気張らないこと

kozakura021[1]

 わかちあいの場所で悩んだ時 こんなことを話し合ったときがある

場所はどこでもいい
「カラオケルーム」でもいい
       ファミリーレストランでもいい    と

   自分が急に参加できないと気、会場を開ける人がいないとき・・・

遺族が来たから・・・・・・・行政に鍵を開けてほしい…なんて思わないほうがいい

     できる限りのことは自分たちでする…というのが自助グループの基本
       
   中止になったことを知らずに来た遺族のことを
     そこまで思わなくていい
   会場まで来た遺族だから・…大丈夫です・…ひとりで帰るから・・・
        そして  休会になった意味を知ったら 許してくれるから

 それが大人です

    同じ遺族が病気になっても家族が死んでも  会を開催するべきだとは言わないはず

       もしもそんなことを言う遺族なら   

                人間性を疑う

      何が何でも  地震が起きても  開催する・・・なんて思うと

         しんどい・・…開催する方もですが  参加する方も・・・

   気張って開催する雰囲気が伝わってしまうから

    気張らず・・・・・ふんわりと  さりげなく  

            わかちあいだけに拘らず   なんでもいいんですよ

      お茶会でも  サロンでも

法話の会でも

    ランチ会でも   ミニ遠足でも

         講演会でも     旅行でも

    その人が元気になればそれでいいんです


     人間は  考えすぎても  いい考えは浮かびません

       思い描いたようにならなかったから自死遺族になったんですから

         自死遺族になると思っていた人はいないはずですから

  「 内村鑑三」の本でも読んで、自分の内面と向き合う時間でも作った方が

         会の開催をあれこれ悩むよりもいいと思う
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言葉の意味  自助

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自助   他人の力をあてにしないで自分自身の力だけを頼りにすること


  自助グループ   

当事者本人以外の人がスタッフや主催でも・・・自助という・・という考えがあるが

   漢字の意味を無視しています

自助がいいと言っているのではないんです

自助が正しいと言ってるのではないんです


自助は自助  ゆるやかもあいまいもない・・・・

   ハッキリときちんと明確に  まわりからもわかるような説明が大切です

  普通に自助だと信じて参加したら

     他者がいた・・・・・

  参加者は騙された・・とおもい  傷つきます

 参加する遺族の気持ち最優先で考えるべきです


    スタッフも主催者も遺族でなくても自助というなら

  自助グループと支援者グループという名称すら必要がないことになります

  なぜ自助グループや支援者グループボランティアグループ、専門グループと

    わけて名称があるのか
              分けるべき理由があるから

言葉の意味は大切です

    わかちあう
 
同じ悲しみ 同じ苦しみ
      同じ悩み


  同じ喜び


同じ・・・・・・・が  大切

    この美味しさを分かち合おう・・・・

この 感激を分かち合おう・・・・

     そこには 何があるか

共通の思い…同じ思い


   同じように美味しいと思えなければ分かち合えない

    辛いのが大好きな人と 辛いのが苦手な人では

  辛さのおいしさは分かち合えない

  片方は天国のようなおいしさを感じ

  もう片方は 地獄のようなまずさを感じる

      その二人は 辛さでは分かち合えない

     分かち合うとはそんなことかな。。。と思う

 悲しみのわかちあい

  悲しくない人が  どのように同じ悲しみになれるのか

    子供を亡くしていない人が
   どのように子供を亡くした悲しみを体感できるのか

    できない

 できなくてあたりまえ

    できないことを責めてるのではない

 悲しみがわからないのに  わかっている・・というから 「え!」となる

    わからなくてあたりまえ

     わからないんですが・・・・という姿勢が大切

  悲しみの支援を   他者がするというのは大変なこと

    同じ悲しみを持つ者同士のほうが簡単

  他者という支援者が 悲しみを聞いて・・・・・・・どうするのか

  どんなことができるのか

      それは  支援者として求められた場合のみ 有効となる

   求められていないのに  支援者になろうとそばによると
            拒絶される

     求められる支援者とは・・・・・・

        人格・品格・人柄そのものが支援者には求められる

    常に自分自身を高める気持ち  反省の気持ち 謙虚な気持ち

        厳しく難しい・・・と 私は思う

   しかし
 安易に  支援者になろうとする人が多い

    物質の支援は簡単

   心の支援は   自分への試練である・・・

   悲しみの支援は

  話し合いには入らず

     側面支援がやさしく簡単で傷つけない

    場所の提供   広報の手伝い

      寄付金集め・・・・ お茶の提供  片付け

     そして 求められた専門的支援

   

今日は子供を亡くした親の集い「つむぎの会」仙台

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子どもを亡くした親の会

「つむぎの会」仙台 今日は「わかちあい」の日

少し少なめで16人の参加

   桃生町のガーベラ農家さんから いつものように「ガーベラ」が 届き


      感謝


  気仙沼「つむぎの会」
石巻「つむぎの会」
 仙台「つむぎの会」
岩沼「灯里の会」

   4カ所に 毎月送ってくれている ガーベラ農家の素敵な女性

     感謝感謝  感謝です



   言葉にならないほどのありがとう  


     京都のお寺さんからも ずっとお菓子が送られてくる


    スイスからもチョコレートが届けられる


   そして、変わらずご寄付を続けてくれる人もいる


    お地蔵さんや、天使・・・数珠

     本当に様々なたくさんのご支援をいただいて

        会を開催してきました


 どれほど  多くの方々に支えられて 活動ができているのかと思うと


    亡き人たちの恥じないような


     亡き人たちをガッカリさせないような


   生き方をしなければ…申し訳ないとおもう


    順番に恩送りをしていけたら…と願う


   

気仙沼のつむぎの会も 今年から様々な形で子どもを亡くした親の会として・・・開催 感謝

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気仙沼の「つむぎの会」の遺族から連絡をもらった

  もともとの「つむぎの会」は様々な形で子どもを亡くした親の集い

震災後 震災で子どもを亡くした人たちの集う場所として
 石巻市・気仙沼市にも「つむぎの会」を開催した


 その後 運営を石巻市と気仙沼市は震災で子どもを亡くした親に任せている

   石巻の親たちは震災以外でも子どもを亡くした親を受け入れるように
 なっている・・・

   自主的判断・・・と思っている



 気仙沼でもおなじように 震災以外でも
子どもを亡くした親を受け入れたいということだった

すごいことです

 石巻も気仙沼も  震災で子どもを亡くした人たちが

   自分たちの判断で  子どもを亡くした 親の気持ちに 思いを馳せられるようになった

    すごい

  ありがたく 感謝でした

  自分たちだけではなく  病気でも事故でも 子どもを亡くした親と「わかちあう」

    気持ちが 湧き起こったことは すごい


  子どもを亡くした親が 話せる場所が無いのは辛い

    これで全ての「つむぎの会」は
本来の様々な形で子どもを亡くした親の集いになった   


    つむぎの会に参加している人たちに感謝です ありがとう

 皆さんのご協力があって・・・

    会は 信頼できる場所であり続けられます


       昨日は気仙沼から をいただきました

8年前・・・自死ということばは使われていた・・・先人たちの活動のおかげで・・・感謝  30年前は自殺者遺族だった

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自死ということばは  野田先生や平山先生・・・その他の方々も ずいぶん以前から使っていた

   自死遺族ということばも  私が息子を亡くしたときは使っていた

  多くの人たちが 伝えてきた下地があって

       今 流れができてきた・・・とおもう

   活動が実るとき・・・自分だけの力ではないことを こころに刻むこと

    周りが・・・褒め称えても  決して  おごらないこと

     私たち遺族の活動は  家族の自死・・・という

    いのちの犠牲の上にある活動だから

          常に 家族の自死を 思い  活動を・・・とおもう


    自死への差別問題も

         表に出て活動はしないが

       取材を受けてくれた遺族がいるから 社会問題として取り上げられるようになった

     私は 表にでて活動をしているが

           表にでていない  遺族の協力と悲しみとともに活動をしている・・といつもおもう


   先人たちが・・・光で照らしてくれていたから・・・
         道を歩いてきた

      

    藍の会をたちあげたのは

    遺族に会いたかったから

        自分が生きて行くために

  
     代表という言葉は嫌い

        私は  対外的に仕方がないので 
 代表・・・世話人どちらでも・・好きなように使ってください・・という

  名刺には 肩書きはない

      遺族同士の間で  代表も世話人もいらない

     行政やマスコミ・専門団等が求めるので・・・とりあえず代表・・・ということに

     ネットで検索したら
    代表・世話人・・・会長・・・と表記されているが  どうでもいい


     田中健一という長男を亡くした母 田中幸子

      ただ それだけ


   会はたくさん 主催しているが

     他の遺族に主催を任せた会もある・・・

        立ち上げて・・・ゆずり・・・たい
  
      藍の会と連絡会以外は・・・

 
      それぞれの地域の人たちで主催して欲しい

    秋田は 完全独立

    山形も半分

    石巻は完全独立

   気仙沼も・・・岩沼も・・・

  

    それでも  皆さん  私に気を使ってくれる
       ありがたいことです

     会を立ち上げただけなのです・・・