fc2ブログ

田中幸子のひとりごと ~自死で子供を~

自死遺族として、子供を亡くした親としての思いを綴り、「悲しみは、愛しさとともに」~グリーフ.イズ・ラヴ~…息子への愛を伝えたい。

心が痛くなる場所が・・・

bcbe0774bf5cfd8dd1d39e22900c9c7a78d91948.jpg

  昨日 20年ぶりにメガネ店に・・・
息子が生きていた頃に 老眼のため 眼鏡店に行き・・
   その4年後に息子が逝き
 メガネをやめた
  老眼でもなんでもいいや!と・・・・・
 
4年位前から 書類作成のために
パソコンに向かうときは老眼メガネが必要になってきたが
   1980円の雑貨店に売っているメガネで対応してきた

  すぐに壊れてしまうので・・・・仕方がなく行ったのだが

 行ってみて 思った

メガネ店を避けていたんだと・・・・・・

亡くなった息子は メガネをかけていた
    子どものころから近眼と乱視

   メガネ店にはよく 通った

いろんな思いがよみがえり  涙があふれそうに・・・・

  こころは痛かったが
   16年間の悲しみに対する耐性ができているらしく

涙をこぼすことはなかった

   でも
いまこうして書いていても
    胸が痛い
            強烈に息子のメガネ姿を思い出してしまう

心が痛くなる  そんな場所がたくさんある
       
    
スポンサーサイト



50年前 身体を抜けた私

f2b0b9b5e54ecaab179f52743e814224_1458939026-480x320.jpg

フッと息子を生んだ時の事を思い出した

 病院を退院後
    手伝いに母が千葉市の官舎にきてくれた

青森県津軽の農家の母が
  新幹線もない不便な時代
中里町という田舎の駅から
   五所川原まで汽車に乗り
そこから浪岡駅まで汽車に乗り 乗り換えで青森駅
    夜行列車で上野まで
 上野から電車で西千葉という千葉大のある駅まで

   一人できてくれた

その頃の産後の過ごし方は(田舎だからかもしれないけど)
   徐々に育児も慣れていくために
   35日間は 親や親せきの誰かに身の回りの手伝いをして
安静と共に 育児に慣れていくという風習だった

私の場合は母に手伝ってもらった

       冷たい水には産後しばらくは触れない
     アクの強い食べ物は食べない
睡眠を十分にとり 体を冷やさないようにし
      ホルモンのバランスを取り戻すための日数があった

  産む前は
     直前まで動いていいけど
   産んだ後は
     病気ではないけど 養生するという考えだった
 
退院後間もなくの日に
  母に家事を任せて  夕方寝ていた時
  母が起こしに来た

そのタイミングは夢(?)を見ていて
    
夫が帰る時間が気になり
   玄関の電気がついているかの確認
 台所で食事の用意の確認
   風呂の準備ができているか(当時石炭のふろだった)
 テーブルに 食事が並べられているか
   確か記憶では 揚げ物だった

安心してベットに寝た
  そのタイミングで 母に起こされた

  「 たましいが抜け出ている」と母に言われた
「たましいが抜けるほど 寝るんじゃない!}と 怒られた

   母は私の気配を感じ
    後姿を見て ついてきたらしく
何で歩いているのか不思議に思い ついてきたらしく
その時ベットで
寝ている私と同化するのをみたという

  実際起きて歩いていたと思っていたけど
     体はそのままで
        たましいだけが歩いていたんだと ・・・・今も思う

  あれから  50年
       息子が逝き 16年
  母が
  92歳で亡くなって7年が過ぎる

母が亡くなった時
   母の声が聞こえた 部屋の天井から

先に亡くなっていた  母の姉と妹と三人でにぎやかに話している声が

    20120703174624.jpg

自死遺族等への差別的問題と鬼門のトイレ

44242.jpg


非科学的な嫌悪感が支える「心理的瑕疵」
「個人の尊厳」から考える自死への差別  

 2階建て住宅の建築を頼んだら、業者が1階のトイレを鬼門の方角に設置してしまった。これは目的物の瑕疵(かし、傷や欠陥の意)に当たるのか―。
 ここでいう鬼門とは「私にとって数学は鬼門だ」というときのそれではない。文字通り「鬼の出入りする門」という意味で、忌むべき方位とされる。艮(うしとら)、北東の方向がそれである。(共同通信編集委員=佐々木央)


 「鬼門のトイレ」を欠陥であると肯定した判決がある。次のように理由を述べる。

 「入居者に不幸、難病が起こるかもしれないとの不安、懸念を与え、心理的な圧迫感をもたらすものであることを否定し難く、(中略)建築関係者においても家屋建築上この習俗的嫌忌を避止すべきものとして認識されている」
 北西にトイレを設置すれば、不幸が起き、難病にかかる。そういう不安、懸念は否定できないと、判決は述べる。明治や大正時代ではない。20世紀も後半、1979年6月22日の名古屋地裁の判決である。
 鬼門のトイレを欠陥とすることは、どう考えても非科学的であり、不合理であろう。現在、部屋を借りたり、家を買ったりする人で、鬼門を意識し問題にする人はほとんどいないはずだ。

 ▽法的価値判断というに値しない
 であるならば、自死の事実はどうか。物理的な毀損や汚損が修復された後も、見えない傷が残るのか。
 この見えない傷を、不動産取引では「心理的瑕疵」と呼ぶ。自死などがあった事故物件は、心理的瑕疵ゆえに価値が低落するとされる。これをめぐって国土交通省がまとめた不動産取引のガイドライン案は、自死や殺人を「嫌悪すべき歴史的背景」とする判例を引用し、取引の相手方にその事実を告知する義務を定めた。現状を追認した内容だが、それは違法状態を野放しにすることを意味しているのではないか。
 民法は、こうした私人間の取引や家族関係などを規律する法律だが、その第2条は民法全体の解釈原理を次のように宣言する。

 第2条 この法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として、解釈しなければならない。
 こうした不動産取引において「個人の尊厳を旨とする」とは、どういう意味をもつのか。多くの裁判例が安易に心理的瑕疵を肯定する中で、自死と個人の尊厳との関係に踏みこんだ裁判例を見たい。90年10月2日の福岡地裁決定がそれだ
 「およそ個人の尊厳は死においても尊ばれなければならず、その意味における死に対する厳粛さは自殺かそれ以外の態様の死かによって差等を設けられるいわれはなく、それゆえ自殺という事実自体が本来忌むべき犯罪行為などと同類視できるものではなく、また自殺という事実に対する評価は心情など人の主観的なものによって左右されるところが大であって、自殺があったそのことが当該物件にとって一般的に嫌悪すべき歴史的背景であるとか、自殺によって交換価値が損なわれるものであるとかいうことは、とうてい客観的な法的価値判断というに値するものではない」
 決定は、自死と他の死の態様を差別し、自死によって心理的瑕疵が生じるという考え方を、個人の尊厳に照らして「とうてい客観的な法的価値判断というに値するものではない」と退けた。

 ▽生の終着点である死は等価
 学問の世界はどうか。横山美夏・京都大教授は「個人の尊厳と社会通念―事故物件に関する売主の瑕疵担保責任を素材として」(『法律時報』85巻5号、2013年5月)と題する論文で次のように述べる。


 「民法2条により、民法の解釈にあたっては、生の終着点である死はその態様いかんに関わらず等価値に扱われるべきであり、また、不必要な死は極力回避されなければならないが、生じてしまった死それ自体を否定的に評価すべきではないといえる。(中略)自殺の事実に対する消極的評価を前提として『住み心地の良さ』を欠くと感じるときは自殺の事実が瑕疵となるとする裁判例は、民法2条の趣旨に反する。同条の趣旨からすれば、たとえ通常一般人がそのように感じるとしても、まさに規範的な意味でその合理性が否定されるべきではないか」
 最後の「規範的な意味で」は説明が必要かもしれない。状況をそのまま受け入れるのでなく、一定の価値判断に基づいて、何が正しく、何が正しくないかを考察する姿勢のことだ。裁判所は迷信や俗説、不合理な嫌悪感に依拠せず、個人の尊厳に基づいて法を適用・解釈するべきだという主張だろう。
 横山さんは告知義務についても、同じ論文できっぱりと否定する。
 「民法2条により、売主は、相手方がその意思決定に際して個人の尊厳に反する事項を勘案できるよう助力する義務は負わない。したがって、売主は事故の事実につき告知義務を負わないというべきである」

 ▽国の自殺対策大綱に背馳
 建物内の自死に心理的瑕疵を認める考え方は、国自身の基本姿勢にも背馳している。
 即ち自殺対策基本法第1条は「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して」と目標を明記する。逆に言えば、今の日本社会では「追い込まれた末の自死」があることを認めているのだ。
 国の自殺総合対策大綱はもっと明確だ。基本理念として「自殺は、その多くが追い込まれた末の死である」と言い切り、さらに「自殺の背景には、精神保健上の問題だけでなく、過労、生活困窮、育児や介護疲れ、いじめや孤立などのさまざまな社会的要因があることが知られている」との認識を示す。
 心理的瑕疵を認める行き方は、自死という態様の死をおとしめる。賃貸住宅でなくなったのであれば、個人の自発的選択であるとみなすことで、その損失をひとり遺族のみに負担させる結果を招く。多くが「追い込まれた末の死」であるのに、追い込まれた側をさらに追い込む。

 自殺総合対策大綱の基本方針は「経済・生活問題、健康問題、家庭問題等自殺の背景・原因となるさまざまな要因のうち、失業、倒産、多重債務、長時間労働等の社会的要因については、制度、慣行の見直しや相談・支援体制の整備という社会的な取組により解決が可能である」と述べる。立法や行政を含む社会の側がもっと動かねばらならないと、促している。
 そもそも、欧米の多くの地域では、建物内での自死を心理的瑕疵とみなさない。だが、日本社会での偏見・差別がにわかに是正できないなら、せめてこのような場合に備えた保険制度によって、公平な負担を図るといった対応もあるだろう。
 基本方針は「制度、慣行の見直し」を掲げている。国交省はまさに自死差別の根本に切り込み、制度・慣行の変革を目指すべきだ。

世間の目と自死遺族等への差別と偏見

R (4)
自死遺族支援が三次予防として対策が講じられているから
  「心のケア」
「悲しみの病理化」
 「複雑性悲嘆」
   「遅延性悲嘆」
挙句の果てには
「認知行動療法」で遺族のケアを!
  などを
     主張する支援者や団体が増えていく

   遺族の悲しみが病気で認知行動療法が必要である悲しみなら

    日本の国民全員が対象者となる
 支援者自身も遺族だから
  支援者も認知行動療法の対象である

   病気や事故などの遺族とは違い
  自死遺族だけに認知行動療法が必要というなら
 もはやそれは
  差別と偏見である

  突然の死・・お別れの言えなかった死
  介護や看病ができなかった死

というなら  自死以外にもある

震災 災害  交通事故  突然死
  不審死
     事故死

  離れて暮らす親の介護もせず 看病もしなかった
   その後の死も

戦争も・・海外での死
    遭難
たくさんある

自死に限らない

  それなのに  自死という遺族だけが
  複雑性悲嘆
というなら
  まさしく差別である

   自死遺族と他が違うのは

法律の中に存在する  自死という死への差別的取り扱いがあるという事

生命保険 ;健康保険
    労災申請
事故物件
 心理的瑕疵

   その根底にあるのは  好んで死んだという概念

   死にたい人が 勝手に自分を殺したんだという殺人者としての取り扱い
 
    そこが他の死と大きく違う

社会全般から見える自死という問題と
  
当事者になって見える  問題は
   想像を絶するほど大きくかけ離れている

「悲しみ」という以外に
   様々な問題がある

世間にいえない
  なぜ
      悪い事をした死という「恥」をぬぐい切れない
  日本には世間様への「恥」「顔向け」という
     周囲の思惑を気にする文化がある

そこに付け込んで
   自死者や遺族への
   蔑みや
  暴言  差別 偏見が 数多く存在する

 国の自死遺族の対策もそこに問題がある

悲しみも  自死だけが特別ではなく
   突然の死は 愛していたら  同じように悲しい

ただ違うのは
    差別や偏見が世間にあるという事  
法律にもあるという事

   だから自死遺族は語れず
  沈黙し 耐えて生きている人が多い

そして 自死という事を隠して生きるのは
    ストレスとなる

隠すことは 知られたくないという思いで  相当のストレスがかかる

   自死遺族支援をしてくれるなら

   隠さなくてもいいような社会にしてください

  法律の中に存在する差別や偏見をなくしてください

   まずはそこからです

 第三者調査委員会の設置をすると  地域からバッシングされ
    SNSで叩かれる
      遺族が活動をすると
    誹謗の嵐

ある会合で別な遺族の会の人には
  死にたくて死んだんでしょ!同じにしないでくださいと言われたこともある

 勇気をもって新聞に掲載してもらった遺族に対し
     誹謗中傷の手紙が届く事もある

   悲しみ以外の部分での 自死遺族への問題の是正こそ
  国がやる事

  どうして 支援者たちは悲しみ以外に興味がないのだろう


  
 

偏見?

823125698-リンドウ-高山植物-花弁-アローザ

今朝の市役所からのメールの内容に
   遺族への差別的なイメージが市役所の
比較的若い人にもあるんだと・・・

委員として
自分の名前の記入さえ忘れて
 FAXを送る人と断定された

名前を忘れるのは 田中しかいないと思ったようです。

他の委員の提出状況を確認して
   私しかいないと判断したという内容でした。

10月13日お昼頃に市役所に届いたFXAだという

  10月13日は 朝から事務所で冊子の配送作業を
      4人でやっていた
 いつも
FAXは自宅から送るので
   事務所にいる時間に 家からFAXは送れない
事務所にはFAXはない

どうして決めつけたのかが問題

行政が確認のメールを送る時は
たとえ
  私しか 提出していない人がいなくて
間違いなく私だとしても
名指しはしない

「委員の皆様に、ご確認させて頂いています」という内容で送られてくるのが普通

 自死遺族で72才だからでょうね

 決めつけての確認は 失礼な事

   27日に委員会がオンラインであるのに
  資料はまだ送られてきていない

膨大な資料を いつも直前におくってくるのが市役所のやり方

 徹夜でもしなければ読み込めない量の資料を
  あえて直前に送ってくる

   意見はいらないという事の意思表示なのだと思う

自死の予防とか自死の対策という名目の会議なのに

    市役所のアリバイ作りの会議 

議会で報告するためだけの資料

  減ったのは 彼らの対策ではない
 彼らの仕事の成果ではない

   民間の小さな活動が少しずつ効果を出しているだけに過ぎない

 市民の意識・・職場の意識
      様々な職能団体の意識
  
   市役所だけではない
県庁も
  国も  同じようなもの

  自死の問題から  自死遺族を外しての対策
支援者支援という施策に偏り

自死の根本的対策には
  ならない

そもそも
 自死遺族だからという理由で
    貧しい人とか   知識のない人とか
   決めつける事が
ナンセンス
         どんだけ あなた達は金持ちで 見識が高いのか・・と聞きたい

   自死遺族も社会の一員
  社会の中に自死遺族が存在する

    自死遺族という貧困で知識のない特別な社会があるわけではない

  

   

 | HOME |  古い記事へ »

文字サイズの変更

プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
FC2ブログへようこそ!
仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

最新記事

ご来場者様

ツイッター

最新コメント

月別アーカイブ

最新トラックバック

カテゴリ

支援 (389)
遺族 (365)
子ども (203)
自殺 (362)
いじめ (54)
相談 (245)
愛 (34)
精神科医療 (243)
悩み (108)
わかちあい (27)
活動 (119)
いのち (74)
ブログ (25)
精神科医 (18)
精神薬 (72)
震災 (37)
ケア (14)
悲しい (106)
こころ (67)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

designed by たけやん