悲しみを抱えるという事

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 愛する人を亡くし 人生が悲しみ色に変わったとき
    どうやったら この悲しみを抱えて生きていけるのだろう
      と
     遺族は思い悩む

   でも よく考えてみてください

    思い悩む力があなたにはあるのです

     生きて行けるだろうか・・と思う気持ちがあるのです

   24時間 一瞬も亡き人を忘れることができない
    悲しみで息苦しい

 でも 食べて・・寝て・・・お風呂に入って
    できなくなったこともたくさんあるけど
       やれていることも たくさん

   できなくなったことを数えるのではなく
  悲しくても
  苦しくても  つらくても  切なくても
    気力がなくても
  やれていることがあるのです

   仕方がなく・・といっても

    食べて  トイレに行って お風呂に入って
 洗濯して
 泣きながらでも
     やれているのです

   それが 生きるという事
   その一つずつの積み重ねが  悲しみを抱えて生きるということ

  特別な生き方ではなく
   普通に 生活をしていることが 
   遺族には
悲しみを抱えて生きていること


   抱えて生きていないと思っているのかもしれませんが
      日々 生きている事は事実

   捨てられない 悲しみを
      知らず知らずに 抱えて生きています
     
     身体の一部となってしまった悲しみ
       悲しみがあることが あなたであり 私・・遺族

    精神薬に逃げ道を探さないこと
    精神薬をトラックいっぱい飲んでも
     悲しみから逃げられないのです

    だって 身体の一部なのですから

 どこにいこうが たとえ記憶がなくなろうが
     愛する人を亡くした悲しみは消えていないのです

    それなら  しっかりと身体に刻み
   悲しみを自分の一部として認めることです

 ジタバタもがいても  悲しみは一緒

 覚悟を決めること

    亡くなった愛する家族を思うなら

     覚悟はできる

    生きている私の悲しみなんて 

 亡くなった人に比べたら大したことではない
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本日は福祉プラザでシンポジウム

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今日は「宮城県自死遺族連絡会」
(県精神保健福祉センター・いのちの電話すみれの会・グリーフケア研究会・東北希望の会・藍の会)
   主催のシンポジウム

基調講演は杉山春さんテーマは「自死は向き合える」

    昨夜 私の配布資料を印刷し 準備
       「藍の会」の活動も含めて 全国自死遺族連絡会のlことも少しだけ・・と思っている

   また仙台での開催なので「いじめ自死」についても・・と資料を作った

    震災後 宮城県のマスコミは 自死については関心がなかった
   どんなにお願いをしても 取り上げられることはなかった

      被災者支援や 被災者の心のケア
          遺児の心のケア
   震災一色・・・
       被災地で自死がおきても 知らんふり
      以前よりも被災地では語れない死となってしまった

      自死は日々おきている
        
          しかし  自死の事には 被災地ではなかったことになっている

     同じ死なのに  なぜ・・・

     阪神淡路・・・日航機事故・・
        もうずいぶん前の事だけど 被災地の遺族は関心を寄せる
  しかし身近な地域で 自死が起きても無関心

    自死は自分で死んだ人
     被災や事故は 死にたくなくて死んだ人
   自死は好きで死んだと思うのだろうか
  ・・・
  多少なりとも 心のどこかでそう思っている
           と私は  感じている

   自死も好きで死んだのではない
  死にたくて死んだのではない

  東京で厚労省のシンポジウムがあった時
    貧困の活動をしているNPOの代表が
  「彼らはヘラヘラ笑いながら死ぬんですよ」と発言

   名古屋から来ていた遺族は震えながら反論
     
     そのうえ その人は 支援者はとても疲れると発言
  それに拍手をして賛同した教授がいた
      
  NPOとしての 支援は強要されたものではない
    疲れるなら疲れないNPOの活動をしたらいい

      遺族がいることを承知で発言したその人や拍手した教授の無神経さに腹が立った
(私も講演したので、遺族がその場所にいることはわかっていた)

     支援者の心得の一つとして
  当事者を前にして「あなたの支援をするのは疲れる」と言ってはいけない
    と私は思う

   しかし支援者支援という意味不明な事を重要な事だと話す支援者が多い
   グリーフケアの研修にも組み込まれている

  それを聞いて 支援者たちは「そうそう大事」とか話している

      そんなことはマル秘事項とするべき
   自死を
     身勝手な死・・・特殊な死ととらえているような人たちに
         本当の意味での支援などできるわけがない

   仙台で3人の中学生が自死という異常事態がおき
   ようやく マスコミが自死に関心を寄せてくれた

    ようやく・・・
             
    しかし  まだまだ 日々起きている自死という問題よりは

       ・・・・
    なんだか
  余計な事を 話してしまいそうな気が・・
(10分ほど 話すのですが)

     他人事だと思っていた私の息子が自死し
        ボランティアが嫌いな私が  無報酬で活動をしている
           
   幸せな不平不満をいい
     好きなように生きてきた私が
   自死の問題だけを考え生きている

      誰もがある日突然 自死遺族になるかもしれない・・それが今の日本

   さて・・今から 福祉プラザに・・準備にいきます

9月9日のフォーラム無事終えました。ありがとうございました。


9月9日
長野市で長野県で活動をしている自助グループ「やまなみの会」の協力で
第10回全国自死遺族フォーラムを開催。

大勢の参加を頂き感謝しています。ありがとうございました。

  岡先生の講演
 自助グループの定義とわかちあい

いじめで子供を亡くした親の声

シドニーの報告

    自助グループとサポートグループの違い
     自助グループがいいとかサポートグループが悪いというのではなく
 自助グループではない会が自助グループと名乗っている場合も多い
   自助グループの研究者の間で定義はあるのです

   定義から外れた会は自助グループではない

    なぜこだわるのかというと

自助グループだと信じて 遺族以外は参加していないと思い参加したら
    遺族以外の人がスタッフでいたら
  遺族は戸惑い 参加したことを悔やむ
    遺族以外の人に遺族だと知られてしまったことも不安に思う

  また悲しみの体験のない幸せな人に 悲しい気持ちを話して惨めにさえなる

   岡先生は講演でこう話していた

  自助グループとは
    好んで入るのではない
    望んで当事者になったのではない

 当事者になってしまったから 当事者の会を運営しているだけ

   支援グループ ボランティア サポートグループは
    スタッフは
  望んでスタッフになっている
     支援をしたくて 運営している
ケアをしたくて参加している

   せっかく学んだスキルを役に立てる場所を求めてスタッフになっている

    自助グループ 当事者グループは
    望んで当事者になる人はいない
 誰も遺族になりたくてなったわけではない

   支援をしたくて 当事者になる人はいない
当事者・・自助とは 
     好んで参加しているわjけではない

当事者になってしまったから仕方がないだけ

   ルンルン気分で 自助グループを運営していない

  ウキウキもしない  参加者が増えることも望んでいない
大勢の参加はそれだけ自死が多いことにつながるから・・・

 自死はないほうがいい
  自死遺族が増えることは悲しいだけ
    自死遺族がゼロになってほしい
自死がゼロになってほしい

遺族の会は無くてもいい社会になってほしい

   悲しいけど 遺族は年々増えている

  自助グループは 運営は全て当事者
    スタッフも遺族
わかちあいの時間はもちろん遺族だけ

   開催や閉会・休会を決めるのも遺族

  でもフォーラムやシンポジュウムなどは全ての人に公開する
    懇親会も・・・誰でも参加できる

   自助グループは24時間対応 365日いつでも対応

 支援グループ・サポートグループは
   その時間だけの付き合い
 だから
 個人的な連絡先は教えない

  自助グループは個人の携帯もアドレスも教えつながる

会以外でも 会う
  一緒にランチもする お茶もする
  
でもサポートグループはしない

  あくまでも 時間内のお付き合い

   それは支援・ケアの時間と 自分の幸せな時間を区別できるから

    自助グループは  遺族は
      わかちあいの時も 普段の生活も いつも遺族
   遺族をやめることができない

支援者はいつでも支援者をやめることができる

   遺族はやめたくても遺族をやめられない

   保健師が主催でも自助グループと名乗っている会も多い

  遺族ではない人が代表なのに 自助グループという会もある

    遺族が代表でスタッフが遺族でない会もある

 遺族だけだけど 運営は病院や財団や支援団体がしている場合もある

   参加は遺族だけだけど教会やお寺が運営もある

 それは自助グループではない

  再度いう
    自助グループが良くてサポートグループが悪いと言っているのではない

   違うということです

  行政主催の会が自助グループと名乗っているのは
   訂正してもらいたい

  定義は大切です

   

9月の日程


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最近はこんなことが多いが ブログに向かう時間が取れない

   心配してくれて メールが届くこともある

 9月
 7日藍色のこころサロン 夕方からみやぎの萩ネットの幹事会
 8日遺族の茶話会
 9日  フォーラムの開催(長野)
   17日 宮城県自死遺族支援連絡会シンポジウム(仙台)
   19日 自死遺族等権利保護研究会(東京)
   21日 藍色のこころサロン・夕方からみやぎの萩ネットの外部講師による講演会
   22日 遺族の茶話会
   23日いじめの再調査委員会の傍聴
   24日野田先生の講演会 午後 藍の会のわかちあい
   28日 つむぎの会

 8月はさざれの集いに招かれて講演
 12月は徳島に~
 12月はワンストップの研修会や司法書士会主催の講演
  1月末頃には 茨城に~

 せっかくの講演の機会は 大切に 精いっぱいと思う
   講演後はいつも自己嫌悪に陥るが
     自死という問題に一人でも多く関心を寄せて欲しいと思い講演をする

   

2008年から開催し続けてきた自死遺族フォーラム 9月9日10回目 

20070408133330[1]

   自死遺族のフォーラム

 2008年1月1日に 全国自死遺族連絡会を立ち上げてから
   毎年開催している
今年で10回目
 2008年の第一回は 5月 仙台市のシルバーセンターで開催した

 午前中から始まり~夕方まで~
 遺族だけの講演者と発言者
    
  なぜフォーラムを・・と考えたのか
それは
 自死遺族がシンポジュウムに呼ばれる場合は
     遺族としての悲しい思いだけを求められ
        代表とかでないと講演の依頼もないことに疑問を感じたから

 遺族だって自由に発言していい
    代表以外にも 誰だって講演したっていい

  どこも誰も講演の場所を与えてくれないなら
    自分たちで発言できる会を開催しよう・・と思った
   
  自分たちで社会への発信の機会を作ろうと・・・

    わかちあいではない活動団体としての連絡会だから

仙台・東京・東京・京都・東京・仙台・大津・東京・郡山・長野
   来年は横浜

2回目からは岡先生を講師に連続9回目
 これまでの講師は故平山先生・日本社会福祉士会の上原さん
    アメリカの遺族フェーゲルマンご夫妻
      アメリカのボークマン教授
  司法書士の斎藤先生
     今年の長野でのフォーラムの講師も岡先生
 自助グループの研究者
海外でも日本の自死遺族の自助グループの事を発表してもらっています

  9月9日 長野市 JA長野県 ビル12階
    13時30分から16時30分まで

岡先生 自助グループの定義とわかちあい

 遺族  

いじめで子供を亡くした親たちの声

  シドニーの自死遺族支援の会議に参加して   
(ポストベンションカンファレンスオーストラリア)

  わかちあいは遺族だけの参加に拘っていますが
フォーラムは
 誰でもが参加可能です
    自死という問題に関心のある方
       自死遺族の話を聞いてみたいという方
 また 上智大学の岡先生のお話を聞いてみたいという方

     取材目的のマスコミ

自死遺族支援に関わっている行政の方々

   参加して 遺族の話を聞いてみてください

     様々な遺族がいることがわかるはずです

本に書いてある遺族ではない
   生の遺族の声を聞いてみてください

  参加費  無料です
申し込みも不要です