平凡な人たちが天才を発達障害と決めつけて排除している日本

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発達障害の専門家は本来は小児科医
小児神経(発達)

児童精神科ではなく
 小児神経(発達)が専門家医

   通信簿がオール5の子供を発達障害という保健師
   NHKのEテレでも放送していた

  担任が発達障害という診断をするのもおかしい

  うつ病のチェックシートで あいまいな問診を設置して
     うつ病の枠を大幅に広げて 患者を4倍に増やした
  
    発達障害もチェックシートによる問診で 簡単に素人が診断名を付けられるようにした
    
    本来は診断は医師でなければしてはいけない

    遺児免許の持たない人が診断することはできないはず

 しかし うつ病も発達障害も 普通に医師でもない人が決めつけている
  
日本国民 全員 精神科の医師免許があるかのような風潮がある

     私うつ病!あなたもうつ病
   友達いないなんて発達障害よ
   
  生きづらいのは発達障害

 53歳の一部上場会社の部長も大人の発達障害だと
医師に言われ    信じて クスリを飲んでいる
  
たぶん部長になった責任感や仕事への不安が
  落ち込むことになった原因で 精神科に行っただけの人

 53歳 発達障害だとしても
 もう人生半分以上生きてきたんだから これまで通りでいいと思う
 今更
  友達がいないから 発達障害だと言われて
  薬飲んで 友達ができるわけもなく
      老いていくだけ

    スポーツ万能 頭脳明晰

    どこが発達障害?

  頭脳明晰な子供が 全員育てやすい子供ではない
そもそも
子どもはうるさく とつぜん騒ぎ 意味もなく叫ぶ(意味がないと思っているのは大人の感覚)
  子どもの行動には理屈と意味がある
それを大人が理解できないだけ

   授業中 キョロキョロしたり他のことをするのは
  先生の授業が面白くないから つまらないから・・・

   忘れ物をするのは 生活習慣の改善でなおる

     遅刻も同じ

     落ち着きのない子供もいる

    大人になっても  会議で叫んだり キョロキョロする人はいない

  もしもいたら 発達障害かもしれない

 発達障害とは脳機能の障害
    たいていは知能の低下を伴う
 オール5の頭脳明晰で発達障害という診断をつける保健師は
    無知 ただし知識を持っていない
     医師の言う通り 権威ある人の言う通り
疑問も持たない人
 言いなりに生きている人
  
      平凡な人たちが 有能な人達を 障害者だとしている学校という世界

      おそろしいことがおきている

 世界を変えてきた人たち発明家や芸術家研究者たち等々
エジソンもシェイクスピアも
棟方志功や野口英世も   現在では発達障害と診断されて 
   精神薬を飲まされて
           廃人にされている       
   
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追い込まれた末

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国の自殺総合対策大綱
「自死は追い込まれた末の死である」として
「誰も追い込まれない社会の実現を目指す」とうたっている

「死にたい人」ではない

〇のちの電話の標語に「死にたい気持ちに寄り添って」というのがある
「死にたい人」「死にたい人に寄り添う」とか
  死にたいという表現をする人たちが支援者には多く
  社会もまた「死にたい人」が死ぬのが「自死」という概念がほとんど

人間の本能である「生きたい」という人が大多数なのに
 「死にたい」と思う特殊な心を持つ人たちの死が自死
  という無意識の意識がある

 自死にかかわる 専門家や支援者でさえ 死にたい人という認識

  いじめも
いじめた側の加害者に注目しない
 いじめられた子供の性格や育てた親の責任に焦点を当あてている社会
  いじめた子供はそのまま放置
   いじめた子供の将来を考えて・・・というが
   いじめられて死んだ子供の将来は 考えてくれなかったから死んだのに・・
     生きていたんですけど・・いじめがなければ生きていたいのちで将来があったのです・・

いじめた子供だけが守られ
  いじめで死んだ子供は
  死んでも尚 蔑まれる
    発達障害とか思春期うつとか・・・
 いじめられやすい性格の子供だった
    親がいじめられれやすい子供だということを認識せず
        精神科の治療を受けさせないことがいじめが起きた原因だ
   いじめたのは
     そこにいじめられやすい子供がいたからで
   その子がその学級に存在していなければ いじめることもなかった・・・

   という言い訳
             いじめられて死んだ子供がいじめを誘発したかのような教育機関の
                答弁とマスコミ

    弱い人・逃げた人・がまんが足りない人
     いじめを苦に死ぬなんて・・・という認識

      いじめてはダメです 何の権利があっていじめるんですか

   人をなぜ追い込むんですか

なぜ 蔑み なぜ罵声をあびせ なぜ叱責するんですか
    なぜバカにするんですか

   人を追い込む人は  心が荒んでいます
    人を追い込む人は  不幸な人です  
      自信のない人

  人間のクズです

    今の日本は 幼稚なクズが多い

   息子が中学一年の時
     汲み取り便所で 数人に押さえられて
       大便の便器に頭を下げられ
  ズックであざができるほど  踏まれていたことがあった

    担任に相談したら
    「まじめすぎるんですよ」」と・・・

   まじめだと 便器に顔を突っ込まれて  あざができるほど踏まれていいのでしょうか

     あだ名をクソ健・・・
      それでいいのですか・・・

    学校と交渉を続け   
     子どもが担う委員会の委員を違うクラスの仲良しと同じに選んでもらったり
  2年はクラス替えはないのだが クラス替えをしてもらったりした

    息子のクラスは不登校が5人いた


  不登校の子供も 息子も
     そのクラスでなければ いじめられませんでした

 いじめられて当然という子供はいません

  いじめてはいけません
    パワハラもダメです

  罵声もダメです  ののしりもいけません

   人が人を追い込んではいけません

     死にたい人なんていません

     死ぬほど苦しめられているだけです

     最後の最後の 砦であるべき
       精神科医療も
  むしろ 追い込む側です

     自分たちの事は自分たちでやるしかない

   そして少人数でも やさしい心ある人たちはいる

     心のある人たちと 人のやさしい社会を目指す努力を続けるしかない

    自死しましたが
息子は頑張って生きようとしました
 生きてきました
    やさしい人でした

   やさしくて死にました

    死にたくて死んだのではありません

  言い続け伝え続けて行きます

自死対策が生活の糧・・・カリスマ?専門家?

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 12年間自死の問題だけを考え生きてきた
 息子が生きていたころは
   幸せな不平不満を言い暮らしてきた
  息子が逝き 24時間365日 いつもどんな時も
  自死の事だけ
    たくさんの資料も読み
   いろんなセミナーに出かけ 
   要望し
     意見を言い 講演もしてきた
本も書かせてもらった
  新聞にも寄稿や投稿もしてきた

    純粋に この問題だけで12年間生きてきた

    講演で得たお金は活動につかい
 年金も全て自死の活動に使い
      
     ご寄付も全部 自死の活動だけに使い
         相談を受け 会を開催し
      様々な人たちと交流し 連携を広げ
    意見を聞き 学び
      自分の見識を高め 自死という問題を多面的に視ることを考えてきた

   新聞に掲載されることや
 テレビで報道されることも 講演も
    なにもかも 自分が声を出すことで 少しでも遺族につながってほしい
またこんな遺族がいることを知ってほしい
   そして
元気で生きてほしいと思ってきた

  悲しい気持ちは  どうすることもできないと分かっているから
  せめて 元気で健康で生きてほしいと思う

   自分が出たテレビを見ることはほとんどない
       誰か必要な人につながってほしいだけ

   遺族である私を必要とする時に つながってほしいだけ

  つながらないほうが幸せな 縁ですが
      亡き人からのご縁が あった時は
          つながって・・・と思って活動をしています

そして
 誰も自死しない社会の実現
  自死遺族が増えない社会

     遺族の会が必要とされない社会

     そう願いながらの活動です

  この活動で 生活費を稼いでいる人たちも大勢いる

  支援が仕事の人たち

  支援の対象はあったほうが収入が増える
  支援の対象となる
    苦しい人が減ったら 支援者は必要とされなくなる
  そうなったら
支援者自身が困る
 生活費が稼げない  失業するのである

 苦しい人 悲しい人が減る社会は失業へとつながる
    
  死にたいと思う人が増えた方が 仕事も増え 収入も増えて行く

    自死がゼロになることは 支援者には幸せではない

  矛盾したことになるのです

  精神障がい者も増えた方が援助者にはいい
      発達生障がい児童も支援施設には増えたほうがいい

仙台市は発達障害の施設が二倍に増え 支援者の就職が増えた
 これが減ったら
 失業者が増えてしまう

   施設の収益のためには 障がい児が必要

 自死の問題の支援団体でそれが職業の団体は
     自死が減ったら 仕事が減り収入が減るから
  死にたい人がほどほどいてほしい

    彼らは 苦しい人が元気になっていくことも望んでない

   社会に苦しい人がたくさんいた方がもてはやされる職業

  よほどの理念を持ち合わせてないと道を踏み外す

     施設維持のために 障がい児の枠を広げることにもなる

      自死の問題はこのままでは

      大変な事態に発展すると思う
   
   怖い

  自死遺族の権利は守りたいと思う


 憲法13条は守られなければならない

危機感を抱いている事

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自死遺族の私が目指す社会は
 死にたいと思うことのない社会
生きていてよかった
 この国に生まれてよかったと思える社会

  私と共に活動をしている人たちは
   遺族も含めて法的な専門家や様々な職業の人たちも
      自死をゼロにしたいと思っている

 理想であっても 理想は高く掲げるべきである

   自死遺族と反対に
  「死にたい」という人を支えたい
「死にたい」といえる社会を目指す
「苦しみ」を言える社会を目指す
自死遺族等への差別の問題も
  「差別を受けている」事を言える社会を目指す
 
死にたいと言える場所をたくさん作るためには
  人材が必要だと主張
いじめのSOSを出す教育と
 SOSを吐き出す場所と傾聴する人材の確保
    
  支援者たちは

いじめのない学校
  幸せに思う社会の実現

  とは 決していわない

   なぜ

たぶん 支援という仕事が無くなるから
求められなくなるから

   いじめられたと聞きたい
   苦しいという話しを聞きたい

  死にたいという話を聞きたい

     聞いて 問題を解決する気はない

 問題が解決しないほうが  自分の存在が求められる社会だから

  自死の対策を論ずる人たちの中で
  本気でゼロにしたいと思い 活動をしている人はどれほどいるでしょうか

   私は本気です

国はさすがに理想を掲げている
   「誰も自殺に追い込まれない社会の実現を目指す」と
大綱にうたっている

若者が死にたいと言える社会ではなく
この国に生まれてよかったと幸せに思える社会を目指すことである

 今 座間市の事件後
  世間は死にたい人の声を聞くことが大切と騒いでいる

 そのためには 悪質なサイトであっても必要であるとまで言って
  国が歩み寄っている

   死にたいと口に出していたとしても
  死にたい人ではない

   また自死した人と 今死にたいと思っている人は180度違う

   なぜなら  自死者は死んだ人
  死にたいと思う人は生きている人


    死にたいという若者が増えている事を社会問題として危機感を抱かずに
       気持ちを吐き出す場所と人材・・などと騒いでいる人たちは

 癒したいひとたち

   自己満足したいだけ


 若者に死にたいと思わせる社会的問題を変えようという気持ちはどこにもないようだ

       幸せに生きる権利がわたしたちにはある

    幸せ感の薄い日本の子供たちと若者

      
   テレビによく出る人
   本を出している人  講演を頻繁にしている人

イコール 人格者  という考え

 専門家イコール なんでもわかる人という勘違い

    自死という問題は 立体的な視点で考えないと
       自死した人を追い込んだ人たちと同じになってしまう

   
目指すは死にたいと言える社会ではない

   学校の保健室に死にたいと大勢の子供たちが駆け込んでくる現象を異常と思わない感性の社会

    ものすごく異常です

子どもから若者・労働者・高齢者まで
死にたい死にたい死にたいと叫んでいる国

 異常な社会ですよ


    それを異常と捉えず

   死にたいと気楽に言える社会を目指す人が多い日本

        狂ってます

     生まれてきて 生きていて
  幸せだと思える社会にしなければならないはず

     あと残りどのくらい生きられるかわからないけど

     残りの時間すべてをかけて伝え続けようと思う


      次世代の人たちにも受け継いでもらいたい

        自死者ゼロの社会

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支援の押し付け

04_120908_晩夏の花

自死の対策のためなら 何をしてもいいわけではない

   水道料金の滞納者の情報を
      水道局が 自死の対策担当部署に伝え
       借金があると判断し
    訪問する

     何をするのかというと
  パンフレットを持参して 債務があるのではないですか・・・
     というだけ

    借金を返してくれたり 金でも出してくれるなら助かるけど
      パンフレットを渡されても・・・どうにもならない


これがすばらしいことだと 支援者たちは思っている

    行政機関が目的以外に個人情報を使用してはならないのは常識

  民生委員からだって情報は漏れまくり

    自死の問題を普通の事と言いながら
 例に出した事案は
特異な事例だった

   養父に死ねといわれて自死した子供のはなし

    それは自死ではない
 殺人
なのに
自死の象徴的な事例として紹介していた

   まるで家族に問題があるという言い方だった

    家族に問題があるという考えの団体に遺族が賛同する意味が分からない

  自分は違う と思っているのだろうか

    自分も遺族だとしたら
 同じようにみられているという事に気がつかないのだろうか

   自死遺族は・・・と 言われたくないから
    毅然と生きようと誓っている
 自死で逝った息子を蔑まれたくない
 あんな親だから やっぱり息子も・・・
 そんなふうには言われたくない

   自死で子供を亡くした親なんて・・・あんなものといわれたくない

     息子は 頑張って生きた
 いいこだった  
   私はダメ親だったけど
 息子は親に似ないでやさしく穏やかだった

     その息子のためにも
  頑張って頑張って   自死への偏見と差別はなくしていきたい

 そのためにも 毅然と凛と生きたい

    犯罪者でも情報は流さないのに
    なんで 自死した人の情報は 集められて管理されなければならないのか・・・

    我が家の情報は12年前だから 彼らには要らないようだけど

  日にちが浅い亡くなった人の情報を集めたいようだ

怖い 恐ろしいことです

    今日はこれから石巻市役所に~~~