自助グループの考え方

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 自助グループの活動への誤解が多いように思う

    支援者や支援をしようとしている人たちは特に誤解が多いように思う

  自死遺族の自助グループの活動
同じ悩み同じ苦しみ同じ悲しみを持つ者同士で話をする「わかちあい」の集いの場
 「わかちあいの会」
この時間を最も大切とする
   わかちあいは 同じ体験をした者同士で同じ体験を話す

自死遺族というくくりの自助グループなら 自死遺族として・・・
  子供を亡くしたくくりの自助グループなら 子供を亡くした親として・・・
交通事故の遺族というくくりなら交通事故の遺族として・・・
 つなみで・・・というくくりなら つなみで亡くしたという自助グループ・・・・

 乳がんの患者というくくりなら  乳がんの患者としてのわかちあい・・・自助グループ
  子宮がんというくくりなら 子宮がんの患者同士のわかちあい…自助グループのわかちあいの会

  たくさんの  くくりがあり  それぞれが自助グループのわかちあいの会の開催でいいと思う
   私は震災で家族を亡くしていないから 震災の遺族のわかちあいには入らない
   わかちあうものがない

 家族を亡くした人たちの自助グループ というくくりなら 震災も事故も病気も天寿全うも・・・
     すべてのi遺族と わかちあえる

 くくりはしっかりと明記し 守られるべきだと思う
 参加したい人は くくりを選んで 自分が行きたいと思う自助グループに参加しわかちあうことができる
  今日は自死遺族というくくりのわかちあい
  明日は 自死で子供を亡くしたというくくりの自助グループに参加
明後日は 子供を亡くしたというくくりのわかちあい
 明々後日は 家族を亡くしたというくくりのわかちあい
  と
    選択ができる

  そして わかちあいの時間以外はオープンになっている会が多い

藍の会は
 クールダウンの時間は 自死遺族以外の参加もOk
 懇親会は誰でもOK
 もちろんフォーラムも講演会も誰でもOK

ただし「わかちあい」の時間は 当事者本人のみと分けている

 また 「総合支援」を目的としているので
 さまざまな専門家と連携している
  連携とは「わかちあい」に入るのではなく
 自死遺族に専門家に求める問題があるとき 専門家につなげ相談に乗ってもらうという連携

  精神科医も弁護士も司法書士も税理士も宗教者も含めて様々な専門家が
     わかちあいではなく普段の仕事の中で 必要があれば応ずるという体制を整えてくれている

   それが「総合支援」を支えてくれている
決して 遺族以外の支援を排除しているのではない
  むしろ  連携をお願いしているのです

 遺族同士ではできないことがたくさんあります
   どうか 私たちにできない支援をお願いします・・と。

    どうして 遺族の悲しい話を聞くことだけが支援だと思うのでしょうか

 専門家以外にも
   わかちあいの会にお茶を寄付して頂くだけでもありがたいこと
    お菓子の提供をしてくれたり 場所の提供や 広報の支援
 専門家につなげる支援・・・たくさんの支援の方法があります

  遺族の悲しい話を聞くことだけが支援ではないと思うのですが・・・

 国には国にしかできない支援
 県も含めて地方自治体にしかできない支援
  法律の専門家にしたできない支援
 国家資格を持つ人にしかできない支援
  宗教者という人にしかできない支援
      
遺族にしかできないこと…もあるのです

  区分けして 連携することが 総合支援の実現につながると思うのです

 この主張 このお願い 間違っていますか?
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講習会という支援

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シングルマザーへの支援
 被災者支援
 貧困支援

   縫製やパソコンを教える講習会の開催
     
       仕事の紹介はしない

   講習もありがたいが 仕事の斡旋のほうが役に立つ

     ハローワークに行って探すのは 大変

     パソコンの資格なんてないよりは
あった方がいいがそれだけで就職は決まらない

      通勤時間
          通勤手段
     勤務時間帯  勤務時間数

      欲しい給料と必要な給料と   年齢や他の資格の有無

        子供がいる場合は 保育園探しや 学童保育の有無 と 時間帯

         平日勤務  交代勤務体制  日曜日勤務の有無

   保健の有無  年金の有無 

           支援なら

        仕事が欲しい人の要望に合う仕事を探してほしい

      仕事がない  収入が少ない

            縫製を習っても    パソコンができても

         仕事は見つからない

          私は縫製の有資格者だが   収入と時間とを考えたら
                     そんなには就職先はなかった

      講習会の開催は  支援する人たちの仕事が増えるだけ
    参加者の仕事は増えない

          支援をする人たちは講習会の開催で忙しい

           仕事が欲しい人たちは  講習会に行っても 
就職は見つからない

        それが支援なのかな・・・・・

       補助金もらって   開催している団体が多いけど
          補助金で仕事場を作ってあげたほうが救われる人がいるかな・・・・・と思う

    

みやぎの萩ネットワーク

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昨日は たくさんの人たちにご参加いただき、無事に総会を終えました

   ありがたいことです

  つながりが広がりました

   帰宅が夜遅くでした

    懇親会~二次会~~~

これからが正念場です
            一歩・一歩・一歩

   相談者も参加~会の後に対応
今日もネットワークの一人に電話があったようです

   仙台に宮城に、石巻に、気仙沼に・…住んでいてよかったと思えるように
          みんなで連携し(
ゆるやかにしかし確実に)顔の見える関係のネットワークを作っていきたいと思っています

  県も市も・・・・・・・・・参加してくれ感謝m(__)m

それぞれがそれぞれでできることをしっかりとやっていく!
    66歳 今年は頑張ります

上智大の岡教授

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上智大学の岡教授は
 地方の自治体から「自死遺族支援」の講演を依頼されたときは
  支援者ではないので、そのようなお話はできませんとお断りされています

そのうえで 遺族と一緒なら「通訳者」「伴走者」としてお話ができますと伝え、
    遺族と一緒に 講演してくれています。

「悲しみは愛しさと共に」という本を書くにあたっても
     自分が書くと 違う!ということで  内容について悩みまだ書いていません

   私たちから依頼して、岡先生に協力してもらっているのですが
      謙虚な方です

   大変おこがましいのですが ご一緒に歩かせていただけたらと思っています

  と  懇親会でも話されていました。

    遺族に思いを書かせてコメントを書いて
       論文を書いて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・有名に・・・

 そんな人ではないのです

  私がお世話になって信頼している ご住職が 
仙台の講演を聞いて「岡先生の人柄に触れただけで よかったー」と話していました

    そばにいるだけで「ホッ」とする人
       ほんわかやさしい気持ちになれる人

    尊敬しています

 研究者としても人間としても・・・

       肩書きは偉い人ですが・・・ (学部長)

無理が通れば道理が引っ込む

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あなたという言葉で死ぬほど追い込まれている遺族がいる
   遺族の団体があります

  自死遺族でもない代表は
          内閣府の会議で涙ぐんで訴えていました
「私も自死遺族です」といいながら

 あれ?
 いつから  自死遺族になったのだろうか

    キリスト教の教会誌の対談では
 自死遺族ではないと発言していた人が
  最近家族同様に暮らしてきた甥が実は自死で亡くなっています
  だから 私も自死遺族のようなものです・…と発言

 3日 は  自死遺族です…と発言

    最近家族でも自死したのだろうか・・・
      子供?

  イヤ 誰も亡くなっていない・・・はず
        
    あなたという言葉が二人称だから
       自分を責められているようで辛すぎて  死にたい…ほど追いつめらています

   と   泣いていた・・・
    
    あなたという言葉で死ぬほど苦しむなら
   団体の代表はできない      
     
      かわいそうな遺族を演じて・・・・同情を集めて
         (遺族でもない人が)
   無理やりに
  出来上がったポスターの文言を変えさせた

      私は「死にたい気持ちに寄り添って」という
  「死にたい」という表現が引っかかる

      死にたいのではない
 死にたくない人が追い込まれて死なざるを得ない状況になった・・・・

  死にたくないからもがき苦しみ
 精神科に行き 薬も飲んだ

     そんな人が自死者の7~9割

        死にたくて死んだのではない

         死にたいから死んだというのは

   亡くなった人を思いやる気持ちがない

       自責の念はあっていい
    社会的要因の社会の一員でも私はある
    全部が私の責任ではないが
    全く私に責任がないとは思わない


    議員の圧力をちらつかせ  泣いて いうことを通す
   
     支援団体   ・・・・・・・・

あなたという言葉で死ぬほど苦しいなら
 精神科に行った方がいい

        尋常ではない  

   2000人以上の自死遺族の会員の声は無視
  数人の遺族が所属する支援団体の声が通る自死遺族支援

       今年は頑張る!!!!!!

         今年はもっともっと頑張る

こんな理不尽なことが通るなんて  ・・・・

一度決定したポスターを変えるには お金も労力もかかる
       どうでもいいようなポスターに
    権威を示して 何の意味があるのだろう

 その団体は たぶん  私たちが言って
内閣府のポスターを変えた・・・と
    言って歩くと思う