法話の会の会場~奈良から尼崎に変更です


img_4[1]


10月の法話の会の会場が変更になりました

10月28日 浄土宗布教師による遺族むけの法話をきくつどい 開催のお知らせ


【緊急】開催会場が変更になりました
10月28日(土曜日)兵庫県尼崎市 成道山 「法輪寺」 にて


浄土宗布教師による遺族むけの法話をきくつどい

を開催します



10月28日(土曜日)
成道山 「法輪寺」
兵庫県尼崎市武庫之荘4-4-10
阪急神戸線 「武庫之荘駅」 徒歩9分
14時30分 受付開始

15時00分~17時00分
スポンサーサイト

小林節先生


小林節先生と懇親会で・・・

10月13日 自死遺族等権利保護シンポジウム
  日本プレスセンターで開催

基調講演 憲法学者であり弁護士でもある小林節先生

  パネルディスカッションは
  自死遺族等権利保護研究会のメンバー
大熊弁護士・斉藤司法書士・和泉弁護士

    選挙で会場の変更・時間の変更になったけど

      内容はこれまでに例のない 憲法という観点からの
   自死と自死遺族について

  憲法第13条 私たちはみな個人として尊重される
自分が自分であること
卑しめられないこと

日本国国民の権利である 

 また自死というものは 誰しも人間として生まれたら考えたことのない人はいない
   人間として普通であること

複雑な社会の中で心の波長を狂わされたにすぎない
   心の波長を狂わすほどの苦しみを与えたのは社会である

苦しんで死んで逝った人を非難すべきではない
  さらに
残されて最も苦しんでいる遺族を責めるべきではない


  自死は社会の問題として国が位置付けているのだから
   社会の責任である

故人や家族の責任にするべきではない

 人間社会の中でだけ起きるのが自死
動物と違うのは
 想像・創造の能力が動物にはなく 人間にはある
 知恵のある人間だから 自死はある

   人が人を侮辱する行為 は 許されない

個人の尊厳は侵害されてはならない

   等々

   納得のいくお話でした。

全国自死遺族連絡会のホームページに動画が掲載されています

    自死遺族等権利保護研究会のメンバーにも加わってくださるとのこと
      ありがたいことです

  自助グループを 全国自死遺族連絡会を排他的団体と言いふらした人たちがいましたが
     たくさんの
    志の高い人たちが協力連携してくださっています

    「わかちあい」だけは遺族だけで行うべきですと主張してきました

   「わかちあい」ですから
      同じ気持ち・同じ苦しみ・同じ悲しみ・・がないと「わかちあい」はできないからです

    支援者と何を「わかちあう」のでしょうか
  支援者は
  わかちあい以外にたくさん必要です

    専門的な分野・・・の支援です

       「わかちあい」は遺族同士ができます

   遺族ができない分野を遺族以外の専門家にお願いしてきました

     自死遺族等への差別問題は
    法の中にも存在する大きな問題です
     
      差別がある社会  

 人にやさしくない社会
      だから やさしい人たちが追い込まれて死んで逝く

   そんな社会を少しでも
    やさしい人たちが やさしいままで 笑顔で
  生きられる社会を目指したい
    そう思い続けて活動をしてきました

     小林先生という仲間が増えました

     頑張ります!p1080277.jpg

選挙かぁ~~~今年・市長・知事・衆議院・・

6ff05701683620dfda07209339aeae75-480x320.jpg

いよいよ明日
    選挙のために衆議院議員会館が使えず
       小林節先生の計らいで日本プレスセンター9階での開催となったシンポジウム
  14時開催が12時開催と変更

     変更前にチラシ等でお知らせして・・・変更の情報が届かない人もいるかもしれない

    全国自死遺族連絡会として
全国自死遺族フォーラムにつづく大きな活動は今回のシンポジウム

フォーラムは一年に一度遺族が全国から集まり
  遺族の声を伝え 自助グループの研究者と共に自助グループの活動を伝える

 シンポジウムは法律の専門家と共に
   自死遺族の差別的問題・法的支援の問題等を伝えるため

  二つとも自死遺族としては大切なもの

   自死を減らしたい  ゼロにしたい
  
     と思う

 若者の死亡原因 一位自死
    そんな国 は 日本だけ

  自死の問題のど真ん中で活動をして
 様々な問題と向き合って
     社会全体を見るようになって12年近く
  矛盾だらけ
    介護施設も含めて 一般庶民は大切にはされていない
医療という名の虐待が行われているのも事実

  知らないという事は罪である・・という言葉がある

  そうだと思う

  みてみないふりをすることも罪である・・・という言葉もある

自由は誰かが保証してくれるものではない
   それぞれが個人を自覚して守らないと自由はあっというまに権力に支配される
   
   いつの間にか 正社員が少なくなり
     派遣社員が増え
  実質給料は下がり
     結婚できない若者が増えている

   子どもの精神障がいが3倍に増え
    おとなの精神疾患も5倍に増えた

   増えたというより 枠が広げられた

    うつ病や発達障害の早期発見・早期介入・・・

 それで 誰が幸せになったのだろうか

   医師と製薬会社・・・だけ が 収入が増えて満足

    介護施設も  年金暮らしが入所できる施設のほとんどで
       エビリファイが使用されている

    高齢者は錠剤だとのみにくいので
       液体にして スポイトで飲ませている

     ゆっくりと歩けた人が歩けなくなり
         何とか排泄が自分でできた人ができなくなり
  会話もできなくなり
     ボーっとするようになっていく

   なぜそんな薬を飲ませるのか

   少ない人数で 多くの人の介護を可能にするため


ウロウロ  と ゆっくり 歩いて ケガでもされたら困る
    付き添わなければならない

   だから 
おむつをさせて  時間になったら一斉におむつを替える
 夜は
   静かに寝かせておく  できれば昼も・・・
   
  ヨタヨタと自分でトイレに行かれたら困る    
そのための統合失調症薬の処方

お金持ちは
  有料の介護施設へ行く
   
    介護施設は多額の金額を支払ういいお客さん
     だから  長生きしてもらいたい
       だから 丁寧に扱う
     評判も気になる だから丁寧に扱う

社会の仕組みってこんなもの

  子供たちにも 麻薬と同じ精神薬を処方している

    大人になってから 働けない
     そりゃそうだ
   麻薬成分で脳が破壊されているんだから・・

 そうやって 若者の精神障がいでの生活保護と障がい者年金受給者が年々増えている

     働いたとしても
      サービス残業が多く

    24時間サービスという仕事が増え
         夜ねないで働く人が増えて行く

    いろんなことが 見えてくる

    人にやさしくない社会だと気が付く

 一人でもがいても仕方がないのだが

    一人  一人  一人

     同じ思いをした人が増えて行ったら

      人にやさしい  本当に意味での豊かな社会になるのでは・・・

  そんな思いで 今は生きている

   息子が逝ってから 自分の無知を知り
    みてみないふりをすることを やめようとおもっている

     記者クラブにある情報の投げ込みをしたが 反応はない
選挙一色
  選挙・・選挙 選挙
        人のいのちよりも 選挙

   なんだかなぁ~~~


自死遺族等への差別問題とは何か?

a0136293_16261676.jpg

自死遺族等への差別的問題
 自死への自死遺族への差別って・・なに?
   と思う人たちがほとんどです

   自死遺族になって初めて感じる自死への差別と偏見
     自死遺族になる前は
    自死が報道されたり 
      周りで自死がおきても
 遺族という立場にならなければ 差別と偏見はあまり感じることはない

    遺族だから受ける差別的問題は法律の中にもある
法は人間平等といいながら
    実は差別が潜んでいる

    法は平等ではない

      わかりやすい法的差別は
生命保険の免責期間

 いわゆる 生命保険の契約をしてから
   どのくらいの期間で死亡したら保険金が支払われるのか・・・

 今日契約して今日死亡では保険金は支払われません
 通常(各保険会社や保険内容によって異なるが)病気や事故、震災等で死亡の場合は
 半年・10か月以上過ぎていたら満額支払われる
   がしかし
自死の場合は(契約書に書かれてありますが)2年~5年以降の死亡でないと支払われない

    契約して1年半で亡くなった場合  自死以外は支払われますが自死はゼロ
       
    明治に策定された商法に
   自殺は故意の死であり・・・と・・・あります

  故意 ・・・自ら望んで・・わざと・・・自らの意志で・・・
            
    死にたくて死んだんだから・・・

保険金目当てに死んだんだろう・・・という意味

     保険金目当てに自死する人が  そんなにいるとは思えない
       3万人のうち。。どのくらいいるというのだろうか

   むしろ  保険金目当ての殺人はあると思う

   話題になった事件はたくさんあります
     発覚しなければ 完全犯罪の殺人・・・
       自死という判断をされて
    実は 殺人という事はあると思う

   それを考えたら  自死は故意の死であるから
免責期間を延ばすではなく
    保険金目当ての殺人を起こさないために 長く設定するという事の方が理屈に合う気がする

しかし
商法は 故意の死である・・・としている

    健康保険さえも 自死の未遂では使えない場合もある
 
     故意にけがをした 故意に傷つけた
   故意に未遂をした・・・
        故意に脳梗塞状態になった・・・
故意に半身不随になった・・・
    治療費は全額本人の負担

未遂で
  植物人間状態になった未遂者は健康保険の対象にはならないことが多い

故意だから・・・

   ただし 最近は
精神医療機関にかかっていれば健康保険の対象になる

  これも矛盾である

 なんでもかんでも精神科の治療を受けていたら
     認められる
労災も同じ
  過労自死も同じ
精神科に行ってさえいれば 認められる

震災関連自死も同じ

    差別の問題のほんの一部の話です

  こんな差別的問題を 2008年から国に要望してきました
    遺族からの相談も受けてきました
具体的解決のための「自死遺族等権利保護研究会」を作り
 「自死遺族の総合支援センター」をたちあげ
   法律の専門家につなぎ 出来る限りの対応を・・

  社会への周知の方法の一つとして
   シンポジウムを開催してきました

   今年は選挙のために衆議院議員会館が使用できず
     日本プレスセンター9階での開催となりました
 日本記者クラブ の 会議室です

 憲法学者の小林節先生の講演

     12時からです

日本プレスセンター 千代田区内幸町 日比谷公園そば
  
   差別的問題とはなにか・・・

   ぜひ 知ってほしいと願っています

  

誰も自死に追い込まれることのない社会の実現を目指す

0805300057.jpg


自殺総合対策大綱

~誰もが自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して~

多くは追い込まれた末の死である

   と大綱に掲げられている

しかし 今も  ほとんどの人たちは
   自死は個人の自由意志という概念をもっている

   死にたくて死んだのだ・・・とおもっている

      その一つ
「死にたい気持ちに寄り添って」
 「死にたい人たち」
    死にたい人という表現をする
      
「死にたい人」ではないのです

  何にも苦しみもなく、悩みもなく、幸せなのに
       「死にたい」人がいたら 精神的な病だと思う

何かがあるから「死」を考える
     
  人間の本能は死にたくない・・・が最も強い

     死にたくないのが人間

  悩みもなく幸せで苦しみもなく幸せな人が
   死にたいなら 人間を超えた特殊な人

    動物はみな死にたくない
   人間も動物  生き物  

生き物はみな死にたくない
   
     死にたい人が死ぬというなら
  自死した人たちは 人間ではないとでもいうのか

    特殊な人間とでもいうのか

 特殊な人間が3万人もいるのだろうか

     本来の人間としての精神本能を考えたら

        死にたい人なんていない

    なぜ   死にたい人・・・という表現をするのか

 それは
   人はすぐ死んだほうがマシ
   死ぬほど苦しい  死ぬほど痛い
      痛みや苦しみを「死」という言葉で普通に表現する人が多いから

    死んだほうがマシなら なんですぐ死なないのか
      マシな方を選ぶはず
死は生よりもマシではないから 生きている

   死にたくないから病院に行く
     死にたくないから薬を呑む

  死にたくないから精神科に行き  自死
  
     刑罰の最も重いのが死刑
  なぜ
    死は人間が最も恐れるものだから

 生きていることが死よりも
    恐れるものなら 
  人間は滅びている

   生を受けた途端 全員死ぬから

   死にたい人たちが自死するのではない

    死にたい人はいない

何にもなく幸せなら

     いつまでも生きていたいはず

   死は恐怖
 だから
不老不死を望む権力者もいた

   人間の欲望のトップは 不老不死

    なのに
なぜ自死

  死の恐怖を超え
  死の苦しみを超える 苦しみが社会にあったから

   死の恐怖心を超える 苦しみは誰が作ったもの
  それは
   人間   社会は人間が作ったもの

    人が人を追い込む社会

   苦しみや悩みがあっても
  ほんの少しの幸せがあれば死なない

  一瞬も楽しくないこの世での時間が永遠に続くように見えたら
 終わりたい
  と思うかもしれない

   楽しいことを思い出させないほどの苦しみを
  生きている私たちは知らない

     死んだ人にしか 苦しみはわからない

生きている人は  想像するしかない

でも
死にたくない・・生きていたい・・と

    最後まで苦しみ悲しみ悩んだ・・・結果だという事はわかる

だからこそ
 今なら  助けられる・・と思う

 その助けられる・・という思いを 集めたら
     予防も防止もできる・・・

どうしたら 救えたのか・・・

 なぜ  偉い人たちは 遺族から
   後悔と懺悔と悲しみと苦しみの中から得た知識を
       学ぼうとしないのだろう

ホントは  自死をゼロにしたくないのかな・・・