fc2ブログ

今日は「藍の会」(自死遺族の自助グループ)

ヤンバルセンニンソウ

3月はいつもにもまして 忙しく
  ブログに向かう余裕がないまま 27日になってしまった

 この頃特に遺族からの相談が多い
      団体が知られてきたのかな・・とも思うけど・・・・・

 それとも 泣き寝入りをしない 遺族が増えてきたのかもしれない

   死んだ・・・んだから 今更何をしても仕方がない
      という
  遺族がほとんどだった時代があったが
    パワハラやいじめ 過重労働
    体罰や 医療過誤
       賃貸物件の賠償金など
意識が
      高くなってきた気がする

 裁判まではできないけど
  労災申請
  調査委員会
      賠償金についても  弁護士や司法書士を通して交渉する
など
  ある程度原因が想像できる自死については
        亡くなった人たちの名誉のためにも
          遺った人たちが
行動を起こしてほしい
  と   願い活動をしてきた

また
「悲しい」という気持ちは病気ではない
  「涙」がでることも病気ではない

 愛する人が突然亡くなり
    楽しくて仕方がない
     これまで通り  笑え・仕事も楽しく
   気分も落ち込まず
   ルンルン気分
       食欲旺盛  ・・・・
というほうが
異常でむしろ病気のような気がする

 悲しい気持
   以前のように 仕事ができない
元のような生活に戻れない
亡くなった人の事が頭から離れない

 涙が突然出る
   涙がとまらなくなる

眠れない  苦しい  つらい さみしい

人間として普通の症状

精神科には行かない事
   診療所クリニックも同じ

  クスリでは解決できないこと

      時 と 涙 と 話
  
が必要です

  遺族ではない人たちへのお願いは
精神科の受診を勧めないでください   ということ

時間がたてば  あなたに合わせて  笑うようにしますから
   時間がたてば
幸せなあなたの
  話題に合わせられますから

             少し時間をください

今日は「藍の会」
2006年から開催 16年目
       自死遺族だけでの「わかちあい」の会

  エルソーラ仙台(男女共同参画施設) アエル28階
  午後2時から~
       6時まで
 途中参加・途中退席OK

わかちあいは4時まで  4時過ぎからは「クールダウン」

    
         
スポンサーサイト



セルフヘルプ・グループ ~わかちあい・ときはなち・ひとりだち~

120628_3217.jpg

自助グループの研究者
 岡教授の本
   セルフヘルプグループ
~わかちあい・ときはなち・ひとりだち~というサブタイトル
アメリカのボークマン博士(セルフヘルプグループの世界的権威)
    を日本に招き 講演をして頂いたときにも
  この事をお話しいただきました。

自死遺族の集いは
 卒業をすることが目的

  自助グループを開催し
    主催者である遺族が、遺族として生きていくことをやめるという事で
        自助グループを閉会することがあります。
 
   7年たったからだったり 10年過ぎたからとかだったり
また
  新たな伴侶を得たから・・・とか
  様々です

  生きている人は全員遺族です
(9月のポストベンション・カンファレンスの中で岡先生が自分は父親を亡くしたが遺族という実感はないと話しています)
 が
遺族としての自分で生きていくのか
   遺族という意識はなく
    自分は自分として生きていくのか は その人が決めるもの
 自死遺族も
  自死遺族という意識からの卒業もあります

  自死で家族は亡くなったけど
     そのことにはこだわらず 意識せず
        自死という問題からは遠ざかり 人生を歩みたいという人もいます

 自死遺族の会は
   なくなるべき会です
 自死遺族が誰もいない社会を目指しているのが
       全国自死遺族連絡会です

会を卒業して
   数年ぶりにふらりと顔を出すのもありです
  そんな人もいます

また
会だけがつながりではなく
    個人的につながっている人たちもいます

また
そのつながりも  切れることもあり・・です

 仲良しクラブには してはいけないと思います

  残念ながら  新たに遺族になる人が大勢います
  その人たちも
      違和感なく 参加できる雰囲気を常に作ることが主催者の役目でもあり
        仲良しクラブの雰囲気は  あらたな遺族が
               交われないことになります
   
  来るもの拒まず 去る者追わず
   

miyako.jpg

ボークマン博士が横浜で講演した中でこのように話しています

  セルフヘルプ・グループとは
 「セルフヘルプ・グループ」の定義を紹介しようと思います
  これは私一人の考えではなく、アメリカ・カナダなどの研究者が合意している定義です。

グループの前提はまず
共通の病気や悩み、苦しみ、関心を持っている事です
それから
メンバーはグループを自分たちのものとし
自分たちで運営しています。
決して専門家が支配してはいけません。
共通の問題をわかちあいによって変えていく、解決していくのがセルフヘルプ・グループです。
もう一つ大事なことは、自分たちの間で体験的知識を作っていく、
そのことが大事です。
体験的知識は自分たちの生きざまによって
積み上げられていくもので、専門家の知識とは違います。
基本的にセルフヘルプ・グループは無料で行われます。
社会的変化にも意識を高めていき
権利主張の運動や異議申し立てなどの活動もすることもあります。
  ここで、自主的に自発的にグループ運営が行われる点は
非常に重要です。
あくまでも自分たちの価値観に基づいてグループ運営をしていく。
そこではたとえば、
精神分裂病にかかった人々が
自分たちに聞こえてしまう声をどのように聞いていくかを学ぶという事もあります。

自発的にそれは行われる。気持ちをあげる、もらう。という事は
無償の贈り物であって、
金銭を介するものではありません。
また、グループは自分たちで運営していくので、
いつどこで何時間くらい何をどのように話すのかも
自分たちで決めるのです。
このようなグループは
社会の中で目立った存在ではありませんが
異議申し立てをしたり
新しいネットワークを生み出すこともあります。


自分たちの問題を自分たちがどう名付け、考えるか
 自分たちが自分たちの問題解決を他者からつけられた言葉ではなく
自分たちがどのようになづけ、考えるかをやっていく。
ということは
その問題に対する意識にも変化が起きるのです。
新しい自分に対する考え方
新しい視点を発見する。
つまり
自分と自分の抱える問題の関係に対して
新しいみかた
考え方を持つことを「ときはなち」、つまり人間解放を意味する視点と私は名付けています。

まだまだ ありますが・・・・またの機会に書きます。

岡先生のエッセイ  ~ごめんねといわれて~

アズキナシ100503a-l[1]

上智大学の岡知史教授のエッセイから

✤「ごめんねといわれて」

精神遅滞者とか知恵遅れとか呼ばれている人たちが、年をとって40歳か50歳くらいになって入る施設がある。
ぼくが、そういう施設に遊びに行ったとき、施設の案内をしてくれた50代の当事者さん。施設を隅から隅まで案内してくれた。
例えば「ここは焼き物小屋で、僕たちはここで、いつも楽しく過ごすんだな」
「ここは食堂で、僕たちはここで、いつも楽しく過ごすんだな」という調子であった。残念ながらいつも同じような説明だし、何か質問でもしないと悪いような気がしたので、「ここは毎日使っているんですか?」「クラブ活動でこういう所も使うんですか?」と尋ねてみた。
しかし「わからない」「〇〇さんに聞いて」という。
彼には、僕の質問の意味がわからないんだと気がついた。だから彼の「僕たちはここでいつも楽しく過ごすんだな」という説明を繰り返し聞くことにした。
全ての施設の説明を終えると沈黙があった、すると沈黙を破るように,ぽつりと言った。
「ごめんね」
「え!何がですか?」
「ごめんね、僕の説明、よくわからなかっただろ」
「・・・・・・」
「僕はね、どうしてかわからないけど、うまく説明できないんだ。わかっているんだけど、説明しようとすると、わからなくなってしまうんだ。ごめんね、僕の説明、よくわからなかっただろ、ごめんね」
彼が「ごめんね」という言葉を何度行ったのか、よく覚えていない。
しかし彼のその言葉は、僕の胸に何度も木霊のように響いた。
彼は実に真剣に、せいいっぱいの説明をしてくれていたのだ。
あのとき「ごめんね」と
いわなければいけないのは、きっと僕のほうだったのである。

「ごめんねといわれて」より抜粋

岡先生の
「知らされない愛について」
「ほんのすこしの神に近い部分」
「砂の山の穏やかな傾き」

何度も数え切れないほど読んでいる
 理不尽さに耐えられなくなりそうな時・・・読む

その時々の心境で 心に響くエッセイがある
「ごめんねといわれて」
 「知らされない愛について」
「失われたいのちの意味について」
「人間の深さ」
「差別意識について」
「ずるい人」
砂の山の穏やかな傾き」
「ゆるされてあること」
など・・・

人へのやさしさを
  持ち続ける事の難しさをおもう

自死への差別と偏見払拭のためにも自助グループが広がって欲しい

resize0222.jpg

 自死遺族の自助グループが全国各地にある

 それぞれの地域で 自死遺族本人たちが 同じ思いをしている遺族だけでの集いを開催

   自死遺族は 病気とか事故とかと同じように
      自分で死んだんです・・・とは言えない   遺族が多い

   多くの場合は 病気で・・とか
        事故で・・とか
                  親戚にも言う遺族が多い

    それはなぜか

        それは 悪いことをしたかのような イメージがあるから

     家族の恥  親族の恥
      
   なんの根拠もない こと

   最後は自分で死んだ

    しかし 死にたくないともがき苦しみ 絶望感に苛まれて
      死ぬしかない・・と 思い込んでしまった
  
  思い込ませたものは何だったのだろうか

       本来 人間の本能は死にたくない  これが最も強い本能

    死という恐怖すら超えてしまうほど追い込んだもの

    多種多様な問題がそこには存在する

    だからこそ
国は
   誰もが追い込まれない社会を目指すと 自殺総合対策大綱に掲げている

    自死のその多くは 社会的要因によって追い込まれた末の死であると明言している

   社会的要因の中に

   亡くなった本人・・そして遺族も入るだろう

 しかし それだけではない

     それが社会的要因という意味である


  だが

    自死した人たちを 蔑む風土が日本にはある

      アジアは多いようだ

      この間 台湾の自死の対策に関わる人達との話の中で

     驚いた事は

 台湾では 自死で亡くなった家を「凶宅」と表現するという

    占いの盛んな国は 自死への差別と偏見が根深い感じがする

     縁起が悪い・・という意味なのだと思う

     死は縁起が悪いとされている国
       神の信仰の国が 死を忌み嫌う風潮にある気がする


    自死への差別と偏見は そのまま自死遺族にのしかかる

    そして 多くの支援者たちは
  自死遺族を特異な目で見ている

    他の遺族の支援は国が推進していないのに
自死遺族の支援だけが 国が推進している

  そこには自死遺族は特殊だという意味合いもあると支援者たちは思っている

   死にたくて死んだ 変な人たちではない

    遺族も変な遺族ではない

 ただ
   日本には自死への偏見と差別があり
     自死でしたと語ろうものなら

      珍しいものでも見るような罪人でもみるような 視線が注がれる・・・かもしれない

    という 恐怖心が遺族にはある

 だから

   普段の生活で 自死を語れない

   

   1か月に一度でも 1年に一度でも

     遺族が集い  遺族だけで語れる場所が必要だと思っている

そこには
 支援者は必要ない

 支援者は
 法的な問題  宗教的問題

    生活の問題  等々  専門家として支援をしてほしいと思っている

 心の専門家は その人自身
 その人の心の専門家は その人

悲しみもまた同じ

   遺族の悲しみの専門家 という 支援者なんていない


     自助グループが広がって欲しいと

 願い続けて
    13年目になりました・・・    

自助グループへの誤解

20120718174431.jpg

自助グループを広げてきた事で誤解をされることが多い

それは 支援者グループを否定していると思われている事
そして
 遺族以外の悲しみを認めていないように思われている事

   そうではないのです

当時・・今もですが
  支援者グループはたくさんあります

今から12年前は公開しての自助グループは皆無でした
  クローズな集いが一つ…不定期なクローズな集いが一つ

クローズでしかも わかちあいだけで
   一切の他の活動はしない・・という会です

  過労自死というくくりでは 過労死家族の会がありましたが
     そこはわかちあいの会ではなく 裁判等の活動の会

 自死遺族が純粋に自分達だけで悲しみや苦しみを話す集いは
  遺族になったばかりでは 探すことが困難でした

   そこで 自死遺族の自助グループ本人の会のたちあげをしました

それが2006年
   その当時は 遺族が公開して主催して会をするなんて
とんでもない事!だということで
    国も県も市町村も ボランティア団体も どこも誰も認めず
      批判の嵐  誹謗中傷だらけ
  差別されさげすまれ
      叩かれ踏まれ・・・裏切られ・・・
死を考えるほど追い込まれたものです

    自死遺族だけでの「わかちあい」の時間が欲しかっただけなのに・・です

そしてかなしいだけではなく「生きて行く」ために
「総合支援」が必要と思い
   法的な専門家を含め 行政や社会福祉士の方々のつながりを求めて
      お願いし続けました
  
差別ではなく 区別し  ゆるやかにつながりあう事が
  必要であり大切だと思ったからです

  それが遺族支援・・遺族が元気に生きて行くために必要だと感じたからです

 保健師やボランティアが主催の会はそれなりにありました当時も・・・

  でも それでは参加できない遺族がいる
だから
 自助グループを立ち上げた・・・だけ

   誰にも語れない死
     自死だと言えない遺族
世間に知られたら 差別偏見の目で見られる
    誰にも言えない
    病気だ事故だと嘘をいいながら 生きている遺族

・・・・だからこそ 自死だという事を話せる場所が必要でした

    一つもない自助グループ
  そこから広げてきた・・・だけです

   支援者は最初から元気で幸せです
  会の立ち上げも簡単でしょう
    行政の支援も受けて・・・
  新聞等マスコミの取材も可能でしょう

 でも  遺族はそもそも悲しみを抱えながらの立ち上げです
 顔も名前も公開して取材なんて・・・ハードルは高いです

そんな中で  遺族たちは頑張って自分たちの集える場所を作ってきました

  支援者の会は全国に200か所あるという事です
  国の調査です
全国47都道府県全部にあります
一つの県に10か所の支援の会が存在するところもあります

   東京都などは 行政も含めて、ボランティア団体や病院・教会・僧侶も含めて支援者団体は
     30は超えると思われます

 その中で東京の自助グループは2か所だけです
だからこそ
  多くの遺族が参加しています

 私は遺族の自助グループを広げてきました
それはわかちあいの時間は・・・というよりも
  わかちあいというものは  当事者本人たちだけでないと無理だとおもったからです
 
そう考えたら
 恋人を自死で亡くした自助グループ
   友人知人を自死で亡くした自助グループ
そこには
親族は入れない・・・という会があってもいいのです

 兄弟姉妹の自助グループもあります
 子供を自死で亡くした自助グループもあります
  親を亡くした自助グループもあります

他者を入れない・・・のが自助グループですから。


恋人を自死で亡くした気持ちは 子供を亡くした私にはわかりません

知人友人の気持ちもわかりません

   お互いにお互いの悲しみは分かり合えないのだという事を理解し認め合うこと・・

    が 大切ではないでしょうか

遺族が立ち上げた会が他者は入れない・・というなら
 それを認め
自分たちの居場所は自分たちで作ったらいいだけです

   遺族も必死で 作ってきたのですから・・・

多様性を認め合い  ゆるやかにつながりあえばいいだけです

   それらを選ぶのは遺族であり 当事者です

 恋人の会も友人の会もあったらいいと思います

  誰でもが参加できるシンポジュウムや講演会・フォーラムや
  サロンや研修会・懇親会もあります

   わかちあいは同じ苦しみ・同じ悲しみ・・
同じ体験をした人たち・・・

耳の聞こえない人たち・・・
  ガンの患者同士
  難病の会・・など  自助グループはあくまでも同じ・・・体験
   
   分かり合えない人たちに混ざってもわかちあえませんから・・・

   お互いのためにも
        くくりは大切にして
参加できる集いや会合に
 参加することが お互いのためにいいのではないでしょうか

  支援者とも一緒にやれることはたくさんありますから。