当事者本人の会と行政の会

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自助グループ

 当事者本人の会

    立ち上げては閉会となることも多い

自死遺族のわかちあいの集い
   遺族だけの会

   誰かが立ち上げ
      スタッフがいても  いなくても
         半年や5年・7年 10年・・・で 閉会となるケースがある

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それが自助グループ

   仕事として保健師が主催する会は
       担当の保健師が移動しても 誰かが担当になる
 それは命令 任務
     かかわりたくなくても  本心は面倒でも  仕事としてかかわる
  仕事の時間だけ

 仕事の時間以外は 遺族のことなど思い出しもしない

    それがあたりまえ

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 ボランティアはどうなのか

   ある支援団体は  日当や講師料 を もらっている

    行政に頼まれている支援団委の代表は  講師料と交通費をもらっている

    無料ではない

    当事者たちの自助グループは・・・というと

全てが無報酬
    むしろ 自己負担が多い

   交通費も お茶代も  自前

      会場費も・・・

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しかし

 行政の会  保健師が主催の会は
   国が対策を緩め  補助金も出さなくなれば
あっさりと
 閉会となる
   再開することもない

 支援団体も同じ

    自死遺族支援団体と言いながら
  震災が起きれば  遺族支援団体と定款をかえる団体まであるのだから


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藍の会は2006年に立ち上げた
   つむぎの会仙台は2007年
 全国自死遺族連絡会は2008年
 
    自死遺族等権利保護研究会は2010年

  藍色のこころサロンも遺族の茶話会も2007年

    続けてこれたのは

  いろんな人たちのおかげ

      閉会も自由
  立ち上げも自由

それが 自助グループ

  以前から  ずっと考えていること

   全国の自助グループに 1年に1回は  おじゃましようと思っている

    1年に1回フォーラム
  1年に1回シンポジウム
  は開催しているが

    参加できない人たちもいる

   つながりを大切に・・・

   していくとはどういうことなのか ・・・

      お兄ちゃんと相談しながら

       遺族の ・皆さん・・・・・ よろしくです
      
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悲しみは病気ではない 病院に行く必要はない

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愛する人を亡くした遺族の皆さん

   悲しみは病気ではありません

     気分が落ち込む
 食欲がない  ぐっすり眠れない
  悲しい  涙が出る  苦しい さみしい  虚しい
   気力がない  希望が持てない 楽しくない
      以前出来たことができない
人と会いたくない  
   ・・・・・・・・・
      やる気が出ない
  いつも 亡くなった人の事を考えている

   全部 普通です 普通の反応です

   愛する人が亡くなったことでおきた反応

     愛する人でなければ このような反応は出ません

        生き返らない限り  悲しみは消えません
     
悲しみは愛しているからこそ…沸き起こる感情

    愛を消すことができない限り 悲しみも消えません

   悲しみを消すことは 愛を消すこと

  愛を消して  忘れていいのでしょうか

  たとえば 私の場合
  息子への愛が消えて
    悲しくもなんともない

    そんなふうには なりたくありません

      子供が死んで やる気満々
          毎日が楽しくて仕方がない
   なんて
 母親には 私はなりたくありません
   また
そんな人は親の資格がない

    遺族になる前から 精神薬を飲んでいた遺族には
          薬をやめなさいとは言いませんが

   遺族になってから 精神薬を飲んだ遺族は やめたほうがいい

      何の役にもたちません

   出来なくなったことを数えるのではなく

     悲しいけど  ぐっすり眠れないけど
         少しは寝れてる
      ご飯も少しは食べてる
  お風呂にも入れる

     顔も洗える
歯も磨ける
  髪もとかせてる

     トイレにも行けてる

      お水も飲める

     そして 亡くなった人のために 葬儀もできた

        お花も供えてる

     電気もつけて 消して  カーテンも閉めたり開けたり

  できている

     それで十分 生きてる

      時間が過ぎると 厚かましく ずうずうしく ごまかすことができるようになる
        悲しみを~

   ごまかして 楽している自分が 時には嫌になる

    ひどい母親だと自分で思う

    美味しいものも食べたくなる

  毎日いっていた墓参りも
    週に一度 一か月に一度・・・となっていく

    残念な自分がいます

   悲しみは病気ではない
      病気ではないなら クスリは必要ない

     クスリは病気だから飲み 病気に効くもの
  悲しみは病気ではないから クスリは効かない

       時間は必要です・・・ごまかしのためにhekizanen_renngeshouma.jpg

啓翁桜



啓翁桜
 今年も仏壇には「啓翁桜」を飾り、年を越す

   家のどこにも正月飾りはない

息子が逝き 12年が過ぎた
 年賀状も書かない お供え餅もしない
玄関に正月飾りもしない
     正月らしいこと は 啓翁桜が仏壇に飾られること

 それと お餅が大好きな息子のために
    一昨日からお餅が毎日とっかえひっかえ 供えていること・・・

   お墓に 少し正月らしく 松の枝と縁起物の千両万両の花の混じった花束を供え
       明日の元旦もお墓参り
   
     忙しすぎて
  ブログを書く暇も 手紙を書く時間も
     丁寧に対応ができない電話やメールも多く

   反省の連続の今年でした

   野田先生にも ご意見を頂き 反省

     いじめの事案にかかわることが多く
      相談も増え 過労気味の日々

   やるべきことが ありすぎて 能力が追い付かない

     お世話になりながら  お礼が遅れたり
       と
 失礼を重ねている・・・

     でも
伝えて行きたいことが多く
  変えたいことがたくさんあり

    あれもこれも  目につく

  のめり込んでしまう 性分


健一が逝き ずっと自死の事だけにかかわって過ごしてきた

   自死の問題の活動をしている人や団体はほぼ知っている

  団体の流れも 国や県の流れも見てきた

    知らなければ 悲しい・・だけで終わっていたのかもしれない

    知ることは 社会への怒りとつながる

   理不尽な世の中
   ずるい社会
      ずる賢いのではなく  ずる悪い人たち

     金と権力   
          民間団体も 大学も 政治も議員も  教授も 医師も

       金と権力 

  人をおとしめ  恩なんて どこ吹く風

    社会は 大多数の無関心者と
       組織と肩書と・   テレビを含むマスコミが作り上げる有名人
          ほんの一部の人間で 社会の動向がきまる

   深い部分  問題の裏側を見ようとしない大多数の人達は
   表面だけで判断し
       洗脳されていく

      人が死んでも 生命保険が入るとねたみ
       賠償金が入るとうらやみ
          
          人の不幸が大好きな社会
    
   日本という国が大嫌いなりそうな今年でした
    仙台という街も嫌いになっていく自分がいる今年でした

   でも
      志高く すばらしい人たちとの出会いもいただき
      悲しいご縁の出逢いも含めて
           大切にしていきたいと思える出会いをたくさんたくさん頂戴した一年でもあります

   知らないことも教えてもらいました

     あたまの良いひとは  同じものを見ても 
         視点が違うということを痛感した一年です

    健一の13回忌も終え
       70歳を目の前にして
  決意を新たにしています

    なんと言われようとも

     やさしい人がやさしいままで 生きられる社会を目指すために
         喪われた命の意味を伝え続けます

今日も悲しいご縁がつながりました

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徳島に行ってきます

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今日から徳島市に行く。
 明日は人権研修の講演
    自死遺族等への差別問題について

    自死遺族等への差別問題は ようやく少しだけ知られるようになった

   ほんの少しだけ・・・ですが
でも   伝え続けなければと思う

   遺族が毎年10万人~15万人増えていると言われている

    せめて 遺族が  その周りが
   自死への偏見と差別をしないように…してほしい

   20年間の遺族は200万人から300万人

     決して少なくない

   しかし

    差別と偏見は相変わらず 根深くある

   亡くなった人にやさしくない社会

      自殺対策基本法も自殺総合対策大綱の存在も
        いじめ防止基本法や 体罰の禁止等々

     全く知らない 人たちが多く 関心もないのに

      差別だけは する

  無知の罪


    教育局も平気でうそを言う
       議員も普通にうそをつく

  大人は子供たちに嘘をつくことは普通だと教えている

      差別をする人は 心の貧しい人

    自分もまた 差別される存在になることを 気が付きもしない

   自分は特別な人・・という 傲慢な心根の人

    日本人も差別されてきた歴史があるのを知らないのだろう

    人を追い込み平気でいる人は
         闇を抱えていると思う

   仕事も勉強も 運動も
    人はそれぞれ
 友達が多い人も 少ない人も
  話が苦手な人も 得意な人も それぞれでいい

    絵が上手い人も 下手な人も
 音痴な人もいれば  歌が上手い人もいる

   声がきれいな人もいれば  濁った声の人もいる

  一つの方法での勉強ができなくても
   別な方法では 勉強が楽しく得意な人もいる

     同じである必要はない

    日本人は 規格が大好き

まっすぐなキュウリまっすぐなゴボウまっすぐな大根

  本来はまっすぐにはならない
     様々に曲がる   その中にたまたままっすぐもある

 
しかし 日本人は まっすぐな 大きさも均一なものを求める
 その結果
    人間も規格化しようと 発達障害の枠を広げた

    いまや 日本人の1割は発達障害らしい

     IQ140 から知的障害まで  発達障害

     少し前までは  うつ病はほとんどの人間はなる 風邪のような病気といわれていた

 いまは 発達障害が流行

   自分を・・自分の考えをきちんと持ちたい

     流されないように

  差別はいけないこと いじめはいけない事

 ウソも

    パワハラも 暴力も

    ダメです

   誹謗中傷も ・・だめです

17日に帰ってきます    


     

悲しみは病気ではない

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遺族の人たちへ

  悲しくて苦しいのは みな同じ
 あなた一人だけが悲しくて苦しいのではない
愛する人を亡くした悲しみと苦しみと寂しさと切なさと虚しさと・・・かなしさ
 会いたくてたまらない気持ち
   身体から力が抜けて 歩けなくなって たてなくなって・・・
      しゃがみこんで 一日中・・・何日も過ごしたり・・
  水も飲むことや寝ることが許せなくて
    記憶が消えて欲しいと思ったり
     消えたら忘れてしまうから 消したくないと思ったり

でも 苦しくて苦しくて 叫んでみたり・・
   暴れてみたり
  やつあたりしてみたり

   やりどころのない悲しみに潰されそうになっていきている

    でも 精神薬に頼ってはいけない

 精神薬とは病気だから飲む
  薬は病気だから飲むもの

愛する家族を失い 悲しい気持ちは精神病ではない
    精神薬を飲んでも 悲しみは消えない

   なぜなら 悲しみは病気ではないから・・・

  苦しい気持ちも消えない
    それは生きて戻らない限り無理

   泣き叫び 悲しい悲しい悲しいと言い続け
      精神薬を飲んでいたら
    生きて帰るなら  毎日朝から晩までr叫び続ける
でも
  天地がひっくり返っても 帰っては来ない

    遺族は嘆き悲しむ事だけでいいのだろうか

    つらいからと言って  精神薬でごまかしていいのだろうか

    助けられなくてごめんなさいという気持ちがあるなら
      きちんと生きてほしいと願う

  悲しくていい 苦しくていい  つらくていい
     仕方がないよ
        覚悟を決めようよ
 悲しくて苦しくて辛くて当然だと・・・

   だって 愛する家族が死んだんだから
   悲しくて辛くて苦しくて普通

   自責の念があるなら  受け止めませんか
  悲しみも  苦しみも  
         亡くなった人を今でも愛しているからなんだから
            と

   亡くなった後にも  してあげることはある

     何をしてあげるかは  それぞれ違うけど

        亡くなったことを嘆き悲しむことだけが 
            生き方だろうか

   自死の場合は 特に 遺されたものの生き方で世間の自死への見方がかわる

   幸せにはなれなくても
   普通に生きているだけでいい
       普通に生きていたら 自死した人の悪口はいわなくなる
   「やっぱり自死した家だから」
という言葉は
 遺族の生き方次第で「亡くなった人が守ってくれてる」に変わる

   私は自分への蔑みはいくらでもうける
   が 息子への蔑みは許されない

  だから 懸命に生きると決めている
     息子を蔑まれなくないから
 息子を人生の不運のように扱われたくないから

  息子の自死が 家族の運気を下げたと言われたくないから

    亡くなった 息子のために
       カラ元気でもいいから元気なふりして生きようと誓っている息子へ

   自死遺族のほとんどが精神疾患だとか
  自死遺族は知識がない
 自死遺族は貧困層だ
 自死遺族は無知
 自死遺族は家族への愛がない
自死遺族は常識がない
自死遺族は家族仲が悪い…等

    そんなことを言われている 
 
そんな偏見と差別は  自死した人への差別と偏見

しかも 祟りがあるとか
   
   それは 遺された私達の生き方で変えられると思う

   普通に生きてほしい

  私の悲しみ苦しみは 息子を今も愛しているから・・
    悲しみもまた私のもの 誰のものでもない私のもの

   消されたくない消したくない

  苦しくていい つらくていい
     息子を助けられなかった母として あたりまえ

  どんなに苦しくも悲しくても  息子の苦しみと悲しみには遠く及ばない

 息子はもっともっと悲しみ苦しんだ・・・

   このくらいの苦しみ 息子に比べたら なんということはない

遺族の皆さん

 悲しいから苦しいからと
精神薬を飲まないでください

    亡き人たちが 悲しみますから

  亡くなった人達を悲しませないように
  生きませんか?

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