝える言葉を探しています

次の日の24日は大阪の自死遺族と個別にお会いします
 
   26日は「つむぎの会」子供を亡くした親の集い
27日は
衆議院議員会館でシンポジュウム開催
29日は「藍の会」

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ずるい人 岡知史氏のエッセイ

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「ずるい人」岡知史

ずるい人に、あなたは怒っている。
「ずるい人は楽をして、得をしている」
「私はまじめにやって損をした」と訴える。
ずるい人は、あなたを見て嘲笑(わら)うだろうと、あなたはいう。
たしかにそうかもしれない。
あなたが何日もかけて手に入れたものを、あの人は、
さっと横から奪ってしまったのだから。
公平じゃないというのですか。
確かに公平ではない。
規則を破っているというのですね。
確かに、あの人たちは規則を破っている。
でも、気をつけてください。
ずるい人に、そんなにまで怒るあなたは、もう思いはじめている。
「私も、そうすれば良かった」と。
あなたは、ずるい人になりかけている。
ずるい人は、なぜ、そんなことをするのでしょう。
疑問に思ったら聞いてごらんなさい。
「だって、みんな、やっていることだから」ずるい人は、そう答えるでしょう。
ウソではありません
ずるい人は「みんな、ずるいことをしている」と思うから
ずるいことを平気でします。
ずるい人にとって、正直なあなたは、その目の中に入っていませんでした。
あなたが、いままで正直だったのは、「みんな、正直だ」と信じていたから。
だから、ずるい人を見ると心が揺れる。
ずるい人が「得をしている」と思い、あなたも、その仲間に入れば、
ずるい人はきっと笑うでしょう。
「みんな、ずるいことをしている」という
自分の考えは当たったのだから。
でもあなたは、一つ見落としている。
それはずるい人が「みんな、ずるい」と思っている事。
その人にとっての世界は、ずるい人でいっぱいなのです。
ずるい人はずるい人に囲まれて暮らしている。
いつも騙されないように、利用されないようにと気をつけている
うっかりすると大切なものを奪われるかもしれないと、
たえず目を光らせている。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
 欲の深い人たちは、他の人もみんな欲が深いと信じている
奪われないようにいつもビクビクしています。
人を傷つけて平気な人は、
誰もが平気で人を傷つけると思っている
だから自分を守るのに必死です。

あなたが正直であっても
決して損はしていません。
あなたは正直な人に囲まれて過ごしています。
それはずるい人たちが味わえない 日々に違いありません

・・・・・・・・・・・・・
「ずるい人」になりかけたことが何度もある
  楽して認められて ・・・いいなぁ~と。
個別相談を減らして 講演に力を入れて 取材してもらい
   金を得て・・・なんてことを・・・
有名にはなれるだろう
 講演にも呼ばれるだろう
・・・
いや 違う 私の原点は息子の自死
   息子に認められ・・・遺族が元気になってくれたらいい
 自死が減り遺族も減り・・・
   活動が必要でない社会が目的