自死への差別問題は根深い

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   「自殺総合対策大綱」の見直しが始まっている
全国自死遺族連絡会を入れないで委員は決まっていた・・が 抗議して参画できた

 今月27日も開催される

  賃貸物件内での自死の賠償金や改修工事費・お祓い料金の問題は
   根深い

  泣き寝入りして支払ってきた・・今も支払っている遺族が多くいる

     それでは  負の連鎖は続く
    どこかで誰かが  止めなければならない

   しかし それが 弁護士たちの美味しい収入源になってしまうこともある

     どこでどのようにしたら  食い止められるのか

        ・・・・・こんなことをいつも考えてきた・・今も考え続けている

      こんな時・・東京に住んでいたらと思う

          が 仙台に住んでいるんだから このままで何とかしなければと思う

自死への差別と偏見が
     民法・商法・健康保険法・宅建法・・・・等々  存在することが問題なのである

          国が「社会的に追い込まれた末の死である」と基本法に定め
   大綱にも示している・・・のに・・・もかかわらず

      差別と偏見の問題は何の対策もできていません

        ただ  この問題がようやく表舞台に出た!ということだけは事実です

   自死遺族支援者という人たちの  食い物にされるか・・・
        本当の意味での 改革につながるか

      頑張ります

    
野田先生の論談

日本社会は毎年3万人ほどの老若男女を死に追い込んできた
ところが故人を苦しめただけでなく
亡くなった後
遺族を更に追い詰める社会であることを 知っておられるだろうか

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亡くなった人がなぜ死ななければならなかったのか
そして
遺族はどんな社会的、経済的負荷をかけられているのか・・・

 
亡くなった人の悲苦を想うよりも
   自死を穢れた死とする慣習が」どれだけ遺族を苦しめているのか・・・


わたしたちの社会は 亡くなった人に対してだけでなく
遺族に対しても あまりに理不尽である

せめて遺族への負荷を少しでも減らすことで

故人に「安らかに」と
 手を合わせられる社会に変わっていこうではないか


このような内容を書いてくださっています

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明日からシドニー国際会議への参加

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明日からシドニーに行ってきます。

自死遺族支援の国際会議への参加です。

 発表してきます。

英語は全くできないので 二人の遺族が通訳
   遺族5人で行ってきます。

日本いのちの電話の斎藤先生の推薦です

     26日帰国し、東京に泊まって  27日は厚労省の大綱見直しの検討会議です

 提言書を作成し 送信済み

 また国際会議では パワーポイントを使います。

  日本の自死遺族は社会活動をしていないという論文を発表した
       自死遺族支援の研究者たちへの挑戦です

    

知らないほうがいいのかな・・・

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自死遺族支援というものがある、という事すら知らない遺族もいる

自死遺族支援のために、ということで多額の税金が投入されていることも多くの遺族は知らない

  当事者である自死遺族には知らされないままに
      支援は決められケアは決められ
         税金が使われ   差別や偏見の言葉であふれていることも
     亡くなった愛する家族のことも
        ひどい言葉でさげすまれていることを
   多くの遺族は知らない

     知らないほうがいいのかもしれない

  知らない間に  税金が使われ
  いつの間にか  助けられたことになっていたり
       支援されたことになっていたりもする
また
   ネットにも書かれていたりもする

     知らないでいいのだろうか

    傷つくことが少なくて済むから 知らないほうがいいのかもしれない・・が

      いいのかな・・・・

  私は知ってしまった
    ど真ん中で活動をしている
     自死した人たちや自死遺族への ことばにもしたくない差別

      低階層の人たちの問題だといわれている
          同じ自死でも  
自分たちの自死は 他の人たちの自死とは違うという意識を持っている団体もある

  同じ自死遺族の中での差別もある

ましてや
   自死という事に関心を持ち
     支援者になっている人たちは

        貧しい人たち 教養のない人たち
          親子代々 知識がなく 貧困にあえぐ人たち

文字も読めない  挨拶もできない

      活動なんて・・・・とんでもない

    そんな概念をもって接している

 言わないだけ


 私は 許せない

      同じ遺族同士は 蔑まず

   社会では毅然と 凛と
   生きたいと思っている

       息子は懸命に働き 逝った
わたしたちも
   普通に働いてきたし 今も夫も次男も働いている

    文字も読める

      活動して11年

    あからさまに 蔑む人はいなくなった
 がしかし
   言葉の端々に 差別の心が現れる

      自死というだけで 差別する風潮をなくしたい
       
社会が追い込んで  死んで逝った人たちを
   亡くなった後まで 蔑み追い込み

逝った人だけでは足りなくて
遺された遺族まで
      さげすみ 差別され 陰で酷いことを言われ 追い込まれる社会

         苦しんで逝った息子がさげすまれるのは許されない

       どうしたら  いいのだろう

   生きているうちに  もう少し なんとかしたい

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精神薬崇拝の人たち

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  どうしてこんなにも「精神科」に行く人が多くなったのでしょう

  私の若い頃は精神科の敷居は高かった

    暇そうだった

   甥が精神科の治療を受けたとき
  私は反対した

 10代で・・・しかも甥は甘やかされていただけで

    根気よく 教えれば できるはずだった

   やっと生まれた跡取り息子
    周りは大人だけ 6人

     雨が降れば 学校へは車
風が吹けば車
   危ないからと  刃物は持たせず
    ガスも点火させず
  着替えも全部大人がしてあげ
       
危ないからと  外へ遊びに出さず
    他の子供と喧嘩していじめられたらいけないと
いつも大人が一緒

   そうやって  10歳・12歳~になり
    大きくなったんだから
  リンゴの皮をむけるでしょ!
   ガスは点火できるでしょ!
 着替えも一人でできるでしょ!
 歩いて学校に行けるでしょ!
  子供たちと遊べるでしょ!
     欲しいものがあっても我慢できるでしょ!

イヤイヤ 無理です

   全部大人が やってあげて  全部が許されて生きてきた子供が
いきなり
  さぁ~やりなさい・・って 無理です

   それが 精神障がいということで  保健所が判断して精神薬処方になった

13歳から 精神薬を飲み続けた結果
  16歳で「統合失調症」と診断され 以来「統合失調症薬」を山のように飲み続け

身長も伸びず 知能も遅れ
    運動能力の低く  社会常識にかけ
手足も小さく
 そんな50代のおじさんになっている

一度も働くことなく・・・

  かれは犠牲者だと思う

彼の将来を思ったら

クスリではなく  生活できるように訓練をすること
  自分でやることを教えることが大切だったはず

彼が幼い頃から 私は言い続けていた
今のままではダメになってしまうから
   本人に やらせたほうがいい・・・と
 我慢を教えた方がいいと・・・
  勉強もさせたほうがいいと・・・

  薬では よけいにダメになると・・言い続けたが  高校生の私には力はなかった

   甥は犠牲者

  しつけや勉強  社会常識を教えられていたら
    精神薬を飲まされていなければ

  多少の遅れはあっても
  農業をやっていたと思う

働けなくなってしまったのは  精神薬だと思う

  精神薬は人生をハッピーにはしない

   精神に効く薬はそのそも無い!というのが 常識

   精神薬を長く飲んでいる人は
       精神薬の崇拝者が多い

   それが クスリによる脳の支配だと思っていない

「東洋経済」という雑誌に中枢神経に働くクスリは使い方によっては麻薬のように作用してしまう
 神経系に作用する薬の処方は
目隠し運転くらい難しい
  患者の状況を慎重に確認しながら
少量からやる必要がある
悪化したら
まず副作用を疑うべきなのに
逆に
クスリを増やそうとする医師が多い
素人から見てもおかしいことを 専門医がやっている

併用の臨床試験はせいぜい2錠まで。
4剤以上の併用は安全性の確認ができていない

  と 中坂院長は言っている  と書いている

  そんな怖い薬を 安易に飲む日本人は
   何を精神薬に求めているのだろうか

精神薬で 幸せにはならない
精神薬で ハッピーにはならない
精神薬で 人間関係は上手にはならない

ウソでもなんでも先に言った者の言い分が通る~弁解を許さない日本

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人は様々

 職業上の肩書はその人の人格とは別

   弁護士も議員も牧師も坊さんも四方書士も医師も大臣も・・主婦も
     人は様々

   すばらしい人格の人もいれば  狭い心根の人もいる

    信頼していた人に  裏切られることがある
次男曰く
「カァチャンは 人を見る目がない」

    言い訳をいうと

数多くの人とのご縁を頂くので
    そんなことも多い・・・だけ

    その中でも  昨年春に批判文書をもらったことは強烈~A4に5枚

    まさに「いじめ」そのもの

それも  坊さんから・・・

   表の顔は 仏の御教えを伝える すばらしい人格者

     しかも 私だけではなく
仲間にも 私への批判文書を送っている

   仲間たちも そんなことはなかったようにふるまっている

それでいいのかな・・・

   ひとつひとつに反論したい

  しかし  言い訳は認めないのが日本

       言い訳すら許されない社会
先に言った者の勝ち

     ふ~~~~~ん それが宗教者なんだね

   総本山に 頂いたわたしへの批判文書を送りたい気分

    震災の法要とかで  偉そうに語っているのをみると

       フツフツと湧いてくる 怒り

  つなみで子供を亡くした人たちに 「つむぎの会」をつなげた

あの頃  病気や自死で子供を亡くした母親たちに声をかけて
 車で気仙沼や石巻まで通った

全部自前で・・・

   会場も取れなくて  苦労した

高いお金を払ってホテルを借りたこともあった

    そして お寺との連携で法話の会へとつないだ

    そんな  必死の思いは

     支援者である彼には伝わっていなかった

   遺族には伝わっている…そう思います

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